未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.5 修正


第四話 陥穽

 僕達が冥界入りし、グレモリー邸でグレモリー卿とヴェネラナ様へのご挨拶を済ませた、その翌日。爵位の昇進や重役の任命といった政府の式典に利用される大広間で、僕の聖魔和合親善大使の任命式が執り行われていた。今は聖魔和合親善大使とはどういう役職なのか、そしてどうして魔王の代務者としての権限が与えられるのかについて説明がなされている最中だ。なお、この一部始終は冥界全土に生中継で一斉に放映されているので、今頃は皆も見ている事だろう。

 

「やれやれ。まさかアタシもこの場に立ち会う事になるとはね」

 

 名を呼ばれるのを待っている僕の隣でそう愚痴を漏らしている蒼髪の女性は、人化したティアマットだ。彼女にもこの場に立ち会ってもらう事でこの三大勢力の和平と協調路線への方向転換とその象徴としての聖魔和合親善大使がけして見せ掛けだけではない事を世界に示す。サーゼクス様達にそう進言して了解を得た後、彼女に打診して受け入れられた。それに進言した時には言わなかったが、もう一つの意図もあった。それをティアマットに念話で説明する。

 

〈現役のドラゴンでは最強の一角であるティアマットが僕の任命式に立ち会えば、それだけ聖魔和合親善大使という新役職の重みが増します。それにオーフィスに匹敵するとまではいかなくても、それに近い実力者が禍の団(カオス・ブリゲード)に合流していないとも限りません。そうなると……〉

 

〈仮にオーフィス本人やそういう奴等が今ここで襲撃してきた場合、アタシと別件で契約を交わしているアジュカにそのアジュカと対等の強さを持つサーゼクスはともかく、他の連中がアンタの足手纏いになりかねない。だから、アタシをこの場に立ち会わせる事で向こうを牽制したって訳かい。アンタも結構言うモンだねぇ。尤も、事実その通りだから、誰もアンタには反論できないんだけどね〉

 

 ティアマットが念話でかなり言い辛い事をハッキリと言葉にしてきたので、僕は抑え目ながらも反論した。

 

〈流石にそこまで辛辣な意味はないんですが……〉

 

〈だが、結局はそういう事なんだろう? それなら、誤魔化したり謙遜したりすると余計に辛辣になるだけだよ〉

 

 ここで僕の名前が呼ばれた事で、ティアマットから前へ出る様に促される。

 

「……ほら一誠、アンタの出番だ。行っといで」

 

 そして、僕は不滅なる緋(エターナル・スカーレット)を翻しながらサーゼクス様の座る玉座の前へと向かった。……しかし、僕の頭の中は今、昨日の会合で魔王の勅命として言い渡された事で一杯だった。

 

 

 

 僕とアザゼルさん、イリナ、そしてレイヴェルの四人は先程利用したグレモリー家所有の列車に再び乗り込み、一路魔王領にある冥界の首都リリスへと向かっていた。今回の悪魔と堕天使のトップ会合と翌日に控えた聖魔和合親善大使の任命式をこちらで行う事になっているからだ。

 そうして列車で長距離転送用の魔方陣を幾つも潜り抜ける事、二時間。ようやく首都リリスに到着した。首都の街並みは高層ビルが立ち並んでおり、どちらかと言えば東京やニューヨークに近い。以前フェニックス家の蔵書を読ませてもらった時に知ったのだが、現在の首都はサーゼクス様達が魔王に就任してから首都機能を有する様になった為、冥界に存在する街としてはかなり新しい部類に入る様だ。その為、人間界における近代の建築様式に大きな影響を受けているのだろう。ただ、幾ら和平を結んで協調路線を取ったとはいえ、つい最近まで敵対していた堕天使の総督と天使が一緒である以上は街中を歩いて移動する訳にもいかない。その辺りはサーゼクス様も承知していた様で、ホームで待っていた黒スーツとサングラスというSPと思しき姿をした悪魔の案内で地下鉄へと移動、そこで特別に用意したという地下鉄列車に乗り込んだ。そうして移動する事、五分。僕達はホーム以外にはエレベーターの入口しかない特殊な駅に到着した。どうも今回の魔王と堕天使総督の会合の様にかなり特別な目的に使用する施設へはこうやって秘密裏に入る事になっているらしい。

 エレベーターで地上部に移動した後、再びSPの案内で会議室らしき部屋の入り口まで案内されるとSPから部屋に入る様に丁重に促された。そこでアザゼルさんは「入るぜ」と一声かけてドアを開けると、そこにはサーゼクス様とセラフォルー様、そして直接見るのは初めてである二人の男性が円卓の席に座っており、サーゼクス様の側には一足先にこちらへ移動していたグレイフィアさんがメイド服を纏った姿で付き従っていた。

 

「全く、気忙しい奴等だな。冥界入りした初日にいきなり会合を持ち掛けるか、普通。ここは呼び寄せた相手に移動の疲れを癒してもらって、会合はその翌日ってところだろ?」

 

 開口一番にそう言い放ったアザゼルさんに対し、サーゼクス様は申し訳なさそうな表情で応える。

 

「本当の所は私もそうしたかったのだが、会合を今日行わないと唯でさえ過密な兵藤君のスケジュールが更に圧して来る事になるのだよ」

 

「……総督の俺から見ても、イッセーのスケジュールは過密そのものだからな。そういう事なら、仕方がねぇか」

 

 サーゼクス様の弁解に対してアザゼルさんが納得した所で、僕達はサーゼクス様達とは向い合せになる様に置かれた席に着く。そして、サーゼクス様が僕と面識のない二人の男性について触れてきた。

 

「さて、兵藤君がこの二人に会うのは初めてだったな」

 

「はっ。ルシファー陛下の仰せのとおりでございます。申し遅れました。私は……」

 

 僕は早速自己紹介をしようとしたが、それを怠惰な雰囲気を纏う男性から止められる。確か、この方は軍事面を統括しているアスモデウス陛下の筈だが……。

 

「自己紹介はしなくていいよ。サーゼクスやセラフォルーから話を聞いているから。でも君、ある意味サーゼクスやセラフォルーよりも働き過ぎだよ。まだ若いんだから、もっとゆっくり行こうよ……」

 

 ……本当の事を言えば、この方の仰る通りに僕もしたい。しかし、僕を取り巻く現実がそれを許してはくれない。

 

「でき得るなら私もそうしたいと思っておりますし、本当ならばそうしなければならないのですが、オーフィスに身柄を狙われているという現実がそれを許してはくれないでしょう」

 

 僕の受け答えに対し、アスモデウス陛下と思しき男性は一瞬目を見開いた後で何処か感心した様な表情に変わった。

 

「……へぇ。君、その若さで自分が働き過ぎるという自覚があって、その上で生まれる弊害も解っているんだ。流石にちょっと驚いたよ」

 

 ここでサーゼクス様が僕達の話を打ち切って、初対面となる男性二人の紹介を始める。まずは何処か妖しげな雰囲気を持つ美青年からだった。ただ、こちらの方もフェニックス家の蔵書の幾つかに掲載されていた顔写真でとりあえずは知っている。確か、技術開発の最高顧問であるベルゼブブ陛下の筈だ。そして、サーゼクス様が紹介する内容から間違いでない事が確認できた。

 

「さて、話はそれくらいにして二人を紹介しよう。まずはそちらの妖しげな雰囲気を持つ男性がアジュカ・ベルゼブブ。主に術式プログラムを始めとする技術開発の最高顧問だ」

 

「妖しげな雰囲気なのは悪魔的でいいじゃないか。おっと、これは失礼。初めまして、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)殿。サーゼクスから話を聞いているよ」

 

 ……アジュカ・ベルゼブブ。

 

 以前、僕の家にサーゼクス様とグレイフィアさんが泊まった時に話を少しだけ聞いている。サーゼクス様と同じく、原点である異教の神への回帰における過渡期の突然変異で生まれた悪魔の超越者で対オーフィス戦でも戦力として数える事のできる方だ。そして、フェニックス家の蔵書でも新しい部類に入る書籍においては、冥界でも最高峰の技術者として記されていた。それを知ってか知らずか、サーゼクス様から補足説明が入る。

 

「因みに、アジュカは悪魔としてはかなり珍しい「創造」する側でね。彼のお陰で五段飛びぐらいに冥界の技術力が発展しているが、普段の魔王業には無頓着なのだよ」

 

「俺は創って遊んでいる方が性に合っているんだよね」

 

 このベルゼブブ陛下のお言葉を聞いて、人間だった時に抱いていた夢への未練が思わず零れてしまった。

 

「創って遊んでいる、か。できれば、僕もそういう生活をしたかったな……」

 

 間違いなく独り言だった筈だが、イリナの耳には届いていたらしい。僕を労わる様な声色で僕を呼び掛ける。その思いはサーゼクス様も同じだった様で、側にいるグレイフィアさんにすら聞こえない小さな声で謝罪したのを、僕は風の精霊からその声を届けられた事で知った。

 

「イッセーくん……」

 

「……済まない、イッセー君」

 

 小声で謝罪する僅かな時間ですぐに気を取り直したサーゼクス様は、続いてアスモデウス陛下と思しき方の紹介を始める。

 

「紹介を続けよう。そちらの面倒臭そうにしているのがファルビウム・アスモデウス。主に軍事面を統括している」

 

「……どうも、ファルビウムです」

 

 魔王としてそれはどうかと思われる程に覇気のない名乗りを聞いて、イリナは少々驚いた。そして、ここでもサーゼクス様による補足が入る。

 

「彼は冥界でも最強の戦術家にして戦略家ではあるが、見ての通りの怠け者で重要な仕事以外は全て眷属に丸投げしているのだよ」

 

 サーゼクス様は少々呆れた様な様子でそう仰っているが、僕に言わせるとそうではない。……この方は、上に立つ者の仕事をしっかりとこなしているのだ。

 

「失礼ながら、アスモデウス陛下の為さり様はけして間違ってはございません。少々言葉が悪いのですが、上に立つ者の仕事の中には部下にできる仕事を見つけてそれを押し付ける事といざという時には部下から責任を取り上げて自分のものとする事も含まれていると、私は考えております」

 

 僕が考えている上に立つ者の仕事について語ると、サーゼクス様は珍しく呆気に取られた表情を浮かべた。その一方で、僕から自分のやり方を肯定されたアスモデウス陛下はと言えば、何処か珍獣でも見ている様な視線を僕に向けた後で満足げな表情へと変える。

 

「君、本当に面白い事を言うね。まさか、僕のやり方を全肯定されるとは思わなかったよ。しかもお世辞とかおべっかとかそんなんじゃなくて、その頭の中にちゃんとした根拠があってそうしている。……ウン。何故サーゼクスが君に期待しているのか、僕にも解る気がするよ」

 

 そう言いながらしきりに頷くアスモデウス陛下だったが、それを見たセラフォルー様がまるで火でも吐く様な勢いで僕に怒鳴り込んできた。

 

「ちょっと、イッセー君! なんで直接の上司である私を差し置いて、軍事面統括で一番関係が遠そうなファルビーと意気投合しちゃってるの!」

 

「まぁまぁ、レヴィアタン様。少し落ち着いて下さい。イッセーくんの場合、上が余りに勤勉過ぎると下がいつまで経っても育たないから少しは怠けないといけないという考えがあっての事ですから……」

 

 イリナが僕の考えの根幹を伝える事で宥めると、セラフォルー様は納得半分、不満半分といった様子で矛先を収めた。ただ、ここでアザゼルさんが完全に呆れた様子で愚痴に近い独り言を零す。

 

「イッセー、それはもう十七歳のガキの考え方じゃねぇだろう。誰がどう聞いても、実務経験はおろか人生経験も豊富な大人の考え方だぞ。……まぁ過去の話を聞いた今だから俺も納得できるが、そうでなきゃ年齢詐欺だと訴えているところだ」

 

 そのアザゼルさんの独り言がどうやらセラフォルー様に聞こえていた様で、アザゼルさんに問い掛けてきた。

 

「過去の話?」

 

「あぁ。冥界入りする際に列車の中で聞かせてもらったが、本当に波乱万丈だぜ? ……イッセーは様々な理由から色々な異世界に飛ばされて、そこで戦いに巻き込まれてはその世界の力や魔法を身につけている。魂の位階が低い存在しか使えない原始的な力である()(どう)(りき)もその一つだ。しかも今までイッセーが戦って来た相手の中には圧倒的に格上な神仏クラスもいるし、そんな化物連中を相手取る時に限って、真聖剣も赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も使えないというとんでもないハンデが付いていた。しかし、それでもイッセーは全ての戦いを生きて切り抜けてきたんだ。そうした豊富にして濃密極まる実戦経験が、イッセーを俺達と同じ領域にまで押し上げたんだよ」

 

 このアザゼルさんの言葉に、セラフォルー様とグレイフィア様が息を呑んだ様な気がした。そして、セラフォルー様が息を大きく吐くと、まるで喉につっかえていたものがストンと落ちた様な表情に変わる。

 

「……何だか、逆に納得しちゃった。だから、お父さんパワーを全開にしていたとはいえ、あのオーフィスを相手にしてもイッセー君はけして怯まなかったのね」

 

 そうしたセラフォルー様の様子を見ながら、サーゼクス様はアザゼルさんの話と僕とは初対面であるベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下の紹介を切り上げた。そして、逆にお二方にとっては完全に初対面で予備知識もないイリナを紹介する様に促される。

 

「さて、アザゼルが聞いたという兵藤君の過去の話については後でもっと詳しく聞かせてもらうとして、こちらの紹介はこれで終わりだ。次はそちらの番だよ」

 

「ハッ。では、紹介させて頂きます。こちらが天界からの出向者である紫藤イリナ女史です。彼女は現在唯一確認されているドラゴンの因子を持つ天使である龍天使(カンヘル)であり、コカビエルが起こした事件において事故で今の存在へと転生した元悪魔祓い(エクソシスト)でございます。なお私事ではありますが、彼女とは幼き頃からの知り合いで……」

 

 その縁で出向者として任命された。僕はそう続けるつもりだったのだが、その前にセラフォルー様が色々と暴露してしまった。

 

「そして、将来を誓い合っている仲なんだよね? イッセー君が唱えている聖魔和合も、元々はその為に始めたものなんだし☆」

 

 それを聞いたベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下のお二人の反応は好対照だった。

 

「ホウ。これはまた随分と身近で聞いた様な話だな。なぁ、サーゼクスにグレイフィア?」

 

「これはまた凄い大恋愛をしているね、君達。これが僕なら、余りにめんどくて途中で投げ出しているところだよ……」

 

 ベルゼブブ陛下は明らかに覚えのある様子でサーゼクス様とグレイフィアさんに問い掛けるのに対し、アスモデウス陛下は生来の怠け者気質から自分に置き換えた場合にどうなるのかを正直に語った。そして、アザゼルさんは何故かお二方に僕達への見方に対して釘を刺す。

 

「あぁ、勘違いしない方がいいぞ。コイツ等はもう恋人とか婚約者とかそんなモンを通り越して、完全に夫婦の領域に達しているからな。何せ、アウラってイッセーの娘の教育方針を共有しているくらいだからな」

 

 そこで、レイヴェルがダメ押しするかの様に補足してきた。

 

「差し出がましいとは思いますが、私から補足させて頂きますわ。このお二人は時折お夕食を作るお手伝いをなされるのですが、ただ名前を呼び合うだけでお互いの求めている物を即座に理解してしまわれます。その意味では、新婚どころか熟年の域にまで達しているのではないかと」

 

 このレイヴェルの補足を聞いたところで、ベルゼブブ陛下とアスモデウス陛下が何やら落ち着かなくなってきた。しかも急に汗を掻き始めている。……何というか、「やっちまった」という雰囲気が凄く感じられる。

 

「あのさ。これで今日の会合の本題を持ち出したら、僕達はただのKYじゃないかな? ……かなりめんどい事になったなぁ」

 

「今回ばかりはファルビウムに同感だな。確かに面倒な事になった。数日前に老人達から進言があったが、その内容についてはこちらのメリットが大きかった事にも関わらず、サーゼクスやセラフォルーはおろかグレイフィアまでもがあれ程強く反対していた理由が解らなかったが、それが今ようやく解ったよ」

 

 明らかに様子のおかしいお二方に対し、セラフォルー様はハッキリと怒っていた。

 

「もう! だから、私もサーゼクスちゃんも、それにグレイフィアちゃんだって言ってたでしょ! ()()()は、当人であるイッセー君にとっては何もプラスにならないって! それどころか、下手したらイッセー君が私達悪魔勢力から離脱するかもしれないって!」

 

「あの件?」

 

 僕が今回の会合の本題について首を傾げていると、サーゼクス様が溜息を深く吐く。

 

「……この件については、接点が最も多いにも関わらず上層部を抑え切れなかった私に責任がある。だから、私から切り出そう」

 

 そして、サーゼクス様は明らかに葛藤しつつも、努めて冷静な声色でその言葉を発し始める。

 

「兵藤君。いや、イッセー君にイリナ君。これは魔王の勅命、つまりは悪魔勢力の総意である事を予め伝えておこう。それ故に覚悟して聞いてくれ。……イッセー君。君にはイリナ君だけでなく、悪魔からも最低一人は娶ってもらう」

 

 その口から飛び出してきたのは、途轍もない爆弾発言だった。そして、この爆弾発言にイリナは当然反発する。

 

「それは一体どういう事なんですか!」

 

 イリナは円卓に手を叩きつける様にしてその場で立ち上がると、早速追及しようとした。それをサーゼクス様が一先ず宥める。

 

「イリナ君、君が反発するのも解る。だが、まずは説明を聞いて欲しい」

 

 サーゼクス様からそう言われた事で、イリナは渋々席に座り直す。そして、サーゼクス様はあの様な勅命を出すに至った経緯を説明し始めた。

 

「……とは言っても、そう難しい事ではない。要はイッセー君と天界の繋がりが他の勢力と比べて余りにも強過ぎるという事だ」

 

 サーゼクス様がここまで仰られた時点で、僕は上層部が僕の何を懸念したのかを理解した。……幾ら首脳陣と親しくさせて頂いているからと言って、その可能性を完全に見落としていた僕はとんだ大馬鹿者だった。

 

「……ハッ? で、でもイッセーくんはリアスさんとソーナの共有眷属だから、けして天界と比べて悪魔勢力との結びつきが弱いなんて事はあり得ないのでは……?」

 

 サーゼクス様の発言に対するイリナの疑問も尤もなのだが、それについてもサーゼクス様は説明する。

 

「イリナ君の言う事にも一理ある。それにライザーやレイヴェルの様に純血悪魔の中に親しい者達がけしていない訳ではない。だが、それら全てを含めてもなお君の存在が余りにも大き過ぎるのだよ、イリナ君」

 

「……私?」

 

 サーゼクス様が自分を名指ししてきた事にイリナは困惑している。だが、第三者から僕達を見た場合、イリナを特別扱いしている自覚が僕にはある。最愛の女性なのだから当然と言えば当然なのだが、それが悪魔の上層部にとっては大きな不安材料となるのだろう。そして、それに対する反論など僕に言える訳がない。仮に僕が上層部の立場に立てば、軍師として全く同じ事を主張していたであろうからだ。

 

 ……それだけ、悪魔勢力以上に天界、正確にはイリナとの繋がりが強力なのだ。

 

「そうだ。イッセー君にとって、君は他の誰にも代えがたい存在なのだ。それは聖魔和合を立ち上げた一番大きな理由が君と添い遂げる為である事からも明らかだ。それにイッセー君本人にしても、唯でさえ真聖剣という最高位の聖剣の担い手な上に、「聖」「魔」「龍」の三要素を共存させた逸脱者(デヴィエーター)である事から天使の要素も当然持っている。それに加えて、イッセー君は逸脱者である事を明かすまでは悪魔とドラゴンの羽のみを展開した上で光力も完全に抑えてみせた。その事実からその逆も可能だとアジュカは見ている。つまり、イリナ君と同様に龍天使として天使の翼とドラゴンの羽のみを展開した上で魔力を完全に封印できるという事だ。……それらを踏まえると、今のままではいつ悪魔勢力を離脱してイリナ君が所属する天界に駆け込むか解らないというのが上層部の主張なのだ」

 

「……悪魔勢力に所属する逸脱者のイッセーくんが天界に所属する龍天使の私と結ばれる事で天界と冥界の融和を象徴する、という事ではダメなんですか?」

 

 諦めきれないイリナはなおも反論しているが、この理論も僕が逸脱者である事が阻害要因となって通用しないものとなっている。その点を、サーゼクス様はイリナに述べた。

 

「イッセー君が唯の悪魔もしくは「龍」の要素を共存させただけであれば、その理論が通用した。だが、皮肉にもイッセー君が天使の要素も持っている事がかえってそれを阻害している。だから、上層部は「天界と冥界の融和を象徴するのであれば、天使の女性と悪魔の女性を妻とし、その間に天使と悪魔の両方の要素を持つ逸脱者である兵藤一誠が夫として立つ構図が最も映える」と主張している。これについては紛う事なき事実であるだけに、私達は誰一人として反論できなかったよ」

 

 ここまで説明された事で、もはや反論の余地がない事に気付いたイリナは肩を落としてしまった。その姿を見たサーゼクス様は苦衷の表情を露わにして自身の本音を語っていく。

 

「本音を言わせてもらえば、私もこの様な事に納得などしていない。君達の無限すら凌駕し得る強い絆は、私やセラフォルー、そしてグレイフィアの知るところだ。……だが、悪魔を統べる魔王として上層部の進言に対して大きな利点があるのを認めたのもまた事実であり、それを否定する事は私にはできない」

 

 サーゼクス様が本音を語り終えたところで、僕はある事について確認した。

 

「一つだけ、確認させて頂きます。上層部の進言は、本当にそれだけなのでしょうか?」

 

 僕の問い掛けに対し、サーゼクス様は僕が何に思い至ったのか理解した様で溜息を一つ吐く。

 

「やはり気付いたか。……いや。君であれば、気付かない方がかえっておかしいな」

 

 この返事を聞いて、僕はこの件に関してはもはや逃げ場がない事を確信した。

 

「……承知しました。その命に従いましょう」

 

 僕が承諾する旨を伝えると、この場にいるサーゼクス様以外の四大魔王の方々やアザゼルさん、そしてレイヴェルは驚きの表情を浮かべた。しかし、僕はそれには一向に構う事無く、イリナに一言詫びを入れる。……円卓の下で、イリナの手を繋ぎながら。

 

「……ゴメン、イリナ」

 

 正直な話、これで愛想を尽かされても仕方がないと思った。……しかし、イリナは強かった。本当に強かった。

 

「解ってる。もしイッセーくんが私とだけ添い遂げたいのなら、その代わりにはやてちゃんやアウラちゃんを政略結婚の駒にしなくちゃいけないんでしょ? あの二人にそんな重たい物を背負わせる訳にはいかないわ。だったら、私が我慢すればいい。……そう、ただそれだけなんだから」

 

 気丈にもそう語るイリナの瞳から一粒だけ涙が零れたのを見て、僕はイリナとは繋がれていないもう片方の手を強く握り締めた。余りに強く握り締めたためか、皮膚が破れて血が滲み出るのを感じたが、イリナの心の痛みとは比べるべくもない。

 

 その後、魔王様達やアザゼルさんと色々な話をした筈なのだが、正直な所余り良く覚えていない。……それだけ、この一件が僕の心に重く圧し掛かっていた。

 

 

 

「……よって、ここにリアス・グレモリーおよびソーナ・シトリーの共有眷属である兵藤一誠に対し、我等四大魔王の代務者たる聖魔和合親善大使に任命するものである。今後の活躍に期待する」

 

「ハッ。今後も冥界への忠勤に励み、三大勢力の融和と共存共栄の礎を築いて参りましょう」

 

 魔王ルシファーの御前という事で跪いた僕の目の前でサーゼクス様が聖魔和合親善大使の任命状を読み上げ、それを僕に直接手渡してきた。それを謹んで受け取った瞬間、僕は正式に聖魔和合親善大使となった。

 

「あぁ。それと、これを君に預けよう」

 

 僕が任命状を受け取ってその手に収めた後、サーゼクス様がそう仰られると自分が身に纏っていた黒を基調とするマントを外し、そのまま跪いている僕の肩に掛ける。

 

「その外套は私の礼装の一つだ。だからこそ、それを君が纏う事で私達の代務者である何よりの証となる」

 

 サーゼクス様の一連の行動に対して、僕は成る程と納得した。確かに魔王の礼装を纏う事を直々に許されたとなれば、それこそ魔王さえも見下す様な存在でもない限り、身内はもちろん外の勢力も僕の事をおいそれと軽んじる事ができなくなる。それだけの権威付けをマント一枚だけでやってのけたサーゼクス様はかなりのやり手だろう。

 ……そして、勘違いしてはならない事が一つある。このマントはあくまで代務者に対して貸し与えた物であって、授けた物ではないという事だ。だから、礼装の貸与に対する僕の返答はこうなる。

 

「代務者の証、確かにお預かりしました。聖魔和合を完成させる事で親善大使の任を全うしたその暁には、必ずや御身にお返し致しましょう」

 

 そうして僕は一通りのやり取りを無難にこなしていった。だが、聖魔和合を推し進めていく為にイリナ以外の女性を娶らなければならなくなった事実が、今もなお僕の心に重く圧し掛かっている。

 

 ……誰よりも大切な女の子と添い遂げたくて始めた事なのに、それを進めていく事で逆に悲しませる事になってしまった僕は、一体何をやっているのだろうか?

 




いかがだったでしょうか?

なお、陥穽(かんせい)とは落とし穴の事です。

では、また次の話でお会いしましょう。


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