未知なる天を往く者   作:h995

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第十九話 ジョーカー、戸惑う

 天界や十字教教会が保護している子供達の内、その場で対処可能な子達に処置を施し終えたところで、以前は偶に瑞貴と組んで仕事をしていたという天界の切り札たるデュリオと初顔合わせを行った。その後は、元々顔見知りである礼司さんや薫君、カノンちゃんも交えて色々と話をした。その際、デュリオと組んで仕事をした時の瑞貴については意外な話が聞けた。普段は少々天然が入っているデュリオを冷静沈着な瑞貴が窘める一方、戦闘時には冷静・冷徹・冷酷の氷の精神で敵を討ち果たす瑞貴をデュリオがやり過ぎだと窘める事が結構あったらしい。この様に性格はもちろんの事、瑞貴が閻水で形成した聖水の剣と氷紋剣による接近戦を得手としているのに対してデュリオは現在確認されている十三種の神滅具(ロンギヌス)の中でも二番目に強力とされる煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)を用いた広範囲攻撃を得手とするなど戦闘スタイルも全く異なる二人ではあったが、それがかえってコンビとしてはいい方向に作用していた様だ。デュリオも「瑞貴が人間をやめてなければ、俺ももっと楽ができるんだけどねぇ~」と軽い感じで言ってはいるものの、頼れる相棒であった瑞貴と道を違えてしまった事を惜しむ気持ちも確かにあるのだろう。そうして孤児院の子供達や天界の子供達と一緒におしゃべりをしたり、一緒に遊んだりして天界における初日の活動を終える事となった。

 なお、デュリオが僕に向けていた強い感情の中身については大体の見当が付いた。切っ掛けはケーン君がデュリオに言ったこの一言。これでデュリオの抱いていた感情が一気に膨れ上がった。

 

― デュリオ兄ちゃん。僕が一人で歩けるようになって、それで皆も元気になったら、デュリオ兄ちゃんが見つけた美味しいものを一緒に食べに行こうよ! ―

 

 ……僕がデュリオの立場でも、やはり同じ感情を抱いたと思う。そして、人前ではその様な素振りを見せない様に必死に抑え込む事も。

 

 

 

Interlude

 

 一誠達天界訪問団と礼司達孤児院の子供達が天界の子供達と別れて天界における宿泊施設に向かうのを見送った後、デュリオは子供達に笑顔で別れを告げてから自分の部屋へと戻ってきた。そうして部屋に入るやテーブルの前にある椅子に腰を下ろしたデュリオは、椅子の背凭れに寄り掛かると右手で顔を押さえながら天を仰いだ。そして、この瞬間まで堪え続けてきたものを解放する。

 

「ウグッ……、ヒグッ……」

 

 右手に覆われた彼の顔からは、瞳から溢れる涙が滂沱として流れ落ちていく。デュリオは、一誠達がその場で対処が可能な子供達を次々と救っていった時からずっと堪え続けてきたのだ。……己の今までの生涯において、最も熱く激しいものとなるであろう歓喜の涙を。

 今まで、体を蝕む呪いの為に人間界では外に出歩く事すら敵わなかった子供達。天界でようやく安らぎを得たものの、その体は少しずつだが確実に衰弱してきていた。けして永くは生きられないと覚悟もしていた。だから、せめて少しでも楽しい思いをしてほしくて、切り札(ジョーカー)として世界中を駆け巡る中で時に観光地として有名な場所に出向いてその話をしたり、時にその土地で食べた美味しい物を自分の手で再現して食べさせたりもした。

 ……だが、デュリオが本当に望んでいたのはその様な事ではなかった。彼の本当の望み。それは子供達が元気になって自分のやりたい事をやったり、自分の行きたい場所へ行ったりと、そうした当たり前の事ができる様になってくれる事だった。

 

「ありがとう……。本当にありがとう……ッ!」

 

 歓喜の涙を流し続ける彼の口からは、ただただ一誠達に対する感謝の言葉だけが紡がれていった……。

 

Interlude end

 

 

 

 天界滞在二日目。

 

 前日に子供達と別れてからストラーダ司祭枢機卿と共に別行動となったゼノヴィアを除き、僕達は早朝鍛錬の為に今となっては完全に身内の修行場と化した模擬戦用の異相空間に来ていた。なお、流石に何の条件も無しに天界から直接こちらに来る訳にはいかなかったので、イリナ以外の天界陣営の人員も監視者として同行している。

 

「こんな「神仏クラスが全力バトルしても壊れない異相空間」なんて代物を個人で所有してるって、最初ミカエル様から聞いた時には軽いジョークだと思ってたけど本当だったんだねぇ」

 

「元々は兵藤親善大使と歴代の赤龍帝でも特に戦闘に秀でた方達が全力で模擬戦を行う為のものだと聞いていたので、てっきり殺伐とした荒野が広がっているとばかり思っていたのですが……」

 

 飛び入りで自ら監視者に志願したデュリオと駒王町を含めた区域の支部長を務めている事から僕達の案内役であるシスター・グリゼルダ。

 

「……この異相空間に存在する自然には多くの精霊達が宿っています。つまり、ここは生命が息づく上で必要な魂の調和が成立しているのです」

 

 そして、孤児院の子供達の世話がある為に早朝鍛錬には参加できない礼司さんだ。ただ、礼司さんの言葉の中に見逃せないものがあったらしく、シスター・グリゼルダは礼司さんに確認を取る。

 

「待って下さい、武藤神父。では、この異相空間は……」

 

「えぇ。後は新たな生命が生まれてくれば、ここは一誠君を創造主とする新しい世界として完成する事になります。ただ主の教えを説く者の一人としては、極限られた形とはいえ主の偉業の一つである天地創造を再現した事を称えるべきか、それとも畏れ多くも主の領域に足を踏み入れた事を責めるべきか、その判断に困ってしまいますね」

 

 ……あぁ、そうか。そういう見方もできる訳か。

 

 礼司さんが今言った様な意図など僕はおろかロシウと計都(けいと)も全くなかったのだが、ここで僕は今まで模擬戦や鍛錬にしか使っていなかったこの異相空間には色々な可能性がある事を知った。ただ、礼司さんの指摘によって僕が気付いた可能性についてはあまり触れずに、この異相空間の自然を構築・維持しているのが誰なのかを三人に伝えるに留める。

 

「それについては、ロシウと計都のお陰ですね。この二人が小まめに手を加えていなければ、シスター・グリゼルダがご想像になった光景のままでしたから」

 

 そう言いながら、僕は集合場所に本日の早朝鍛錬の参加者が全員揃うまでの間、ブリテンとほぼ同じ面積であるこの異相空間を案内していく。山や大森林、湖はもちろん、荒野や大氷原、砂漠と一つの異相空間にこれだけの環境を押し込めながらもけして破綻させていない事に対して、デュリオとシスター・グリゼルダは驚きと共に感心していた。やがて、転移を活用しながら一通り案内し終えて集合場所に戻ってきたところでデュリオがこの異相空間の環境について尋ねてきた。

 

「イッセーどん。この空間、……というよりはもう新世界って言うべきかな? とにかく、元々は全力の模擬戦の為だけに使うって割には色々な意味で環境が整い過ぎてない?」

 

「ここを作る前、僕は色々な世界で戦って来た。平原や荒野、船の上、市街地、それに山や森といった一般的な戦場はもちろん、活火山の噴火口のすぐ側に海の中、月面やその内側の世界、果ては人間やドラゴンの屍者(ゾンビ)にこちらの世界でも上位に位置するであろう怪物達が跳梁跋扈している地下百階の大迷宮、更には三途の河原やその先にある地獄にも行った事がある。そうした様々な環境での戦闘経験を踏まえた上で、この空間には様々な環境が設定されているんだよ」

 

 僕がデュリオの質問に答えると、デュリオとシスター・グリゼルダは困惑した様子で意見を交わし始めた。

 

「グリゼルダの姐さん。ひょっとして、イッセーどんって色々な意味で俺よりも経験積んでるんじゃないっスかね? これでも俺、色々な場所で仕事をこなしてきましたけど、流石に今イッセーどんが口にした様な場所にまでは行った事がないっスよ」

 

「ガブリエル様はミカエル様、そしてミカエル様はアザゼル総督から聞いたとの事ですが、兵藤親善大使はあのオーフィスと戦う以前にも神仏クラスと戦った経験があるとの事です。しかも一度だけでなく、何度も。その上、そうした別格の相手と戦う時に限って真聖剣や赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が使えないという重過ぎるハンデがあったとの事ですが、それでも兵藤親善大使は最後まで戦い抜いて生き残ったのですから凄まじいとしか言い様がありませんね」

 

「そんな化物相手に真聖剣や神滅具抜きで戦って生き残るって、煌天雷獄ありきの俺じゃまず無理だなぁ。イッセーどんが素で、しかも真聖剣でない聖剣一本でストラーダ猊下とやり合える訳っスわ」

 

 ……まぁ、確かに「その様な状況でよく生き残れた」と当時の状況を思い返す度に自分でも思うので、二人の気持ちは解らなくもない。だから、僕は二人の意見に対して苦笑いをするしかなかった。

 

「そうだよ、デュリオお兄ちゃん。パパはとっても強くてカッコいいんだから」

 

 一方、アウラは「エッヘン」と言わんばかりに胸を張って僕の事を自慢している。これには僕達四人はもちろん、アウラと一緒にここで待っていたイリナやレイヴェル、アーシアも笑みを浮かべていた。そうしてこの場が穏やかな雰囲気へと変わったところで、転移用の魔方陣が展開された。その魔方陣の様式はバアル家。……つまり。

 

「ヨウ、一誠! 今日もお前達が一番乗りか。今日こそは俺達が一番乗りしてやろうって思ってたのになぁ」

 

 まだ公表はされていないものの、既に冥界側の花嫁として内定しているエルレだ。

 

「叔父上、おはようございます」

 

 そして、一番乗りができずに悔しがっているエルレの後ろにはサイラオーグ率いるバアル眷属がついて来ていた。なお、サイラオーグは「要は時が来るまで公の場で堂々と呼ばなければいい」と判断したらしく、早朝鍛錬を含めたプライベートの場では僕の事を「叔父上」と呼んでくる様になった。

 ……何故サイラオーグ達も早朝鍛錬に参加する様になったのか、その経緯はとても単純だ。神の子を見張る者(グリゴリ)の本部でヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合処置が無事に終わった二日後の早朝、若手悪魔の会合の翌日からかつての師に再び師事しようとエルレの元を訪れていたサイラオーグが早朝トレーニングに出かけようとした際にこちらに転移しようとしたエルレを見かけた事で僕達の早朝鍛錬の事がバレてしまったのだ。向上心の塊であるサイラオーグが自分達の参加を希望しない筈もなく、間もなく根負けしたエルレが申し訳なさそうに僕に頼み込んできたという訳だ。

 そうしてサイラオーグ達が来たのを確認すると、僕の左手から光の球が飛び出してそのまま一人の男へと変わった。歴代赤龍帝における武の双璧の片割れ、「武闘帝(コンバット・キング)」ベルセルクである。サイラオーグはベルセルクの姿を見るや、すぐさま最敬礼で頭を下げる。

 

「師匠、おはようございます」

 

「オウ、サイか。昨日俺が出した課題、きっちりこなしてきただろうな?」

 

 ……実はこの二人、既に師弟関係となっている。現大王への謁見が済んだ後で僕と面会した時からベルセルクはサイラオーグに注目しており、早朝鍛錬への参加をサイラオーグが志願するとすぐさま「コイツは俺が面倒を見る」と言い出してきたのだ。そしてサイラオーグが力試しを挑んだ結果、赤龍帝の籠手の力を一切使えないにも関わらずに純粋な格闘術だけで完膚なきまでに自分を叩きのめしたベルセルクの事を素直に認め、「この方こそ我が師匠」と心から師事する様になったのだ。そうしてベルセルクが師として出した課題は、僕が幼い頃にこなしたものと同じものだった。

 

「ハイ。師匠が手本を示した演武をスローで百回、しっかりとこなしてきました。最初は「何故その様な事を」と思ったのですが、演武をスローで繰り返していく内に自ずと理解できました。……俺は、己の体の使い方が余りにも雑だったのだと」

 

「それを自分で解ったんなら上々だ、サイ。その上で言うが、テメェが今やるべきなのは体を鍛える事じゃねぇ。賢くする事だ。そうすれば、鍛えた体がお前の意思に正しく応える様になる。……最初に俺がテメェに言った言葉の意味、今なら解るな?」

 

「確か、「頭はバカのままでいい。その代わり、体を賢く育てろ」でしたか。……ハイ。今思えば、あれほど明確に俺が強くなる道筋を示した言葉はありませぬ」

 

 そのやり取りからサイラオーグがベルセルクを心から尊敬しているのが解るのだが、側で聞いているデュリオやシスター・グリゼルダはベルセルクが何を言っているのかまるで解らないらしく、しきりに首を傾げている。確かに、何も知らない状況でこの様な事をいきなり言われても普通は理解できないだろう。……尤も、幼い頃からベルセルクに鍛えてもらっている僕は骨の髄までベルセルク流に染まっているので、「頭はバカのまま」とは「戦いの場で余計な事は一切考えない」事であり、「体を賢く育てる」とは「様々な状況に応じて最適な動きを無理も無駄もなく行える様にする」事なので、つまりは無我の境地を目指せと言っているのだと理解できるのだが。

 こうした僕を含めた一部にしか理解できない様な二人のやり取りを見て、イリナとエルレがサイラオーグについて話を始めた。

 

「サイラオーグさん、まだ弟子入りしてから四日しか経ってないのにすっかりベルセルク流に染まっちゃっているわね。ベルセルクさんの考え方って余りに独特だから、私もちょっとついて行けないところがあるのに。きっと、ベルセルク流はサイラオーグさんにピッタリだったのね」

 

「サイ坊の奴、俺が鍛えていた頃よりずっと生き生きしているな。正直なところ、前の師匠としてはベルセルクの奴に嫉妬してしまいそうだよ」

 

 甥が新しい師匠の教えを受け始めてから僅かな期間で急速に成長しているのを見て少し拗ねているエルレに、僕はベルセルクがサイラオーグの弟子入りについてどう考えているのかを伝える。

 

「ベルセルクはサイラオーグが弟子入りした事を「こんな極上の素材を俺の流儀で一から仕込めるとはな」って、凄く喜んでいたよ。それに「ここまでサイを育て上げたエルレにはとても感謝し切れねぇよ」とも言っていた。だから、「サイラオーグを育てたのは、間違いなくこの俺だ」って、堂々と胸を張っていいんだよ。エルレ」

 

 ……また、ベルセルクからは固く口止めされているが、レオンハルトが祐斗を騎士としての後継者としている様にベルセルクもまたサイラオーグを自分の拳の後継者と見込んでいる。その意味では、この二人は出会うべくして出会ったと言うべきかもしれない。

 ただ、僕の励ましの言葉を聞いたエルレが何故か頬を赤く染めながら僕に向かって悪態を吐いてきた。

 

「……バカ野郎。何で狙った訳でもねぇのにさらっとそういう言葉が出てくるんだよ、この女誑し」

 

 男勝りで気の強いエルレがまさかその様な受け取り方をするとは思わなかった僕は、少なからず困惑する。ここで、イリナが言葉を挟んできた。

 

「イッセーくんって人の気持ちには敏感なんだけど、ちょっと天然な反応する事があるから。それにエルレは今さっき女誑しって言ったけど、イッセーくんってどちらかと言えば人誑しじゃないかしら?」

 

「成る程ね。あのサイ坊を誑かしたって意味では、確かに一誠は人誑しだな」

 

 イリナの酷い言い分にエルレが納得してしまったのを見て、僕はガックリと肩を落としてしまう。

 

「エルレはおろかイリナまでそんな事を言うなんて……」

 

 その様な僕の姿を見たアウラは、悪魔の羽を生やして僕の頭の高さまで浮くとそのまま僕の頭を撫で始めた。

 

「パパ、よしよし」

 

 ……幼い娘に慰められて心が癒されてしまった僕は、少しばかり疲れているのだろうか?

 

 

 

 その後、サイラオーグ達を含めた新規メンバーと共に従来のメンバーも続々と集まってきたので、それぞれの近況を伝え合ってから三時間ほどの鍛錬に励んだ。なお、ツァイトローゼ一家の様子を見て来ようと平行世界に向かったはやて達三人は流石に間に合わなかったらしく、本日の早朝鍛錬を欠席している。その為、レオンハルトの弟子である祐斗については最初の師匠で本日のサーゼクスさん達の付き添いでこちらに来ていた沖田さんが代わりに指導する一方、魔力を主体とするメンバー達の指導を担当するロシウの代役は沖田さんと同じくサーゼクスさんの付き添いで来ていたマクレガーさんが務める事になった。ただ流石にセラフォルー様はロシウ以外誰も指導できないので、この日はアリスと模擬戦をする事になっていたサーゼクスさんとアザゼルさんに合流している。 

 

「……グリゼルダの姐さん。俺、悪い夢でも見てるのかな?」

 

「デュリオ。私も同じ事を思いましたから、貴方の気持ちはよく解ります。ですが、これは現実です。受け入れましょう」

 

「いやだって、あんな小さな可愛い女の子を相手にトレードマークの紅髪(べにがみ)を黒く染めて全力出してる三大勢力最強の魔王を中心に堕天使総督と四大魔王の一人であるレヴィアタン様の三人がかりでやっと少しは勝負になってるといいなぁって光景、実際にこの目で見ても全然信じられませんって」

 

「しかも、攻撃がかろうじて通用しているのはルシファー様のみ。後のお二人はあのアリスという少女の体を薄く覆っている赤いオーラに攻撃を全て弾かれている様ですね。これが、兵藤親善大使が「人の形をした赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)」と評し、その赤い龍本人に「原初にして究極」と言わしめた初代の赤龍帝なのですか……!」

 

 ……尤も、三大勢力における最強クラスの三人を圧倒するアリスの姿を目の当たりにして、デュリオとシスター・グリゼルダは恐れ戦いていたのだが。

 

「それに、こっちはこっちでやっぱり夢としか思えない様な光景が広がってるし……」

 

 そう言ってデュリオが視線を向けた先には、遥か遠くから無数の氷と何かに抉られた様な跡が直線状に続いている荒野の中で聖水の剣と聖王剣を激しく交える瑞貴とアーサーさんの姿があった。

 

「フフッ。武藤瑞貴君、やはり貴方と剣を交えるのは実に楽しい。歳が近く、聖王剣を全力で振るってなお五分である相手などそれこそ禍の団(カオス・ブリゲード)にすらいませんでしたからね」

 

「最高峰の聖剣である聖王剣に選ばれた方にそう仰って頂けるとは光栄です。……尤も、世の中にはまだ上には上がいますけどね」

 

「それは私も承知しています。まだ直接剣を交えてはいませんが、かの剣帝(ソード・マスター)の佇まいを見ただけで嫌でも理解しましたよ。……何をどうやっても、一太刀で為す術なく斬り伏せられる自分の姿しか想像できませんでしたからね」

 

 実は、サイラオーグ達が早朝鍛錬に参加を申し出てきたその翌日から、ヴァーリ達もこの異相空間に来るようになった。特にアーサーさんは参加初日に瑞貴と真剣勝負を繰り広げて以降、ほぼ毎日の様に早朝鍛錬に顔を出しては瑞貴と剣を交えている。そうした二人が交わす言葉の内容はとても穏やかなものであるが、同時に行っている戦いの内容は苛烈そのものだ。瑞貴が水成る蛇を始めとする氷紋剣の技を次々と繰り出せば、アーサーさんは聖王剣による空間干渉を利用した攻撃を仕掛けてくる。具体的には刃の周りの空間を抉る事で見切りを狂わせたり、何もない所を刺して全く別の場所から刃を突き出したりと、かなり変則的な戦い方をしてきたのだ。しかし、自分の持つ感覚の全てを以て敵の動きを捉えられる瑞貴はその攻撃の全てをあっさりと捌いてしまった。ただ、流石に閻水に溜め込んだ聖水の量が聖王剣を相手取るには足りなかったらしく、剣の打ち合いになると瑞貴は聖王剣を直接受け止めようとはせずに太刀筋を見切って躱したり受け流したりと日本の剣術と同じ動きで対処した。その結果、二人とも攻め手を欠いて膠着状態に陥ってしまった。

 ……もはや若手最強剣士決定戦と化した二人の模擬戦を見て、僕の指導を受けに来たルフェイは感嘆の声を上げる。

 

「聖王剣を使った本気のお兄様と剣で互角に渡り合えるなんて、武藤瑞貴さんはいつ見ても凄いですね。……でも、あんなに楽しそうなお兄様を見るのはひょっとすると初めてかもしれません」

 

「僕とヴァーリ、セタンタと美猴の様に、アーサーさんもまた瑞貴の事を対等な好敵手と認めたんだろう。こうなると、ただ強いだけの相手にはもう興味が湧かなくなるよ。ヴァーリがそうだったみたいにね。……だから良かったね、ルフェイ」

 

「……ハイ!」

 

 自分の兄が道を踏み外す事なく生き生きとしている姿を見て、ルフェイは本当に嬉しそうだ。だが、そこに冷水を浴びせかける様な言葉がデュリオからかけられる。

 

「……ねぇ、イッセーどん。いい加減、現実から目を背けるのをやめてくれないかなぁ」

 

「確か、あの二人はここから20 kmは離れた森林の中で戦い始めた筈です。それが今こちらにいるという事は、あれだけ激しい攻防を繰り広げながらここまで移動してきたというのですか? しかも、あの森林からこちらに来るまでには、比喩表現でも何でもなく物理的に肌を焼いてしまう暑さの砂漠があったのですよ……!」

 

 ……そう。シスター・グリゼルダの言う通り、この二人は実に20 kmもの距離を戦いながら移動してきたのだ。しかもその間にある灼熱の砂漠をも突っ切って。どうやら、二人にとってこの世界の全てが剣を交える事のできる戦場であるらしい。ただ今のところはかろうじて巻き添えを食らった人がいないものの、ここから更に移動し続けると流石に洒落にならない。これで、あの二人にはここ以外ではけして刃を交えない様に言わないといけなくなった。このままでは、在りし日の二天龍の様に傍迷惑な存在となりかねない。

 一方、イリナと共に僕から()(どう)(りき)の指導を受けていたソーナ会長は、瑞貴の若手対抗戦への出場について本当に良かったのかと近くにいたエルレに尋ねていた。

 

「本当に武藤君が若手対抗戦に出場しても良かったのでしょうか? 確かに駒王学園の生徒の中では一誠君に次ぐ実力者である武藤君が出場できるのであれば、他の眷属と比べて明らかに有利となるので私達にとっては大変良い事なのですが……」

 

「アレを見ている限りじゃ、どう考えてもソーナ達のワンサイドゲームにしかならないぞ。……いや、バロール全開のギャー坊なら十分いけるか?」

 

 ここでエルレが瑞貴の対抗馬としてギャスパー君を挙げると、僕の指導を受けていたギャスパー君は驚きの余りに大声を出してしまった。

 

「えぇっ! ぼ、ぼ、僕ですかぁ! と、とんでもない! 瑞貴先輩って、あの祐斗先輩と元士郎先輩が二人がかりでも勝てない様な人なんですよ! ……あっ、いえ、今のお二人なら瑞貴先輩を相手に一騎討ちを仕掛けてもかなりいい所までいけそうですけど」

 

 以前の祐斗と元士郎の力で瑞貴の強さを言い表したギャスパー君は、そのすぐ後で現在の力量に沿う形に言い直した。すると、エルレも祐斗と元士郎について話し始めた。

 

「あぁ、ギャー坊の言う通りだな。実際、俺がヴリトラ復活後の元士郎と()った時にはかなりヒヤッとした場面が何度かあったし、ライザーの奴も祐斗相手にかなりマジになったって言っていたよ。この分なら、開幕戦までにはもうちょっと差が埋まるかもしれないね。たぶん、サーゼクスはアイツ等の成長速度をしっかり計算に入れた上で瑞貴の出場を止めなかったんだろうさ。……やってくれるじゃないか、サーゼクス。ただね、その計算にサイ坊を入れていないのは気に入らないな」

 

 最後にそう言うと、エルレは獰猛な笑みを浮かべる。きっと、「だったら、その計算をサイ坊に超えさせてやる」と考えているのだろう。この負けず嫌いな所はリアス部長に通じるところがある。この分では、ヴェネラナ様もまたエルレやリアス部長と同様に負けず嫌いなのだろう。どうやら、大王家に連なる女性達は相当に負けず嫌いであるらしい。

 そうしてエルレがサイラオーグを更に鍛え上げる事を決意していると、デュリオとシスター・グリゼルダが二人だけで話していた。

 

「ねぇ、グリゼルダの姐さん。……俺達って、実はかなりヤバいところだったっスかね?」

 

「私個人の気持ちとしては「その様な事はありません」と否定したいところなのですが、今も所々で行われている模擬戦を見る限りでは……」

 

 シスター・グリゼルダはそこで溜息を吐いてそれ以上言葉にするのをやめてしまった。

 

 ……なお、「生きた経験」が不足しているソーナ会長と元士郎以外のシトリー眷属については、ライザーの眷属やバアル眷属と共にリディアに頼んで召喚してもらった幻想種を相手に模擬戦を繰り返している。ただ、相手となる幻想種や戦場となる場所は毎回違うので、その場で情報を集めて対策を講じるまでの速さと正確さが重要になってくる。冥界入りした当初は情報収集のスピードが足りなかったり、得た情報に基づいて立てた対策が間違っていたりする事が多かったが、時間が経つにつれその様な事が減ってきているので成果としては上々だろう。

 一方、グレモリー眷属とサイラオーグはそれぞれ指導者がついているので模擬戦を行う事は早々なく、リアス部長はグレモリー卿とヴェネラナ様、朱乃さんはバラキエルさん、小猫ちゃんは計都、祐斗は沖田さん、そしてサイラオーグはベルセルクの元でそれぞれ鍛錬に励んでいる。また、本日の早朝鍛錬は欠席しているが、ゼノヴィアはストラーダ司祭枢機卿に鍛えてもらっているし、負傷者の治療の為に待機しているアーシアも時間があれば祈りを捧げている事からニコラスの言い付けをしっかりと守っているのだろう。

 そして、空の上では觔斗雲に乗って空を翔ける美猴にケルトの戦士の奥義である鮭飛びで同じ高さに上がってからルーン魔術で空中に足場を作って対抗するセタンタが熾烈な空中戦を繰り広げており、ここから遠く離れた草原ではドラゴン同士という事で偶々リディアの元に遊びに来ていたティアマットにヴァーリと元士郎が挑んでいる。

 なお、クローズについてはアウラやミリキャス君と一緒に「赤と青のシャボン玉を触って消す」ゲームで遊んでいるので、他と比べると微笑ましい光景となっている。尤も、赤のシャボン玉は手にある程度魔力が集まった状態、青のシャボン玉は手に魔力が全くない状態で触れないとそれぞれ消えない様に設定しているので、魔力の制御技術や集束効率を上げるトレーニングも兼ねているのだが。

 

「このままじゃ、流石に不味いよなぁ……」

 

 そう呟いたデュリオが早朝鍛錬への参加を申し込んできたのは、天界の各階層の視察に始まり、研究施設の多い第五天で技術者の天使達と意見交換を行った天界二日目の全日程を終了した後だった。

 




いかがだったでしょうか?

……キャラを一名、崩壊させてしまったかもしれません。

では、また次の話でお会いしましょう。

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