未知なる天を往く者   作:h995

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第十八話 優しい奇跡

Side:アーシア・アルジェント

 

 天界で保護されている子供達の一人で足が不自由である事から車椅子の生活を長い間続けてきたというケーン君は、イッセーさんによって足を動かせるようになりました。でもその喜びもつかの間、ケーン君の足から子犬の鳴き声が聞こえてきた事でこの場が完全に静まり返ってしまいました。そんな中、この場にいる中ではイッセーさんとの付き合いがイリナさんの次に長い武藤神父が声をかけてきました。

 

「一誠君、お疲れ様でした。貴方の口から「何とかできそうだ」という言葉を聞いた時には驚きましたが、神の子を見張る者(グリゴリ)と共同で事に当たるのであればあるいは、と思い直しました。ですが、まさかこの場で、しかも貴方一人でケーン君の宿している神器(セイクリッド・ギア)の問題を解決してしまうとは……!」

 

 武藤神父は驚きを露わにそう仰いました。ただ、何故そこまで武藤神父が驚いているのか、それが私には全く解りません。一方、武藤神父から労いと感嘆の声をかけられたイッセーさんは何故ケーン君の神器の問題を解決できたのかを教えてくれました。

 

「神器は元々神がお創りになった物なので、天使の光力については割とスムーズに受け入れてもらえる様です。それでどうにかこの場でケーン君の問題を解決する事ができました。尤も、C(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)で自分の力を「聖」に特化させないと流石に無理でしたが」

 

 でも、それをシスター・グリゼルダが即座に否定しました。

 

「いえ、それは違います。少なくとも、私の光力では無理です」

 

「グリゼルダちゃんの言う通りですよ。それに、親善大使が今やった様な事は私にもできません。おそらく「聖」と「魔」という本来は相反する力を何ら抵抗なく共存させている親善大使だからでしょうね」

 

 シスター・グリゼルダに続いてガブリエル様まで「自分には無理」と仰った事で、「解」の概念を持つ光力を使えるトンヌラさんと同じ様にイッセーさんの光力もまたかなり特殊なものである可能性が出てきました。ただ、このままでは話が進まないと思われたのか、ガブリエル様はこの話を切り上げるとケーン君の事についての説明をイッセーさんに求めました。

 

「まぁ、その話はここまでにしておきましょう。それよりもまずはケーン君の事ですね。親善大使、説明をお願いします」

 

「承知致しました、ガブリエル様。では、説明させて頂きます」

 

 イッセーさんはそう言うと、ケーン君に関する説明を始めました。

 

「まず、ケーン君に宿っていた神器(セイクリッド・ギア)は一般的な神器の一つで脚力を強化する獣の足(ワイルド・エンハンス)であり、本来なら特に害を及ぼす様な事はありません。この辺りは既に判明していたのではありませんか?」

 

 イッセーさんがまずケーン君に宿っていた神器が何だったのかを説明し、それは判明していた筈だと武藤神父やシスター・グリゼルダ、そしてガブリエル様に確認しました。すると、一年前までここの子供達の治療を行っていたという武藤神父が答えました。

 

「そうですね。あくまで私個人の見解ではありましたが、神器の力の波動が足から出ているのと力の強さ自体はそれ程でもない事から足に関する一般的な神器という事で大体の目星を付けていました。ただ、十字教教会は実戦部隊を始めとする世界の裏に深く関わる者以外には神器に関する事柄を秘匿する方針である事から、神器に関する研究があまり進んでいません。その為、まだ発現していない場合には神器の特定はおろかそもそも神器の有無さえも現場で行うのは非常に難しく、神器を特定できたのも神器を宿していると想定した上で天界の施設で検査してからなのです」

 

 ……確かに私がまだ聖女と呼ばれていた頃、癒しの力は聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)という神器によるものでなく、あくまで「主がお与えになった奇跡の力」として訪問先の信徒の方達や神父様達に受け取られていました。でも、駒王町にやってきた時にレイナーレ様から私の力の真実を教えられた時、信徒の方達はともかく神父様達は私の癒しの力の真実を知っていたんだと思ったんです。でも武藤神父のお言葉を聞く限り、私と同行なさっていたヴァチカン本国の神父様達はともかく訪問先の神父様達は本当に知らなかったのかもしれません。

 そうして私が昔の事について考えていると、イッセーさんがここで新たに判明した問題点についての意見をガブリエル様に伝え始めました。

 

「……その様な事情がおありならば、いわば神器判別装置というべき物を携帯可能なサイズで作れないか、また技術協力という形で天界を通じて十字教教会に貸与できないか、神の子を見張る者に一度相談してみてはいかがでしょうか。これから先、神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)を保護していく上で神の教えが世界中で広く信仰されている事から人間社会とも密接に繋がっている十字教教会の組織としての力がどうしても必要になります」

 

「それに現状のままなら禍の団(カオス・ブリゲード)、特に人材蒐集に熱心な英雄派に先を越されてしまう恐れがある。それを防ぐ為には、神器の有無と種類の特定を現場で行う事で神器保有者を速やかに保護できる体制を早急に整えなければならない。……そういう事でよろしいでしょうか、一誠様?」

 

 イッセーさんがこの様な意見を出した目的をレイヴェルさんが確認すると、イッセーさんは頷きました。

 

「その通りだよ、レイヴェル。だから、天界からの要望としてこの話を聖魔和合親善大使である僕が冥界に持ち帰る。……そういう話なんだよ」

 

 ……こうしてお話を聞いていると、イッセーさんは自分の言葉や行動が独断専行になったり職権を超えたものになったりしない様に凄く気を使っているのがよく解ります。それだけに私は思ってしまうんです。イッセーさんがやりたい事をもっと自由にやれる様になればいいのに、と。そんな事を思っていると、イッセーさんが話を元に戻してきました。

 

「少々脱線しましたが、話を戻しましょう。ケーン君の獣の足についてですが、その中に封印されている魔獣の特性なのか、世界に漂う悪意や邪念といったものを少しずつ取り込んでいました。ただこの魔獣はまだ生まれて二、三ヶ月程度の幼い子供であった為に悪意や邪念に対して拒絶反応を起こしていたらしく、それ等に加えてケーン君自身も神秘に対する抵抗力が生まれつき弱かった事もあって足を動かせなくなっていたのでしょう」

 

 イッセーさんの口から語られる内容に、シスター・グリゼルダは信じられない様な表情でイッセーさんに尋ねました。

 

「……そこまで解る物なのですか?」

 

「そこは心霊医術と古式の悪魔祓い(エクソシズム)を学び、召喚師(サモナー)として多くの幻想種と召喚契約を交わし、そして神器を始めとした特異的な力を持つ子供達と接してきた経験の賜物としか言い様がありませんね」

 

 ……シスター・グリゼルダが知りたいのは、たぶんそういう事ではないと思うんですけど。

 

 イッセーさんの答えを聞いたシスター・グリゼルダの困った様な表情を見て、私はそう思いました。すると、武藤神父がシスター・グリゼルダに補足説明を入れてきました。

 

「実は、私が今まで保護してきた子供達は今でこそ皆外で元気に遊べるようになっていますが、保護した直後には神器の影響で身体に障害が出ていた子も少なからずいたのです。そして、こうした子供達の障害を私と共に治療してきたのが、他でもない一誠君なのですよ。孤児院の子供達が皆一誠君を慕っているのも、また今や神器研究の第一人者としてアザゼル提督に続いて名の挙がる程の研究成果を一誠君が出せる様になったのも、全てはそうした積み重ねがあっての事なのです」

 

「成る程、そういう事でしたか。納得しました」

 

 武藤神父の補足説明でシスター・グリゼルダが納得した所で、イッセーさんは説明を再開しました。

 

「それで先程申し上げた要因を踏まえた上で、私はケーン君の神器に取り込まれた悪意や邪念を浄化してしまえば足が動かない状態を改善できると判断したのです。ただ、ここで一つ問題がありました」

 

「問題、ですか?」

 

 イッセーさんの説明を聞いてガブリエル様がそうお尋ねになると、イッセーさんはその問題点についての説明を始めました。

 

「えぇ。この時、拒絶反応を起こしていたとはいえ、神器に取り込まれた悪意や邪念は封印されている魔獣の子供の魂と一体化していました。それだけにそのまま悪意や邪念を浄化した場合、魔獣の子供の魂諸共という可能性があったのです」

 

「イッセー、それの何処に問題があると言うんだ?」

 

 ゼノヴィアさんが魔獣の魂も浄化される事に対する疑問をイッセーさんに投げかけると、イッセーさんは何が問題になるのかを詳しく教えてくれました。

 

「確かに人に害を為す存在を討伐するのが使命である悪魔祓い(エクソシスト)としては、如何に幼い子供とは言え結果的にケーン君に害を為している魔獣の魂を浄化してしまうのは特に問題ない様に見えるのだろうね。でも、問題にするべきなのはそこじゃない。魔獣の子供の魂が浄化される事で神器の中から力の源が失われてしまう事が問題なんだ」

 

「……成る程、そういう事でしたか」

 

 ここで武藤神父が何故か苦い表情を浮かべるとイッセーさんの説明に納得しました。……ただ、私には何がどうなっているのかよく解りません。なので、私が素直に自分の手に余る事を武藤神父に伝えます。

 

「武藤神父、どういう事なんでしょうか? 私にはちょっと難し過ぎてよく解りません」

 

 すると、武藤神父は私の疑問に答えてくれました。

 

「話はそう難しい事ではありません。仮に神器から力の源となる魂が失われた場合、その代わりとなる魂を新たに取り込む事で力を維持しようとする可能性が高いという事ですよ。そして、この時にケーン君に宿っている神器に最も近い魂といえば……」

 

「そんな、あり得ません! 神器が保有者の魂を取り込んでしまうなんて事は! そもそもその様な事、私は見た事も聞いた事も……!」

 

 武藤神父のお話からケーン君の神器から魔獣の子供の魂が失われてしまうとどうなるのか、それに思い至ったガブリエル様が激しい調子で否定の言葉を発しました。でも、イッセーさんは実例を挙げる事で魂の取り込みが起こり得る事を証明してしまいました。

 

「残念ですが、子供達の治療を行う上でそういった事態になりかけた事が何度かありました。それどころか、武藤神父が子供を保護し始めた頃に保有者だった子の魂を神器に取り込まれてしまうという最悪の事態に陥った事すらあります。その時はその子の守護霊で曾祖父に当たる方が自ら身代わりとなった事でどうにか救出できましたが、そうでなければその子の魂を取り込んだ神器はそのまま次の保有者の元へと転移していた事でしょう。……私の十七年の人生の中で間違いなく五指に入る程の大失態です」

 

「えぇ。あの時は私も一誠君も顔面蒼白でしたよ。それでも必死になってあらゆる手を尽くしましたが、結局のところ私達自身は何一つ有効な手を打てませんでした。……四年前の聖剣計画に匹敵する程にとても苦い経験です」

 

 イッセーさんと武藤神父が揃って苦い物を幾つも噛んだ様な表情を浮かべているのを見て、私は言葉を失いました。私とは比べ物にならないくらいに力や知識、それに経験もあるお二人でもこんな大失敗をしてしまったのだと。私の側にいるゼノヴィアさんもお二人の表情を見て流石に驚いています。

 

「あのイッセーと武藤神父ですら、子供を救おうとして逆に死なせかけた事が何度もあったのか。……以前、色々な世界に飛ばされて熾烈な戦いを潜り抜けてきた過去の話はイッセー本人から教えてもらったが、それだけじゃない。それ以外の事でもこんな苦い経験を幾つも重ねて、今のイッセーがあるのだな」

 

 最後は納得したゼノヴィアさんですけど、私も同じ思いです。……だからこそ、イッセーさんはこうした失敗を繰り返さない様に体を鍛えたり勉強したりするのでしょう。そんな事を考えていた私ですけど、イッセーさんの話はまだ終わっていませんでした。

 

「また赤龍帝の象徴である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)についてですが、今でこそ歴代赤龍帝は全員実体を持った精霊の様な存在になっていますが、その原点は残留思念です。ですが、初代であるアリスや二代前のクローズの様に神器を発現する前に死亡した者については赤龍帝の籠手が魂を直接取り込んでいる事がドライグの証言で判明しています。これらの事実を踏まえると、全ての神器に機能保全機能の様なものが予め組み込まれている可能性が極めて高いのです」

 

 イッセーさんが別の事例として赤龍帝の籠手を挙げた上で全ての神器にイッセーさんや武藤神父が経験した様な事が起こり得る事を伝えると、ガブリエル様はガックリと肩を落としてしまいました。流石にこれだけ実例を挙げられてしまうと、反論の言葉すら出て来なかったのでしょう。それを見たイッセーさんはガブリエル様も納得したものと受け取って、説明を再開しました。

 

「では、説明を再開致します。こうした懸念があった事から、悪意や邪念をそのまま浄化するのは余りに危険と私は判断しました。そこで思い付いたのが、魔獣の子供の魂と悪意や邪念を切り離してから浄化するというものです。ただ、これにはどうしても神器の保有者であるケーン君の協力が必要でした」

 

 ここで、私は何故ケーン君の協力が必要だったのかが解りました。……私の目の前に、それを実行した事でニコラス神父を始めとする歴代の赤龍帝の方達を怨念から救い出すだけでなく、その怨念を発していたアリスさんも一緒に救ってみせた人がいるのですから。ただ、それで合っているのか自信がなかったので、イッセーさんに尋ねてみます。

 

「あの、イッセーさん。つまり、ケーン君に神器の中にいる魔獣の子供と仲良くなってもらいたかったという事なんでしょうか?」

 

「その通りだよ、アーシア」

 

 ……良かった。私の思っていた事がちゃんと合っていて。

 

 イッセーさんからその通りだと言われた私は、安堵の気持ちでいっぱいでした。そして、ケーン君が具体的に何をしたのかをイッセーさんは語っていきます。

 

「もちろん、そのままではケーン君が悪意や邪念に呪い殺されてしまうし、魔獣の子供にケーン君の言葉や気持ちが伝わらないから、光力で悪意や邪念を弱めたり魔獣の子供にケーン君の気持ちを伝えたりといったサポートはしたよ。でも魔獣の子供と悪意や邪念を綺麗に切り離せる所まで持って行けたのは、むき出しの悪意や邪念を目の当たりにした事でとても怖い思いをして、それでもそれに苦しんでいる魔獣の子供の姿も一緒に見て「助けたい」「助けなきゃ」って怖い思いを乗り越えて手を差し伸べたケーン君の勇気のお陰なんだ」

 

― 正確に言うと、僕ができるのはあくまでお手伝いまでで実際にどうにかできるのはケーン君だけなんだ。だから、君の勇気が必要なんだ。どんなに小さくてもいい、怖い事や苦しい事を前にしても前へと踏み出せる勇気が ―

 

 ……イッセーさんの言っていた通りでした。もちろん、最後に切り離された悪意や邪念を浄化したのはイッセーさんのフルムーンレクトでしょう。でも、悪意や邪念だけを浄化できる様に魔獣の子供の魂から切り離したのは、魔獣の子供を助けたいと勇気を出して踏み出したケーン君です。

 

「そうしてケーン君の活躍で魔獣の子供の魂から悪意や邪念を切り離した後は、鎮静浄化魔法のフルムーンレクトで悪意や邪念だけを浄化しました。その結果はご覧の通りです」

 

 イッセーさんがそう言って手を差し向けたその先にあったのは、ベンと名付けられた魔獣の子供とケーン君が心を通わせ合って楽しそうに話をしている光景でした。

 

『ワン! ワン!』

 

「ハハハ。ベン、僕と一緒に居られてそんなに嬉しいの? ……ベン、これからはずっと一緒だよ」

 

 この優しさに満ちた光景を前に、私は胸が一杯になって何も言葉が出てきません。それに目の前が少し霞んでいます。感激の余り、今にも涙が零れ落ちそうになっているからです。すると、私の近くにいたシスター・グリゼルダの声が聞こえてきました。

 

「あぁ。こんな事が、こんなにも優しい奇跡が現実になるなんて……!」

 

 ……優しい奇跡。

 

 これ以外にこの光景を言い表し様のないシスター・グリゼルダの言葉に、私は心から賛同します。何故なら、イッセーさんはケーン君だけじゃなく、ケーン君の神器に封印されていた魔獣の子供も一緒に救い出したんですから。そうして私が目の前の光景にただただ感動していると、説明を終えたイッセーさんが私に声をかけてきました。

 

「アーシア、実はケーン君の他にもこの場で処置ができそうな子が結構いるんだ。ただ、その中にはニコラスから教わった心霊医術と聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を組み合わせた魂の癒しが必要になる子が何人かいる。だから、君の力を貸してほしい」

 

 ……イッセーさんから協力を求められた事は凄く嬉しいです。嬉しいんですけど、イッセーさんが周りに凄く気を使っているのを今の今まで見てきただけに、本当に私がイッセーさんのお手伝いをしてもいいのか不安になりました。

 

「あの、イッセーさん。ここで私がお手伝いしてもいいんですか?」

 

 だから、ついそう尋ねてしまったんです。すると、イッセーさんからこんな答えが返ってきました。

 

「アーシアが天界で人助けをする為の許可は、ゼノヴィアがこの後ストラーダ司祭枢機卿の元で修行する許可と一緒に取ってあるよ。だから、アーシアは何も心配せずにただ子供達を癒す事だけに専念すればいいんだ」

 

 ……つまり、私は政治や外交といった事は一切気にせずにただ目の前の子供達を全力で助ける事だけ考えればいい。そういう風にイッセーさんが予め手配してくれていた。そう思ったら、私は凄く嬉しくなってイッセーさんにお礼を言いました。

 

「イッセーさん、ありがとうございます!」

 

 すると、イッセーさんは軽く笑みを浮かべて私のお礼の言葉を受け取ってくれました。

 

「どういたしまして」

 

 そして、今度はガブリエル様とシスター・グリゼルダ、そして武藤神父に頭を下げてからお願いを始めました。

 

「ガブリエル様。武藤神父。シスター・グリゼルダ。無礼を承知の上でお願い致します。どうか私達にお力をお貸し下さい」

 

 イッセーさんから協力を求められて真っ先に返事をしたのは、武藤神父でした。

 

「一誠君、それはむしろこちらの台詞ですよ。どうか貴方達に協力させて下さい」

 

 協力を頼まれたのに逆に協力させて欲しいと申し出てきた武藤神父の姿を見て、ガブリエル様とシスター・グリゼルダはお互いに顔を見合わせるとイッセーさんに返事をしました。

 

「兵藤親善大使。武藤神父と同じ様に、私でよければご協力しましょう」

 

「私も熾天使(セラフ)の一席を担う者です。親善大使に頼りっぱなしという訳にはいきませんね」

 

 こうしてガブリエル様とシスター・グリゼルダのご協力も得られたイッセーさんはこの場で可能な子供達の処置を始める事を伝えてきました。これらを受けて、イッセーさんは処置の開始を宣言します。

 

「では、早速始めましょう。……イリナ、レイヴェル」

 

「うん、解ってる」

 

「承知しましたわ」

 

 ……そして、私にとってとても幸せな時間が始まりました。

 

Side end

 

 

 

 この場で処置が可能な子供達の処置を僕達が始めてから、およそ一時間後。

 

「ハイ、これでもう大丈夫ですよ。ゆっくりと目を開けてみて下さい」

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。今、わたしが見ているのが()()世界なの?」

 

「そうですよ。イッセーさんや私、それに今まで一緒に暮らしてきた皆さんがこうして目の前にいる。それが貴女の()()世界なんですよ」

 

 目に生まれつき宿した未来予知の力が余りに強過ぎて現在のものが見えなくなっていた子については、どういう処置を施すのかをアーシアと礼司さんに伝えた上で実際の処置はアーシアをメインとし、礼司さんにはアーシアのサポートをお願いした。その結果、礼司さんの的確なサポートもあってアーシアは見事にやり遂げた。ニコラスから心霊医術を学び始めてからまだ二、三ヶ月だが、アーシアは既に一人前のレベルに達しつつある事から、アーシアにはやはり治療に関しては天才的なところがあるのだろう。

 

「どうかな?」

 

「……痛くない。お日さまの光を浴びてもちっとも痛くないよ、天使様!」

 

「……良かった。私の浄化の光がちゃんと効いてくれたのね」

 

 また、母親が臨月間近にヴァンパイアから血を吸われて殺された事で中途半端にヴァンパイアの特性を得てしまい、それによって太陽の光に弱くなっていた子については、イリナの浄化の光でその子からヴァンパイアの特性だけを浄化するという処置を行った。熾天使であるガブリエル様の祝福の元、天使の力を強化する能力を持つシスター・グリゼルダのサポートもあってこちらの方も上手くいき、その子は太陽の下に出ても何ら問題のない普通の人間になった。この結果から、イリナが後天的に得た浄化の光の扱いに慣れてきた事が解ったので、これからは僕がいちいち口出しする必要はないだろう。

 

「一誠様、最後はこの子でよろしいのですね?」

 

「あぁ。この場で処置できるのはその子で最後だ。残りの子は色々と準備してからでないと処置できないし、中には神の子を見張る者の協力が必要になる子もいる。だから、色々な意味で少し時間が必要なんだ」

 

「解りましたわ。では、この子の処置が終わってからで結構ですので、子供達への説明をお願い致します。流石に一誠様が直接説明しないと、子供達も納得してくれないと思いますわ」

 

「それもそうだね」

 

 レイヴェルにはこの場で処置が可能な子が誰なのか、また誰が担当するのかを伝えた上で子供達の案内を頼んだ。それに対して、レイヴェルは持ち前の能力をフルに発揮して子供達を滞りなく僕達の元へと案内していった。また待っている子供達にはアウラやドゥン、それに伝説の聖剣の使い手であるゼノヴィアさえも話し相手として上手く宛がう事で大人しくしてもらう辺り、レイヴェルも中々に卒がない。

 こうしてそれぞれが担当した事を順調にこなしていき、最後の子も僕が直接処置する事で速やかに終える事ができた。残っている子供達については、アザゼルさん達神の子を見張る者の協力が必要だったり、処置する上で必要な素材をこれから調達しなければならなかったりといった理由でこの場での処置が不可能である事を説明し、その一方で準備さえ整えればすぐに処置を施せる事もしっかりと伝えた。本当なら今すぐにでも背負い続けてきた重荷から解放してあげたいのだが、明らかに準備不足の状態で処置を行うのは愚の骨頂だ。考え無しに手を差し伸べるとどうなるのか、三年前にそれを嫌という程理解している。だから、「焦るな。焦っては駄目だ」と自分に必死に言い聞かせながら、子供達にはもう少しだけ待ってもらう様に頼み込む。その結果、この場での処置を受けられなかった子供達は僕の頼みを受け入れてくれた。その中でもクローズと同い年くらいの子は「アウラちゃんのパパの準備ができるまで待っていれば、ボクも元気になれるんでしょ? だったら、幾らでも待っていられるよ」と言ってくれた。……本当に、有難い事だった。

 

「……ミカエル様から親善大使殿はこっちにいるって教えてもらって、初顔合わせに欠席したお詫びも兼ねて会いに来てみれば、まさかこんな事になってたとはねぇ……」

 

 そう言いながら現れたのは、僕達より三、四歳程年上で神父服を纏った金髪の青年だった。端正な顔立ちで浮かべる柔らかな笑みからは、何処を突いても軽くいなされてしまう様な飄々とした印象を受ける。ただ、その緑の瞳からの視線には、僕に対するとても強い感情が込められている様にも思える。その感情の中身が何なのかを考えていると、その青年は挨拶と自己紹介を始めた。

 

「ども。初めまして、親善大使と天界訪問団の方々。自分、ミカエル様の元でジョーカーやらせてもらっているデュリオ・ジェズアルドと言いまっす。以後お見知りおきを~」

 

 ジェズアルドさんの第一印象ほぼそのままのカルい自己紹介に、僕と同年代のメンバーは完全に呆気に取られてしまった。ただ、初対面であるレイヴェルや教会出身でも流石にジョーカーである彼とは接点がなかったであろうアーシアはともかく、同じ悪魔祓いである事から少なからず面識がある筈のイリナやゼノヴィアまで一緒に呆気に取られているのはどうした事だろうか? 僕が意外な光景に首を傾げていると、ジェズアルドさんは僕に向かって頭を下げてきた。

 

「……っと、忘れる所だった。まずは親善大使殿、熾天使の皆様との初顔合わせの場に欠席した事を謹んでお詫びするっス。本当なら、あの場にはジョーカーである俺も出席する筈だったんスよ。ただこっちに来る前に色々あって到着が遅れるって聞いたから、それまで気分転換に散歩に行ってこようって思ったのが失敗だった訳で」

 

 ……余りにも聞いていた通りであるジェズアルドさんの言動に、僕は思わず吹き出してしまった。

 

「……瑞貴はジェズアルドさんの事を「青空の様な男」と言っていましたが、確かにその通りの方ですね」

 

 僕が笑いを堪えながらジェズアルドさんについて話を聞いていた事を明かすと、ジェズアルドさんは鳩が豆鉄砲を食った様な反応を見せた。

 

「ヘッ? 半年前まで偶に俺と組んで仕事していた瑞貴の事を知ってるっスか?」

 

 質問が思わず口を衝いて出てきた様な素振りを見せるジェズアルドさんに対して、僕は瑞貴が共通の友人である事と併せて瑞貴が使う閻水の製作者が僕である事も伝えた。

 

「知っているも何も、イリナやドライグ達を除けば最も付き合いの長い親友ですよ。それに、瑞貴の持つ浄水成聖(アクア・コンセクレート)に合わせて閻魔の水剣こと閻水を作ったのはこの私ですから」

 

「……クリスタルディ先生が「使い手次第ではエクスカリバーやデュランダルにも匹敵し得る」と絶賛し、それを瑞貴が見事に証明してみせたアレを作ったのは親善大使殿だったっスか。何故親善大使殿が急に技術者や研究者としても名が挙がる様になったのか、これで納得できたっス。いやぁ、世界って広い様で意外と狭いんだな。うんうん」

 

 最後は何度も頷いているジェズアルドさんに、僕はある事を頼み込む。

 

「ジェズアルドさん、私に対しては敬語を使わなくても結構ですよ。何と言うか、猫が犬の鳴き声を真似している様な違和感しかありませんから」

 

 僕がジェズアルドさんからの敬語を不要とした理由が余りに酷いと感じたのか、ジェズアルドさんは大きな声で反論してきた。

 

「ちょっ、それは流石に酷くないっスか!」

 

 ……ただ、自分の事を振り返ると当て嵌まる事があったらしく、ジェズアルドさんは最後には諦めた様に納得してしまった。そして、それに便乗する様な形で自分の事をデュリオと呼び捨てで呼ぶ様に言って来た。

 

「……まぁ、確かに俺って敬語を使うのも使われるのも苦手だからなぁ、もう納得するしかないっスわ。だから、公式の場でもなければ親善大使殿の事を遠慮なく「イッセーどん」と呼ばせてもらうよー。その代わり、自分より一個上である瑞貴に敬語を使わないんなら俺にも敬語はいらないし、呼び方も「デュリオ」で一つよろしくー」

 

 流石に「イッセーどん」と呼ばれたのは、これが初めてだな。

 

 ……デュリオから受け取った思いがけない「初めて」に、僕は少々ピントがずれた事を考えてしまった。

 




いかがだったでしょうか?

ここから少しペースを上げていけたらと思うのですが……。

では、また次の話でお会いしましょう。

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