未知なる天を往く者   作:h995

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第十七話 赫の龍天使

「あぁっ! パパ! ママ!」

 

 イリナやレイヴェルを伴って礼司さんや孤児院の子供達、そして天界で保護されている子供達の元に歩み寄ると、ドゥンの背に乗って先行していたアウラが真っ先にこちらに気付いた。そして勢い良く立ち上がると笑顔で僕達に手を大きく振ってきたので、僕とイリナも軽く手を振ってアウラに応える。一方で他の子供達といえば、その直前までアウラも交えて楽しくおしゃべりしていたので、アウラの声に反応してこちらに顔を向けていた。そこで僕達のやり取りを見た訳だが、孤児院の子供達は笑顔で歓迎するのに対して天界の子供達はハッキリと驚きの表情を浮かべた。そして、濡羽色とも言うべき黒く艶やかな髪を背中に届くくらいに伸ばしたアウラと同い年くらいの女の子が側にいたアウラに直接確認する。

 

「ねぇ、アウラちゃん。本当にあの人達がアウラちゃんのパパとママなの?」

 

 ……まぁ、アウラくらいの子がパパ、ママと呼んだのが最年長の子とそう変わらない年頃である僕とイリナだった訳だから、この子の反応はむしろ当然だ。だからなのか、それをそれとなく察したアウラが胸を張って肯定する。

 

「そうだよ、ナナちゃん。あたしの自慢のパパとママなの」

 

 しかし、アウラが余りに堂々としている事から、アウラから「ナナちゃん」と呼ばれたその子はかえって戸惑っている。それに近くでアウラとその子のやり取りを見ていた天界の子供達も同様だ。だから、少なくとも僕がアウラの父親である事だけでもハッキリさせておいた方がいいだろう。そう思いながらアウラ達の元へと近づいていくと、我慢できなかったのか、アウラが僕達について確認を取っていた女の子の手を引いて僕達の方へと駆け寄ってきた。

 

「アウラ、皆と楽しそうにおしゃべりしていたね。冥界に続いて天界でもお友達ができたのかな?」

 

「ウン! それにね、ナナちゃんはあたしと同い年なんだよ! これでミリキャス君とリシャール君に続いて三人目なの!」

 

 そう言いながらアウラが笑顔で連れてきた女の子を紹介してきた。お友達の大半が自分より年上なだけに、同い年のお友達が増えたのが相当に嬉しいのだろう。アウラはいつにもまして上機嫌だった。

 

「そうか。良かったね、アウラ」

 

「エヘヘ……」

 

 僕がそう言ってアウラの頭を軽く撫でてあげると、アウラは嬉しそうに受け入れていた。そうしてアウラの頭をある程度撫で終えたところで、僕はアウラが連れてきた新しいお友達に父親としての自己紹介を始める。

 

「初めまして。僕がアウラの父親で兵藤一誠と言います。娘のアウラとお友達になってくれて、本当にありがとう」

 

 僕が自己紹介と共にアウラのお友達になってくれた事への感謝を伝えると、次にイリナが自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私の名前は紫藤イリナ。名前を聞いて「あれっ?」って思ったのかもしれないけど、私達はまだ結婚してないのよ。ただ、お互いに将来は結婚しようって約束してるから、アウラちゃんは私の事を「ママ」って呼んでくれているの」

 

 イリナの堂々とした自己紹介も終わると、アウラの新しいお友達がアワアワしながら自己紹介を始めた。

 

「あ、あの。初めまして、アウラちゃんのパパとママ。わ、わたし、ミシェル結城七瀬って言います。えっと、その……」

 

 自己紹介をしなれていないのか、かなり緊張しながらまずは自分の名前を名乗った女の子であるが、日本人の氏名の前に洗礼名と思われる名前が先に来た事からおそらくはクリスチャンなのだろう。その一方で、その体から微かながらも神聖なオーラを放つと共に人間としての気配も感じられる。これらの事から僕はある可能性に思い至り、早速アウラの新しいお友達に声をかける。

 

「ナナちゃん。……で、いいのかな?」

 

「あっ、はい。パパやママ、それにアウラちゃんもそう呼んでるから、アウラちゃんのパパとママもそう呼んで下さい」

 

 ナナちゃん本人から愛称で呼ぶ許可を得た僕は、ここで思い至った可能性について尋ねてみた。

 

「じゃあ、ナナちゃん。ひょっとして、君は天使と人間のハーフなのかな?」

 

 すると、ナナちゃんは驚きの余りに目を見開いてしまった。そして、僕の質問に対する答えを返す。

 

「は、はい。アウラちゃんのパパの言う通りです。わたしのパパがクリスチャンで、パパの事を生まれた時からずっと見守ってきた守護天使がママなんです。その縁で大人になったパパがママと結ばれて、それから暫くしてわたしが生まれたって聞いています」

 

 ナナちゃんはそう言うと、一対二枚の白い翼と天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を見せてくれた。教会との関係が深かったアーシアとゼノヴィア、それに悪魔でも有数の名族出身であるレイヴェルはハーフ天使の姿を初めて見た事で驚きを露わにする。一方で自らは複雑な経緯を経て龍天使(カンヘル)に転生したイリナはといえば、極めて真っ当な経緯(いきさつ)でハーフ天使として生まれてきたナナちゃんに対して感嘆の表情を浮かべていた。それだけに、天使を量産する事を最終目的とし、その過程で人工授精によるハーフ天使の量産を目論んだ「天の子(エデンズ・チャイルド)」計画の失敗例とされたトンヌラさんがナナちゃんの事を知ったら、どの様な反応をするのだろうか? ……トンヌラさんの事だ。きっと複雑な感情を表には出さず、一人の大人としてナナちゃんを可愛がる事だろう。それだけに、七瀬ちゃんの口から続けて出てきた言葉を聞いた僕は、物事がそう簡単に上手くいく筈がない事を改めて思い知らされた。

 

「ただ、ママが天使だからなのか、わたしの体って人間よりも天使に近いらしくって、それで地上の空気はどうもわたしに合わないみたいです。それで赤ちゃんの時から天国で預かってもらっているんだって、最近になってパパとママから教えてもらいました」

 

 ナナちゃんはこう言っているが、実際は「空気が合わない」どころか地上にいるだけで生命の危険があるのだろう。だから、生まれたばかりの可愛い我が子を手元から離さなければならなかった。それが親にとってどれほどの苦痛を伴うものだったのか、幸いにしてその様な事にはならなかった僕にはおそらく完全には理解し切れないだろう。むしろ、僕が生まれる前に子供を二度授かりはしたものの、どちらも残念な結果となってしまった父さんと母さんの方が理解できるかもしれない。

 ……天使と人間との間に生まれたハーフの子は「奇跡の子」と呼ばれる程に貴重な存在である事を礼司さんから教えてもらってはいたが、それは単に天使と人間の間に子供を授かる確率が極めて低いだけでなく、たとえ授かったとしてもナナちゃんの様に地上で生きていけなかったり、あるいはトンヌラさんの様に翼を持たないネフィリムだったりと、天界や教会の望み通りに中々ならないという背景も含めての事なのかもしれない。

 すると、どうも僕やイリナが同情する様な視線を向けていたらしく、ナナちゃんは慌てた様に両親との関係について話し始めた。

 

「あっ、でもママとわたしが天使の力で繋がっているから、パパやママとは時々お話ししてるんです。だから、アウラちゃんのパパやママが思ってる程には寂しくないんですよ」

 

 ……いけないな。今まで孤児院の子供達と接してきた経験上、こうした一般的には不幸と言える経緯を持っている子が同情的な視線に対して特に敏感である事なんて十分解っていた筈なのに。

 

 僕はアウラと同い年の女の子に余計な気遣いをさせてしまうという失敗を深く反省しながら、ナナちゃんに謝った。

 

「ウン、そうだね。そうでなければ、ナナちゃんがここまでいい子にはならないからね。だからゴメンね、ナナちゃん」

 

「私もゴメンなさい、ナナちゃん。私達がちょっと不謹慎だったわね」

 

「い、いえ。解ってくれたのなら、もういいです」

 

 ナナちゃんはお友達の親である僕とイリナが素直に非を認めて謝った事に驚きながらも、僕達の謝罪を素直に受け取ってくれた。このやり取りを見たアウラは、今度はナナちゃんにアーシア達の紹介を始める。

 

「それでね、ナナちゃん。あそこにいるのが怪我を治してくれる優しいアーシアお姉ちゃんで」

 

 最初にアウラから紹介されたアーシアは少し驚いたものの、すぐに笑顔になって頭を下げた。

 

「アーシア・アルジェントです。よろしくお願いします」

 

「その隣にいるのが、デュランダルって凄い剣を使えるゼノヴィアお姉ちゃん」

 

 次に紹介されたゼノヴィアは軽く手を上げて自分の名前を名乗る。

 

「ゼノヴィアだ」

 

「そしてパパとママのそばにいるのが、とっても頭が良くてママと一緒にパパのお仕事のお手伝いをしてるレイヴェル小母ちゃん!」

 

 この瞬間、この場にいる殆どの子供達はおろかシスター・グリゼルダ、更にはガブリエル様ですらギョッとした。アウラが今紹介した三人は親である僕やイリナと歳が近い。しかも、アウラはアーシアとゼノヴィアに対しては「お姉ちゃん」と呼んで紹介した。それにも関わらず、アウラはレイヴェルだけは「小母ちゃん」と呼んで紹介したのだ。しかも悪意など欠片も見当たらない純粋な笑顔で。それだけにアウラの言動への戸惑いとレイヴェルへの気不味さから何とも言えない雰囲気が子供達やシスター達から漂う中、アウラから紹介されたレイヴェルは何ら動じる事なく、それどころか心なしか誇らしげな笑みすら浮かべて優雅にお辞儀する。

 

「レイヴェル・フェニックスですわ。七瀬さんでしたか、どうかよしなに」

 

 「小母ちゃん」と呼ばれたにも関わらず、平然としているレイヴェルの姿を前に、この時まで立ち込めていた何とも言えない雰囲気は綺麗に消えてしまった。代わりに所々で首を傾げる素振りを見せる子供達の中で、レイヴェルがアウラから「小母ちゃん」と呼ばれている事を知っている薫君とカノンちゃんが小声で会話を交わしているのが聞こえてきた。

 

「レイヴェルさん、流石だよなぁ。アウラちゃんから「小母ちゃん」って呼ばれているだけあるよ」

 

「そうよね。アウラちゃんが自分で「この人は信じられる」って感じた上でお父さんである一誠さんの前や横に立てるくらいに精神的に強い人でないと、アウラちゃんは「小父ちゃん」「小母ちゃん」って呼ばないんだもの。それを考えると、アーシアさんやゼノヴィアさんには悪いけど、レイヴェルさんは明らかに別格だわ。それに、ホラ」

 

「……レイヴェルさん、「小母ちゃん」って呼んでもらって明らかに喜んでるよ。逆にアーシアさんとゼノヴィアさんはオレから見ても解るくらいにガッカリしてるし。これって、普通は逆だよね?」

 

 確かに、薫君の言う通りである。ただ、アウラから「小父ちゃん」呼ばわりされている瑞貴や祐斗、元士郎の話では、どうもグレモリー眷属やシトリー眷属においてアウラから「小父ちゃん」「小母ちゃん」と呼ばれる事が色々な意味での指標になっているらしく、皆はまずそこを目標に日々努力しているとの事。現に僕達が堕天使領に滞在している間にアウラから「小母ちゃん」と呼ばれる様になった憐耶さんは、初めて呼ばれた時に拳をグッと握って「よしっ!」と小さくガッツポーズしていた。

 ……何かが激しく間違っている様な気がするのだがそれは一先ず置いておく事にした僕は、アウラとナナちゃんを連れ立って子供達の元へと向かうと、子供達の相手をしていたであろうドゥンに労いの言葉をかける。

 

「ドゥン、ご苦労様。アウラや他の子供達の相手は大変だっただろう」

 

〈いえ、子供達の世話に慣れている神父殿がおられましたし、私がアーサー様や円卓の騎士達の事を語り始めると皆静かに耳を傾けてくれましたので、主が仰る程の苦労はありませんでしたな〉

 

 やや軽口混じりでそう返してきたドゥンに、僕は思わずにやけそうになった。

 

「なんだ。ドゥンも結構やりたい様にやっているじゃないか」

 

〈せっかくの機会ですからな。生かさねば損というものでしょう〉

 

 打てば響く様に返ってくるドゥンの言葉に対して、僕は笑みを浮かべながら納得の声を上げた。

 

「それもそうだ」

 

 こう言うと誤解されそうだが、色々な意味で経験豊富で機転も利くドゥンとの会話は楽しくて仕方がない。こうした切り返しの上手さだけは、たとえイリナであっても真似できないからだ。ただ、ここで自分達だけで会話を楽しんでも意味がないので、僕はお互いの自己紹介をしようと持ち掛ける。

 

「さて。今から改めて僕達の自己紹介をするから、その後で皆も自己紹介をしてくれないかな?」

 

 ……さて。ここからが聖魔和合親善大使としての本番かな?

 

 

 

Side:アーシア・アルジェント

 

 アウラちゃんの新しいお友達の一人である「ナナちゃん」こと七瀬ちゃんに自己紹介を終えた後、今度は他の子供達と一緒にお互いの自己紹介をしました。ただ、足が動かせずに車椅子の生活をしていたり、目が不自由で白い杖を使っていたり、あるいはその体にとって太陽の光が強過ぎる為に全身をすっぽりと覆う様な保護服を着ないとまともに外を歩く事すらできなかったりと、どの子もさっきアウラちゃんの同い年のお友達となったばかりの七瀬ちゃんの様に地上では普通の生活ができない子ばかりでした。でも、子供達はそんな事なんてまるで関係ないと言わんばかりに、とても元気よく自己紹介してくれました。……本当に、とても強い子供達です。

 そうして子供達の自己紹介が終わると、イッセーさんが幼い頃から車椅子で生活しているというケーン君に歩み寄りました。それからイッセーさんは「ちょっといいかな?」とケーン君に一言断りを入れるとその足に右手を当てて、そのまま目を閉じました。……あの様子だと、イッセーさんはあの子の足について何かを探っているんでしょう。暫くすると、イッセーさんは目を開けてケーン君の足から手を離しました。そして、ケーン君と話を始めました。

 

「ケーン君。君は自分の足が動かないのは生まれつき持っている力である神器(セイクリッド・ギア)の影響である事を知っているのかな?」

 

 ……この時、側にいたシスター・グリゼルダが息を呑んだのを確かに感じました。ケーン君は自己紹介の時に自分の足が不自由である理由までは言っていませんし、あの分ではシスター・グリゼルダはイッセーさんにこの事を伝えてはいないみたいです。つまり、イッセーさんはケーン君の足が不自由な原因をその場で探り当てた事になりますし、だからこそシスター・グリゼルダも驚いたんでしょう。

 

「……ウン。その通りだよ。それは足に関わる物だけど、僕に抵抗力がないから足が動かせなくなっているって事も教えてもらってる。でも、何で僕の足を触っただけでそれがわかったの?」

 

 ケーン君はイッセーさんの言った事が正しい事を伝えると同時に、何故それが解ったのかを尋ねました。すると、イッセーさんは何でもない事の様に答えます。

 

「それが解る様に、たくさんの人達から教えてもらったり鍛えてもらったりしたからだよ」

 

 ……でも、それがどれだけ凄い事なのか、今までイッセーさんを鍛えてきた人達の事を知っている私達にはよく解ります。

 

「そうなんだ。アウラちゃんのお父さんって、本当に凄いんだね。アウラちゃんの言ってた通りだ」

 

 ケーン君はイッセーさんの答えを聞いて、納得の表情を浮かべました。情報源がアウラちゃんという事は、アウラちゃんはきっと大好きなお父さんの事をこれでもかと言わんばかりにいっぱいお話ししたんでしょうね。イッセーさんもそれを察したのか、少し苦笑いを浮かべています。

 

「ハハハ。それなら、アウラが嘘を吐いた事にならない様に僕もしっかり頑張らないといけないな。それじゃ、話を続けるよ」

 

 イッセーさんはそう言って話題を元に戻すと、驚くべき事を言い出しました。

 

「それでケーン君に宿っている神器についてなんだけど、僕の見立てが正しければ何とかできそうなんだ」

 

「本当?」

 

 「何とかできる」というイッセーさんの言葉を聞いて、ケーン君は驚きました。それは私達やシスター・グリゼルダはもちろん、武藤神父やガブリエル様も同じです。ケーン君はすぐにそれが本当なのかを確認すると、イッセーさんは即答で返事しました。

 

「本当だよ。それにこんな事で嘘を吐いたら、僕はアウラのお父さんでいられなくなっちゃうしね。ただ、その為には一つだけ必要なものがあるんだ」

 

「必要なもの?」

 

 イッセーさんから「必要なものがある」という答えが返ってきたケーン君は、訳が解らずに首を傾げました。すると、イッセーさんは必要なものが何であるかをケーン君に伝えました。

 

「そう。それはね、君の勇気だ」

 

 ……ケーン君の勇気?

 

「正確に言うと、僕ができるのはあくまでお手伝いまでで実際にどうにかできるのはケーン君だけなんだ。だから、君の勇気が必要なんだ。どんなに小さくてもいい、怖い事や苦しい事を前にしても前へと踏み出せる勇気が」

 

 ……それがどういう事なのか、私にはさっぱり解りません。私のすぐ側にいたゼノヴィアさんに視線を向けると、ゼノヴィアさんも解らないみたいで首を横に振りました。それでケーン君の反応を見ると、ケーン君はイッセーさんの言葉から何かを感じたみたいで少し悩んでから大きく頷きました。

 

「……解った。僕、やってみる」

 

 ケーン君がそう言うと、イッセーさんは早速ケーン君の対処に取り掛かる事にしました。

 

「それじゃ、早速始めよう」

 

 すると、アウラちゃんがイッセーさんに質問をしてきました。

 

「ねぇパパ。……全力で行くの?」

 

 アウラちゃんのこの質問で、私はイッセーさんが今からしようとしている事が何なのか解りました。ゼノヴィアさんもハッとした表情を浮かべたので、きっと解ったんだと思います。

 

「そうだよ、アウラ。だから、暫く僕の魔力を預かってほしいんだ。ただ、今着ているワンピースはアウラの状態に合わせてサイズが変わる様になっているから、着替える必要はないよ」

 

 イッセーさんがアウラちゃんの質問に答えた上で天界に滞在する為に必要なワンピースを着替える必要がないと伝えると、この場にいる殆どの人は「何故そんな事を」と首を傾げています。でも、何が起こるのかを知っている私達にはその意味が解りますし、当人であるアウラちゃんもちゃんと理解しました。

 

「ウン、解った。……パパ、いつでもいいよ」

 

 アウラちゃんが準備できた事を伝えると、イッセーさんは再び瞳を閉じました。

 

「……C(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)

 

 イッセーさんがそう呟くと、イッセーさんとアウラちゃんが光に包まれました。十秒程光に包まれた所で光が治まると、そこには赤と金の入り混じったオーラを放ちながら四対八枚の天使様の翼と一対三枚のドラゴンの羽を背中から生やし、その頭には天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を浮かべたイッセーさんと私達と同じ年くらいにまで体が成長し、でも白いワンピース姿のままであるアウラちゃんがいました。

 

 「魔」の力をアウラちゃんに全て預ける事でイリナさんと同じくドラゴンと天使のハイブリッドである龍天使(カンヘル)へと変身するという逸脱者(デヴィエーター)としての新形態、C×C・L。

 

 カリスさんに「聖」の力を全て預ける事でドラゴンと悪魔のハイブリッドである龍魔へと変わるC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()C(カオス)と一緒に初めてこれを見せてもらった時には、私もゼノヴィアさんも開いた口が塞がりませんでした。でも、同時にこうも思ったんです。

 ……聖女と呼ばれていたのに敵対する悪魔の方を見過ごせずに癒してしまった私が、天使様にも悪魔にもなれるイッセーさんに出会ったのはけして偶然ではなかった、と。

 

「それじゃあ、ケーン君。……始めるよ?」

 

「ウン」

 

 龍天使となったイッセーさんが何かを始める事を伝えると、ケーン君は深く頷きました。そして、イッセーさんはもう一度右手を伸ばしてケーン君の足に触れるとそこから赤と金の入り混じった光をケーン君へと流し始めたんです。それと同時にケーン君はで目を閉じると車椅子の背もたれに倒れ込んでそのまま動かなくなってしまいました。驚いたシスター・グリゼルダは慌てて駆け寄ろうとしたんですけど、それをガブリエル様が止めました。

 

「ガブリエル様?」

 

「グリゼルダちゃん。あの子は今、親善大使の力で精神のかなり深い所に潜り込んでいます。それこそ神器に関わる様な所にまで。だから、今は静かに見守っていましょう」

 

 ガブリエル様は今のケーン君の状態を正確に把握しているみたいで、シスター・グリゼルダに今は見守る様に諭しました。

 

「……承知しました」

 

 シスター・グリゼルダがガブリエル様の言葉を受け入れてから五分程経った所で、イッセーさんは呪文の詠唱を始めました。

 

「月の光よ。ここに集いて心を鎮め、邪を祓う希望となれ」

 

 すると、イッセーさんの左手の掌の上に光の粒子が集まってきます。その幻想的な光景を前に、孤児院の子供達も天界が保護している子供達も揃って見入っています。……私自身、以前にお話を聞いてはいましたけど実際に()()を見るのは初めてなので、つい見入ってしまいました。

 

「フルムーンレクト」

 

 そしてイッセーさんは光の粒子を掌に乗せたままケーン君の足に左手を当てると、そのまま光の粒子を直接流し込み始めました。すると、ケーン君の足が仄かに光を放ち始め、その足を蝕んでいた何かが浄化されていくのが解りました。

 

 満月の光で荒れ果てた心を優しく鎮め、更に対象を蝕む邪な力を祓って元気な状態に戻してしまうというイッセーさんのオリジナル魔法、フルムーンレクト。作った本人であるイッセーさんの他にもはやてさんやセラフォルー様も使えるというこの魔法は、実は私が今一番覚えたい魔法だったりします。その為、現在は古式の悪魔祓い(エクソシズム)をニコラス神父から教わるのと並行して、ロシウ老師からフルムーンレクトの基礎となっている神聖魔法を教わっている真っ最中です。

 

 ……やがて、ケーン君の足から放たれていた光が次第に弱くなっていき、そのまま完全に消えてしまったところでイッセーさんは力を使うのをやめてケーン君の足から両手を離しました。それと同時にケーン君が目を覚まし、自分の足の方を暫く見ていました。そして、ビックリした様に大きな声を出したんです。

 

「……動いた。僕の足、今確かに動いたよ!」

 

 ケーン君が大声で言った内容に、子供達はもちろんシスター・グリゼルダやガブリエル様もビックリしています。でも、かつてはケーン君と同じ様に車椅子の生活をしていたはやてさんの足を動かせるところまで治してしまったというフルムーンレクトの効果を知っている私達はそうでもありませんでした。ただ、ケーン君は靴を履いていたので外からでは足が動く様子がわかりません。なので、イッセーさんはケーン君の靴と靴下を脱がして裸足にしました。そうして皆がケーン君の足に注目すると、確かに足の指がピクピクって動いています。それを見た皆が喜びの声を上げて、ケーン君を祝福しました。そうした喜びの声の中で、イッセーさんはケーン君の足の状態を詳しく調べ続けました。

 

「確かに足はちゃんと反応する様になっているね。これでとりあえずは足が動かせない問題は解決した。でも、ケーン君。大変なのは、むしろこれからだよ」

 

 足の状態を調べ終えたイッセーさんの言葉を聞いて子供達が静まり返る中、イッセーさんはケーン君にこれからの話を始めました。

 

「僕も義妹(いもうと)が長い間車椅子の生活をしていたから解るけど、車椅子の生活が長いと足の筋肉が衰えてしまって、そのままだと歩く事はおろか立つ事すらできないんだ。だったら、魔法か何かで立って歩けるようにしてしまえばいいって思うかもしれないけど、それをやると体の何処かに必ず悪い影響が出てきてしまうんだ。だから、時間はかかってしまうけど、弱っている足を少しずつ鍛えてから両足で立って歩く為の練習をやっていかないといけないんだよ」

 

 ……そう言えば、そうでした。はやてさんが今の様に立って走れる様になるまで、イッセーさんやイッセーさんのご両親は全力でサポートしてきた筈です。だから、イッセーさんは実体験でこれからが大変である事を知っていました。でも、ケーン君から特にガッカリした様子は見られません。むしろ、やる気に満ちています。

 

「……大丈夫だよ、アウラちゃんのお父さん。だって、今まではそもそも足が動かせなかったのに、今ならほんの少しだけど動かせるんだよ。時間はかかるかもしれないけど、リハビリをすれば立って歩けるようになるって解ったんだよ。だったら、後は僕がリハビリを頑張っていけばいいだけなんだ」

 

 力強く決意を語るケーン君の目は、これからの希望で輝いている様に見えました。……これなら、ケーン君は普通の人と同じ様に立って歩けるようになるでしょう。子供達がケーン君に向かって「頑張って」と励ましたり、「リハビリ、手伝うよ」と協力を申し出たりする光景を見て私がホッとしていると、ケーン君は自分の足を撫でながら足に向かって話しかけ始めました。

 

「だから、一緒に頑張ろうね。ベン」

 

『ワン!』

 

 ……えっ?

 

 まるでケーン君の声に応える様にケーン君の足から子犬の吠える声が聞こえてきた事で、私達は驚きの余りに完全に固まってしまいました。

 

 ……イッセーさん。ケーン君に一体何をしたんですか?

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

原作に話だけ出てきた車椅子の少年の名前は拙作のオリジナルですので、どうかご了承ください。なおそのケーン君に一体何が起こったのか、詳細は次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。

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