未知なる天を往く者   作:h995

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第十六話 天界の一誠

Side:アーシア・アルジェント

 

「……これが、先程のお話にあった」

 

「そうです。彼女が聖剣計画における最後の生存者です。ただ……」

 

「人体実験の最中に宿していた結界型の神器(セイクリット・ギア)が暴走の形で発現、如何なる外的干渉を退けている一方で彼女自身は仮死状態に陥っているとの事でしたが」

 

「えぇ。そこで相談なのですが、あのアザゼルをして「神器研究に関しては自分と対等」とまで言わしめた貴方であれば、この状態をどうにかできるのではありませんか?」

 

 ……今、ミカエル様が私達の目の前で強固な結界に包まれて眠っている女の子についてイッセーさんに相談なさっています。女の子の歳ははやてさんより少し年上くらいですけど、先程ミカエル様からお伺いした話では眠り始めた四年程前から体が全く成長していないらしく、本来であれば私達と同い年くらいであろうとの事でした。

 そもそも何故この様な事になっているのかというと、ミカエル様からこの方についての話があったからです。具体的には、ミカエル様が他の熾天使(セラフ)の皆様を紹介し終えてからイッセーさんが私達を熾天使の皆様に紹介しました。それが終わってからドゥンさんの天界への立ち入り許可を頂いたんですけど、その後でイッセーさんがラファエル様に持ち掛けた通りにお茶を呑みながら軽くお話することになりました。その際、天界を訪れる前にイッセーさんがストラーダ猊下に贈ったドゥリンダナの事やその後で行われた手合わせについて猊下自らがお話しになると熾天使の皆様が感嘆の声を上げたり、アーサー王の愛馬であるドゥンさんがこの場にいるという事でイッセーさんが騎乗して軽く牧場の中を走らせたり、それを見た牧場の動物達がイッセーさんの元へ一目散に集まってくると「撫でて」と言わんばかりに頭を差し出してきたり、それを見た動物好きのアウラちゃんが「パパ、ずるい!」と言ってそのままその中へ駆け込んでいってイッセーさんと一緒に動物達を撫でてあげたりするなど、穏やかながらも楽しい時間を過ごしました。

 そうして熾天使様達の前という事で緊張していた私達から程良く力が抜けた所で、ミカエル様がこの方について話を始めたんです。

 

 実は聖剣計画の生存者があと一人いる、と。

 

 それを聞いたイッセーさんが事の詳細について尋ねると、百聞は一見に如かずという事で天界の研究施設が集まっているという第五天にある医療関係の研究施設へと向かう事になり、今はこうして祐斗さんや瑞貴さん、薫さん、カノンさんと同じ聖剣計画の生き残りの方の前に立っているという訳です。

 因みに、難しい話になりそうだという事でアウラちゃんはドゥンさんの背中に乗って一足先に武藤神父や孤児院の皆さんのいる第三天へと向かっています。それには「念の為、拙者も同行するでござる」という事で少し前からイッセーさんと面識のあったメタトロン様も同行していますから、何かあってもすぐに対処してくれる筈です。

 こうしてミカエル様からご相談を受けたイッセーさんですけど、少し険しい顔をしています。

 

「その様なお話が予めあったのならともかく、この場での申し出に対して私が個人の判断で応じるのは親善大使という外交官の職権を完全に超えています。それに駒王協定を締結した今であれば、神器の専門家集団といえる神の子を見張る者(グリゴリ)に協力を要請できるのではありませんか?」

 

 ……そう言えば、そうでした。イッセーさんは色々な事ができるのでつい忘れてしまいますけど、そもそもは聖魔和合親善大使、つまり天界と冥界の友好を深める事を目的とした外交官であって、相手の勢力からの要請に対する決定権を持っていません。……という事を、夏休みに入る前にイッセーさん本人から教えて頂きました。なので、まずはアザゼル先生達の協力を求めるべきではとイッセーさんはミカエル様に伝えたんですけど、ミカエル様は悔しそうな表情を浮かべながら実情をお話し下されました。

 

「……実は、神の子を見張る者への協力要請は駒王協定の締結から間もなく行っています。ですが、彼女はここ最近になってどうも少しずつですが衰弱してきている様なのです。「結界の副次的効果による肉体の現状維持が限界に達しつつあるのではないか」というのが研究者達の見解でして、天界において最も医療に通じ、また癒しにも秀でているラファエルが彼女の容体を確認したところ、結界越しの視診なので断言はできないものの、このままではもって二ヶ月、早ければ半月で力尽きるだろうとの事でした。しかし、まだ冥界との協調体制への移行が十分でない為に現状では彼等の受け入れを始めとして様々な所で調整が必要となり、堕天使の技術者達が彼女の状態を確認できるところまで持っていくだけでもかなりの時間が必要となります。そこから更に対策を講じていくとなると……」

 

「このままでは、堕天使側の技術者による対処が間に合わない。そういう事でよろしいでしょうか?」

 

「えぇ。せめて彼女に我々の力が届く様になれば、消耗した彼女の生命力をある程度は回復できますし、それによってアザゼル達が処置を開始するまで持ち堪える事もできるのですが……」

 

 イッセーさんとミカエル様が共に険しい表情を浮かべながら話し合っているのを見る限り、状況は相当に悪いみたいです。しかも生命力が失われているのであれば、怪我を始めとする損傷を癒す事に特化している為に体力を回復できない私の聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)では力にはなれません。むしろ、この方の場合は傷以外に体力も回復させられる会長さんの治癒の()(どう)(りき)の方が適しています。

 

「ところで、バルパー・ガリレイ達が彼女に施した処置の内容は解っているのでしょうか?」

 

 ここでイッセーさんがミカエル様に別の視点から尋ねると、側にいたラファエル様が代わりに答えてきました。ラファエル様は癒しの力を得意としている事から、天界における医療関係のトップをお勤めになられているとの事です。

 

「バルパー追放の際に施設内の捜索も行われましたが、彼女と共に人体実験の詳細なデータも発見されましてね。それによると、彼女を含めた被験者達には数多くの薬品が大量に投与されており、その中には通常であれば少量で死に至るという劇薬の類もかなり含まれていました。しかも、そうした処置を施す事で生存本能を刺激して聖剣使いの素質を強制的に目覚めさせようとしたらしく、データの中には劇薬を投与されてから死に至るまでの観察記録の類まで残っていましたよ。熾天使の私が言うのも何なのですが、これなら契約内容の裏を掻く様な真似はしても契約そのものに対しては誠実である一般的な悪魔の方が余程マシというものです」

 

 ……既に亡くなられていますけど、天使様の頂点のお一人であるラファエル様に「悪魔の方が余程マシ」と言われてしまうバルパー・ガリレイさんって一体……。

 

 ラファエル様の辛辣この上ないお言葉に、私は何とも言えない気持ちになってしまいました。一方、ラファエル様のご説明を聞き終えたイッセーさんは口元に手を当てると、そのまま動かなくなってしまいました。イッセーさんがこうした仕草をとると、余りの集中力に周りの声が完全に聞こえなくなってしまいます。でも、その代わり……。

 

「……これならいけるか」

 

 口元に手を当てていたイッセーさんがポツリとそう言うと、さっそく自分の考えをミカエル様に話し始めました。

 

「ミカエル天使長。彼女の生命力を回復させる事なら、今この場での処置が十分可能でしょう」

 

「本当ですか?」

 

 余りに短時間で解決案を出して来たイッセーさんにミカエル様は驚きの表情で確認を取って来ました。すると、イッセーさんは力強く頷きました。

 

「はい。……アリス、オーフィスとの戦いにおける最終局面で使用した「透過」の力は今の状態でも使えるね?」

 

『えぇ、大丈夫よ。イッセーも知っての通り、ドライグの力を受け取る事で赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の能力を発動させている皆と違って、わたしの場合は自分の力で能力を発動させているの。だから、わたしだけはドライグが眠っている今でも倍加や譲渡、それに「透過」の力を使う事ができるし、わたしが「透過」を発動してそのまま譲渡すれば譲渡した相手がこの子の結界をすり抜ける事も可能よ』

 

 イッセーさんが自分の神器の中にいるアリスさんにあらゆる力をすり抜ける「透過」の力を今の状況でも使える事を確認した所で、ミカエル様は納得の表情を浮かべました。

 

「成る程、あのオーフィスの強烈なオーラをもすり抜けられるのであれば……!」

 

「はい。後は彼女の生命力を回復させれば当座は凌げますし、実際に対処する方によってはそのまま投与された薬品類の解毒処置も可能でしょう」

 

 ……そうなんです。何か問題があった時に深く考え込む仕草をとった後のイッセーさんは、必ずといってもいいくらいに解決策を出してくれるんです。そして、今回もやっぱりそうなりました。でも、イッセーさんはここで改めて自分がこの場で直接処置する事はできないと言ってきました。

 

「ただ先程も申し上げた様に、私が今ここでそちらの要請を引き受けて直接処置を行う事は明らかに越権行為となります。そこでまずは一度冥界に連絡を取り、悪魔と堕天使の両陣営から協力の許可を頂きます。その後は天界の専門家の方に「透過」を譲渡する事になりますが……」

 

「では、私が兵藤親善大使から「透過」を受け取って彼女の治療を行いましょう。これでも癒しに関しては天界一であると自負していますが、彼女に対しては手を(こまね)いていましたからね。ここは兵藤親善大使の力をお借りして名誉挽回と参りましょう」

 

 どうして、許可を取った後でもイッセーさんが直接手を出してはいけないのでしょうか? カテレアさんの時は魂の中枢が失われていた事で駄目でしたけど、イッセーさんは水の高等精霊魔法で怪我の治療や体力回復はおろか、解毒や解呪といった事まで一度に行える総合回復魔法のトータルヒーリングが使えます。自分に「透過」を使ってからトータルヒーリングで治してしまえば、それで全てが一気に解決するのに。

 

 ……私がそう思っていると、側にいたレイヴェルさんがこっそり私に耳打ちしました。

 

「アーシアさん。先程から一誠様が何度も仰っていますけど、いくら「できるから」「人助けだから」と言って通すべき筋を通さずに勝手に行動してはいけませんわ。それではかえって自分も相手も不幸にしてしまいます」

 

 ……レイヴェルさんが何を言っているのか、すぐに解りませんでした。でも、ここは天界で龍天使(カンヘル)であるイリナさん以外はあくまで冥界からのお客さんでしかない事を思い出した時、私が今思った事は余計なお節介になりかねない事に気付きました。そして、イッセーさんもレイヴェルさんもこんな風に周りをよく見て考えてから行動しているという事も。傷付いた誰かが目の前にいると、考える前に駆け付けて傷を治してしまう私にはちょっとできそうにありません。まして、もっと色々な事を考えなければいけない政治や外交なんて絶対に無理だと思います。だから、グレモリー眷属からイッセーさんの元へ交換(トレード)されるのが私じゃなくてギャスパーさんなんですね。それが、ちょっと悔しいです。

 私が自分の不甲斐無さを嘆いている間に、イッセーさんがミカエル様の許可を頂いて冥界にいるセラフォルー様に連絡を取り始めました。ここで事情を説明した上で冥界と天界の友好を示す為に悪魔陣営の所属である自分も協力した方が良いという考えを伝えると、ちょうどアザゼル先生と通信用のモニター越しで外交関係の話をしていたらしく、そこで事情を知ったアザゼル先生も「だったら、こっちが実際に動ける様になるまでの時間稼ぎって事で頼むぜ」という事でセラフォルー様と一緒にイッセーさんの協力許可を出してくれました。これで動ける様になったイッセーさんは早速黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、そこから『Penetrate!! Transfer!!』という音声がアリスさんの声で出ました。これでアリスさんが発動した「透過」の力がラファエル様に譲渡された事になります。それを確認したラファエル様は早速聖剣計画の生き残りの方に手を伸ばします。今まではここで結界に遮られて触れる事ができなかったと聞いていたんですけど、ラファエル様の伸ばした手は結界によって遮られる事なく生き残りの方に届きました。そうして生き残りの方の状態を確認したラファエル様はホッと安堵の息を吐きます。

 

「……ようやく彼女の状態を直接確認する事ができました。この分なら、生命力の回復と解毒処置をこの場で行えそうです。ただ流石に仮死状態の要因の一つに神器がある以上、この場で彼女の意識を戻すところまでは無理そうですね。ここで強引に結界を解除しようとしてかえって悪影響を齎しても困りますし、時間制限がなくなった事でアザゼル達を待つ余裕もできましたから、結界の解除についてはアザゼル達と共に腰を据えて取り組んだ方が良いでしょう」

 

 このラファエル様の言葉に、私も含めた皆がホッと安堵の息を吐きました。そうしてラファエル様はご自身の癒しの力を生き残りの方に十分くらい注いだ後、イッセーさんの方を向いて感謝の気持ちを伝えてきました。

 

「兵藤親善大使、貴方のご協力と()()()()に心から感謝します」

 

 ……お心遣い? どうして、ここでそんな言葉が出てくるんでしょうか?

 

 私がそんな風に疑問に思っていると、ゼノヴィアさんも同じ様に首を傾げています。たぶん私と同じ事を思ったんでしょう。すると、イッセーさんもラファエル様への感謝の言葉を言い始めました。

 

「いえ、こちらこそ私事ながら私の親友の()()を救って頂き、誠にありがとうございます。……と、まぁつまりは持ちつ持たれつという事で」

 

「それもそうですね」

 

 イッセーさんもラファエル様もフッと笑みを浮かべながら言葉を交わしていますが、私もゼノヴィアさんも何故この様なやり取りをお二人がしているのか、さっぱり解りません。そこでイリナさんの方を向くと、レイヴェルさんと少し言葉を交わした後、ホッと安堵の息を吐いていました。まるで、レイヴェルさんと答え合わせをして、自分の答えがちゃんと合っていた事に安心したみたいに。

 ……因みに、この日の予定を全て消化した後で私達に用意された部屋に入ってからレイヴェルさんに確認を取ったところ、イッセーさんはラファエル様に花を持たせたのだそうです。もしあの場で自分が全てを解決してしまうと、今まで手を拱いていたラファエル様の評価が著しく下がってしまう上に天界全体からの心証もけしてよいものにはならない。だから、自分はあくまで結界をすり抜ける為のサポートに徹し、ラファエル様に聖剣計画の生き残りの方の治療をお任せする事でラファエル様を主役とする。イッセーさんはそう考えて行動し、一方でラファエル様はそんなイッセーさんの心遣いにお気づきになられた。だから、ラファエル様は「透過」による協力だけでなく気を遣ってくれた事に対する感謝も一緒に伝えたのだそうです。そして、その事にその場で理解したのがレイヴェルさんでイリナさんは少し自信がなくてレイヴェルさんに確認を取ったところ、それで合っていたので安心したとの事でした。

 

 イッセーさんについていくって実はとっても大変な事なんだと、私はこの時に改めて思いました。でも、だからといって、イッセーさんの力になる事を諦めるつもりはありません。

 

 私のいるべき場所で、私なりのやり方で、私にできる精一杯の力で。

 

 ……それが、あのオーフィスさんとの戦いで私が学んだ、私にできる全てですから。

 

Side end

 

 

 

 天界の研究施設が集まっている第五天において祐斗の家族と呼ぶべき聖剣計画の最後の生存者と対面し、衰弱しつつあるという彼女への緊急処置に協力した後、僕達は礼司さん達のいる第三天へと向かっていた。俗に言う天国であるここには生まれつき持っている力による呪いに蝕まれた子供達の為の施設があり、礼司さんも駒王町に左遷される一年程前までは時折ここに来ては古式の悪魔祓い(エクソシズム)を用いて治療していたのだという。今回、礼司さんが引き取った子供達を連れて天界に入ったのは、こうした施設の子供達と交流する事でお互いにもっと世界の広さを感じてほしいという願いがあったからだ。そして、まずはまだ冥界への悪感情が薄いであろう子供達と親睦を深めていく事で天界全体が抱いている冥界への悪感情を少しずつでも緩和していく。それもまた聖魔和合親善大使としての大事な務めだった。

 

「これでようやく親善大使らしい事ができるかな?」

 

 俗に言うエデンの園である第四天をほぼ素通りして第三天に到着した所でついついこの様な言葉が僕の口を突いて出てしまったのは、堕天使領で僕がやった事の殆どがどう考えても親善大使のやる事ではなかったからだ。結界鋲(メガ・シールド)の強化計画やヴリトラ系神器の統合処置を始めとして、悪魔・堕天使双方の技術交流に武闘派の不満解消の為の喧嘩祭と、やった事が親善大使の枠から明らかに逸脱していると自分でも思う。一応、神の子を見張る者が保護した神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)の中でも特に幼い子供達と触れ合う事もやっているので、親善大使としての仕事もしっかりとこなしているとは思うのだが……。

 ここで、イリナが僕の口を突いて出てきた言葉に反応してきた。

 

「確かに、イッセーくんって神の子を見張る者の本部で本当に色々な事をしていたわね。ただその割には、ちょっと無茶な事までやっちゃったけど」

 

 ……イリナが何の事を言っているのか、思いっきり心当たりのある僕はイリナにある事を確認した。

 

「ねぇ、イリナ。……ひょっとして、まだ怒っている?」

 

「怒ってないって言えば、嘘になっちゃうわね。でも、その日の内に言うべき事はちゃんと言ったし、イッセーくんもちゃんと反省してくれた。だから、イッセーくんが思っている程には怒ってないわよ」

 

 イリナが可愛く笑みを浮かべながらそう答えたのを受けて、僕はホッと安堵の息を吐いた。……こう見えて、怒っている時のイリナはとても怖い。サーゼクスさんが「怒っている時のグレイフィアにはとても敵わない」とよく語ってくるのだが、その気持ちが良く解る。男はいつだって怒った女性には勝てないし、それが愛する女性であれば尚更だ。

 僕が世の真理を一つ悟っていると、第六天の時と同様に第三天でも案内を買って出た方が少々間延びした様な声で微笑みながら話しかけてきた。

 

「フムフム、成る程成る程。確かにミカエル様から伺っていた通り、親善大使とイリナちゃんは恋人を通り越して完全に夫婦ですねぇ。こうなると、例の研究を急いで頂いた方が良さそうですけど……」

 

 ……そう。天界における僕の上司であるガブリエル様だ。何でも様々な場面で顔を合わせる事になる僕の事をよく知っておきたいらしく、自ら案内するのもその一環との事。後は、先程の聖剣計画の生き残りとは違ってこちらの方は最初から話が通っているので、もし子供達の状態を実際に見てその場で処置ができそうな場合は僕が直接処置する事ができる。ガブリエル様はその監視人といったところだろう。ただ、少々気になる言葉がガブリエル様から出てきた。

 

「例の研究?」

 

「それについては完成するまで内緒という事でお願いしますね。こちらも親善大使に驚かされっぱなしでは少々面白くないという事で」

 

 僕が「例の研究」について尋ねても、カブリエル様はウインクしながら答えを誤魔化してしまった。これ以上は何も出て来ないと判断した僕は「例の研究」の内容がとても気になるものの、ここで追求を打ち切った。

 

「承知しました。では、お教え頂けるまでの楽しみとさせて頂きます」

 

 そうして更に歩いて行く事、およそ三十分。天界にも一応時間の概念はあるらしく、次第に辺りが暗くなってきた。夕暮れ時といったところだろうか。

 

「……そろそろですね」

 

 案内をしてくれているガブリエル様がそう仰ると、やがて薫君を筆頭とする孤児院の子供達、……そして、車椅子に座ったり、白い杖を手にしていたりと、様々な形で障害を持っていると思われる子供達が先行していたアウラとドゥンを囲む形で楽しくおしゃべりしている光景が見えてきた。

 

「親善大使。あそこで武藤礼司神父と孤児院の子供達と一緒にいるのが、天界の施設で保護している子供達です」

 

 ガブリエル様からそう説明を受けた僕は、第一印象を正直に告げる。

 

「正直な所、天界の子供達はもっと暗い顔をしていると思っていたのですが、想像以上に明るい顔でホッとしました」

 

 ……実際に子供達の顔を見るまで僕がその様に想像してしまうくらいに、あの子供達は生まれた時からとても重い物を背負わされていた。それでもあぁして他の人と笑顔で話ができているのは、きっと子供達が自分の身に降りかかった事と正面から向き合ってきたからだろう。僕がそう結論付けたところで、ガブリエル様が話しかけてきた。

 

「……巡り合わせが一つ違っていれば、親善大使のご想像の通りだったかもしれませんね」

 

 表情を穏和なものから何処か憂いを感じさせるものへと変えたガブリエル様の言葉に、僕はどういう事なのかを尋ねようとした。しかし、その前に僕達に同行していたシスター・グリゼルダが話に加わってきた。

 

「ですが、あの子達にはある青年と神父様がついていました。外に出られない子供達に美味しい物を食べさせてやりたい。ただそれだけの為に世界中の美味しい物を食べ歩き、それを独自に研究して実際に作ってしまう教会一の優し過ぎる青年と、子供の命を守る為ならまつろわぬ神にだって立ち向かってしまう様な、そんなとても強くてとても優しい神父様が」

 

 そう語るシスター・グリゼルダの何処か眩しい物を見る様な視線の先には、優しい表情で子供達の世話をしている礼司さんがいた。シスター・グリゼルダはひょっとして……?

 

「さて、親善大使。ここからは貴方の出番ですよ」

 

 僕がシスター・グリゼルダについて少し考えているとそれを察したのか、ガブリエル様が僕に本来の役目を果たす様に促してきた。ただ、確かにガブリエル様の仰る通りなので、僕はその言葉に素直に応じる。

 

「確かに、ガブリエル様の仰せの通りですね。では、早速参りましょう。イリナ、レイヴェル」

 

「えぇ」

 

「承知致しましたわ」

 

 僕の呼び掛けにイリナとレイヴェルが応えたので、僕達はこのまま子供達の元へと向かう。

 

 ……重いものを背負わされた子供達の負担を少しでも軽くし、その笑顔に更なる明るさを齎す為に。

 

 

 

Interlude

 

 一誠達が第三天に向かっている最中、先程一誠達との初顔合わせを行った牧場のログハウスへと戻って一息ついていたミカエルの元に一人の青年が訪れていた。飄々とした雰囲気を持つその青年はミカエル以外の熾天使達が誰もいない事に首を傾げ、やがてある事に思い当たるとミカエルに確認を取った。

 

「あれぇ? ミカエル様、ひょっとして親善大使との初顔合わせ、もう終わっちゃいましたか? 何かこっちに来る前に色々あって到着が少し遅れるって聞いたから、気分転換を兼ねて散歩の許可を頂いたんですけどねぇ……」

 

 許可を貰った上でその場を離れたとはいえ、結果的に大事な会合をサボタージュしてしまった事実に青年はバツ悪げな表情を浮かべる。しかし、ミカエルはそれについて青年を咎めるどころか逆に謝罪した。

 

「それについては申し訳ありませんね、デュリオ。本当なら今も兵藤君達と談話している筈だったのですが、話の流れで聖剣計画の最後の生存者について触れる事になりまして」

 

 ミカエルからデュリオと呼ばれた青年は、ミカエルの口から「聖剣計画の最後の生存者」という言葉が出てきた事で粗方の事情を察した。

 

「それで、今や神器研究の第一人者としてアザゼル様の次に名が挙がる様になった親善大使のお知恵を拝借ってところっスか。……それで結果は?」

 

「結界の解除こそまだですが、衰弱しつつあった現状が改善されましたのでまずは一安心といったところですね。それに本当なら一人で全てを解決できていたのでしょうが、それを良しとせずにたとえ遠回りでも筋をしっかりと通した上でラファエルに花を持たせるなど、周りへの配慮も万全でしたよ」

 

 ミカエルから一誠が協力した事で上々の結果を得られた事を聞いたデュリオは、一誠に対する感心の声を上げる。

 

「へぇ。今、冥界では親善大使を指して「全てを見通す神の頭脳」なんて言っている悪魔がけっこういるみたいですけど、それってけして伊達じゃなかったんだなぁ。……これは、ちょっと失敗したかなぁ?」

 

 一誠と顔を合わせられなかった事を悔やむ素振りを見せるデュリオに対し、ミカエルは軽い調子で一誠に会いに行く事を提案してみた。

 

「では、初顔合わせの場に居合わせなかったお詫びも兼ねて、直接会いに行ってみますか?」

 

「……へっ?」

 

 普段は飄々としているデュリオではあったが、ミカエルからのこの提案には流石に不意を衝かれたらしく、驚きの余りに呆けた表情を浮かべていた。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

……難産だった割に余り話が進んでいませんが、どうがご勘弁を。

では、また次の話でお会いしましょう。

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