未知なる天を往く者   作:h995

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第十三話 力こそパワーだ!

Side:ゼノヴィア

 

「私と変革の子が貴殿に見せたかったものは、これから始まるのだ」

 

 イッセーがクォ・ヴァディスの守護精霊であるアウラの教育を終えた事で、その力を本当の意味で開放した。これにより、イッセーとストラーダ猊下の手合わせはいよいよ本番を迎える事となった。まるで嵐をそのまま凝縮した様な激しさと荒々しさを宿すクォ・ヴァディスを右手に掴み、イッセーは静かにストラーダ猊下へと歩み寄っていく。ストラーダ猊下はデュランダルのレプリカとしてはおそらく最高傑作となるだろうドゥリンダナを構えたままイッセーが歩み寄るのを待っていた。

 ……そして、お互いの聖剣の間合いに入ったその瞬間。

 

「……オオォォォォォォォッ!!!!」

 

「……セィヤァァァァァァッ!!!!」

 

 二人が雄叫びを上げて、渾身の力と共にそれぞれの得物を振り抜いた。

 ……クォ・ヴァディスとドゥリンダナから発せられるオーラは今まで私が感じた事のない程に強烈なものだ。そんな強烈な力同士が激突すれば、本来であればこの礼拝堂は激突の衝撃だけで木っ端微塵にされてしまう筈。しかし、そんな衝撃は全く発生せず、ただ二本の聖剣がお互いを受け止めて鎬を削っているだけだった。

 

「凄まじいな。本領を発揮した今の天龍剣のオーラはまるで全てを吹き飛ばす嵐の様だ。先程まではただ力を打ち消すだけだったが、今では打ち消すどころか力の根源ごと消し飛ばしてしまいそうな勢いすら感じられる」

 

「そうお感じになられたからこそ、消し飛ばされない様に聖なるオーラを外に放出するのでなく、内に凝縮したのでしょう? 嵐の様なクォ・ヴァディスのオーラに負けない様に」

 

「そうしなければ、流石に勝負にならないのでな!」

 

 言葉を交わし終えた二人は鍔迫り合いを止めると、先程と同じ様に何度も刃を繰り出し始めた。ただ、その威力は共に先程とは天と地ほどの差がある。ストラーダ猊下のドゥリンダナからは濃厚な聖なるオーラが全てを斬り裂き破壊せんとばかりに漲り、イッセーのクォ・ヴァディスからは波動の力がその破壊を消し飛ばさんとばかりに唸りを上げる。無数の剣撃、様々な型が入り混じるその中で、時に一歩踏み出すだけで相手の動きを一瞬止め、時に肩を僅かに揺らすだけで相手の攻撃をあらん方向へと誘う。その攻防の応酬には磨き抜かれた宝石の様な技術があった。更に、お互いに何度も窮地に陥りながらもその度に挽回し、逆に相手を追い詰めてみせたりもした。その窮地を幾度も乗り越えていく姿には大地にしっかりと根を下ろした大樹の様に屈強な精神があった。

 ……だがそれ以上に、お互いに強烈な斬撃を繰り出しながらけして一歩も引かないあの二人が振るう剣には溢れんばかりのパワーがあった。質が異なるだけで無粋なものなど一切ない、純粋なパワーに満ちていた。それは今まで見てきたイッセーの戦い方のどれにも当て嵌まらないものだった。すると、ストラーダ猊下が何度もドゥリンダナを繰り出しながらイッセーに再び語りかける。

 

「変革の子よ! 私が聞いた限りでは、貴殿は力よりも技術に重点を置いた戦い方をしていた筈だ! しかし、今の貴殿はそれこそデュランダルの担い手に相応しい程に溢れんばかりのパワーをただありのままに振るう戦い方をしている!」

 

「それはそうでしょう! 私はただパワーをより完全なものとする為に技術を重視しているだけで、けしてパワーを軽視している訳ではありません! 何故なら、強大なパワーを生み出せる様に体を鍛え、得られたパワーを存分に扱える様に技を磨き、修めたパワーに溺れぬ様に心を育む! そうして育んだ心を礎として、更なるパワーを得る為に再び体を鍛えていく! この体と技と心が織り成す成長の連鎖を幾度も重ねた果てに辿り着く限界の壁! それと正面から向き合い、過ごしてきた日々の中で得てきたものの全てを信じて真っ向から激突! そうして限界の壁を突き抜けた先にある、今この瞬間までに積み重ねてきたものの集大成より溢れ出る力! それこそが、本物のパワーなのだから!」

 

 体と技と心が織り成す成長の連鎖の果てに辿り着く限界の壁。それと向き合い、激突して突き抜けた先にある今この瞬間まで積み重ねてきたものの集大成より溢れ出る力。それこそが、本物のパワー……?

 

 私はストラーダ猊下からの問い掛けに答える形で明かされたパワーに対するイッセーの考え方を聞いて、少なからず困惑していた。だが、ストラーダ猊下はイッセーの答えを聞くと、声を上げて笑い始めた。

 

「ハッハッハッ! そうだ! それでいいのだ、変革の子よ! 貴殿の言葉は何処までも正しい! そしてその様な言葉が出てくるという事は、貴殿はその若さで既にパワーの真髄に辿り着いているのだな!」

 

「猊下、それは貴方もでしょう! でなければ、ドゥリンダナがここまでのパワーを発揮したりはしない!」

 

「その通りだ、変革の子よ! 神より賜った力、神器(セイクリッド・ギア)を宿していない私のパワーに理屈なんてものはない! ただ愚直なまでの鍛錬と無数の戦闘経験が私の血となり肉となっただけの話だ! そして一心不乱なまでの神への信仰と己の肉体への敬愛を忘れなければ、パワーは魂にすら宿る! 変革の子よ! その道程こそ私と異なれど、その肉体と魂に激烈なるパワーを宿す若き(ともがら)よ! 貴殿とこうして巡り合い、お互いのパワーを存分に競い合える機を得られた事を心から神に感謝しよう!」

 

 満面の笑みを浮かべながらイッセーとの出逢いに対する感謝の言葉を口にするストラーダ猊下に対し、イッセーは素に戻って笑顔で応える。

 

「それなら、この素晴らしき出逢いに対する()の感謝を受け取って下さい!」

 

「ウム、馳走になろう! その代わり、私の感謝も遠慮なく受け取ってくれ!」

 

「ハイ!」

 

 そうして二人はお互いに出会えた事への感謝の言葉を口にしつつ、更に熱く、激しく己の得物をぶつけ合っていく。鍛えた体、磨いた技、育んだ心。そしてそれ等を何処までも信じて限界を超えていく、強く熱い魂。それぞれが歩んできた道程の中で得てきたこれらの全てをパワーへと変えて。

 ……私は一体、何を勘違いしていたのだろうか。細かい事が苦手だから、破壊に重点を置く? 相手が小細工を弄するなら、圧倒的なパワーで押し切ってみせる? ……そんなものは、ただの逃げだった。技とは、テクニックとはけして小細工などではない。パワーを形作る上で必要不可欠な要素の一つだった。その証拠に、今目の前で圧倒的なパワーをぶつけ合っている二人は、鍛え抜いた体から溢れだすパワーを磨き上げた技で更なる高みへと押し上げている。そして、パワーに負けない様に育て上げた心も併せて相手にぶつけている。

 だから、あの二人の激突は私の目を奪う程にとても美しく、私の心を揺さぶる程に熱く、激しかった。正直に言えば、私はこの二人の激突をいつまでも見ていたかった。

 

 ……だが、その終わりは唐突に訪れた。

 

 幾度もクォ・ヴァディスとドゥリンダナを、お互いに鍛え上げ、磨き上げ、そして育て上げたパワーをぶつけ合った。そうして二十分程が経過して一度間合いを開けたところで、イッセーはクォ・ヴァディスを構えた状態から静かに降ろした。

 

「猊下、ここまでにしましょう。……もう限界です」

 

「そうだな。これ以上はもう無理だろう」

 

 限界であるとしてイッセーが手合わせの終了を申し込むと、ストラーダ猊下は何ら反論する事なく同意した。手合わせの突然の終了に、私やイリナ達はおろかシスター・グリゼルダでさえも首を傾げている。ただ、武藤神父だけは納得の表情を浮かべていた。

 

「確かにここが潮時ですね。それに猊下と一誠君には申し訳ありませんが、これ以上手合わせを続ける様であれば、私が割って入るつもりでした」

 

 よく見ると、確かに武藤神父は既にオラシオンを鞘から抜いており、その気になればいつでもイッセーとストラーダ猊下の間に割って入れる状態になっていた。

 

 ……だが、何故だ? 少なくとも、私は本当に解らなかった。だが、解る者には解っていたのだ。

 

「やはり貴殿は見抜いていたか。戦士礼司」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、まるで糸が切れたかの様に体勢が崩れ、膝を床についてしまった。しかもドゥリンダナを支えとする事で上体をどうにか起こしているが、その息は荒く顔色も悪い。……ストラーダ猊下の体力は既に尽きていたのだ。

 気付かなかった。ストラーダ猊下が既に限界だったなんて、私には全く解らなかった。そもそもそんな素振りなどストラーダ猊下は全く見せていない筈なのだ。それなのに、イッセーや武藤神父はストラーダ猊下の限界を完全に見抜いていた。……いや。きっと、私達が見落としていただけでイッセーや武藤神父には猊下が限界である事を示す何かが見えていたのだろう。この事実一つ取り上げても、イッセーやストラーダ猊下、武藤神父の三人と私達との間には隔絶した力量差がある事がハッキリと解る。

 

「……十年前に戦士礼司に敗れた時もそうだった。勝負所と踏んで猛攻を仕掛けたはいいものの、結果として守りを固めた戦士武藤よりも私の方が先に体力が尽きてしまい、そこを戦士礼司に突かれてしまったのだ。しかも今回は御前試合の時より更に早く体力が尽きている。如何に鍛錬を絶やす事なく続けてきたとしても、やはり老いには勝てぬという事か」

 

 そう言って苦笑するストラーダ猊下だが、その割には老いによる衰えに対する無念や嫌悪感といった負の感情など何処にもなかった。むしろ、人としての生を全うしている事への満足感すら感じられた。その一方で、ストラーダ猊下は私の方を向くと、頭を下げて自分の力不足を謝罪する。

 

「戦士ゼノヴィア、済まぬな。もう少しだけ見せてやれると思ったのだが、己に対する見積もりが少々甘かった様だ」

 

 ……そんな事はない。絶対にないのだ。そう思ったら、言葉が私の口を衝いて出てきた。

 

「いえ、十分です。イッセーとストラーダ猊下が私に伝えたかった事は全て受け取りました。……私は、パワーの意味を誤解して、ただ甘えていただけなのだと」

 

 ……私はもう答えを得ている。だから、それをストラーダ猊下やイッセーに伝えないといけない。そう思えば、不思議と言葉が次々と湧いて出てきた。

 

「確かに、私は同年代でもイッセーや木場、武藤瑞貴といった優れた剣の使い手に比べれば、圧倒的に技術が足りません。いえ、かつて同僚だった頃ですら技術面では上手だったイリナはもちろん、どうかすればイッセーが独自に編み出した刀による剣術を修めつつある巡巴柄にすら劣るかもしれません。それなら、デュランダルの破壊の力をさらに引き上げ、強引に押し切ってしまえばいい。つい先程まで、そんな情けない事を考えていました。ただ我武者羅に力だけを求め、その力を技術で押し上げる事など全く考えもせずに」

 

 鍛えた体と磨いた技、そして育んだ心を重ねて生まれる圧倒的で純粋なパワーをぶつけ合うイッセーとストラーダ猊下の姿が、その答えを教えてくれた。

 

「……そうじゃなかった。体を鍛える事も、技を磨く事も、心を育てる事も。更にはデュランダルと向き合い、心を重ねてその在り方を見出していく事も、仲間達と語らい共に笑い合って生きていく事も。そして、たった一人の男を心から愛する事も。私が生きていく中で少しずつ積み重ねていくものの全てが、本物のパワーへと繋がっていた。そして、私は今ここでそれを知る事ができた」

 

 だから、私はそれに応える。

 

「デュランダル。担い手の言う事は聞かない、触れたものは何でもかんでも切り刻むといった危険極まりない暴君だなんてお前を勝手に決め付けてしまって、済まなかった。私はもうお前から目を背けない。溢れ出るパワーを恐れたりしない。そしてお前に心を重ねて、お前の在り方を私なりに見出していこう。だから、もしお前が私をまだ担い手として認めてくれているのなら、今ここに出て来てくれ」

 

 私はデュランダルを呼び出す為の呪文を唱える事なく、ただ右手を横に差し出した。亜空間を出て私の手に収まる判断をデュランダルに委ねたのだ。

 

「……ありがとう」

 

 そして、デュランダルの柄が亜空間から私の右手で掴める所に現れた。私はその柄を掴むと、一気に引き抜く。手に取ったデュランダルからは、未だかつてない程に膨大で濃厚、そして荒々しい聖なるオーラが感じられる。しかし、今まで感じてきた様な不安は少しも感じない。攻撃的なのは変わらないが、オーラの流れがそこら中にまき散らす様な不安定なものでなくなっていたからだ。

 

 ……デュランダルは、私を本当の意味での担い手として認めてくれた。

 

「イッセー。済まないが、今から私の相手をしてくれ。今なら、デュランダルと一緒に何処までも行けそうだ」

 

 だから、さっきのイッセーとストラーダ猊下の様に、私もまたこの胸の内から湧き出てくる感謝の気持ちを二人に伝えよう。そう思ったが、流石に体力が尽きているストラーダ猊下には無理だったので、まずはイッセーに手合わせを頼む。すると、イッセーは申し訳なさそうな表情を浮かべながら返事をしてきた。

 

「ゼノヴィア、ゴメン。流石にこの場ですぐという訳にはいかない。やるとすれば、あの模擬戦用の異相空間に場所を移してからだ」

 

「……ストラーダ猊下とドゥリンダナの破壊の力でもクォ・ヴァディスで消し飛ばせるのなら、ここでも特に問題はない筈だぞ?」

 

 「この場ですぐには無理だ」というイッセーからの返答に、私は首を傾げた。そんな私の反応に、イッセーは何かに気付いた様な素振りを見せた後で何故この場ですぐには無理なのかを説明し始めた。

 

「あぁ、そうか。ゼノヴィアは少しだけ勘違いしているのか。確かにストラーダ猊下が限界だったから手合わせを打ち切ったけど……」

 

『ふみゅ~。パパ、あたしもうヘトヘト~』

 

「実は、生まれて初めて自分一人でクォ・ヴァディスのオーラを制御したアウラもまた限界だったんだ。それに、さっきの様に破壊の力を消し飛ばして礼拝堂を極力壊さない様にするのは、今のゼノヴィアとデュランダル相手だと僕一人では流石に無理なんだよ」

 

 ……そうだった。如何にクォ・ヴァディスが素晴らしい聖剣でそれを振るうのがイッセーだとしても、その力を完全な形で扱うには守護精霊であるアウラの手を借りる必要がある。そして、アウラはまだ幼い子供であり、私達の様に戦う為の体力で満ち溢れている訳ではない。つまり、現時点でのクォ・ヴァディスには「全力で振るう場合には長期戦に向かない」という大きな欠点があったのだ。

 

「……そうか。だったら仕方がない。後日、場所を変えて改めてお願いするよ」

 

 ……やっとデュランダルと向き合った事で認めてもらい、さぁこれから新たな一歩を踏み出そうとした矢先だっただけに、何とも締まらない結果となってしまった。

 

Side end

 

 

 

 ストラーダ猊下との手合わせの中でお互いのパワーを競い合ってから一時間後。十分に休息を取った上に僕が治癒魔法を参考にした光力を使った事もあって、ストラーダ猊下は立って歩ける程には体力が回復した。そこでストラーダ猊下は、ゼノヴィアに関する今後の予定をここで伝える。

 

「……さて。戦士ゼノヴィアがデュランダルの在り方を再確認した事で、こちらの件については大方の目途が立った。後は要請通りに天界で最も広い第三天で戦士ゼノヴィアを実戦形式で鍛え上げればよいか」

 

 実を言えば、先程ここで行ったストラーダ猊下との顔合わせや手合わせも天界の第三天で行う事になっていたのだ。それだけに、天界でストラーダ猊下から直接鍛えてもらえると聞いたゼノヴィアは驚きを隠し切れない。

 

「イッセー、お前は一体何処まで私を驚かせば気が済むんだ? ……だが、私の為にここまでしてくれた事には心から感謝するぞ。このお礼は、そうだな……」

 

 僕への感謝の言葉を告げてからそのお礼をどうしようか悩み始めたゼノヴィアだが、僕は物凄く嫌な予感がしてきた。こういう時のゼノヴィアは突拍子もない事を言い出すからだ。だから、多少強引にでも話の流れを変える事にする。

 

「では、私と「ところで、猊下。先程の件ですが」しよう。……イッセー、それはちょっと酷くないか? いくら私でも流石に泣くぞ?」

 

 ……言葉を被せる形でどうにかやり過ごせたが、ゼノヴィアは確かに「私と子作りしよう」と言って来た。何がどうなってその様な結論に至ったのか、正直不思議で仕方がなかった。

 

「真聖剣として再誕したエクスカリバーにも守護精霊がいるのでは? ……そう私が尋ねた件かね?」

 

 ゼノヴィアの奇行をあえて無視した上で、手合わせの最中に問い掛けた事を思い出したストラーダ猊下が僕に確認してきたので、僕はそれを肯定した。

 

「はい。この際ですので、猊下とシスターにご紹介させて頂きます。ただし、後ほど私がミカエル天使長に直接ご紹介するまで、けして口外なさらない様にお願い致します」

 

「了解した。戦士グリゼルダよ、貴殿もそれでよいな?」

 

「はい。私もその時までけして口外しないと主の名において誓います」

 

 僕が他言無用である事を伝えると、二人ともそれを了解してくれた。

 

〈カリス〉

 

《解ってるよ、イッセー。この際だから、誤解が一切入らないくらいに徹底的にバラすって事だよね》

 

「ありがとうございます。猊下、シスター・グリゼルダ。では、ご紹介させて頂きます」

 

 僕が精神感応でカリスに呼び掛けると、カリスは僕の意図に理解を示してくれた。だから、カリスに早速出て来てもらった。突然僕のすぐ横に現れた騎士甲冑を纏った30 cm程の小さな男の子に、初めて見る事になる猊下とシスターのお二人は少し驚く。そこで僕はカリスの事を正確に紹介する。

 

「彼の名は、カリス。星の意思によって生み出された聖剣エクスカリバーの守護精霊であり、また星の意思から直接力を受け取る事もできる最上位の精霊騎士でもあります」

 

「初めまして。オイラがエクスカリバーの守護精霊のカリスだ。一応、守護の剣精(セイバー・ガーディアン)って二つ名を持ってるよ。イッセーとは、十二年程前にエクスカリバーの鞘でオイラが宿っている静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を拾ってもらって以来の長い付き合いだ。それに聖剣選定の儀によってイッセーにエクスカリバーと騎士王(ナイト・オーナー)の称号、そして先代であるアーサーの記憶を継承させたのもオイラだ。後は、アウラがエクスカリバーの子であるクォ・ヴァディスの守護精霊になった関係でアウラの兄にもなってるかな」

 

 僕の紹介とカリスの補足説明で、初対面のお二人はもちろんの事、この件については初耳であるアーシアやゼノヴィア、レイヴェルも驚きを隠せないでいる。ここで、シスター・グリゼルダが破壊される前のエクスカリバーの件について尋ねてきた。

 

「それでは、アーサー王が敬虔な十字教信者だった縁で我々十字教教会が湖の貴婦人から借り受けたエクスカリバーは……」

 

「シスターが今想像した通りさ。モルガンによって静謐の聖鞘、正確にはそこに宿っていたオイラと切り離された事でエクスカリバーは万全じゃなくなった。だから、本当ならたとえ聖書の神であっても壊せない筈のエクスカリバーが摩耗し切って壊れちゃったし、星の意思から預かり手に任じられているヴィヴィアンもエクスカリバーを壊した事に対する責任やら賠償やらを言ってこないんだよ。そもそも機能不全を起こしてるのにその事実を相手に隠して貸し出しているんだ、エクスカリバーを壊した責任は向こうにだって少なからずある訳だからさ」

 

 当時のエクスカリバーの実情を説明し終えると、カリスは預かり手であるヴィヴィアンから返還要請が来た時の対応をどうするのかを言い始めた。

 

「それに真聖剣として再誕した事が広く知れ渡ってる今ならエクスカリバーを返せってヴィヴィアンが言ってくるかもしれないけど、それに応じる必要は全くないよ。だって、イッセーはオイラ直々の聖剣選定の儀を経て正式にエクスカリバーを継承してるし、その時のイッセーは十字教教会とは完全に無関係だったんだ。ついでにヴィヴィアンは結局のところオイラと静謐の聖鞘を見つけ切れなかったんだからさ、文句なんてけして言わせないよ。因みにオイラ、こう見えても最上位の精霊騎士だから、湖の精霊でもあるヴィヴィアンより身分は上なんだ」

 

 何とも心強い言葉が飛び出してきたが、カリスはここで表情を不快なものへと変える。

 

「……でもさ、エクスカリバーの守護精霊としては、その破片を核に能力を分割する形で複製品を七本も作るのもそれはそれでどうなんだって思うんだよね。しかもエクスカリバーに拘って聖剣計画なんてバカな真似までやってくれたし、そのせいで瑞貴や祐斗、薫にカノンが酷い目に遭ってるから、オイラ本当に申し訳なくてさ。特に祐斗には本人に直接泣いて謝ったよ」

 

 カリスがエクスカリバーに対する教会の処置について思う所を語り終えると、シスター・グリゼルダは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべてカリスに謝罪してきた。しかも最上位の精霊騎士である事を気にしてか、カリスに対して「カリス様」と敬称まで付けて。

 

「カリス様、本当に申し訳ありません。エクスカリバーの守護精霊である貴方には、様々な形で過ちを犯してしまった私達を責める権利があります。ただ、弁解させて頂けるのであれば……」

 

「あぁ、いいって、いいって。どうせ複製品を作った当時、エクスカリバーを完全に再現するには色々な技術が圧倒的に足りなくて、能力を分割しなきゃどうにもならなかったんだろう? 実際の所、預かり手のヴィヴィアンでも一度バラバラになったエクスカリバーの完全再現は無理だからさ、その点は気にしなくてもいいよ。……たださ、聖剣計画についてはオイラ絶対に認めないよ。アレって、他の聖剣ならともかくエクスカリバーに関しては全くの無意味だからさ」

 

 カリスはそう言ってシスター・グリゼルダの謝罪を軽く流したが、最後に出てきた言葉を耳にしたシスター・グリゼルダはその事について改めてカリスに尋ねた。

 

「カリス様。最後のお言葉ですが、一体どういう事なのでしょうか?」

 

「エクスカリバーって、実は何らかの形でウェールズの守護神である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ことドライグの加護を得ていないと、本当の意味での担い手にはけしてなれないんだよ。因みに、能力を分割した複製品の場合はドライグの加護がなくても一応使う事はできる。けど、極めるのはまず無理だ。その点、アーサーはそのドライグの加護を直接得ているし、イッセーは神器の形でドライグの魂を宿していたからアーサーの次の担い手になれたんだ。まぁそれ以前にドライグですら見つけられなかった静謐の聖鞘をイッセーが自力で見つけた時点で、オイラとの出逢いは運命を通り越して必然だったんだろうけどさ」

 

 シスターからの質問に対して、カリスがエクスカリバーの担い手となる真の条件を説明すると、ここでシスターは新たな名前を挙げてきた。

 

「実は、先程ストラーダ猊下が十年前の御前試合の話をなされた時に少し触れられましたが、助祭枢機卿で悪魔祓い(エクソシスト)の指導者でもあらせられるエヴァルド・クリスタルディ猊下が私達の所有しているエクスカリバーの使い手としては最高位とされています。現役時代には三本のエクスカリバーを同時に使用なされており、理論上では所在不明であった支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を含めた七本全てを同時に使用できる可能性があるというお方ですが、先程のお話を聞く限りでは……」

 

「直接見てみないとハッキリとは言えないけど、そのエヴァルドって人、たぶんアーサーか歴代赤龍帝の誰かの血を少しだけでも引いているんじゃないかな? それで複製品とはいえエクスカリバーの全ての能力を扱える程度にはドライグの加護があるんだろうね。尤も、アーサーやイッセーを始めとする歴代の赤龍帝はおろかメローラの末裔でコールブランドに担い手として認められている今のアーサーやその妹であるルフェイと比べても、その加護は相当に弱いものだろうけどさ」

 

 十字教教会における最高のエクスカリバー使いに関する所見をカリスが伝えると、シスター・グリゼルダは感謝の言葉をカリスに伝える。

 

「……本日は本当に驚く事ばかりです。カリス様。私の質問にお答え頂き、誠にありがとうございました」

 

 一方、シスター・グリゼルダが質問している間は口を閉ざしていたストラーダ猊下は眉間に皺を寄せていた。

 

「今の話。これが世に広く知れ渡ってしまえば、禍の団(カオス・ブリゲード)はもちろんだが他の神話勢力、更には我々天界に属する者の中からも静謐の聖鞘を狙う者が出てくるのはほぼ間違いない。私はたとえ身内であってもこの事実はそうそう明かせるものではないと思う。それに最終的な判断はミカエル様が下されるであろうが、おそらくはこのまま黙秘を続ける事になるだろう。戦士グリゼルダ、貴殿もその覚悟でいる様に」

 

 カリスに関する事柄がどれだけ重大なものであるのかを悟ったストラーダ猊下はこのまま黙秘する事を決断し、シスター・グリゼルダにもそのつもりでいる様に指示した。シスターもそれは百も承知であったので、すぐに承知する。

 

「承知しました、猊下」

 

 ここで、今まで蚊帳の外に置かれていたレイヴェルが不安げな表情で僕に指示を仰いできた。

 

「あの、一誠様。私達はどうしたら……?」

 

 見ると、アーシアとゼノヴィアも表情がかなり固くなっている。確かに、今聞かされた事はほぼ間違いなく最重要機密となるだろうから、どうすればいいのか判断が付かずにいるのだろう。三人の心境を理解した僕は、具体的な指示を出す事でその不安を取り除く。

 

「私がルシファー陛下に事情を説明し終えるまで、猊下とシスターと同様に口外しない様にしてくれ。今はそれで十分だ。その後はルシファー陛下のご指示に従う様に」

 

「承知致しましたわ。ゼノヴィアさんとアーシアさんもそれでよろしいですわね?」

 

 レイヴェルはそう言うと、表情が不安げなものから安堵のものへと変わった。どうすればいいのかを僕がハッキリと指示した事で、抱えていた不安が取り除かれたからだろう。そして他の二人に意思確認を行うと、二人とも黙秘する旨を伝えてきた。

 

「はい! 私、頑張ってカリスさんの事を秘密にします!」

 

「私もカリスの事については黙秘すると誓うよ。……今思えば、あの時私が疑問に感じた事を直接イッセーやカリスに尋ねていたら、あの場にいた全ての子供達にもこの事が知れ渡っていたのかもしれなかったんだな。危ない所だった」

 

 最後は別件でも安堵していたゼノヴィアだったが、そう思うのならもっと慎重に行動してほしい所である。僕がゼノヴィアに慎重さを内心で求めているところに、ストラーダ猊下が話しかけてきた。

 

「変革の子、いや若き輩よ。私は貴殿の心根を見極めようと考えていた。あの手合わせには戦士ゼノヴィアに手本を示す事の他に、互いに刃を交える事で見えてくるものがあると踏んでの事だったのだ。……だが、貴殿は私の想像を超えていた」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、自分の右手を目の前に持ってきた。そして、まるで先程まで僕と手合わせをしていた時の熱さを掴む様に拳を握り締める。

 

「あれ程パワーに溢れた戦いは、私の長い人生の中でもおそらくは初めてだろう。コカビエルと戦った時も神の敵を討つという使命感こそあったが、強き者と戦う事で得られる高揚感などは全くなかった。戦士礼司と御前試合で戦った時も私を超えてくれた喜びこそあったが、パワーを存分にぶつけ合う楽しさには至らなかった。だからこそ、若き輩との手合わせは未だかつてない程に楽しかった。そして、初めて自らの老いを悔やんだ。私が生まれるのが早過ぎたのか、若き輩が生まれてくるのが遅過ぎたのか、その判別がつかなくなる程にな」 

 

 ストラーダ猊下が僕との手合わせで感じた事を話し終えると、握り締めていた右拳を緩めて下に降ろした。

 

「若き輩よ、貴殿のパワーには一切の嘘がない。それどころか、貴殿の全てがありのままに込められている。それ故に、貴殿の心根は信用に値すると私は断言できる」

 

 ここまで話し終えたところで、ストラーダ猊下は破顔一笑した。そして言葉使いを改めた上で天界への案内を自ら申し出てきた。

 

「では、聖魔和合親善大使殿。これより天界へとご案内致します。なお、不肖ながらこの老骨と戦士グリゼルダが案内役を務めます故、どうかご安心を」

 

 ……ストラーダ猊下が僕を上位者としてきた以上、僕もそれに合わせる必要がある。だから、僕はストラーダ猊下から敬称を外して話しかける。

 

「解りました。では、ストラーダ司祭枢機卿。天界への案内をお願いします」

 

「承知致しました」

 

 ストラーダ司祭枢機卿から承諾を取った僕達はストラーダ司祭枢機卿とシスター・グリゼルダに案内されて、礼司さんの教会に新たに設置された天界直通の特殊な転移用魔方陣へと向かう。

 

 これから行く事になる天界での滞在予定期間は、今日を含めて三日。

 

 それが、まだまだ試作段階である気配遮断および波動反転用の魔導具(アーティファクト)を身に付けた悪魔が聖書の神の死によって不安定となった天界に滞在できるギリギリの期間だった。

 




いかがだったでしょうか?

一誠「力こそパワーだ!」
ストラーダ「その通りだ!」
ゼノヴィア「感動した!」
その他「……?」

では、また次の話でお会いしましょう。

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