未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.12 修正


第十二話 十字教教会最強の男

Side:ゼノヴィア

 

「私はヴァチカンから来たヴァスコ・ストラーダという者だ」

 

 武藤神父に案内される形で教会の礼拝堂にやってくると、そこで待っていたのは司祭枢機卿ヴァスコ・ストラーダ猊下だった。私が以前所属していたカトリックだけでなく十字教教会全体で見ても間違いなく最強の悪魔祓い(エクソシスト)の一人であり、若かりし頃にはあのコカビエルと一度戦い、かなり追い詰めてみせたらしい。また、教会の戦士である悪魔祓いの育成機関の必要性を説いた事から我々悪魔祓いの主導者でもある。それに今でこそ次の担い手である私が生まれた事でデュランダルを手放した為に第一線を退かれ、現在は司祭枢機卿という十字教教会の重鎮としての務めに専念なされてはいるが、デュランダルの使い手の中でもかの英雄ローランに迫るとも超えたとも言われる圧倒的な強さが未だ健在である事を知らない悪魔祓いはいない。

 ストラーダ猊下が私達と向き合われてからご自身の名前を告げられたのを受けて、イッセーは感謝の言葉と共に自己紹介をする。

 

「ストラーダ猊下。此度は私の協力要請に応じて頂き、誠にありがとうございます。既にご承知とは思いますが、私が聖魔和合親善大使を務めさせて頂いている兵藤一誠です」

 

 すると、ストラーダ猊下はイッセーの眼をジッと見つめ始めた。

 

「若いな。……だが、深みを持ちつつも澄んだ良い目をしている。戦士礼司から聞いていた通りだ」

 

 ストラーダ猊下が満足げな笑みを浮かべながらイッセーを褒めると、イッセーがストラーダ猊下の口から武藤神父の名がよく出てくる事について尋ねた。

 

「ストラーダ猊下、先程から武藤神父の事をとても高く買っておられる様な発言をなされていますが……?」

 

「戦士礼司は十年前に私とクリスタルディに真剣勝負で勝った男なのだ。故に、私は戦士礼司であればクリスタルディと共に若き戦士達を新たな道へと導いてくれると信じている」

 

 ……その結果、ストラーダ猊下からとんでもない爆弾発言が飛び出してきた。

 

「ストラーダ猊下、それは本当の事なのでしょうか? 私も悪魔祓いとしてはかなり長い方ではありますが、その様なお話は初めて耳にしました」

 

 流石にこの爆弾発言については何も知らなかったらしいシスター・グリゼルダがストラーダ猊下に真偽を問うと、ストラーダ猊下は詳細について話し始めた。

 

「私とクリスタルディ、そして戦士礼司の三人が真剣勝負を行ったのは、観客がミカエル様を始めとする熾天使(セラフ)の方々のみという極秘裏に行われた御前試合だった。この御前試合について知っているのは聖下と枢機卿の極一部のみで、戦士グリゼルダが知らぬのも当然だ。……この時、私は既に戦士ゼノヴィアを次の担い手としたデュランダルを一時借り受け、クリスタルディもエクスカリバーを三本携えるなど万全の態勢で臨んだ御前試合だったが、最後まで勝ち残ったのは本来なら戦闘向きでない筈の祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)を携えた戦士礼司だった。まぁ勝敗の差は紙一重でもう一度やればどう転ぶか解らぬ所ではあったが、当時の私はよくぞ私を超えてくれたと酷く喜んだものだよ」

 

 ストラーダ猊下は懐かしそうに語っているが、シスター・グリゼルダはもはや開いた口が塞がらないと言ったところだ。父親が親しい事もあって武藤神父とは特別に付き合いの長いイリナも、そんな事があったとは知らなかった様で驚きを露わにしている。私だって、正直な所を言えば驚きを隠せずにいる。ただ、オーフィスがかなり本気で放ったオーラの砲撃に対して、オーラの弾道に沿って繰り出した斬撃にオーラを巻き込んでそのまま打ち返すという絶技を武藤神父が単独でこなしたのを見ているだけに、私としては武藤神父の強さにようやく納得できたという気持ちもあった。

 ……そうして話が一区切りついた所で、ストラーダ猊下は私の方へと視線を向ける。

 

「さて、戦士ゼノヴィアよ。悪魔になったそうだな?」

 

「……ストラーダ猊下、お久しぶりです」

 

 ストラーダ猊下に話しかけられた私は、緊張の余りにシスター・グリゼルダの時とは明らかに質の違う汗を顔中に流していた。我ながら、よくこの状態で挨拶を返せたものだと思う。そんな中、ストラーダ猊下が話を続ける。

 

「戦士ゼノヴィア。変革の子の要請に応じる形で私がここを訪れた主な目的は貴殿なのだが、その前にやるべき事をやらせてもらおう」

 

 ストラーダ猊下は懐に手を入れて何かを探りだすと、やがて封筒の束を取り出した。そして私の隣にいたアーシアに視線を向ける。

 

「聖女アーシア、私の事を覚えているだろうか?」

 

 ストラーダ猊下がそうお尋ねになられると、アーシアは頷いた。

 

「はい、一度だけご挨拶をさせて頂きました」

 

「ウム。貴殿は本当に敬虔な信徒であり、優しい少女だった。……これを受け取りなさい」

 

 ストラーダ猊下はそう言って、懐から出した封筒の束をアーシアに手渡された。その封筒の束を受け取りつつも怪訝そうな表情を浮かべるアーシアは、その封筒の束が何なのかをストラーダ猊下に尋ねる。

 

「これは?」

 

「貴殿の力で治してもらった者達からの感謝の手紙だ」

 

 ストラーダ猊下の答えを聞いたアーシアは驚きの余りに言葉を失っていた。傷付いた悪魔を癒した為に「魔女」と呼ばれ、異端として教会を追放された自分にそんな物を送ってもらえるとは思っていなかったのだろう。

 

「貴殿が教会からいなくなった後も、その手紙はずっとずっと送られ続けていたのだ」

 

 そしてストラーダ猊下の話の続きを聞いた時、私は確信した。……以前イッセーがアーシアに向かって言っていた通り、アーシアが授けられた本当の宝物はやはり癒しの力、神器(セイクリッド・ギア)などではなかったのだ。そうでなければ、今アーシアの手の中にある封筒の束はきっと存在してはいないのだから。

 

「どうしてこれを? 捨ててしまっても良かった、いえ私が悪魔を癒した「魔女」である以上、むしろ捨てなければならなかったのでは?」

 

 アーシアからそう尋ねられたストラーダ猊下はアーシアの手を取って優しく微笑まれると、アーシアが追放された当時の事を話し始められた。

 

「貴殿が追放される旨を聞いた折、最初は正教会の本部を離れる事になった戦士礼司に貴殿を託そうと思った。だが戦士礼司もまた当時は破門寸前の身の上であり、ここで「魔女」として異端認定された貴殿を預けてしまえば戦士礼司も貴殿と共に破門されかねない。そう判断した私はその後どうにかして四方八方を尽くして貴殿の隠棲先を直接探したのだが、結局は間に合わなんだ。私の力が及ばず、申し訳なかった」

 

 ストラーダ猊下は頭を下げてアーシアに謝罪した。すると、アーシアは感動の余りに瞳から溢れそうになる涙を堪えながら自分の思いを猊下に伝えていく。

 

「……私は破門されてから一年間、主への信仰を胸に旅をしてきました。その中で、教会の中にいたままでは知る事のできなかった事をたくさん知る事ができました。そして、イッセーさんに出逢ってからは「聖女」ではなく私自身を見てくれる友達が出来ました。こうして失ったものや新しく得られたものを思い返してみれば、私が「魔女」として教会を出る事になったのも、あるいはこの世界を去っていかれた主が私にただのアーシアとして外の世界と向き合う様にお導きになられたからかもしれません」

 

 アーシアの思いをお聞きになったストラーダ猊下が驚きの余りに目を見開いた。

 

「貴殿は、本当にそれで良いのか?」

 

「主はけして誰もお助けにならない。でもそれは、私達なら試練を乗り越えられると信じているから。そして、たとえ主がこの世界を去ってしまわれたとしても、その教えと愛は私達の中で永遠に生き続けていく。……イッセーさんが教えてくれた事です。だから、これでいいんです」

 

 その問い掛けに一片の迷いもなく答えたアーシアに感じ入ったのか、ストラーダ猊下は静かに目を閉じる。しばらくそのままでいると、ストラーダ猊下は再びアーシアに話しかけられた。

 

「……人の価値は失われたその時に初めて解るというが、それをここで改めて実感する事になるとはな。聖女、いや今の貴殿には教会が貴殿を利用する為に付けた聖女という呼び方は相応しくないな。アーシア、どうかその手紙の主達に返信してあげてほしい。本当であれば訪問も許可したいところなのだが、聖魔和合はまだ始まったばかりで流石に今すぐにとはいかない。しかし、時が過ぎて聖魔和合が軌道に乗った暁には、会いたい旨を戦士礼司あるいは戦士グリゼルダを通して教会に伝えなさい。私が可能な限り手配しよう」

 

「ストラーダ猊下。ありがとう、ございます……!」

 

 アーシアが感謝の言葉と共に頭を下げると、ストラーダ猊下はアーシアの頭を優しく撫でる。そのアーシアだが、肩が震えている事からきっと堪えていた涙を流しているのだろう。……教会から「魔女」と蔑まれて追放されてもなお信仰を棄てる事なく主の教えを胸に清く正しく生きてきたアーシアは、本当の意味で「聖女」と呼ばれるべき存在だと私は心から思う。そして、そんなアーシアと友達である事がとても誇らしかった。

 こうしてアーシアとの語らいを終えられたストラーダ猊下は私の方を向くと、いよいよ本題へと入られた。

 

「さて、戦士ゼノヴィア。早速だが、一つ確認しよう。デュランダルは使いこなせているかね?」

 

 ……ストラーダ猊下からそう問われた時、私はデュランダルを亜空間から引き出して猊下に向かって突撃していた。

 

「成る程、言葉よりも行動。デュランダルの担い手はそれでこそだ!」

 

 ストラーダ猊下はそう仰ると、避ける素振りを一切見せずに私の攻撃を真っ向から受けようとしていた。私は今持てる力の全てを出してデュランダルを振り下ろす。だが、デュランダルは最後まで振り下ろされる事はなかった。……何故なら、ストラーダ猊下は指先一つでデュランダルを止めてしまったからだ。おそらくは指先に刃が触れた瞬間にデュランダルの制御を私から奪い取ってしまったのだろう。

 

「まだまだの様だな、戦士ゼノヴィア」

 

 ストラーダ猊下が首を横に振りながらそう仰せになると、デュランダルのオーラが急速に消えていった。これでもう間違いなかった。……私はまだ、デュランダルから本当の意味で担い手と認められていないのだと。

 

「……はい。ご覧の通り、未だストラーダ猊下の足元にも及びません」

 

 情けない話であるが、紛れもない事実だ。それにここまで決定的な証拠を突き付けられては、どんな言葉もただの言い訳になってしまう。だから、私は悔しいと思う気持ちを堪えながらそう答えた。すると、ストラーダ猊下はただ淡々とその事実を受け入れていた。……まるで私がデュランダルを使いこなせていない事が解っていたかの様に。

 

「そうか。では、今から私と変革の子が軽く手合わせをする。聖剣とは、そしてデュランダルとは何なのか、ここで今一度学んでいきなさい。……構わないかな?」

 

「元よりそのつもりでした。……これが、私の協力要請に応じて頂いたお礼の品です。天界・冥界双方の許可は下りておりますので、どうかお受け取り下さい」

 

 ストラーダ猊下から手合わせを持ち掛けられたイッセーは最初からそのつもりである事を伝えると、イッセーの頭上の空間が歪んだ。イッセーはその歪みの中に手を入れてから引き出すと、右手には一本の大剣が掴まれていた。その大剣は一言で言えば赤いデュランダルとも言うべきもので、刃からは荒々しくも膨大な聖なるオーラが発せられている。

 

「ホウ……! この荒々しくも清浄なるオーラ、まるでデュランダルではないか」

 

 イッセーから赤いデュランダルを受け取ったストラーダ猊下は、その赤いデュランダルを間近に見た事で感嘆の息を漏らす。ここで、イッセーから赤いデュランダルについての説明が始まった。

 

「私の持つ武具製作技術と魔導科学を用いて鍛造したデュランダルのレプリカです。私とイリナが龍天使(カンヘル)として祝福を与えているので聖剣となっていますが、流石にオリジナルの様に聖遺物を収めてはいません。そこで、かつてはトロイアの英雄ヘクトールが所持していたという伝承に倣い、ギリシャに近いイタリアでの読み方であるドゥリンダナをこのレプリカの名とさせて頂きました。……お気に召しましたでしょうか?」

 

 ……イッセー特製のデュランダルのレプリカ? しかも祝福を与えたのはイッセーとイリナ? それにしても一体いつの間にこんな代物を作っていたんだ?

 

 アーシアやシスター・グリゼルダが驚く中で私が色々な疑問を抱いていると、ドゥリンダナと名付けられたイッセー特製のデュランダル・レプリカの説明を受けたストラーダ猊下は、突然手に持っていたドゥリンダナを上に放り投げた。

 

「フンッ!」

 

 そして、右側の空間を歪ませてそこから別の剣を取り出すと、落ちてくるドゥリンダナに向かって一閃する。ドゥリンダナが金属音と共に礼拝堂の床へと落ちたところで、ストラーダ猊下は剣を振り下ろしたまま静かに語り始めた。

 

「……素晴らしい。今私が振るったのは現在我が十字教教会でも特に錬金術に秀でた正教会が作り上げたデュランダルのレプリカだが、それでも再現できた力はオリジナルの五分の一程度。それに比べ、このドゥリンダナは流石にオリジナルには届いていないが、それでも力の七割は再現していると私は思う。いや、剣そのものの強度と鋭さの面で言えば、むしろオリジナルをも凌駕している」

 

 ストラーダ猊下はイッセーが作り上げたドゥリンダナを激賞した。そして、目の前にある光景がその正しさを証明している。

 

「だからこそ、宙に浮いた状態で私がレプリカを振り下ろしたにも関わらず……」

 

 何故なら、レプリカとはいえストラーダ猊下によるデュランダルの一撃をまともに喰らった筈のドゥリンダナは、全くの無傷だからだ。

 

「折れたのは、私が振るったレプリカの方だったという訳だ」

 

 ……そして、ストラーダ猊下が振るったデュランダル・レプリカの折れた刃先が床へと落ちる。

 

「瑞貴君の閻水に薫君のラエドとイウサール、カノン君のイグニス、そして私のオラシオンの性能とそれらを作ったのが一誠君である事を知っている私はそうでもありませんが、デュランダル・レプリカの製造を担当した錬金術師達はこの光景を見たら間違いなく卒倒するでしょうね……」

 

 目の前で繰り広げられた一連の行動に対して、武藤神父は半ば呆れた様な表情を浮かべているが、シスター・グリゼルダの方は驚きの余りに完全に言葉を失っている。何も知らなければ、きっと私やアーシア、それにレイヴェルもシスター・グリゼルダと同じ様に絶句していたのだろう。だが幸いというべきだろうか、早朝鍛錬で今武藤神父が挙げたイッセー特製の武器の強さを目の当たりにしているだけに、私達は目の前の光景に納得する事ができた。

 そうしてストラーダ猊下は床に落ちているドゥリンダナとデュランダル・レプリカの折れた刃先を拾い上げると、デュランダル・レプリカとその刃先を亜空間へと仕舞う。そして、ドゥリンダナの柄の具合を確かめてから、イッセーに得物はどうするのかをお尋ねになられた。

 

「さて。私はこのドゥリンダナを使わせてもらうが、そちらはどうするのかな?」

 

「天龍剣を使います。アウラ、戻っておいで」

 

「ウン!」

 

 天龍剣、つまりクォ・ヴァディスを使うと宣言したイッセーはアウラに戻るように伝えると、アウラはそのまま姿を消した。きっとイッセーの精神世界へと戻ったのだろう。

 

「如何にエクスカリバーの子にして赤龍帝の聖剣とはいえ、守護精霊であるアウラがいなければ、ドゥリンダナを携えたストラーダ猊下を相手にはできませんからね」

 

 イッセーはそう言って黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、手の甲の宝玉からクォ・ヴァディスを引き抜いた。……気のせいか、首脳会談における対テロ戦で見た時よりクォ・ヴァディスのオーラがより強くなっている様に見える。

 

「……その分では、真聖剣として再誕したエクスカリバーにも守護精霊が存在しているのではないのかな?」

 

 イッセーの先程の台詞から何かを感じ取ったストラーダ猊下の質問に、私はミカエル様とお会いした時に漠然と抱いた疑問を思い出した。イッセーの娘で「魔」を司るアウラは赤龍帝の聖剣にしてエクスカリバーの子である天龍剣クォ・ヴァディスの守護精霊。では、アウラの兄でイッセーの「聖」を司るというカリスとは一体どんな存在なのかという事を。そして、その答えは……!

 

「それについては後ほど。では、猊下」

 

「ウム。始めるとしようか、変革の子よ」

 

 私が以前の疑問に対する答えに思い至ったところで、イッセーとストラーダ猊下は手合わせを始める為に私達から少し離れた。そしてお互いに対峙した次の瞬間。イッセーの手によって作り出された二本の聖剣が激しく衝突した。……いや。もっと激しい、それこそ礼拝堂の中をメチャクチャにしてしまう程の衝撃波を伴う様を想像していたのだが、普通に刃を交えて鎬を削っているだけだった。私は予想から外れた目の前の光景に少なからず疑問を抱いたのだが、二人のやり取りからすぐに答えが得られた。

 

「ドゥリンダナの聖なるオーラが著しく弱まっている? ……そうか、これがミカエル様のお認めになられたエクスカリバーの子の力か!」

 

「えぇ! ストラーダ猊下のご想像の通り、天龍剣が宿しているのは力を打ち消す波動の力です! そして、それは力を基礎とする術や能力も例外ではありません!」

 

 ……以前聞いた時には「対象を取り巻くあらゆる力を打ち消す波動を放つ」だけだった筈だが、どうやらクォ・ヴァディスもまた成長しているらしい。

 

「……面白い!」

 

 ストラーダ猊下がドゥリンダナを弱体化されている状況に対して心底面白そうな笑みを浮かべると、それと同時にドゥリンダナの聖なるオーラが爆発的に増幅した。そのオーラは私が扱うデュランダルより遥かに濃厚かつ膨大で、イッセーはそのオーラに吹き飛ばされてしまった。しかし、空中ですぐに体勢を立て直して着地する。……いや、特にダメージを受けていない事から、おそらくはオーラが爆発的に増幅するのを察して自ら後ろに飛んだのだろう。そのイッセーだが、顔には苦笑いを浮かべていた。

 

「……鍛造した私が想定していたドゥリンダナの限界値を、お渡しして早々に超えてきますか。この辺りは流石というべきでしょうね」

 

 ストラーダ猊下がドゥリンダナから想定を超えた力を引き出した事をイッセーが苦笑いのままで伝えると、ストラーダ猊下は少し戸惑う様な素振りを見せる。

 

「オーラを波動で打ち消されるのなら、波動が打ち消す限界量を超える程のオーラを引き出せばよい。そう思ったのだが、それ程のオーラとなると流石に本物のデュランダルでなければ無理だった筈なのだ。しかし、このドゥリンダナは私の意志に見事応えてくれた。……本当に良い聖剣だ。まさか、この歳になってこの様な聖剣に出会えるとは思わなんだ」

 

「そう仰って頂けると、作り手としては大変嬉しく思います」

 

 ストラーダ猊下からドゥリンダナを高く評価されて、イッセーは作り手としての喜びを露わにする。そうして話が一段落ついたところで、手合わせの再開をストラーダ猊下が持ち掛ける。

 

「では、続きといこうか」

 

「承知しました」

 

 イッセーがそれを承諾すると同時に、二人は再び刃を交え始めた。今度は一度だけでなく何度もお互いに斬りかかっていく。最初は何とか目で追えていたが、剣のスピードが加速度的に増した事で次第に追い付かなくなっていき、遂には全く見えなくなっていた。いや、私も一応はレオンハルト卿から眼だけでなく耳や肌でも剣を捉える為の訓練を施されているので、たとえ見えなくてもどんな斬撃を繰り出しているのかは大体解る様にはなってきている。だが、私が五感で感じ取る速さよりも二人の剣の速さの方が上回ってしまった事で、それさえも覚束なくなってきた。

 ……それだけのスピードで剣が振るわれているにも関わらず、礼拝堂の内装や中にある椅子は殆ど壊れていない。デュランダルの七割程度とはいえ扱っているのがストラーダ猊下である以上、私が扱うデュランダルより破壊力は確実に上の筈だ。その破壊力の殆どを打ち消しているクォ・ヴァディスは、教会が誇る六本のエクスカリバーはおろか私の持つデュランダルにも並び立とうとしているのかもしれない。ストラーダ猊下もドゥリンダナの破壊力をほぼ封殺するイッセーとクォ・ヴァディスに感嘆なされた。

 

「まさか「全てを斬れる」デュランダルの本領を、その根幹を為す聖なるオーラを抑え込む事で覆してしまうとはな。ただ、その割には少々打ち消しの力を広げ過ぎていると思うのだが?」

 

「この手合わせで礼拝堂の中の物を壊さないで。だって、この礼拝堂は孤児院の皆や近所の人達が使うものだから」

 

 鍔迫り合いに持ち込んだストラーダ猊下からの問い掛けに、イッセーは何故か幼い少女の口調で答えた。ストラーダ猊下は首を少し傾げられたが、すぐにその疑問は解消された。

 

「……アウラに、娘にそう頼まれてしまいましたからね。父親としては、娘の切なる願いに応えてあげないといけないでしょう」

 

 娘の願いに父として応えたというイッセーにストラーダ猊下は納得した。

 

「成る程、道理である。しかし、それでは……」

 

「そういう力の使い方をしていけば、その分消耗も大きくなって次第に追い詰められる事になる。そういう事ですか?」

 

 イッセーの確認に対してストラーダ猊下は何もお答えにならず、頷いたり首を横に振ったりといった動作も特になさらなかったが、その無反応こそが雄弁に答えを語っていた。その答えを受け取ったイッセーは鍔迫り合いの状態からクォ・ヴァディスを押し出し、その反動を利用して剣の間合いから一端外れる。

 

「……アウラ、もう大丈夫かな?」

 

 間合いから外れたところで、イッセーは何故か自身の精神世界に戻っているアウラに確認を取った。すると、アウラは元気に返事をする。

 

『ウン! もうあたし一人でも大丈夫だよ、パパ!』

 

 アウラから答えを聞いたイッセーは、更にアウラに話しかけた。

 

「だったら、今から()()よ。準備はいいね?」

 

『ウン!』

 

 アウラがそう返事をした次の瞬間、クォ・ヴァディスから膨大な聖なるオーラが発生した。ただ、聖なるオーラの印象が今までと大きく異なっている。今まではまるで波一つ立たない湖面の様に静かで穏やかな印象だったが、今は暴風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぐ嵐の様な激しさを感じる。……もしくは、クォ・ヴァディスの鍔が模しているドラゴンの様な荒々しさか。クォ・ヴァディスの豹変ぶりを見たストラーダ猊下は、ここでハッとした様な表情へと変わった。

 

「……まさか、今までは天龍剣の守護精霊である娘に力の使い方を教えていたというのかね? しかも私との手合わせという実演を交えて」

 

「猊下の仰せの通りです。自転車で例えるなら、今までは私が後ろで支えながら走る練習をしていた様なもの。そして今は、私が手を離して自分一人の力で走り始めたところでしょうか。それによって、エクスカリバーの聖なるオーラと私やアウラの「魔」の力、そして赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラと交わって生まれた天龍剣が本来宿している激しさと荒々しさが解放されました」

 

 ストラーダ猊下とイッセーの会話で、これだけの力を見せたクォ・ヴァディスが実はまだ本領を発揮していなかった事が判明した。……赤龍帝の聖剣は、もはや私の理解の範疇を超えてしまっていた。だが、イッセーの話はまだ続く。

 

「聖剣の力を、ただあるがままに使う。それはただ単に力の制御を放棄する事ではありません。担い手が聖剣の力の扱い方を学び、実際に聖剣と接していく中で心を重ねていき、やがては聖剣の在り方を見出していく事です。ただ生まれたばかりの天龍剣の場合は少々特殊で、使い手である私だけでなく守護精霊であるアウラにもそれが求められますが、私がやっているのは結局のところその延長上でしかありません」

 

 ……聖剣の力の扱い方を学び、実際に聖剣と接していく中で心を重ねていき、やがては聖剣の在り方を見出していく、か。

 

 私は聖剣に対するイッセーの考え方に激しく打ちのめされていた。私はデュランダルの事を担い手の言う事は聞かない、触れたものは何でもかんでも切り刻むといった危険極まりない暴君という印象を抱いていた。だが、それだけがデュランダルの全てだったのだろうか? それに、私はイッセーが言った様にデュランダルの使い方をストラーダ猊下やクリスタルディ先生から学んでいる。だが、果たして私はデュランダルに心を重ね、その在り方を見出していく事を今までやってきただろうか?

 ……デュランダルが私の手に余るのも当然だ。デュランダルの事を何も解っていない者がデュランダルを上手く扱える訳がなかったのだ。ここでふとある事に気が付いた。イッセーはこれだけの激しさと荒々しさを宿すクォ・ヴァディスをストラーダ猊下が振るうドゥリンダナと互角に打ち合える程の領域で使いこなしている。しかもまだ本領を発揮していない段階で。という事は……!

 

「変革の子よ。もし戦士ゼノヴィアより先に生まれた貴殿が赤い龍の力と魂を宿していなければ、デュランダルは戦士ゼノヴィアではなく貴殿を担い手として選んでいたのやも知れぬな。……戦士ゼノヴィアよ。これより先は、一瞬たりとも見逃してはいけない」

 

 ストラーダ猊下も私と同じ事をお考えになられていた様だ。そして、私にここから先の戦いをけして見逃さない様に注意してきた。

 

「私と変革の子が貴殿に見せたかったものは、これから始まるのだ」

 

 ストラーダ猊下はそう仰せになると、ドゥリンダナのオーラを更に激しく迸らせる。

 

 ……ここからが、イッセーにとっても、ストラーダ猊下にとっても、そして私にとっても本番だった。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

因みに同学年である一誠とゼノヴィアの誕生日は以下の通りです。

一誠    4月16日
ゼノヴィア 2月14日(早生まれ)

なお、誕生日が判明している同学年のメンバーの中で一誠は最も誕生日が早く、逆にゼノヴィアは最も遅い模様。

では、また次の話でお会いしましょう。

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