冥界の堕天使領にある
そして今、僕達は神の子を見張る者の本部を発つ所であり、見送りにはアザゼルさんを始めとする幹部級の堕天使が勢揃いしていた。
「楽しい時間が経つのはあっという間ですね。兵藤親善大使が滞在したこの一週間、神の子を見張る者は設立以来最も活気に溢れていました。本当にありがとうございます」
「こちらこそ、色々と勉強になりました。後はここで教わった事をどの様な形で聖魔和合への一助としていくのか、それをじっくりと考えていこうと思います」
「そうして頂けると、我々も兵藤親善大使をお迎えした甲斐があったというものです」
別れの言葉を交わした後で握手を交わした副総督とはこの一週間、穏やかに会話する事ができた。どうもアザゼルさんを始めとして堕天使幹部の皆さんはよく言えば個性的、悪く言えば悪乗りが酷いらしく、生真面目な副総督は気苦労が絶えないらしい。その為、性根が真面目で誠実であるレオンハルトと非常に気が合い、レオンハルトを通じて僕とも話す機会が多くなった。こうなると他の幹部の方とも自然と話す機会が多くなり、その結果として幹部の皆さんとは公式の場でなければプライベートの口調で話すようになってしまった。
「兵藤君。君のお陰で私は長年見失っていたものを見出し、失っていたものを取り戻す事ができた。心から感謝する」
「感謝の必要はありませんよ、バラキエルさん。何せ、僕もまた一度同じ様に愛する者の手を離しかけた愚か者ですから。だからこそ、僕と同じ過ちを犯そうとしている方を踏み止まらせたいと思って、実際に行動しただけなんです。でも、そうですね。僕に対して恩義を感じて頂けるのであれば、どうか一度は手の届かない場所へと行きかけた手をどんな事があろうとも絶対に離さない様にお願いします」
「……承知した」
副総督の次に話しかけてきたバラキエルさんの隣には、普段の笑みを浮かべた朱乃さんがいた。朱乃さんはこのままシトリー眷属との対戦三日前までここに留まり、バラキエルさんから雷光の手解きを直接受ける事になっている。ここでバラキエルさんは僕に「大切な者の手を離す条件」について確認を取ってきた。
「ただ、もし朱乃がいつか心から愛する者を見つけて私の元を巣立っていくのであれば、その時は朱乃の手を離して共に歩んでくれる者に後を託しても良いだろうか?」
……これは、娘を持つ父親の宿命というものだろう。だから、僕の思う所をそのまま伝える。
「そういう形であれば、僕は構わないと思いますよ。それに、僕もそんな風にアウラの手を離してその背を見送る事ができれば父親冥利に尽きると、そう思います」
「そう言えば、君もまた娘を持つ父親だったな。……兵藤君。ひょっとすると、君とはこれから年の離れた友人の様な関係を築いていくのかもしれないな」
案外、バラキエルさんの言う通りかもしれない。実際、プライベートにおけるサーゼクスさんとの関係は「年の離れた父親友達」で落ち着いている。そこにバラキエルさんもまた加わってくるのかもしれなかった。その様な事を思いつつ、最後にバラキエルさんと握手を交わす。
「ウウム。惜しい、余りに惜しいぞ。もし我々幹部の誰かが直接ドライグ教授の勧誘に出向いていれば、我がグリゴリに最高の技術顧問を据える事ができたというのに」
「アハハハ……。僕は博士を通り越して教授ですか」
僕を堕天使陣営に取り込めなかった事を独特な言い回しで悔やんでいるアルマロスさんに、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。そこに、サハリエルさんが話に加わってきた。
「実際、兵藤氏にはそれだけの価値があるのだ。我々が手掛けている研究のほぼ全てに目を見張る意見を独自の視点から出してきた兵藤氏であれば、神の子を見張る者の全ての研究部門を統括する事も十分可能だと思うのだよ」
「ウム。頭脳だけでなく腕っ節の強さも喧嘩祭で証明し、更には優れた戦士を既に何人も輩出している優秀なトレーナーでもあるというドライグ教授であれば、研究者達はもちろん武闘派の連中も文句はなかろう。むしろ自分も鍛えてくれと教授の元へと殺到してくるかもしれんな」
お二人からの高い評価に擽ったい様な思いを抱いた僕はその様な事はないと言おうとしたが、それではお二人に人を見る目がないと言っている様なものなので素直に受け取る事にした。
「その様に仰って頂けると、僕も嬉しいです」
すると、サハリエルさんとアルマロスさんはお互いに顔を合わせて頷き合ってから、もしもの時について話し始めた。
「それでもし悪魔勢力から理不尽な扱いを受けたら、いつでもこちらに連絡してほしいのだ。その時は幹部総出で直接兵藤氏を迎えに来るのだ」
「同じ失敗は繰り返さない。それが我が偉大なるグリゴリだ! ぐはははははっ!」
……もしそれを実行されたら色々な意味で派手な事になりそうで、僕は背中に冷や汗を流していた。ここで、アザゼルさんがお二人に待ったをかける。
「オイオイ。流石にそれはやり過ぎ、……でもねぇか。イッセーの価値を考えたら、むしろパレードの様な形で全軍を挙げて堂々と迎えに行くべきかもしれねぇな」
ただ、アザゼルさんは途中で考えを改めるともっと酷い事を言い出してきた。そして、まるでどうでもいい事の様にこの話を棚上げして、別の話題へと方向転換してしまった。
「まぁ、それはさておいてだ。イッセー、アウラを天界に連れて行くって事は
アザゼルさんの確認に対して、僕はその通りである事を伝える。
「ハイ。天界には既にイリナを通じて連絡を入れていますし、今後は天界で厳重に管理するという条件で許可も頂いています。アウラ、アザゼルさんに見せてあげて」
「ウン!」
僕がアウラに呼び掛けると、アウラは一歩前に出てきた。なお、今アウラが着ているのは半袖の白いワンピースで、裾や袖口には所々に赤金のリンゴの刺繍をあしらっている。このワンピース、実は僕が作った物だ。我ながらアウラによく似合う物が出来たと思っているが、どうやらアザゼルさんも同じ様に思ってくれた様でアウラを褒めてきた。
「ホウ。アウラ、中々似合っているじゃねぇか」
「エヘヘ。ありがとう、アザゼル小父ちゃん。これ、天界で着る為にパパが作ってくれたの」
アザゼルさんに褒められて上機嫌なアウラが半袖の白いワンピースの製作者が僕である事を明かすと、アザゼルさんは一瞬驚きで目を見開いた。しかし、以前アザゼルさんのマンションで色々と話をした時の事を思い出したのか、納得の表情へと変わる。
「そう言えば、お前が今
アザゼルさんが確認してきたので、僕はその通りであると答えた。
「そういう事です。それと礼司さんを通じて協力を要請していた方から承諾が得られましたので、僕達の天界行きにはゼノヴィアとアーシアも同行させる予定です」
「ゼノヴィアの名が先に来たって事は、天界に用事があるのはゼノヴィアの方か。……おい、イッセー。お前、まさか」
アザゼルさんは僕が協力要請を出した方が誰なのかに思い至ったらしく、驚きの表情で僕の方を見ていた。なので、僕はアザゼルさんの想像通りであると答える。
「アザゼルさんが今思い浮かべた方で、たぶん合っていると思いますよ?」
すると、アザゼルさんは深い溜息を吐いた。
「……イッセー。お前、やる時にはトコトンやるタイプなんだな」
「そうでなければ、解放軍の冷血軍師なんて呼ばれませんよ」
……適度にやるのと中途半端にやるのは、似ている様で全く異なるものなのだから。
冥界の堕天使領を発った僕達は実家の僕の部屋に転移した後、はやて達が平行世界へ移動する為のサポートを行った。……と言っても、はやての魔力を僕が
「おう、イチじゃねぇか。久しぶりだな」
人間をやめる前からの付き合いであるバリーさんに声をかけられたのは、ちょうど自宅と礼司さんの教会の中ほどまで移動した時だった。
「あっ、バリーさん。お久しぶりです。一月ほど前に教会を訪れた時にはお会いできませんでしたが、お元気そうでなによりです」
僕とイリナがミカエルさんとの会合で礼司さんの教会に行った時には会えなかったバリーさんに再会の挨拶をすると、バリーさんはその時不在だった理由を話してくれた。
「その時はちょうどハニー達の墓参りに行ってたんでな。それで俺が墓参りに行く前はあまり元気のなかったガキ共が、帰って来たら元気になってた訳か」
ウンウンと頷いて納得しているバリーさんだが、初対面であるレイヴェルは事情が呑み込めずに僕にバリーさんの事を尋ねてきた。
「あの、一誠様。この方は一体……?」
そこでバリーさんとはまだ直接会った事のないアウラの方を見ると、レイヴェルと同じ様に首を傾げていたので、僕は二人にバリーさんを紹介する。
「この人はバリー・ジャイアンさん。住み込みで礼司さんが運営している孤児院のお手伝いをしてくれているんだ」
「バリー・ジャイアンだ。よろしくな、お嬢ちゃん。……それでイチ、少しばかり気になる事があるんだがな」
バリーさんが僕の紹介を受けて名乗りを上げた後、僕に質問をしてきた。
「何でしょうか?」
「お前と手を繋いでいる、お前とイリナによく似た小さなお嬢ちゃん。一体何者だ?」
……流石にこの場でそのまま答える訳にはいかなかったので、話の内容が別のものに聞こえる認識阻害用の結界を僕達の周りに展開する。
「これでよし、と。それでバリーさんの質問に対する答えですけど、僕の娘です」
「……ハァッ?」
僕の返答にバリーさんは唖然とした。確かに、高校生の僕に就学直前の娘がいるなんて事はまずあり得ない。推定十五歳で子供を儲けたバリーさんは特にそう思った筈だ。だが、それにはあえて目を瞑って、僕はアウラをバリーさんに紹介する。
「アウラ、ご挨拶しようか」
「ウン! 初めまして、バリー小父ちゃん! あたし、兵藤アウラです!」
アウラが自己紹介したところでようやく我に帰ったバリーさんは、僕にどういう事なのかを説明する様に求めてきた。
「……イチ。すまねぇけどな、話がちっとも見えてこねぇ。俺にも解る様に説明してくれねぇか?」
バリーさんの言い分も尤もなので、僕はそれを承諾した。
「そうですね。ちょうど今から礼司さんの教会に向かうところなので、歩きながら説明します」
こうしてバリーさんに事の経緯を説明しながら礼司さんの教会に向かうと、バリーさんは「だったら、嫁さんも子供もしっかり捕まえておかねぇとな。頑張れよ、イチ」と僕の背中を叩きながら笑顔で激励の言葉をかけてくれた。また、バリーさんは礼司さん達が天界に行く際には一人だけ教会に残るとの事だった。流石に教会も孤児院も空っぽにする訳にはいかないらしい。そうしたやり取りの後に教会に到着すると、礼司さんが教会の入口で僕達を待っていた。
「……という訳で、僕達の天界への外遊にはアーシアとゼノヴィアも同行します」
そこで礼司さんに事情を説明すると、礼司さんは既に承知している事を伝えてきた。
「アーシアさん、ゼノヴィアさん、そしてアウラちゃんについては、既にミカエル様からの連絡で承知しています。それと一誠君。今回私達を天界に案内する方はもちろんですが、かねてより貴方が協力を要請していた方もこちらにお越しになられていますよ」
礼司さんから意外な事実を伝えられた僕は少し驚いた。
「僕は天界でお待ちになられていると思っていたんですが」
「お話を伺ったところ、一誠君達とは一度お互いに立場を忘れて話をしておきたいとの事でした。それに、アーシアさんに渡したい物があるとも」
僕が協力を要請した方の意向を礼司さんから伝えられた時、自分の名前が出てきた事でアーシアは首を傾げている。
「私に、ですか?」
「えぇ。それが何なのかは既に教えて頂いていますが、けして悪いものではありません。それとゼノヴィアさん。貴女は色々と覚悟を決めておいた方がよいでしょうね」
礼司さんがアーシアの疑問に答えてからゼノヴィアに忠告すると、ゼノヴィアも先程のアーシアと同様に首を傾げた。
「色々と? ……はて。武藤神父、私には特に心当たりがないのですが」
「本当ですか? 貴女にはむしろ幾らでも心当たりがある筈ですよ?」
後ろから僕には聞き覚えのない声の女性に声をかけられた瞬間、ゼノヴィアは直立したまま動かなくなった。そこからまるで滝の様に冷や汗を流し始める。ゼノヴィアの只ならぬ様子を見て僕やレイヴェル、アーシア、アウラは首を傾げるが、どうも事情を知っているらしいイリナはクスクスと笑い声が零れている。そこで僕達が後ろを振り返ると、そこには一人のシスターがいた。年の頃は二十代後半、目鼻立ちはしっかりしていて目の色は青く、ベールを深く被っている為に髪の色までは解らないがおそらくは北欧系だろう。そして、左手の甲には「Q」の文字が浮かび上がっていた。左手の甲の文字とシスターから感じられるものについて疑問に思っていると、礼司さんが声をかけてきたシスターに向かって問い掛けた。
「おや、シスター・グリゼルダ。私が一誠君達を案内するまで礼拝堂で一緒にお待ちになるのではありませんでしたか?」
「幾ら私がガブリエル様に直接お仕えする
礼司さんからシスター・グリゼルダと呼ばれたシスターは礼司さんの問い掛けにそう答えると、礼司さんに対して説教を始める。ただ、その言葉の端々に礼司さんへの敬意が感じられたので、僕はあえて口出ししない事にした。
「だいたいですね、この駒王町を含む区域の支部長を私が務める事になりましたが、本来ならば神父を主教に叙聖する形で支部長に任命する事になっていたのですよ。それなのに神父ときたら「私には荷の重い務めですし、これからは活気に満ち溢れた若い方達の時代です」などと仰せになられて主教への叙聖も支部長への就任も辞退なさるし、神父に比べたら若輩者に過ぎない私を推挙した上で
……礼司さん。主教への叙聖を辞退するって、一体何をやっているんですか?
カトリック系の司教に当たる主教に叙聖されるという名誉を礼司さんがあっさりと蹴り飛ばした話を聞いて、僕は正直頭が痛くなってきた。また、修道院長を務める高位の修道司祭の称号である一方で主教候補としての側面もある掌院を正教会の本部で礼司さんが務めていたという事実を明かされた事で、礼司さんがここまでの大物だったとは知らなかったレイヴェルとアーシアは戸惑いを隠し切れず、ゼノヴィアも先程とは別の意味で固まってしまっている。一方、イリナは大まかな事情を知っていたらしく、呆れた様に溜息を吐いている。ただアウラだけは、別の人を推薦して熾天使を説き伏せたという礼司さんの事を尊敬の眼差しで見つめていた。
……微妙に冷めた雰囲気がアウラを除いた僕達の間で漂う中、礼司さんはシスター・グリゼルダを優しく諭していく。
「シスター・グリゼルダ。孤児院で預かっている子供達の世話で手一杯である私にとって、聖魔和合の重要地点といえるこの区域の支部長は少々荷が重過ぎます。それに貴女であればこの難しい務めも十分に果たせると思って、私は熾天使の皆様に推挙したのです。そして、私の見込みはやはり正しかった。ただそれだけの話ですよ」
今の言葉が全て本心から出ている。そう思わせる程に穏やかな表情を浮かべる礼司さんに、シスター・グリゼルダは観念した様に溜息を少し吐いた。
「あの様な仕打ちを正教会の本部から受けたというのに、誰に対しても真摯に向き合い、また誠実であろうとする所は全く変わらないのですね、武藤神父。だからこそ、私は……」
「シスター・グリゼルダ?」
「……いえ、何でもありません。それよりも、ゼノヴィア。お久しぶりですね」
少しだけ礼司さんへの感情が表に出ていたシスター・グリゼルダは、気を取り直すと先程から固まっているゼノヴィアに声をかけた。すると、ゼノヴィアは恐る恐る後ろを振り返り、シスター・グリゼルダに挨拶する。
「や、やぁ、シスター・グリゼルダ。ひ、久しぶりだね……。げ、元気にしていたかな……?」
震える声と体といい、今も滝の様に流し続けている冷や汗といい、ゼノヴィアがシスター・グリゼルダを怖がっているのは明らかだった。一方、シスター・グリゼルダは挨拶を終えてすぐに視線を外そうとするゼノヴィアの顔に向かって両手を伸ばし、そのまま押さえてしまう。
「元気にしていたかな、じゃないでしょう? 何で今日の今日まで連絡を一切しなかったのかしら? 手紙の一つくらいは武藤神父に託す形でこちらに出せたでしょうに」
表情こそ穏和なままだが明らかに怒っているシスター・グリゼルダがこのままゼノヴィアにお説教を始めようとしていたが、その前に礼司さんが窘めた。
「シスター・グリゼルダ。今教会の中にいらっしゃる方は一誠君だけでなくゼノヴィアさんもお待ちになられているのです。ですから、
……つまり「今は人を待たせているから後でやれ」と、そういう事ですか?
何気にゼノヴィアに対して容赦のない事を言っている礼司さんの意図をシスター・グリゼルダも悟った様だ。ゼノヴィアへのお説教は一時お預けとなった。
「……武藤神父の仰る通りですね。
「……はい」
ただし、お説教から逃げない様にしっかりとゼノヴィアに釘を刺すあたり、シスター・グリゼルダの怒りは相当なものだった。ゼノヴィアもそれを察した様で肩を落としながら返事した。そうしてゼノヴィアについてはここで話を打ち切り、まずはシスター・グリゼルダとは初対面となる僕とレイヴェル、アーシア、そしてこの場に居合わせる事になったバリーさんの自己紹介を行う。
「では、改めまして。私、四大熾天使たるガブリエル様の
「こちらも自己紹介をさせて頂きます。私の名は兵藤一誠。駒王協定の締結を機に三大勢力の融和を推進する為、三大勢力共通の親善大使に任ぜられた者です。なお、天界においてはガブリエル様が直接の上司となりますので、シスターとは上司を同じくする同僚という事になります。そして、こちらは娘のアウラです」
「兵藤アウラです! よろしくお願いします!」
「私はフェニックス侯の一女で、レイヴェルと申します。魔王様の命により、一誠様の元で聖魔和合のお手伝いをさせて頂いていますわ」
「シスターはご存知かもしれませんが、私はアーシア・アルジェントです。シスターのお名前は教会に属していた頃に何度も耳にしていました。お会いできてとても光栄です」
「俺はバリー・ジャイアン。住み込みでこの孤児院で働いているモンだ。この分なら今後もシスターとは顔を合わせるだろうから、俺の顔を覚えておいてくれ」
一通り自己紹介を行った後、気になった事があったのでシスター・グリゼルダに尋ねてみた。
「ところでシスター。先程から御使いやガブリエル様のQといった聞き慣れない言葉を口になされていましたが、貴女から天使の気配を感じられるのと何か関係が?」
「お気づきになられたのですか。はい、兵藤親善大使のお察しの通り、私はガブリエル様の祝福を受けて天使に転生しました。この天使化は冥界から齎された技術を転用する事でようやく実現できたと聞いています」
シスター・グリゼルダからの回答に、僕は天界と冥界の協力態勢がかなり進んでいる事に少々驚いた。……それだけに、これだけ急速に世界の在り方が変わっていけば、今はまだ世界の変化について行けてもやがては取り残されてしまう者が少なからず出るのではないかという不安も抱いてしまった。だが、シスターの説明がまだ終わっていないので、その不安は一先ず脇に置いておく。
「そして天使化が実用可能となった事で、ガブリエル様達四大熾天使を始めとする十名の熾天使の方々はそれぞれ御使いと称した配下を十二名作る事にしたのです。その際、トランプに倣って自らを
御使いに関する説明が終わったところで、僕は天使化に使われている技術が何なのかに思い至った。
「成る程、
「専門家ではない私では、流石にそこまでは……」
僕が転生天使に関する技術についての考察を述べると、シスター・グリゼルダは申し訳なさそうな態度で応じてきた。シスターが専門家でないのは明らかなので、非は答えられない事を言い出した僕にある。だから、僕はシスターに謝罪する。
「申し訳ありません。元々研究者を志望していたので、こうした技術の話にはどうも目がなくて……」
すると、シスター・グリゼルダはクスリと笑って僕の謝罪に応えてきた。
「いいえ、神器研究の第一人者であるアザゼル総督に比肩すると言われている兵藤親善大使が、こちらが新たに確立した天使化の技術に興味を抱かれるのも無理はありません。ですから、どうかお気になさらずに。ただ、できれば今後この様なお話をされる時には相手をお選びになられた方がよろしいかと」
「はい、今後はそうさせて頂きます」
シスター・グリゼルダからやんわりと窘められた僕は素直にそれを受け入れた。こうして話が一段落ついたところで、礼司さんが話を本題へと変える。
「さて。お互いの自己紹介も終えた事ですので、お待ちになられている方がいらっしゃる礼拝堂へと案内しましょう」
「それもそうですね。では、案内をお願いします。武藤神父」
礼司さんからの申し出を僕がそれを承諾すると、礼司さんは早速僕達の案内を始める。ただ「ここから先は流石に遠慮した方が良さそうだな」と言って、バリーさんがこの場を離れていった。そうしたやり取りの後、礼司さんの後ろについて教会の中へと歩いて行く途中でゼノヴィアが僕に小声で尋ねてくる。
「ところで、イッセー。イッセーと私、そしてアーシアを待っている方とは一体誰なんだ?」
「それは実際に会うまでのお楽しみという事にしておいてくれないかな。ただ、礼司さんが忠告した様に特にゼノヴィアはしっかりと覚悟を決めておいた方がいいだろうね」
僕はゼノヴィアからの問い掛けに対する明確な答えを避けた。それに対して、ゼノヴィアは少し納得がいかない様だった。
「ウゥム。少々、いやシスター・グリゼルダの件があるからかなり気になるが、武藤神父はおろかイッセーまでそう言うのなら……」
ただ、礼司さんと僕が口を揃えて「覚悟を決める様に」と伝えた事もあって、ゼノヴィアはとりあえず矛を収めてくれた。それから数分程教会の中を歩いて礼拝堂の入り口に辿り着くと、礼司さんが振り返ってきた。
「この先に、一誠君が協力を要請していた方がお待ちになっています。それとゼノヴィアさん。この先におわすお方がどなたなのか、その様子ではお解りになったのではありませんか?」
礼司さんがゼノヴィアにそう問いかけると、ゼノヴィアは震える右手を左手で押さえながら答える。
「……えぇ。このざわついた感覚、おそらくはデュランダルがこの先にいるというお方に反応しているんでしょう。ただここまで激しい反応となると……!」
ゼノヴィアは明らかに信じられない様な表情を浮かべていたが、その想像はおそらく合っている。
「ゼノヴィアさん、覚悟はお決めになりましたね? ……では、どうぞ」
礼司さんがゼノヴィアの覚悟を確認すると、ゼノヴィアは一度だけ深く頷いた。それを見た礼司さんは礼拝堂の扉を開く。その先には、祭服を纏った2 m程の巨躯を誇る白髪の老人が僕達を待っていた。その老人を見た瞬間、ゼノヴィアとアーシアは思わず息を呑んでしまう。
「
二人の反応を余所にこちらに挨拶をしてきた老人だが、その鍛え抜かれた肉体は凄まじかった。明らかに頭回りよりも太い首、盛り上がる程に分厚い胸板、巨木の幹程の両腕と僕の胴回りよりも幅がありそうな両脚。人の身でここまでの巨躯となると、僕はバリーさんぐらいしか知らない。しかも来年は米寿を迎えると聞いているが、その肉体の若々しさは長い人生に伴う衰えを明らかに否定していた。そうして巨躯の老人を見ていると、その姿が一瞬で消える。僕と礼司さん以外は驚きを露わにしているが、これ以上の動きを何度も見ている僕には流石に解る。
「待ち人を驚かすにしては、少々物騒な事を為さりますね」
「流石だ、変革の子よ。戦士礼司が一目置いているだけはある」
僕の後ろに回り込んでから両肩に置こうとしていた両手を僕が掴んで止めてみせた事で、巨躯の老人は感心する素振りを見せた。いや、本当に感心しているのだろう。僕が手を離すと巨躯の老人はそのまま僕達の前へと歩んでいき、改めて向き合ったところで自己紹介を始める。
「私はヴァチカンから来たヴァスコ・ストラーダという者だ」
……司祭枢機卿、ヴァスコ・ストラーダ。僕が知る限りにおいて十字教教会における最強の聖剣使いの一人であり、ゼノヴィアの持つデュランダルの先代の担い手。……そして、僕が今回協力を要請した方だ。
いかがだったでしょうか?
本作品はキャラの登場を繰り上げる事が今後も多々ありますので、ご了承ください。
では、また次の話でお会いしましょう。