Side:アザゼル
イッセーが何故ドライグに関する相談をしたのかを説明し終えた時、俺は事の余りの大きさに頭を抱えたくなった。何だよ、
「正直に言うぜ。理論上は十分可能だ。だが、俺はおろか
「具体的には?」
イッセーがより詳しい話を求めてきたので、俺はイッセーが構想しているモノにおいて最大のネックとなっているものを挙げた。
「
確かに悪魔勢力の生命線の一つである悪魔の駒については、天界にも俺達にも情報がある程度公開されている。天界もかねてから敬虔な信徒や優秀な
「それなら、既に悪魔勢力内ではアザゼルに並び得る
この解決案を聞いた俺は何処かに穴がないかを考えたが、少なくともこの場で考えた限りでは特に問題はなかった。ここは前向きに検討すると伝えて意見調整に少し時間を取るべきだと俺は判断したが、ここでふと思った。
……ここ最近のサーゼクスは一勢力を束ねる指導者として劇的なまでに成長してきている、と。
今までの、というよりはそれこそ一月ほど前に首脳会談を駒王学園で開催する事で三大勢力が合意するまでのサーゼクスであれば、言っちゃ悪いがこちらが付け入る隙なんて幾らでもあった。だから、駒王協定が締結された後でそういった隙を勢力間の関係が悪くならない程度に
……そうか、これか。これが木場や匙がよく言っている一誠シンドロームなのか。
サーゼクスが劇的なまでに成長した理由に思い至った俺は、そこで思わず納得してしまった。一万年以上を生きてきた事で見た目はともかく精神が老成している俺とは違って、純血の悪魔でまだ寿命の十分の一程度しか生きておらず、精神的にも十分に若いと言えるサーゼクスであればこそ、一誠シンドロームに感染したんだろうってな。だから、まだまだ成長の余地を十分に残している若いサーゼクスに若干の妬みを抱きながら、俺はサーゼクスが提示した解決案を受け入れる方向で話を進める事を伝える。
「解った。とりあえずは幹部会議にこの件を持ち込む事にするぜ。流石に組織内で意見を統一しとかねぇと、後で厄介な事になりかねないからな」
ただ前に向かって全力で走っていく若い奴等の背中を後押しする。それが今後コイツ等に置いて行かれる事になる俺達がこれからやるべき事なんだろうな。
そうしてイッセーの示した「ドラゴン系神器の新たな可能性」に端を発する戦力強化案について話がまとまった所で秘密裏に行われた会合はお開きとなり、俺達はそれぞれの場所へと戻っていった。その際、ヴァーリと共に転移したんだが、そのヴァーリが真剣な表情で俺に頼み込んできた。
「アザゼル、頼みがある」
……正直なところ、ヴァーリがそう言って来るだろうとは思っていた。イッセーにあれだけのものを見せられたんだ。だったら自分も、と思っても無理はない。
「そう言ってくると思ったよ。物のついでだ、お前専用の物も一緒に作ってやる。ただな、イッセーがさっき見せた新型覇龍。あれをお前も修得する必要があるぞ。イッセーが見せたドラゴン系神器の新たな可能性、それには新型覇龍が使えるという大前提があるからな」
俺はヴァーリの望みを叶えてやると同時に、ヴァーリ自身もやるべき事がある事を伝える。ただヴァーリもそれは重々承知しており、元々覇龍を改良するつもりだった事を明かしてきた。
「解っているよ。元々使い勝手が悪い覇龍をより使いやすい様に改良しようと思っていたんだが、その方向性がこれで定まった。その意味ではむしろ好都合だよ」
『アザゼル、心から感謝する。このままでは、ヴァーリが一誠から突き放される一方だからな』
アルビオンもイッセーとヴァーリの差が広がる一方である事にかなり危機感を募らせている様だ。ヴァーリに協力するという俺に対して、感謝の言葉を告げてきた。
『ただせめてもの救いは、あれが基本的にドライグを対象としたものであって、姉者には殆ど使われない事だろう。そうでなければ……』
アルビオンがドラゴン系神器の新たな可能性の用途について何処か安堵した様な事を言っているが、それも無理はない。
「流石にお前が本気でやるのは無理って所か、アルビオン。まぁ、仕方ねぇわな。同じ状況に置かれたら、俺でも気が引けそうだ」
敬愛する実の姉相手に血みどろの真剣勝負なんてモンは流石にやりたくないだろうからな。
……イッセーが俺達に新型覇龍とその先にある新たな可能性を見せてから四日が経った。
イッセーを始めとする外遊組が神の子を見張る者の本部に滞在するのは今日までだ。明日は一度人間界に戻り、そこから天界に向かう事になっている。この天界行き、実ははやてとその護衛の三人は同行しない。そろそろツァイトローゼ夫婦の子供が生まれてくる頃合いなので、セタンタを除く三人は彼等の様子を見に平行世界へ向かう為だ。その代わりという訳ではないが、人間界で武藤礼司と奴が運営している孤児院の子供達がイッセー達に合流して天界に向かう事になっており、その間は不在となる武藤礼司の養子二人の代わりにセタンタがイッセー達の両親を護衛する予定だ。あのトンヌラが護衛に就いている時点で俺でも早々手が出せねぇんだが、念には念をという事だろう。またこの四日間、イッセーは精力的に俺達神の子を見張る者の関係者との交流を図ってきた。そうして色々な部署で意見交換をした結果、早速イッセーがやってくれた。
具体的には、カウンター系神器の能力を応用して属性を反転させる「
俺達は「反転」をあくまで後天的に付与する
こうして全てを見通す神の頭脳を改めて示してみせたかと思えば、その翌日には血の気の多い武闘派連中を集めて、使えるのは拳だけで上下関係を一切取っ払った喧嘩祭を開催した。なおこの喧嘩祭、戦闘狂で血の気の多いヴァーリや美猴はおろか、久々にイッセーと勝負ができるとセタンタまで喜び勇んで参加している。イッセー曰く「そろそろ武闘派の方達のガス抜きをしないと不味いと思ったので」との事だったが、だからと言って後でしっかりと殴り返したとはいえ参加者全員から最低一発は殴られたのは、いくら何でもやり過ぎだ。……俺と同じ事を思ったんだろうな。最後に喧嘩祭が終わって部屋に戻ったイッセーはイリナから思いっきり叱られるというオチまでついた。
……なぁ、イッセー。お前、実はただのバカだろ。
だがそのお陰なのか、翌日から武闘派連中のイッセーへの風当たりが緩やかになり、イッセーに向けられる視線も好意的なものへと一気に変わった。そこでバラキエルに話を聞かせると、「俺達の拳にしっかりと応えてくれる分、アザゼル総督より話が解る」「一発で床に沈められたのに、やられた怒りがさっぱり湧いてこない。むしろ何処かスッキリした」「アレを喰らうと、何故か気合が入って体中から力が漲ってくる。もし何かに迷ったり落ち込んだりする様な事があったら、また殴って欲しい」などと脳筋丸出しの答えが返ってきたらしい。……首脳会談の時、イッセーは「真剣勝負の中で交わされる攻撃にはけして嘘がなく、だからこそお互いの気持ちがダイレクトに伝わる」と言っていたが、それはこういう事だったのかと思い知らされた。
こうしてイッセー本人は俺達堕天使の中で着実にその存在感を良い意味で増していった。そして、この一週間におけるイッセー達以外の訪問メンバーの調査や訓練の成果なんだが、ヴリトラ系神器の統合とヴリトラの意識の復活を成し遂げた匙に次いで図抜けた成果を上げたのは、やはりコイツだった。
「……フゥ。これで僕も少しはバロールの全力に近づけたかな?」
『「僕」が言うのも何だけど、
……なぁ、ギャスパー。お前の目的はあくまでバロールが宿った事でもはや別物になったであろう
瞳の形をした刻印を額で輝かせながらバロールと呑気に会話をしているギャスパーに対し、俺は内心で思いっきりツッコミを入れてしまった。
……
ギャスパーの半身であるバロールが己の力を全開にした時に発動する能力の名前だが、これがまたシャレになっていない。端的に言えば「全てを喰らう闇を操る」能力なのだが、性能が余りにも桁外れだった。まず自分を中心として闇の領域を形成するんだが、その範囲が余りに広過ぎて本部で計測するのが不可能だった。そこでイッセーの所有する模擬戦用の異相空間で何処まで広げられるかを試してもらった結果、少なくとも半径数 km、地方都市であれば一つ丸々カバーできる程である事が解った。またこうして形成した闇を使って敵を拘束したり、自然では存在しない様な特異的な姿をした様々な種類の魔物を無数に生み出したりする事もできる。なおこの魔物は敵味方の識別が可能である事から、バロールはレオナルドの持つ
因みに、禁夜と真闇たりし翳の朔獣を初めて発動した時にバロールは闇のオーラを放つ5 m程のドラゴンに酷似した巨体へと姿を変えたが、すぐに元の姿に戻った。バロール曰く「あの姿になるとパワーは桁違いになるけどその分小回りが利かないから、ウロボロスやあの人みたいな本物の強者相手だとかえって不利になるんだ」との事。そして、「だから、ちょっと手を加えてこんな風にしてみたよ」とバロールが宣言すると、ギャスパーの額に光を放つ瞳の刻印が浮かび上がった。……そう、今ギャスパーの額で輝いている瞳の刻印は、実は禁夜と真闇たりし翳の朔獣の発動形態を変化させたものなのだ。しかもあの刻印からもしっかりと物が見えている事からギャスパーの第三の目であると共に、この状態であればバロールはギャスパーと人格を交代する事なく表に出る事が可能になる。こりゃ若手対抗戦では武藤と対峙する時以外は絶対に出ない様に、バロールにしっかりと釘を刺しておかないといけねぇな。
……イッセーがギャスパーを鍛える際、神器だけでなく生まれ持った自分の力を高める方向性を示していたのは、こうした状況になる事をある程度見越していたからなんだろうな。その結果として生み出されたのが、水の精霊や風の精霊との精神感応で濃霧を発生させた上で自らも
一方、ギャスパー以外の奴等についてだが、こちらも当初予定していた成果は十分に上げられた。まずギャスパー以外のグレモリー眷属だが、木場についてはイッセーの提案をある程度形にできた事で、明日はこのままグレモリー領へと戻ってからレオンハルトの前に師事していたというサーゼクスの
……ここに残る奴が予想より多いな。少なくとも匙と草下については当初から対戦直前まで残ってもらう予定だったし、朱乃とバラキエルが和解に成功すれば、朱乃が父親との失われた時間を少しでも埋めていこうとするのは予想できた。ただバロールの全力が余りにもヤバ過ぎたのが想定外だった。アレはしっかり調査して本人の制御下にある事を証明してやらないと、今回の対戦について神器の使用はおろか出場そのものを禁止される恐れがある。それどころか、今後再び封印されるか、あるいは抹殺される可能性すら浮上してきた。まぁオーフィスという圧倒的な脅威がいる以上、オーフィスが執着しているイッセーに押し付けて対オーフィスの最前線に送り込む方向で話が進むとは思うが。
そして、こっちに来た初日にロシウの爺さんに預けていた杖型の人工神器については無事に完成した。所持者のサポートを目的としている為に冷静沈着で丁寧な言葉使いから執事然とした性格に設定した
「……本当に、私がこれを頂いてもいいんですか?」
「構わぬよ。総督殿とも相談した結果、そなたが適任だという結論に至ったのでな。まぁはやてから静かなる癒しを教わったのが切っ掛けで、そなたは儂や一誠からも魔法を教わる様になったからの。ここは一つ、師匠から弟子への贈り物という事で受け取ってはくれんかの?」
ヴァーリが
「それで今ロシウの爺さんがお前さんに渡した叡者の錫杖についてなんだが、元々は武器型の人工神器の試作品として作った物で、強化系神器を参考に人間の魔力というべき魔法力や悪魔の魔力、更には堕天使や天使の光力をも増幅させる能力を持たせてあるんだ。まぁ使い方も増幅率もそこらの杖と殆ど変わらないモンだったんだが、それにイッセーが色々と手を加えた上にセタンタも原初のルーンを刻んだせいで、増幅率が赤龍帝の籠手で倍加を十回重ねたのとそう変わらないくらいにまで跳ね上がっちまってな。お陰でこのままだとまともに制御できる奴が殆どいない代物になったんだが、はやてのアイデアを元に神器の能力によって増幅された力の制御をロシウの爺さんがこの一週間で精製した人工魂に補助させる様にしたって訳だ」
俺がここまで説明した所で、ルフェイがロシウの爺さんに質問をぶつけてきた。この質問、実は俺も叡者の錫杖が完成した時に同じ事を尋ねている。
「えぇっと。そもそも人工魂って、そんな短時間で精製できるものなんですか?」
「少しばかり裏技を使わねばならんが、けして不可能ではないのう」
……いや。そんな事ができるのは、流石に爺さんだけだと思うぜ?
俺が尋ねた時と全く同じ答えを返したロシウの爺さんに、俺は本気でツッコミを入れたくなった。まぁ魔王レヴィアタンが師事する魔導師なんてあり得ねぇ存在だからな、それくらいは容易い事なんだろう。そう思う事にした。でないと、やっていけないからな。そんな風に踏ん切りをつけた俺は、叡者の錫杖の説明を再開する。
「説明を続けるぞ。この人工魂は時間が経つにつれて所持者に応じて最適化されるようになっている。言ってみれば、所持者と共に成長していく人工神器って訳だ。……神器開発を志す者としては、こういう発想を人に頼らずにできる様になりたい所なんだがな。さぁ、挨拶しな」
俺が叡者の錫杖に話しかけると、叡者の錫杖からバリトンボイスが発せられた。
『初めまして、マスター。私はマスターの補助を使命とする人工魂です。私の創造主であるマイスター・ロシウは、私を創造する際にこれから私を扱うマスターと共に成長していく事を望まれました』
叡者の錫杖に宿る人工魂からの挨拶に、ルフェイは心から感動する素振りを見せる。
「凄い……! ここまで自我が明確な人工魂なんて、私は初めて見ました! あっ、私の名前はルフェイ。ルフェイ・ペンドラゴンです!」
ルフェイが律儀に自己紹介をすると、人工魂は与えられた情報を元に初期登録を進めていった。
『ルフェイ・ペンドラゴンを叡者の錫杖の所有者に登録。声紋及び魔法力の波長の登録完了。……では、マスター。最後に私に名前をお与え下さい。それによって初期登録が完了致します』
人工魂から名前を付ける様に言われたルフェイは、少し首を傾げてから人工魂に名前を付ける。
「名前ですか? ……そうですね。では、ミーミル・カウンセルの名前を縮めてミセルでどうでしょうか?」
『承知致しました、マスター。……人工魂の新名称、ミセル。登録完了。叡者の錫杖に宿りし人工魂ミセルは、ただ今よりルフェイ・ペンドラゴン様に永遠の忠誠を誓いましょう』
ミセルという名を付けられた人工魂は所持者となったルフェイへの忠誠を誓う。すると、ルフェイはミセルに自分の呼び方を変える様に言って来た。
「あっ、それとミセル。私の事はマスターではなくて、ルフェイと呼んで下さいね♪」
『承知致しました、ルフェイ』
こうして、ルフェイは人工魂ミセルと叡者の錫杖を手に入れた。……それにしても、イッセーと直に関わった連中は全員何らかの形で大幅に成長してやがる。それは悪魔の超越者であるサーゼクスはもちろん、今やオーフィスに真っ向から立ち向かい、五体満足で生き残った事で歴代の白龍皇を超えた存在である
……一誠シンドローム、マジでおっかねぇな。
俺は心の底からそう思った。
Side end
いかがだったでしょうか?
堕天使領訪問メンバーの成長結果については今しばらくお待ち下さい。
では、また次の話でお会いしましょう。