未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.5 修正


第三話 グレモリー邸にて

 僕が自分の過去について話し終えた時には、既に次元の壁を超えて冥界のグレモリー領に入っていた。僕は十日程フェニックス邸に滞在した事もあってそれ程驚かなかったが、初めて冥界に来たアーシアやはやては人間界とは異なる紫色の空を始めとする冥界の風景に目を輝かせている。なお、僕がグレモリー卿への挨拶がある事から礼装である不滅なる緋(エターナル・スカーレット)に着替える為に別の車両へと移動した際にはやてがリアス部長に確認を取ったところ、グレモリー領は日本列島の本州と同程度の広さを有しているものの大部分はいわば空き地で山や森林ばかりであるという。それに関連してか、僕が着替え終えてから皆のいる車両に戻ってくると、リアス部長は新しく眷属に加わった僕達三人に領土を渡すので欲しい土地を言って欲しいと言って来た。

 ……僕の場合はシトリー眷属でもあるので、シトリー家からも領土を拝領する事になるのだろう。その場合、グレモリー家とシトリー家の領土が隣接していればまだいいが、もし離れていた場合はどうしたらいいのだろうか?

 急に降って湧いた領土問題に僕が頭を悩ませていると、グレモリー本邸前に到着するというレイナルドさんのアナウンスが流れた。そこで窓から前方を見ると、ホームには大勢の人が集まっていた。よく見ると兵服を纏っていたので、おそらくはグレモリー家の私兵なのだろう。そこまで確認した所で窓を閉めると、僕達は列車を降りる準備を始めた。そうして降りる準備が終わると、まるで頃合いを見計らったかの様に列車はスピードを落としていき、やがて完全に停車した。そこで僕達が席を立って列車を降りる為に移動しようとすると、その前にリアス部長がアザゼルさんにどうするのかを確認する。

 

「アザゼルはどうするの?」

 

「魔王領でのサーゼクス達との会合はイッセーとレイヴェル、それとイリナも参加する事になっている。それなのに俺だけ魔王領に行っても待ちぼうけを食らうだけだ。この際だから、俺も挨拶がてらに同行するさ」

 

 アザゼルさんはそう言って僕達に同行する構えを見せたので、リアス部長はそこで話を打ち切って列車の出口へと向かっていった。そして、まず僕と祐斗が先に降りてグレモリー眷属の主であるリアス部長を迎える形にしようとすると、セタンタから肩を掴まれる。

 

「一誠さん、出る順番が違いますよ」

 

「そうだね。君はむしろ主役をエスコートしなきゃダメだよ」

 

 セタンタと祐斗はそう言うと、さっさと列車から降りて列車の出入り口の左右に立った。そこで二人の意図を察した僕は二人に続いて列車に出ると、後ろを振り返ってリアス部長にそっと手を差し出す。そこでようやく事態を呑み込めたリアス部長は軽く笑みを浮かべると、差し出した僕の手を取ってゆっくりと列車を降りた。その瞬間、グレモリー家の私兵一同から一斉に声が発せられる。

 

「リアスお嬢様、お帰りなさいませ!」

 

 まるで怒号の様な歓迎の挨拶を皮切りに花火が上がり、私兵一同から空に向かって祝砲が放たれ、楽隊が一斉に演奏を始める。更におそらくは冥界の固有種と思われる飛行生物に跨り、旗を振ってのアクロバットショーまで展開している。大型イベントも顔負けの歓待ぶりに、イリナと手を繋いでいるアウラはすっかり舞い上がっていた。一方、生まれて初めてこの様なお祭り騒ぎを目の当たりにするであろうアーシアは完全に放心している。その為、アーシアの足が止まってしまい、アーシアの後ろにいる人達が列車から降りられなくなった。そこで、アザゼルさんがアーシアに注意する。

 

「ホラホラ。ボウッとしてないでさっさと行け。後ろが(つか)えているんだからな」

 

 アザゼルさんからの注意でようやく我に返ったアーシアは、恥ずかしいのか頬を少し赤く染めて「すみません」と謝りながら列車を降りる。そうしてアザゼルさんが最後に列車を降りた後、リアス部長を先頭にして大勢の執事とメイドが控えている場所へと向かうと、彼等は一斉に頭を下げた。

 

「リアスお嬢様、お帰りなさいませ」

 

 彼等の出迎えにリアス部長が笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、皆。ただいま。帰ってきたわ」

 

 このリアス部長の笑顔の返礼に執事とメイドの皆さんも笑みを浮かべた。そこでグレイフィアさんが一歩前に踏み出して来た。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。お早いお付きでしたね。道中、ご無事で何よりです」

 

 グレイフィアさんはここで言葉を一旦切ると、視線の向きをリアス部長からアザゼルさんと僕に切り替えた。そして、深々と頭を下げて歓迎の言葉を伝えて来る。

 

「アザゼル総督、そして兵藤親善大使。この度はようこそグレモリー領へ。グレモリー家はお二方のご訪問を心より歓迎致します。では、お嬢様」

 

「えぇ。二人とも、こちらよ」

 

 グレイフィアさんに促されたリアス部長は、僕とアザゼルさんを自ら誘導し始めた。確かにグレモリー家が歓迎の意を示すのであれば、次期当主であるリアス部長が先導するのが筋だろう。本来なら堕天使勢力のトップであるアザゼルさんだけを賓客としてもてなす対象とすればいいのに自身の眷属である筈の僕も対象とされている所に、聖魔和合親善大使を担う魔王の代務者という立場が悪魔勢力の中でどれだけ重きをなしているのかが解る。そうして連れて行かれた場所には馬車が用意されていた。馬も以前フェニックス卿が僕を迎えに来た時のものより更に巨躯で眼光も鋭いし、何より少しだけだが覚えのある力の波動を感じられる。そこでアザゼルさんが馬を見て感心した様な声を上げる。

 

「ホウ。あれには相当遠いがスレイプニルの血が入っているな。これだけの馬を所持しているとは、流石は現ルシファーを輩出した名家という事はある」

 

 アザゼルさんのこの言葉に、僕は何故覚えのある力の波動を感じたのか納得した。その一方で、祖先のより似ている方を挙げてみた。

 

「どちらかと言えば、その親であるスヴァジルファリの方が似ていませんか?」

 

 すると、アザゼルさんは僕の意見に納得の表情を見せる。

 

「確かに、あれからは速さ以上に力強さを感じるな。その意味では、足の速さを売りとするスレイプニルよりはアースガルズを囲む壁を作る為の巨大な岩を運び続けたスヴァジルファリの方を挙げるべきか。しかし、俺がスレイプニルを挙げたらすぐさまその親の名前が出てくるあたり、お前も相当に勉強しているな」

 

「知識や情報は人間に許された数少ない武器の一つです。それこそ使い方次第で伝説の武器や魔法、それに神器(セイクリッド・ギア)の様な異能さえも超える強力な武器にもなり得ますから、それはもう必死に勉強しましたよ」

 

 持っている力が弱いのなら、相手を知り、自分を知り、その上で勝てる状況を作り上げる。それが神話の存在に抗う人間の戦い方だと、僕は考えている。アザゼルさんもその辺りは重々承知している様だ。

 

「そういうのを軽く見たせいで最期に破滅した奴を俺は腐るほど見てきたからな、それには俺も同意するぜ。まぁ、それに拘り過ぎると身を縛る鎖にもなっちまうが、軍師の経験も豊富なお前には釈迦に説法か」

 

 それだけに、一つの懸念が僕にはある。

 

「ただ、それだけに禍の団(カオス・ブリゲード)の主流である旧魔王派以上に英雄派の方が脅威となるでしょうね」

 

「英雄派か。カテレアの話では、神話や歴史に名を残す英雄の子孫やその魂を宿す者、更には神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)といった人間で構成された派閥だったな。トップは神滅具(ロンギヌス)の中でも最強である黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)の保有者で、三国志の英雄の一人である曹操の名を自称しているらしいが……」

 

 ……敵対勢力にも、それを理解している者達がいるという事だ。

 

「この派閥だけは真聖剣ひいては僕の探索をきっちりこなしているのを考えると、情報も人材もしっかりと蒐集しているでしょうし、あるいは旧魔王派でもトップに近かったカテレアさんにすら知らされていない様な強力な戦力を隠し持っている可能性も否定できません。だとすれば、これからの数年間を大きな戦いの為の準備期間などと楽観視しない方がいいでしょう。それどころか……」

 

 僕がここで言葉を一旦切ると、アザゼルさんがその続きを言葉にしていく。

 

「条件さえ整えば、数年後と言わずに今すぐにでも仕掛けてくる。だから、相手に隙を見せるなって事か。……解った。後でシェムハザ達には俺から一言言っておく。ただイッセー、今の発言はかなり不味くないか?」

 

 今はけして準備期間などではない。アザゼルさんの認識をそう改めてもらう事に成功したが、アザゼルさんが不安視した様に僕のこの発言は完全に越権行為だ。それでも僕は警鐘を鳴らさざるを得なかった。

 

「はい。確かに聖魔和合親善大使という外務官としての権限を完全に越えていますが、このままではこちらが後手に回りかねません。せめて「ここ数年は大きな戦いは起こらない」という現状に対する認識だけでも改めて頂かないと……」

 

 もし乾坤一擲の大勝負を奇襲で仕掛けられたら、それこそ致命傷になりかねない。それに僕自身、ガルガスタンとの戦いにおいて敗戦間近だった戦況をそれでひっくり返しただけに、尚更そう思えてしまう。すると、グレイフィアさんから提案があった。

 

「では、先に私からルシファー様に親善大使のご懸念をお伝えした上で、ルシファー様が懸念を抱いた事にして話して頂きましょう。天界の方は紫藤様、お願い致します」

 

「そうですね。私はミカエル様直属のままですから、ミカエル様に話を通し易いと思います。解りました、天界の方は任せて下さい」

 

 イリナがグレイフィアさんの提案を承知した事で、この問題は一先ず解決した。そこで、リアス部長がキツイ一言を浴びせかけてくる

 

「まさか、馬の話からここまで政治的な話に繋がっていくとは思わなかったわ。お陰でホラ、半分ぐらいはイッセー達の話についていけていないわよ」

 

 そう言われて僕達が振り返ると、ギャスパー君やセタンタがウンウン唸って何とか少しでも理解しようと頑張っている一方で、ゼノヴィアやアーシア、小猫ちゃんにはやては置いてけぼりを食らってポカンとしていた。なお、グレイフィアさんの要請を受けて即座に対応したイリナは当然話について行けているし、「あらあら」と微笑している朱乃さん、「勉強になりますわ」と軽くメモを取っているレイヴェル、「何を今更解り切った事を」と半ば呆れた表情を浮かべているロシウとそのロシウに念の為に確認を取っている祐斗、そして泰然自若として周囲への警戒を怠らないレオンハルトも僕達の話をしっかり理解している。そして、つい先日に実は相当に頭が良い事が判明したアウラについては。

 

「えぇっと。つまり、お馬さんのご先祖様の事を知ろうとする事は凄く大切な事だけど、それを解っている人がパパとケンカしようとしている人達の中にいて、それでいつケンカしようとするか解らないから皆で気を付けようって話になったけど、それをパパが皆に伝えるのは実はしちゃいけない事だから、グレイフィアさんとママが代わりにサーゼクス様とミカエル様に伝えようって事なの?」

 

 ……自分の言葉に置き換えられる程、しっかりと理解していた。

 

「……ウン。それで大体合っているよ」

 

 僕のこの言葉に、ついて行けていなかった者達が心身共に六、七歳相当の幼女に負けたショックでガクンと肩を落としたのは言うまでもない。

 

 

 

 そういった事があった後、僕達は馬車に乗ってグレモリー家の本邸へと向かった。なお、馬車は三台用意されていて、スヴァジルファリの血を引くと思われる馬が引く馬車にはリアス部長とグレイフィアさん、アザゼルさん、僕が乗り込み、皆は他の馬車にそれぞれ分かれて乗り込んでいる。

 降りた駅がグレモリー本邸前とあるだけに、暫くすると城と見紛うばかりの巨大な建築物が見えてきた。あれがグレモリー本邸なのだろう。パッと見ではあるがかなり強力な防御結界も設置されているだけに、有事の際には防御拠点としての機能も有しているのだろう。やがて馬車が止まるとドアが開かれた。そこには初老の執事さんが会釈をしていた。そしてリアス部長とグレイフィアさんが先に馬車を降りた後、リアス部長が僕とアザゼルさんを迎える形で馬車を降りると、執事とメイドが左右に整列しており、城の玄関までの道は真っ赤なカーペットが敷かれていた。こういった豪華絢爛な光景とは全く縁のなかったであろうアーシアは恐縮してしまいそうだ。その様な事を考えていると他の馬車も到着し、皆が馬車を降りてきた。案の定、アーシアは驚きの余りに固まってしまっている。僕が軽く声をかけた事でアーシアが我に返った所で、僕達はカーペットの上を進んでいく。因みに、僕とアザゼルさんがリアス部長の案内を受けている形になっている為、僕の後ろには僕の下に出向しているイリナとレイヴェルが続き、二人の後ろでははやてがアウラの手を引いている。その両脇をセタンタとロシウ、後ろをレオンハルトが固め、他の皆はその後ろに続いて行く。

 やがて玄関に辿り着き扉が開かれると、そこには以前お会いしたグレモリー卿とリアス部長に似た顔立ちで亜麻色の髪をした女性が待っていた。容姿はリアス部長と殆ど変わらない年代であるが、その魔力から永きに渡って洗練された物が感じられる。フェニックス邸の滞在の際に、悪魔は成熟すると魔力で容姿年齢を自由に変えられるという事を教わっていた。だから、おそらくはグレモリー夫人だろう。そう思っていると、グレモリー卿が歓迎の挨拶と自己紹介を始めた。

 

「アザゼル総督、兵藤親善大使。ようこそ、我がグレモリー家へ。私がグレモリー家当主のジオティクス・グレモリーです。そして、こちらが私の妻です」

 

 グレモリー卿がそう言ってグレモリー夫人を紹介すると、夫人も自己紹介を始める。

 

「ヴェネラナ・グレモリーですわ。初めまして。アザゼル総督、兵藤親善大使」

 

 グレモリー夫妻からの自己紹介を受けたので、アザゼルさんは普段とは全く異なる言葉使いで自己紹介を始めた。

 

「これはご丁寧に。私は堕天使中枢組織神の子を見張る者(グリゴリ)総督のアザゼルです。以後、お見知りおきを」

 

 一方、僕はその場で跪いた上であえてリアス部長とソーナ会長の共有眷属としての挨拶を始める。

 

「奥様におかれましては、ご機嫌麗しく。お初にお目に掛かります。私はリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様にお仕えする兵士(ポーン)の兵藤一誠でございます。この度は主を差し置いて魔王陛下の代務者たる聖魔和合親善大使を拝命する事となりました事、深くお詫び致します」

 

 最後に主二人の頭越しに決定した人事について謝罪すると、奥様であるヴェネラナ様は眉を顰めながら話を始める。

 

「話は全てサーゼクスから聞きました。貴方はあらゆる意味で三大勢力の和平と協調の象徴であり、魔王たる自分以上に代わりが利かない存在であると。あくまでリアスとソーナの眷属であるという立場を変えずに二人を立ててくれるのは、この子の母親としてはとてもありがたいのですが、今は魔王様の代務者として振る舞う時です。「神の頭脳」と謳われる貴方がそれを解らない筈がないでしょうに」

 

 確かにその通りだ。しかし、僕にも譲れないものがある。だから、今はこのまま眷属としての言動を変えたりはしない。

 

「その代務者を任されるに至れたのは、ひとえに私が主と頂くお二方のご温情あっての事。それを忘れてしまえば、私は道義を弁えぬただの成り上がり者となってしまいます。故に、どうか此度だけはご容赦の程を」

 

 そう言って深く頭を下げると、グレモリー卿が自分の妻に声をかけた。

 

「ヴェネラナ、君の負けだ。こうなると、兵藤君は梃子でも動かないよ」

 

「あなた。……解りましたわ。今回だけは、リアスとソーナの眷属として接しましょう。それでいいですね?」

 

 明らかに根負けして受け入れた様な素振りで最後に念押しするヴェネラナ様に、僕は感謝の言葉を伝える。

 

「私の我儘を聞き入れて頂き、感謝致します」

 

 こうしてこの場においては眷属悪魔として振る舞える様になったところで、グレモリー卿から僕達への連絡事項が伝えられる。

 

「さて、実は先程サーゼクスから連絡がありましてね。魔王領での会合は時間を少し遅らせるので、アザゼル総督を始めとする会合の出席者の方々にはこちらで少し休まれてからお越し頂きたいとの事です。どうか短い間ですが、我が邸にてお寛ぎ下さい」

 

 ……どうやら、サーゼクス様から気を使われた様だった。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 ……これはまた随分と親しげに言葉を交わしているな。

 

「そうか。ご両親はお変わりないか」

 

「はい。グレモリー卿にお会いした時にはその様にお伝えする様に言われていました。……あぁ、そうでした。両親から預かったお土産があります。アウラ」

 

 グレモリー家の現当主から両親の様子を訊かれて、特に異常がない事を伝えたイッセーはアウラに声をかけると、アウラは綺麗に包装された箱をグレモリー卿の前に差し出した。

 

「ウン! ジオ様。はい、どうぞ」

 

「普段お口になられているものとは比べ物にならないとは思いますが……」

 

 イッセーはそう言って恐縮していたが、グレモリー卿はアウラからイッセーの両親からのお土産を快く受け取る。

 

「いや、有難く受け取ろう。そういうお心遣いが嬉しいのだからね」

 

「有難うございます。そう仰って頂けると、両親も喜びます」

 

 イッセーが感謝の言葉を伝えると、グレモリー卿はお返しについて考え始めた。

 

「いやいや。しかし、そうなるとこちらからも何かお返しをしないといけないのだが……」

 

 そこで、グレモリー夫人であるヴェネラナが夫を窘めようと言葉をかける。

 

「あなた、まさか城を贈るなどとは仰いませんわよね?」

 

「いくら何でも、そこまで考え無しではないさ。兵藤さんの家には、あの家だからこその温かさがある。それを私が壊してしまう訳にはいかないだろう」

 

 軽率な事はしない。そう宣言したグレモリー卿の様子を見て納得したヴェネラナは、イッセーにお返しを渡す時期を伝えた。

 

「それならいいのです。……兵藤さん。ご両親へのお返しについては、貴方達がリアスと共に駒王町へ戻る時までに用意しておきましょう」

 

「ヴェネラナ様、有難うございます」

 

 イッセーはヴェネラナに感謝の言葉を伝えるが、こうしたやり取りが先程から幾度となく繰り返されていた。

 

 会合の開始まで少し時間が出来た俺達はグレモリー卿が自ら案内する形でテラスに移動し、そこで紅茶を嗜んでいた。なお、リアスの眷属達は現在それぞれに割り振られた部屋に案内されて、そこに自分の荷物を置いている事だろう。そんな中、グレモリーの現当主夫婦と向い合せに俺とイッセーが座り、イッセーの隣にイリナとレイヴェル、そしてアウラが座った。こうして話を始めた訳だが、イッセーとグレモリー卿は一度プライベートで話をしたからなのか、身分の垣根を超えて談笑していた。アウラに至ってはグレモリー卿を愛称で呼ぶ程に親しんでいる。よくよく話を聞けば、どうもグレモリー卿はイッセーだけでなくイッセーの両親とも個人的に付き合いがあるらしいからな。話を聞かされているだろう奥さんもまたイッセーに親しみを持つのも無理はなかった。というか、イッセーとイッセーの親父さん、グレモリー卿とサーゼクス、更にはセラフォルーとソーナの父親であるシトリー卿とレイヴェルの父親のフェニックス卿、そしてプロテスタントの牧師兼エージェントの局長を務めるというイリナの父親がイッセーの家に集まり、可愛い子供を持つ父親同士で語らい合ったらしい。

 ……なんだ、そりゃ? 初めてこの話を聞いた時、俺は本気で首を傾げた。まぁ、諍い起こすよりは遥かにマシだがな。

 そうしてグレモリー夫婦とイッセー親子がある程度話をしたところで、話題はサーゼクスの息子に関するものへと変わっていった。

 

「ところで、後日サーゼクスの私邸でアウラちゃんと顔合わせをする事になっているミリキャスについてなんだが」

 

「ミリキャス様が何か?」

 

 イッセーが問い掛けると、グレモリー卿がイッセーではなくアウラに向かって頭を下げる。

 

「これは祖父としての頼みなんだが、アウラちゃんにはミリキャスとは対等な友人関係になってもらいたいのだ」

 

「へっ? あたし?」

 

 流石に自分に頼み事をされて、アウラはキョトンとしていた。一方、イッセーはグレモリー卿の様子から何かを察したらしく、ハッとした表情を浮かべた。

 

「……もしや」

 

 そんなイッセーの様子を見たグレモリー卿は頷く事でイッセーが察したであろう事を肯定した。

 

「あぁ。あの子は魔王であるサーゼクスと魔王の女王(クィーン)として最強を謳われるグレイフィアの才能を色濃く受け継いでいる。それ故に、ミリキャスにはまだ同世代の親しい友人がいない。……いや。それよりは「作れない」というべきかもしれないな」

 

 ……そういう事かよ。俺もイッセーに遅れて、どういう事かを理解した。

 

「……嫌な話ですね」

 

 そう言って、露骨に顔を顰めるイッセー。そうだな、それには俺も同意するぜ。魔王の嫡男に自分のガキをすり寄らせる事で、魔王の心証を良くして将来の安泰に繋げようとはな。如何にも強かな貴族らしい行動なんだが、それでも俺は気に食わねぇ。……そんなモン、アウラとそう変わらねぇ年頃のガキにやらせてんじゃねぇよ。

 

「私もそう思う。だからこそ、そういった柵のないアウラちゃんにお願いしたいのだ」

 

 そう言って再びアウラに頭を下げるグレモリー卿。それに対して、アウラの答えは俺もイッセーも予想外なものだった。

 

「ジオ様、ごめんなさい。あたし、そんなの嫌です」

 

 その返事に俺やイッセーはもちろん、イリナやレイヴェル、そしてグレモリー夫婦さえも唖然とする。だが、続くアウラの言葉に俺達は揃ってハッとなった。

 

「だって、そんなのは本当のお友達じゃないから」

 

 そして、アウラの口からは幼いながらも真理を突いた言葉が飛び出していく。

 

「何も知らないところから初めて会って、ご挨拶して、名前を教え合って、お話しして、一緒に遊んで。そうやってパパとママはお友達になっていったし、その後もお友達を作っていったんだよ。だから、あたしもそうしたいの。……ねぇいいでしょ、パパ?」

 

 ……全く。この小さな淑女(レディ)は本当によく見えてやがる。それこそ、俺達大人が忘れそうになる事さえもな。だから、イッセーはアウラの頭を撫でて褒めているし、グレモリー卿も急ぎ過ぎたと反省している。

 

「あぁ、そうだね。アウラの言う通りだよ。だから、アウラの思う通りにやってみたらいい。……グレモリー卿」

 

「そうだな。アウラちゃんの言っている事の方が正しいし、でき得るならぜひそうしてほしい。……全く。リアスとライザー殿の件といい、この件といい、私はどうも急ぎ過ぎるきらいがある様だな」

 

 この小さな淑女を、イッセー達と協力して大事に育ててやらねぇとな。俺はまた一つ、未来への宝物を見つけた様な気がした。……ただ、グレモリー夫人のアウラを見る視線の質が少しだけ変わったのが気になるんだが、まぁ無茶はしないだろう。

 

 そうして一時間程グレモリー卿と談笑したところで、魔王領に向かう時間となった。玄関ホールには、こっちに残る面々とグレモリー夫妻が俺達の見送りに来ていた。魔王領に向かうのは、俺とイッセー、イリナ、レイヴェルの四人。アウラについては、政治に関わる事になるので一先ずはやてが預かる事になった。

 

「さて、俺達はここから別行動だ。と言っても、早朝のトレーニングはイッセー所有の異相空間で行うから、そこで毎朝俺達とは会えるんだがな。それと異相空間に行く際は、常連組で転移許可を得ているリアスか木場と一緒に転移する様にしろよ。あぁ、今ならはやてとセタンタはもちろんロシウの爺さんにも頼めるか」

 

 俺が早朝トレーニングについて触れると、ロシウの爺さんが異相空間への転移を木場が担当する様に言い渡す。

 

「そういう事じゃな。まぁ魔力制御のいい練習になるから、基本的には祐斗に連れて行かせるかの。それに祐斗。お主はその対策を講じると共に和剣鍛造(ソード・フォージ)の新たな可能性の開拓の為にも、剣以外の搦め手を少しは覚えた方がよい。これはその為の基礎作りと思うておけ」

 

「解りました、ロシウ老師」

 

 ロシウの爺さんの指示を受けた木場は何の疑いも無く承知した。この辺りにロシウの爺さんの指導者としての非凡さが現れている。

 

「ソイツに必要なものを的確に見極めて、それを補う様に課題を与えるか。……主催者のイッセーを含めた早朝トレーニングの常連組が強くなる訳だぜ。本当に、神器関連以外じゃ俺の出る幕がねぇな」

 

 これは、紛れもなく俺の本音だ。早朝トレーニングに参加するようになって、俺は歴代最高位の赤龍帝達の実力を目の当たりにした。そして、俺は本気で頭を抱え込んでしまった。何だって、こんな神仏クラスを素で()っちまいそうな化物連中が名を知られていなかったんだ? まぁ、ロシウの爺さんや計都(けいと)については俺すら知らない様々な知識を豊富に持っていて、イッセーとはまた違った方向で話が合うからいいんだけどな。

 

「何。気にする必要はないぞ、総督殿。儂等とて、最初からこうではなかったわ。一誠を赤龍帝として教育する上で試行錯誤した経験が今ここで生きておるだけじゃよ」

 

 ロシウの爺さんはこう言ってくれるが、だからこそだ。だからこそ、イッセーという稀代の傑物を育て上げたロシウの爺さん達に、イッセーの後を追い駆けて横並びに歩んでいこうとするリアス達の修行を完全に任せてしまえる。そして、俺は俺のやるべき事に全力を注ぐ事ができる。

 

「だからこそだ。イッセーを育てた経験を還元してもらえるってのは、若いコイツ等にとっては正に宝だ。頼むぜ、ロシウの爺さん」

 

「ウム、承知した」

 

 そうしてリアス達の指導をロシウの爺さんを始めとする歴代の赤龍帝達に一任した俺は、イッセー達を連れて魔王領へと向かった。

 

Side end

 

 

 

Postscript

 

 一誠達が魔王領に出発した後、ヴェネラナは夫であるグレモリー卿に話しかけていた。

 

「あなた。アウラさんの事なのですが……」

 

「いい子だろう? 父親に似て聡明でありながら、母親に似て天真爛漫。もしサーゼクス達かリアスに娘が生まれたら、あの様な子に育ってほしいものだ」

 

 アウラに対してそう語るグレモリー卿の姿を見たヴェネラナは、これならと判断してある事を持ち掛ける。

 

「そうお思いなら、アウラさんには私達の孫にもなってもらいませんか?」

 

 己の妻が発した言葉の意味を察したグレモリー卿は流石に驚きを隠せなかった。

 

「……私自身、急ぎ過ぎるきらいがあるが、まさか君からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな」

 

「アウラさんの言動を見ていて思いました。その才能故に孤高になりかねないミリキャスに必要なのは、あらゆる垣根を飛び越えて行けるあの子なのだと」

 

 何処か遠くを見ている様に語るヴェネラナの言葉に、グレモリー卿は賛同する一方で急がない様に釘を刺す。つい最近、己が急ぎ過ぎた事で苦い経験をしたばかりなのだ、それも当然である。

 

「確かにそうだな。だが、今は何もしないでおこう。急ぎ過ぎて破滅しかけるという苦い経験をしたばかりなのだからな」

 

「そうですわね」

 

 そして、ヴェネラナも夫であるグレモリー卿の言葉を素直に受け入れた。

 

(そう。慌てる事はない。ミリキャスもアウラさんもまだ幼い上にお互いに顔を合わせてもいないのだ。だから、今はただ幼い子供達を見守るだけでいい)

 

 ヴェネラナは、ともすれば色々と手を回したくなる自分をそう言い聞かせる事で抑え込んでいた。

 

Postscript end

 




いかがだったでしょうか?

なお、グレモリー卿の名前については拙作オリジナルであり、由来は「ジオ」ン・ズム・ダイクン+マル「ティクス」・レクス(ピースクラフト王の本名)と、サーゼクスとミリキャスの名の由来となったキャラの父親です。

では、また次の話でお会いしましょう。

追記 2016.3.26
拙作オリジナルであったグレモリー卿の名前「ジオティクス」ですが、本日ようやく入手した二十一巻でグレモリー卿の名前がジオティクスである事を確認致しました。
よって、ジオティクスという名前は拙作のオリジナルとは言えなくなった事をご報告させて頂きます。

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