Side:アザゼル
……サハリエルの言った通り、俺達は本当に新しい伝説を作っちまったかもしれねぇな。
俺はヴリトラ系
「オイオイ。いくら封印していたのが同じドラゴンの魂の断片とはいえ、後付けしたばかりの神器をここまで使いこなせるモンなのか? しかも複数の能力による必殺コンボとか、訳が解らんぞ」
俺はまず黒い龍脈以外のヴリトラ系神器である
……だが、途中で俺は開いた口が塞がらなくなった。
「それじゃ、本番いきます」と匙が宣言すると、突然標的にラインを飛ばして接続した次の瞬間、呪いの黒炎が標的の
この時点で既に常識ってヤツを投げ捨てているんだが、『次は我の番だな』と黒炎を迸らせた黒い大蛇という仮の肉体を得たヴリトラが宣言すると、口から呪いの黒炎を吐き、全身からは敵を蝕む呪詛を放ち、更に影を媒体として転移してから標的を一瞬で締め壊すなど、独立具現型として見てもかなり上の方に来る能力を見せつけてきた。
ヴリトラのデモンストレーションが終わると、匙はここから更に今回の統合処置で獲得した能力を全て用いた
……あの無限の龍神をあと一歩まで追い詰めたイッセーを筆頭に超越者であるサーゼクス以外には見る事すらできなかったオーフィスの攻撃を捌いてみせた武藤、そして通常の神器を神殺しの領域に至らしめた木場と匙。コイツ等は確かに特殊な神器を宿しているかもしれないが、コイツ等の常識外れな強さの根幹にあるのは神器の持つ強烈な能力ではなく、コイツ等自身が持っているいわば裸の強さだ。だから元々は人間であるコイツ等が示してみせた大いなる可能性に、俺は畏怖と敬意を同時に抱いた。そして、昨日の「神器とは聖書の神が人間に遺した可能性の種である」というイッセーの発言に込められた本当の意味を悟った。聖書の神が播いた神器という可能性の種を人間が育て上げる事で亜種や
……なぁ、ミカエル。神に作り出されてから一万年を超えて生きてきて、それだけ色々と経験も重ねてきたってのに、俺達は一体何をやっているんだろうな?
やがて新生黒い龍脈の性能確認テストが終わると、匙は実体化したままのヴリトラを連れて戻ってきた。そしてまずはイッセーに話しかける。
「まぁ、こんなところだ。これで途中からついて行けなくなった前回よりは、オーフィス相手に戦える様になっていると思うぜ」
『暴走が収まってから相棒と色々と話をしたが、あのオーフィスと真っ向から戦って生き残ったと聞いた時には流石に驚いたぞ。しかもあと一歩まで追い詰められた事で次は間違いなく全力で来るという絶望的な状況というのに、相棒は恐怖と諦観に沈むどころか次こそは最後まで戦い抜くと闘志を更に滾らせているのだ。……どうやら我は復活早々に途方もない大当たりを引いた様だな。それでこそ
どうやら匙の目が覚めるまでの間、ヴリトラはイッセー達の想定している敵がオーフィスである事を匙から聞かされているらしい。それにも関わらず、匙の事を無謀とも愚かとも言わず、むしろ高く評価していた。この辺りの感性は、やはり龍王と謳われるドラゴンなんだろうな。
「フフフ……」
そうした匙とヴリトラの発言を聞いたヴァーリは、本当に嬉しそうに笑っている。
「ヴァーリ兄ちゃん、すごく嬉しそうだね」
そんなヴァーリの様子を見たクローズが話しかけると、ヴァーリは本当に嬉しそうに語り始めた。
「嬉しくもなるさ、クローズ。俺もアルビオンも認めた匙元士郎が、今や俺や一誠をも脅かし得る領域にまで駆け上がってきたからな。しかもヴリトラの意識を蘇らせた上に対等な相棒と認められた新たなる龍王、
黒龍王として著しく成長した匙とまだ見ぬ強者との戦いに想いを馳せるヴァーリは、本当に今が楽しくて仕方がないらしい。すると、イッセーがすぐ近くにいた事でグイベルが話に加わってきた。
『あらあら。アルの宿主さんは本当にヤンチャなのね。でも、男の子はそれくらい元気な方がいいわ』
『歴代白龍皇でも屈指の戦闘狂であろうヴァーリを指して、ヤンチャの一言で片付けてしまうとはな。その呆れてしまう程の度量の広さは相も変わらずか、姉者』
戦闘狂である事を隠そうともしないヴァーリを「ヤンチャ」で済ませてしまう度量の広さを見せたグイベルに対し、アルビオンは少々呆れた様子だった。……あのドライグがベタ惚れする様な女なんだ、それだけ度量が広いって事なんだろうな。龍王最強に比肩する姉と二天龍の片割れである弟という史上最強の双子龍のやり取りを聞いていて、そんな事を漠然と考えていた時だった。
「どうしたの、イッセーくん?」
イリナが、考え込んでいる素振りを見せるイッセーに声をかけたのは。イリナから声をかけられたイッセーは、それから少し考え込んだ後に答えを出した様で俺に話し始めた。
「アザゼル総督。申し訳ございませんが、本日の予定が全て終わった後に少しお時間を頂けませんか?」
「あぁ、それは構わねぇぜ。それでイッセー、俺に一体何をしてほしいんだ?」
俺は自分のスケジュールを頭の中で確認し、特に問題ないと判断して快諾した後、イッセーに何を求めているのかを尋ねる。すると、イッセーはとんでもねぇ事を言い出した。
「……ドラゴン系神器の新たな可能性。それについてご意見を頂きたいのです」
ドラゴン系神器の新たな可能性、だと……!
神器研究に関して今や俺と双璧を為すと言ってもけして過言じゃないイッセーの発言に、俺のテンションは一気に最高潮にまで達した。
「おっし! そういう事なら予定は全部キャンセルだ! さぁイッセー、今から早速……!」
俺は早速イッセーと意見交換をするべく動き出そうとしたが、その前にシェムハザが止めてきた。
「アザゼル、少し落ち着いて下さい。その前に色々とやるべき事があるでしょう。兵藤親善大使もそれを理解しているからこそ、予定が全て終わってからと言っているのですよ」
シェムハザの言葉で、浮かれていた俺の頭は完全に冷えた。シェムハザの言う通りだ。今は匙の新生黒い龍脈の性能確認テストの為に一時中断しているが、真羅の
「あぁ、解った。解ったよ、シェムハザ。お前の言う通り、まずはやるべき事をしっかりやらねぇとな。お楽しみはそれからだ」
俺はそう言って頭を切り替えると、一時中断していた調査や訓練の再開を指示する。
「まっ、そういう事だ。匙については少々危うい所もあったが、無事に大成功を収めたんだ。この調子でお前達についても成果を上げていかないとな。それじゃ、元の場所に戻って調査や訓練を再開してくれ」
そして、俺達はそれぞれの場所に戻っていった。
この日の全ての予定が終了した夜。俺が自室で過ごしていると、赤い
「おい、イッセー! 何でドラゴン系神器の新しい可能性についての意見交換に神器関連では門外漢の二人まで来てるんだよ!」
明らかに場違いな二人がいる事で俺は思わずイッセーを問い詰めてしまった。すると、イッセーは普段の言葉使いで説明を始める。
「それについては結果的にこのお二人にもお話する必要が。……いえ、むしろこのお二人にしか話す事ができない事情が関わっています。ですから、サーゼクスさんやミカエルさんに尋ねられた時にも、後で三人ご一緒に説明するという事で一先ず待って頂きました。なおアリスについては神器の中にいる関係上その事情を知っているので、立ち会ってもらう事にしました。そしてヴァーリ、お前については何らかの形でこの事情を知った時には思いっきり派手に動きそうだから、そうならない様に釘を刺す為だ」
「随分と酷い物の言い様だな、一誠」
「誰も抑えられる人がいない状況でこれを聞いたら、ヴァーリは間違いなく暴走するという確信があるからね」
ある意味でイッセーに全く信用されていない事にヴァーリは苦笑いを浮かべるが、俺は事情を教えるべき者を厳選してきたイッセーの意図を読み切れずに首を傾げてしまう。
……俺とサーゼクス、そしてミカエルにしか話せない事情、だと?
だが、それについては一端脇に除けて、俺は本来の目的について尋ねてみる事にした。
「それでこんな場所に俺達を集めて一体何をするつもりなんだ、イッセー?」
「アザゼルさんには僕が考えているドラゴン系神器の新たな可能性についての意見を頂きたいんですが、その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます。……アリス。もし異常事態になったら、その時は僕を抑え込んでくれ」
……こんな場所に連れて来て、更に全力のサーゼクスですら手に負えないアリスにこんな頼み事をしている時点で、イッセーが今からやろうとしている事が相当に危険な事である事が容易に察せられた。そこで、アリスが頼み事の理由についてイッセーに確認する。
「解ったわ。でもイッセー、それはあくまで念の為よね?」
「それはもちろん。そもそも異常が出ない様に予め調整してあるから問題はないと思うけど、一応念には念を入れておかないとね」
返事をしたイッセーには特に気負った様子もない事から、本当に念の為らしい。それを見て、俺は少し安堵した。アリスもイッセーの言い分に納得した事を悟ったイッセーは、俺達から少し離れた場所へと移動していく。イッセーは俺達から十分に距離を置いた所で
『Tune! ……Resonance Boost!!』
イッセーのオーラが爆発的に高まっていくが、そのオーラの色がいつもと違った。普段はドライグに由来する赤いオーラだが、今出ているのは青みがかった黒、いわば
「では、始めましょうか。グイベルさん」
『解ったわ』
イッセーの呼び掛けにグイベルが応えると、イッセーは明らかに聞き覚えのある呪文を詠唱し始めた。
「我、目覚めるは……」
……
イッセーが何をやろうとしているのか、それに気付いた俺は驚愕した。いや、俺だけじゃない。サーゼクスやミカエル、更にはアリスでさえも驚きを露わにしている。例外はイッセーの覇龍はどんなものかと明らかに期待しているヴァーリだ。
……覇龍は封印されているドラゴンの力を強引に引き出す事で一時的に神や魔王をも超える力を得る代わりに生命力を著しく消耗するドラゴン系神器の禁じ手だ。正直な話、イッセーが既に覇龍に至っていたとは思ってなかったが、そもそも素で俺やセラフォルー、ミカエルとも肩を並べ得る強さを持つ上に黎龍皇の籠手の初代所有者でグイベルとの関係も極めて良好なイッセーであれば、僅か一月足らずで覇龍に至っていても何らおかしくはなかった。何より、俺が知っている覇龍の呪文とは大きく異なる点が一つある。それが、俺の不安の大部分を取り除いていた。
『我はかつて終焉を迎えし龍の端くれ』
……今までは歴代の残留思念の怨嗟に満ちた声だけでドライグもアルビオンも参加していなかった覇龍の呪文詠唱に、グイベルが参加していたのだ。
「覇の理に踊りし赤と白に連なる黎い龍なり……」
『されど、邂逅の妙によって再び刻を紡ぎ始めた』
イッセーとグイベルがそれぞれ異なる呪文を唱えていくにつれて、イッセーから放たれる黎いオーラがその量を増していく。しかもその増幅したオーラが余りに膨大かつ濃密な為に、イッセーの体が宙に浮いてしまった。その様は、まるでイッセーが黎いオーラそのものに包まれている様だ。
「無限を抱き、夢幻を望む……」
『尽きざる愛をこの胸に、望みし明日をこの手の内に』
しかし、イッセーから放たれる膨大かつ濃密なオーラからは以前の赤龍帝が使った時の様な禍々しさは全く感じられず、むしろ神々しさすら感じられた。
「我、赤き龍帝に寄り添う黎き龍の后と成りて……」
『故に、汝が我が至福の刻を穢さんとするならば』
やがて、イッセーから放たれる黎いオーラは凝縮されていき、一つの形を形成していく。
「『汝を
そしてイッセーとグイベルの呪文が重なると同時に、イッセーの覇龍が完成した。
『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!!!』
……かつて、ウェールズの地にあって地震と災厄を齎す邪龍として
「イッセー君を包み込んでいる膨大かつ濃密な黎いオーラが、翼を持つ蛇の様な形で固定された……! これがグイベルの、そしてイッセー君の覇龍なのか!」
……しかし、その真実は
「俺を含め、今までの赤龍帝や白龍皇の覇龍は身に纏った鎧が生前の二天龍の姿を模倣する形で発動していた。だが一誠の場合、膨大なオーラが凝縮して鎧となる事なく一定の範囲で展開する形になる訳か」
……そして、肉体が死して魂も崩壊寸前だった所を一人の少年によって救われたそのドラゴンは、無限の龍神を撃退する上で多大な功績を上げた事でその汚名と誤解を解き、更に最愛の夫と双子の弟との再会を果たした。
「それにオーフィスと戦った時、イッセーが
……それは、ただそこにいるだけでこの場にいる全ての者に絶大な安心感を齎す存在だった。こんな慈愛に満ちた存在を邪龍と貶めた一部のケルト人は、一体何を見ていたのかと問い質したくなってくる。
「ですが、兵藤君から発せられる膨大かつ濃密なオーラで模られたあの翼を持った蛇は一体誰なのでしょうか?」
……赤き龍の帝王が心から愛し、白き龍の皇帝が心から慕う。それ程までに強く、気高く、そして美しい、正に黎い龍の后と呼ぶべき麗しきドラゴン。
『おぉ、おぉぉ……! 間違いない! 一誠のオーラが形作っているあの姿は、私の記憶の中にある在りし日の姉者そのものだ!』
……それが、
イッセーは覇龍が完成すると、自分の様子を確認してからすぐに解除した。解除してすぐに息を深く吐き出した事から、やはり体力の消耗が激しい様だ。
「フゥ……」
だが、続くグイベルの言葉で俺が抱いていた最大の懸念材料が一気に払拭された。
『どうやら、生命力が著しく削られるという事はなかったみたいね』
ここで、何故覇龍の最大のデメリットがなくなっていたのかをイッセーが解説する。
「ある意味、当然の結果でしょうね。何せ赤龍帝や白龍皇が覇龍を発動させると、歴代所有者の怨念が膨大な力を使う様に促す傾向があるので、それに応じる形で生命力を必要以上に消耗してしまいます。ですが、黎龍后の籠手は僕が初代の所有者。歴代所有者の怨念なんてある訳がありませんし、覇龍を発動する為の手順や条件を最初に発動させる僕がある程度決める事ができます。そうして、同調する対象をあくまでグイベルさんだけに絞ってしまえば……」
『外的要因による余計な干渉を抑えられるし、共鳴効果でお互いの力を増幅させる事もできるから、覇龍の発動に伴う負担を大きく軽減できるという訳ね』
……って事は、怨念が払われた事で歴代赤龍帝が全員自我を取り戻している今なら、ドライグの覇龍を使っても生命力が削られたりしないって事なのか?
イッセーとグイベルの解説を聞いて、俺が真っ先に思い当たったのがこれだった。流石はチーム非常識の代表取締役、やる事為す事が他のチーム非常識の面々と比べても一味違っていた。だが、話はここで終わらなかった。
「それでグイベルさん。こうして実際に覇龍を使ってみましたが、どうですか?」
『一誠の消耗が体力だけだったから、上々といったところね。それに一度実際に見せてもらったお陰でだいたいコツは掴めたわ、一誠。これなら例のアレも問題なく行けるわよ』
……おい、ちょっと待て。その台詞、まるでグイベルに見せる為に今初めて覇龍を使った様な言い草だな。まさか、ぶっつけ本番であれだけの完成度を叩き出したのか、コイツ等は。
俺はコイツ等の余りの非常識ぶりに呆れ返ってしまった。それだけに、コイツ等から飛び出してきた言葉を聞いた時、俺は絶句するしかなかった。
「それなら、ここからが本番ですね」
『えぇ。では、いきましょうか。ドラゴン系神器の新たなステージへ。……まだ新規参戦したばかりの私が言うのもちょっとおかしいとは思うのだけれども』
……あぁ、確かに言っていたな。「その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます」ってな。それだけ大口叩いたんだ、これで今から見せるモンが新型覇龍よりショボかったら腹の底から嗤ってやる。
俺はそう固く決意していた。
「オイオイオイ……。あんなの、マジでありなのか?」
……尤も、そんな決意は今イッセー達がやってみせた事を前に脆くも崩れ去ったがな。
「……まぁ、試行段階としては上々といったところですか。僕の方はさっきの覇龍と比べてもそう変わらないくらいの消耗で済みました。グイベルさんは?」
『私もそんなに負担を感じなかったわ。これならドライグも満足してくれる筈よ』
呑気に今やった事による消耗について語り合っているイッセーとグイベルだが、この場に立ち会った奴は全員揃って絶句している。だが、気持ちはよく解る。俺だってこんな真似されたら、もうなんて言えばいいのか全く解らねぇよ。ただ言える事は、とんでもねぇ奴がとんでもねぇ神器をとんでもねぇ方向へと進化させたって事だけだ。
『でも、まさか本当に実現可能だとは思わなかったわ』
「元々構想自体は結構前からあったのでコツコツと基礎理論の構築と検証を重ねた結果、グイベルさんが目覚める前にはある程度形になっていたんです。ただこれを使うには禁手に至る事が絶対条件になっていて、オーフィスとの戦いの時にはまだ禁手に至っていなかったから、使いたくても使えなかったんですよ。でも、その時の戦いの代償でドライグが長い眠りに就いてしまって、その代わりをグイベルさんが務めるようになった事で黎龍后の籠手としてですが禁手に至る事ができました。そのお陰で覇龍やこれを使えるようになったんです。人生万事塞翁が馬なんて言葉がありますけど、今回の件は正にそれですね」
『それで、少し前にあの話が出てきた訳ね』
実はかなり前からコイツの構想があったという暴露話がイッセーの口から飛び出した後、イッセーが俺に向かって話しかけてきた。
「アザゼルさん、今見せた事を踏まえてお答え下さい。……本来の
……どういう事だ?
俺はイッセーの問い掛けの意味を捉え切れずに首を傾げていると、イッセーは何故そんな事を考えたのか、その事情を俺達に説明し始めた……。
Side end
いかがだったでしょうか?
一誠とグイベルが切り拓いた新たな可能性については後のお楽しみという事で。
では、また次の話でお会いしましょう。