未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.12 修正


第九話 開拓

Side:アザゼル

 

 ……サハリエルの言った通り、俺達は本当に新しい伝説を作っちまったかもしれねぇな。

 

 俺はヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合とヴリトラの意識の復活によって新生した黒い龍脈(アブソープション・ライン)の性能を確認する為のテストを匙にさせた。その結果、匙は既に俺の想像の斜め上を飛んでいた事が解った。

 

「オイオイ。いくら封印していたのが同じドラゴンの魂の断片とはいえ、後付けしたばかりの神器をここまで使いこなせるモンなのか? しかも複数の能力による必殺コンボとか、訳が解らんぞ」

 

 俺はまず黒い龍脈以外のヴリトラ系神器である邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)漆黒の領域(デリート・フィールド)龍の牢獄(シャドウ・プリズン)の能力を匙に使わせた。精神世界における暴走状態のヴリトラとの戦いで応用すらこなしていた匙なので、特に問題なく扱えると判断しての事だった。実際、最初の方は基本的な使い方に始まり、精神世界で見せた応用法まで使いこなしてみせた事で記録映像としては上々の物が撮れていた。

 

 ……だが、途中で俺は開いた口が塞がらなくなった。

 

 「それじゃ、本番いきます」と匙が宣言すると、突然標的にラインを飛ばして接続した次の瞬間、呪いの黒炎が標的の()()から噴き出してきた。……かと思ったら、次の瞬間には黒炎が呪いごと消え去ってしまった。何をやったのかを匙に確認すると、黒い龍脈の「ラインを通じて力や物の流れを制御する」能力を利用して呪いの黒炎や力を削り取る空間を対象に直接送り込めないかを試してみたとの事だった。その結果、ラインによって呪いの黒炎を直接内側に流し込まれた標的は内側から燃え出す事となり、次に力を削り取る空間を流し込まれた事で内側を焼く黒炎と呪いを構成する力が削られて消火されたという事だろう。

 この時点で既に常識ってヤツを投げ捨てているんだが、『次は我の番だな』と黒炎を迸らせた黒い大蛇という仮の肉体を得たヴリトラが宣言すると、口から呪いの黒炎を吐き、全身からは敵を蝕む呪詛を放ち、更に影を媒体として転移してから標的を一瞬で締め壊すなど、独立具現型として見てもかなり上の方に来る能力を見せつけてきた。

 ヴリトラのデモンストレーションが終わると、匙はここから更に今回の統合処置で獲得した能力を全て用いた邪龍の煉獄領域(ブレイズ・デリート・プリズン)というコンボ技を使ってみせた。黒炎の壁で標的の四方を取り囲んだ後でその内側に力を削り取る空間を形成して標的に施された様々な防御を無効化、更にヴリトラが逃げ場をなくした標的の影から頭を出して呪いの黒炎を吐き出して徹底的に焼き尽くすという()る気満々なコンボ技を目の当たりにして、俺はもうすぐ新しい神滅具(ロンギヌス)に認定される木場の和剣鍛造(ソード・フォージ)と同様、新生黒い龍脈もまた神滅具として認定されても何らおかしくない事に気付いた。何せ「ヴリトラに由来する四種の能力」って時点で既に厄介だというのに、この上「ヴリトラ本人の独立具現化」なんて洒落にならねぇ能力まで発現している。ヴリトラの独立具現化については流石に全盛期の強さとまではいかないが、それでも龍王ヴリトラが二頭がかりで襲ってくる様なものだ。正に悪夢としか言い様がない。これを踏まえると、「組み合わせてはいけない強力な能力同士が組み合わさっている」という神滅具の条件を満たしていると言ってもけして過言じゃねぇだろう。

 ……あの無限の龍神をあと一歩まで追い詰めたイッセーを筆頭に超越者であるサーゼクス以外には見る事すらできなかったオーフィスの攻撃を捌いてみせた武藤、そして通常の神器を神殺しの領域に至らしめた木場と匙。コイツ等は確かに特殊な神器を宿しているかもしれないが、コイツ等の常識外れな強さの根幹にあるのは神器の持つ強烈な能力ではなく、コイツ等自身が持っているいわば裸の強さだ。だから元々は人間であるコイツ等が示してみせた大いなる可能性に、俺は畏怖と敬意を同時に抱いた。そして、昨日の「神器とは聖書の神が人間に遺した可能性の種である」というイッセーの発言に込められた本当の意味を悟った。聖書の神が播いた神器という可能性の種を人間が育て上げる事で亜種や禁手(バランス・ブレイカー)へと至らしめ、更には神滅具へと昇華させる。その為に聖書の神は信仰に関係なく神器をばら撒いたのだと。そんな真似を無断でされたら、他の神話体系が俺達三大勢力を忌み嫌うのも道理ってヤツだ。そして聖魔和合親善大使として神や俺達の仕出かした事の尻拭いをするのは、本当ならそんな事をやる義理も義務もない筈のイッセーだってんだから、何とも情けねぇ話だった。

 

 ……なぁ、ミカエル。神に作り出されてから一万年を超えて生きてきて、それだけ色々と経験も重ねてきたってのに、俺達は一体何をやっているんだろうな?

 

 やがて新生黒い龍脈の性能確認テストが終わると、匙は実体化したままのヴリトラを連れて戻ってきた。そしてまずはイッセーに話しかける。

 

「まぁ、こんなところだ。これで途中からついて行けなくなった前回よりは、オーフィス相手に戦える様になっていると思うぜ」

 

『暴走が収まってから相棒と色々と話をしたが、あのオーフィスと真っ向から戦って生き残ったと聞いた時には流石に驚いたぞ。しかもあと一歩まで追い詰められた事で次は間違いなく全力で来るという絶望的な状況というのに、相棒は恐怖と諦観に沈むどころか次こそは最後まで戦い抜くと闘志を更に滾らせているのだ。……どうやら我は復活早々に途方もない大当たりを引いた様だな。それでこそ現世(うつしよ)に還ってきた甲斐があったというものだよ』

 

 どうやら匙の目が覚めるまでの間、ヴリトラはイッセー達の想定している敵がオーフィスである事を匙から聞かされているらしい。それにも関わらず、匙の事を無謀とも愚かとも言わず、むしろ高く評価していた。この辺りの感性は、やはり龍王と謳われるドラゴンなんだろうな。

 

「フフフ……」

 

 そうした匙とヴリトラの発言を聞いたヴァーリは、本当に嬉しそうに笑っている。

 

「ヴァーリ兄ちゃん、すごく嬉しそうだね」

 

 そんなヴァーリの様子を見たクローズが話しかけると、ヴァーリは本当に嬉しそうに語り始めた。

 

「嬉しくもなるさ、クローズ。俺もアルビオンも認めた匙元士郎が、今や俺や一誠をも脅かし得る領域にまで駆け上がってきたからな。しかもヴリトラの意識を蘇らせた上に対等な相棒と認められた新たなる龍王、黒龍王(プリズン・キング)となってな。匙元士郎にオーフィスの元に集ったという龍王クラスのドラゴン、更には俺と同じく魔王の血を引く二天龍であるお前やオーフィスの「蛇」で復活を遂げた歴代の赤龍帝達までこの時代には揃っている。以前アルビオンが言ったドラゴンの祭典がいよいよ現実味を帯びてきたな。やはり禍の団(カオス・ブリゲード)の勧誘を蹴って正解だったよ。向こうに行っていたら、これ程までに生きているのが楽しいなんて思えなかっただろうな」

 

 黒龍王として著しく成長した匙とまだ見ぬ強者との戦いに想いを馳せるヴァーリは、本当に今が楽しくて仕方がないらしい。すると、イッセーがすぐ近くにいた事でグイベルが話に加わってきた。

 

『あらあら。アルの宿主さんは本当にヤンチャなのね。でも、男の子はそれくらい元気な方がいいわ』

 

『歴代白龍皇でも屈指の戦闘狂であろうヴァーリを指して、ヤンチャの一言で片付けてしまうとはな。その呆れてしまう程の度量の広さは相も変わらずか、姉者』

 

 戦闘狂である事を隠そうともしないヴァーリを「ヤンチャ」で済ませてしまう度量の広さを見せたグイベルに対し、アルビオンは少々呆れた様子だった。……あのドライグがベタ惚れする様な女なんだ、それだけ度量が広いって事なんだろうな。龍王最強に比肩する姉と二天龍の片割れである弟という史上最強の双子龍のやり取りを聞いていて、そんな事を漠然と考えていた時だった。

 

「どうしたの、イッセーくん?」

 

 イリナが、考え込んでいる素振りを見せるイッセーに声をかけたのは。イリナから声をかけられたイッセーは、それから少し考え込んだ後に答えを出した様で俺に話し始めた。

 

「アザゼル総督。申し訳ございませんが、本日の予定が全て終わった後に少しお時間を頂けませんか?」

 

「あぁ、それは構わねぇぜ。それでイッセー、俺に一体何をしてほしいんだ?」

 

 俺は自分のスケジュールを頭の中で確認し、特に問題ないと判断して快諾した後、イッセーに何を求めているのかを尋ねる。すると、イッセーはとんでもねぇ事を言い出した。

 

「……ドラゴン系神器の新たな可能性。それについてご意見を頂きたいのです」

 

 ドラゴン系神器の新たな可能性、だと……!

 

 神器研究に関して今や俺と双璧を為すと言ってもけして過言じゃないイッセーの発言に、俺のテンションは一気に最高潮にまで達した。

 

「おっし! そういう事なら予定は全部キャンセルだ! さぁイッセー、今から早速……!」

 

 俺は早速イッセーと意見交換をするべく動き出そうとしたが、その前にシェムハザが止めてきた。

 

「アザゼル、少し落ち着いて下さい。その前に色々とやるべき事があるでしょう。兵藤親善大使もそれを理解しているからこそ、予定が全て終わってからと言っているのですよ」

 

 シェムハザの言葉で、浮かれていた俺の頭は完全に冷えた。シェムハザの言う通りだ。今は匙の新生黒い龍脈の性能確認テストの為に一時中断しているが、真羅の追憶の鏡(ミラー・アリス)の新解釈に伴う実証試験やイッセーから草下に与えられた結界鋲(メガ・シールド)の強化計画など重要な仕事はまだまだ残っている。特にイッセーからシェムハザに提案された木場の和剣鍛造、正確には和剣鍛造の本体である魔鞘と競覇の双極剣(ツインズ・オブ・コントラディクション)を絡めた新しい可能性については、結果次第で木場の潜在能力が飛躍的に高まる事から、ヴリトラ系神器の統合が成功裏に終わった今では最優先事項へと繰り上がっている。また、長期に渡る計画である事から現時点での優先順位こそ木場の和剣鍛造に一歩譲るが、ギャスパーの停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)については魔神バロールの意識の断片が宿った事でどこまで変化したのかを詳しく調査する必要がある。……確かに、趣味に走っていられる状況じゃなかったな。

 

「あぁ、解った。解ったよ、シェムハザ。お前の言う通り、まずはやるべき事をしっかりやらねぇとな。お楽しみはそれからだ」

 

 俺はそう言って頭を切り替えると、一時中断していた調査や訓練の再開を指示する。

 

「まっ、そういう事だ。匙については少々危うい所もあったが、無事に大成功を収めたんだ。この調子でお前達についても成果を上げていかないとな。それじゃ、元の場所に戻って調査や訓練を再開してくれ」

 

 そして、俺達はそれぞれの場所に戻っていった。

 

 

 

 この日の全ての予定が終了した夜。俺が自室で過ごしていると、赤い龍門(ドラゴン・ゲート)が展開された。俺の部屋には以前サーゼクス経由でイッセーから渡された龍血晶がある事を思い出した俺は、早速龍血晶を手にとって龍門を潜った。龍門を潜った先は、早朝トレーニングで利用しているイッセー所有の模擬戦用異相空間の中にある荒野地帯だった。そこでは呼び出した張本人であるイッセーとヴァーリ、そして普段はイッセーの神器の中にいるという初代赤龍帝のアリスがいた。ヴァーリはドラゴン系神器の保有者、アリスは歴代でも明らかに別格という事でどちらもここにいる事についてはまだ理解できるが、驚いたのはここにサーゼクスとミカエルもいた事だった。

 

「おい、イッセー! 何でドラゴン系神器の新しい可能性についての意見交換に神器関連では門外漢の二人まで来てるんだよ!」

 

 明らかに場違いな二人がいる事で俺は思わずイッセーを問い詰めてしまった。すると、イッセーは普段の言葉使いで説明を始める。

 

「それについては結果的にこのお二人にもお話する必要が。……いえ、むしろこのお二人にしか話す事ができない事情が関わっています。ですから、サーゼクスさんやミカエルさんに尋ねられた時にも、後で三人ご一緒に説明するという事で一先ず待って頂きました。なおアリスについては神器の中にいる関係上その事情を知っているので、立ち会ってもらう事にしました。そしてヴァーリ、お前については何らかの形でこの事情を知った時には思いっきり派手に動きそうだから、そうならない様に釘を刺す為だ」

 

「随分と酷い物の言い様だな、一誠」

 

「誰も抑えられる人がいない状況でこれを聞いたら、ヴァーリは間違いなく暴走するという確信があるからね」

 

 ある意味でイッセーに全く信用されていない事にヴァーリは苦笑いを浮かべるが、俺は事情を教えるべき者を厳選してきたイッセーの意図を読み切れずに首を傾げてしまう。

 

 ……俺とサーゼクス、そしてミカエルにしか話せない事情、だと?

 

 だが、それについては一端脇に除けて、俺は本来の目的について尋ねてみる事にした。

 

「それでこんな場所に俺達を集めて一体何をするつもりなんだ、イッセー?」

 

「アザゼルさんには僕が考えているドラゴン系神器の新たな可能性についての意見を頂きたいんですが、その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます。……アリス。もし異常事態になったら、その時は僕を抑え込んでくれ」

 

 ……こんな場所に連れて来て、更に全力のサーゼクスですら手に負えないアリスにこんな頼み事をしている時点で、イッセーが今からやろうとしている事が相当に危険な事である事が容易に察せられた。そこで、アリスが頼み事の理由についてイッセーに確認する。

 

「解ったわ。でもイッセー、それはあくまで念の為よね?」

 

「それはもちろん。そもそも異常が出ない様に予め調整してあるから問題はないと思うけど、一応念には念を入れておかないとね」

 

 返事をしたイッセーには特に気負った様子もない事から、本当に念の為らしい。それを見て、俺は少し安堵した。アリスもイッセーの言い分に納得した事を悟ったイッセーは、俺達から少し離れた場所へと移動していく。イッセーは俺達から十分に距離を置いた所で黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を発現させると、左の掌に右拳を当てる事で共鳴強化を発動させる。

 

『Tune! ……Resonance Boost!!』

 

 イッセーのオーラが爆発的に高まっていくが、そのオーラの色がいつもと違った。普段はドライグに由来する赤いオーラだが、今出ているのは青みがかった黒、いわば(くろ)いオーラだ。このオーラの色になるのは、主に黎龍后の籠手の禁手(バランス・ブレイカー)を発動させる時だ。つまり、今からやる事はグイベルが深く関わっているという事になる。

 

「では、始めましょうか。グイベルさん」

 

『解ったわ』

 

 イッセーの呼び掛けにグイベルが応えると、イッセーは明らかに聞き覚えのある呪文を詠唱し始めた。

 

「我、目覚めるは……」

 

 ……覇龍(ジャガーノート・ドライブ)だと!

 

 イッセーが何をやろうとしているのか、それに気付いた俺は驚愕した。いや、俺だけじゃない。サーゼクスやミカエル、更にはアリスでさえも驚きを露わにしている。例外はイッセーの覇龍はどんなものかと明らかに期待しているヴァーリだ。

 ……覇龍は封印されているドラゴンの力を強引に引き出す事で一時的に神や魔王をも超える力を得る代わりに生命力を著しく消耗するドラゴン系神器の禁じ手だ。正直な話、イッセーが既に覇龍に至っていたとは思ってなかったが、そもそも素で俺やセラフォルー、ミカエルとも肩を並べ得る強さを持つ上に黎龍皇の籠手の初代所有者でグイベルとの関係も極めて良好なイッセーであれば、僅か一月足らずで覇龍に至っていても何らおかしくはなかった。何より、俺が知っている覇龍の呪文とは大きく異なる点が一つある。それが、俺の不安の大部分を取り除いていた。

 

『我はかつて終焉を迎えし龍の端くれ』

 

 ……今までは歴代の残留思念の怨嗟に満ちた声だけでドライグもアルビオンも参加していなかった覇龍の呪文詠唱に、グイベルが参加していたのだ。

 

「覇の理に踊りし赤と白に連なる黎い龍なり……」

 

『されど、邂逅の妙によって再び刻を紡ぎ始めた』

 

 イッセーとグイベルがそれぞれ異なる呪文を唱えていくにつれて、イッセーから放たれる黎いオーラがその量を増していく。しかもその増幅したオーラが余りに膨大かつ濃密な為に、イッセーの体が宙に浮いてしまった。その様は、まるでイッセーが黎いオーラそのものに包まれている様だ。

 

「無限を抱き、夢幻を望む……」

 

『尽きざる愛をこの胸に、望みし明日をこの手の内に』

 

 しかし、イッセーから放たれる膨大かつ濃密なオーラからは以前の赤龍帝が使った時の様な禍々しさは全く感じられず、むしろ神々しさすら感じられた。

 

「我、赤き龍帝に寄り添う黎き龍の后と成りて……」

 

『故に、汝が我が至福の刻を穢さんとするならば』

 

 やがて、イッセーから放たれる黎いオーラは凝縮されていき、一つの形を形成していく。

 

「『汝を泥黎(ないり)の深淵へと誘おう……ッ!』」

 

 そしてイッセーとグイベルの呪文が重なると同時に、イッセーの覇龍が完成した。

 

『Juggernaut Drive!!!!!!!!!!!!』

 

 ……かつて、ウェールズの地にあって地震と災厄を齎す邪龍として赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)に討ち果たされたとされる一頭のドラゴンがいた。

 

「イッセー君を包み込んでいる膨大かつ濃密な黎いオーラが、翼を持つ蛇の様な形で固定された……! これがグイベルの、そしてイッセー君の覇龍なのか!」

 

 ……しかし、その真実は白い龍(バニシング・ドラゴン)たるアルビオンの姉にして赤い龍たるドライグの愛妻、そしてそれ故に夫との約束の為に異形の存在からウェールズの地を守り抜いた偉大なドラゴンだった。

 

「俺を含め、今までの赤龍帝や白龍皇の覇龍は身に纏った鎧が生前の二天龍の姿を模倣する形で発動していた。だが一誠の場合、膨大なオーラが凝縮して鎧となる事なく一定の範囲で展開する形になる訳か」

 

 ……そして、肉体が死して魂も崩壊寸前だった所を一人の少年によって救われたそのドラゴンは、無限の龍神を撃退する上で多大な功績を上げた事でその汚名と誤解を解き、更に最愛の夫と双子の弟との再会を果たした。

 

「それにオーフィスと戦った時、イッセーが極大倍加(マキシマム・ブースト)で増幅された膨大なオーラを展開する事で小さな世界を作ってみせたから、神器が一定範囲へのオーラの展開という新しい方向性を見出したのね。……それにしてもイッセーったら、この分じゃかなり前から覇龍を改良する事を考えていたわね。まったく、一言でいいからわたしに相談してくれてもいいじゃない」

 

 ……それは、ただそこにいるだけでこの場にいる全ての者に絶大な安心感を齎す存在だった。こんな慈愛に満ちた存在を邪龍と貶めた一部のケルト人は、一体何を見ていたのかと問い質したくなってくる。

 

「ですが、兵藤君から発せられる膨大かつ濃密なオーラで模られたあの翼を持った蛇は一体誰なのでしょうか?」

 

 ……赤き龍の帝王が心から愛し、白き龍の皇帝が心から慕う。それ程までに強く、気高く、そして美しい、正に黎い龍の后と呼ぶべき麗しきドラゴン。

 

『おぉ、おぉぉ……! 間違いない! 一誠のオーラが形作っているあの姿は、私の記憶の中にある在りし日の姉者そのものだ!』

 

 ……それが、黎い邪龍(ウェルシュ・ヴィラン・ドラゴン)の汚名より解き放たれた黎い麗龍(ウェルシュ・グレイス・ドラゴン)、グイベル。イッセーのオーラが模っているのは、その真の姿だった。

 

 イッセーは覇龍が完成すると、自分の様子を確認してからすぐに解除した。解除してすぐに息を深く吐き出した事から、やはり体力の消耗が激しい様だ。

 

「フゥ……」

 

 だが、続くグイベルの言葉で俺が抱いていた最大の懸念材料が一気に払拭された。

 

『どうやら、生命力が著しく削られるという事はなかったみたいね』

 

 ここで、何故覇龍の最大のデメリットがなくなっていたのかをイッセーが解説する。

 

「ある意味、当然の結果でしょうね。何せ赤龍帝や白龍皇が覇龍を発動させると、歴代所有者の怨念が膨大な力を使う様に促す傾向があるので、それに応じる形で生命力を必要以上に消耗してしまいます。ですが、黎龍后の籠手は僕が初代の所有者。歴代所有者の怨念なんてある訳がありませんし、覇龍を発動する為の手順や条件を最初に発動させる僕がある程度決める事ができます。そうして、同調する対象をあくまでグイベルさんだけに絞ってしまえば……」

 

『外的要因による余計な干渉を抑えられるし、共鳴効果でお互いの力を増幅させる事もできるから、覇龍の発動に伴う負担を大きく軽減できるという訳ね』

 

 ……って事は、怨念が払われた事で歴代赤龍帝が全員自我を取り戻している今なら、ドライグの覇龍を使っても生命力が削られたりしないって事なのか?

 

 イッセーとグイベルの解説を聞いて、俺が真っ先に思い当たったのがこれだった。流石はチーム非常識の代表取締役、やる事為す事が他のチーム非常識の面々と比べても一味違っていた。だが、話はここで終わらなかった。

 

「それでグイベルさん。こうして実際に覇龍を使ってみましたが、どうですか?」

 

『一誠の消耗が体力だけだったから、上々といったところね。それに一度実際に見せてもらったお陰でだいたいコツは掴めたわ、一誠。これなら例のアレも問題なく行けるわよ』

 

 ……おい、ちょっと待て。その台詞、まるでグイベルに見せる為に今初めて覇龍を使った様な言い草だな。まさか、ぶっつけ本番であれだけの完成度を叩き出したのか、コイツ等は。

 

 俺はコイツ等の余りの非常識ぶりに呆れ返ってしまった。それだけに、コイツ等から飛び出してきた言葉を聞いた時、俺は絶句するしかなかった。

 

「それなら、ここからが本番ですね」

 

『えぇ。では、いきましょうか。ドラゴン系神器の新たなステージへ。……まだ新規参戦したばかりの私が言うのもちょっとおかしいとは思うのだけれども』

 

 ……あぁ、確かに言っていたな。「その前にまずは色々と手を加えた奥の手から見て頂きます」ってな。それだけ大口叩いたんだ、これで今から見せるモンが新型覇龍よりショボかったら腹の底から嗤ってやる。

 

 俺はそう固く決意していた。

 

 

 

「オイオイオイ……。あんなの、マジでありなのか?」

 

 ……尤も、そんな決意は今イッセー達がやってみせた事を前に脆くも崩れ去ったがな。

 

「……まぁ、試行段階としては上々といったところですか。僕の方はさっきの覇龍と比べてもそう変わらないくらいの消耗で済みました。グイベルさんは?」

 

『私もそんなに負担を感じなかったわ。これならドライグも満足してくれる筈よ』

 

 呑気に今やった事による消耗について語り合っているイッセーとグイベルだが、この場に立ち会った奴は全員揃って絶句している。だが、気持ちはよく解る。俺だってこんな真似されたら、もうなんて言えばいいのか全く解らねぇよ。ただ言える事は、とんでもねぇ奴がとんでもねぇ神器をとんでもねぇ方向へと進化させたって事だけだ。

 

『でも、まさか本当に実現可能だとは思わなかったわ』

 

「元々構想自体は結構前からあったのでコツコツと基礎理論の構築と検証を重ねた結果、グイベルさんが目覚める前にはある程度形になっていたんです。ただこれを使うには禁手に至る事が絶対条件になっていて、オーフィスとの戦いの時にはまだ禁手に至っていなかったから、使いたくても使えなかったんですよ。でも、その時の戦いの代償でドライグが長い眠りに就いてしまって、その代わりをグイベルさんが務めるようになった事で黎龍后の籠手としてですが禁手に至る事ができました。そのお陰で覇龍やこれを使えるようになったんです。人生万事塞翁が馬なんて言葉がありますけど、今回の件は正にそれですね」

 

『それで、少し前にあの話が出てきた訳ね』

 

 実はかなり前からコイツの構想があったという暴露話がイッセーの口から飛び出した後、イッセーが俺に向かって話しかけてきた。

 

「アザゼルさん、今見せた事を踏まえてお答え下さい。……本来の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器から黎龍后の籠手に移った事で、封印による拘束から解き放たれている今のドライグの魂をどうにかして別の器に移す事は可能でしょうか? できれば新生黒い龍脈の性能確認テストで元士郎とヴリトラが見せた様に仮の肉体を持って独立具現化する形が望ましいのですが」

 

 ……どういう事だ?

 

 俺はイッセーの問い掛けの意味を捉え切れずに首を傾げていると、イッセーは何故そんな事を考えたのか、その事情を俺達に説明し始めた……。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一誠とグイベルが切り拓いた新たな可能性については後のお楽しみという事で。

では、また次の話でお会いしましょう。

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