Side:紫藤イリナ
匙君が五大龍王の一頭である「
「ハッ! どうした、サル! テメェから散々殴られまくった俺から一発貰っただけで、ドラゴンでもねぇのにもうフラフラじゃねぇか! テメェの体は剣も斧も歯が立たないくらいに頑丈じゃなかったのかよ! そんなんじゃ、孫悟空の名が泣くぜ!」
「それは太上老君の金丹を全部頬張った初代だけだ! あんなクソジジィと俺っちを一緒にするんじゃねぇよ、イヌ! それに、今の今まで俺っちに散々叩かれて一発も当てられなかったのをもう忘れたのかぃ? ……確かに、ブッ倒される度に立ち上がって牙を剥いてきたそのド根性は認めてやってもいいぜぃ。だけどなぁ、クランの猛犬ってのはそんな弱っちい奴でも名乗れる様な軽いモンなのかねぃ?」
「ハッ。煽り文句としちゃ上等だぜ、サル。だったら、教えてやるよ。俺が受け継いだクランの猛犬の名は、けして伊達じゃねぇってなぁ!」
「……カカッ。イヌの闘気がまたバカみてぇに跳ね上がりやがった。最初は俺っちより弱かったのに
主に模擬戦を目的とした広めのトレーニングルームで、セタンタ君と美猴さんが相手を散々煽りながら素手で激しく戦う事になった。美猴さんが折角なので一戦やりたいとイッセーくんに言って来たのに対し、その前に自分が相手をするとセタンタ君が割って入ってきたのが切っ掛けとなったこの模擬戦には、ルールとして「大規模な攻撃と武器の使用は禁止」「制限時間は一時間」が課せられている。だから、セタンタ君はルーン魔術を、美猴さんは妖術や仙術をそれぞれ使いながら格闘戦を繰り広げる事になった。……実のところ、木場君や匙君とほぼ同格のセタンタ君では上級悪魔と最上級悪魔の間にある壁を超えた領域にいる(どうもアザゼルさんが最後に見立てた時より更に強くなっていたみたい)美猴さんを相手取るにはまだ力不足で、最初の方は何度も叩きのめされていた。でも、セタンタ君はけして格上相手に諦める事なく何度も立ち上がり、美猴さんと闘い続けた。すると、時間が経つにつれてまるで先祖帰りするかの様にどんどん動きが速く、鋭くなっていって、制限時間が残り十分となった今では完全に互角に渡り合っていた。そんなセタンタ君の急成長を目の当たりにしたルフェイさんが感嘆の声を上げる。
「最初は美猴様より弱かった筈なのに、闘っている内に互角に渡り合える程に強くなるなんて。こんなに急速に強くなっていく人を私は初めて見ました。これが
すると、側にいたはやてちゃんがルフェイさんに注意してきた。
「ルフェイさん。セタンタさんが気になるんは仕方ないけど、今はこっちに集中してな。今ここで気を散らすと危ないんは、ルフェイさんも知っとるやろ?」
「あっ、すみません。せっかくはやてさんから貴重な回復魔法を教えて頂いているのに……」
明らかに年下であるはやてちゃんに頭を下げて謝っているルフェイさんだけど、それはヴァーリチームには回復役がいないという事でついさっきはやてちゃんが憐耶達に使ってあげていた静かなる癒しについてはやてちゃんから熱心に教わっている最中だからだ。魔法や魔術の修練はほんの些細な気の緩みで危険な状態になるので、しっかりと集中して行わないといけない。だから、はやてちゃんはルフェイさんを窘めたし、ルフェイさんもそれを素直に受け入れた。ただ、はやてちゃんはルフェイさんが貴重だと言った回復魔法を教える事については別段気にしていないみたいだった。
「いえ、こっちが静かなる癒しを教える事については別に気にせんでもえぇですよ。クローズ君から話を聞かせてもろうたんやけど、ルフェイさん達ってヴァーリさんの修行も兼ねてる事もあって結構危険な場所を冒険しとるそうやないですか。だったら、回復魔法とか防御魔法とかそういったもんがあった方が後々えぇんやないかなって思ったんです。それに、アンちゃんもヴァーリさんがもっと強うなって仲良うケンカするのを楽しみにしてますから、ヴァーリさん達には変な所で大怪我してほしくないっていうんが、わたしの本音なんです」
そう言って笑顔を見せたはやてちゃんに、ルフェイさんはキョトンとした後で同じ様に笑顔を浮かべた。
「そうなんですか。……だったら、私も遠慮なくどんどん教わっちゃいます♪」
楽しげに弾んだ声でそう宣言したルフェイさんは、その後はやてちゃんから魔法を教わる事に集中していった。そんな様子を見ていたお兄さんのアーサーさんは口元に笑みを浮かべている。
「……私を追い駆けて
アーサーさんはそう言ってイッセーくんに頭を下げると、イッセーくんは感謝を伝える相手が違うと諭し始めた。
「それについては、僕よりもむしろヴァーリに言って下さい。結果的にそうなったとはいえ、ヴァーリが禍の団を欺いて貴方達を引き抜いた形になったからこそ、この状況が生まれたんです」
すると、真っ先にヴァーリが否定してきた。
「いや。それは違うぞ、一誠」
「ヴァーリの言う通りです。そもそもヴァーリが禍の団に入る事、ひいては世界中の強者と戦う事に余り興味を示さなかったのは、生涯の宿敵と見定めた赤き天龍帝殿の存在あっての事。ましてヴァーリが禍の団と決別する事になったのは、赤き天龍帝殿が時と場所を選ぶ事で何度でも心おきなく真剣勝負できる状況を作り上げたからなのです。それなら、感謝の言葉を伝えるべきはやはり貴方でしょう」
ヴァーリに続く形になったアーサーさんの反論を聞いたイッセーくんは、それを認めて感謝の言葉を受け入れる。
「解りました。では、遠慮なく受け取りましょう。……おっと、そうだ。貴方とルフェイに紹介したい者がいました。昨日は視察の仕事があったのでその時間がありませんでしたが、今なら大丈夫でしょう」
ここでイッセーくんがアーサーさん達に誰かを紹介する様な発言をしたんだけど、それが誰なのか私にはすぐに解った。
……確かに、そろそろ紹介しないと不味いかも。
そんな風に思っていると、イッセーくんが召喚用の魔方陣を展開して一頭の月毛の駿馬を呼び出した。その毛並みには金属の様な光沢があり、クリーム色に近い色合いもあってまるで黄金の様にも見える。……私の予想通り、呼び出されたのはイッセーくんの乗騎であるドゥンだ。
「あっ、ドゥン!」
イッセーくんの側にいたアウラちゃんは魔方陣からドゥンが出てくるのを見ると、すぐさま悪魔の翼を生やして宙に浮いた。そしてそのままドゥンの背中に飛び乗ると、背中で腹這いになって頬をすり付ける。
「エヘヘ~。ドゥンの背中って、とってもあったかいね」
〈ハッハッハッ。私の背がお気に召されましたかな、アウラ様。……主。ドゥン・スタリオン、お呼びによりここに参上致しました〉
ドゥンはアウラちゃんが背中で甘えるのを受け入れた後、態度を改めてイッセーくんに挨拶する。すると、アーサーさんが驚きを露わにした。
「赤き天龍帝殿。今、ドゥン・スタリオンと名乗ったこの馬はもしや……!」
「ご想像の通りですよ。彼は先代のアーサー王と今代の僕の二代に渡って
〈ドゥン・スタリオンと申します。千五百年もの間ただ生き永らえただけの老いぼれではありますが、どうかよろしくお願い致します〉
アーサーさんからの確認に対し、イッセーくんはドゥンを紹介する事で返事とした。ドゥンもイッセーくんの紹介に続く形でアーサーさんに挨拶すると、アーサーさんは納得する様に何度も頷く。
「やはりそうでしたか。先祖代々の伝承に記されていたドゥン・スタリオンの特徴と完全に一致していましたので、すぐに解りましたよ。それにしてもエクスカリバーを自らの手で再誕させただけでなく、ドゥン・スタリオンをも手中に収めていたとは……!」
イッセーくんが真聖剣だけでなくアーサー王の愛馬をも手に入れていた事にアーサーさんが感嘆する中、イッセーくんはドゥンに今回呼び出した用件について説明を始める。
「ドゥン、急に呼び出してしまって済まない。ただ、どうしても会わせておきたい人達がいたんでね」
〈私に、ですか? それは今私の事を主に確認した御仁とはやて様の側にいる小さな魔女の事でしょうか? どちらもメローラ姫の面影があるのですが……〉
ドゥンから飛び出してきた人名に私は軽く驚いた。それはイッセーくんも同じだったみたいで、驚きを隠せずにいる。
「メローラ姫? ドゥンは二人の面影にメローラ姫を見出したのか? 僕は二人にアーサー王とグィネヴィア王妃の面影を見ていたんだが。……確かにそう言われてみると、二人の娘であるメローラ姫の方が面影を強く残しているな」
イッセーくんはドゥンの言葉に納得していたけど、私はメローラ姫が実在していた事に驚いた。実は、アーサー王の子供は何も異父姉との不義の子であるモルドレッドだけじゃない。伝承によって名前や兄弟の人数も異なるけれど子供が何人かいて、ドゥンやイッセーくんの挙げたメローラ姫もまたその中の一人だったりする。メローラ姫はアーサー王とグィネヴィア王妃との間に生まれた娘で、マーリンが監禁した思い人を助け出す為に必要となる三種の秘宝を求めて壮大な旅に出ている。なお、その旅の中で青い武装による男装姿で武名を轟かせた事から後に「青い武装の騎士」の名で知られる様にもなっている。……ただメローラ姫の名前が出てくるのはアーサー王伝説を題材とした騎士物語の手蹟だから、本当に実在するのか正直言って怪しいところだったんだけど、生き証人であるドゥンと先代の騎士王であるアーサー王の記憶を継承しているイッセーくんの発言からメローラ姫が実在する事は間違いなかった。
そうしたちょっとした歴史のミステリーが明かされた事に私が少し興奮していると、イッセーくんはドゥンにアーサーさんとルフェイさんを紹介し始めた。
「では紹介しよう、ドゥン。この方の名はアーサー・ペンドラゴン。はやてから回復魔法を教わっているのが、この方の妹であるルフェイだ」
「アーサー・ペンドラゴンです。ドゥン・スタリオン、貴方が察した通り、私達はアーサー王とグィネヴィア王妃との間に生まれたメローラを祖に持つ者です。私達のペンドラゴン家はカムランの戦いでブリテンが崩壊した後、テッサリアの王位を継承したオルランド王が悲しみに沈むメローラを慮り、メローラとの間に儲けた二人の息子の弟の方を新たな当主として再興させた家です。その為、厳密にはブリテン王家の嫡流ではなくテッサリア王家の庶流となりますが、それ故に一度は折れたものの伝説の鍛冶匠ウィテーグによって鍛え直され、またメローラがテッサリア王家に嫁ぐ際にアーサー王から密かに託されたコールブランドを現代まで無事に伝える事ができました」
……何だか、軽々しく聞いちゃいけない事を聞いてしまった様な気がする。
イッセーくんから紹介を受けたアーサーさんからペンドラゴン家やコールブランドに纏わる様々な事実を語られ、私は少し恐縮してしまった。一方、アーサーさんの話を聞いたドゥンは納得の表情を浮かべた後、かつての主であるアーサー王の子孫に会えた事で一人感慨に浸っていた。
〈メローラ姫の面影があるのでもしやとは思いましたが、やはりテッサリア王家に嫁がれたメローラ姫のご子孫であられましたか。……アーサー様の血筋は絶たれてなどいなかった。その事実と共にこうしてお目にかかる事ができただけでも、千五百年の刻を生き永らえた甲斐があったというものです〉
そうしてお互いの紹介が終わったところで、イッセーくんはドゥンにアーサー王の語り部の務めを果たす様に命じる。
「ドゥン、この際だ。アーサー王の語り部としての務め、今ここで果たすといいだろう」
〈ハッ。その命、しかと承りました。……さて、アーサー殿。まずは何を知りたいのかを私に教えて頂きたい。それに応じる形で、私は話を致しましょう〉
イッセー君の命に応じたドゥンから何を聞きたいのかを尋ねられたアーサーさんは、少し悩んだ末に少し待ってもらう様に頼み始めた。
「……そうですね。聞きたい事はそれこそ山の様にあるのですが、今は妹のルフェイが回復魔法を教わっている所なので、まずは一区切りつくまで待ってもらえませんか。ここで私一人だけで貴方の話を聞いたとなれば、後でルフェイが拗ねてしまいますから」
〈承知致しました、アーサー殿。些細な事で拗ねてしまわれたグィネヴィア様やメローラ姫のご機嫌を直すのにアーサー様やケイ卿を始めとする騎士達が大変なご苦労を為されていたのを思えば、ルフェイ殿のご機嫌を損ねるのは確かに得策ではありませんな〉
……何それ? すっごく聞きたいんだけど。
私はドゥンの口から語られた意外な事実に凄く興味が湧いた。そして、それは何も私だけじゃなかった。
「……そのお話、凄く興味があるのですけれど」
「私もですわ。伝説に名を残す程に屈強な騎士達が女性のご機嫌取りに苦労する話なんて、とても面白そうだもの」
私達と一緒にいたレイヴェルさんと朱乃さんも興味津々と言ったところだったけど、ドゥンは軽く笑った後で暫く待つ様に窘めてきた。
〈ハッハッハッ。どうやらレディ達の気を引いてしまった様ですな。ですが、しばしお待ちを。ここでルフェイ殿を蔑ろにしては本末転倒というものでしょう〉
こんな風に若い私達の逸る気持ちを巧みにあしらうドゥンの姿に、伊達に千五百年の刻を生きてきた訳じゃないって素直に思えた。そうして、ドゥンの言葉でレイヴェルさんや朱乃さんが逸る気持ちを落ち着けた時だった。
……物凄い音がトレーニングルーム中に響き渡った後、ドサッと何かが落ちた様な音が二つ聞こえてきたのだ。慌ててそれらの音の発生源の方を向くと、床に倒れ込んでしまったセタンタ君と美猴さんの姿があった。
「チッ。体がピクリとも動かねぇ……!」
「まさかイヌと引き分けるとはなぁ。俺っちもこの結末は流石に想像していなかったぜぃ……!」
……二人の悔しげな声と二人の左頬が特に酷く腫れ上がっている事から考えると、どうも最後はお互いに右拳を顔面に叩き込んでのダブルノックアウトで終わったみたいだった。そんな二人の様子を確認したはやてちゃんは、ルフェイさんに教えたばかりの回復魔法の実践を呼び掛ける。
「セタンタさんも美猴さんもお疲れ様や。二人とも、いい具合に疲れとるしケガもしとるみたいやな。ほんならルフェイさん、早速実践してみよか?」
「はい、やってみます!」
はやてちゃんの呼び掛けに応じたルフェイさんはセタンタ君達に近づくと、昨日はやてちゃんが使った時とは少し違う呪文を詠唱した。
「静かなる風よ、癒しの恵みを傷付き倒れた者達へと届け給え……!」
すると、ルフェイさんの足元に魔方陣が展開されて、そこから小さな光の粒が放出された。この光の粒は倒れた二人に向かって静かに落ちていき、少しずつ二人の体を癒していく。そうしてルフェイさんの回復魔法によって傷が癒え、体力も回復した二人は、倒れていた状態から上半身を起こすと手を何度も握ったり肩を回したりして体の調子を確認し始めた。
「……さっきイッセーの妹がやっていたのを見てて、中々やるなって思ってたんだけどよぉ。実際に使ってもらって、この魔法の凄さがよく解ったぜぃ。傷は治るし、疲れも取れる。ついでに戦いで消耗した気や妖気も回復すると来た。普通はどれか一つだけだからなぁ、こりゃあヴァーリが感心する訳だぜぃ」
「へぇ。傷や体力、それに魔力もきっちり回復しているぜ。初めてにしちゃ上出来じゃねぇか。流石はモーガン・ル・フェイの名を継ぐ者ってところか?」
体の調子を確認した二人はすぐさま立ち上がると、美猴さんは静かなる癒しの効果に感心する一方、セタンタ君はルフェイさんの事を褒めていた。すると、ルフェイさんは同年代の男の子からあまり褒められた事がないみたいで、少し恥ずかしがっていた。
「あ、ありがとうございます。ただ、私の名前はあくまでモーガン・ル・フェイ様に倣っただけで、私自身はそこまで凄いという訳では……」
そんなルフェイさんの様子を見たセタンタ君は、もっと自信を持つ様にルフェイさんに言い聞かせる。
「いいや、アンタの場合は謙遜が過ぎるってヤツだ。もっと自信を持った方が良いぜ。そうしたら、魔法や魔術がもっとアンタに応えてくれる様になるからな。……おっと、いけねぇ。礼を言うのを忘れていた。ありがとな、お陰で助かったぜ」
飾り気がないけど、だからこそ真っ直ぐな感謝の言葉をセタンタ君から告げられたルフェイさんは、不意を突かれた様に少しだけ驚いた後、逆に覚えたばかりの魔法を使わせてもらった事への感謝をセタンタ君に伝える。そんなルフェイさんの表情は、とても綺麗な笑顔だった。
「あっ。……ハイ! こちらこそ、覚えたばかりの回復魔法を使わせて頂いて、ありがとうございます!」
そんな微笑ましさを感じる二人のやり取りを見ていると、イッセーくんがアーサーさんに落ち着く様に呼び掛ける。
「……あの、アーサーさん? 少し落ち着きませんか?」
「私は至って冷静ですが?」
……その言葉、私が聞いても説得力が全くありませんけど?
アーサーさんの様子を見た私はそう思った。イッセーくんもそれは一緒だったみたいで、落ち着いて行動する様に重ねて言い聞かせる。
「だったら、まずは無言で握り締めているコールブランドを鞘に収めましょうか。そもそもセタンタには心に決めた子がいますから、アーサーさんが考えている様な事にはならないと思いますよ」
「……それはそれで、ルフェイが軽んじられている様でかなり腹立たしいですね」
イッセーくんからセタンタ君には思い人がいる事を伝えられたアーサーさんは、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべた。そんなアーサーさんの様子に雰囲気が悪くなりかけていたけど、ここまでドゥンの事を夢中で見ていたクローズ君が悪い雰囲気を吹き飛ばす様にイッセーくんに話しかけてくる。
「うわぁ……! キラキラしてて、ホントにカッコいいや。ねぇ、イッセー兄ちゃん。ドゥン・スタリオンさんに乗った事あるの?」
「あぁ、あるよ。それどころかドゥンと出逢ってからは冥界における移動手段だったから、ここに来るまでほぼ毎日乗っていたよ」
〈なお、主の乗馬の腕前については、アーサー様にもけして引けを取らぬものである事をこの私が保証しよう〉
クローズ君の質問にイッセーくんが答えると、ドゥンが乗馬の腕前について補足した。すると、クローズ君の左手の甲が光を放ち、そこからカテレアさんの声が聞こえてきた。
『私の実家でもお目にかかれなかった程の名馬を、一誠さんは日常的に乗りこなしていたのですか。その辺りは、流石は騎士王というべきなのでしょうね』
先代魔王家の本家ですらお目にかかれなかったって……。
私はドゥンの凄さを改めて思い知らされた。ここで話題を変えようとしたのか、アーサーさんがドゥンにアーサー王にまつわる話をする様に頼み始める。
「さて。ルフェイが無事に回復魔法を修得できた事ですし、ドゥン・スタリオン殿には私達の先祖であるアーサー王にまつわる物語を話して頂きましょう。特に、妻や娘のご機嫌取りに苦労したという夫や父としての裏話についてね」
〈承知致しました。では、お話し致しましょう〉
ドゥンは少しだけ茶目っ気を出したアーサーさんの要望を受け入れると、この場にいる皆の注目を集める中でアーサー王の物語を語り始めた……。
Side end
ドゥンがアーサー王の物語を語り始めてから一時間が経った。その間、誰一人余計な言葉を挟んだりはしなかった。それだけドゥンの話に聞き入っていたという事だろう。実際にドゥンの語り口はかなり面白く、この中では特に幼いアウラやクローズは時折感嘆の声を上げていた程だ。
そうしてドゥンの話が一区切りついた所で、サハリエル様がトレーニングルームに入ってきた。そして、元士郎に関する新しい情報を伝えてきた。
「兵藤氏、匙元士郎氏が目覚めたのだ。なお、術後の経過は極めて良好。ヴリトラ系
元士郎が目覚めたという情報を聞いて、イリナ達はホッと安堵の息を漏らす。僕も内心安堵したが、その前にサハリエル様に確認する事があった。
「サハリエル様、アザゼル提督にはその事をお伝えなさったのですか?」
「アザゼルには真っ先に連絡を入れてあるのだ。そこからシェムハザ達を通じて他の者にも伝わる様になっているのだよ」
サハリエル様からアザゼルさんを始めとするメンバーには既に連絡済みである事が確認できたので、僕は早速元士郎のいる病室へと向かう事にした。
「そうですか。解りました、直ちに元士郎の病室に向かいます」
「よう一誠。見ての通り、やってやったぜ」
元士郎の元へと向かう途中でアザゼルさん達と合流してから医務室に入ると、元士郎はベッドの上から上半身を起こした状態で僕達に声をかけてきた。しかし、僕には一目で解った。元士郎はヴリトラとの死闘を乗り越えた事で大きく成長を遂げたのだと。そして、元士郎の右手から光が発せられると、そこからヴリトラが低い声色で話しかけてきた。それは、ヴリトラの意識が完全に復活したという何よりの証拠だった。
『ホウ。貴様が相棒をして「知っている限りで最も偉大な男」と言わしめた今代の赤龍帝か。成る程、確かにそこらの三下とは明らかに器が違うな』
ヴァーリが僕達に同行していた事もあって、ここでアルビオンがヴリトラに話しかける。
『久しいな、ヴリトラ。だが一つ訂正しろ。一誠は赤龍帝などではなく、ドライグと私が対等と認めた友であり、歴代の赤龍帝を統べる唯一無二の赤き天龍帝だ』
『フム。二天龍、しかも赤龍帝の宿敵である筈の貴様にそこまで言わせるか。ならば、詫びを含めて訂正させてもらおう。赤き天龍帝、兵藤一誠よ』
ヴリトラはアルビオンの意志を受けて謝罪と共に訂正する。そこで僕は今の状態を確認しようとヴリトラに話しかけた。
「ヴリトラ。荒療治で覚醒させたばかりで申し訳ないけど、気分はどうかな?」
『悪くないな。相棒の強さは先程見せてもらったよ。命を預け合う相棒として相応しい男だ。何より自ら名乗った
ヴリトラの言葉を聞いた僕は、僕の親友は五大龍王に相棒と認められた偉大な男なのだと誇らしくなった。
「元士郎、本当にヴリトラに認められたんだな」
僕がそう言葉をかけると、元士郎は誇らしげな表情をして非常に嬉しい事を言ってくれた。
「あぁ。これで俺は名実ともに黒龍王、そして赤き天龍帝の
「……嬉しい事を言ってくれるな」
そうしたやり取りを元士郎と交わす中で、アザゼルさんが元士郎に今の神器の状態を確認する。
「イッセー。せっかくヴリトラ系神器の統合とヴリトラの意識の復活に成功したんだ。後は匙の神器が今どうなっているのかを確認しねぇとな」
アザゼルさんの言葉も尤もなので、僕も元士郎とヴリトラに尋ねてみた。
「確かにその通りですね。元士郎、ヴリトラ。実際の所はどうなんだ?」
それに対して、元士郎とヴリトラから意外な答えが返って来た。
「それなんだけどな……」
『我が説明した方が早いだろうな。今の相棒の神器だが、統合というよりは融合と言った方がいい。おそらくは我の魂の断片を解放した上で我の意識が完全な形で目覚めた為に少なからず影響を受けたのだろうよ。その結果、かなり面白い事ができるようになっているぞ。相棒、証拠を見せてやれ』
「解ったぜ、ヴリトラ。出ろ、
すると、元士郎の右手だけでなく左手と両足からも光が発せられた。その光もほんの数秒で収まると、右手には今まで通りに黒い東洋型のドラゴンが巻き付いた様な形状の神器が現れる一方、左手と両足にはヴリトラを象徴する黒一色の装甲が現れた。更に元士郎のベッドの陰から黒い炎を迸らせた黒い大蛇が現れると、その蛇からヴリトラの声が発せられる。
『……と、まぁこんな所だ。先程散々暴れた影響なのか、この仮の肉体に意識を移す事で我は相棒と直接共闘できる様になったらしい。何とも嬉しい誤算ではないか。どうだ、アルビオン。流石にこの様な真似は貴様達にはできまい?』
『ウゥム。確かにそれは私やドライグには無理だな……』
所持者と直接共闘する事が可能になったというヴリトラの発言に、アルビオンはただ唸るだけだった。その様子を見て得意げな素振りを見せるヴリトラだったが、やがて呆れた様子で元士郎の事を語り出した。
『……尤も、我の魂の断片を収めていた黒い龍脈以外の神器を後付けにも関わらずあっさりと使いこなしてみせた相棒には、本当に呆れてしまったのだがな。相棒にとっての常識とは、次元の狭間へと投げ捨ててしまうものらしい』
「まぁ、精神世界で暴走したヴリトラ相手に死ぬほど苦労した甲斐があったってヤツさ。……ただな、ヴリトラ。その台詞は一誠やはやてちゃん、それにレオンハルトさん達に言ってくれ。俺はそこまで常識を捨ててねぇぞ」
元士郎の発言の内、後半の方は後でキッチリ追及するとして、僕の問い掛けに対する二人の返答によって僕は一つの確信を得た。
「元士郎。単に統合した神器の能力を使えるだけでなくヴリトラとの共闘も可能になった事を踏まえると、お前の黒い龍脈はもはや完全に別物だよ」
僕がそう指摘すると、元士郎は納得の表情を浮かべた。
「……確かにそうだろうな。今の黒い龍脈は完全に別物だってのは、俺も認めるよ」
だが、ここで元士郎はその表情を真剣なものへと変える。
「だけどな、一誠。俺は祐斗みたいに神器の名前を変える気はないぜ。コイツは力の源であるヴリトラの魂が抜けていたにも関わらず、俺の力を受け取って、そして俺の想いに応えて甦ってくれた。だったら、コイツはこれからも黒い龍脈だ。それでいいか、ヴリトラ?」
元士郎は大きく変貌した神器の名をあえて変えない事を宣言した上で、ヴリトラにそれでいいかを確認する。それに対するヴリトラの答えは、一つだった。
『相棒。我は貴様の意志を尊重しよう』
「……サンキュー、ヴリトラ」
元士郎がヴリトラに感謝を告げたところで、アザゼルさんが元士郎に新生黒い龍脈の性能確認テストを持ち掛ける。
「匙。早速で悪いが、新生黒い龍脈を一度実際に使ってみせてくれ。実際の性能を確認しなきゃならんし、天界と悪魔勢力に説明する為の記録映像が必要になるからな。今から記録用の機器を準備するから、少し待っていてくれ」
「解りましたよ、アザゼル先生」
元士郎がアザゼルさんの申し出を受け入れてから一時間後。アザゼルさんの準備が終わり、新生黒い龍脈の性能確認テストが始まった。
いかがだったでしょうか?
ペンドラゴン家とコールブランドに関する独自設定にはできるだけ整合性を持たせたつもりですが、お気に召されなかった方は申し訳ございません。
では、また次の話でお会いしましょう