未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第七話 新たなる王の始まり

Side:匙元士郎

 

 俺の戦闘力の根幹である黒い龍脈(アブソープション・ライン)が機能不全となった中で五大龍王の一頭であるヴリトラと戦わなければならないという絶望的な状況に陥った俺は、処置前に一誠から貰ったアドバイスを切っ掛けに自力で黒い龍脈を復活させた。ただし、あくまで戦う手段を取り戻しただけでヴリトラとの間には今もなお圧倒的な力量差がある以上、まともに戦えば俺に勝ち目なんてものはない。

 

 ……いや。履き違えるな、俺。オーフィスと戦った時、ギャスパーも言ってたじゃないか。「僕の勝利は、貴方を倒す事じゃない! だから、僕は貴方に嫌がらせをするんだ! 徹底的に!」ってな。だったら、俺もギャスパーを見習って本当に目指すべき勝利条件を設定すればいい。そして、その勝利条件とは……!

 

 俺がこの戦いにおける勝利条件を設定し終えたところで、俺に眉間を打ち据えられた事で俺を警戒していたヴリトラが猛然と俺に襲いかかってきた。さっきと同じ様に真っ直ぐに大口開けて迫ってきているヴリトラだが、俺は今しがたドラゴンの闘争本能の強さを左腕と肋骨の骨折という代償を支払う形で学習した。だから、ヴリトラの誘いに乗る様な真似はしない。

 

「絡め取れ、縛封吸網(キャプチャード)!」

 

 俺は数十本ものラインを編み込んで網を形成し、それをヴリトラの目の前で広げる。ヴリトラはまさかそんな物が俺から飛び出してくるとは思っていなかった様で、ラインの網は飛び込んできたヴリトラの顔や頭に上手い具合に絡まった。本当ならヴリトラの頭から胴の半分くらいまで覆い尽くせるサイズでも作れるんだが、俺の体を蝕んでいた呪詛と黒炎を形作っていたヴリトラの力と俺の魔力でかろうじてラインを作っている現状じゃヴリトラの顔や頭に被せる程度で精一杯だ。だが目的自体は十分果たせた様で、ヴリトラは顔や頭に絡み付いた鬱陶しい網を取り除こうと躍起になって何度も頭を振り回している。……ヴリトラの意識が完全に俺から逸れている今が好機だ。

 

「ヴリトラ。お前のオーラ、ちょいと拝借するぜ」

 

 ヴリトラに向かって広げた時点で既に封縛吸網を切り離していた俺は、新しいラインを伸ばしてヴリトラに接続してそのまま奴のオーラを吸収する。すると、この時まで色を失って無色透明となっていた黒い龍脈がヴリトラを象徴する黒へと染まっていく。これで吸収したオーラが尽きるまでなら全力を出せるし、神の子を見張る者(グリゴリ)の協力で今の俺には黒い龍脈と統合された他のヴリトラ系神器(セイクリット・ギア)も使える様になっている筈だ。ただ吸収したヴリトラのオーラの流れ方から判断して、厳密には黒い龍脈に対して他の三種の神器が接続する形になっている様だ。だから、他の三種の神器については俺本来の神器である黒い龍脈を通して使用する事になるだろうし、その分だけ神器の制御が不安定になって最悪は暴走する可能性すら考えられる。……だが、別の物を通して力を制御するなんて事は俺にとっては朝飯前だし、予め三種の神器について実物を見せてもらった上で能力についての説明も受けている。だから、今吸収した分しかヴリトラの力が宿っていない今なら、俺は全てのヴリトラ系神器を安定して制御できる筈だ。

 ここでやっと顔や頭から縛封吸網を取り除いたヴリトラが、俺に向かって尻尾による強烈な薙ぎ払いを繰り出してきた。どうやらヴリトラは小賢しい真似をした俺に対してかなり怒っているらしく、今まで繰り出してきた尻尾での攻撃が霞んでしまう程に速さも迫力も段違いだ。こんなものをまともに食らえば、たとえパワーと防御に特化した戦車(ルーク)昇格(プロモーション)していても致命傷は免れない。

 

 ……だが、その攻撃はもっと早くやるべきだったな。ヴリトラ。

 

「阻め、龍の牢獄(シャドウ・プリズン)!」

 

 俺が意識を神器に集中させると、黒い龍脈からそれぞれ形の異なる神器へとラインが伸びていた。そこでラインから意思を伝達する形で龍の牢獄の能力を発動させると、俺の声に合わせて俺の四方を黒い炎の壁が囲い、さっき俺の体を吹き飛ばした時より遥かに強烈な薙ぎ払いを完全に防いでみせた。

 ……龍の牢獄。本来は有効射程範囲内の座標を指定してその四方を黒い炎の壁で囲む事で敵を拘束する神器だが、その中心を自分や味方にする事で防御に転用できる。強大なドラゴンをも捕らえ得る黒炎の牢獄は、時に己や味方を守る黒炎の防壁にもなるって訳だ。

 ヴリトラは一度防がれた後も黒炎の防壁を破ろうと何度も尻尾による攻撃を仕掛けたが、黒炎の防壁はビクともしない。やがて攻撃回数が二十を数えたところでこのままでは抜けないと判断したらしく、ヴリトラは俺に向かって全身から呪詛を放ってきた。呪詛はあくまで物質を伴わない声を媒体としている事から、龍の牢獄では防げない。だから、ここでラインを切り替えて別の神器に意思を伝達する。

 

「だったら、呪詛を構成する力を削り取る! 漆黒の領域(デリート・フィールド)!」

 

 俺が新たな神器を発動させると、俺とヴリトラの間に特異的な力の籠った空間が形成される。

 ……漆黒の領域。基本的には魔法の力を削り取る事のできる領域を作り出す神器であり、魔術や魔法を使う者達の無力化が主な使い方となる。だが、実は漆黒の領域には悪魔の魔力や聖なるオーラ、果ては生命力といった魔法の力以外の力を対象とした亜種が存在している事を、俺は俺の身体検査を自ら行っていたサハリエル様から教わっていた。そこで、俺はふと疑問に思った。

 もしかすると異質であると言われるヴリトラの能力の中に「力そのものを削り取る」というものがあって、漆黒の領域はあくまでその能力の対象を限定したものではないかと。

 ……その疑問の答えは、ヴリトラから放たれた呪詛が力を削り取る領域を通る事で力を失い、唯の声になってしまった事で明らかとなった。やはりヴリトラには「力そのものを削り取る」能力があり、一誠が封印を解いた事で対象を限定する為のリミッターの様なものが外されたのだ。こうして呪詛による攻撃を無効化した俺は、ここで漆黒の領域を解除すると同時にヴリトラ系神器の最後の一つを発動する為にラインを切り替える。

 

「コイツはオマケだ! 邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)!」

 

 ヴリトラに向かって伸ばした右手から黒い炎が放たれると、黒い炎はヴリトラに直撃してその黒い鱗を焼き始めた。

 ……邪龍の黒炎。解呪が困難な呪いを伴う黒い炎を放出するという属性系に近い能力の神器だ。ただ元があくまでヴリトラの炎である事から、本来ならヴリトラ本人には通用しない。……だが。

 

「自分の黒い炎で自分の体が焼かれている事に戸惑っているな? だがな、答えは簡単だぜ。この黒い炎にはお前の力だけでなく俺の魔力も混ぜてある! けしてお前だけの炎じゃねぇんだよ!」

 

 つまり、この黒炎はヴリトラの炎であると同時に俺の炎でもあるのだ。また、俺にはこの攻撃で確認したい事があった。そこでヴリトラの体を焼く黒い炎の様子をしっかりと観察すると、ある事実に気付いた。

 ……これなら勝利条件を達成する事ができる。俺はそう確信した。ただ、問題は今の俺では圧倒的に不足しているものを一体どんな形で補えばいいのか、だった。

 

Side end

 

 

 

「……ひょっとすると、我々は新たな伝説を作り上げてしまったのかもしれないのだ」

 

 僕が発動した「夢や精神世界を映し出す」魔法による映像を目の当たりにして、サハリエル様は半ば呆然とした表情で呟いていた。実際、元士郎はラインを通じて力の流れを操作・制御する経験を生かし、統合したばかりの三種の神器をぶっつけ本番で発動するだけでなく応用までやってみせたのだから、驚くのも無理はない。そこに、アザゼルさんを先頭に服装を手術用の物へと改めた皆が入ってきた。

 

「状況は待機室のモニターで確認していたから、俺も大体のところで把握している。それにしても、匙がまさかここまでブッ飛んじまうとはな。対オーフィス戦では、お前と同様にアイツも色々と常識をぶっ壊していたからな。ヴリトラ系神器を統合しちまえばあるいは、とは思っていた。だから俺はそこまで驚いてはいないが、初見のサハリエル達には少しばかり刺激が強過ぎたみたいだな……」

 

 アザゼルさんは苦笑すら浮かべてそう言っていたが、表情を真剣な物に変えると僕に問い掛けてくる。

 

「だがイッセー、お前も解っているんだろう? たとえヴリトラ系神器の全てを使える今の匙であっても、ヴリトラへの決め手には欠けているって事がな」

 

 アザゼルさんの言う通りだ。確かに多少は埋まっているかもしれないが、元士郎とヴリトラとの間には依然として圧倒的な力量差がある。だから、どうしても決め手に欠けてしまうのだ。そして決め手に欠ける以上、この戦いの結末は一つしかない。

 

「はい。確かに今の元士郎でもヴリトラを打ち破るには圧倒的に力不足です。このまま長期戦になってしまえば、元士郎は敢え無く敗れ去ってしまうでしょう。ただ……」

 

 ……尤も、元士郎がこのままヴリトラと真っ向勝負を続けていればの話だが。そして、アザゼルさんもそれは承知している。

 

「そもそもヴリトラの打倒は匙にとっての勝利条件ではない。だから、匙が目指すべき勝利条件を達成させる為、お前は黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)で自分の力を高めている。そういう事だな?」

 

 アザゼルさんが僕の意図を確認してきたので、僕はそれに答えた。

 

「えぇ。それに元士郎も既に目指すべき勝利条件を見出していますし、その確証も得た様です。ですので、今から元士郎のサポートに入ります」

 

 僕はそう宣言すると、精神世界の元士郎が復活させたのに合わせて現実の元士郎の右手に発現した黒い龍脈の上に黎龍后の籠手を発現した左手を乗せる。

 

「元士郎。僕の力、ありったけ持っていけ……!」

 

 そして、僕は黒い龍脈に波動の力で増幅した自分の力を吸収させ始めた。すると、僕の左手の上に誰かが手を重ねると同時にオーラを供給し始める。そのオーラの色は白。……ヴァーリだった。

 

「一誠、俺も手を貸そう。匙元士郎にはオーフィスと戦った時に作った借りがあるからな」

 

『それにドライグだけならともかく姉者も宿しているお前にならば、私も手を貸す事に吝かではない』

 

 そして、まるでヴァーリとアルビオンの言葉に触発される様に次々と手が重ねられていく。

 

「流石に光力は不味いと思うけど、ドラゴンのオーラであれば私も力になれると思うの」

 

 イリナが。

 

「一誠様、私もお二人のお手伝いをさせて頂きますわ」

 

 レイヴェルが。

 

「友達を助けるべき時に助けないなんて選択肢、僕にはないよ」

 

 祐斗が。

 

「俺もギャスパーも元さんには色々と世話になっていますからね」

 

 セタンタが。

 

「だから、僕達の力も使って下さい! 元士郎先輩!」

 

 ギャスパー君が。

 

「これだけの人達が力を貸してくれているというのに、同じ主を持つ眷属仲間である私達が手を貸さない訳にはいかないでしょう。……匙、会長の名に懸けて必ず勝ちなさい」

 

 椿姫さんが。

 

「桃も留流子ちゃんも匙君の帰りを待ってるよ。だから、ガンバレ」

 

 憐耶さんが。

 

「あらあら。では、私も力を貸してあげないといけませんわね。それに後輩が一生懸命頑張っているのに、先輩の私が黙って見ている訳にもいきませんわ」

 

 そして、朱乃さんが。僕達と同年代の仲間が元士郎に力を送っていく。

 

「はやてお姉ちゃん、あたし達は?」

 

「体の小さいわたし達はちょっと我慢しようなぁ、アウラ。その代わり、わたし達にできる事をしようか」

 

「ウン! それなら、あたしはパパ達を応援するね! パパ、元小父ちゃん、皆。頑張って……!」

 

 はやては流石に力の供給は身が持たずに危険だと判断したらしく、代わりに自分達にできる事をし始めた。

 

「成る程の。はやては自分のやるべき事が解っておる様じゃな。ならば心配はあるまい」

 

「ロシウ殿、私達は如何しましょうか」

 

「暫くは様子見じゃな。はやてがおるからそうはならんじゃろうが、場合によっては事が終わった頃にはほぼ全員動けん様になっておるかもしれん。その時は儂等が面倒を看ねばならんし」

 

「万が一、力が足りない事態に陥った時には、一誠様達に代わって私達が元士郎に力を送るという事ですか。確かに、ここで私達まで一緒になって動けなくなる訳にはいきませんな」

 

 レオンハルトとロシウも今は予備戦力という形で様子を見る事にしたらしい。そうして皆の動きを一通り確認した僕は、精神世界で一人戦う元士郎に向かって強く念じた。

 

 元士郎。僕達のありったけの力を受け取ってくれ……!

 

 

 

Side:匙元士郎

 

「右手が、いや黒い龍脈が熱い……?」

 

 俺が最後の決め手に欠けている要素をどうやって穴埋めしようか考えていると、突然黒い龍脈が熱くなった。いや、正確には「熱くなった様に感じた」だ。そこで黒い龍脈を確認すると、幾つもの力が注がれて入り混じった状態になっていた。しかも注がれる力はどんどん増していく。そして、俺にはその力の波長の全てに覚えがあった。

 

「……ったく、本当に心憎い事をやってくれるよな。一誠も、それに乗ってくれた皆も。まぁ一人ばかり意外な奴もいるけど、それはいいだろう」

 

 そんな憎まれ口を叩く俺の顔には、きっと笑みが浮かんでいた事だろう。

 

「それに、これで俺の勝利に必要なものが全て揃った! ここまでやってもらって決め切れなかったら、俺はけして男じゃねぇ!」

 

 俺はここでとっておきの切り札を出す事を決断すると、ヴリトラは自分の鱗を焼いている黒い炎をそのままに大きく息を吸い込み始めた。どうやら闘争本能が食欲を上回ったらしく、最大火力で俺を消し飛ばす事にした様だ。俺はヴリトラに後れを取らない様に両手を胸の前に持っていくと、その両手の間で皆から受け取った力を凝縮してエネルギー弾を形成する。……本来、この切り札は地面にラインを接続した上で地球の力を吸収して使用する。その際、俺から見れば無限にも等しい程に膨大な地球の力が俺の体に一気に流れ込んで自滅しない様に吸収する速度や量を調整する必要がある。オーフィスの力を奪う際にその膨大な量の力の流れを制御できたのも、こうした自分より遥かに強大な存在の力を制御する事に慣れていたからだ。こうして皆から受け取った力を更に凝縮していく中で、ヴリトラが息の吸い込みをやめて口に何かを溜め始める様な素振りを見せた。おそらくはあの口の中に呪いの込められた黒炎を溜め込んでいるんだろう。

 

 ……だからこそ、俺は受け取った皆の力と共にヴリトラの全力の黒炎を超えてみせる。

 

「ヴリトラ! これが俺の、いや俺達の力だ!」

 

 俺は胸の前で凝縮したエネルギー弾を頭上に掲げた。それと同時にヴリトラがまるでタイミングを計ったかの様に頭を思い切り振り上げた。

 

「ガイア……ッ!!」

 

 それと同時に俺の制御を離れたエネルギー弾は、直径10 m程にまで一気に膨張する。一方、ヴリトラは頭を思い切り振り降ろして口を大きく開ける。

 

「フォォォォォス!!!!」

 

 そして、ヴリトラが強烈な黒炎を吐き出すと同時に、俺はそのまま超巨大エネルギー弾「ガイアフォース」をヴリトラに向かって投げつけた。ヴリトラの全力の黒炎とガイアフォースが真っ向から激突すると、ガイアフォースは黒炎を僅かながら押し返していく。それに気付いたヴリトラが更に口を開いて黒炎の吐き出す量を増してきた。それによって、ガイアフォースがジリジリと押し返されてきた。

 

「チィッ! だが、まだだ!」

 

 俺は黒い龍脈のラインをガイアフォースに伸ばして接続すると、そこから未だに送られてくる皆の力を注ぎ込む。勢いを増したガイアフォースが再び黒炎を押していく。再び押され出したとみたヴリトラがまた黒炎の量を増して、押し返してきた。

 ……俺がガイアフォースに力を送って押し込もうとすれば、ヴリトラが黒炎の量を増して押し返す。正にいたちごっこだった。このままでは、こちらが押し切る前に俺や皆の力が尽きてしまうかもしれない。そんな嫌な予感を抱いた俺は背筋に冷たいものを感じた。

 こうして何十分、いや何時間も経過したんじゃないかと思える程長い時間、しかし後で一誠達に聞いたらほんの十分程だったという凌ぎ合いの後、ヴリトラから吐き出される黒炎の量の増え方が次第に小さくなってきているのに気付いた。そして、ヴリトラが全身を振るわせて絞り出す様にしても、黒炎の量が全く増えなくなった。……ヴリトラの攻勢が遂に限界点を迎えたのだ。

 

「オオォォォォォォッ!!」

 

 俺は女王(クィーン)に昇格してから邪龍の黒炎を発動して右足に黒炎を灯らせると、体を何回も捻りながらガイアフォースに近付いて行き、そのまま回転の勢いと共に右足でガイアフォースを蹴り込んだ。

 

「ぶち抜けぇぇぇぇっ!!!!」

 

 黒炎の灯った右足で蹴り込まれたガイアフォースは、その次の瞬間に黒い炎を上げて一気に燃え始めた。その様は正に黒い太陽。そして俺の蹴り込んだ事で勢いを増したガイアフォースはヴリトラの黒炎を一気に押し切った。ヴリトラは自身の黒炎が破られたと悟ると、俺の攻撃を躱す為にその巨体を横へと動かそうと頭を横に向ける。

 

「逃がさねぇ!」

 

 俺はすぐさま龍の牢獄をフルパワーで発動し、俺のいる方向以外の三方を黒炎の壁で塞いでしまった。ヴリトラは目の前に突然現れた巨大な黒炎の壁に驚き、一瞬だが動きを止める。その隙に俺は少しでもヴリトラの防御力を下げる為、漆黒の領域をヴリトラのいる場所に発動してヴリトラの全身から発せられている呪詛の力だけを削り落とした。ここで自分の体の異常に気付いたヴリトラが敵である俺の方を再び向くが、その時には黒い太陽と化したガイアフォースが目の前に迫っていた。その瞬間、極限の飢餓状態で正気を失っている筈のヴリトラの目がハッキリと見開かれたのを俺は確かに見た。やがて黒い太陽と化したガイアフォースがヴリトラに直撃すると、俺は開かれていた最後の一方も黒炎の壁で塞ぐ。こうする事で、ガイアフォースの力が四方八方に散る事なく100 %ヴリトラに伝わるのだ。

 

「ハァ……、ハァ……、ハァ……。やったぜ……!」

 

 力を完全に使い果たした俺は、これ以上立っている事ができずに座り込んでしまった。……オーフィスとの戦いが終わった後で同じ様に座り込んでしまった一誠の気持ちがようやく理解できた俺は、軽く笑ってしまった。

 

「これでやれる事は全てやった。後は天のみぞ知るってところか」

 

 こうして四方を囲った黒炎の壁から更に強烈な黒炎が天に向かって立ち上っていく様子を見ていた訳だが、変化は唐突に訪れた。黒炎の壁がいきなり破壊されたのだ。そこから出てきたのは、傷一つないヴリトラだった。

 

「ハハッ。あれだけやったのに、一切反応なしかよ。これで駄目なら、俺にはもう打つ手なしだな」

 

 ……ヴリトラの余りの変化のなさに、俺はもう笑うしかなかった。だが、それは全くの杞憂だった事がすぐに判明する。

 

『いや、そうでもないぞ。貴様が我の力で黒炎を作り、先程の強大な力を火種とした事で我はその力の全てを糧とする事ができた。お陰で今ではすっかり腹が満たされて、暫くは何も喰わなくても問題ないな』

 

 ヴリトラが落ち着いた声で俺に話しかけてきたからだ。俺の目論見が上手くいった事に俺は安堵した。

 ……実は俺の魔力を混ぜた黒炎をヴリトラにぶつけた時、ヴリトラの鱗を焼いていたのは俺の魔力で作った黒炎だけで、ヴリトラの力で作った黒炎はヴリトラの体に吸収されていたのだ。それを確認した俺は、ヴリトラの力で作られた攻撃を繰り出していけば、それが糧となってヴリトラの飢餓状態を解消できると判断した。その可能性に気付いた切っ掛けは復活前の黒い龍脈が俺の体を蝕んでいた呪詛や黒炎をそのまま糧とした事で、だったらこっちからヴリトラに仕掛けた場合はどうなるのかと考え、それを確認する為に漆黒の領域で呪詛を無力化してから邪龍の黒炎で反撃したって訳だ。ただここで問題になったのは、俺の力だけではヴリトラの腹を満たすのに到底足りないという事だった。尤も、それをすぐさま解決してくれたのが一誠達だったんだが。

 

「やっと目が覚めたか。……腹ペコの寝坊助龍王」

 

『ウム。断片化された魂は復元されたものの、極限の飢餓状態で逆鱗に触れられたのとそう変わらんくらいに理性が吹き飛んだ状態の我を相手に、よくぞここまで持ち堪えたものだ。胸を張っていいぞ、小僧』

 

 ここまで手間をかけさせた事による恨みがかなり入り混じった俺の返事に対して、ヴリトラは軽く流してから感心した素振りで俺を褒めてきた。だが、その際の俺の呼び方が気に入らなかったので、訂正を求める形で自己紹介をする。

 

「小僧じゃねぇよ。俺の名は匙元士郎だ。天界と冥界を繋いで世界を変えた兵藤一誠の親友(ダチ)で、主であるソーナ・シトリー様の夢であるレーティングゲームの学校で兵士(ポーン)の先生になる転生悪魔。……そしてこれからは、龍王ヴリトラを宿す黒龍王(プリズン・キング)と名乗る男だ」

 

 すると、ヴリトラはさっきとは少し違う形で感心する素振りを見せた。

 

『ホウ。龍王と呼ばれる我を前に怯む事無く堂々と名乗り、更に我が異名である黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)に因んで黒龍王を称するか。ますます気に入った。我が半身と呼ぶに相応しい』

 

 ……我が半身、ねぇ。

 

「そいつはちょっと違うぜ、ヴリトラ」

 

 その呼ばれ方が少しだけ気に入らなかった俺は、ヴリトラに訂正を求める。

 

『んっ?』

 

「俺はお前の半身じゃねぇ。……命を預け合う相棒だ」

 

 俺がそう言ってから笑みを浮かべると、ヴリトラは一瞬呆気に取られたもののすぐに大笑いを始めた。

 

『ハッハッハッハッハッ! 成る程、確かに貴様の言う通りだ! ……では、今後ともよろしく頼むぞ。我が相棒たる黒龍王、匙元士郎よ』

 

「おう! こっちこそよろしく頼むぜ、ヴリトラ!」

 

 ……こうして、俺は無事にヴリトラを復活させて相棒とする事ができた。

 

Side end

 

 

 

 元士郎とヴリトラが無事に対話を終えて相棒となったのを見届けた僕は、ここで「夢や精神世界を映し出す」魔法を解除した。

 

「やれやれ、どうにか上手くいったか」

 

 かなり危ない場面もあったが、元士郎が上手く切り抜けてくれた事で僕はホッと安堵の息を漏らす。すると、アザゼルさんが話しかけてきた。

 

「これで匙も晴れてチーム非常識の仲間入りってところか。いくら暴走していたとはいえ、龍王の一頭であるヴリトラとタイマン張って生き残る様な奴が一般人な訳がないからな。これで堂々とツッコミを入れられるぜ」

 

 何とも酷い言われ様ではあるが、確かにその通りではある。つい最近まで自己評価が過小であった僕が言えることではないが、元士郎も少々自己評価が低過ぎるきらいがある。だから、これを機にもう少し自信を持ってほしいと僕は思う。それにこの際なので、アザゼルさんに「チーム非常識」のメンバーについて尋ねてみた。

 

「因みに、そのチーム非常識のメンバーは……」

 

「列挙したら切りがねぇから省くが、裏の関係者でも特にお前に近い奴等だ。そしてその代表取締役がお前だよ、イッセー」

 

「やっぱり……」

 

 想像通りの答えに、僕は溜息を一つ吐いた。そして、力を送り続けてくれた皆の様子を確認する。因みに僕はと言えば、流石に対オーフィス戦の後の様に立っていられない程ではないものの、それなりに体力を消耗している。

 

「ところで、皆の方は大丈夫か?」

 

 真っ先に返事が返ってきたのは、元々魔力量が多いヴァーリと全メンバー中随一のタフネスを誇るセタンタ。この二人にはまだまだ余裕があった。

 

「俺は少々疲れてはいるが、それだけだな。仮に今から戦う事になっても、特に問題にはならないだろう」

 

「俺は一年間戦い続けたっていう先祖譲りの体力があるんで、まだまだいけますね。イリナさんはどうですか?」

 

 一方、セタンタから声をかけられたイリナの方は、何とか立ってはいるもののかなりギリギリらしい。それでも、立っていられるだけまだマシだった。

 

「ゾーラドラゴンから貰った「竜」の因子のお陰で、体力にはそれなりに自信があるのよ。それでどうにか持ってくれたけど、そうじゃなかったら私は今頃気絶してたわね。それで、問題は木場君達の方だけど……」

 

 イリナはそう言って祐斗達の方を見やると、祐斗とレイヴェル、ギャスパー君の三人は激しく消耗した事で床にへたり込みながらも僕の呼び掛けに返事してきた。

 

「ゴ、ゴメン。僕はちょっと立てそうにないよ。このスタミナのなさは流石に問題ありかなぁ……?」

 

「私も魔力はそれなりに持っているのですけど、ここまで消耗するとは思っていませんでしたわ」

 

「……ギャスパーは力を完全に使い果たして気絶しているよ。それで、途中から「僕」が代わりに力を送っていたんだけどね」

 

 ……ただギャスパー君については、本人は既に気絶していてバロールに交代していたという在り様だった。それで残った皆はと言えば、祐斗達と異なって余り疲れた様子を見せていなかった。

 

「……何か、私達だけ楽しちゃったみたいでごめんなさい」

 

 ……その割にはかなり申し訳なさそうな表情をしているし、憐耶さんに至っては言葉に出して祐斗達に謝っている。しかし、これにはちゃんとした訳がある。

 

「アンちゃん、お疲れ様や。それに他の皆さんもお疲れ様です。今から回復魔法使いますから、楽にしとって下さい。……静かなる風よ、癒しの恵みを運び給え」

 

 元士郎への力の供給に参加しなかったはやてだ。はやては皆が力尽きた時の回復役に回る事で、力の供給が滞らない様にサポートしていたのだ。なお、ここではやてが使っていたのは、静かなる癒しという古代ベルカ式の回復魔法だ。至近距離の範囲空間内を対象とし、負傷の治療と体力および魔力の回復の効果がある。後は騎士甲冑を始めとする魔力で構成した防護服の修復も効果に含まれるが、この場ではあまり関係がない。大切なのは、魔力量だけで言えば最上級悪魔を超えて魔王級にも迫ると言われるはやてがこの魔法を使えばどうなるか、という事である。

 

「これは驚いたな。それなりに感じていた疲れが全く感じなくなったぞ」

 

 初体験であるヴァーリが実感した様に、はやてが静かなる癒しを使うとその回復の度合いがかなり大きくなる。それはついさっきまで疲労困憊だった祐斗の反応を見ても明らかだ。

 

「アーシアさんが早朝鍛錬に参加する前は偶に使ってもらったけど、やっぱり凄いね。さっきまで全然立てなかったのに、今なら師匠(マスター)との模擬戦を十本はこなせそうだよ」

 

 つまり、はやてが回復役として動いていなければ、朱乃さんと椿姫さん、憐耶さんの三人は力を使い果たして気絶していたのだ。ただ何もなければ気絶してしまう程の力を送り続けたお陰で元士郎は無事に目的を果たせたので、皆には本当に感謝し切れなかった。……ただ、そうではない人達も中にはいる。指導者としての立場があるアザゼルさんとロシウだ。

 

「全く。仲間想いも結構なんだが、自分の限界を見極められねぇ様じゃこの先やっていけねぇぞ。特に本人は気絶しちまったギャスパーは後で説教だな。現に、朱乃達は自分の限界をキッチリ見極めた上で早めにはやてに回復してもらっていたんだからな、情状酌量の余地はねぇよ」

 

「総督殿、その時は儂も参加させて頂こうかの。「限界を超えるのと無視するのは違う」と一誠も儂も言っておろうに、ギャスパーはものの見事に無視してくれたからの。どうやら口で教えるだけでは解らんようじゃ」

 

 ……気絶しているギャスパー君には申し訳ないが、このまま素直に叱られてもらう事にした。二人の言っている事は何も間違ってはいないからだ。それに共存関係であるバロールも少し怒っているらしく、自分の方でもギャスパー君に説教するつもりの様だ。

 

「今回は流石に「僕」もちょっと見過ごせないな。何せ、自分が力尽きた時に一番迷惑をかけるのは、その時に身近にいる味方だからね。だから、まずは「僕」から説教させてもらうよ。お二人とも、それで構わないかな?」

 

「あぁ、いいぜ。半身であるお前さんから説教されれば、ギャスパーも深く反省するだろうからな」

 

 バロールからの要求をアザゼルさんが了承した事で、ギャスパー君はバロール、アザゼルさん、ロシウからの立て続けの説教が決定してしまった。そうとは知らずに眠っているであろうギャスパー君は正に知らぬが仏であり、その様子を思い浮かべてしまった僕は少しだけ笑ってしまった。

 

 

 

 ……こうして、ヴリトラ系神器の統合処置という堕天使領における最大の山場を無事に乗り切り、元士郎は新たな能力と共にヴリトラという相棒をも得る事になった。後は残っているスケジュールを着実にこなしていくだけだ。

 




いかがだったでしょうか?

元士郎はついに一般人を超えて一誠達の住む非常識の世界に飛び込みました。……尤も、自分で気付いていないだけで既に逸般人だったのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。

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