未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第六話 雑草侍

Overview

 

 神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在三日目。この日は、ヴリトラの意識の復活を目的としたヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の統合処置が元士郎の持つ黒い龍脈(アブソープション・ライン)を核として行われる事になっており、堕天使領における一誠のスケジュールの中で最も重要であるから一誠自身もまた参加する事になっている。そして今、統合処置の実行班が詰めている手術室のベッドには既に元士郎が横たわっており、これから麻酔代わりの睡眠魔術を施されるのだが、その前に元士郎のバイタルチェックが行われていた。

 

「兵藤氏、匙元士郎氏のバイタルチェックが終わったのだ。心身共に特に異常なし、これなら何の問題もなく改造手術ができるのだ」

 

 サハリエルから元士郎の体調に問題ない事が告げられた一誠であったが、その後に出てきた言葉に少々不穏なものを感じた事で釘を刺す事にした。

 

「その改造手術という言い方は止めて頂けませんか? 途中で「この際だからあれもやろう」「だったらこれも」とエスカレートしていった挙句、取り返しのつかない事になってしまいそうなので」

 

「……今回のヴリトラ復活計画における中心人物にそこまで言われては仕方がないのだ」

 

 サハリエルはかなり残念そうにしながらも、改造手術という言葉を使わない事を了承した。あるいは頭の何処かにこの処置に乗じて別の事もやろうと考えていたのかもしれない。

 

(釘を刺しておいて、良かった)

 

 一誠は内心ホッと胸を撫で下ろした。

 

「一誠、助かったぜ。改造手術って言葉が出た時、背筋に悪寒が走ったからな」

 

 どうやら元士郎も一誠と同じ印象を抱いていたらしく、一誠に感謝の言葉を伝えてきた。それに対して、一誠は為すべき事をやっただけだと返す。

 

「ソーナ会長の期待にはきっちり応えないとね」

 

 ここで、元士郎は以前アザゼルが駒王学園の滞在をソーナに申し出た時の事に触れてきた。

 

「「一誠君であれば、貴方達が何か良からぬ事を企てたとしても即座に対応してくれる」って、アザゼル総督に言い切ったあれか。本当に期待を裏切らない奴だな、お前は」

 

「裏切る訳がないさ。僕の背中を見ている子が何人もいるのだから」

 

 一誠が人の期待を裏切らない理由を語ると、元士郎は納得と共に笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、そうだな。お前って、本当に色々な奴に背中を見られているよな。そして、その筆頭がアウラちゃんって訳だ。お父さんは大変だな」

 

「全くだ」

 

 こうして一誠は元士郎と他愛のないやり取りを交わした後、元士郎に注意すべき事を告げる。

 

「元士郎。これからヴリトラ系神器をお前の黒い龍脈に統合する訳だが、正直に言うと何が起こるのか僕も完全には読み切れない。一番可能性が高いのは、ある程度復元されたヴリトラの魂がその不足分を補う為にお前の精神を神器内に引き摺りこんでしまう事だが、あるいはそれ以上の事が起こるかもしれない。だから、これだけは言っておく」

 

 そして、最後のアドバイスを元士郎に送った。

 

「元士郎、自分と神器を信じろ。神器はお前の魂の一部だ。どんな事があろうとも、神器はお前に必ず応えてくれる」

 

「解った。その言葉、しっかりと覚えておくぜ」

 

 元士郎が自分のアドバイスをしっかりと受け止めたのを確認した一誠は、サハリエルに声をかける。

 

「では、サハリエル様」

 

「了解なのだ」

 

 サハリエルは元士郎に麻酔の代わりとなる睡眠魔術を施し始めた。元士郎は何ら抵抗する事なく睡眠魔術を受け入れ、深い眠りに就く。

 

「……匙元士郎氏の意識レベルの低下を確認。これでいつでも神器の統合処置を始められるのだ」

 

 サハリエルが最終準備の完了を告げると、一誠は一つ頷いてからGOサインを出した。

 

「では、始めて下さい」

 

 

 

 ヴリトラ系神器の統合処置を開始してから、既に三時間。サハリエルが中心となって神の子を見張る者が用意した黒い龍脈以外の三種のヴリトラ系神器が元士郎に組み込まれ、更に黒い龍脈と接続された。堕天使側の処置が終わり、サハリエルが一誠に元士郎の現状について説明を始めた。

 

「兵藤氏。匙元士郎氏に新たに組み込まれた邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)漆黒の領域(デリート・フィールド)龍の牢獄(シャドウ・プリズン)についてなのだが、正確には黒い龍脈を通して彼と繋がっているのだ。言ってみれば、メインPCにプリンター等のハード機器を接続した様なものなのだよ」

 

 この説明を聞いた一誠は、黒い龍脈以外のヴリトラ系神器の制御について確認する。

 

「つまり、他の三種の神器を制御するには黒い龍脈を通す必要があると?」

 

「理解が早くてこちらも助かるのだ。その結果、現状のままではヴリトラの力が非常に不安定となり、最悪の場合には匙氏の制御を外れて暴走する恐れがあるのだ。それでもヴリトラと同格以上のドラゴンを宿す兵藤氏かヴァーリ、あるいは特異的なドラゴンの力を持つ龍天使(カンヘル)である紫藤イリナ氏がついていれば制御できる見込みが十分にあるのだが、今のままでは到底成功などとは言えないのだ。……これが現時点における我々の限界なのだよ」

 

 少しだけ悔しそうな素振りを見せるサハリエルだが、一誠は彼等が自分達の事を卑下する必要など何処にもないと思っていた。

 

「いえ。ここまで接続が十分になされていれば、解放された魂の断片が黒い龍脈の方へと自然と流れていくでしょう。私の持つ知識や技術ではこの様な事は不可能でした。ですから、どうか胸を張って下さい」

 

 一誠はサハリエルを中心とした統合処置の実行班に労いの言葉をかけると、異相空間から静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に収められた真聖剣を呼び出す。一誠は静謐の聖鞘から真聖剣を抜くと、真聖剣の状態を確認した。対オーフィス戦で罅が入ってしまった刀身には既に罅一つなく、力の方も特に不足は感じられなかった事から真聖剣の修復は無事に完了したと一誠は判断した。

 

「ここからは、私の仕事です」

 

 一誠はそう宣言すると、真聖剣を元士郎に向かって振り下ろす。

 

「……征伐(スレイヤー)によって邪龍の黒炎、漆黒の領域、龍の牢獄に封印されたヴリトラの魂の断片を解放しました。魂の断片の動きは?」

 

「予定通り、黒い龍脈に封印されている魂の方に向かっているのだ。これで後は……」

 

 サハリエルからの返事を聞いた一誠は、この後の予定とその際の注意点について述べた。

 

「はい、一つに集まったところで黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)による癒しの波動で魂を完全に繋ぎ合わせます。その際、神器の反応に気を付けて下さい。場合によっては、こちらにも影響を及ぼすかもしれません」

 

「了解なのだ」

 

 そう言ってから元士郎の様子を注視し始めたサハリエル達の横で、一誠は黎龍后の籠手を発動しながら改めて気を引き締めていた。

 

 ……ここからが本番だ、と。

 

 

 

「うん? ここは何処だ? 俺は確かに麻酔代わりの睡眠魔術で深い眠りに就いていた筈だけどな……」

 

 ヴリトラ系神器の統合処置の為、一誠からのアドバイスを受け取ったのを最後に深い眠りに就いていた元士郎は意識を取り戻すと自分の周りを見渡した。しかし、周りには特に何も見当たらず、ただ光一つない漆黒の空間だけが広がっていた。このまま何もなければ次に目覚めるのは病室のベッドの上だと一誠から聞かされていたにも関わらず、気が付いてみれば周りには何もない空間にいた事で、元士郎は自分の置かれた状況を理解した。

 

「そうか。どうやら俺は一誠の危惧した通り、精神を神器の中に引き摺り込まれたって訳か。こうなると次に出てくるのは……!」

 

 元士郎が状況を把握して周囲に警戒し始めると、背後から唸り声が聞こえると同時に強烈なオーラを感じ取った。元士郎はすぐさま振り返って確認する。

 

「オイオイ、マジかよ……!」

 

 そこには、涎を垂らしながらこちらをジッと見つめる手足や翼のない東洋型に近いドラゴンがいた。その鱗の色は夜の闇よりもなお深い漆黒であり、その鱗の色を確認した元士郎はそのドラゴンが何者かを悟る。

 

「あれが五大龍王の一頭、「黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)」ヴリトラか。ただ何処をどう見ても、あれは正気を保っちゃいないよなぁ。……ったく、問答無用かよ」

 

 元士郎は愚痴を零しながらも黒い龍脈を発現する。異常に気付いたのは、その直後だった。

 

「なっ!」

 

 黒い龍脈がの色がヴリトラを表す黒ではなく、完全に無色透明だったのだ。猛烈に嫌な予感がした元士郎はいつもの様にラインを出そうとした。だが、黒い龍脈の口からはラインが全く出て来ない。これを受けて、元士郎は神器の中に封印されていたヴリトラの魂が復元されたのはいいものの、暴走状態になった事で一時的に神器の束縛から解放されてしまい、その結果としてヴリトラの力で能力を発動する黒い龍脈が機能不全に陥ったのだろうと推測した。同時に、事態が最悪の方向に向かっている事も悟る。

 

「つまり、俺は黒い龍脈抜きであの腹ペコ龍王をどうにかしなきゃいけないって事か。冗談にしては、ちょっとキツイぜ」

 

(だが、それでもやらなきゃ俺の魂がヴリトラに喰われて死ぬだけだ)

 

 そう腹を括った元士郎は、余りに重過ぎるハンデを背負いながらヴリドラに立ち向かっていった。

 

 

 

 一方、手術室の隣にある待機室に詰めていた一誠以外の訪問団のメンバーとヴァーリチームは、設置されているモニターで手術室の様子を見ていた。モニターの画面には、一誠が「対象者の夢や精神世界を映像として映し出す魔法」を使用して元士郎の現状を確認している様子が映し出されていた。なお、この魔法は一誠が一年前に出会ったネギ・スプリングフィールドから教わった「夢や幻想世界を覗く魔法」を元に構築したものであり、一誠は完成した後にロシウやはやて、そしてネギにも術式を教えている。

 

「おいおい、コイツは流石に不味いぞ。幾ら匙でも戦闘力の根幹を担っている黒い龍脈が使えないとなると、一方的にヴリトラにやられるだけだ」

 

 一誠が使用した魔法によって元士郎が最悪の状況に陥っている事を知ったアザゼルは、このままでは最悪の事態になると懸念を示した。しかし、ロシウは一誠が元士郎を助けに向かう事を良しとはしなかった。

 

「じゃが、他人の精神世界へのダイブはたとえ事前に準備を整えていたとしても余りに危険が大き過ぎる。まして事前準備もなくその場でいきなりでは尚更じゃ。総督殿、もし一誠が危険を承知で元士郎の精神世界へのダイブを敢行しようとすれば、儂は力づくでも一誠を止めるぞ。文句はあるまいな?」

 

「ねぇよ。イッセーと匙を天秤にかければ、俺だって間違いなくイッセーの方に傾く。匙には悪いが、三大勢力の和平の象徴として広く知られつつあるイッセーをこんなところで命の危険に晒す訳にはいかねぇ」

 

 アザゼルの非情な決断に同じシトリー眷属である椿姫と憐耶は表情を苦衷のものへと変える。彼女達も解ってはいるのだ。三大勢力における存在価値という点において、一誠と元士郎には天と地程の差があるという事に。しかし、だからと言って同じ主を持つ眷属仲間を見捨てる事に対して納得する事など早々できる筈もなかった。しかも、喰われるのだけは不味いとヴリトラの噛み付きを何度も躱した所にまるで狙い澄ましたかの様に振り回された尾で打ち据えられ、またヴリトラの全身から発せられる呪詛に苦しめられている所に口から吐き出された強烈な黒い炎をまともに食らった場面を目の当たりにすれば尚更だ。

 

「……何か、何か僕達にできる事はないんですか? 本当にただこうして見ている事しかできないんですか?」

 

 ギャスパーは焦燥感に駆られながらも何かできる事はないかと必死に考えるものの、名案などそうそう思い付く筈もなく、それによって更に焦燥感に駆られるという悪循環に陥っていた。その隣では、今や親友の一人と言っても何ら差し支えない元士郎の苦境を前に祐斗が唇を強く噛み締めて必死に自分を抑え込んでいた。余りに強く噛んだ為に、既に噛んでいる箇所は破けて鮮血が滴り落ちている。

 

「ギャスパー、祐斗。今お主達が感じているものをけして忘れるでないぞ。それこそが、今後お主達が戦いに出る度に一誠が抱き続けるものなのじゃからな」

 

 ロシウが激しい焦燥感を抱いている二人にそう諭すと、二人は視線こそ映像に向けたままだったがしっかりと頷いた。

 一方、対オーフィス戦で元士郎との縁が出来ていたヴァーリは内心期待していた相手が死に絶えようとしている様子を見て、残念そうな表情を浮かべる。

 

「匙元士郎、お前はここで終わるのか?」

 

 ……一誠が動いたのは、この直後だった。

 

「イッセーくんが匙君の右手を取って、胸の上に置いた? どうして?」

 

 イリナが言った通り、一誠は元士郎の右手を手に取ると胸骨の中央部分に掌が当たる様に右手を置いた。

 

「元士郎。ここからの声はお前には届かないだろうけど、重ねて言うぞ。自分と神器を信じろ。神器は必ずお前に応えてくれる」

 

 一誠は神器の中に精神を取り込まれてしまった元士郎に声をかけると、後はただ元士郎の様子を見守るだけだった。……まるで、この後の展開が解っていたかの様に。

 

 

 

Side:匙元士郎

 

 ここまで絶望的な状況ってのは、早々ねぇだろうな。

 

 ヴリトラから吐き出された黒い炎をまともに食らった俺は、呑気にもそんな事を考えていた。だが、今の状況が絶望的である事はけして間違ってはいない。俺の戦闘スタイルはあくまで黒い龍脈ありきのものなので、それが使えないとなると後は貧弱な魔力と如何にベルセルク師匠から教わっているとはいえまだまだ俄仕込みでしかない格闘術、あとは兵士(ポーン)の特性である昇格(プロモーション)があるだけで同格以上の相手にはまともに戦えなくなるからだ。まして、相手は五大龍王の一頭であるヴリトラ。普通なら、こんな状況での戦いを避けてさっさと逃げているところだ。……ここが俺の神器の中、つまり俺の精神世界という俺にとっては完全に逃げ場のない場所でなければ。だから、俺は絶望的な戦いを挑むしかなかった。正に背水の陣って奴だ。だが、心構えを変えるだけで圧倒的な力の差をひっくり返せるかと言えば、現実はそれほど甘いモンじゃない。

 ヴリトラは俺が身構えたのを見るといきなり大口を開けて俺を喰いに来た。流石に喰われる訳にはいかない俺は念の為にかなり間合いを取って躱したが、ヴリトラは執拗に俺に喰い付いてきた。ただヴリトラの動きが俺目掛けて一直線に向かう以外の動きを見せなかった事で、俺は今のヴリトラなら頭に攻撃を集中させれば何とかなるかもしれないという希望を抱いた。

 しかし、何度かヴリトラの攻撃を躱した時に突然ヴリトラが後ろを向いたと思ったら、遠心力がたっぷりと込められた尻尾の一撃が飛んで来た。完全に正気を失っている状態からのまるで狙い澄ました様な一撃に、俺はドラゴンの闘争本能の強さを見誤っていた事を悟った。回避は間に合わないと判断した俺はとっさにガードを固めたお陰で一撃KOだけは免れたものの、相手を見誤った代償は左腕の骨一本と肋骨にヒビという形で支払われた。腕とわき腹に走る激痛に俺は顔を歪めるが、ヴリトラの攻撃はこれで終わってはいなかった。ヴリトラは執拗に何度も尻尾による攻撃を仕掛けてきた。どうやら確実に俺を喰う為にまずは俺を弱らせる事にしたらしい。たださっきの不意打ちと違って、俺は戦車(ルーク)に昇格して防御力を高めた上でしっかりとガードを固めた事からダメージはかなり軽減されていた。だが、次第に俺の全身にまるで高電圧の電気でも流された様な激痛が走り始めた。打撃によるダメージにしては少しおかしいと思った俺は、そこでヴリトラが全身から生者を妬む呪詛を放っている事に気付いた。まるで声がそのまま物質化した様な印象のある呪詛が尻尾による攻撃を通して俺に纏わりつくと、ただひたすらに死を強制する言葉を俺の心に直接叩き付けてくる。しかも死の言葉を実現しようと俺の体をも蝕んできた。俺は体に纏わりつく呪詛に負けるものかと気を張り詰めて必死に抵抗していたが、ヴリトラの辞書には容赦という言葉が載っていないらしい。ヴリトラは俺が弱ってきているのを確認すると、大きく息を吸い込んでそこから真っ黒な炎を勢い良く吐き出してきた。腕と肋骨を折られ、度重なる尻尾からの強烈な打撃と体に纏わりつく呪詛によるダメージが蓄積している今の俺にこの真っ黒な炎を躱す余裕はなかった。

 ……そうして今も体を焼く真っ黒な炎を消そうと俺は形振り構わず地面を何度も転がってはいるが、炎はけして消える事なく、その勢いが衰える事もなかった。どうやらこの真っ黒な炎は呪いがセットになっているらしく、単純な方法では消えないらしい。だから、俺は黒い炎を消すのを諦めてそのまま戦闘を続行する事を決断し、力の入らない体に必死に鞭打って立ち上がる。ヴリトラの多彩な攻撃を受けて確実に死へと近付いている俺の魂はもはや限界そのものだったが、だからって「もう駄目だ、諦めよう」って気には全くならなかった。自分でも不思議に思う。いや、不思議でもなんでもねぇな。

 

「どうした、ヴリトラ。その程度か?」

 

 ……俺が以前言葉にした「会長とデキちゃった婚をする」っていう夢。今思えば黒歴史にも程がある夢をバカにせずに真摯に受け止めた上で間違い掛けていたのを叱ってくれた、無二の親友(ダチ)がいる。

 

「俺みたいにそこらにいる様な奴すら簡単に殺せないなんて、龍王の名が泣いているぜ?」

 

 ……色々とバカをやっては親に心配させていた俺に「レーティングゲームの学校で兵士の先生になる」って夢を見させてくれた、大切な主がいる。

 

「俺は雑草だ。そこら中に生えている他愛もない雑草だ。だから、簡単に踏み潰されるし、引っこ抜かれもする」

 

 ……親友を通じて広がっていく人の輪の中で出会い、また解り合う事のできた先達や仲間、それに勿体無くも俺を慕ってくれる後輩達がいる。

 

「だがな、雑草の生えていた地面の下にはその根っこが残っているんだ」

 

 ……そして、この先「追い駆けたい」って思ってくれる様な背中を見せなきゃいけない子供達がいる。

 

「そして根っこさえ残っていれば、雑草はまた地面から芽を出してより力強く天に向かって伸びていく」

 

 だから、骨を折られようが、呪詛に蝕まれようが、炎に焼かれようが、俺は何度でも立ち上がる。

 

「……だから、俺の胸の中でお前の炎より熱く、激しく燃え上がるものがある限り、俺は何度でも立ち上がる! 雑草魂、舐めんじゃねぇぞ!」

 

 ……今の俺よりも更に絶望的な状況に何度も陥りながらも折れる事なく立ち上がり続けた男を、俺は知っているのだから。

 

 だがその一方で、ヴリトラに対して有効な戦闘手段が俺にはないのがかなり痛い。今の俺は組み込まれた三つの神器はもちろん、本来の神器である黒い龍脈すら使えない。それでもこの状況を打開する為の策を考えていると、気が付いたら体がかなり楽になっていた。俺の体からいつのまにか真っ黒な炎が消え、呪詛もかなり減っていたのだ。一体何がどうなっているのか解らずにいると、俺は啖呵を切っていた時に偶々胸に当てていた右手に何か熱いものを感じた。

 

「何だ……?」

 

 そうして右手を見ると、掌の上で俺の魔力とそれとは異なる黒いオーラが仄かに光っていた。……この瞬間、俺の脳裏に今まで聞いてきた言葉が次々と再生される。

 

― 元士郎。基本的に力というものは大きな所から小さな所に流れていく傾向にある。だから、ラインを繋いだ相手が自分より強ければ強い程、自然にこちらの方へと力が流れ込む様になっているんだ ―

 

― 悪いな。ちょっと胸を触らせてもらうぜ? と言っても、目当ては胸骨にある力の集束点だ。それ以外には触れないし、あくまで医療行為の一環だから、正気に返って「セクハラだ」なんて言わねぇでくれよ? ―

 

― ボク達の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は、ドライグの力の受信器だって言ってたよね? だったら、逆にボクとお母さんの力をイッセー兄ちゃんに送る事だってできる筈だよ! ―

 

― 成る程、どうも黒い龍脈のレプリカは対象に直接触れる事で力を吸収している様だな。あるいは、黒い龍脈のラインは「力の流れを操作する」という能力を直接触れずに行えるように機能を拡張したものかもしれねぇ。いやコイツはかなり面白いデータが取れたぜ ―

 

 そして、一誠が直前にくれたアドバイス。

 

― 元士郎、自分と神器を信じろ。神器はお前の魂の一部だ。どんな事があろうとも、神器はお前に必ず応えてくれる ―

 

 ……この言葉で、全てが一つに繋がった。

 

「……ハハッ。そうか、そういう事かよ! 一誠! お前のアドバイスの意味、今確かに理解したぜ!」

 

 俺は全てを理解すると、ヴリトラと対峙している中であえて目を閉じる。自分が目の前にいるにも関わらず目を閉じた俺に対するヴリトラの訝しげな反応を無視した俺は、次に自分の魔力を胸骨の真上に集中させてからその上に右手を当てる。そうする事で、胸骨にある力の集束点に集められた魔力から俺の右手に、そして今は中身が抜けて空っぽになっているものへと流れ込んでいく。それに合わせて俺の体に残っている呪詛の力も取り込んでいく。ここであえて目を閉じたのは、ヴリトラを完全に視界から外して今やっている事に集中する為だ。そうとは知らないヴリトラは、俺がようやく観念したと判断してそのまま俺を喰らう為に真っ直ぐに向かってくる。ここからは時間との勝負だ。奴が俺を口の中に収めて噛み砕くのが先か、それとも俺の策が完成するのが先か。ヴリトラの口が大きく開かれるのが目を閉じていても解るが、ここで逃げれば胸骨に集中させた力が散ってしまい、死ぬのが僅かに先延ばしになるだけだ。だから、俺は最後まで踏み止まる。

 ……ヴリトラの牙が間近に迫った所で、俺は目を開けると同時に右手を上に掲げる。

 

「ウオォォォォォォッ!! 甦れ、黒い龍脈!!!!」

 

『GYAOOOOO!!!!!!』

 

 右手に撒き付いた小さな黒い龍が、復活の雄叫びを高らかに上げる。それと同時にラインが口から十本ほど伸びて、一本の鞭へと束ねられる。

 

「オラァッ!」

 

 俺は気合と共に鞭を振り下ろすと、目前まで迫って来ていたヴリトラの眉間に見事命中した。ヴリトラにしてみれば、俺を喰らおうと突進している所にカウンター気味に眉間へと不意打ちされた格好だ。それが思ったより効いたらしく、ヴリトラは慌てて俺から距離をとる。

 ……ついさっき組み込まれたばかりの三つの神器ならともかく、コイツは俺が生まれ持った神器だ。だから、俺の力で動かせない筈がない。俺の心に応えない筈がない。一誠は俺にそう伝え、俺はそれを心の底から信じ抜いた。まして本来宿っていたヴリトラの力も少しだが吸収したのだ、動かせない道理など何処にもなかった。

 

「ヴリトラ! 勝負はまだこれからだぜ!」

 

 ……自分の命を全賭けした大博打に、俺は勝ったのだ。

 

Side end

 

 

 

「元士郎、お前は本当に凄いよ」

 

 元士郎が自らの力だけで一度は機能不全に陥った黒い龍脈を甦らせた事にサハリエル様を始めとする統合処置の実行班が唖然とする中、僕は一人笑みを浮かべていた。鏡映しの英雄(ブレイブ・イミテーション)の性能確認テストを行った時に元士郎に変装したのだが、黒い龍脈のレプリカについてはラインを出す事ができず、相手に直接触れる形でしか力を吸収できないという結果になった。あれから色々と考えてみたが、あの時はひょっとするとラインを出す為の力が不足していただけではないのかという可能性に気が付いた。レオンハルトに触れてその力を吸収した際、微かにだが黒い龍脈のレプリカが反応した様な気がしたからだ。だから、僕は元士郎がレプリカの件を思い出して諦める事なくヴリトラに直接触れて力を吸収すればラインを出すところまでいけると思い、最後のアドバイスを送った。それにその切っ掛けになればと思い、胸骨の中央にある力の集束点の上に神器が発現する右手を置いた。

 ……だが、元士郎は僕の想定を飛び越えて「黒炎や呪詛を構成するヴリトラのオーラを糧とした上に、胸骨の中央にある力の集束点に自分の力を集束させて自発的に吸収させる」という奇手で黒い龍脈を復活させた。

 

「元士郎。お前は自分の事を他愛もない雑草だと言ったけど、僕は違うと思うよ」

 

 だから、僕は匙元士郎という不屈の雑草魂と闘志溢れる侍魂を合わせ持つ漢を親友に持てた事を誇りに思う。

 

「絶望の淵にあっても最後まで諦めず、勝利の可能性を自ら作り出したお前は、シトリー眷属にとって掛け替えのない存在だ」

 

 そして、今なら龍王に単身立ち向かう親友の為にできる事がある。

 

「グイベルさん」

 

『えぇ。私の波動の力、思う存分に使いなさい』

 

 黎龍后の籠手を着けた左の掌に右拳を当てる。それと同時にグイベルさんの波動の力を僕の力に同調させる。

 

『Tune! ……Resonance Boost!!』

 

 そして、黎龍后の籠手から発する波動と共鳴させる事で僕の力を爆発的に高めながら、その時が来るのを待った。

 




いかがだったでしょうか?

元士郎「俺みたいにそこらにいる様な奴すら……」

待機室のメンバー「いやいや、それはない」

では、また次の話でお会いしましょう。

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