未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第五話 アウラの日記

 神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在二日目。既にこの日のスケジュールを消化し終えた僕達は、それぞれの部屋に戻って寛いでいた。そして今、寝室にいる僕の目の前では等身大化したアウラが鉛筆で小さなノートに書き込みをしている。そこにこの部屋に入って来たイリナが僕に話しかけてきた。なおアウラは書き込みに集中していて、イリナが来ている事にまだ気づいていない。

 

「アウラちゃん、こっちでも日記を書いてるんだ」

 

 ……実は、イリナが言った様にアウラは今日の分の日記を書いている最中だ。切っ掛けとなったのはギャスパー君の停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)の制御問題と生徒会によるプール掃除が重なってしまった為に僕とアウラが初めて別々に行動した事だ。この日の出来事をアウラに聞かせてもらっていると、アウラが日記を書きたいと言って来た。「何日も会えない日が続いても、これでその時にあった事をパパに教えてあげるの」との事だったので、僕は幼稚園児でも書ける様な小さな日記帳を買って来てアウラに渡した。そうしてアウラは日記を書き始めたのだが、正直なところ僕は一週間で飽きが来るのではないかと思った。しかし、日記を書き始めてから一月が経とうとしている今もなお、アウラは一日も欠かさず書き続けている。そして日記を書き終わると、僕やイリナに読ませてくれるのだ。日記の内容についてはその日あった出来事がアウラの視点で書かれてあるので、これがまた結構面白い。その為、一日の終わりにアウラの日記を読ませてもらうのがここ最近の楽しみとなっている。

 

「あぁ。今も今日あった事を思い出しながら一生懸命書いているよ。アウラの日記は結構面白いから、最近は読むのが楽しみになっているんだ」

 

 ここで僕がアウラの日記に対して思っている事を伝えると、僕の隣に座ってきたイリナは満足げな笑みを浮かべる。

 

「そっか。そういう事なら、ソーナがアウラちゃんに日記を書いてイッセーくんに読んでもらう事を提案した甲斐があったって訳ね」

 

 イリナの口から発案者について思っていた通りの答えが出てきたので、僕は少しだけ意地悪をする事にする。

 

「提案したのは、やっぱりソーナ会長だったか。イリナじゃここまで気の利いた事は考え付かないからね」

 

「もう、イッセーくんったら。そういう事言っちゃうの?」

 

 すると、明らかに拗ねた様子でイリナが責めてきたので、僕は素直に謝った。

 

「ゴメンゴメン、流石に言い過ぎたよ。ただイリナって、「それよりも今のアウラちゃんを動画に撮ってイッセーくんに見せるわよ~」って言いそうなイメージだからさ。しかもいざ動画を撮ろうとしたら撮影に必要な機材が手元になくてがっかりするところまででワンセットかな」

 

 僕がイリナのイメージを伝えると、イリナは肩を落としてしまった。

 

「うっ。確かに私って割と突発的に行動するところがあるから、イッセーくんの言った通りになるかも。……イッセーくんって、本当に細かい所まで私の事が解っちゃうのね」

 

 そう言って恨めしそうに僕を見て来るイリナに、僕はお詫びの印としてイリナの肩を抱き寄せると額に軽くキスをした。

 

「これで許してくれる?」

 

 本当は額でなく唇にするべきなのだろうが、これで満足してもらわないと流石に色々と不味い。何せ、日記を書くのに夢中になっているが、アウラが目の前にいるのだから。

 

「うん、許してあげる」

 

 もちろんイリナもその辺りは解っているので、満足げな笑みを浮かべた。

 

「……です。ウン、これで出来上がり!」

 

 ノートに書き込んでいたアウラはそう言って顔を上げると、満足げな笑みを浮かべた。それでようやくイリナが来ている事に気付いたアウラは、イリナに日記を差し出した。

 

「あっ、ママ! ……今、日記を書いたばかりだけど読んでみて?」

 

「えぇ。イッセーくんと一緒に読ませてもらうわね」

 

 イリナがそう答えてアウラから日記を受け取ると、僕に寄り添いながら日記帳を広げる。それを見たアウラは僕にも日記を読む様に頼んできた。

 

「ねぇ、パパ。ママと一緒に読んでくれる?」

 

「そのつもりだよ、アウラ」

 

 僕はアウラにそう伝えると、イリナと一緒に今日の分の日記を読み始めた。

 

 

 

『20XXねん7がつ29にち はれ

 きょうは、きのうみたいにいろんなことがありました。さいしょに、そうちょうたんれんにエルレおばちゃんがさんかすることになりました。この時にバラキエルおじちゃんも来たけど、あけのお姉ちゃんのせんせいなのでちょっとちがいます。それではやてお姉ちゃんがエルレおばちゃんとしあいをしたんだけど、はやてお姉ちゃんもエルレおばちゃんもすごくつよかったです。ただ、エルレおばちゃんとたたかっている時のはやてお姉ちゃんはちょっとこわかったです』

 

 まずは早朝鍛錬の際に行われたはやてとエルレの模擬戦について書かれてあったので、僕はイリナと二人でその時の事を振り返る。

 

「あぁ、あれか。確かに色々凄かったな」

 

「ホントよね。はやてちゃんがグリューヘン・メテオールを使えば、エルレは全身から雷霆の魔力を放って迫ってきた魔力弾を全て撃ち落とすし、エルレがお母さんの形見の矛であるマイムールによる突撃(チャージ)を仕掛けたら、はやてちゃんは防御魔法で受け止めた後でブレイクインパルスなんて近接攻撃系における最強クラスの魔法を使おうとするし、二人とも模擬戦なのに本気で真剣勝負していたわね」

 

 イリナの言う通り、はやてとエルレは模擬戦でありながら本気の真剣勝負を。……いや、アレは明らかに命懸けの死闘を繰り広げていた。その為、最終的にははやてが砲撃魔法では最強のギガ・プラズマを放つと、エルレはマイムールに雷霆の魔力を注ぎ込んだ上で電磁加速によって亜光速にまで引き上げられた投擲術で対抗するというどちらが勝っても洒落にならない事態にまで陥ってしまい、皆がこの激突の余波に巻き込まれない様にする為、僕とロシウ、計都(けいと)、そしてサーゼクスさん一家の付き添いで今日の早朝鍛錬に参加していたマクレガーさんの四人で防御結界を張る羽目になってしまった。結局はお互いの攻撃を相殺し切った所で力を使い果たしてしまい、そのまま倒れ込んで引き分けに終わったのだが、はやてとエルレがここまでの死闘を繰り広げた背景にはやはり僕に下された嫁取りの勅命があった。

 

「はやては全力でぶつかる事で、皆の不満を代弁したんだ。納得がいかない、いく訳がないってね。そして、エルレはそれを避ける事も受け流す事もせずに真正面から受け止めた。昨日、イリナに言った事をはやてに対して実行したんだ」

 

 ……エルレは変な所で不器用で、だからこそとても優しい女性だった。

 

「エルレ小母ちゃん……」

 

 アウラがエルレに想いを馳せると、イリナが暗くなってしまった雰囲気を変えようと明るい声で話しかけてきた。

 

「でもだからこそ、模擬戦が終わった後のはやてちゃんはとてもスッキリした顔をしてたじゃない。この辺りはやっぱり年の功なのかしらね?」

 

 ……実際その通りなのだろうが、本人にはけして聞かせられない言葉だろう。僕はそれをイリナに伝える。

 

「その台詞、エルレが聞いたらたぶん怒ると思うよ。「年の功なんて言われる程、俺はまだ老けてねぇ!」ってね」

 

「そうかな? エルレなら、むしろ気にする素振りも見せずにさらっと流しちゃいそうな気もするけど」

 

 何度か接して話もした事でエルレの為人をある程度は掴めているが、確かにイリナの言う事も十分あり得る。ただ、やはりエルレには「年の功」という言葉を言わない様にイリナに言い聞かせる。

 

「それもあり得そうだけど、今の台詞はやっぱりエルレには黙っておこう。女性が好き好んで聞きたい台詞でもないだろうしね」

 

「それもそうね」

 

 僕の意見に対してイリナが納得した所で、僕は模擬戦の後の出来事について触れる事にした。

 

「それではやてとエルレの模擬戦が終わった後なんだけど、実はアザゼルさんがブレイクインパルスについてかなり真剣に基本原理や術式構成をはやてに訊いていたんだ。あの分だと、近い内に人工神器(セイクリッド・ギア)で再現するつもりなんじゃないかな?」

 

「……それ、ちょっと怖いかも」

 

 杖または素手で接触する事で対象の固有振動数を解析し、それに合わせた振動エネルギーを叩き込んで粉砕するというブレイクインパルスの絶大な破壊力を知っているイリナは、それを再現した人工神器が猛威を振るう様を思い浮かべたらしく、顔が少し青褪めていた。それを見た僕は、話題を変える為に今日の分の日記を読み進めていく。

 

 

 

『そのあと、パパとママ、はやてお姉ちゃん、レイヴェルおばちゃん、あけのお姉ちゃんといっしょにグリゴリのほんぶの中をけんがくしました。セイクリット・ギアをけんきゅうしているだてんしさん達はまるでアザゼルおじちゃんみたいにパパとたのしそうにおはなししてたけど、あたしにはむずかしくてちょっとしかわかりませんでした』

 

 次に書かれていたのは、本部にある様々な施設の視察についてだった。施設の説明を担当した堕天使の研究者達との意見交換については僕自身もかなり良い勉強になったが、驚いたのはアウラがそれを少しだけでも理解していた事だった。現に余りに専門的過ぎて全く話についていけなかったイリナは、アウラの頭を撫でて褒めている。

 

「私にはさっぱり解らなかった事をちょっとでも解っちゃうなんて、アウラちゃんって本当に頭が良いのね」

 

「エヘヘ~」

 

 イリナに褒められて無邪気に喜んでいるアウラだったが、念の為にどれくらい話について行けていたのかを確認する。

 

「因みに、アウラはどんな事が解ったのかな?」

 

「えっとね。パパは神器の事を神様が人間に遺した可能性の種だって言った事。あたし、それを聞いて、神様って祐小父ちゃんが魔剣創造(ソード・バース)和剣鍛造(ソード・フォージ)に変えたみたいに普通の神器からパパやヴァーリ小父ちゃん、それにレオお兄ちゃんみたいな神滅具(ロンギヌス)に成長させてほしかったのかなって、そう思ったの」

 

 ……僕が研究者達に伝えたかった事を、アウラは確かに理解していた。このアウラの考えを聞いたアザゼルさんは、一体どの様な反応をするのだろうか?

 

「神器を神滅具に成長……?」

 

 イリナはアウラの考えに首を傾げているので、僕はここで補足説明を入れた。

 

「アウラの言う通りだよ。僕は礼司さんや瑞貴、セタンタと一緒に色々な場所にいた子供達を助けていく中で、子供達に宿っていた様々な神器に触れる機会があった。もちろんそれだけでなくて、妖怪や悪魔、堕天使のハーフやクォーター、更には先祖帰りを起こした子は神器とはまた異なる異能を秘めていたんだけど、そうした様々な可能性に触れていく中で僕はある考えに思い至ったんだ。聖書の神が様々な力を持つ神器を作り、それを信仰で区別する事なく人間やその血を引く者に与えたのは、始祖であるアダムが知恵の実を食べた事で得た進化の可能性に期待したからじゃないかってね」

 

 ……その一方で、自ら手掛けた神器を人間に秘められた未知の可能性と交える事でバグやイレギュラーを誘発して己を含めた神をも打倒し得る力を生み出し、それをあらゆる神話と繋がっている人間という種族に与える事でその力を作り与えた自分を崇拝させると共に自分以外の神への畏怖や敬意を損なわせる事で人間からの信仰を独占する。それもまた聖書の神が神器を作った目的の一つである筈だ。

 ただ、流石に十字教の敬虔な信者であったイリナに対して、僕の考えをここまで伝えるつもりはない。僕自身、聖書の神に対して辛辣過ぎると思っているからだ。

 

「私達人間に対して、主がそこまでご期待になられていたなんて……!」

 

 それに、僕の考えを聞いてイリナが感動しているのを台無しにしたくないという思いもある。だから、ここで話を打ち切って日記の続きを読んでいく。

 

 

 

『パパやママといっしょにいろいろなところをけんがくしているとちゅうで、ヴァーリおじちゃんたちがやってきました。げんきいっぱいのクローズお兄ちゃんもいっしょです。それにはじめてあった時もそうだったけど、ヴァーリおじちゃんのお友だちはみんなパパにきょうみがあるみたいで、びこうお兄ちゃんもアーサーお兄ちゃんもパパにいっぱいはなしかけていました。それと、ルフェイお姉ちゃんはまほうをおしえてくださいって、いっしょうけんめいパパにたのんでいました。あの時のパパは、まるでママにしかられているみたいにタジタジになってて、ちょっぴりなさけないとおもいました』

 

 ここまで読み進めた時点で、イリナがクスクスと笑いながら僕に話しかけてきた。

 

「……だって。イッセーくんって、ルフェイさんにだけは敵わないのよね」

 

 明らかにからかっているイリナに対して、僕は少しだけムッとしながらも何故ルフェイがあれだけ積極的に出ているのかという推測を述べる。

 

「ルフェイもやっぱり魔法使いの一人なんだろうね。ヴァーリやアーサーさんの話だと普段は極々普通の女の子なんだけど、事魔法になると途端に人が変わってしまうみたいだよ」

 

 ……それだけに、あくまで純粋な知的好奇心と向上心から僕に教えを請いにきているルフェイに対して、僕も無下に退けるのは何処か憚られた。

 

「ただ、それなら僕でなくはやてやロシウに教えを請えばいいんだけどね。次元世界の魔法を収めた夜天の書を持つはやてや夜天の書すら上回る数の魔法を修めているロシウの方が、僕よりもずっと教わる事が多いだろうに……」

 

 僕はルフェイに対する愚痴を零しながら、深い溜息を一つ吐く。すると、イリナからルフェイがあくまで僕から魔法を教わる事に拘っている理由に関する推測を述べてきた。

 

「それって、イッセーくんがこの世界における()(どう)(りき)の開祖なのと、自然魔法という全く新しい理論に基づく魔法体系を築き上げちゃったからじゃないかしら?」

 

「やっぱりそうなるのかな? ……仕方ない、ルフェイには後で自然魔法の基礎だけでも教えるとするか。それで少しはマシになってくれるといいんだけどね」

 

 ……尤も、逆効果になるのではないかという不安もあるのだが。

 

 ルフェイに対する今後の接し方についてとりあえずの方向性を見出したところで、アウラが僕にある事を尋ねてきた。

 

「でも、パパ。どうしてアーサーお兄ちゃんから支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)を譲ってもらわなかったの?」

 

 ……そう。実はヴァーリ達が独自に入手した情報とペンドラゴン家に伝わる伝承を照らし合わせた結果、支配の聖剣が発見されたのだ。そして現在は聖剣使いであるアーサーさんが支配の聖剣を所持している。その為、アウラはすぐ側に最後のエクスカリバーがあるのになぜ僕が手を出そうとしないのか、不思議でならないらしい。もちろん、それには理由がある。

 

「簡単に言えば、支配の聖剣を譲ってもらう為の代価を僕がまだ用意できていないからだよ。確かにオーフィスとの再戦に備えて真聖剣を完成させなければいけないけど、だからといって「ただで譲って下さい」なんて流石に筋が通らないしね。だから、時間を見つけてその代価を準備しようと思っているんだ」

 

 ただ、こうなると支配の聖剣そのものとそれを手に入れるまでに費やした時間や資源に見合うものを用意しなければならなくなる。それこそ、余りに強大な力を秘めていた為に先代騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王が早々に秘匿した武具を提供する必要があるだろう。最有力候補としては、アイルランドの巨人王を打ち破った時の戦利品であり、選定の剣ことコールブランドですら切れなかった巨人王の蛇の装具を一太刀で切り落とした事から一時期コールブランドを甥のガヴェインに預けて自ら腰に帯びたという逸話もあるマルミアドワーズが挙がる。だが、このマルミアドワーズはギリシャ神話における火と鍛冶の神であるヘパイストスによって鍛えられたという神造兵器である上に最初の所持者がこれまたギリシャ神話の大英雄であるヘラクレスだ。それを踏まえると、外交戦略の一環としてギリシャ神話との関わりが深いマルミアドワーズをギリシャ神族に返還すれば、こちらに対する悪感情を多少は緩和する事ができるだろう。そうなると、護身用の短剣でありながら一太刀で魔女を一刀両断したというカルンウェナンが次の候補に挙がるが、流石にそれだけでは少々不足がある。あるいは先代が最期の戦いであるカムランの戦いにおいて使用したロンゴミニアドと反逆者であるモルドレッドが宝物庫より持ち出したクラレントが戦後の混乱によって所在不明になっているので、八卦を用いて見つけ出した上でカルンウェナンとセットにするべきか。

 ……先代騎士王の末裔から聖剣エクスカリバーの欠片を利用した複製品を譲ってもらう為に、先代騎士王がかつて所有していた武具と交換する。何とも奇妙な話になったものだ。

 僕が支配の聖剣を譲ってもらう為の方策を考えていると、イリナがクローズについて触れてきた。

 

「……クローズ君、元の元気でやんちゃな男の子に戻っていたわね」

 

「あぁ。無理に明るくしている様子もなかったから、ヴァーリ達との旅を楽しんでいるのは間違いないよ。やっぱり、カテレアさんが自分の側にいるのが大きいんだろうね」

 

 すっかり元通りになったクローズを見て、僕達は安堵の息を漏らした。ヴァーリ達と行動を共にさせる事で一時悲しみを忘れさせると共に一人ぼっちでない事を実感させるという試みは無事に成功を収めたのだ。そうして、話はやがてクローズの持つ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のレプリカに宿っているカテレアさんへと及んでいく。

 

「それにしても驚いたのは、ロシウから術式について説明を受けていたとはいえ、カテレアさんが赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を修得していた事だよ」

 

「そうそう。クローズ君の体から(キング)の駒が出て来て先代レヴィアタンの魔方陣を通ったら、そこからカテレアさんが実体化するんだもの。あれには流石にびっくりしたわ」

 

 ……実はクローズと暫く話をしている内にカテレアさんに関する話題となったのだが、そこでカテレアさんがいきなり赤龍帝再臨を使用して実体化してみせたのだ。これには流石に僕も驚いたし、その場にいた他の皆も同様だった。しかも、赤龍帝再臨を使用する上で必要なのは何も術式だけではないので、それを知っている僕は特に驚いた。

 

「赤龍帝再臨には普通に唱えると十時間はかかる長い呪文があるから、実際に使おうとすれば高速神言がどうしても必須になるんだ。その高速神言をカテレアさんは半月ほどで修得した訳だから、二重の意味で驚いたよ」

 

「カテレアさん、何気に純血の上級悪魔としては珍しい努力家だったのね」

 

 イリナはカテレアさんの事を純血の上級悪魔としては珍しい努力家だと言ったが、それだけではない。貴族階級に属する純血悪魔は基本的に自らを鍛える事をしない。それは貴族階級に属する純血悪魔が生まれつき強大な魔力を持っており、その魔力を使いこなせる様になってしまえば暴力で殺される心配がほぼなくなるからだ。それどころか、自分を鍛えて直接的な暴力を高めるよりは貴族社会を強かに生き延びる為に必要な人脈の構築に力を注ぐ方が理に適っているという世知辛い現実もある。ましてカテレアさんは先代魔王であるレヴィアタンの直系なので、その傾向はより顕著だ。そうした貴種として積み重ねてきた千年以上の歩みを覆しての偉業なので、カテレアさんには本当に頭が下がる。

 

「でも、そのお陰でクローズはすっかり元通りだし、レヴィアタンの特性である無敵鱗(インビジブル・スケイル)の扱い方をカテレアさんから直接教わる事ができる様になった。だから、これでいいんだよ」

 

 以前、僕がオーフィスに屈することなく立ち向かう様をセラフォルー様は「お父さんパワーを全開にした」と表現した。ならば、今のカテレアさんはお母さんパワーを全開にしていると言ったところだろう。どうやらまた一人、一人の親として尊敬できる人に出逢えた様だ。そうして父親として気持ちを新たにしたところで、アウラの日記を再び読み始める。

 

 

 

『それで、クローズお兄ちゃんやヴァーリおじちゃんたちもいっしょにべつのおへやにいくと、そこにはセイクリッド・ギアのれんしゅうをしていたお兄ちゃんたちやお姉ちゃんたちがいました。お兄ちゃんたちやお姉ちゃんたちはあたしとクローズお兄ちゃんとあそんでくれて、あたらしいお友だちになってくれました。クローズお兄ちゃんもあたしも、とてもうれしかったです。このままがんばれば、ともだち百人できるかなぁ?』

 

 アウラがクローズに連れられて神器保有者の子供達と一緒に楽しく遊んでいる光景を目に浮かべながら、僕はアウラに話しかける。

 

「アウラ、堕天使の皆さんが保護した子供達といっぱいお話ししていたし、いっぱい遊んでいたね。それで新しいお友達がいっぱいできたんだ」

 

「エヘヘ~。同い年のお友達はまだミリキャス君とリシャール君だけだけど、これでまたお兄ちゃんやお姉ちゃんのお友達が増えたよ、パパ。この調子でお友達を百人作って、皆でピクニック行ったり、お歌を歌ったり、そんな楽しい事をいっぱいするのがあたしの夢の一つなんだ」

 

 期待に目を輝かせながらそう語るアウラであるが、やはり子供というのは友達作りの天才らしい。それに聖魔和合を言い出したのは僕でサーゼクスさん達がそれに乗ってくれた以上は最後まで自分でやり遂げるつもりだが、本当の意味で完成させるのは僕ではなくアウラを始めとする子供達かもしれない。その様な事を僕は思った。

 

「そっか。だったら、色々な場所にいる色々な子達と、色々なお話をいっぱいしないとね」

 

「ウン!」

 

 だから、アウラの「お友達を百人作る」夢を僕は応援する。それもまた僕に与えられた使命を果たす上で必要な事であり、同時に一人の父親としての責務であると思うから。

 

 

 

『さいごに、みんなでいっしょにばんごはんのカレーを食べました。カレーを作ったのはパパとロシウおじいちゃん、はやてお姉ちゃんの三人で、たべものがおそらでおどってカレーにかわっていくのはすごいって思いました。あたしもパパたちみたいなことができるまほうしょうじょになりたいです』

 

 アウラの日記は夕食に僕達が作ったカレーを食べた所で終わっていたが、その作り方にアウラは驚いていたらしく、その場にいたイリナもアウラと同じ感想の様だ。

 

「アレ、本当に圧巻だったわ。食材が空に浮かんだと思ったら次々と魔術や魔法で加工されちゃうし、その後は空の上で絶妙な火加減で加熱されて、最後に水の球に入ったと思ったらその外側を炎が取り巻いてこれまた絶妙な火加減で煮込んでいくんだもの。あれを見たルフェイさん、はやてちゃんやロシウ老師を見る目がすっかり変わっちゃっていたわよ」

 

 ……僕とロシウ、はやての三人は、ちょっとしたパフォーマンスの一環で調理道具を一切使わずに魔法や魔術だけでカレーを作ってみせた。その結果、今イリナが言った様な光景が子供達の前で繰り広げられたのである。なお、最後の味付けを駒王学園初等部が誇る料理の鉄人たるはやてが担当した事もあって、子供達の受けは非常に良かった事を付け加えておく。

 

「あれ、実はやろうと思えば魔法や魔術の基礎だけで可能なんだけど、相当に技術を磨いていないと最初の加工すらも満足にできないからね。僕もはやてもロシウから魔導を教わり始めた頃は、よくあれをやらされて基礎技術を徹底的に叩き込まれたよ。魔法使いとしては十分一流であるルフェイであれば、それが一目で解るだろうね」

 

 同時に、高純度の魔法薬を作るには不純物が少しでも入らない様にする必要がある為、前処理は先程カレーを作った時と同様の手順で行う事になる。そして、この後に有効成分の抽出や蒸留といった処理を行う訳だが、僕やはやてでは専用の器具が必要になるところをロシウは魔術や魔法で済ませる事ができる。その結果、ロシウが作った魔法薬は使った材料が全く一緒でありながら僕達の作った物より品質が数段上になるのだ。「非日常の奥義は日常の中にこそある」とはロシウの言であるが、魔法や魔術を用いた料理の腕前が調合した魔法薬の品質に繋がるのを考えると一理あるのかもしれない。僕がそういった事を考えていると、イリナが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。光力でもこれと同じ事ができるの?」

 

「可能だよ。僕が使える力で一通り確認したら全部いけたから、間違いない」

 

 僕がそれが可能な事を実証済みであると伝えると、イリナはお礼の言葉を言って来た。

 

「ありがとう、イッセーくん。それなら、後でロシウ老師に今後の光力の制御訓練について相談してみるわ」

 

 ……どうやら、僕達が先程やってみせた事はイリナにとっても少なからず衝撃的だったらしい。

 

 

 

 こうして神の子を見張る者本部の滞在二日目が終わったのだが、僕達が本部内の施設の視察をしている間、他の皆はそれぞれの担当者について身体検査を行っていた。翌日にヴリトラ系神器の統合処置を控えている元士郎はサハリエル様が特に念入りに検査を行っていたのだが、元士郎には特に気負った様子がなかったとの事なので、僕はこれなら大丈夫だと安堵した。

 

 ……ただ、それでも明日は長い一日になりそうな予感が僕にはあった。

 




いかがだったでしょうか?

二日目の出来事を一つずつ取り上げるとどう考えても三話以上になりそうだったので、アウラの日記という形でまとめてみました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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