未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第四話 声よ届け

 非常に不味い方向に進みつつある流れを断ち切ったのは、朱乃さんの声だった。

 

「待って!」

 

 ……正直な所、非常に危ない所だった。もう少し話が進んでいたら、僕もバラキエルさんの申し出を受け入れるしかなくなっていた。そして朱乃さんは、おそらく一生後悔して生きていく羽目になっていただろう。

 ただ、バラキエルさんがここまで追い詰められていたとは、流石に思いもよらなかった。おそらくは奥さんである朱璃さんを護れなかった事と娘である朱乃さんの心に深い傷跡を付けた事で、己の無力と不甲斐なさをずっと責め続けていたのだろう。だから、朱乃さんが重度のPTSDで苦しんでいる事実を目の当たりにした事で、自分との関係を完全に断ち切った上で朱乃さんを個人的な所でも手助けできる人物に託す事を決断してしまったのだ。しかも僕には既に将来を誓い合っている女性がいる事を教えてしまったのも不味かった。普通なら同年代の異性という事でバラキエルさんに父親としての警戒心が働くのだろうが、これを知った事で僕が娘を安心して預けられる身持ちの固い男の様に見えてしまったに違いない。それに堕天使の指導者で旧友でもあるアザゼルさんに僕が信用されている事も重なって、僕の事を朱乃さんを託すに足る人物だと判断してしまったのだろう。

 もはや託される側である僕ではどうにも手の打ち様がなかったのだが、朱乃さんのお陰でとりあえず不味い流れを断ち切る事ができた。それだけに、この次に出てくる言葉でおそらく全てが決まる。僕にはそう思えた。

 だが、朱乃さんから次の言葉がなかなか出て来ない。さっきは殆ど条件反射に近い形で声を上げただけに、ここから何を言えばいいのか判断がつかないのだろう。……それに。

 

「朱乃、無理をしなくてもいい。……体が震えているぞ」

 

 バラキエルさんが言った通り、朱乃さんの体はPTSDによるフラッシュバックの影響で未だに震えていた。

 

「でも、私、私は……!」

 

 朱乃さんは何とか自分の気持ちを伝えようとするが、その度に震えが酷くなって言葉が出せなくなってしまっていた。このままでは、朱乃さんとバラキエルさんの親子関係が本当に終わってしまう。

 

 ……ならば、打つ手は一つだ。

 

「朱乃さん。バラキエルさん。この際ですから、朱璃さんの意見を直接聞いてみませんか?」

 

「……えっ?」

 

「それは一体どういう事かな?」

 

 僕の言葉に首を傾げる朱乃さんとバラキエルさんに対し、僕はこれから行う事について説明する。

 

「簡単に説明すれば、今からお二人の縁を頼りに朱璃さんの魂をここに降ろします。今の朱乃さんとバラキエルさんに一番必要なのは、きっと朱璃さんの想いを知る事だと思いますから。そんな事が本当にできるのかと言われれば、僕は神聖魔術を修めていてその奥義である降霊術も使えるので、できます。現にコカビエル達による聖剣盗難が発覚する少し前、聖剣に対する復讐心で暴走しかけていた祐斗に対し、降霊術で祐斗の「家族」と呼べる聖剣計画の被験者達の魂を呼び出して、その想いを祐斗に直接伝えてもらいましたから」

 

 僕は説明を終えると、部屋に備え付けてある通信機を使ってアザゼルさんに連絡を入れた。

 

『おう。どうした、イッセー?』

 

「アザゼルさん。今から僕達の部屋で光力が、イリナ達に割り振られた部屋で魔力が、それぞれ結構な強さで感知されると思います。ですが光力は僕、魔力はアウラのものですから、緊急事態として兵を差し向ける事のない様にお願いします」

 

 僕が用件を伝えると、アザゼルさんは首を傾げながらも了解してくれた。

 

『状況がイマイチ見えてこねぇが、解った。俺が警備班の連中に一声かけておく。それと念の為、この通信はこのまま繋いでおくぞ。映像を通してとはいえ、俺が実際にこの目で見ておかねぇと誰も納得しないからな』

 

「アザゼルさん、ありがとうございます」

 

 アザゼルさんへの連絡を終えると、次はアウラに念話を繋ぐ。

 

〈アウラ、一つお願いがあるけどいいかな?〉

 

〈どうしたの、パパ?〉

 

〈今から全力で降霊術を使用するから、その間だけ僕の魔力を預かってほしいんだ〉

 

 僕が魔力を一時預かる様に頼むと、アウラはどういう事なのかを解っているのですぐさま承知してきた。

 

〈うん、いいよ! ……でも、ママ達以外にはまだ()()をお披露目してないから、アザゼル小父ちゃんはビックリしちゃうかも〉

 

〈ハハッ、それもそうだね。まぁアザゼルさんには連絡を入れているし、映像通信を通して見ているからたぶん大丈夫だよ〉

 

 僕が既に最高責任者に話を通している事を伝えると、アウラは納得してくれた。

 

〈そうなんだぁ。……パパ、あたしの方は準備できたよ〉

 

〈解った。それじゃ始めるよ〉

 

〈ウン!〉

 

 アウラから準備ができた事を伝えられた僕は、早速自分の持つ全ての魔力をアウラに譲渡する。それにより、僕は光に包まれると共にその姿を大きく変える。

 僕には天使の光力と悪魔の魔力、そしてドライグのオーラが宿っている。逸脱者(デヴィエーター)である事を明かす前は、光力を自力で抑え込む事で四対八枚の赤い悪魔の羽と一対三枚の赤いドラゴンの羽を出していた。ならば、光力ではなく魔力を抑え込むとどうなるのか? また、魔力を抑え込むのではなく僕の「魔」を司るアウラに譲渡した場合はどうか?

 

 ……その答えが、これだった。

 

「天使……?」

 

「ホウ。四対八枚の天使の翼と三枚のドラゴンの羽、そして頭上に輝く天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)からドライグの赤いオーラと金色の聖なるオーラが入り混じった状態で放たれておるわ。確かに儂等はここ最近常に実体化してはやてを護衛する為にお主の側を離れておったから、流石にこれは見た事がなかったのう」

 

 ドラゴンと天使の特徴を併せ持つ存在へと変わった僕の姿を見て、朱乃さんは呆気に取られる一方でロシウは感心する様な台詞を口にする。

 

「あぁ。そう言えば、逸脱者だって事を世界中に明かす前は天使の力を抑え込む形で、一対三枚のドラゴンの羽と四対八枚の悪魔の羽が赤く染まったヤツを出していたんでしたっけ。要はそれを反対にしたって訳ですか」

 

 僕が今の姿になる為の基本原理をセタンタが口にした事で、バラキエルさんは朱乃さんに変装した際に僕がやってみせた事の裏事情を悟ったらしく、僕に確認を取ってきた。

 

「……そうか。先程の鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストで朱乃に変装した際、朱乃本人ですらできない筈の堕天使化ができたのは君自身が天使化できるからなのだな」

 

「そうです。今の僕は悪魔としての魔力を一時的に「魔」を司るアウラに全て譲渡した上で天使としての「聖」の力をドライグのオーラで強化した状態ですから、当てはまるのはイリナと同じく龍天使(カンヘル)でしょう」

 

 今の龍天使形態について僕が簡単に説明すると、アザゼルさんは口を挟んできた。

 

『それとドラゴンの赤いオーラと光輝く聖なるオーラが入り混じっている事から、赤を二つ重ねた文字で「赤い」と「光輝く」の両方の意味を持つ「(あか)」を付けて赫の龍天使、カーディナル・カンヘルってところか』

 

「二つのオーラが入り混じった色は同じ赤でも朱に近いので、カーディナルよりはヴァーミリオンの方が適切だと一瞬思いましたが、この状態の僕のオーラの色と十字教の枢機卿が纏う礼服の色とを掛けているんですね」

 

 アザゼルさんの命名に納得した所で、僕はバラキエルさんと朱乃さんの二人に手を差し出す様に頼む。

 

「お二人とも、お手を。先程説明した通り、お二人の縁を利用して朱璃さんの魂をここに降ろします」

 

 僕の頼みを聞いた二人は差し出した僕の掌の上に自分達の手を重ねてきたので、僕は光力を使って降霊術を発動した。高速神言を利用して数時間に渡る呪文の詠唱を大幅に短縮しながら、二人に共通する縁を頼りに広大な冥界の何処かにいる朱璃さんの魂を探していく。……探索する事、数分。朱璃さんの魂は思ったより早く見つかった。どうも堕天使幹部の妻となり、その間に娘を儲けた縁によって、冥界でも堕天使領の方へと引き寄せられていたらしい。

 

「煩悶たる浮世より解き放たれ、安寧たる常世へと移り住みし者よ。我が声、我が求めに応じて今一度浮世へと立ち戻り、浮世の者達と言葉を交わし給え……!」

 

 僕が降霊術の呪文を詠唱し終えると、僕のそばに光力による魔方陣が形成される。その魔方陣から光が数秒間立ち上り、その光が収まるとそこには朱乃さんによく似た女性の魂がいた。その女性の魂を見た朱乃さんは、その瞬間に両手で口を押さえてしまう。

 

「あっ……。あぁぁぁ……!」

 

 朱乃さんはもはや言葉にならない位に、感情が高ぶってしまっている様だ。一方、バラキエルさんはその女性の魂を一目見ると、背を向けてしまった。……会わせる顔がない。そう言わんばかりに。この二人の余りに対照的な反応の中、朱乃さんによく似た女性の魂から笑顔で感謝の言葉を伝えられた。

 

『まさか、こうしてまた面と向かって朱乃やあの人と話ができるなんて思わなかったわ。ありがとう、兵藤一誠君』

 

「いえ。本来であれば今を生きている僕達が朱乃さんとバラキエルさんの手助けをしなければなりませんでしたが、力及ばず貴女にご協力を仰がなければならなくなってしまいました。むしろ、僕達は貴女に対してお詫びしなければならないとすら思っています。……姫島朱璃さん」

 

「母様!」

 

 そう、彼女こそがバラキエルさんの奥さんにして朱乃さんの母親でもある姫島朱璃さんだ。朱璃さんは笑顔のままで自分に任せる様に伝えて来る。

 

『こちらに降ろしてもらっている間に二人の現状は聞かせてもらったわ。後は私に任せて』

 

 朱璃さんはそう言うと、朱乃さんとバラキエルさんと向き合った。

 

「母様! 私、私……!」

 

『あらあら。朱乃ったら、そんなに大きくなったのにまだまだ寂しがり屋さんなのね。……でも、朱乃。まずは父様と話をさせてちょうだい』

 

 母親と再会した喜びの余りに言葉にならない朱乃さんの様子を微笑ましく見ていた朱璃さんだったが、まずは自分の方を向こうとしないバラキエルさんの方を優先した。

 

『あなた、こちらを向いてくださいな』

 

「朱璃。十年前に死んでしまったお前とこうして再び言葉を交わせるとは夢にも思わなかった。この様な奇跡を私達に齎してくれた兵藤君には、本当に感謝の言葉もない。……だが十年前、私達堕天使に恨みを持つ刺客達からお前を守り切れず、更には朱乃の心に取り返しのつかない深い傷をつけてしまった。そして、今もなお朱乃を苦しめてしまっている。そんな私にお前に会わせる顔などあろう筈がない」

 

 やはり、十年前の出来事は朱乃さんだけでなくバラキエルさんの心にも相当に深い傷跡を残した様だ。バラキエルさんは朱璃さんと顔を合わせようとせず、苦衷に満ちた表情で己の心中を語っていく。すると、朱璃さんが思いがけない事を告白してきた。

 

『それを言ってしまったら、私の方こそあなたと朱乃に会わせる顔がなくなってしまうわ。……十年前、あなたと朱乃を置いて勝手に死んでしまった事であなたと朱乃をずっと苦しめてしまった事を、私はずっと後悔していたんですから』

 

 朱璃さんの告白を聞いたバラキエルさんは、すぐさま振り向いて朱璃さんの言葉を否定する。

 

「それは違う! 違うぞ、朱璃! あれは私が、私さえ朱乃と約束した通りに一緒に家にいれば……!」

 

『だから、おあいこよ。あなた』

 

 話を遮ってきた朱乃さんの言葉に、遮られた本人であるバラキエルさんは呆気に取られた。

 

「おあいこ……?」

 

『そう。結局のところ、私達は二人揃って朱乃を置き去りにしてずっと苦しい想いをさせてしまったの。だから、おあいこ。そんな私達が今朱乃にしてあげなきゃいけない事は、たった一つ。そう、たった一つだけなのよ。あなた』

 

 朱璃さんからそう促されると、バラキエルさんは己のやるべき事を悟った様だ。その表情から苦衷の色が消えた。

 

「……そうか。そうだな、朱璃の言う通りだ」

 

 そして、バラキエルさんは朱乃さんに声をかける。

 

「朱乃、朱璃の近くに行こう。降霊術で呼び出されている朱璃は、その術式の起点になっている魔方陣から出る事ができない筈だ」

 

 バラキエルさんに促された朱乃さんは、少し戸惑いながらもバラキエルさんと並んで朱璃さんの元へと近寄っていく。やがて二人が降霊術の魔方陣の中に入ると、朱璃さんが朱乃さんを抱き締め、その二人をバラキエルさんが上から抱き締めた。

 

「母様? ……父様?」

 

 戸惑う朱乃さんに対し、バラキエルさんと朱璃さんは親としての想いを語っていく。

 

「朱璃を目の前で失ったお前に対して私がやらなければならなかったのは、お前からの拒絶に身を竦ませる事ではなく、こうしてお前を抱き締めてその悲しみと恨みを全て受け止めてやる事だった。……十年も遅れてしまって済まなかった、朱乃」

 

『朱乃。確かに父様はこれまでたくさんの人達を傷付けてきたかもしれない。でもね、父様が私と朱乃を愛してくれているのは本当なの。そして、私も朱乃と父様の事を愛しているわ』

 

 そして、朱璃さんは朱乃さんを苦しめている言葉を完全に否定してみせた。

 

『だから、朱乃はけして汚らわしい子ではないし、存在してはならないなんて事も絶対にないの。だって、朱乃は私達に望まれて生まれてきたのだから』

 

 ……この言葉が、朱乃さんの何かを変えた。

 

「……い」

 

 余りに小さくてよく聞き取れなかったが、僕は安堵した。これなら大丈夫だと。

 

「……なさい」

 

 何故なら。

 

「ごめんなさい、父様!」

 

 心に負った深い傷の為に本当の気持ちを伝えられずにいた少女が、今その全てを乗り越える事ができたのだから。

 

「朱乃?」

 

「違う、違うの! 十年前のアレは唯の八つ当たりだった! 何かに当たらないと、私がどうにかなりそうだったの! だから、あんな酷い事を、父様に……」

 

 朱乃さんが涙を流しながらも本当の気持ちを伝えていくが、バラキエルさんはまだ自分を責めていた。

 

「いや。あの時お前の言った通り、私が間に合わなかったのは事実だ。そして私が堕天使だったから朱璃は……」

 

「でも、そのせいで父様はずっと苦しみ続けた! 母様が殺されて悲しいのは父様も一緒なのに、本当は私が父様の側にいなければいけなかったのに! でも、素直になれなくて、父様が悪いと思い込んで、そう思わないと心が死んでしまいそうで、それがそのまま今までズルズル来てしまって、父様にそんな決断をさせるところまで追い詰めてしまって。私、私……!」

 

 朱乃さんはとうとう泣き出してしまった。それを見たバラキエルさんは朱乃さんの頭に右手を乗せてそっと撫でる。

 

「……朱乃、済まない。私がもっと早く勇気を出して、お前としっかり向き合っていれば良かったのだ。例えどんな目に遭おうともな。そうすれば、お前の気持ちにもっと早く気付けた筈だった」

 

 朱乃さんはバラキエルさんの顔を見て、自分の本当の想いをはっきり告げた。

 

「父様、今まで酷い事を言ってごめんなさい。……私は、今でも父様の事が大好きです」

 

「私もだ。お前が生まれてから、一日たりともお前の事を考えなかった事はなかったよ。……愛する朱璃との間に生まれた我が最愛の娘、朱乃よ」

 

 二人はそう言うと、静かに見守っていた朱璃さんと一緒にお互いを抱き締め合っていた。……途切れかけていた家族の絆は、今確かに再び繋がったのだ。

 一部始終を見届けた僕達はこの部屋を出る事にした。その前に姫島家の三人に注意点を伝えておく。

 

「折角の家族水入らずですから、ここで邪魔者は退散します。その前に一つだけ注意点を。僕が降霊術を維持できるのは、天使の力に特化した今の状態でも一時間が限界です。それが過ぎれば自動的に降霊術が解除されますので、どうか心残りのない様にお願いします」

 

『えぇ。解ったわ』

 

「ありがとう、兵藤君」

 

「イッセー君。こんなに素敵な時間をくれて、本当に感謝しますわ」

 

 姫島家から三者三様の感謝の言葉を受けて、僕達はこの部屋を出た。

 

 

 

 部屋を出た後は入り口のドアの側で時間を潰す事にしたのだが、十分程話をした所でレオンハルトから質問を受ける。

 

「一誠様。今のお姿を踏まえての事なのですが、以前お見せになられていたお姿についてはどうなっているのでしょうか?」

 

「実はこちらも少し変わっていて、元々ドライグのオーラの色に染まっていた羽の色の赤みが更に増して紅色に近くなっているんだ。おそらく悪魔としての魔力の色が人間だった時の魔力光と同じ赤で、今の龍天使形態と同様にドライグのオーラと混じり合う様になったからだと思う。二つの赤が重なっているのと種族としては悪魔とドラゴンの合成種である事から、アザゼルさんに倣って赫の龍魔、クリムゾン・キメラと言ったところかな」

 

 僕がレオンハルトの質問に答えると、ロシウがある事を指摘して来た。

 

「……どちらも言葉の頭文字がCで重なっておるの。さしずめC×C(シー・シー)と言ったところか。それならば、いっそ赤を二つ重ねた赫に因んでC×Cをカーディナル・クリムゾンとし、後はアライメントで区別すれば収まりが良かろう。赫の龍天使は秩序を重んじる天使である事からC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)、赫の龍魔は束縛を厭う悪魔である事からC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()C(カオス)と言った所かの」

 

 ロシウの指摘に対してすぐに同意してきたのは、レオンハルトでもセタンタでもなかった。

 

「成る程な。イッセーはドライグの赤に聖なる輝きや魔性の赤を加える事で新たに「聖」や「魔」に特化する二つの赫を生み出し、己の可能性を更に広げちまったって訳か。やれやれ、イッセーの底が全然見えてこねぇ。……いや、以前オーフィスが自分とは違う形の無限を秘めていると言った様に、お前の場合はそもそも底なんてものがないのかもしれねぇな」

 

 話に加わってきたアザゼルさんに対して、僕は声をかける。

 

「アザゼルさん、こちらに来たんですか」

 

「あぁ。イッセーが随分と面白い事をやってみせたからな、映像越しじゃ我慢し切れなくなってつい来ちまった。……それとだ、イッセー。アイツ等の事、本当にありがとうな。お前じゃなかったら、たぶんここまで上手くいかなかった筈だ」

 

 アザゼルさんから朱乃さんとバラキエルさんの軋轢を解消できた事へのお礼を言われるが、それについては少し違う事をアザゼルさんに伝える。

 

「いえ、お礼には及びませんよ。本当なら今を生きている僕達が何とかしなければいけなかったのに、結局は亡くなられてから十年も経つ朱璃さんの力をお借りしなければいけなかったんですから。なので、その感謝の言葉は僕ではなく、僕の呼び掛けに応じてくれた朱璃さんにこそお願いします」

 

「じゃあ、後でお前から伝えておいてくれ。限られた家族水入らずの時間に割って入る様な野暮な真似、俺にはとてもできねぇからな」

 

 アザゼルさんから朱璃さんへの伝言を頼まれ、その理由についても納得のいくものだったので、僕はそれを承諾した。

 

「確かにそうですね。解りました、降霊術が解除される時に伝えておきます」

 

 そうして、時間潰しの為の会話を再開しようとした時だった。

 

「えい!」

 

 僕の後ろで転移用の魔方陣が展開されたと思ったら、そこから赤く長い髪の少女が僕の背中に抱き着いてきた。年の頃は僕やセタンタと同年代だと思うが、女性としては160 cm後半とイリナより少し高めでそれに合わせる様に胸がイリナより少し大きかった。

 

「全く、しょうがない子だ」

 

「エヘヘ~」

 

 僕はこの少女の無邪気な行動に苦笑するも、背中から引きはがそうとは思わなかった。僕が肩の方に来ていた少女の頭をそっと撫でてやると、彼女はとても幸せそうな表情を浮かべる。僕達のこうしたやり取りを見たアザゼルさんは、早速僕をからかって来た。

 

「おいおい、イッセー。すぐ近くにイリナがいるってのに、俺達の目の前で堂々と浮気か?」

 

 だが、この少女の魔力の波動に明らかに覚えがあったらしく、アザゼルさんは驚きの表情を浮かべる。

 

「おい、ちょっと待て。この魔力の波動は、まさか……!」

 

 その表情を見た少女はまるで仕掛けた悪戯が成功したと言わんばかりの無邪気な笑顔を見せた。

 

「そうだよ、アザゼル小父ちゃん。あたし、アウラだよ」

 

「だから、このやり取りは浮気でも何でもなく、ただの親子のスキンシップですよ。アザゼルさん。……それと実を言えば、C×C・Lについてはアウラに僕の魔力の全てを譲渡する事の方が主な目的で、龍天使化はあくまで副産物なんです」

 

 アウラと僕がネタばらしをした所で、アザゼルさんはアウラの今の状態に変化させる目的が何なのかをすぐに悟った。

 

「あぁ、そういう事か。つまり、アウラが襲われた時にイッセー達が側にいない場合の緊急回避ってところだな。確かにイッセーの悪魔としての魔力を全て受け取っているだけあって、魔力の強さは上級悪魔の中でも上位にいるリアスとそう変わらねぇからな。誰かが助けに来るまでなら、十分持ち堪えられるだろう」

 

「えぇ。それに合わせて、アウラには精霊魔法と自然魔法の基礎の他に防御主体の体術も教えています。倒す事よりも守る事を優先してほしいですから」

 

 アザゼルさんにアウラの緊急対応について補足説明をしたところで、セタンタがある懸念を伝えてきた。

 

「しかし、今のお姿がアウラお嬢さんの十年後だとすりゃ、野郎共がまず放っておかないでしょう。大変ですね、一誠さん」

 

「確かにセタンタの言う通りだけど、アウラは割と考え方や人を見る目がしっかりしているから、その辺は余り心配してないよ」

 

 僕がアウラの将来について話をしていると、アウラが頬を膨らませる。

 

「ムゥ。パパ、皆とばかり話していないであたしとお話ししてよ」

 

 アウラが子供らしい我儘を言って来たのを見たアザゼルさんは、大笑いを始めてしまった。

 

「ハッハッハッ! 体はでっかくなっても、心はそのまんまか!」

 

「じゃが、変に体が大きくなった時だけ心が成長しても、けして良い事にはならんからの。むしろこれくらいでちょうど良いのじゃよ」

 

 確かにロシウの言う事にも一理あった。僕の魔力を預かっている時だけ心が成長するとなれば、いつかどこかで大きな歪みが出る。それを思えば、体だけ大きくなって心はそのままである今のアウラは健全だと言えるだろう。

 

「解ったよ、アウラ。ただ降霊術を維持しないといけないから、ここを離れる訳にはいかないんだ。だから、ここで立ち話するしかないけど、それでいいかな?」

 

「ウン!」

 

 だから、今はこうした親子としてはごく普通のやり取りを大切にしていこう。アウラが成長して様々な人と接していく事になる中で、そうした経験が大きな糧となる筈だから。

 

 

 

 僕達が部屋を出てから一時間後。アウラだけでなく突然転移したアウラを探しに僕の元に来たイリナとはやて、レイヴェルも加わって立ち話をしていると、降霊術が解けたのを察知した。この場を離れていく朱璃さんの魂にアザゼルさんの伝言を念話で伝えてから暫くすると、朱乃さんとバラキエルさんが部屋から出てきた。そして二人揃って頭を下げて、感謝の言葉を伝えて来る。

 

「イッセー君、ありがとうございました。お陰で私は自分の事を好きになれそうですわ」

 

 そう言いながら展開した羽には、堕天使の翼と悪魔の羽が一対ずつ揃っていた。どうやら、朱璃さんを交えて家族三人で話をした事で心の傷がだいぶ癒された様だ。

 

「あの後、朱璃から散々叱られたよ。だが、そのお陰で私もようやく前を向く事ができそうだ。兵藤君、朱璃と話をさせてくれた事、改めて感謝する」

 

 バラキエルさんの方も先程まで漂わせていた危うさがなくなっていた。朱璃さんと話をした上に朱乃さんとも和解できた事で、心のしこりが取れたからだろう。これでこの二人はもう大丈夫だ。

 

「そうですか、それは良かった」

 

 僕が二人の感謝の言葉を素直に受け取ると、アザゼルさんがご機嫌な表情でバラキエルさんに絡んできた。

 

「おい、バラキエル! 今夜は飲むぞ、俺に付き合え!」

 

「あぁ、いいだろう。私も今夜はトコトン飲みたい気分だ」

 

 バラキエルさんも口に笑みを浮かべると、二人で肩を組みながらこの場を離れていった。きっと男二人だけで酒を酌み交わすのだろう。

 

「ヤレヤレ、仕方のない連中じゃな。まぁ、気持ちは解らんでもないがの」

 

 ロシウは苦笑交じりでそう言ったものの、二人の心情には理解を示していた。そしてアザゼルさんとバラキエルさんが角を曲がって見えなくなった所で、朱乃さんから声を掛けられる。

 

「イッセー君。つい先程私の可能性として見せて頂いた雷光を超える雷ですけど、名前が決まりましたわ。まだ雷光すら覚束ないのに気が早過ぎるとは思いますけれど」

 

 朱乃さんはそこで一旦言葉を切ると、一度呼吸を整えてから雷光を超える雷の名前とその由来を話し始めた。

 

「……光魔の御雷(みかずち)。光は父様の光力、魔はリアスの魔力、そして御雷は母様の実家が神道の大家である事にそれぞれ因んでみましたわ」

 

「光魔の御雷ですか。……良い名前ですね」

 

 僕が光魔の御雷という名前に抱いた印象を朱乃さんに伝えると、朱乃さんは笑みを浮かべた。その笑みは普段見ている妖艶なものと異なり、年相応の可愛らしいものだった。

 

「ありがとうございます。いつかこれを使える様になったら、この名前を使わせて頂きますわね。では、私もこれで失礼しますわ。イッセー君」

 

「えぇ。では、また明日」

 

 朱乃さんは僕と別れの挨拶を交わすと、割り当てられた部屋へと戻っていった。

 

 

 

 こうして、若手悪魔の会合から神の子を見張る者(グリゴリ)本部への訪問、人工神器(セイクリッド・ギア)のテスト、そして姫島家の家族問題と大きな出来事が幾つも重なった一日が無事に終わった。堕天使領から天界、高天原と続く長い外遊の初日としては上々と言えるだろう。

 ……後は、ここ堕天使領でのスケジュールを一つ一つ確実にこなしていくだけだ。

 




いかがだったでしょうか。

これでようやくグレモリー眷属の古参組の覚醒イベントが全員分終了しました。今後の活躍にご期待下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。

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