未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第三話 すれ違う想い

 僕が変装用人工神器(セイクリッド・ギア)の試作品である鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストを行ってから、およそ二時間後。

 僕達は神の子を見張る者(グリゴリ)本部に滞在する間に寝起きする事になる部屋へと案内されていた。割り振られた部屋については二~三人で一部屋であり、男性陣と女性陣は当然ながら別室であるものの、三大勢力共通の親善大使であると共に魔王の代務者という悪魔勢力の重役も担っている僕と家族枠でついて来ているはやてとアウラについては賓客用の特別な部屋が用意された。……と言っても、賓客用とあって色々と設備が整っている上に家族や護衛が使える様に寝室も幾つかあるので、はやての護衛としてついて来ているレオンハルト、ロシウ、セタンタの三人は全ての寝室に繋がるリビングに交代で詰める事になった。そういった事もあって、皆には割り振られた部屋に自分の荷物を置いた後で僕の部屋に集まる様に伝えた。

 因みに、鏡映しの英雄の性能確認テストについては、アザゼルさんの「お前達についてもとりあえず試してみる」という宣言の通り、朱乃さんを変装対象とした後も元士郎や椿姫さん、ギャスパー君と順番にこなしていき、最後にアザゼルさん自らがモニターとなって僕に変装した。その結果についてだが、まず僕については大方の予想通り力を二倍にする龍の手(トゥワイス・クリティカル)と変わらない状態であり、椿姫さんは鏡を割るとその時映っていた物に攻撃の衝撃をぶつける能力はそのままであるがその衝撃を倍増する事はできず、ギャスパー君に至っては対象にしっかりとピントを合わせないと時間を停止できないなど、本物(オリジナル)と比べて性能の劣化が著しかった。そして、一番悲惨だった元士郎の黒い龍脈(アブソープション・ライン)については、代名詞である筈の光のラインが出て来ないという異常事態になった。そこでもしやと思ってレオンハルトに直に触れるとレオンハルトの力を吸い出している手応えを感じた事から、どうやら触れた相手の力を吸収する事はどうにか可能らしかった。僕やアザゼルさんを始めとする研究者サイドからしてみれば、これらの実験データは非常に良質なものなので十分満足していたのだが、そうではない元士郎は自分の神器のレプリカの余りの劣化具合に肩を落としてしまった。

 また、強化系神器を参考に人間の魔力というべき魔法力や悪魔の魔力、更には堕天使や天使の光力をも増幅させる能力を持たせたというウィザードタイプを対象とした杖型人工神器については、先日マンションで実物を見せてもらった時に僕がゼテギネアで古代高等竜人が記したという古文書から学んだ武具製作技術とクロノ君から教わった魔導科学を元に補強していた。ただ、このままでは増幅した力の制御が困難となる恐れが出てきたとアザゼルさんが話すと、はやてから「インテリジェントデバイスみたいにすれば、問題ないんやない?」という意見が飛び出してきた。それを聞いたロシウが「それじゃ!」と一声叫ぶと、杖に人工魂(メタソウル)を組み込む事で制御をサポートさせる案を示し、更にセタンタが「それならトコトンやっちまいましょう」と原初のルーンを杖に刻む事で更なる強化を施した。なお、人工魂については杖に合わせて調整する必要がある事から、人工魂の精製が可能なロシウが一時預かる事になった。ロシウの話では、僕達が神の子を見張る者の本部に滞在している間に人工魂の精製はおろか杖に組み込む所まで終わらせる事ができるらしい。

 そして、僕とコカビエルとの戦いについてヴァーリから報告を受けたアザゼルさんがその時に使用したデッド・オア・アライブに感銘を受けたらしく、まだ天界にいた頃に構想を練っていたという閃光(ブレイザー・)(シャイ)暗黒(ニング・オア)(・ダー)龍絶剣(クネス・ブレード)を完成させたと言って実物を見せてきた時には、シェムハザ副総督やアゼル主任が酷く驚いていた。そこで試しに閃光と暗黒の龍絶剣の光と闇の力を使ってデッド・オア・アライブを使えないか試してみた所、上手く発動できた。ただ、攻撃用の標的を完全に消し飛ばした事からアザゼルさんから「これは立体的な魔方陣に敵を閉じ込めて、その空間を崩壊させる事でダメージを与える攻撃じゃないのか!」と詰め寄られてしまった。実は、本当のデッド・オア・アライブは立体魔方陣内のあらゆる存在を空間ごと消し去ってしまうという消滅系の攻撃であり、コカビエルについてはあえて失敗する事で空間崩壊を起こし、それに巻き込む形で戦闘不能に陥る程の重傷を負わせただけなのだ。それを説明すると、アザゼルさんは「これで俺の攻撃力不足を解消できるぜ!」と狂喜した。因みに、アザゼルさんが攻撃力不足というのはあくまで僕やサーゼクスさんと比較しての事なので、堕天使サイドの方達は揃って首を傾げていた。

 

「ねぇ、パパ。堕天使の人達って、いっぱい頑張ってるからあんな凄いものを幾つも作れたのかなぁ?」

 

 そうして皆が自分の荷物を置いてこの部屋に来るのをリビングで待っている間、僕の隣に座っているアウラから飛び出してきたのがこの質問だった。

 

「その通りだよ、アウラ」

 

 だから、アウラの感じた事が正しい事を僕が伝えると、ロシウも僕に賛同する様にウンウンと頷いている。

 

「そうじゃな。特にあの鏡映しの英雄は実に見事じゃった。何せ、魔力の波動については本人と全く一緒だったからのう」

 

 ロシウの絶賛ともいえる感想を口にすると、セタンタも話に参加してきた。

 

「確かにそうですね。流石に個人差のある気配だけはどうしようもありませんけど、それだってレオンハルト卿はともかく俺じゃ顔見知りでない限りは判別できませんよ。ただそんな風にあれを評価できるのも、元々は一誠さんがその可能性を見出してそれを伝えたからですよ。それがなかったら、研究開発を凍結したままだったって話じゃないですか」

 

「確かに、一誠の意見が直接の切っ掛けであるのは間違いなかろう。じゃがな、セタンタよ。その結果としてあれ程の優れた成果を得られたのは、基礎理論をしっかりと築き上げた上でそれを実際に形にしてみせた総督殿を始めとする堕天使達の努力があってこそじゃ。そこを履き違えてはならん」

 

 セタンタが堕天使達に対して多少ながら否定的な意見を述べると、ロシウはそうした一面も確かにある事を認めた上で窘めるべき所をしっかりと窘める。すると、セタンタはバツの悪そうにロシウから視線を逸らしながらも、堕天使達の努力は認めている事を明かした。

 

「まぁ、一誠さんと神器関係で対等に話ができるアザゼル総督の事は俺も認めていますし、そのアザゼル総督の元で日々研究開発に努めている連中の事を認めるのも吝かじゃありませんけどね」

 

「……ツンデレや。絵に描いた様なツンデレがここにおるで」

 

 そのセタンタの素振りを見たはやての感想を耳にして、セタンタは必死にそれを否定しようとする。

 

「はやてさん! 何で俺がそんな気持ちの悪い呼ばれ方をされなきゃいけねぇんですか!」

 

「そんな風に言われてますますムキになるんが、ホンマモンのツンデレなんやで?」

 

「はやてさん!」

 

 セタンタがはやてにからかわれて更にムキになっていくのを見て、レオンハルトは呆れた様に溜息を吐く。

 

「あの様な軽口で容易く心を乱してしまうとは、セタンタもまだまだ精神修行が足りませんな」

 

 レオンハルトの言い分はけして間違っていないと思う。ただ、心を乱す事と感情を高ぶらせる事は似て非なるものだ。その事を僕はレオンハルトに伝える。

 

「セタンタはむしろアレこそが持ち味なんだけどね。感情の高ぶりと共に戦意と力を高め、それを長年鍛え上げた技へと乗せていく。セタンタはいわば「動」のテクニックタイプだ。そんなセタンタに必要なのは、心の在り様を炎や氷でなく水にする事だと僕は思っているよ」

 

「炎はただ燃え盛り、氷はただ凍て付くのみ。しかし、水は器の形や周りの状況に合わせてその姿を変えていく。ならば、その心の在り様は。……成る程、理解致しました。そうなると、セタンタの指導者として適任なのはベルセルク殿でしょう」

 

 レオンハルトが僕の言いたい事をすぐに理解した上でセタンタの精神面における今後の指導者の候補を挙げてきたので、僕も別の候補を挙げる事にした。

 

「単に心の在り様を伝えるだけであれば、「動」のパワータイプであるベルザードも候補になるかな? まぁ、その辺りは後で当事者達を交えて話し合おうか」

 

「承知致しました。……一誠様」

 

 レオンハルトが話を切り上げた所で改めて僕に呼び掛けてきたのは、この部屋に近づいてくる気配を察した事で僕も理解した。

 

「解っているよ、レオンハルト。ただ、意外な人が最初に来たな」

 

 てっきり身内が来ると思っていたので僕は意外に思っていたが、ロシウは違った様だ。

 

「いや、そう意外な事でもないぞ。……尤も、儂の予想よりかなり早いというのはあるがの」

 

 どうやら人工神器のテストを行っている中でも、ロシウは周りをしっかりと見ていたらしい。そうしていると、入り口のドアがノックされた。

 

「とりあえず、お迎えした方がいいだろう。セタンタ」

 

「了解です。すぐに開けてきます」

 

 セタンタは僕の指示を受けるとすぐさま部屋の入口に向かい、不快にならない程度に警戒した上でドアを開ける。

 

「身内の方々とお寛ぎの所を申し訳ないが、少し話をさせて頂いてもよろしいだろうか?」

 

 ドアが開くと共に僕達に伺いを立ててきたのは、朱乃さんの父親であるバラキエル様だった。

 

「兵藤からお客人をお迎えする様に言われています。どうぞお入り下さい」

 

 僕が迎え入れたという事でバラキエル様に対して礼儀正しく応対するセタンタに案内されてリビングへと入ってきたバラキエル様に対し、まずは歓迎する旨を伝える。

 

「バラキエル様。ご足労頂きました事、誠にありがとうございます。ですが、一言私にお申し付け下されば、私がそちらへ出向きましたものを」

 

 すると、バラキエル様はここへ訪ねてきた理由を口にした。

 

「いえ、今回はあくまで私のプライベートに関わる話をさせて頂きたく、こうしてこちらから兵藤親善大使の元へと出向いた次第です。ですので、どうかお気遣いは無用に願います」

 

 ……バラキエル様と少し言葉のやり取りをしただけだが、お互いに立場を気にし過ぎている。これではプライベートの話をスムーズに行う事は難しいだろう。

 

「バラキエル様。プライベートに関わる話との事ですが、これでは話をお伺いする事もままなりません。ですので、この場においてはお互いの役職を一時忘れましょう。プライベートの話なのです、お互いにプライベートで行きましょう」

 

 そこで、僕は無礼を承知の上でお互いの立場を一時忘れる事を呼び掛けた。第一印象では融通が利かない不器用な堅物と言ったところであるが、果たして……?

 

「……確かに、このままでは話を切り出すのも一苦労しそうだな。承知した。では、朱乃と同年代である事から兵藤君と呼ばせてもらおう。その代わり、そちらもバラキエル様と畏まらずに学校における先輩の親に対する話し方で結構だ」

 

 ……どうやら、バラキエルさんは柔軟な対応が取れる方だった様だ。僕の呼び掛けに応じて、僕への言葉使いを年長者としてのものに変えてきた。ついでに僕も話し方を相応のものへと変える様に言って来たので、素直に応じる。

 

「ありがとうございます、バラキエルさん。それで、お話というのは」

 

 そうして、ようやくプライベートの話が聞ける雰囲気になったところで、バラキエルさんは早速話を切り出してきた。

 

「……兵藤君、君に頼みがある」

 

 バラキエルさんはそう言って、僕に対して頭を深く下げてきた。そして、僕への頼み事を始めたのだが。

 ……どうやら、姫島家の家庭問題を解決するのは一筋縄ではいかないらしい。

 

 

 

Side:姫島朱乃

 

 私達は賓客用の部屋に向かうイッセー君達を分かれた後、自分達に割り当てられた部屋に荷物を置き、同室となった椿姫と草下さんとベッドやクローゼットの割り振りについて話し合いをしていた。その話し合いも数分程あっさりで決まり、いざイッセー君達の部屋へ向かおうとした時、この部屋にはやてちゃんとアウラちゃんがやってきた。はやてちゃんの話によると、私個人の件で話があるので私一人でこちらに来て欲しいとの事。また、この件については別の部屋にいる祐斗君達にもイッセー君が念話で連絡済みであり、イリナさん達にはこれからはやてちゃん達が直接出向いて伝えると共にそのままイリナさん達の部屋で一緒に過ごすとの事だった。

 そうして、イッセー君達の部屋に向かった私は部屋の前でドアをノックすると、迎えてくれたのはセタンタ君だった。

 

「待っていたぜ。一誠さん達が中でアンタを待っている。俺について来てくれ」

 

 セタンタ君はそう言って中に入る様に促してきたので、私は言葉に甘えて部屋の中に入り、セタンタ君の案内でリビングの方へと向かった。すると、リビングの中央にあるテーブルを挟んで、イッセー君とレオンハルトさん、ロシウ老師、……そして。

 

「……朱乃」

 

 堕天使の幹部であるバラキエル、父様がソファに座っていた。

 

「朱乃さん、どうぞお座り下さい」

 

 イッセー君はそう言って父様の隣に座る様に促してきたので、私は素直に座る事にした。……自分の本当の気持ちに気付いた今、父様に対する反発など殆どないのだから。

 

「朱乃?」

 

 ただ、父様はそんな私の対応に少なからず戸惑っている。そんなと父様を見た時、父様の中では私は堕天使の全てを拒絶した十年前のままだという事を悟った。

 そうして私がソファに座って落ち着いた所で、イッセー君が話を始める。ただ、父様を「バラキエルさん」と呼んだ事から、イッセー君の言葉使いがプライベートのものである事に気付いた私は少し驚いた。

 

「バラキエルさん。先程も申し上げましたが、朱乃さんの意志を確認せずにあの様な申し出をされては筋が通りませんよ」

 

 そして、明らかに父様を窘めるイッセー君の発言に対して、父様は何ら反発する事なく受け入れる様な姿勢を見せる。

 

「確かに君の言う通りだな。どうも色々と思い悩む余り、私の視野が狭くなっていた様だ。……情けないな。それこそ一万年を超えて生きているというのに、まだ成人になっていない娘と同年代である君に諭されてしまうとは」

 

 父様はそんな事を言っているけれど、父様とイッセー君の間でどんな話がなされたのか、私には少しも見えてこない。私が少なからず困惑しているとそれを察したのか、イッセー君が別の話を切り出してきた。

 

「このままでは、話が進みませんね。そこでですが、まずはお二人の詳しい事情をお聞きしてもよろしいですか?」

 

 私達の事情の説明を求めるイッセー君に対して父様が不快な表情を浮かべたけれど、イッセー君は私達の事情を詳しく聞く理由を説明し始めた。

 

「失礼はもちろん承知の上です。ですが先程のバラキエルさんの申し出について、僕が承諾するか否かをより適切に判断するには、どうしてもお二人の詳しい事情を知る必要があります。……お話し頂けないでしょうか?」

 

 それは、申し出をされた側からすれば当然の要求だった。父様も不快の表情はそのままだけど納得はしたみたいで、イッセー君からの要求に応える事を伝えた。

 

「……そうだな。確かに私から持ち掛けた申し出なのだから、判断材料を与えない訳にもいかないか。それに今後の事も踏まえると、私達の詳しい事情は知っておいた方がいいだろう」

 

 そして、父様は私達の過去を話し始めた……。

 

 

 

「……以上だ」

 

 父様の話は母様との出会いから始まり、私が生まれて親子三人で暮らしていた話からやがて母様が殺され私と離別した所で終わった。話を聞き終えた一誠君は、沈痛な表情を浮かべていた。

 

「そうでしたか。奥様である朱璃さんを亡くされた事、大変お悔やみ申し上げます。ただ、気持ちは分かるなどと陳腐な事は申しません。結局の所は当事者でないと分からないものだと思いますから」

 

 哀悼の意を示しつつも変な同情をしないイッセー君のある種ドライな対応に、父様はかえって好感を持ったみたいだった。

 

「そう言ってもらえると、こちらとしてもありがたいな」

 

 でも、ここでイッセー君は別の方向に話を持ち掛けてきた。

 

「ただ、ひとつお願いがあります。朱璃さんとの思い出を、特に馴れ初めについてもう少し詳しくお話しして頂けませんか? 実は、僕には一生を共に歩んでいきたいと願う幼馴染の女性と、政治の都合上とはいえ婚姻を交わす事になる女性がいます。できれば参考にさせて頂きたいのですが」

 

 イッセー君の頼みを聞いた父様は少し驚いた表情を浮かべた。でも、不快を感じたわけではないみたいだ。

 

「……兵藤君、君も変わった男だな。普通ならこちらに遠慮して、それ以上は話を聞いてこないものだと思うのだが」

 

 確かにその通りだと思うし、私がイッセー君の立場でもそうすると思う。でも、一誠君はある点を指摘した。

 

「バラキエルさん、お気づきではなかったんですか? 馴れ初め話や家族との思い出を語っている時の貴方の表情は、家族を心から愛する優しい父親のものでしたよ?」

 

 ……その通りだった。

 

 私達との思い出を語る父様の表情は、嘗て私が素直に父様と慕っていた時の優しいものだった。それこそ、母様が殺されるところに話が及ぶ直前まで。そして、それに父様自身が気づいていなかった事も。

 

「そうなのかね?」

 

「えぇ。その様に優しい表情で家族の事を話せる。そんな貴方の様な男になりたいと、僕は心から思いました」

 

 イッセー君の言葉を受けて、父様はほんの少し笑みを浮かべていた。

 

「……そうか」

 

 やがて、父様はイッセー君に促される形で母様との思い出を語っていった。

 

 初めて会った時、深手を負った異形の存在である自分に手当てをしてくれた母様に深い感謝の念を抱いた事。母様に匿われて傷を癒している内に次第に母様に惹かれていった父様が思い切って告白すると、実は母様の方が父様に一目惚れしていてその場で受け入れてもらえた事。やがて、姫島本家に母様との関係がバレて交際を猛反対され、父様が大人しく身を引こうとしたら、その時既に私を宿していた母様が父様を説得、そのまま二人で駆け落ちした事。平屋建ての小さな家を手に入れて、そこで最初は夫婦二人で、私が生まれてからは家族三人で静かに暮らす様になった事。神の子を見張る者の幹部として多忙な日々を送っていても、家に帰ってくると母様からその時までに私が何をして過ごしていたのかを必ず教えてもらっていた事。

 

 初めて聞かされた父様の昔話の中には、私の知らない女としての、また妻としての母様がいた。そして母となった母様の話には私も必ず一緒にいた。私はそこで父様は今でも母様と私の事を愛しているのだと理解した。

 ……それについては私も分かっていた。分かっていたのだ。でも、同時に私は思い知らされた。

 母様が殺された事。それは全て間に合わなかった己の咎。だから娘に拒絶されたのは当然の報いだと、そうやって父様は今も自分を責め続けている事を。

 

「さて、バラキエル殿からはだいたいの話は聞けた訳じゃ。こうなると、次は朱乃の話を聞いた方が良いかの?」

 

 私が父様の苦悩を思い知らされたところで、ロシウ老師が私に話をする様に言って来た。

 

「私も、ですか?」

 

「そうじゃ。一誠は先程こう言った。「お二人の詳しい事情を知る必要があります」とな。ならば、バラキエル殿だけでなくお主からも話を聞かねば片手落ちというものじゃろう」

 

 ……父様が何をイッセー君に申し出たのかはまだ解らないけれど、その申し出をどうするのかを判断する上で私達の事情を知る必要があるのなら、確かにロシウ老師の仰る事は理に適っている。

 

「解りました。では、お話し致しますわ。……とは言っても、父バラキエルの話と重なる所もかなりありますけれど」

 

 私がそう前置きすると、ロシウ老師はそれで構わないと言って来た。

 

「構わぬよ。あくまでお主がその時何を思い、どう感じたのかが重要じゃからな。のう、一誠?」

 

「ロシウの言う通りです。ですから、どうか焦らずにゆっくりと話して下さい」

 

 イッセー君もロシウ老師に同意してきたので、今度は私が過去の話を始めた……。

 

 

 

 私は父様が語った話と重なる所は簡潔にまとめつつ、父様や母様と過ごした日々と母様が殺されてから父様の元を飛び出した事までを語り終えると、父様が知らないその後の事について話していった。

 

「その後、一年半もの間一人で彷徨い続け、その間も姫島の家から幾度となく命を狙われ続けた私は、私の身柄の全てをグレモリー家が引き取る形でリアスとご当主様の眷属であるアグリッパ様に救われ、やがてリアスの最初の眷属として女王(クィーン)になりました。それは親友で命の恩人でもあるリアスに協力したいと思ったからですけど、同時に当時は忌まわしいと思っていた堕天使の羽を悪魔の羽で上書きする為でもありましたわ。でも……」

 

 そう言って、私は自分の本当の羽を見せようと広げてみた。でも、イッセー君が先程見せてくれた様には行かず、悪魔の羽と堕天使の翼がそれぞれ一枚ずつしか出て来なかった。

 

「見ての通り、一緒に羽を出そうとすれば片方ずつしか出せません。……気持ち悪いでしょう? こんな……」

 

 私は自嘲しようとしたけれど、言葉が続かなかった。

 

「だったら、この状態の僕も気持ち悪い事になりますね?」

 

 何故なら、イッセー君も悪魔の羽とドラゴンの羽を一枚ずつ、しかも均等にならない形で展開していたからだ。

 

「……どうして? イッセー君の羽は五対十一枚。しかも二対四枚ずつの天使の翼と悪魔の羽、そして三枚で一対のドラゴンの羽で、その生え方もバランスが取れていた筈なのに」

 

 私の口を衝いて出た疑問に答える形で、イッセー君は自分が何をしたのかを説明し始める。

 

「「聖」と「魔」、「龍」の三つの力のバランスが崩れると、どうもしっかりと羽が出て来ないみたいです。だから、今はあえてそのバランスを崩しています。そして朱乃さん、それは貴女にも言える」

 

 その言葉を聞いて、私はハッとなった。

 

「僕が先程見せた様に、朱乃さんには生まれつき持っている六枚の堕天使の翼と、転生によって得られた二枚の悪魔の羽がそれぞれある筈なんです。ですが、その様に展開されないという事は……」

 

「私の中で悪魔の力と堕天使の力のバランスが狂っているから。そして、その原因は……ッ!」

 

 私はここで言葉が詰まってしまった。言わないといけない。でも、声を出そうとしてもなかなか出て来ない。それでも言葉を出そうとすれば、()()()()が目に浮かんでくる。

 ……フラッシュバック。これが、十年前から私を苦しめ続けている元凶。それでも私は拳を握りしめ、どうにかして言葉を出す事ができた。

 

「私が生まれ持った堕天使の力を。……いいえ、自分の生まれを拒絶しているから。それによって体の成長を止めてしまった、以前の小猫ちゃんの様に」

 

 ただ、強引に絞り出した私の声は、明らかに震えていた。

 

「その通りです。……そして済みません、朱乃さん。それを認めて口に出すのは、相当に辛かったでしょう。握り締めた手や声の震えで、それが解ってしまいました」

 

 イッセー君は申し訳なさそうに頭を深く下げて謝ってきた。それは違う。イッセー君には何の非もなかった。だから、どうにかして笑顔を浮かべながらイッセー君を許す事を伝える。

 

「いいの。気にしないで、イッセー君。……実はライザー様との対戦前の特訓の時にね、ロシウ老師に「このままでは、そう遠くない内に必ず成長が止まる」って言われていたの。ロシウ老師は解っておられたのですね、私が自分の生まれを拒絶している事に」

 

「そうじゃな。あの時、お主が魔力を使った際の違和感と気が付けば零れそうになる別の力を必死に抑え込もうとしている様を見て気付いたのじゃよ。……己の生まれ持った力を拒絶する様では、けして後が続かないとな」

 

 ロシウ老師から改めて現実を突き付けられた事でとうとう我慢の限界が来てしまった。私の瞳からは涙がポロポロと溢れ出してくる。本当は、こんな自分の情けない実情をイッセー君達に話したくはない。きっと幻滅されてしまうから。でも、それでもハッキリと伝えなければいけなかった。

 

「頭では解っているんです。受け入れなくちゃ。そうしないと、コカビエルとの決戦の時みたいに、いつか皆に置いて行かれるって。……でも、駄目なんです。幾ら頭でそう考えても、心が受け付けてくれないんです。私が生まれ持った堕天使の力を使おうとする度に、自分が堕天使の血を引いている事を認めようとする度に、母様を殺した奴等の声が、私を庇って殺された母様の姿が、私を激しく責め立ててくるの! 汚らわしい堕天使の子め、貴様など存在してはならないんだって! 貴様さえいなければ、母親は死なずに済んだって! いやぁ……! 違う、違うの。私、私はぁ……!」

 

 これが、私の限界だった。後はもう目に浮かぶ光景とその声に打ちのめされて、ただ自分を完全否定される恐怖に体が震え上がるだけだった。

 

「……兵藤君。例の件だが、改めてお願いしたい」

 

 そんな私の情けない姿を見た父様は暫く考え込むと、年下であるイッセー君に深く頭を下げて頼み事を始めた。

 

「どうか私の代わりに朱乃の事を見守って頂きたい。既に娘を持つ父親であり、また朱乃の可能性を見出した上に実演までしてみせた君であれば、私の娘を、朱乃を託す事ができる」

 

 それは、イッセー君に私の後見を頼む内容だった。私より年下のイッセー君に私の後見を頼む父様の考えが私には理解できなかったけれど、あの表情は本気だ。

 

「朱乃さんは既にグレモリー家の保護下にありますので後見もグレモリー家が行っていると言えますが、そういう事ではないのですね?」

 

「あぁ。確かにグレモリー家は朱乃に良くしてくれている。それは私も解っているし、後ろ盾としても申し分ない。だが、同時に朱乃の個人的な所まではどうしても踏み込む事ができないだろう。それに加え、私は堕天使だ。しかも重要な役職に就いている。だから、もし朱乃に個人的な問題が発生しても、私は駆け付けてやる事も側にいてやる事もできないし、堕天使を忌み嫌う朱乃もそれは決して望まないだろう。しかし、同じ主を頂く眷属仲間である君であれば、それができる筈だ。何よりアザゼルが堕天使の命運を賭ける程に信用し、また私達親子の個人的な問題にも真摯に向き合ってくれた君ならば、私も信用できる」

 

 でも、父様の真剣な表情を見て、私はあの日の八つ当たりでどれだけ自分が父様に酷い事を言ったのかを思い知らされてしまった。……そのせいで、父様はあの日からずっと苦しみ続けていたのだから。

 

「ご自身で朱乃さんを見守らなくても、本当にいいんですか? 貴方は朱乃さんの父親なんですよ?」

 

 イッセー君が念を押す形で再度父様の意志を確認するけれど、寂しそうな表情を浮かべた父様の意志は固かった。

 

「あぁ、構わない。それは結局の所、私の我儘に過ぎないのだ。私は最愛の妻を護れず、また妻との間に儲けた娘の心に深い傷跡を残す事しかできなかった情けない男だ。……本当なら遠くから見守るだけで、今回の様に直接顔を合わせるつもりはなかった。私と顔を合わせるだけで朱乃が傷付く事になるのは、分かり切っていたのだ。尤も、それにも関わらず、私は未練がましくも朱乃の事を何とか知ろうと色々と手を尽くしたのだがな」

 

 ここまで話をした所で、父様の表情が一変する。

 

「だが、今回はこうして君達が立ち会ってくれたお陰で、また朱乃の現状をハッキリと知る事ができた事で、私はようやく本当の意味で朱乃から離れる決心がついた。既に朱乃が一人前の大人になるまでしっかりと見守ってくれそうな者に目途が立った。ならば、後はここで父としての役目を終わらせればいい。それが、私が父として朱乃にしてやれる精一杯の事なのだ。……朱璃もきっと解ってくれる筈だ」

 

 そう言い切った父様の表情はとても穏やかで、完全に覚悟を決めた透き通ったものだった。

 

 父様との決別。それが今叶おうとしている。以前の私が望んでいた通りに。そして、父様は堕天使の幹部として一人生きて行くのだろう。……私の八つ当たりのせいで、あの優しい笑顔を永遠に封印したまま。

 

「待って!」

 

 ……気が付いたら、私は声を出していた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

ライザー眷属とのレーティングゲーム戦の時、主の将来を左右する重要な戦いにも関わらず朱乃が雷光を使わなかったのは、使いたくとも使えなかったから。
拙作では、その様に解釈しています。
また、バラキエルと朱璃の過去については拙作独自のものである事をご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。

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