未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第二話 示された可能性

 堕天使領への外遊の為、僕達はアザゼルさんに神の子を見張る者(グリゴリ)の本部へと招かれた。この時、祐斗や元士郎を始めとする面々も僕達とは別の目的で同行しており、本部についてから幹部の方達との顔合わせの後にアザゼルさんから今後の予定を伝えられた。

 今回僕達に同行してきたメンバーの内、最も重要なのは黒い龍脈(アブソープション・ライン)に宿るヴリトラの魂の断片を復元してその意識を復活させる事を目指す元士郎だ。そして、技術交流の一環として人工神器(セイクリッド・ギア)の技術で結界鋲(メガ・シールド)を強化する憐耶さんが元士郎に次ぐ形になる。後は祐斗とギャスパー君、そして椿姫さんが持つ神器の調査を堕天使側への情報提供を兼ねて行うといった所であり、先程のバロールとの語らいもその一つだ。

 こうして各自のスケジュールを確認した後、これから実際に予定の行動を開始するには少々時間が遅いという事で、僕達は神の子を見張る者が勧誘・保護した神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)を鍛え込む為のトレーニングスペースでちょうど行っているという人工神器のテストの見学に向かう事になった。

 

「イッセー。今テストしている人工神器だがな、幾つかお前の意見を参考にさせてもらったのも含まれているぞ」

 

 視察組の担当であるバラキエル様の案内でトレーニングスペースに向かう途中、僕の隣にいるアザゼルさんがそう話しかけてきた。すると、副総督も話に加わってくる。

 

「正直に申し上げると、アザゼルから話を聞いた時には半信半疑でしたが、実際に試してみると非常に良好な成果が得られました。この件で私を含め、神の子を見張る者の技術班で貴方の実力を疑う者はいなくなりましたよ」

 

「どうやら私の愚見がお役に立てた様で、誠に重畳というものです」

 

 副総督からの好評を受けた僕がそう返事すると、僕の意見を参考にしたという事で興味を持ったらしいイリナがアザゼルさんに質問してきた。

 

「因みに、どんな物なんですか?」

 

「それは見てのお楽しみってところだな。……さぁ着いたぜ」

 

 アザゼルさんがそう言って立ち止まった先には、中央に大きくデザイン的なレリーフの「G」の文字が刻印された巨大な扉があった。……アルマロス様の服装からもしやと思っていたが、神の子を見張る者は特撮物、しかも結構古い年代の悪役にかなり影響されている様な気がする。悪乗りするアザゼルさんの影響もあってか、どうやら神の子を見張る者はかなり乗りのいい組織らしい。その様な僕の内心を余所に巨大な扉が両開きになっていく。

 

「ウオォォォォッ!」

 

 最初に目に飛び込んできたのは、球状の小さな分銅を両端に付けた2 m程の鎖を大声を上げて振り回し、飛んでくる無数の光弾を的確に打ち落としている男性の姿だった。

 

「こ、怖ぇぇぇぇっ! 俺自身は何も考えずにただ全力で鎖を振り回すだけだし、機械を使ったテストじゃ全て防ぎ切ったのは解ってるけどさぁ! だからって、怖い事には変わりがねぇよ! ……って、弾の威力と数が更に増した! もう勘弁してくれぇぇぇっ!」

 

 ……前言撤回。どうも男性自身はただ分銅鎖を我武者羅に振り回しているだけで、後は鎖が軌道修正してくれているらしい。そして、それから数分ほど男性は増え続ける光弾の弾幕に晒され続けた。

 

「よ、よかった。俺、生きてる。生きてるよぉ……」

 

 テストが終わって光弾が止むと、男性は死の恐怖から解放された安堵の余り、腰を抜かして床にへたり込んでしまった。そして、生き延びられた事に対する歓喜の涙を流している。その脇では、白衣を纏った二人の堕天使と思しき人物がテスト結果についての話し合いを始めていた。

 

「主任、狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)の自動追尾機能はやはり防御に対しても有効の様です。また、こちらのデータをご覧下さい。人の手による今回のテストでは、機械を使った時に比べて迎撃効率が向上しています」

 

「命の危険を感じた事で生存本能が喚起された結果、人間の持つ潜在能力が機械の性能を超えたという訳か」

 

「なお、前回のテストにおいて高速で移動する標的に対して有効打を与えられた事を踏まえて、武器としての有効範囲を広げる為に新たに伸縮機能を追加しています。これに伴い、アクセサリーの形で携帯する事が可能となった上、本来の目的においてもドラゴンを始めとする巨大生物の捕縛が可能となりました」

 

 部下と思しき年下の堕天使からの報告を受けて、主任と呼ばれた年上の堕天使は満足げに頷いた。

 

「これだけの成果が得られれば、総督も満足して頂けるだろう。元々は一度投げつけると相手を自動追尾で追い駆け縛り上げるという捕縛用の人工神器だった狡兎の枷鎖が、扱い方一つ変えるだけでこうも攻防に秀でた神器へと変貌してしまうとはな」

 

「後は黒い龍脈や漆黒の領域(デリート・フィールド)の能力を元に、鎖に触れた対象の力を吸収して鎖の強度を強化、あるいは力を削る事で無力化ないし弱体化させる案も挙がっていますが」

 

 新たな案を部下から聞いた主任の堕天使は、渋い表情を浮かべる。おそらくこれ以上の機能を搭載するのは無理なのだろう。そして、僕の推測は正しかった。

 

「それだけの機能を収められる容量が狡兎の枷鎖に残されているか、甚だ疑問ではあるがとりあえずは試験を行う方向でいこう。仮に失敗に終わったとしても、その時はまたどの様な方向で開発を進めていくのかを検討すればいいだけの話であるし、もし良好な結果が得られれば狡兎の枷鎖の実戦投入がいよいよ見えてくる。だから、今君が挙げた件については今回のテスト結果と合わせてレポートにまとめてくれ。テスト結果の報告書を総督に提出する際、私の権限で掛け合ってみよう」

 

「解りました。全てのテストが終了次第、早速取り掛かります。では、次に予定されているテストですが……」

 

 色々と興味深い内容の話し合いが一区切りついた所で、アザゼルさんが声をかける。

 

「ヨウ! どうやらテストは上手くいっている様だな」

 

 すると、主任の堕天使がアザゼルさんへの受け答えを始めた。

 

「これは、アザゼル総督。本日は兵藤親善大使を始めとする訪問団を迎えに行かれる予定とお聞きしていましたが」

 

「俺達の後ろにいるのが、その訪問団だ。その上、親善大使殿が今回のテストに関わる貴重な意見を出してきた張本人でな。この際だから、今日行っている人工神器のテストを見学させようと思ったのさ」

 

 アザゼルさんが今言った言葉に嘘はない。実際、狡兎の枷鎖は冥界入りする前日にアザゼルさんのマンションで実物や設計図を見せてもらった際、僕が意見を出した人工神器の一つだ。聞いた瞬間、主任の堕天使は驚きに目を見開いた。

 

「では、副総督の隣にいる赤いローブを纏った方が」

 

「あぁ。他のどの勢力よりも先に俺達が情報を得たにも関わらず、釣り上げ損ねた特上の大魚さ」

 

 アザゼルさんの自嘲交じりの比喩表現に対し、主任の堕天使は苦笑しながらもそれに合わせてきた。

 

「成る程。確かにオーフィス撃退の件も踏まえれば、逃がした魚が余りにも大き過ぎましたな」

 

「お前までそう言うのかよ。まったく、どいつもこいつも……」

 

 アザゼルさんは不貞腐れた様にそう言うと、気を取り直して僕達に今話をしていた主任の堕天使を紹介してきた。

 

「あぁ、紹介しておくぜ。コイツは俺が堕天する前からの俺直属の部下でな、現在は神器に関する基礎研究の主任を務めている奴だ。一応神から付けられた名があったんだが、堕天してからはその名を棄ててアゼルと名乗っている。今でこそ戦傷が祟ってまともに戦えなくなっちまってるが、大戦末期の二天龍との戦いまで常に俺の親衛として最前線で戦い、そして最後まで生き残ったっていう強運の持ち主だ」

 

 つまり、今目の前にいるのは神の子を見張る者における最古参の堕天使。僕がそう認識した所で、アゼルと紹介された主任の堕天使が自己紹介を始めた。

 

「アザゼル総督直属で神器に関する基礎研究を任されているアゼルです。私は戦争の折にアザゼル総督のお側で戦わせて頂きましたが、二天龍との戦いの際に負った怪我によって二度と戦えなくなってしまい、最終決戦の時には後方支援に回らざるを得ませんでした」

 

 アゼル主任のやや自嘲が混じった自己紹介を聞いたアザゼルさんはその表情を苦いものへと変えた。

 

「まだ気にしていたのか、そんな事」

 

「いえ、そうではありません。確かに親衛の務めが果たせなくなった事については無念でありましたが、戦争が自然消滅した後は神器に関する基礎研究を任せて頂き、それが今日まで続いているのです。こうしてアザゼル総督の為に働けている事を思えば、二度と戦えなくなった事など些事に過ぎませんよ」

 

「まったく。こっちがむず痒くなる事を平然と言ってくるな、お前は」

 

 少し照れ臭いのか、アザゼルさんがアゼル主任の言葉に複雑な表情を浮かべると、副総督がアザゼルさんに本題に入る様に促してきた。

 

「アザゼル、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「おっと、それもそうだな。それでアゼル。今やっていたのは、狡兎の枷鎖の防御性能の確認テストだったな?」

 

 アザゼルさんが確認をとると、アゼル主任は即座に答えを返してきた。こうしたやり取りを何度も繰り返してきた事が、この対応の早さからも十分伺える。

 

「はい。後で改めて報告書を提出しますが、良好な結果が得られました。また、幾つか挙がっている強化案についてのレポートも併せて提出致します。なお、次に予定しているのは鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)の性能確認テストです」

 

 鏡映しの英雄。それもまた僕が意見を出した人工神器だ。そして、アザゼルさんもまたその事に思い至った様だ。

 

「あぁ、あれか。確か、潜入工作や囮作戦に使える様な変装能力を持つ神器を作ろうとして実際に変装する所まではこじつけたものの、それには変装する相手の髪や爪といった体の一部が必要になっちまったから囮作戦はともかく潜入工作には不向きだって事で、現在は研究開発を凍結しているんだったな。確かに、あれもイッセーから指摘があったな。変装というよりは模倣に近い能力になっている可能性があると」

 

「はい。兵藤親善大使によると、変装を見破られない様にする為に対象とする存在へと完璧に擬態する事を目指した結果、姿だけでなく能力も模倣している可能性があるとの事でした。ただ、こうなると……」

 

「本当に能力を模倣できているかを確認するには、テストをやる奴にはかなりの技量が求められる事になるか。たとえ能力を模倣できていてもそれを制御できないんじゃ、余りに危険過ぎて話にならねぇからな。……んっ?」

 

 アゼル主任とのやり取りの中でアザゼルさんがふと何かに思い当たったらしく、少し考え込むと僕の方を向いてこの様な事を言い出して来た。

 

「なぁ、イッセー。お前、コイツのテストをやってみないか?」

 

 

 

Side:姫島朱乃

 

「なぁ、イッセー。お前、コイツのテストをやってみないか?」

 

 アザゼル先生からの突然の提案を受けて少し悩んだものの、結局は了承したイッセー君の手にはガラス製の仮面が握られている。

 

「鏡映しの英雄の使い方はお前も知っての通りだ。まずは変装対象の体の一部を仮面の額の所にある収納部に収める。後はそのまま仮面を顔に装着すれば、自動で変装能力が発動する様になっている。それで、最初は誰に変装するんだ?」

 

 アザゼル先生から問い掛けられたイッセー君が最初に変装相手に選んだのは、祐斗君だった。

 

「最初は祐斗でいきます。流石に和剣鍛造(ソード・フォージ)までは再現できないとは思いますが、歴代赤龍帝の持つ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)のレプリカの件もありますから」

 

「成る程な。模倣がどの程度まで行われているかを確認するには、創造可能な剣がそのまま指標になる木場が適任という訳か」

 

「そういう事です」

 

 あくまで公の場である事から畏まった言葉使いをしているイッセー君の説明にアザゼル先生が納得した所で、祐斗君が髪の毛を一本抜いてイッセー君に手渡す。

 

「これでいいかな、イッセー君」

 

「あぁ。ありがとう、祐斗」

 

 祐斗君から髪の毛を受け取ったイッセー君が鏡映しの英雄の額部分にある収納部にその髪の毛を入れると、鏡映しの英雄がうっすらとした光を放ち始めた。それを確認すると、イッセー君から自分から離れる様に指示されたので、皆でイッセー君から離れていく。そうして安全な所まで私達が離れたのを確認したイッセー君は、鏡映しの英雄を顔に装着した。すると、イッセー君の体が一瞬光に覆われる。その光が収まると、そこにいたのはイッセー君ではなく祐斗君だった。このイッセー君の変貌ぶりにアウラちゃんが驚嘆の声を上げる。

 

「わぁ……! パパが祐小父ちゃんになっちゃった!」

 

 その一方で、変装された当人である祐斗君は何とも言えなさそうな表情を浮かべている。確かに、ある意味ドッペルゲンガーに会った様なものなので、その気持ちは解らなくもない。

 

「……まさか、鏡以外で自分の姿を目の当たりにするとはね」

 

 そして、ロシウ老師は感心した様な表情を見せた。

 

「ホウ。あの姿の一誠から感じられる魔力の波長が、祐斗のものと何ら変わらんのう。これは大したものじゃ」

 

 魔力の扱いに誰よりも長けている事から魔力の質をも見分けられるロシウ老師にここまで言わせるのだから、事変装に関して本当に凄いものなのだろう。こうして鏡映しの英雄の変装能力が正常に機能しているのを確認したアザゼル先生は、イッセー君に声をかけて来た。

 

「ここまでは既に確認済みだ。問題はここからだ、イッセー」

 

 祐斗君の姿になったイッセー君は、アザゼル先生から次のステップに進む様に指示されると、瞳を閉じて何かを確認し始めた。暫くすると、イッセー君は瞳を開いてから祐斗君の声で今の姿の状態を話し始める。

 

「……今確認した所、魔力はともかく光力や()(どう)(りき)を外に出す事ができません。どうも変装対象が使える力しか使えない様です」

 

「ホウ。ただ木場の姿を模倣しているだけなら、そんな事は起こる筈がないんだがな。だが、これで模倣しているのが姿だけじゃないっていうイッセーの仮説が俄然現実味を帯びてきたな」

 

 イッセー君から意外な結果が出た事を告げられても、アザゼル先生は不審に思うどころかかえって納得していた。そして、イッセー君に更なる指示を出す。

 

「イッセー、早速だが木場の神器について色々試してみてくれ」

 

「解りました」

 

 イッセー君は再び瞳を閉じると、精神を集中し始めた。そして左手を前に突き出すと、鞘に収まった一本の剣が作り出された。

 

「……和剣鍛造や魔剣創造(ソード・バース)の本体があらゆる剣を収める魔鞘である事は以前お話しした通りです。なので、まずは本体を出せるかを試してみましたが、これについては上手くいった様です。ただ、祐斗が創造可能な剣をほぼ全て知っている事から実際に何処まで作れるのかを試してみたのですが、これで限界でした」

 

 イッセー君はそう言うと、作り出した剣を鞘から抜いて祐斗君に放り投げた。祐斗君が柄を掴む形でその剣を受け取ると、その剣が何なのかを確認する。

 

「通常サイズの吸力剣(フォース・アブゾーバー)だね。でも、これ一本だけかい?」

 

「あぁ。どうも鞘に収める形でしか剣を創れないらしく、複数の剣を同時に創るのは無理だった。その上、創れる剣の種類も魔剣のみでしかも中級クラスが限界、聖魔剣はおろか聖剣さえも創れなかったよ。おそらく祐斗が元々持っていたのが魔剣創造だったから、それを模倣する形で魔剣創造のレプリカを作ったのだろう」

 

「……剣術をある程度修めていれば問題なく使えるけど、大量の剣を創造しての物量戦が可能な本物(オリジナル)と比べてかなり劣化しているね、そのレプリカ」

 

 祐斗君はイッセー君の推測に苦笑いを浮かべている。でも、アザゼル先生の反応は違った。

 

「……という事は、性能こそ著しく劣化するが神器の模倣自体は可能って訳か。実戦で使うには少々心許ないが、敵の目を誤魔化す分には十分だな」

 

 どうやら、アザゼル先生は本来の用途である潜入工作や囮作戦には十分使えると判断したらしい。ここで、椿姫がアザゼル先生に質問してきた。

 

「では、私や匙、ヴラディ君、そして一誠君の場合も同じ様な事が起こるという事でしょうか?」

 

「実際に試していない以上は断言できんが、そういう事になるだろうな。お前達についてもとりあえず試してみるつもりだが、今は後に回すぞ。ただ、宿しているのが黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)であるイッセーについては大体の想像がつく。おそらくは龍の手(トゥワイス・クリティカル)になる筈だ。あれは封印されているドラゴンの魂が目覚めていなくても、所有者の力を二倍にする能力を発動する神器だ。だから、たとえ中身がなくなったとしても倍加の能力は問題なく発動する筈だ」

 

 椿姫の質問に答えたアザゼル先生は、ここで神器の模倣についてある程度の目途を付けたみたいで次の指示をイッセー君に出す。

 

「まぁそれはさておき、次は体力テストをやってもらうぞ、イッセー。これには変装対象になっている木場も参加してくれ。お前達の成績を比較する事で、身体能力についてはどんな風に模倣しているのかを確認したい」

 

 次に身体能力を調べるというアザゼル先生の指示に対して、イッセー君と祐斗君はすぐに了承した。

 

「「解りました」」

 

 その後、三十分程行われた体力テストの結果、体の扱い方が異なるせいか、二人の成績に少しバラツキが出た。

 

「成る程。流石に変装対象の記憶までは模倣できていない様だな。それで体の扱い方に差が出て、速さを競う競技では木場の方が、それ以外の競技ではイッセーの方が、それぞれ成績が良かった訳だ。いや、まさかここまでいいデータが取れるとは思わなかったぜ。俺としては、全く同じ成績になると思っていたからな」

 

 アザゼル先生はそう言って、非常に嬉しそうな表情を浮かべている。でも、アザゼル先生はそれだけでは満足できなかった事が、次に出てきた言葉から伺えた。

 

「さて、こうなると次は種族固有の能力も模倣できるかを確認したい所だが……」

 

「そういう事であれば、テストを続行しましょう。なお次の変装相手ですが、レイヴェルとギャスパー君も候補として考えてみたのですが、少々試してみたい事がありますので朱乃さんでいかせて下さい」

 

「解った。次は朱乃でいこう」

 

 それにイッセー君が応じる様な発言をしたので、私は自分の髪の毛を一本抜いてイッセー君に手渡した。イッセー君は鏡映しの英雄の額にある収納部から祐斗君の髪を取り出し、代わりに私の髪の毛を入れるとそのまま顔に装着する。すると、イッセー君の体が一瞬光に覆われた。その光が収まると、イッセー君は祐斗君に変装した時と同じ様に私の姿へと変わっていた。

 私の姿になったイッセー君は先程と同じ様に瞳を閉じて自らの状態を確認していく。暫くして瞳を開けると、イッセー君は私の声で現状を話し始めた。

 

「……今確認した所、魔力だけでなく光力を扱えそうです。ただ、私の光力とは少し質が違う様ですから、おそらくは堕天使のものでしょう」

 

「変装対象の種族固有の力も模倣できているという訳か。まぁ力の波動を誤魔化す事も視野には入れていたから、これについては想定の範囲内だな」

 

 ランクダウンしているとはいえ神器の能力が模倣できていた以上、種族固有の力が模倣できていても何らおかしくはないという事でもあるんだろう。そこまで確認し終えたイッセー君は、ここである事を始める事を宣言した。

 

「では、今から朱乃さんが得意とする雷の魔力に堕天使の光力を加える事で雷光を再現しますので、標的となる物を用意して下さい。……いえ。この際ですから、雷光を超える雷を試してみます」

 

「あぁ、解った。だったら、この攻撃訓練用の標的を使ってくれ。……ハッ? おいイッセー、ちょっと待て。それは一体どういう意味……!」

 

 アザゼル先生が攻撃訓練用の標的を用意していると、そこで不審な点がある事に気付いてイッセー君の意図を問い質そうとした。でも、その前にイッセー君は先程とはまた異なる形で光に包まれる。

 

「六枚の黒い翼、だと……? まさか、朱乃に秘められた光力の全てを開放する事で堕天使化したというのか、イッセー!」

 

 光が収まって、イッセー君の姿を見たアザゼル先生が驚きの声を上げるのも無理はないと思う。何故なら、イッセー君は服装をそのままに三対六枚の黒く染まった堕天使の翼を広げていたのだから。イッセー君は堕天使としての私の姿のまま、アザゼル先生に今自分がやった事について説明し始める。

 

「はい。私やロシウ、そしてはやても気付いていましたが、朱乃さんは悪魔の魔力とは別の力、今にして思えばそれは堕天使の光力だったのでしょう、そちらの方に適性がありました。それは、光力こそが朱乃さんの生まれ持った力だからでしょう。そして、それを全開放してしまえば……」

 

「堕天使の血が活性化して肉体を光力に適応させるって訳か。……だからと言って、本人ですらできてねぇ事を平然とやるなよ、イッセー。流石にこれは心臓に悪いぞ」

 

 ……本当にその通りだと、私は心からアザゼル先生に同意する。それだけに、この後に出てきたイッセー君の言葉に私は完全に言葉を失ってしまった。

 

「申し訳ありません、アザゼル総督。ですが、ここでその様に驚いている様では、今からやる事に対しては開いた口が塞がらなくなってしまいますよ」

 

 私には更なる可能性がある。イッセー君はそう言って来たのだから。

 

「そう言えば、イッセー。さっきお前は雷光を超える雷を試すと言ったな。それは一体どういう意味だ?」

 

 アザゼル先生はイッセー君に詳しく話を聞こうとしたのだけど、イッセー君はここで私に声をかけてきた。

 

「朱乃さん。私がオーフィスとの戦いで使った赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)を覚えていますか?」

 

「えぇ、覚えていますわ。天使の光力と悪魔の魔力を融合させる事で生まれる膨大な力を糧に赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラを増幅させる自己強化の技でしたわね」

 

 私がイッセー君からの問い掛けに答えると、イッセーくんは満足げに頷く。

 

「そうです。そして、アザゼル総督。先程のご質問の答えですが、元の種族が堕天使と人間のハーフである転生悪魔の朱乃さんならば、理論上はほぼ同じ事ができるのです。ドライグのオーラを雷に置き換える事で」

 

「……えっ?」

 

 あのオーフィスにも対抗しうる程の強大な力を、私も使える?

 

 私が驚愕の余りに絶句していると、イッセー君は三対六枚の堕天使の翼を広げたまま、新たに一対二枚の悪魔の羽も広げた。この羽はリアスの眷属である転生悪魔としての証だ。

 

「今からそれを実践します。ハァァァァ……ッ!」

 

 イッセー君は両手を横に広げると右手に堕天使の光力を、左手に転生悪魔の魔力をそれぞれ分けて集めていく。その上、自分の頭上には明らかに見覚えのある魔方陣も展開していた。……私が雷の力を放つ時に使用する魔方陣だ。そして広げた両手を目の前で合わせると、それぞれの手に集めていた光力と魔力がスムーズに融合していく。その最中、イッセー君が今行っている事の解説を始めた。

 

「堕天使の光力は天使のものと比べて悪魔の魔力とそれほど反発しません。おそらくは堕天した事で光力から「聖」の属性が失われているからでしょう。その証拠として、元堕天使の転生悪魔が引き続き光力を扱える事、そして強力な堕天使である副総督が悪魔の女性との間に子供を作れた事が挙げられます。どちらも天使の光力の様に魔力との反発が激しければまず不可能だからです。それらを踏まえると、悪魔の魔力で生み出した雷に堕天使の光力を加える事でバラキエル様の雷光を再現する事は可能でしょう。ですが、ここでもし堕天使の光力と雷に変換する前の魔力を融合、それによって生じた膨大な力の全てを雷へと変換する事ができれば……!」

 

 イッセー君が解説を終えた所で、両手には堕天使の光力と悪魔の魔力が完全に融合した事で膨大な未知の力が生成されていた。イッセー君は両手を頭上に掲げると、その力を雷の魔方陣へと注ぎ込んでいく。魔方陣が力を受け取るにつれてその輝きを増していく中、イッセー君は即興で作ったであろう呪文を唱え始めた。

 

「雷よ! 光と魔の交わりを以て、立ち(はだ)かる全てを打ち砕け!」

 

 イッセー君が呪文を唱え終えると同時に両手を攻撃訓練用の標的に向けて振り下ろすと、魔方陣からは今まで見た事もない激しい雷が轟音と共に標的に向かって放たれる。そして雷が標的に当たった瞬間、激しい閃光が発生した。私達は目をやられない様に手を顔の前に掲げて閃光をやり過ごす。数秒程で閃光が収まったので私達が顔の前に掲げていた手を降ろすと、標的のあった所にはただ何かを焼き尽くした様な焦げ跡しか残っていなかった。

 

「……オイオイ。バラキエルの雷光にも耐えられる様に作った標的が、跡形もなく消し飛んじまったぞ。あんなのをまともに喰らったら、若手対抗戦に出る連中はおろか俺達でもただじゃすまねぇな。確かに、これは雷光を超える雷と呼ぶに相応しい威力だぜ。それでイッセー、この雷はなんて名前なんだ?」

 

 アザゼル先生がイッセー君が放った雷の威力を見極めた後でその雷の名前を尋ねると、イッセー君から意外な答えが返ってきた。

 

「名前はまだ決めていませんし、そもそも私が決める事ではないでしょう。この雷はあくまで朱乃さんの可能性(モノ)であって、私はただそれを引き出してきただけなのですから、名を決める権利があるのは朱乃さんだけです」

 

 ……これが、私に秘められている可能性。諦めずに鍛え続けていけば、いつかは必ず辿り着く事のできる強さ。

 

 イッセー君から大きな可能性を示してもらった私の心の中は、喜びの感情で溢れていた。

 

「朱乃がイッセークラスのテクニックを身に付ければ、こんな事ができる様になるのか。確かに、コイツは朱乃の完成形の一つだろうな。……不味い。コイツは不味いぞ。鏡映しの英雄に関する情報を重要機密にまで引き上げる必要がある。もしコイツの情報を禍の団(カオス・ブリゲード)に持ち込まれて再現されちまったら、悪夢以外の何物でもねぇぞ」

 

 その一方、アザゼル先生はイッセー君が示してくれた私の可能性を目の当たりにして、鏡映しの英雄の危険性を感じ取ってしまったみたいだ。でも、それも無理はないと思う。

 アザゼル先生や父様に遠く及ばない筈の私の力をイッセー君が扱えば、父様を上回る威力の雷を生み出す事ができた。それと同じ様な事が他の者にはできないなんて、けして言い切れないのだから。

 その上、自分に秘められた可能性を示された事で内心浮かれてた私は、この時まだ気付いていなかった。

 

 ……イッセー君が示した私の可能性とそれに対する私の反応を目の当たりにして、父様が酷く思い詰めた表情をしていた事に。

 




いかがだったでしょうか?

なお、鏡映しの英雄で変身した一誠が朱乃の姿で堕天使化した時、服装も変える事はできましたが一誠はあえてしませんでした。
……いくら何でも朱乃が限定版十三巻の表紙を飾った時の服装に変わってしまえば、イリナを始めとする女性陣から顰蹙を買うのは必至ですから。

では、また次の話でお会いしましょう。

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