未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.11 修正


第二章 外に遊びて
第一話 神の子を見張る者


「さて、着いたぜ」

 

 アザゼルさんが堕天使式の魔方陣を展開して転移の術式を発動させると、僕達は高級ホテルの様な内装だった宿泊施設と全く異なる場所に立っていた。無事に転移が終わった事を確認したアザゼルさんは襟を正すと、僕達に歓迎の挨拶をする。

 

「ようこそ、堕天使中枢組織「神の子を見張る者(グリゴリ)」の本部へ。我々は兵藤聖魔和合親善大使および訪問団一同を心より歓迎する」

 

「アザゼル総督。こちらこそ、これだけの人数にも関わらず自らお迎え頂き、心より感謝致します。暫くの間こちらで色々と学ばせて頂くと共に、此度の我々の訪問が悪魔と堕天使の親睦を深める礎となれば幸いです」

 

 そこで僕がこの場にいる訪問団の代表として返礼すると、アザゼルさんは一勢力の指導者として引き締めていた態度を一気に緩めた。

 

「……と、堅苦しい挨拶はこのぐらいにするか。それじゃイッセー、まずは幹部連中との顔合わせをするぜ。ついてきな」

 

 アザゼルさんがそう言うと、僕達はアザゼルさんに案内されて本部の通路を歩いていく。通路の壁や床には傷や汚れが全くついておらず、またゴミや埃も落ちていない事から施設内はかなり清潔に保たれている様だ。ここで、通路の内装を見回していたはやてがその感想を僕に言って来た。

 

「アンちゃんと同じ技術者志向のアザゼルさんがトップやっとる堕天使の本部っていうから、てっきり特撮モノの悪役の基地みたいに洞穴の中やのに内装はアースラみたいなのを想像しとったんやけど、割と普通なんやなぁ」

 

「はやて。アースラというのは、確かリヒトが以前平行世界で世話になったという次元航行艦の事かな?」

 

 僕がそう尋ねると、はやてはその通りだと頷いてきた。

 

「そうや。わたし、リインやリヒトからそういうモンがあるって教えてもろうたんやけど、流石に実物を見た訳やなかったからちょっと興味があったんよ。それで、リンディ提督にお願いしてちょっとだけ乗せてもろうたんやけど、ホントにアニメに出てくる宇宙戦艦って感じやったで」

 

 はやてがアースラの事について話をすると、アウラが大変興味を持ったらしく目をキラキラと輝かせ始めた。

 

「へぇ~、そうなんだぁ」

 

「そんでな、アンちゃん。あと十日ぐらいでリヒト達が向こうに行ってから一月経つから、ちょっと様子を見に行こうって思うとるんや。そん頃にはリヒトとリインの赤ちゃんが生まれとると思うし、わたしもわたしでリヒトと同じ様にもう一度会いに行くって向こうのなのちゃん達と約束しとるんよ」

 

 はやてが今後の予定を話してきたので、僕はそれに協力する事を伝える。

 

「解った、その時には僕に一言言ってくれ。黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)を使ってサポートするよ」

 

「うん。そん時はお願いな、アンちゃん」

 

 僕の申し出をはやてが受け入れた所で、アザゼルさんが僕に話しかけてきた。

 

「そう言えば、はやて達もイッセーとは別口で平行世界に行った事があったんだったな。そして、現在は一月が一年程度という時間の流れの差を利用する形で、ツァイトローゼ一家が向こうで過ごしていると。なんて言うか、お前達と出逢って以降、俺の中の常識ってヤツが次々とぶっ壊れていくな。しかも、秘密基地ってヤツに拘りのある奴がいて、本部の内装にはかなり金も技術も使ってるってのにそれが普通って言われちゃ、俺はもう笑う事しかできねぇよ。ハハハ……」

 

「……何か、色々とスミマセン」

 

 乾いた笑い声を上げるアザゼルさんに対して、僕はただ謝る事しかできなかった。

 

 

 

 こうしてアザゼルさんによって案内されたのは、幹部用の会議室だった。アザゼルさんが扉を開けると、部屋の中央には大きな円卓が置かれてあり、席には六人の男女が座っていた。生真面目そうな男性、厚いレンズのメガネと白衣を身に付けた背の低い男性、長身で装飾の施されたローブを纏ったブロンドの男性。薄紫色の長髪をした切れ長の目の女性、鎧兜を装着した上に顔には眼帯と野性的な髭のある男性、そしていかにも無骨な武人といった男性。

 僕達が会議室に入っていくと、席に座って談笑していた六人はこちらに気付いてすぐに立ち上がった。そして、アザゼルさんが堕天使幹部の紹介を始める。

 

「それじゃ、俺達神の子を見張る者の幹部を紹介するぜ。まずはこっちの生真面目そうなのが副総督のシェムハザだ」

 

「私が副総督のシェムハザです。兵藤親善大使、今後ともよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願い致します。副総督」

 

 僕は挨拶と一緒にシェムハザ副総督と握手を交わす。握手が終わると、アザゼルさんは次の方を紹介してきた。

 

「次に、瓶底メガネの奴がサハリエル。主に月そのものや月による各種術式の作用を研究している」

 

「初めまして、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の兵藤一誠氏。あのオーフィスを退けたという神話の神々にすら為し得なかった大偉業は既に聞いておりますのだ」

 

「大偉業などとんでもない。確かに切っ掛けこそ私が作りましたが、あれはあの場にいた全員の功績です」

 

 僕は先に手を差し出してきたサハリエル様の手を取って、握手を交わす。こうしてアザゼルさんから紹介を受けた幹部の方々と次々と挨拶と握手を交わしていく。

 

「こっちのブロンドの男が営業担当のタミエルだ」

 

「タミエルだ。他の神話勢力への営業もやっているから、ひょっとすると一緒に仕事をする機会があるかもしれない。その時はよろしく頼む」

 

「こちらこそ、長年のご経験を頼りにさせて頂きます」

 

「幹部で唯一の女であるベネムネだ。書記長をやっている」

 

「ベネムネよ。……あのバカを止めてくれて、ありがとうね」

 

「そう仰って頂けると、こちらも少しは気が楽になります」

 

「こっちの特撮物の悪役チックな奴がアルマロス。主に魔術に対する攻撃、アンチマジックの研究をしている」

 

「ぐはははははっ! 対魔術なら任せておけーい!」

 

禍の団(カオス・ブリゲード)には魔法使いの派閥があると聞いていますので、場合によってはお知恵をお借りする事もあるでしょう。その時はよろしくお願い致します」

 

 そして、最後に残った如何にも武人といった男性の紹介が始まった。

 

「そして、残ったコイツがバラキエルだ。事戦闘においては俺に匹敵するし、一撃の攻撃力だけなら俺より上だ。また雷の扱いを得意とした上で雷に光力を加えられる事から、外の連中には「雷光」の名で知られている」

 

「バラキエルだ」

 

 バラキエル様が名前だけを伝えると、アザゼルさんから更なる情報が伝えられる。

 

「そして、朱乃の父親でもある。……朱乃は元々堕天使と人間のハーフなんだが、色々あってな。詳しい話は俺が話す事じゃないから、後で本人から直接聞いてくれ」

 

 堕天使幹部の娘であるという朱乃さんの出生をアザゼルさんから明かされた時、それを知らなかったイリナやアウラ、レイヴェル、元士郎、憐耶さん、セタンタの六人は驚きを露わにしたものの、グレモリー眷属でも古参で朱乃さんとの付き合いの長い祐斗とギャスパー君はもちろんの事、おそらくはソーナ会長から教えられていたであろう椿姫さんは驚いておらず、ロシウとレオンハルト、はやての三人は気配や力の波動の差異から薄々感づいていた様で逆に納得の表情を浮かべていた。

 ……そして、僕自身は冥界入りする前日にアザゼルさんから朱乃さんの出生を教えられていた。

 

 

 

「堕天使の幹部の一人にバラキエルという奴がいる。強さで言えば堕天使の中でもトップクラスである俺に匹敵するし、一撃の攻撃力だけなら俺より上だ。また得意とする雷の力に光力を混ぜられる事から「雷光」の名で知られている」

 

 アザゼルさんのマンションで人工神器について語り合ったところで、アザゼルさんから堕天使幹部の一人であるバラキエル様の能力を聞いた僕は朱乃さんとの類似点を見出した。

 

「雷光ですか。「雷の巫女」と呼ばれている朱乃さんに似ていますね」

 

 すると、アザゼルさんはある事実を伝えてくる。

 

「似ていて当然だ。朱乃の父親だからな」

 

 僕はこの話を聞いて、おかしな事がある事に気付いた。

 

「その割には、朱乃さんは堕天使を毛嫌いしている様でしたが。……いえ。それ以前に、どうして堕天使幹部の娘という重要人物が現魔王の実妹の眷属になっているんですか?」

 

 アザゼルさんは僕の問い掛けに対して、僕がそうするのも当然だと言わんばかりに一つ頷く。

 

「お前がそう思うのも無理はない。というか、朱乃の素性を知れば誰だってそう思うだろう。だが、アイツ等は色々とあってな。今は絶縁といってもいい状態だ。だから、朱乃はグレモリー家に保護された後にリアスの女王(クィーン)になっている。……そこでだ、イッセー。お前に一つ、頼みがある」

 

 そう言って頭を下げてきたアザゼルさんの苦衷に満ちた表情を見て、僕はアザゼルさんの頼み事が何なのかを悟った。

 

「……朱乃さんの家庭問題を解消して欲しい、ですか?」

 

「あぁ。一つ知恵を貸してもらいたくてな。確かに朱乃本人の口から今まで目を背けてきたもの、つまり自分の生まれやバラキエルとの関係と向き合っていくとは聞いてはいるが、いざ面と向かうとなるとまた話は別だろう。……何より、アイツ等があんな風になっちまった責任が俺にはある」

 

 アザゼルの最後の言葉を聞いて、僕は更なる説明を求める。

 

「どういう事ですか?」

 

 すると、アザゼルさんは朱乃さんとその両親の過去について話を始めた。

 

 重傷を負った一人の堕天使がその身を休めていた時、由緒ある神社の娘と出会った。娘は傷ついた堕天使を助け、その縁で二人は惹かれ合い、やがて夫婦となって娘を授かり、親子三人で幸せな時間を過ごしてきた。

 しかしある日、堕天使に操られているとして母親の親族達から母親の奪還を依頼された術師達が襲撃をかけて来た。一度目は強力な力を持つ堕天使である父親によって撃退されたが、その残党から情報をリークされた堕天使に恨みを持つ者達による二度目の襲撃が起こった。その際、本来は休暇であった父親に急な仕事が入って不在となった為に隙を突かれる格好となってしまい、最終的に母親は堕天使の血を引く娘を庇って殺されてしまった。

 襲撃犯はその直後に帰って来た父親によって全員討ち果たされたが、母親を目の前で惨殺された娘の心の傷は大きく、父親を含めた全ての堕天使と自身に流れる堕天使の血を憎み、拒絶するようになった。その娘は一年半もの放浪の果てに魔王を輩出した悪魔の名家にその身柄の全てを引き取られ、やがて魔王の実妹でもある跡取り娘の眷属として悪魔に転生した。

 殺された母親の名は姫島朱璃。堕天使の血を引く娘の名は姫島朱乃。……そして堕天使である父親の名はバラキエル。

 

 ……朱乃さん達の話をしている間のアザゼルさんは、正に懺悔している罪人そのものだった。

 

「……俺のせいなんだ。俺達堕天使に恨みを持つ連中による二回目の襲撃の直前、神の子を見張る者に所属する強硬派の中でも特に血の気の多い武闘派の一部が暴走しかけていた。要するに、コカビエルの奴と同じ様な事をしようとしていた訳だ。だが、俺への不満が噴出した格好である以上は俺の言葉に耳を貸さない事は間違いなかったし、シェムハザには連中に同調しない様に他の奴等を抑えてもらわないといけなかった。だから、バラキエルにそいつ等の説得と万が一の時の鎮圧を頼んだんだ。我慢強い性根から粘り強く説得を続けられる一方で実力行使による鎮圧も可能なバラキエルの他に頼める奴がいなかったからな。それで休みの所を無理言って出て来てもらったんだが、その僅かな隙を突かれる形で朱璃を殺されてしまった。俺の万にも及ぶ永い生涯の中でも、間違いなく最大級の失敗だぜ」

 

 アザゼルさんのもはや懺悔とも言うべき話を聞き終えた僕は、問題の難しさに腕を組んで考え込んでしまった。

 

「……かなり難しいですね。まず、朱乃さんについては無意識の内に二律背反で苦しんでいるんだと思います。単にお母さんを守ってくれなかった事を恨んでいるだけなら、リアス部長の眷属になった時点でとっくにバラキエル様に見切りをつけて決別している筈ですから」

 

「どういう事だ?」

 

 アザゼルさんが訝しげな表情で訪ねてきたので、僕は朱乃さん達の話を聞いて考えた事を言い始める。

 

「つまり、朱乃さんは今でも心の奥底ではお父さんを愛している気持ちが強いんだと思います。でも、それを素直に受け入れるには失ったものが余りに大き過ぎた。だから強く反発する事で堕天使を、そしてお父さんを恨んでいると思い込もうとしていたんです。それだけに、たとえ顔を合わせて話をしようとしても、朱乃さんの口から出てくるのは拒絶と否定の言葉になっていたでしょうね。……尤も、僕が見ている限りでは今の朱乃さんは自分の本心としっかりと向き合おうとしているみたいなので、そこまでひどい事にはならないとは思いますが」

 

 その言葉を聞いてアザゼルさんは納得の表情を浮かべる。どうやらアザゼルさんには僕の言った事に心当たりがある様だった。

 

「成る程な。確かにそう言われれば、思い当たる節がいくつもある。それに、今なら」

 

「えぇ。今の朱乃さんなら、自分の本当の想いを素直にバラキエル様に伝える事ができると思います。ただ、お父さんであるバラキエル様の方がそう簡単にはいかないでしょうね。自分が朱璃さんを死なせてしまったという朱乃さんへの罪悪感を今でも抱いているのであれば、朱乃さんもそれを敏感に感じ取ってしまって素直な気持ちを伝えにくいと思いますよ」

 

「俺は朱乃が過去を振り切れさえすれば二人は互いに歩み寄れるとばかり思っていたが、まさかその逆でバラキエルの方が過去を振り切らなければ朱乃が歩み寄れなくなっちまっていたとはな。……そういう見方もあるんだな」

 

 アザゼルさんが溜息混じりにそう零すと、僕は話を聞いて思い付いていた対処法をアザゼルさんに伝える。

 

「……即効性はありませんが、一つ手があります。二人が共通して持っている話題で語り合わせて下さい」

 

「バラキエルと朱乃の共通の話題だと? ずっと離れていた二人にそんな話題は。……いや、そういう事なのか?」

 

 アザゼルさんは最初こそ首を傾げていたが、すぐにその意味に思い至った様で驚きを露わにする。

 

「えぇ、朱璃さんの話です。おそらくはあると思いますよ。バラキエル様だけが知る朱璃さんの話に、朱乃さんだけが知る朱璃さんの話が。その語らいの場には、僕が思い出話を聞く形で同席します。そうする事でお互い話し易くなるでしょうし、そうして語らい合う事で徐々に溝を埋めていけば、バラキエル様も朱乃さんも本当に大切な事は何なのかを解ってくれると思いますよ」

 

 僕がそこまで話し終えた所で、アザゼルさんは僕に向かって改めて頭を下げてきた。

 

「済まないな、イッセー。本当ならこの聞き手の役目を俺がやりたいところなんだが、俺はバラキエルや朱璃に近過ぎて知っている事も多い。だから、朱乃に近い上に朱璃の事を直接は知らないお前の方が適任だ。……頼まれてくれるか?」

 

 ……堕天使の総督がここまで真摯になって頼み込んできた以上、断るという選択肢は僕にはなかった。

 

「分かりました、引き受けます。後は、二人が語り合う場をどんな形で用意するかですが……」

 

 僕が朱乃さんとバラキエル様が語り合う場をどうするのかを考えようとすると、アザゼルさんから提案があった。

 

「それについては問題ない。朱乃がお前の堕天使領への外遊に同行する事を志願しているからな。しかも朱乃は後学の為だと言っちゃいるが、本当の目的は明らかにバラキエルとの面会だろう。だったら、ここはほんの少し手を回すだけで、後は成り行きに任せてみようぜ」

 

 アザゼルさんからの提案にこれと言って反対する理由がなかったので、僕は成り行き任せでいく事に同意した。

 

「それもそうですね」

 

 

 

 そうした事前の打ち合わせがあった事を表に出す事なくアザゼルさんが幹部の方達を紹介し終えた後、僕が皆を紹介していった。ただ、元士郎や憐耶さんを紹介した時にサハリエル様がかなり興奮気味に歓迎の言葉を掛けてきたのは、やはり元士郎がヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)の一つである黒い龍脈(アブソープション・ライン)を宿している事からヴリトラの復活の鍵となっているのと、憐耶さんが使っている結界鋲(メガ・シールド)の強化計画に人工神器が関わっているからだろう。そうしたちょっとした事があった後、堕天使領におけるスケジュールの打ち合わせが始まった。

 

「お前達も大体の話は聞いているんだろうが、念の為に確認しておくぞ。今回のお前達の訪問は、聖魔和合親善大使であるイッセーが悪魔と堕天使の友好を深める為の技術交流を目的とした外遊に追従する形になっている。だから、イッセーとイリナ、レイヴェルの三人についてはまず本部の施設を一通り視察する事になっているし、これには家族枠で同行しているはやてとアウラ、その護衛であるセタンタ達三人に加えて後学の為にここに来た朱乃も同行する。視察の案内役はバラキエル、お前に任せるぞ」

 

「承知した」

 

 ……どうやら、アザゼルさんは朱乃さんとバラキエル様が語らい合える様にここで手を回す事にしたらしい。その意図を読み取った僕はあえて何も言わない事にした。そうしてアザゼルさんが僕達のスケジュールについて話し終えると、次に神器関係者のスケジュールに触れる。

 

「その間、手持無沙汰になるお前達には身体検査を行う。そうして事前準備を万端に整えてから木場・ギャスパー・真羅の調査組と匙・草下の強化組に分かれて本格的に行動を開始する予定だ。そこでまず調査組についてだが、俺と同様に神器研究でも真理に近い所を知っているシェムハザが主に担当し、視察が終わった後でイッセーがサポートに入る形になる。シェムハザ、コイツ等の神器の基本的な所については以前言った通りだ。頼むぞ」

 

「解りました、アザゼル」

 

 神器の調査組についてはアザゼルさんと同レベルの情報を持っているシェムハザ副総督が主に担当する事が伝えられた所で、僕は少しだけ口を挟む。

 

「詳しい事は後ほど説明しますが、祐斗については一つ試してほしい事がありますので、その実験も予定に追加して下さい。また椿姫さんについても既に総督にお渡ししている資料を参考に調査をお進め下さい。後はギャスパー君についてですが。……その前にギャスパー君、少し確認したい事がある。バロールと代わってくれないかな?」

 

 僕がギャスパー君にそう頼むと、ギャスパー君は快く応じてくれた。

 

「ハイ、解りました。……この分だと、やはり貴方は気付いていたんだね。視線で捉えた相手を殺すという「僕」の魔眼の本質が、実は「死」ではなく「停止」である事に」

 

 ギャスパー君が一端瞳を閉じてから数秒してバロールが出てくると、彼は確信を持ってそう言って来た。だから、僕もバロールの言葉に何ら隠し事をせずに応じていく。

 

「何故、バロールの魔眼の模倣品である停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)が時間停止能力なのか。これを考えている内に思い至ったんだ。生命にとっての「死」とは様々な要因によって生命活動が維持できなくなる事、つまり「停止」する事だとね」

 

「そして、最も効率よく敵の生命活動を停止させるにはどうすればいいのか。そこに考えが及べば、停止世界の邪眼は本来どういった使い方を望まれていたのかも自ずと見えてくるという訳だね。だから、貴方は神器の能力をピンポイントで使える様にする為に、ギャスパーに「見る」事を鍛えさせた。そうする事で時間停止の対象を絞れる様になれば、そしてその対象を体内にあって見えない筈の心臓や肺といった生命活動に直接関係する臓器に及ぼせるようになれば、贋物(フェイク)本物(オリジナル)へと変わる」

 

 僕がどういう考えでギャスパー君の育成計画を進めてきたのかという推測をバロールが語り終えた所で、僕はその推測に補足を付け加えた。

 

「付け加えると、聖書の神が停止世界の邪眼で再現したかったのは何も生命活動の停止だけではない事も十分考えられるよ」

 

「つまり聖書の神は実はあらゆるものを「停止」できるというバロールの魔眼の本質をしっかりと捉えた上で本物が持っている汎用性に少しでも近づける為、贋物にはあえて視線で捉えた対象の生命活動でなく時間を停止させる能力を持たせた。貴方はそう考えているのか。……本当に怖い人だね、貴方は。誰かが貴方の事を「全てを見通す神の頭脳」と呼んでいたけど、その言葉には誇張なんてものが一切ないよ。少なくとも、「僕」にはそう思える。だからこそ、貴方には「僕」達のこの力がどう見えているのかを教えてほしい。やっぱり、命を容易に奪い去ってしまう悪しき力かな? それとも、あってはならない忌まわしき力?」

 

 バロールが悪戯を仕掛ける様な笑みを浮かべてそう尋ねてきたので、僕は自分の考えをバロールに伝える。

 

「確かに、君達の力は扱い方を一つ間違えると、それこそ災厄とも言える被害を齎しかねないのは紛れもない事実だ。だから、その力をどう扱うかについては君達にその責任がある。ただ、力そのものに善悪はないし、それを決めるのはあくまで力を扱う君達であるべきだ。僕はそう思っている。現に、禍の団に無理矢理協力させられた子供に対して使用したピンポイントの時間停止の対象を、ギャスパー君はその子の心臓ではなくその子に施された術式とした。ギャスパー君は命を殺せる力を救う方向で使用してみせたんだ。……それでも君は自分達の力を悪いものだと言えるのかな、バロール?」

 

 僕がバロールに自分達の力の在り方について問い掛けると、バロールは苦笑いを浮かべながら答えてきた。

 

「いや。少なくとも、ギャスパーが使う分にはけして言えないね。それにも関わらずにそんな事を言う人がいるのなら、それはきっと何も解っていないだけのバカだと思うよ。……それに、そういう事をはっきりと言ってくれる一誠先輩だからこそ、僕もバロールも信じられるんですよ」

 

「あははは……」

 

 最後にバロールと交代したギャスパー君から僕に対して信頼を寄せている事を笑顔でハッキリと伝えられた僕は、少々照れ臭くなってしまった。

 ……そこで初めて周りの反応が全くない事に気付いた僕は周りの様子を窺うと、話に全くついて行けずに唖然としている人と感心した様な素振りを見せる人が半々といった所だった。そして、後者の反応を見せていたサハリエル様が独特な笑い声を上げながら僕に話しかけてくる。

 

「しっしっしっ、これはのっけからとても良い物を見せてもらったのだ。これなら今後も期待できそうで凄く楽しみなのだよ。それだけに、アザゼル。何で兵藤氏の事が解った時点でさっさと勧誘しに行かなかったのだ? そうすれば、今頃はもっと面白い事になっていたのに……」

 

 サハリエル様からジト目でそう言われると、アザゼルさんは明らかにウンザリといった表情を浮かべた。

 

「それについてはもう勘弁してくれ。他の誰でもない俺自身が一番後悔しているんだからよ。……いっそタイムマシンでも作って、過去の俺にさっさとイッセーの勧誘に向かう様に嗾けるか?」

 

 アザゼルさんがとんでもない事を考え始めているので、僕は話を戻す様に促す事にした。

 

「アザゼル総督。話題を逸らしてしまった私が言うのもどうかと思うのですが、話を元に戻しましょう。サハリエル様。ギャスパー君の調査については、先程私が確認した事を念頭に入れて頂いた上で行って下さい」

 

「しっしっしっ。了解なのだ。……しかし、これは本当に面白くなってきたのだ」

 

 サハリエル様は独特な笑い声を上げて了解すると、期待感でジッとしていられなくなった様でソワソワし始めていた。その様子に危険なものを感じたのか、アザゼルさんはサハリエル様に釘を刺してから強化組のスケジュールの説明に入る。

 

「いやいや、サハリエル。お前、そこで頷いたらダメだろう。そもそもお前は調査組のギャスパーじゃなくて強化組の匙の担当だからな。それを忘れるなよ? ……それで次に強化組についてだが、匙については特に念入りに身体検査を行った後、ヴリトラの意識を蘇らせる為のヴリトラ系神器の統合処置を行う。この処理の主な担当はさっきも言った様にサハリエル、お前だ。また処置の詳細については、イッセー」

 

 アザゼルさんから元士郎に対する説明を頼まれた僕は、今回元士郎に行われる処置について説明を始めた。

 

「はい。まず元士郎の黒い龍脈を核としてヴリトラ系の神器を接続しますが、その辺りの処理については専門家である皆様にお任せします。その後、私が真聖剣の討伐(スレイヤー)を使って黒い龍脈以外の神器に封印されているヴリトラの魂の断片を解放します。これによって解放されたヴリトラの魂の断片が最も力の強い魂の断片を宿す黒い龍脈へと集まっていくでしょう。後は黎龍后の籠手による癒しの波動で集まった魂の断片を繋ぎ合わせる事で魂を復元します。ですがこの時、一つ問題があります。魂の復元が終わってヴリトラが意識を回復させた時、所持者である元士郎の精神を神器の中に引き摺り込んでしまう可能性があるという事です」

 

「下手すると、復活したばかりで飢餓状態であろうヴリトラに匙の魂を喰われちまう恐れがあるって事か。……回避する手段は?」

 

 僕が挙げた問題点の回避手段をアザゼルさんから尋ねられたので、僕は回避手段こそあるが実行は実質不可能である事を伝える。

 

「神器そのものを元士郎の魂から隔離するという荒技でも用いない限り、回避するのは難しいでしょう。それにどの道ヴリトラとは対話する必要があるので、ここは直接戦う事でヴリトラに認めてもらう好機として前向きに捉えた方がいいかもしれません」

 

 ここまで説明を終えた所で、元士郎が決断を下した。

 

「OK、やってやるぜ。これぐらい乗り超えられなかったら、会長の夢も俺自身の夢も叶えられないし、ましてやお前の親友(ダチ)だなんて恥ずかしくて名乗れなくなっちまうからな。……それに、これで全てが上手く行ったら、今後は赤き天龍帝の親友として黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)に因んで「黒龍王」プリズン・キングとでも名乗る事にするさ」

 

 元士郎が承諾した事で、アザゼルさんは残った草下さんについて話を始める。

 

「匙については、これでいいな。……で、最後は草下だが、お前は俺が直接担当する。そこで、お前には身体検査の後に渡すコイツの扱いに慣れてもらうぞ」

 

 アザゼルさんがそう言って憐耶さんに見せて来たのは、一つの仮面だった。

 

「アザゼル先生、これは……?」

 

 憐耶さんが首を傾げていると、アザゼルさんがその手に持っている仮面について説明し始める。

 

怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)。仮面を複数展開する事で索敵や諜報を行う情報収集に特化した人工神器の試作品だ。また、自分や味方の前に仮面を展開する事で防御にも使える。因みに、仮面に情報収集させる際なんだが、自分の感覚を仮面と共有させる形になる。そこでだ。結界鋲の強化計画の一つに端末と感覚を共有させるってのがあるから、まずはこれで感覚の共有に慣れてくれ。でないと、次の段階に進めないからな」

 

「解りました。やってみます」

 

 アザゼルさんから怪人達の仮面舞踏会についての説明を聞き終えた憐耶さんは、力強く返事をした。その返事を受けて、アザゼルさんが最後に皆に向けて一言付け加える。

 

「さて、全員のスケジュールを一通り伝えた所で一つ言っておく。自分達が依怙贔屓されているなんてけして思うなよ。こっちは悪魔側に色々とデータを渡しているんだ。それに天界側もバックアップ体制を執っている。それらをどう生かすのかは、あくまで若手悪魔連中の考え一つだ。お前達の場合、自分の手で直接受け取っているってだけで、他の奴等に対する引け目なんてモンを考える必要は何処にもねぇ。……解ったな?」

 

「「「「「ハイ!」」」」」

 

 アザゼルさんの言葉を皆がしっかりと受け止めたのを見て、僕は今回の訪問がとても実りの多いものとなる事を確信した。

 




いかがだったでしょうか?

なお、バロールの魔眼に関する解釈は拙作独自のものでありますので、ご了承下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。

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