未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.5 修正


第二話 冥界へ……

 グレモリー・シトリー・フェニックスの三家共同訓練となりつつある早朝鍛錬を終えた僕達は、それぞれの家へと戻って朝食を取った。その後、別れ際に連絡事項があると伝えられていたので、僕はイリナやレイヴェルと共にオカ研の部室がある駒王学園の旧校舎へと向かう。しばらくして僕達が部室に辿り着くと、どうやら僕達が一番早かった様でまだ誰も来ていなかった。そこで精神世界から呼び出したアウラも交えて四人で話をしながら待っていると、次第に人が集まってくる。そうしてグレモリー眷属とシトリー眷属、イリナ、レイヴェル、アザゼルさん、トンヌラさんが揃ったところで、部長用の席に座ったリアス部長が僕達に連絡事項を伝え始めた。

 

「予定を少し繰り上げる、ですか?」

 

「えぇ。元々夏休みの大半は冥界に里帰りして色々と行事をこなす事になっているのだけど、今年は強化合宿の件があるから予定を少し繰り上げる事にしたの。それでスケジュール調整の件でソーナやレイヴェルと相談した結果、ソーナも同じ日程で帰省する事になったのよ」

 

 リアス部長の口から冥界への里帰りの日程を少し早める事を告げられると、それを補足する形でソーナ会長が語り始めた。

 

「そこで問題になったのが、今の所はまだ私とリアスの共有眷属である一誠君はどちらのルートで冥界に入るべきなのかという事です。ですが、これについてはレイヴェルさんからの提案でグレモリー家のルートに決まりました」

 

 僕の今回の冥界行きはグレモリー家のルートを使用する理由については、提案者であるレイヴェルが自ら説明する。

 

「私がグレモリー家のルートを提案した理由ですが、実は一誠様はまだグレモリー家の本邸をお訪ねになられた事がありません。それに対して、シトリー家の方はソーナ様からの伝令という形で一度本邸をお訪ねになられています。ですから、今回はグレモリー家の本邸を先にお訪ねするのが筋であると考えました」

 

 確かにレイヴェルの言う通りである為、僕は冥界入りのルートについて特に異論はない。

 

「確かに、ご当主様については公開授業のあった日の夜に言葉を交わさせて頂きましたが、グレモリー家の本邸にはまだ伺っていませんから、レイヴェルの提案には筋が通っています。冥界入りの件、承知しました」

 

 僕が承知の旨を伝えると、アザゼルさんが自分も冥界入りに同行する事を伝えた。

 

「因みに、俺もグレモリー家のルートで冥界入りする予定だ。ただ俺とイッセーは魔王領で色々とこなさなければならない事がある。特にイッセーは聖魔和合親善大使の任命式もあるからな。そこでイッセーの今後のスケジュールだが、それについてはレイヴェル、お前が説明してやれ」

 

 アザゼルさんから僕の今後のスケジュールについて説明する様に促されたレイヴェルは、早速説明を始める。

 

「はい。一誠様はまずグレモリー家の本邸でグレモリー卿とその奥様のヴェネラナ様へ御挨拶を為された後、そのまま魔王領に向かう事になっています。そして翌日に親善大使の任命式が執り行われた後、魔王領を拠点として上層部の皆様への挨拶回りをこなして頂きます。なお、これには不肖ながら私、レイヴェル・フェニックスと天界からの出向者であるイリナさんも同行する事になっています。後は、リアス様とソーナ様が出席を予定されている若手悪魔の会合には一誠様と私も参席する予定ですわ。それらが終われば、一誠様には親善大使として冥界の堕天使領、天界、そして高天原の順に外遊という事になります」

 

 レイヴェルが僕のスケジュールを説明し終えると、次にアザゼルさんが僕の外遊の意図を話し始めた。

 

「……と、まぁこんな感じだ。まずは三大勢力内で一通りイッセーの顔を売り、その上で親善大使としての直接の上司である俺とセラフォルー、ガブリエルの三人も同行した上で高天原へ行く。そうする事でイッセーが他の神話体系に対しての窓口でもある事を認識させるって訳だ。ただな、悪魔のお偉方への挨拶周りが終わった後のイッセーの立場がどうなっているかは、その時にならないと解らん。それが少々厄介ではあるな」

 

 アザゼルさんの説明が終わると、リアス部長はそこから未来予想図を組み立てていき、最後はソーナ会長が締める。

 

「確かに、挨拶回りの成果次第ではイッセーの上級悪魔への昇格を推薦する方が出てくるかもしれないわね。そうなれば功績については既に十分重ねている上に、実力も神器(セイクリッド・ギア)抜きで全力のお兄様を除く魔王様とほぼ同等。更に知識の方も最難関である最上級悪魔の昇格試験すら合格できるというフェニックス卿のお墨付き。だから、昇格試験さえ受けられたら、まず間違いなく通るでしょう。そうなれば、イッセーは単にお兄様達四大魔王の代務者たる聖魔和合親善大使としてだけではなく……」

 

「私達と同じく、将来を有望視される若手の上級悪魔として参加する事になる訳ですか。……よくよく考えると、魔王様の代務者が如何に魔王を輩出した名家の次期当主とはいえ未成熟の悪魔の眷属である事の方が本来あり得ない事ですから、一誠君の上級悪魔への昇格の話は帳尻合わせの意味でもけしておかしな話ではありません」

 

 リアス部長とソーナ会長が組み立てた僕の未来予想図に殆どが「おぉっ……」といった驚きと喜びが半々といった声を上げていたが、これは現状を踏まえると実は非常に不味い。それに気づいているのは、……アザゼルさんとトンヌラさん、瑞貴、後は僕が軍師時代の経験から学んだ事を教えているレイヴェルの四人か。リアス部長とソーナ会長については気付く下地こそあるものの、なまじ悪魔勢力のトップが信頼できる実兄や実姉である為に状況を楽観視している様だ。そんな少し浮付いた雰囲気の中、不安げな表情をしたアウラが僕に声をかけてきた。

 

「ねぇ、パパ」

 

 そして、皆の頭に冷や水を浴びせかける様な事を僕に尋ねてくる。

 

「こんなに急に偉くなっちゃって、本当に大丈夫なの?」

 

 そう言えば、僕の「魔」から生まれたアウラは僕の記憶の一部を継承しており、その中には解放軍の軍師としての凄惨な経験も含まれているからこうした言葉が出てきてもけしておかしくはない。ただ、幼いアウラの口からこの様な言葉が出てきたのは、明らかに本人の資質によるものだ。そして何より、一度は途切れそうになった僕とイリナの絆を繋ぎ止めたのは、間違いなくアウラの言葉だ。

 ……どうやら、僕の娘は僕の一番似て欲しくないところが似てしまったらしい。

 

 

 

Side:アザゼル

 

「ねぇ、パパ。こんなに急に偉くなっちゃって、本当に大丈夫なの?」

 

 父親であるイッセーが上級悪魔に昇格する可能性がある事を聞かされた後、不安げな様子のアウラからこんな言葉が飛び出してきた。……最初、俺は耳を疑った。イッセーが偉くなるという事を教えてもらえば、アウラくらいの年頃の子供は普通なら喜びを露わにする筈だ。それが、この反応だ。母親であるイリナを含めた他の奴等もアウラが何故そんな事を言い出したのか、まるで理解できないといった様子だ。

 

「どうしてそう思ったのかな、アウラ?」

 

 流石にイッセーも信じられなかったのだろう。すぐさまアウラに確認を取った。……いや、違う。あれは「間違いであってくれ」と願っている顔だ。そして、このイッセーの問い掛けに対するアウラの答えを聞いた時、何故イッセーがそんな風に願っていたのか、俺にはよく解った。

 

「だって、パパの悪魔のお友達ってまだそこまで多くないんでしょ? そんな時に偉くなっちゃったら、パパは皆に嫌われて一人ぼっちになっちゃうもん。そんなの、アタシは嫌だよ?」

 

 ……今思えば、その兆候は既にあった。イッセーに「解放軍の冷血軍師にならないで」と懇願した時だ。あの時、イッセーが自分を棄てて冷血軍師として振る舞う事で周りから恐れられて孤立する事を恐れたアウラは、イッセーにそうならないでと懇願した。更に「二度と冷血軍師にはならない」と自分に約束させる事で強力な釘を刺した。そこで俺は気付くべきだった。父親の持っている冷血軍師の性質を幼いながらも理解した上で周りがそれをどう受け止めるのかを正しく感じ取り、その上で父親の行動を的確に諌め、更に今後も戦略指揮や作戦立案を行う際に親善大使にそぐわない凄惨なものとならない様に抑えてみせた、正に父親譲りと言うべきアウラの慧眼と感性に。だから、イッセーが上級悪魔に昇格する可能性が取り上げられた時にその慧眼と感性で即座に察する事ができたのだ。

 今の状況でイッセーが上級悪魔に昇格すれば、待っているのは孤立の果ての破滅である事に。

 ただ、天真爛漫でやんちゃな性格と年相応な言動である上におそらくはアウラ本人もまだ自覚がないだろうから、アウラの持つ天性の慧眼と感性に気付くのが遅れてしまった。イッセーの奴もおそらく今初めて気付いたんだろう。あの分だと、今後は余程の事がない限り、アウラを政治の場へと連れて行こうとはしない筈だ。幼いが故に純粋なアウラの心が政治の場に立ちこめるドス黒いものに染められてしまう恐れを考えると、俺もそれには賛成だ。

 

 ……なぁ、ミカエル。サーゼクス。「蛙の子は蛙」ってのはよく聞くが、どうやらこの親子にも同じ事が言える様だぜ。

 

 俺はアウラに秘められた大いなる可能性に内心嘆息しながらも、同時にアウラに関してある懸念が生じてきた。

 

「なぁ、総督さんよ」

 

 どうやらトンヌラもそれに気付いたらしく、小声で俺に声をかけてきた。だから、省きに省いた言葉で返事を出す。

 

「あぁ。ケツは俺が持ってやる。だから、頼んだぞ」

 

「了解だ。その時は遠慮なくやらせてもらうぜ」

 

 ……これで一安心だな。アウラに関する懸念事項をとりあえずは払拭できた事に安堵した俺は、リアスとソーナ、そしてアウラの言葉にサーゼクスから聞いていた話の内容を交えて解説を入れていく。

 

「まぁ、そういう事だ。確かにアウラの言った通り、今すぐイッセーを上級悪魔に昇格させても寄って立つべき地盤が全然固まっていないから、イッセーはすぐに孤立する事になるだろうな。特に余りに速過ぎる出世によって、中堅層から下の者達から妬まれて支持を得られなくなるのが致命的だ。こうなっちまったら、もう後が続かなくなっちまう。尤も、サーゼクスの話じゃ「流石にいくら何でも早過ぎるから、今回は褒賞を与える形で昇格は見送る事になるだろう」って事だからな。アイツもそれは十分解っているんだろう。それだけにな、イッセーをよく思わない一部の連中がイッセーを孤立させる一手として上級悪魔への昇格をごり押ししてくる可能性も捨て切れねぇ。だから、もし今の段階でイッセーの上級悪魔への昇格が決まったら、イッセーやサーゼクス達が悪魔勢力内の政治闘争に敗れたと思ってくれて結構だ」

 

 そして、イッセーを取り巻く状況を最も理解していないといけないイリナには特に念を入れた。

 

「イリナ、今後もイッセーと共に生きていく事になるお前は特にしっかりと認識しておけ。これがお前の知るものとは全く異なる、そしてこれからイッセーと共に立つ事になる戦場だとな」

 

 そうだ。イッセーの新たな戦いは既に幕を開けている。賭けるものは己の命。しかし、飛び交うのは刃でも魔力でもなく、言葉と謀。それだけに、単に敵を打ち破るだけではけして生き残れない苛烈な戦場。

 俺も数千年以上関わり続けているが、今でも喜んで関わろうとはけして思わない場所にイッセーはこれから立とうとしている。しかも、自分自身の身の安全と惚れた女と堂々と添い遂げる為という個人的な理由があるとはいえ、問題を散々先送りにしてきた俺達の尻を拭う格好で。

 

 ……本当に、ロクでもねぇな。

 

Side end

 

 

 

 冥界行きの予定を繰り上げる事を伝え終わると、その場で解散となった。そしてその後はアウラをイリナに預けると、アザゼルさんに連れられてアザゼルさんのマンションへと向かった。そこで夕飯時になるまでアザゼルさんと色々と語り合い、実に充実した時間を過ごす事ができた。なお、家に帰ってきた時に出迎えてくれたイリナ曰く「イッセーくん、何だか友達といっぱい遊んで帰ってきた小さな子供みたいな顔してるわよ」との事だった。 ……案外、僕という人間は単純で解り易いのかもしれない。

 

 そしてその翌日、僕達は駅の地下深くに設置された専用の施設からそれぞれの主の家が所有する専用列車に乗って冥界へと向かう事になった。僕にとっては二回目の利用でも、今年に入ってから眷属入りした面々 ―グレモリー眷属ではアーシアとゼノヴィア。シトリー眷属では瑞貴や元士郎、留流子ちゃん― は初めての冥界入りなので、入国手続きが必要だからだ。因みに、グレモリー家の本邸に向かう僕と駅の地下施設に到着した時点で外に呼び出したアウラ、更に僕の下に出向しているイリナとレイヴェルはグレモリー家の列車に搭乗する事になる。しかも、僕と一緒にはやてとセタンタも同行していたのだから尚更だった。ただ、はやてに仕えるリヒト達はこの冥界行きには同行していない。

 実はこの時、リヒト達は一年前にリヒトが飛ばされた平行世界に行っていた。ロシウがリインを診断した結果、無事にお腹の赤ちゃんを出産して体が元に戻るまで戦闘行為はもちろんだがはやてとのユニゾンも避けた方が良いという事だった。そこで、こちらの一ヶ月で一年という時の流れる速さの違いを利用して、リインが戦線復帰できるまでのおおよそ二年間を向こうで過ごす事でリインが戦線を離脱せざるを得ない期間を最小限にするというのがリヒトとリインの考えだった。この考えを二人から打ち明けられた時、僕ははやての側に誰もいなくなる事に懸念を抱いたが、リヒト達の代役としてまずセタンタが率先して名乗りを上げ、次に友に代わってという事でレオンハルトが、更に未熟な弟子を守るのもまた師の務めとロシウもリヒト達の代役として名乗りを上げた事で霧散した。この三人を抜いてはやてに危害を加えるのは、たとえ僕が極大倍加(マキシマム・ブースト)を使っても困難極まりないからだ。その結果、セタンタとレオンハルト、ロシウの三人ははやての側に付く事になった。

 それによって今度は僕の両親の側からはやて達がいなくなってしまうが、その分の穴についてはその為に駒王町に残るトンヌラさんを始め、薫君やカノンちゃん、レオのポケモン達が密かに張り付く事で埋める手筈となっている。

 そういった背景もあって、当初の予定よりだいぶ人数が多くなってしまったが、リアス部長は快く受け入れてくれた。そうして施設内の目的地に徒歩で向かい、途中で目的地が別であるソーナ会長達と別れてから辿り着いたホームには、グレモリー家やサーゼクス様のものを始めとする様々な紋様が刻み込まれた、人間界のものとはデザインが異なる列車が止まっていた。ライザーの件でフェニックス家に向かう事になった時に利用させてもらったグレモリー家所有の列車だ。アウラは自分の目で初めて見る列車の姿に「わぁ……!」と感嘆の声を上げながら目を輝かせている。正に年相応といえるアウラの微笑ましい姿に、この場にいた皆は頬を緩ませていた。やがて、僕達が列車に搭乗してから暫くした後に、列車は冥界に向かって走り始めた。

 

 

 

「この列車の先頭車両の席に私や私の家族以外が座るのは、イッセーが初めてよ」

 

 列車が走り出す前、僕一人を自ら先頭車両に案内したリアス部長はそう語っていた。実は、先頭車両の席にはリアス部長だけが座り、僕達眷属については中央より後ろの車両の席に座らなければならないというしきたりがある。以前フェニックス邸に向かう際にこの列車を利用させてもらったのだが、僕は中央より少し後ろの車両の席に座る様に車掌のレイナルドさんから指示された。しかし、リアス部長は聖魔和合親善大使という僕の今の立場がこのしきたりには当てはまらないのだと言う。

 

「如何に私の眷属とはいえ、流石にお兄様達魔王様の側近中の側近といえる代務者を務める事になるイッセーを他の眷属達と同じ車両に座らせる訳にはいかないのよ。そうした私より明らかに立場が上の方が同乗なさる場合には、賓客としておもてなしするという事で主が座る先頭車両に案内するのがしきたりになっているの」

 

 つまり、僕は眷属ではなく眷属としての主であるリアス部長より上位に立つお客様という立場なのか。その割には僕の家族であるはやてやアウラが賓客としてもてなす対象に入っていないのが気になる。しかも向い合せに座ったリアス部長がとても嬉しそうなのも何処か怪しい。そして、リアス部長の口から飛び出してきた言葉に、僕はリアス部長が先頭車両に僕だけを案内した本当の意図を察した。

 

「これで、やっと落ち着いて話ができるわね。イッセー」

 

 ……だが、そこから先をリアス部長に言わせるわけにはいかなかった。

 

「リアス部長。僕は……」

 

 僕は不敬を承知でリアス部長にその想いには応えられない事を伝えようとするが、リアス部長に先を越されてしまった。

 

「解っているわ。今はイリナさんだけなんでしょ? でもね、それを承知の上で私はイリナさんに宣戦布告したわ。正々堂々と真っ向から勝負して、イッセーのハートを奪ってみせるって。そうしたら、何て言ったと思う?」

 

 リアス部長はそう言って、僕に問い掛けてきた。……負けず嫌いな所があるイリナの事だ、「イッセーくんは渡さない」とでも言ったのだろう。そう言ってもらえるくらいには、イリナに愛されている自信がある。だが、リアス部長から語られたイリナの答えは僕の想像を超えていた。

 

「「そうですか。それなら邪魔なんてしませんから、幾らでもやってみて下さい。でも私、世界中の誰よりもイッセーくんを愛していますし、イッセーくんに愛されている自信もありますから、そう簡単には上手くいかないと思いますよ」ですって。アレには流石に唖然としたわ」

 

 半ば呆れた様な表情でそう語ってくれたリアス部長を前にして、僕は顔が一気に熱くなるのを自覚してしまった。おそらく今頃は顔を赤くしている事だろう。その一方で頬が緩んでしまうのを抑え切れずにいる。……最愛の女性がそんな事を言ってくれたのだ。嬉しくない訳がない。その様な僕の表情の変化と心情を察したのだろう。言葉を続けるリアス部長の声色からは、ハッキリと羨望の感情が読み取れた。

 

「でも、同時に凄く羨ましくなったわ。イッセーもイリナさんも、お互いに凄く愛し合っているんだって。それこそ、幼い頃から憧れているお兄様とお義姉様の様にね。……だから、今はイリナさんにイッセーを譲ってあげる。でも、これだけは言わせてちょうだい」

 

 そこで一旦言葉を切ると共に一度深呼吸をして心を落ち着かせると、リアス部長はハッキリと宣言した。

 

「私はこれから一生かけて自分を磨く努力を続けていくわ。そしていつか必ず天龍帝の「后」に相応しい女になって、イッセーを振り向かせた上でアウラちゃんにも「ママ」と呼んでもらえる様になってみせる。ソーナが心は貴方の王妃(クィーン)になるってイリナさんに誓う形で契約した様に、私も貴方にそう約束するわ。だから、それまで私の事をしっかり見守っていてね。イッセー」

 

 最後にそう言い切った時のリアス部長の笑顔は、グレモリー家の次期当主でも何人もの眷属を従える(キング)でもなく、僕と一歳しか変わらない年相応の少女のものだった。

 ……ひょっとして、僕はリアス部長からとても長い戦いを挑まれているのではないだろうか。そんなしょうもない事を考えてしまうくらいに、僕の頭は混乱していた。

 

 

 

 列車が走りだしておおよそ二十分が経過しただろうか。リアス部長の「宣戦布告」の後は暫く世間話でどうにかやり過ごしていたのだが、そろそろ皆のいる車両へと行こうと持ち掛け、それにリアス部長が同意した事で早速席を移動する事にした。皆のいる車両へと入っていくと、主にイリナやはやてといった僕と特に近しい者達と話をしていたらしいアザゼルさんが声をかけてきた。

 

「ヨウ、イッセー。コイツ等から色々とお前の武勇伝を聞かせてもらったぜ。……と言っても、詳しい話はお前から直接聞いてくれって事で、あくまでコイツ等が直線関わっている件だけだがな」

 

 僕の武勇伝という言葉を聞いて、僕はミカエルさんと交わした約束を思い出していた。

 

「そう言えば、ミカエルさんとは異世界に関する話をする事になっていましたね。……この際だから、少し話をしようかな」

 

「イッセーくん、大丈夫?」

 

 僕の過去の戦いのほぼ全てを知っているイリナは僕を気遣う様に声をかけて来たが、それについては大丈夫である事を伝える。

 

「まぁ、そろそろ話をしないといけないかなって思ってはいたんだ。まだ高校生である僕が一体何処で実戦経験を重ねてきたのか、その辺りを説明しないといけなかったからね。ただ正直な話、はやて達に話した時にはリヒトとリインはともかくはやてには早過ぎると思い、またそれを知った後では間違いなく拒絶されると考えるくらいに壮絶な内容も含まれています。それでも良ければ、話をしましょう」

 

 最後にそう前置きしてから、僕ははやて達に話した内容を皆に話していく。そうして大体三十分程で話し終えると、アザゼルさんは納得の表情を浮かべた。ただ、イリナを始めとする僕を昔からよく知っている面々からよく「常識に喧嘩を売っている」と言われる僕の詳細を知った事で呆れも少々入っている様だ。

 

「成る程な。この分なら、三大勢力の戦争でも実際に聖書の神や四大魔王と対峙して生き残った奴を除けば、お前は三大勢力の中でも屈指の実戦経験者だ。しかもそのどれもが人間だった時のもので、一番古いものだとそこのはやてより幼い頃まで遡るって言うんだからとんでもねぇ。だがそれ以上に信じられないのが、神仏クラスとすら戦った事のある経験の大半が実は神器も真聖剣も使えないというとんでもないハンデを背負った状況でのものだって事だ。……同年代で血筋・才能とも冗談みたいな存在であるヴァーリよりも素で強い訳だぜ」

 

 その一方で、初めて僕の過去について聞かされた皆の反応はそれぞれだった。リアス部長やレイヴェル、祐斗、ギャスパー君は今の僕を形作る上で特に影響を与えた二つの世界での経験について感じ入るところがあったらしく、神妙な表情を浮かべている。

 

「私は大筋で知ってはいたのよ。でも、本人から改めて聞かされると重みがまるで違うわね……」

 

「御伽噺の世界では、改心して心を通じ合わせる事のできた者達を次々と目の前で殺され、遂には世界崩壊の場に立ち合う事になった。ゼテギネアという世界では、時に最前線に立つ兵士として、時に戦略と策謀を駆使する軍師として、野望と欲望が渦巻く戦乱を最後まで駆け抜けた。……そういった数々の過酷な戦場の中で積み重ねられた経験が、今の一誠様を作り上げたのですね」

 

「僕は「聖剣計画」の一件で瑞貴さん達を救ったのが実はイッセー君だった事は本人から教えてもらっていたんだけど、まさかそれすらも氷山の一角だったなんてね」

 

「一誠先輩に出会う前の僕だったら、たぶん全てを投げ出して逃げ出していたと思います。でも、一誠先輩は最後まで心が折れる事無く踏み止まった。……その強さを、僕は見習いたいです」

 

 一方、朱乃さんと小猫ちゃんはこの世界の存在ではおそらく僕が初の覚醒者であろう()(どう)(りき)に興味を示していた。

 

「魔動力。生命の根源へと繋がるが故に魂の位階が人間を基準としてそれより低い存在のみが扱えるという「魔」を「動」かす力。しかも、真聖剣を再誕させる上で器となる剣を作ったのもその力。そして私達の中でその力を扱えるのは、人間だった時に目覚めたイッセー君以外にはその素養があったイリナさんとイリナさんから例外的に目覚める切っ掛けを与えられた会長だけ……」

 

「では、レイナーレの件で霊脈(レイライン)を通じて先制攻撃を仕掛けた時、イッセー先輩が使用したのがその魔動力だったんですね」

 

 ゼノヴィアとセタンタはヒドゥンの件を当事者である僕から詳細を聞かされ、悔しげな表情を浮かべている。特にセタンタはその場に居合わせなかった事を激しく悔やんでいた。

 

「英雄。いや世界が崩壊の危機を迎えていたというヒドゥンの件を思えば、イッセーは確かに救世主(メシア)と呼ばれるべき存在だな。……二年前には既にそれなりの経験を積んでいた私だ。それなりに力になれていた筈なんだが」

 

「アァッ、クソッ! 何で俺はあと一年早く一誠さんと出逢わなかったんだ! そうすりゃ、俺だって駆け付けていたってのに!」

 

 セタンタがそう言って悔やんでいると、苦々しい表情を浮かべたロシウがセタンタを窘める。

 

「セタンタよ。それはあの時、神器の中でただ見ている事しかできなかった儂等への当てつけかの?」

 

 よく見ると、レオンハルトもまたその拳をきつく握り締めている。その様子から、どちらも憤懣やる方ないといったところだろう。……そう。あの時に一番悔しい思いをしていたのは、当時の陽神の術では赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)程の安定性がなかった為に実体化して加勢する事ができず、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の中で見ているだけだったロシウ達歴代の赤龍帝なのだ。それを察したセタンタはすぐさまロシウとレオンハルトに頭を下げて謝罪する。

 

「……スイマセン、ロシウ老師。レオンハルト卿。お二人を始めとする歴代の方達の事を考えていませんでした」

 

 セタンタからの謝罪を受けたロシウとレオンハルトは顔を見合わせると、お互いに苦笑いを浮かべた。そしてロシウが謝罪は無用とセタンタに伝える事で手打ちとなった。

 

「セタンタよ、詫びなぞ無用じゃ。流石に儂等が少々大人げなかったわ」

 

 そして、アーシアは何処か落ち着かない表情を浮かべていた。その目からは涙が零れている。

 

「イッセーさん。私……」

 

「ゴメンね、アーシア。流石に刺激が強かったかな?」

 

 御伽噺の世界やゼテギネアの話は純真なアーシアには余りにキツイ内容だったと思った僕はそう言って落ち着かせようとしたが、アーシアは首を横に振る。

 

「違います。いえ、確かに酷いとも悲しいとも思いましたけど、そうじゃないんです」

 

 アーシアは僕の右手を手に取ると、そのまま両手で優しく包み込んだ。

 

「イッセーさんは、その手を広げて以前の私みたいに道に迷っている人の手を取ってくれます。でも誰かを傷つけてでも大切なものを守る為なら、広げたその手を握り締めて立ち向かいます。そしてその度にこの手も、体も、そして心も傷つけてしまうんです。……そう思ったら、涙が止まらなくなっちゃいました」

 

 そして、僕の右手を包み込んだ両手に聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を発現させると、癒しの力を込めて優しく撫でてくる。そして、まるで祈る様に言葉を重ねていった。

 

「私のこの力が、イッセーさんの見えない傷にも届けばいいのに……」

 

 今のアーシアから感じられたのは、僕に対する深い愛情だった。……どうやら、有難くも僕に異性としての好意を寄せてくれる人達に対して、僕の気持ちをハッキリと伝えなければいけない様だ。

 

 僕は、その想いに応える事ができないと。

 




いかがだったでしょうか?

これで、とあるフラグが立ちました。どうなるのかは後のお楽しみという事で。

では、また次の話でお会いしましょう。

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