未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.9 修正


第十九話 夢と現実の間には

 サーゼクスさんに促される形で今回四大魔王と上層部に謁見している若手悪魔達は次々と己の胸に秘めた目標を掲げてみせた。そうして最後となったソーナ会長は「下級悪魔や転生悪魔も通う事のできる、分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てる」という夢を掲げた後、上層部からの嘲笑を受けたものの先代プールソン卿が場を抑えてから何故その夢に思い至ったのかを問い質された。これを受けて、ソーナ会長は自分の思いを静かに語り始める。

 

「始まりは、本当に些細な事でした。シトリー家の次期当主として相応しい存在となるべく様々な分野を学んでいた私は、レーティングゲームに関する知識を得ていく中で一つの疑問を抱いたのです。ゲームは誰にでも平等でなければいけない。魔王様達がそうお決めになられたのに、何故レーティングゲームの学校の門は上級悪魔や一部の特権階級の悪魔にしか開かれていないのか、と」

 

「ソーナ・シトリー殿。下級悪魔、転生悪魔は……」

 

 ここで上層部の一人が上級悪魔と下級悪魔、転生悪魔の在り様を示す為に口を挟もうとしてきた。だが、その前に先代プールソン卿が待ったをかける。

 

「待たれよ。まだソーナ・シトリー殿の話は終わっておらぬ。ここは最後まで話を聞き、そこに誤りがあれば諭して正すのが我々の務めであろう」

 

「ムゥ……」

 

 口を挟もうとした上層部は先代プールソン卿の正論を受けて、渋々といった雰囲気で口を閉ざした。ただその表情にはそれ程嫌悪感がない事から、先代プールソン卿の言葉で頭が冷えた所でソーナ会長の話を聞き終えてからでも遅くはないと考え直したのだろう。

 

「話を遮ってしまい、申し訳ない。では、続きを」

 

 プールソン卿が謝罪した後に続きを促したので、ソーナ会長は話を再開する。

 

「承知しました。……確かに、上級悪魔と下級悪魔、転生悪魔との間に少なからず力量差があるのは紛れもない事実です。ですが、本人の努力次第では貴族以外の悪魔でもレーティングゲームで活躍し、それによって上級悪魔に昇格する可能性は十分にあるのです。現に、レーティングゲームのトップランカーの一人であるリュディガー・ローゼンクロイツ様は人間からの転生悪魔でありながらその功績によって最上級悪魔に至っています。それを思えば、可能性はゼロだとはけして言えません。ですが、レーティングゲームの学校の門が非常に狭い物となっている今、上級悪魔に見出されて眷属となった転生悪魔や下級悪魔はともかく、それ以外の下級悪魔についてはゲームへの道が非常に遠いのです。これは、魔王様達がお決めになられた事に反しています。私は魔王様達のご意志にそぐわない冥界の現状を少しでも変えて、下級悪魔でもゲームができる事を教えたいのです」

 

 ソーナ会長がレーティングゲームの学校を建てる夢の動機に関する話は、実は僕も聞いた事がある。アーシアと元士郎の使い魔を探しに行った頃だ。当時はまだ冥界の詳しい事情をよく知らなかった為に、ソーナ会長が抱いている理想を素晴らしいものだと思っていた。

 ……フェニックス邸に滞在した際、ライザーやレイヴェルを始めとするフェニックス家の方々を通して冥界の現状をある程度把握し、またフェニックス家が所有する書物のほぼ全てを読破する事で冥界の歴史に触れるまでは。

 

「それで、身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を造り、光の当たる事のない下級悪魔にも成り上がる可能性を与えたいと?」

 

「はい、その通りです」

 

 先代プールソン卿の確認に対して、ソーナ会長はその通りだと断言する形で返答した。

 

「そうか……」

 

 先代プールソン卿はソーナ会長の回答を聞くと、瞳を閉じて考え込み始めた。すると、先程先代プールソン卿に待ったをかけられた上層部の一人がソーナ会長に諭す様に言葉をかける。

 

「ソーナ・シトリー殿。下級悪魔、転生悪魔は上級悪魔たる主に仕え、才能を見いだされるのが常。その様な養成施設を造っては伝統と誇りを重んじる旧家の顔を潰す事となりますぞ? 幾ら悪魔の世界が変革の時期に入り、兵藤親善大使という強大な存在が人間から現れたからと言って、変えて良いものと悪いものがあります。全く関係ない、たかが下級悪魔に教える等と……」

 

 確かに、三大勢力による三つ巴の大戦が終わるまでの体制を顧みれば、人材の発掘と育成を上級悪魔に一任する手法は十分通用した。だが、現在の体制においては不十分であると言わざるを得ない。だから、ソーナ会長の言う様に下級悪魔や転生悪魔に可能性を与えようとする事に間違いはない。間違いはないのだが……。

 僕が悪魔の人材登用の伝統と現実との齟齬について考えていると、先代プールソン卿の考えが纏まった様でソーナ会長に視線を向けた。

 

「ソーナ・シトリー殿。貴殿は、私に似ているな」

 

 先代プールソン卿はそう前置きをしてから、ソーナ会長に結論を言い渡す。

 

「だからこそ、ハッキリと言わせて頂こう。……私は貴殿の夢をこのまま認める訳にはいかない」

 

 ……やはり、その結論に達してしまわれたか。

 

「何故でしょうか?」

 

 ソーナ会長は努めて冷静に理由を尋ねているが、強く握られた手が細かく震えている事から動揺で千々に乱れている心を強引に抑えつけているのがハッキリと解る。すると、先代プールソン卿は逆にソーナ会長にある事を確認してきた。

 

「その前に、一つ確認させて頂こうか。……貴殿は身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を建てる事で下級悪魔に可能性を与えたいと言われていたが、その為にはまずレーティングゲームのルールを一部改定しなければならない事は当然ご承知であると思う。ならば、それなりの腹案も当然持っておられるであろうから、よろしければこの場でお教え頂けないだろうか?」

 

 ……やはり、まずはここから入ってこられたか。

 

「……えっ?」

 

 ソーナ会長は一瞬、何を言われたのか解らない様な呆けた表情を浮かべた。レーティングゲームの学校を建てるという話をしているのに、何故レーティングゲームのルール改定の腹案を尋ねられているのか、といった所だろう。

 だが、このレーティングゲームのルール改定はソーナ会長の夢に大きく関わっている。理由は簡単で、ソーナ会長は単に下級悪魔が上級悪魔に見出されて眷属となる事だけでなく、眷属の(キング)としてレーティングゲームで活躍できる様に教育を施したいと考えているのだが、「出場資格を有するのは上級悪魔とその眷属のみ」という現状のルールがある以上は不可能だ。だから、まずは下級悪魔が仲間内で集まってチームを結成、眷属と同等の扱いを受けてレーティングゲームに出場できる様にルールを改定しなければならない。下級悪魔の可能性云々はこれをどうにかしない限り、本当の意味での第一歩を踏み出す事すら叶わないのだ。この事実を見落としている辺り、ソーナ会長は理想を追求する余りに視野が狭くなっていると言える。

 先代プールソン卿は、ソーナ会長がレーティングゲームの学校を建てようと意識し過ぎる余りにそれを為し得る為の土壌作りにまで気が回っていない事を悟ったらしく、流石に難し過ぎたと謝罪してから別の事を尋ねてきた。

 

「この分では、そこまでは考えておられなかったな。いや申し訳ない、流石にこれは少々難し過ぎた様だ。では、貴殿は望みを叶えた後の事をどうお考えになられているのか、私にお教え頂けないだろうか?」

 

「その後、ですか?」

 

 先代プールソン卿の問い掛けが余りに虚を突いていたのか、ソーナ会長はオウム返しに問い返してしまった。先代プールソン卿はそれを受けて、より具体的な仮定を示した上で改めてソーナ会長に尋ねる。

 

「そう、その後だ。仮に貴殿が望みを叶えて身分の垣根を取り払ったレーティングゲームの学校を建て、そこで学んだ下級悪魔達がやがてレーティングゲームを始めとして優れた成果を上げ始めたとしよう。……さて。この後、どうなると思われるかな?」

 

 レーティングゲームの学校が成功した際の波及効果。

 

 まだソーナ会長が夢見るレーティングゲームの学校が影も形もない内から一体何を言っているのだと、この場にいる者の多くがそう思っているだろう。だが、これもまた極めて重要な事だ。冥界の歴史、特に三大勢力による三つ巴の戦争が自然消滅する前の悪魔の基本戦略がどの様なものであったかを考えると尚更だ。先代プールソン卿はそれをこの場にいる誰よりも解っている。だから、この様な事を尋ねてきたのだ。

 

「……旧家を始めとする方達が私の成功を疎んじて、私の建てた学校を廃校に追い込む為に暗躍する、でしょうか? ですが、その程度の事で私は挫けたりはしません」

 

 先程の上層部の嘲笑が印象強かったのか、ソーナ会長は自身と夢の学校の排除に動くと判断した。しかし、その見通しは少々甘い。現実はもっと残酷な形でソーナ会長に返ってくる筈だ。僕がそう考えていると、先代プールソン卿が自分の考えていた未来予想を語り始めた。……どうやら、先代プールソン卿も僕と同じ考えの様だ。

 

「ソーナ・シトリー殿。確かにその可能性もあるが、貴殿がレヴィアタン様を姉としている以上、おそらくはそうならずにむしろ逆の方向へと向かうだろう。具体的には、貴殿の成功に倣ってレーティングゲームを視野に入れた独自の養成施設を自分の領内に造り、下級悪魔の子供や有能な他種族を集めて教育を施した後にその中からより強力な眷属を選抜する様になるだろう。その結果、下級悪魔により広く可能性を与えようとする貴殿の夢はより大きな形となって返ってくるのだ。実に喜ばしい事ではないかな?」

 

 先代プールソン卿は口では実に喜ばしい事だと言っているが、本心が異なっている事は苦々しい表情から誰の目にも明らかだった。一方、自分の夢が広がるという未来予想を冥界の教育界における先駆者から語られたソーナ会長は口元に笑みを浮かべていた。……どうやら、ソーナ会長はまだその未来予想の本当の意味を解っていないらしい。先代プールソン卿もそれを察した様で、先程の言葉に補足する様に話を再開する。

 

「領内、と先程私は確かに言った。つまり、その養成施設がどの様な方針で教育を施すのかは最終的には領主に一任される事になる。……それがどの様な意味を持っているのか、まだお解りでないのか?」

 

 先代プールソン卿からここまで念押しされた事で、ようやく理解できたのだろう。ソーナ会長の顔色がみるみる青くなっていく。

 

「先代プールソン卿。もし、もしその養成施設の教育方針が生徒達の事を全く顧みない様な過酷な訓練や競争に強いるものであった場合、政府はその様な教育について追及し、また禁止する事ができるのでしょうか?」

 

 できれば、外れていてほしい。ソーナ会長はまるでそう懇願するかのように確認を取ったが、先代プールソン卿から返ってきた答えは余りに残酷なものだった。

 

「あくまで領内にある個人所有の施設、しかも通常の教育機関ならともかく戦闘員の養成施設である以上、教育の過程で怪我人はおろか死者が出ても何らおかしくはない。そう言われてしまえば、それ以上の追及は不可能であろう。それにその様な教育方針の場合、弱き者は淘汰され、より強き者だけがその歩みを先へと進めていき、そうして最後まで勝ち残った真の強者だけが富と名誉を手にする事となる。即ち、弱肉強食。……貴族達が何十もの軍団を独自に擁していた頃のかつての冥界が、その養成施設の中で再現されるであろうな」

 

 かつての冥界。

 

 この言葉が出てきた時、上層部の多くは納得の表情を浮かべる。それどころか、ソーナ会長に対して賛同の意を示す者まで現れた。

 

「成る程。ソーナ・シトリー殿の夢の行き着く先は、あらゆる悪魔が命を懸けて切磋琢磨し、その中で勝ち残る事で己の才を明らかにした真の強者を我等が見出していくという古き良き時代への限定的な回帰という事ですか。そういう事であれば、ソーナ・シトリー殿にはぜひとも夢に向かって励んで頂きたい。かつての冥界が限定的ながらも還ってくるのであれば、旧家も協力を惜しまないでしょうな」

 

「しかし、ソーナ・シトリー殿もお人が悪い。最初からその様に仰って頂ければ、我等も夢物語と嗤ったりはしなかったものを」

 

「左様。お陰で我等はとんでもない誤解をしてしまった。ソーナ・シトリー殿。貴殿に対する無礼の数々、心より謝罪させて頂きたい」

 

 上層部の中でもソーナ会長を嗤った者達は次々に掌を返して激励や謝罪の言葉を送ってくるが、ソーナ会長はそれらに対して全く反応できていなかった。

 ……無理もない。ただでさえ、自分の夢を着実に進めていけば、やがては自分の考えていたものとはまるで違う方向へと向かってしまうという残酷な現実を突き付けられたばかりだ。そこに来て、自分の夢を否定する筈の上層部が逆に賛同するという想定とは真反対であろう反応を受けて、頭の中が完全に混乱しているのだろう。そして、ソーナ会長は先代プールソン卿にある事を尋ねた。

 

「先代プールソン卿。かつての冥界と今の冥界、その大きな違いとは一体何なのですか?」

 

 これは、「身分の分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てる」という夢を掲げたソーナ会長がけして尋ねてはいけない事だった。それを承知の上で、この夢を掲げなければならないからだ。先代プールソン卿は微かに溜息を吐いた後、ソーナ会長の質問に答え始める。……その溜息には、明らかに落胆の色が含まれていた。

 

「本来ならばこの様な場でお答えするべき事ではないのだが、この際だからお答えしよう。かつて、七十二柱に名を連ねる名家は一つの家で少なくとも二桁、多ければ三桁に近い数の軍団を抱えており、番外の悪魔(エキストラ・デーモン)と呼ばれる名家やこれらには名を連ねていない貴族もまたそれに近い数の軍団を有していた。もちろん軍団に所属する兵の全てが悪魔という訳ではないが、それでも貴殿達の知る現状とはおよそ比べ物にならぬ大軍勢であった事は容易に想像できよう。それ故に、味方同士で殺し合い、勝ち残った者が全てを得る弱肉強食が成り立っていたのだ」

 

 先代プールソン卿はかつての冥界について話し終えると、今度は戦争によって失われたものについて話し始めた。

 

「だが、天界は神を、堕天使達は中堅層の大部分を、そして我々は先代魔王様をそれぞれ喪った事で自然消滅するまで継続した三つ巴の戦争によって、悪魔は絶滅を覚悟しなければならぬ程までに激減した。戦争末期においては兵力不足で最前線に出ざるを得なくなった事で貴族の被害も凄まじいものとなり、その半数以上が断絶の憂き目にあった。それどころか、戦場から生還した兵が当主を含め誰一人いない家もけして珍しくはなかった。先代魔王様に次ぐ地位と実力を誇り、十万の兵で構成された軍団を三十も擁していた大王家ですら生き残ったのは僅かに一万程度といえば、先の戦争がどれだけ凄惨なものであったのかご理解頂けるだろう。想像してみたまえ。戦場から生きて還って来た者は出陣した時の百分の一にも満たぬという光景を。しかも、当時は平民さえも戦力とする総動員体制であり、兵数はほぼそのまま総数に変換されると言ってもけして過言ではないだろう。それがどれだけ恐ろしい事か、ご理解頂けるかな?」

 

 ……生還率1%未満。

 

 部隊の消耗率が三割以上の「全滅」や部隊の半数を占める戦闘部門が死滅している「壊滅」を通り越して、部隊の総員が死滅している「殲滅」と言っても何らおかしくない状態だ。しかも、それが悪魔の兵数ではなく総数と言って何らおかしくはない以上、戦争が自然消滅した直後の悪魔は確かに絶滅寸前だったと言えるだろう。だから、戦後において悪魔が最優先で取り組んだのは人員の再配置を主目的とした基本戦略の大転換だった。

 

「故に、絶滅寸前の状況を顧みずに戦争の継続を主張した当時の政府に反旗を翻して政権を奪取した我等は、まず基本戦略を総動員体制による人海戦術から貴族を始めとする戦闘能力の高い上級悪魔とその眷属による少数精鋭へと方向転換した。そうせねば、内乱に加えて戦争の自然消滅後も続いた天界や堕天使達との小競り合いによって悪魔の数が減り続ける一方だったのでね。その上で、戦いはもちろん弱肉強食の争いからも解放した平民達には少しでも数を増やしやすい様に平穏な生活を送れる様にする必要があった。力だけが全てであったのを力以外でも生活の糧を得られ、また身を立て世に出られる様に冥界の社会構造を再構築する際、人間社会の経世済民の手法を取り入れたのはその為だ。また、上級悪魔の眷属に限定した上で悪魔以外の種族を悪魔へと転生させる事で代替戦力とし、少しでも純粋種の悪魔を争いから遠ざける様にも仕向けた。これに伴い、転生の為の儀式の簡略化と駒に準じた特性の付与によって代替戦力の確保をより効率良く行う為に生み出されたのが、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)なのだよ」

 

 ここで転生悪魔と悪魔の駒の話が出てきた事で、転生悪魔が本来どの様な存在であったのかをソーナ会長は突き付けられる。

 

「それでは、転生悪魔とは本来……!」

 

「そう、我々純粋種の悪魔にとっては捨て駒以外の何物でもなかった。それ故に、功績を重ねて中級、上級と昇格を重ねて独立、更には爵位を得て貴族の末席に加わるといった転生悪魔の躍進など全くの想定外であり、これによって色々と不備が噴出してきている。転生悪魔は主との契約に縛られている為に主の求めを断れない事から、たとえ最上級悪魔の身分を持っていたとしても公平である事が求められる公職に就く事が許されていない、といった具合だよ。だが、この場においては全く関係のない話なので脇に置くとしよう」

 

 つまり転生悪魔という代替戦力がある以上、少しでも悪魔の数を増やす事に専念してほしい平民の下級悪魔を戦力として扱うつもりはない。戦い方については自己防衛に必要なので一通り教えるが、レーティングゲームに使われる様な高度な知識や技術まで教える必要などない。

 先代プールソン卿は言外にそう語っていた。それでも、ソーナ会長は当時と今は状況が違う事を伝えようとする。

 

「で、ですが、今は。三大勢力の和平が成立した今なら、レーティングゲームに限定する形で平民の下級悪魔も……!」

 

 しかし、先代プールソン卿の話はまだ終わってはいなかった。

 

「申し訳ないが、私の話にはまだ続きがある。そもそもレーティングゲームに参加するという事は一般的な悪魔よりも高い戦闘力を持つ事を表している為、一朝事あれば冥界の為に率先して敵と戦い、そして死ぬ事が義務付けられる。その為、上級悪魔である王に見出されて眷属となった者は誰よりも先に死ななければならず、王もまた眷属よりは後になるだろうが平民よりは確実に先に死なねばならない。理由は単純明快。悪魔の基本戦略が少数精鋭である以上、戦える兵を遊ばせておく余裕などないからだ。これで仮にレーティングゲームのルールが改定されて下級悪魔でも出場できる様になれば、出場した下級悪魔にも当然冥界防衛の義務が課せられるであろう。けしてゲームだけをやっていればいい訳ではないのだ。それを踏まえた上でお尋ねしよう」

 

 そして、ソーナ会長は今まで見落としてきた事をここでハッキリと突き付けられる。

 

「ソーナ・シトリー殿。三大勢力間の争いは確かになくなったが、オーフィスを首領とする禍の団(カオス・ブリゲード)という脅威が未だ存在する現状において、貴殿はまだ年端も行かぬ平民の幼子に対して「いざとなれば冥界の為に率先して戦い、そして後ろにいる者の誰よりも早く死んでこい」と本当に教えられるのかな?」

 

 ……結局のところ、ソーナ会長の夢には覚悟が必要なのだ。自分の眷属ではなく、自分の建てた学校で学び、そして巣立っていく教え子達を死地へと送り出すという教師としての覚悟が。

 三つ巴の戦争の最中、艱難辛苦の果てに貴族学校を設立した先代プールソン卿はその事をよく解っていた。だからこそ、ソーナ会長にその覚悟を問う事ができた。しかし、ソーナ会長はそれを全く想定していなかったのだろう、ただでさえ顔色が悪かったのが更に悪化し、更には体も震え始めた。

 

「わ、私。私は……」

 

 ソーナ会長は何とか答えを返そうとしているが、どう答えるべきなのかを決めかねていて上手く言葉が出て来ない。その様なソーナ会長の様子を見て、先代プールソン卿はついに決断を下した。

 

「貴殿は平等なのだから権利を与えるべきだと考えておられたのだろうが、権利には義務が伴う事には気付いておられなかった様だな。己の望みに何が必要なのかを見ようともせず、冥界がどの様な経緯を以て今の体制を取っているのかも知らず、また自身が丹精込めて育て上げた教え子達を死地へと送り出す覚悟さえもない。……ソーナ・シトリー殿。先程も言った通り、私は貴殿の夢をこのまま認める訳にはいかないのだ。その様な未熟極まりない者の夢に巻き込まれる事で不幸に苛まれる者が誰一人として出ないようにする為に」

 

 即ち、ソーナ会長の夢はこのままではけして認められないという事を。ここで、僕の隣に座っている総監察官から声を掛けられた。

 

「兵藤。貴様、こうなる事が解っておったな? そうでなければ、先程プールソン家の先代がソーナ・シトリーに覚悟を問うた時に口を挟もうとしたレヴィアタン様を視線で制したりはするまい」

 

 ……やはり、この方の目はそう簡単には誤魔化せない。だから、僕は素直にそれを肯定した。

 

「ハッ。総監察官の仰せの通りでございます。ご主君(マイ・キング)がそのご所存をお述べになられれば、先代プールソン卿は必ずや現実の在り様をお示しになられるであろうと、私は考えておりました」

 

 そして、今のソーナ会長にはそれが必要である事も。しかし、レイヴェルはそれに納得していない様で、何故事前に教えていなかったのかを問い詰めてくる。

 

「一誠様。そこまでお解りでいらっしゃったのなら、どうして事前にソーナ様にお教えにならなかったのですか? その機会は幾らでもおありだった筈ですのに」

 

 僕はそれに対する答えを返そうとしたが、その前に総監察官が口を挟んできた。その内容は、僕が答えとして考えていた事そのままだった。

 

「ただ与えられるだけの答えに意味はない。この類の答えは自らの力で掴んでこそ。以前、儂に会った時のこ奴の言葉だ。フェニックスの娘よ、こ奴はそれを今ここで実践したまでの事。しかし、それを己の主に対しても適用するとは厳しい男よ。……尤も、その割には少々甘さが過ぎるのだがな」

 

「甘さが過ぎる、ですか? 厳しいのはともかく、甘いとはとても思えないのですけれど……」

 

 レイヴェルはなおも疑問を呈していると、総監察官は少し悩んだ後に自ら解説する事を選んだ。

 

「……ウム、そうだな。この際、少しだけ教えてやるとしよう。兵藤が今、ソーナ・シトリーが擁する眷属の中でどのような立場にあるのかは理解できておるな?」

 

 総監察官からシトリー眷属における僕の現在の立ち位置について尋ねられたレイヴェルは自分の考えをそのまま伝える形で即答する。

 

「はい。ソーナ様を含めて、皆様から篤い信頼を寄せられていて頼りにされていますわ。例外は一誠様との付き合いが特に長い瑞貴さんと一誠様のご親友である匙殿のお二人で、このお二人は一誠様と対等であろうとなされています」

 

 レイヴェルが答えを返し終わると、総監察官は尋ねた事について正確に理解しているとして解説を再開した。

 

「フム、正確に理解しておるな。それを踏まえると、眷属内における兵藤の影響力がそれだけ大きなものであり、従って兵藤の発言に対して何ら反論せずに従おうとする傾向があるとも言える。ここで野心ある者であれば、常に的確な助言を心がける事で主の覚えを目出度くする一方で自ら考える事を放棄させて傀儡とする事をまず考える。そちらの方が己にとって色々と都合が良く、また兵藤であれば赤子の手を捻る様に容易い事であろう。だが、兵藤はそれを選ばなかった。それどころか主に試練を与え、自ら考え苦難を乗り切る力を付けさせようとした。場合によっては自らの足枷にもなり得る事を百も承知の上でだ。これを甘いと言わずして、何と言う?」

 

 ……確かにそう言われると、僕は甘さが過ぎるのだろう。だが、この甘さはけして捨ててはいけないものだと僕は思っている。この甘さを棄ててしまえば、僕はただの冷血軍師になってしまうのだから。

 

「ネビロス様からご覧になれば、確かに一誠様は甘いのかもしれません。……ですが、私としては一誠様は優しいのだと思います。そうでなければ、私が初めて一誠様とお会いした時、何ら縁のなかったフェニックス家と内心複雑な思いがおありであった筈のグレモリー家に手を差し伸べたりは致しませんもの」

 

 甘いのではなく優しい、か。レイヴェルは、本当に嬉しい事を言ってくれた。

 

「謀略結婚の件か。そういえば、当事者の一人であったな。まぁそういう事だ。受け取り方は人それぞれだか、今の兵藤のやり様に厳しさ以外のものがあるのは確かだ。尤も、それを確信を以て見出せる様になるには、もっと色々と物を知った上で実際に体験せねばならんがな。……というよりはな、魔王様ですら中々できないでいる事をその若さでやってのけている兵藤の方が異端であろうよ。故に、フェニックスの娘よ。解らぬと言って焦る必要など何処にもないぞ」

 

 総監察官は解説を終えた後、レイヴェルに対して焦らない様に諭す事でこの話題を締め括った。一方、総監察官の側に控えていた執事長は僕の言動に対して納得の表情を浮かべている。

 

「レイヴェル様。旦那様が仰せになられた通り、兵藤親善大使は非常の器でございます。故にその輝きに目が眩み、己を見失わない様にお気を付け下さいませ。……ただ、私としては兵藤親善大使に執事としてお仕えするのが非常に楽しみではありますが」

 

「一誠様に執事としてお仕えする? 一体、どういう事なのでしょうか?」

 

 執事長から零れた言葉の一つに不審な物を覚えたレイヴェルは執事長に問い質したが、総監察官から抑えられてしまった。

 

「それについては、これが終わった後で話をしてやろう。……ジェベル、貴様らしくない失言だな」

 

 監察官が執事長の失言を咎めると、執事長は何ら言い訳せずに謝罪する。

 

「申し訳ございません、旦那様。私の罰は如何様にも」

 

「いや。詫びなどいらぬし、罰も与えぬ。……クレアだな?」

 

 どうやら先程の失言は余りに執事長らしからぬ行いだった様で、そこから総監察官はクレア様の差し金であると見当を付けたらしい。確かに接した時間が僅かである僕ですら、今の発言はネビロス家の執事長を務める者としては不自然だと感じたのだから、付き合いが百年単位であろう総監察官が不審に思わない訳がなかった。

 

「旦那様のご想像にお任せ致します」

 

 そして、この執事長の返答がその正しさを何よりも物語っていた。これを受けて、総監察官は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべるもののそれ以上は特に何も言わなかった。

 

「クレアめ、余計な事を。……だが、まぁいい。ソーナ・シトリーがようやく動き出したからな。さて、どの様な結論を出したのやら」

 

 総監察官の言葉を聞いた僕達は視線をソーナ会長の方に向けると、そこには先程までの打ちひしがれた姿とは打って変わって、力強い眼差しを先代プールソン卿に向けているソーナ会長の姿があった。そして、ソーナ会長は自分の夢について語り始めた。……今までとは明らかに異なる強い決意と共に。

 

「それでも、私の夢は変わりません。身分の分け隔てのないレーティングゲームの学校を建てて、光の当たらない者達に可能性を与えてみせます。……ただ、私は夢の追い駆け方を間違えていた事に気づきました。ですから、まずはその過ちを正していこうと思っています」

 

 このソーナ会長の発言に、総監察官は感心する素振りを見せた。

 

「ホウ、そう来たか。色々と手回しした甲斐があったな、兵藤」

 

 からかい気味にそう仰ってきた総監察官に対して、僕はただ一言で応える。

 

「はい」

 

 これで、ソーナ会長はもう大丈夫だ。……僕はそう確信した。

 




いかがだったでしょうか?

戦争直後の冥界については色々と憶測を交えていますが、絶滅の危機にあったという事なのでそこまで大きくは外していないと思いたいです。

では、また次の話でお会いしましょう。

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