未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.8 修正


第十八話 夢を掲げる若人達

Side:ソーナ・シトリー

 

「では、最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか? この場には今までの冥界を見守って来られたネビロス総監察官と今後の冥界の在り様を示していく事になる兵藤親善大使がいる。冥界の将来を担う事になる君達が今後の目標を語るに相応しい場と言えるだろう」

 

 私達の魔王様達への謁見も滞りなく進行し、最後にサーゼクス様から私達に今後の目標を問われた時、真っ先に答えたのはサイラオーグだった。

 

「俺は、魔王になるのが夢です」

 

「ホウ……」

 

 お姉様を始めとする魔王様達や上層部、そして先程サーゼクス様が過去と未来の象徴として名を挙げたネビロス総監察官と一誠君の前で堂々と言い切ったサイラオーグに対して、上層部の多くが感嘆の息を漏らす。

 

「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」

 

 上層部の中でも比較的若い方がそう告げると、サイラオーグは力強く断言した。

 

「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう。ですが、一つだけ訂正をお願いします。確かに大王家から直接魔王を輩出するのは前代未聞ではありますが、大王家に連なる者という意味では既に前例となる方がおられます」

 

 サイラオーグから訂正を求められた上層部の方は、少し考えた後にサイラオーグの言葉が正しい事を認めた。

 

「そう言えば、ルシファー様の母君はバアル家の出身。しかも妾腹ながらも現当主の姉君であったな。その意味では、確かに大王家に連なる者が魔王となった前例があると言えるし、貴殿はその前例に倣おうという訳か」

 

「そこまで他力本願な事は考えていません。ただそういう見方もある事を示したかっただけです。俺は俺自身の力と信念によって大王を継ぐ者としての責務を全うし、その上で魔王になる事を目指します」

 

 サイラオーグが掲げた目標と堂々とした態度に誰もが感嘆していた時だった。

 

「サイラオーグ・バアル殿。一つ、尋ねたい事がある」

 

 ネビロス総監察官がサイラオーグに問い掛けてきたのは。

 

「何でしょうか?」

 

「貴公は今、大王を継ぐ者としての責務を全うした上で魔王になる事を目指すと言われたが、それでは今この場で貴公が魔王を襲名する事を冥界の民が望めばどうする?」

 

 ……何という事をお尋ねになるの、この方は?

 

 目と鼻の先にいるお姉様を始めとする魔王様の事などまるで意に介さない様な事を平然とお尋ねになったネビロス総監察官に対し、サイラオーグはたった一言で答えた。

 

「辞退します」

 

 その余りの即答ぶりに謁見の間がざわつき始めた。質問したネビロス総監察官も僅かに表情を変えている。

 

「……迷いがなかったな。何故かな?」

 

 更に続くネビロス総監察官の問い掛けに対して、サイラオーグは自分の思いを語り始めた。

 

「俺はかつて、バアル家に伝わる「滅び」の力はおろかまともな魔力さえも得られなかった無能者として母と共に追放されました。それが今こうしてバアル家の次期当主として立っていられるのは、俺の代わりに次期当主として望まれた弟をこの手で打ち破ったからです。……俺がこの胸に抱いた夢を実現させる為に」

 

「それで?」

 

「それは同時に、父や義母を始めとする多くの者達より期待を寄せられ、それに懸命に応えようとした弟を踏み躙り、望みを叶える為の礎にしたという事でもあります。その事実を忘れて魔王の玉座に飛びつき、奪い取った大王家の次期当主としての責任を投げ捨てる様な真似をすれば、俺は父や母、義母、弟、そして初代様をはじめとする歴代大王の方々に申し訳が立ちません」

 

 サイラオーグがここまで語り終えた所で、ネビロス総監察官はサイラオーグが最初の「今魔王として望まれたらどうする?」という問い掛けに対して「辞退する」と答えた理由について確認した。

 

「大王を継ぐ者としての責務を果たす事で踏み躙った者達への筋を通さねば、たとえ至高の座であっても座る価値などありはしない。……そういう事か?」

 

「ハイ。もう一度言いますが、俺は魔王になるのが夢です。ですが、だからと言って自ら望んで背負った業を投げ捨てて魔王になるくらいなら、たとえその為に魔王に一生なれなくとも、大王を継ぐ者として業を背負い続ける事を俺は望みます」

 

 ともすれば魔王という存在を軽視していると受け取られかねないサイラオーグの答えに上層部の多くは眉を顰めたのだけど、ネビロス総監察官は違った。

 

「ハッハッハッ! この場における貴公の発言の数々、初代バアルが聞けばさぞ喜ぶであろうよ。大王の象徴たる「滅び」の力こそ得られなかったが、大王の誇りは確かに受け継がれていたとな。ならば、バアル大王の誇りを受け継ぎし者、サイラオーグよ。その大志、最後まで貫いてみせよ」

 

 ネビロス総監察官は笑い声を上げながらサイラオーグの事を褒め、最後には激励の言葉をお掛けになったのだ。そして、サイラオーグはこの激励の言葉を堂々と受け取ってみせる。

 

「承知!」

 

 こうして自分の目標を堂々と掲げ、冥界の生きた伝説に認められたサイラオーグの次に切り出したのは、大公家の次期当主であるシーグヴァイラだった。彼女はまず大公家の次期当主としては妥当な目標を掲げる。

 

「私は敬愛する父の後を継いで大公としての務めを全うします。それが、幼き頃からの私の目標です。……ですが最近、それとは別に新たな目標が出来ました」

 

 シーグヴァイラはそう言うと、新しく出来たという目標を告げる前にまずは婚約者について話し始めた。

 

「私の婚約者であるライザー・フェニックスは、まだ一介の眷属であった頃の兵藤親善大使と友誼を交わして以降、兵藤親善大使が上級悪魔として独立した後に率いるであろういわば天龍帝眷属とレーティングゲームの本戦で対戦する事を望んでいました。ですが、三大勢力共通の親善大使となられた今となっては、けして叶わぬ夢となってしまいました。それにも関わらず、彼は何ら迷う事無くこう言い切ったのです。「それなら、エキシビジョンマッチの形で堂々と対戦する為、俺はレーティングゲームの王者(チャンピオン)になる」と」

 

 レーティングゲームの王者になる。それがどれほど困難な事であるか、本戦に出場しているライザーが解らない筈はない。その為には絶対王者として君臨している「皇帝(エンペラー)」ディハウザー・ベリアルを打ち破らなければならないからだ。上層部もそれは承知しているので、ライザーが抱いた壮大な夢に先程のサイラオーグと同様に感嘆の息を漏らす。

 

「これはまたライザー・フェニックスも途方もない夢を抱いたものだな。オーフィス撃退の立役者でもある兵藤親善大使とレーティングゲームで戦う為に、あの絶対王者を越えようとはな。だが、現時点のレートはトップランカー達に迫りつつある上に大物食いを幾度も達成したのを見れば、将来的には「皇帝」越えもあり得るかもしれん。そう思わせる程の可能性を、今のライザー・フェニックスは確かに見せている」

 

 上層部でも年配の方がライザーの将来性を高く評価していると、シーグヴァイラもそれに同意した。

 

「私もそう思います。だからこそ、私は大公を継ぐ事の他にもう一つ目標を掲げました。近い将来に夫となる(ヒト)は「皇帝」越えさえも見据えた大きな夢を抱き、己の全てを懸けて挑戦している。ならば、私は妻として全力で彼を支えていこうと。これはアガレス家の後継ぎとしてではなくシーグヴァイラという一人の女としての目標ですが、どちらも実現させるべき尊いものであると私は思っています」

 

 シーグヴァイラがそう締め括ると、先程の上層部の方が微笑ましげな表情で彼女を見ていた。

 

「成る程。どうやら大公家は後継ぎだけでなく婿殿にも恵まれた様だ。これで大公家の将来も安泰かな?」

 

 シーグヴァイラの掲げた二つの目標は、どちらも上層部には好意と共に受け入れられた。次に名乗りを上げたのは、なんとゼファードルだった。

 

「俺の目標は、たった一つです。今はまだ見る事すらできないくらいにずっと先にいて、俺の様に後ろからついてくる者の為に道を切り拓きながら歩き続ける。そんなとてもデカイ背中をただひたすらに追い続けて、いつか必ず並び立ってみせます。……ひょっとしたら、その途中で魔王になっているかもしれませんが」

 

 ゼファードルは、ある意味でサイラオーグ以上の目標を掲げてみせた。ゼファードルはあえて明言しなかったけれど、彼が誰を目標としているのか、この場にいる者達はすぐに理解できた。それに、その背中を追い掛けようとする今のゼファードルにとって、魔王になる事すら通りがかりのついでに拾っていく程度のものでしかないのかもしれない。すると、お姉様がゼファードルに声を掛けて来た。

 

「ゼファードルくんだっけ? 随分と大きく出たね☆ でも先に言っておくけど、その目標はサイラオーグ君のものよりもずっと難しいと思うよ? だって、仮に君が魔王になれたとしても、目指す背中にはまだ届いていないと思うから☆」

 

 お姉様。その言い方では、一誠君は魔王より上だと言っている様なものなのですが。……ただ、世界最強のドラゴンをあと一歩の所まで追い詰めてみせたのを顧みると、お姉様の仰っている事にも確かに一理あった。でも、その様にお姉様から脅かされても、ゼファードルは全く動じなかった。

 

「そんな事は、俺も解っています。でも、たったそれだけで夢を諦めてしまう様な小せぇ男に、グラシャラボラス家の次期当主が務まるものなんですか? それに、俺が目指すあのデカイ背中に少しでも近付けるんだったら、負け犬みてぇに地べたを転げ回って泥まみれになろうが、血反吐を吐くぐらいにボコボコにされて死に掛けようが、そんな目に何百回、何千回遭わされようが、俺は一向に構いません。大怪我したり、ボロ負けしたり、殺されたりする事にいちいちビビっていたら、どんな小さな夢でも絶対に叶えられませんよ」

 

 拙い言葉使いながらも不退転の決意を語る今のゼファードルからは、漲る程の覇気と闘志が感じられた。それを見た上層部の多くが息を飲む一方で、魔王様達はゼファードルに感心した様な表情だった。

 

「もったいない。本当にもったいないよ。あと五年、ううん、せめて三年でも早く生まれていたら、今回のレーティングゲームに参加させてあげられたし、そうなればかなり面白い事になってたのに。……でもまぁ、ゼファードル君の先生はあのイッセー君だし、そのお陰もあってソーナちゃん達の次の世代にも凄く期待が持てそうだから、それはそれで良かったのかもね☆」

 

 お姉様は本当に残念そうな表情をしながらも、最後は笑顔でこの話を打ち切った。

 

 ……そうだ。本当の姿に戻った以上、ゼファードルは私達の次の世代になる。お姉様ではないけれど、数年後が楽しみかもしれない。

 

 ゼファードルがその幼さ故の大きな可能性を示した後、次に目標を掲げたのはディオドラ・アスタロトだった。

 

「僕はアスタロト家の次期当主として、引き続き冥界に貢献できる様に努めていきます」

 

 ディオドラはただ淡々と模範解答というべき目標を掲げた。しかし、冥界への貢献を口にしながらも、具体的にどうするのかをディオドラは何一つ言っていない。その様な曖昧なものを役職上絶対に放っておかない方がその場にいた。悪魔創世の頃からあらゆる役職や部署の監督査察を行い、場合によって魔王ですら処罰の対象とできる権限を与えられているネビロス総監察官だ。

 

「フム、それは解った。確かに民を統べるべき貴族の跡取りとしては当然の目標であろう。だが、それでは貴公は具体的に何を以て冥界に貢献する心積もりなのだ? 先に言っておくが、貴公が功績を得る為に使ってきた手段は今までの様に簡単には使えぬぞ。それは当然理解しておろうな?」

 

 ネビロス総監察官の情け容赦のない質問に対し、ディオドラは明らかに狼狽していた。あの分では何も考えていなかったのか、あるいは今まで通りのやり方で十分だと判断していたのか。どちらにしても甘いとしか言い様がない。そんなディオドラの様子を見たネビロス総監察官は、溜息を一つ吐くと話を早々に切り上げた。

 

「ここはあくまで若い貴公達を見定める場であって、吊し上げにする場ではない。よって、これ以上は追及するまい。ただ何故今までのやり方ではやっていけぬのか、よくよく考えてみるとよいだろう。……だが、これだけは申し伝えておく。もしこれから暫くした後も貴公の行いに何ら変化が見られぬ様であれば、その時は総監察官の権限によってそれ相応の処分を下す。よいな?」

 

「ハ、ハイ。承知致しました……」

 

 ディオドラは肩を落としながら、ネビロス総監察官の言葉を受け入れた。ただ、こうしてネビロス総監察官からこれだけキツく釘を刺されたとなると、ディオドラが今まで功績を積み重ねてきた手段が一体どういうものなのか、かなり気になる。

 ネビロス総監察官から少し駄目出しを受けてしまったものの、ディオドラもとりあえずは自分の目標を言い終えた事で残っているのは私とリアスとなった。ここで先に動いたのはリアスだった。

 

「私はグレモリー家より失われかけた「探知」を取り戻した者として「智」を以て味方を支えるグレモリー家の本来の使命を果たすと共に、レーティングゲームの各大会で優勝するという文武両道を目指しますわ。これは父より受け継いだグレモリーの「探知」と母より受け継いだバアルの「滅び」を併せ持つ私にしかできない事であり、両家が手を取り合う事でこれだけの事ができるという証明にもなると思います」

 

 リアスはここで「女として」ではなく、「グレモリー家の次期当主として」、そして「魔王ルシファーの妹として」の目標を掲げた。この場で天龍帝の「后」となるという最大の夢を掲げてしまうと、既に一誠君の冥界側の花嫁がエルレ・ベル様に内定している現状においては悪手にしかならないからだ。すると、リアスが「グレモリー家の次期当主として」掲げた目標に対して、上層部でもお父様やグレモリー卿と同年代の方が覚悟を問う様な言葉を投げかける。

 

「グレモリー家の本来の使命、か。……リアス・グレモリー殿。その場合、戦場はもちろんの事、日常においても命の危険に晒される事になるが、そのお覚悟はおありかな?」

 

 それは一体どういう意味なの? 私は疑問を抱いたけれど、その答えはリアス本人が明かしてきた。

 

「グレモリー家の特性に目覚めてから暫くして、父よりグレモリー家当主の宿命を知らされました。……「探知」は事情報収集に関しては他に並ぶものなき特性であるが故に、歴代の当主の中で五体満足なままで当主の座を次に譲る事のできた者は稀であると」

 

 このリアスの答えを聞いて、私はそこに思い至らなかった自分が恥ずかしくなった。

 

 ……如何なる隠蔽工作を以てしても「探知」の前では全てが無意味と化す。故に、グレモリーに覗けない情報などない。

 

 それがどれだけ恐ろしい事なのか、少しでも戦略や政治に触れていれば即座に解る事だった。だから、「探知」に目覚めたグレモリー家の当主は代々その命を狙われてきたのだろう。しかも、外の敵だけでなく内の味方からも。

 

紅髪(べにがみ)を見たら真っ先に潰せ。この格言は何も悪魔祓い(エクソシスト)共に限った話ではない。我等悪魔に敵対する者達にとっては等しく真理であり、例え神仏に類する者達であってもそれは変わらない。……それでも、グレモリー家の使命を果たすと言われるのか?」

 

 この上層部の方は内の味方については触れなかったものの、その表情からリアスの身を案じているのは間違いなかった。そうして念押しする形で再度覚悟を問われたリアスは、躊躇いを一切見せずに宣言した。

 

「ゼファードルではありませんが、怪我や敗北、そして死を恐れていては、どんなに小さな夢や目標であっても絶対に叶えられません。だから、私は私の持ち得る全てを懸けて、私の望むものを手に入れてみせます」

 

 リアスの迷いのない言動を見た上層部の方は、リアスに対して嘆息交じりに声をかける。

 

「そうか。……ならば、せめてそのお志が何事もなく遂げられる様に祈るとしよう。また、その崇高なる決意と覚悟に対して水を差す様な発言をした事を深くお詫びしたい」

 

 上層部の方が最後に自身の発言が水を差した事を認めた上で謝罪してきた事に、私は少なからず驚いた。それはつまり、リアスの掲げた目標とそれに対する決意と覚悟を認めたという事になる。リアスもそれを悟ったみたいで、気遣われた事に対する感謝の言葉を伝えた。

 

「いえ。こちらこそ、お心遣いに感謝致しますわ」

 

 こうして、リアスもまた悪魔社会の支配層に目標達成への決意と覚悟を知らしめ、それを認められた。いよいよ、私の番だ。

 

「私の夢は、冥界にレーティングゲームの学校を建てる事です」

 

 私が胸に抱いていた夢を掲げると、上層部の方の多くが眉を顰める。そして、その内の一人がその事実を知っているかを確認する様に私に質問してきた。

 

「レーティングゲームの学ぶ場所なら、貴族学校を前身としたものが既にある筈だが?」

 

 この質問に対して、私は淡々と答えていく。

 

「そこは貴族学校を前身としている為、上級悪魔と一部の特権階級の悪魔しか行くことが許されません。そこで私が建てたいのが、下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学舎(まなびや)なのです」

 

 私が答えを返し終えると、上層部からは想像通りの反応が返ってきた

 

「ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 嘲笑が多分に混じった大笑。その後に浴びせかけられるのは、私と私の夢に対する侮蔑の言葉。

 

「それは無理だ!」

 

「これは傑作だ!」

 

「成る程! 夢見る乙女という訳ですな!」

 

「若いというのはいい! だが、シトリー家の次期当主ともあろうものがその様な夢を語るとは。こここがデビュー前の顔合わせの場で良かったというものだ」

 

 こうなる事は解っていた事だった。冥界は貴族社会であり、身分や種族の間の差別が未だに横行している事は。だから、貴族である彼等にとって、私の夢は正に夢物語以外の何物でもなかった。

 

 ……でも、それでも。

 

 私は今のこの場で掲げた夢が本気である事を上層部に伝えようとした。でも、その言葉が口から出る事はなかった。

 

「貴公等。先程ネビロス総監察官が何と仰せになられたのか、もう忘れたのか?」

 

 この場に集まっている上層部の中でも特に恰幅が良く、またネビロス総監察官を除けば最年長と思われる方の声によって、嘲笑と侮蔑の言葉が一斉に止んだからだ。……その方が誰であるのか、私はよく知っている。知らない筈がなかった。

 

 三大勢力による大戦初期、当時は家の中での教育を是とする為に悪魔達の教養や戦闘技術の個人差が余りにも大きい事を懸念し、名家を始めとする上級悪魔の子息達を一か所に集めて一定レベルの教養や戦闘技術を指導教育するという、現在のレーティングゲーム学校の前身となる貴族学校を設立する事で戦力の底上げに尽力、戦死者の減少をも成し遂げた功労者。それ故にその功績は何冊か書籍にもされていて、関係者で知らない者など誰一人いないという冥界における教育者の先駆け。大戦が自然消滅してから百年の後に当主の座をご子息に譲られてからは、上層部の保守派の一人として冥界の児童教育の普及と更なる発展に専念されているという。ただこの方にとっての保守とは「悪魔としての尊厳を保つ」事であり、貴族学校の設立もその為に必要ならば改革も辞さないという強烈な意志の表れだった。その様な教育界における多大な功績を残した先駆者である先代プールソン卿は、一誠君が訪ねて親しく言葉を交わしたという方の一人でもある。

 そして、先代プールソン卿は侮蔑と嘲笑に満ちていた謁見の間の雰囲気を一変させると、この場にいた上層部に今何をすべきなのかを呼び掛け始めた。

 

「ここはあくまで若者達を見定める場であって、吊し上げにする場ではない。総監察官は先程この様な主旨のお言葉を仰せになられた。ならば、ここはまず何故そう思い至ったのかを確認するべきであり、それを以てソーナ・シトリー殿を見極めるのが我等の務めではないのか?」

 

 ……今はただ務めを全うすべし。

 

 発言の裏にその意味合いを含ませた事によって、私への視線が夢見る乙女を侮蔑するものから若い悪魔を選別するものへと変わった。そして、先代プールソン卿はお姉様の方を向くと改めて確認を取る。

 

「それ故に、レヴィアタン様。妹君のお答え次第では冥界の将来を担うに足りぬと判断致しますが、構いませぬな?」

 

 温和な容貌に反した鋭い視線と共に意志を確認されたお姉様は、先代プールソン卿が本気である事を察したのか、真剣な表情で無言のまま深く頷いた。お姉様の了解を得た先代プールソン卿は表情を穏やかなものへと変えると、私に視線を向けて話を始める様に促してきた。

 

「では、ソーナ・シトリー殿。貴殿の夢について、より詳しい話をお聞かせ願おうか?」

 

「はい、承知致しました」

 

 私は先代プールソン卿に承知の旨を伝える。

 

 ……私が志している教育関係の先駆者であり、保守派とは言え必要とあれば改革も辞さずに行動するという先代プールソン卿に私の考えを聞いて頂ける。

 

 私にとって、ここが正念場だった。

 

Side end

 

 

 

「とりあえずは最悪を避けられたか……」

 

 先代プールソン卿が動いてくれた事でソーナ会長にとっての最悪が避けられた事に、僕は密かに安堵の息を漏らす。

 

「一誠様。一体どういう事なのでしょうか?」

 

 ただ、僕の側に侍立しているレイヴェルには流石に難し過ぎたらしく、僕にどういう事かを尋ねてきた。そこで僕はまずソーナ会長に対する上層部の反応についてどう思ったのかを尋ねる。

 

「レイヴェル。ご主君(マイ・キング)がお掲げになられた夢に対する上層部の方々の反応について、どう思った?」

 

「……ソーナ様から詳しい話をお聞きにならない内にお笑いになるなんて、如何に上層部の方とはいえ流石に納得がいきませんわ」

 

 何とも真っ直ぐなレイヴェルらしい答えに対して、僕はそう思っているのは何も僕達だけではない事を伝えた。

 

「確かにその通りであり、私もそう思っている。そして、私達の上の段には私やレイヴェルと同じ様にお思いになられている方が確実に一人おられるのだ」

 

「あっ……!」

 

 ここでレイヴェルは僕が誰の事を言っているのかを悟った様だ。それに合わせて、僕はこのままではどうなっていたのかを教えていく。

 

「そうだ。もしこのまま上層部の方々がご主君の夢をお笑いになられていたら、ほぼ間違いなくレヴィアタン陛下がご主君を庇う形で上層部の方々を窘めていた筈だ。そうなったら、もはや取り返しがつかなくなっていただろう」

 

 ここまで聞いて、レイヴェルは僕が想定していた最悪とは何かを理解できた様だった。そして、僕が密かに取った行動の意味も。

 

「妹が可愛い余りに平然と贔屓する様な魔王と、公然と夢物語を語っておきながらいざとなれば姉に甘えて庇ってもらう様な次期当主。この場におられる方々からは、そう受け取られても仕方がありませんわね。それで先程」

 

「あぁ。密かに先代プールソン卿にお願いしたよ。ご主君に更なる発言の機会をお与え下さいとね。そして、先代プールソン卿はそれを引き受けて下されたという訳だ」

 

 僕はそう明かしたのだが、レイヴェルは何処か納得がいかない様だった。

 

「ソーナ様が上層部の方々からお笑いになられると、一誠様は先代プールソン卿と視線を合わせた後、目を閉じて微かに頭をお下げになりました。それに対して、先代プールソン卿は軽く頷き返しただけ。……たったそれだけの動作で、ここまでお互いの意志を正確に伝え合う事ができるものなのですか? しかもそれ程深いお付き合いがある訳でもないというのに」

 

 レイヴェルはそう言って首を傾げていたが、僕は断言した。

 

「レイヴェル。それを平然とこなしてしまうのが、本物だよ。……ただ、その際に私は少々動き過ぎた。だから、まだまだだ」

 

 そう。僕が本物の域に至っていれば、ただ視線を合わせるだけで先代プールソン卿は全てを察してくれた筈だ。そこまで至っていない以上、僕はまだまだだった。

 

「さて、これでご主君が己の存念を思う存分述べられる場は整った。私にできるのはここまでだ」

 

 僕がこれ以上の手出しをしない事を宣言すると、レイヴェルが疑問を呈してくる。

 

「ソーナ様の弁護はなさらないのですか?」

 

 レイヴェルの疑問に対して、僕はソーナ会長の為にここはあえて鬼となる事を伝えた。

 

「ここで私が弁護に入れば、レヴィアタン陛下と同じ事になる。それにこれから先、頼れるのは自身の力のみという場面など幾らでも出てくる。故に、ご主君には独力でこの場を切り抜けて頂く。それすらできない様であれば、いっそここで脱落なされた方がご主君にとっては幸せかもしれない」

 

 ……勤勉や保護が過ぎればかえって人は育たなくなるものであり、確固たる信念と自立心無くして本当の絆はけして生まれないものなのだから。

 




いかがだったでしょうか?

……ここが、ソーナにとって運命の分かれ道となります。

では、また次の話でお会いしましょう。

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