未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第十六話 選ばれし若人達

 レイヴェルが会場入りする予定時刻になったのは、僕達がお互いの事を教え合い始めてから二時間ほど経った後だった。ここで僕が一人で入り口のホールにレイヴェルを迎えに行き、皆の元へ戻ってから冥界側の花嫁選びに関する経緯を説明したのだが、レイヴェルには本気で泣かれてしまった。

 ……そうではないかと薄々思ってはいたが、やはりレイヴェルは僕から告白を断られてもなお諦めていなかったのだ。しかも僕に与えられる領地の管理運営という現在の立場ではどうしようもない問題点が決定打となってしまったのだから尚更だ。そこで僕はある事実をレイヴェルに伝えようとしたが、それを察したエルレが先に口を出して来た。

 

「確か、レイヴェル・フェニックスだったね。冥界側の花嫁がアンタに半ば決まりかけていた所を横から掻っ攫った格好になったけど、別々の場所に拝領する事になる一誠の領地をどう管理運営するのかって問題が浮上した時点で、普段は人間界に住んでいる一誠の側で生活しているアンタの目はなかったんだ。ただね、アンタは一誠と結婚する事になった俺の事を羨ましいって思うかもしれないけど、その代わりに俺は基本的に冥界以外じゃ一誠と一緒に行動する事ができないんだ。一誠の領地の管理運営を代行するって事は、いつもは冥界にいなきゃいけないって事だからな。一方、聖魔和合親善大使の下に出向しているアンタは、いつでもどこでも一誠と一緒にいられるんだ。どっちが直接一誠の力になれるのか、頭のいいアンタなら解るだろ?」

 

 エルレがレイヴェルに告げた内容は、僕が伝えようとしたものとほぼ一緒だった。父親である先代大王がわざわざ新興したとはいえ大王家に連なる分家の当主を務めているだけあって、エルレには標準以上の政治力がある。だからこそ、レイヴェルにとっては「妻になる代わりに冥界で留守番」か「妻にはなれないが常に一緒に行動」の二者択一だった事を察する事ができたのだろう。そうしてエルレに僕の花嫁になる事のデメリットを突き付けられたレイヴェルはハッとした表情を浮かべた後、少し拗ねた様子でエルレの言葉に応える。

 

「ズルイですわ。そんな事を言われてしまったら、もう反論できないではありませんか。……私は一誠様のお帰りを冥界で待ち続けるよりも、一誠様のお側でお手伝いする方を望みますわ」

 

 レイヴェルは自分の選択をハッキリと告げると、エルレは深く頷いてレイヴェルの選択を肯定し、更に後押しまでしてきた。

 

「そう、アンタはそれでいいんだ。不死鳥は大空を舞ってこそ華になる。だから、アンタはただ巣に籠って帰りを待つよりも、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)と一緒にまだ誰も見た事のない(そら)へ飛んでいけ。その代わり、アンタ達の帰る場所は俺に任せてくれ。それが適材適所って奴さ」

 

 ……まだ親しくなってから殆ど時間が経っていないのに、頼れる姉貴分という立ち位置を見事に築き上げてしまったエルレの何とも頼りになる発言に僕もイリナも苦笑するしかなかった。

 

 こうして一悶着こそあったものの若手悪魔の会合の本来の出席者であるレイヴェルが合流した事で、エルレは早速僕達を連れ立って若手悪魔が待機している広間へと移動し始めた。そして困った事に、これにサーゼクスさんも同行する事になった。

 

「ニャア~」

 

 ……ただし、このままでは騒ぎになって若手悪魔達も落ち着かないという事で、百年以上前にサーゼクスさんの騎士(ナイト)で祐斗のお師匠様という沖田総司さんに召喚された時以来だという黒猫の姿に変身している。そして現在はアウラに抱っこされた状態だ。なお、サーゼクスさんはアウラを喜ばせようと完全に猫に徹しており、アウラも可愛い猫さんを抱っこできた事で非常にご満悦の様だ。

 やがて最初に僕が会った使用人の案内で、僕・イリナ・レイヴェル・エルレ・アウラ(withサーゼクスさん)という面々で今回サーゼクスさん達が引見する若手悪魔達が待機している広間の前に辿り着いたのだが、ドア越しからもハッキリと解る程に険呑な気配が広間から漂っている。

 

「あの、一誠様。どうも中の様子が……」

 

 風の魔力を得手としている事から気配にも敏感なレイヴェルが僕に確認を取ってきた。それに対して応えたのはエルレだった。

 

「あぁ、これか。数年に一度行われる若い奴等の会合には、こうしたバカ騒ぎが付き物なんだ。唯でさえ若い奴等には自信満々で血の気の多い奴が多いのに、将来有望って触れ込みでお偉いさんにお呼ばれしたから凄く浮かれてるんだよ。だから……」

 

「ちょっとした事で、すぐに諍いになる?」

 

 エルレの話の途中で言葉を挟む形でイリナが確認を取ると、エルレは軽く頷く事で肯定した。

 

「そういう事。そうして若い奴等に激しくやり合わせる事で、自分達の中である程度の序列を付けさせるのがお偉いさんの狙いなのさ。だから、若い奴等が集まって顔を合わせている時に問題を起こしても何も言わないんだよ」

 

 ……何とも乱暴な話である。それなら、それに相応しい場を用意してやればいいのに。そう思ってしまうのは、僕が悪魔社会と接する様になってからまだそこまで時間が経っていないからだろうか? どうやらイリナも僕と同じ様に感じたらしく、それを直接言葉として出してしまう。

 

「う~ん。なんて言うか、悪魔って変な形で実力主義に拘るのね。何もそんな風にコソコソ力の優劣を決めなくても……」

 

 すると、エルレも呆れた様に溜息を吐きながらイリナの発言を肯定した。

 

「ホント、イリナの言う通りなんだよな。だからいっその事、会合の対象になりそうな若い奴等を集めてレーティングゲームの新人戦でもやればいいんだ。そうすれば、血の気の多い奴もレーティングゲームに出たくて多少は身を慎む事だろうさ」

 

 ここで、僕はアザゼルさんの提案に悪魔側が受け入れる構えを見せていた事について、ようやく納得が入った。

 

「成る程。アザゼルさんのあの提案は渡りに船だった訳か」

 

 ここで僕の発言が切っ掛けとなってアザゼルさんの提案に関する事を思い出したのか、イリナがその内容について話し始める。

 

「あっ。そう言えば、合宿中にソーナやリアスさん達については同年代の若手とレーティングゲーム形式の試合をセッティングするって確かに言っていたわね、アザゼルさん。……まぁ、二人の共有眷属であるイッセーくんは皆との力量差が大き過ぎて出られないって話だったけど」

 

 イリナが僕の出場禁止について触れた所で、レイヴェルも話に加わってきた。

 

「一誠様の場合、魔王様達がリアス様やソーナ様の眷属として出る様なものですから致し方ありませんわ。ただ皆様との力量差が大き過ぎるという意味では、瑞貴さんにも同じ事が言えるのですけど」

 

 レイヴェルが瑞貴と他の皆との力量差を指摘すると、イリナが具体的な例を出す。

 

「そうよねぇ。仮にサイラオーグさんがソーナやリアスさんの試合相手に選ばれたとして、私の見た感じだと匙君や木場君より少し上ってところだから、その二人より数段上でサーゼクスさん以外は誰も見えていなかったオーフィスの攻撃を捌いてみせた瑞貴さんが相手だと流石に荷が重そうだもの。だから、このままだと瑞貴さんのいるソーナ達が圧倒的に有利になるわ」

 

 すると、聞き手に回っていたエルレも話に加わってきた。

 

「へぇ。剣の腕前は一誠以上だってのはさっき聞いたけど、その分じゃ仮に化物揃いと言われるサーゼクスの眷属に入ったとしても、全然見劣りしないな。それで一誠、イリナの見立ては合っているのか?」

 

 エルレからそう尋ねられた僕は、より詳細な形で力関係を説明する。

 

「大体合っているよ。実際に今ここにいる皆も交えて考えると、上級悪魔の最上位に近いレイヴェルと同等なのがリアス部長とソーナ会長でイリナがそれより少し上。上級と最上級の間の壁をもう少しで越えられそうなのが祐斗と元士郎で、その壁を超えているのがサイラオーグ。更にその先、レーティングゲームの本戦で大物食いを立て続けにやってトップランカー達に迫ってきているライザーとほぼ同等なのが瑞貴とエルレと言ったところかな」

 

 僕が説明を終えると、エルレはその中で基準として出したライザーの名前に対して最初こそ首を傾げていたが、すぐに納得の表情を浮かべた。

 

「ライザー? ……あぁ。俺と同年代で、最近じゃフェニックス家の超新星なんて言われている奴か。確か、一誠のダチの一人だよな?」

 

「あぁ。以前グレモリー家とフェニックス家の婚姻に関する件でフェニックス家に滞在した事があってね。それが切っ掛けでライザーやレイヴェルを含めたフェニックス家との個人的な付き合いが始まったんだ。それに直接関係する訳じゃないけど、ライザーはここ三ヶ月ほどで劇的に変わったからね。その変貌ぶりに驚いている人が結構多いんじゃないかな?」

 

 僕がライザーとの関係をさわりだけ話すと、エルレは自分から見たライザー像について話し始める。

 

「確かに一誠の言う通りだろうさ。俺もリーアとの非公式戦後の対戦を何度か見たけど、戦う度に(キング)としても個人としても強くなっていったから注目していたんだ。実際、今のアイツは俺と同じくらいだと思うし、その瑞貴ってヤツが総合力で俺やアイツと同等だって言うなら、得意な接近戦でもまだ俺に勝てないサイ坊には少々荷が重いだろうね。それに、一誠がそこまで言うソイツやライザーとは俺が一度闘ってみたい所だけど、そんな機会はなかなかないよなぁ……」

 

 ライザーや瑞貴と模擬戦をしてみたいというエルレの溜息交じりの発言に対して、反応を見せたのはアウラだった。

 

「ねぇ、パパ。エルレ小母ちゃんも早朝鍛錬に参加してもらったらどうかなぁ?」

 

 アウラから思いがけない提案をされた事で、エルレは一瞬驚いた後で本当にいいのか確認を取る。

 

「えっ? ……いいのか、アウラ?」

 

「ウン! あたしはいいよ! それで、パパはどうなの?」

 

 アウラはあくまで最終判断は僕が下す事を解っていたので、自分の意志をエルレに告げた後で僕に確認を取ってきた。それについては特に問題ないと思っているので、了承の意志をエルレに伝える。

 

「構わないよ。僕が個人で所有している異相空間に転移する為の専用の術式を後で教えるから、早朝鍛錬の開始時刻までに来てくれたらいい。歓迎するよ」

 

「サンキュー、一誠!」

 

 エルレはそう言うと、本当に嬉しそうな表情を見せてきた。……だが、時間稼ぎもどうやらここまでの様だ。

 

「……ここで話でもしながら時間を潰していれば、多少は険悪な雰囲気が緩まるかと思ったんだけどね。それどころか更に悪化してしまったか」

 

 部屋の中の雰囲気が険悪を通り越して一触即発の様相を呈してきた事で、僕は溜息を吐きたくなった。エルレも甥であるサイラオーグがいない事に気付いている様で、既に実力行使の方向へと傾いている。

 

「中の連中のバカ騒ぎに呆れたのか、既にこっちに来ている筈のサイ坊はこの部屋にはいないみたいだしな。……いっそ、俺がバカやってる連中を叩きのめして黙らせるか?」

 

 確かにそれが一番手っ取り早いのだが、少なからずしこりを残す事になりかねないので、僕はエルレにそれは条件付きでそれを止めておくように忠告した。

 

「いや、それをやるとかえって話が拗れそうだから、いきなりは止めてほしい。……ただ」

 

「先に向こうが手を出してきたら、やっても構わない。そう受け取っていいよな?」

 

 ここで僕が言おうとした「手を出してもいい条件」をエルレが先取りしてきたので、追加条件をエルレに告げる。

 

「それと、もしその矛先が悪魔勢力所属の僕やエルレ、レイヴェルでなく天界所属のイリナや娘のアウラに向かったら、問答無用で僕が直接叩き潰す。イリナについては聖魔和合の崩壊を招きかねないとして責任を追及できるし、アウラに至っては」

 

「アウラさんだけでなく、アウラさんの抱えているお方も巻き添えに危害を加えようとした。大義名分としては十分過ぎますわ」

 

 レイヴェルがアウラに矛先が向いた時の大義名分を挙げてきたので、僕はそれを肯定した。

 

「そういう事だよ。じゃあ、そろそろ入ろうか」

 

 僕が広間に入る事を伝えると、皆が頷き返してきた。皆の意志を確認した僕は、若手悪魔達の待つ広間の扉を開いた。

 

 

 

Side:紫藤イリナ

 

 イッセーくんが若手悪魔達の待機場所である広間の扉を開くと、まず目に飛び込んできたのはクールというよりは冷たいといった印象の女の人と顔や上半身に魔術的なタトゥーを入れた如何にも凶暴そうな男の人だった。ただ、女の人とは面識がある。大公の爵位を持つアガレス家の次期当主、シーグヴァイラ・アガレスさんだ。因みに、イッセーくんの親友であるライザーさんの婚約者でもある。そして、そこから少し離れた所で傍観を決め込んでいるのは、優しげな表情をした男の人だ。この三人の後ろにはそれぞれ眷属と思われる人達や魔獣達がいて、シーグヴァイラさんとタトゥーの男の人の眷属については武器を抜いたり唸り声を上げたりとお互いに睨み合っていた。

 そんな正に一触即発といったところに私達が広間に入ってきたから、広間にいた人達は全員私達に視線を向けている。そして私達に最初に反応したのは、面識のあるシーグヴァイラさんだった。

 

「あら、これは兵藤親善大使。大変お見苦しい所をお見せしてしまいましたね。ところで、今回の会合には私達とは別の形で出席なさると父から聞かされていましたけど、どうしてこちらの方へ?」

 

 シーグヴァイラさんはイッセーくんに謝罪してから用件を尋ねてきたから、イッセーくんは公の言葉使いで答えを返す。

 

「実はこちらには別件で少し早く来ておりまして、その際にお会いした方が「将来有望な者達の顔を見ておきたい」と仰せになられたのでお連れしたのですよ。……ところで、一体何があったのでしょうか?」

 

 イッセーくんから状況を尋ねられたシーグヴァイラさんは睨み合っている男の人を向くと、これ見よがしに溜息を吐いてから何があったのかを話し始めた。

 

「私もこのゼファードル・グラシャラボラスには正直付き合い切れないのですけど、この者の私に対する発言については流石に聞き流す訳にいかないものがありまして」

 

「ハッ! 何言ってやがる、クソアマ! 俺がせっかくそっちの個室で一発仕込んでやるって言ってやってんのによ! アガレスのお嬢さんはガードが堅くて嫌だね! だから未だに男も寄って来ずに」

 

 シーグヴァイラさんからゼファードル・グラシャラボラスと呼ばれた男の人は、シーグヴァイラさんに対して明らかにセクハラと断言できる発言をし始めた。でも、その言葉を遮る形でシーグヴァイラさんがある事実を伝える。

 

「それは当然よ。私には婚約者がいるのだから」

 

「処女やってんだろ! ……へっ? 婚約者がいたの? マジで?」

 

 自分の発言を遮られた形で婚約者の存在を明かされたゼファードルさんは、キョトンとした表情で思わず問い返していた。

 

 あれ? あの表情、ひょっとして……?

 

 私がゼファードルさんの反応にある疑問を抱いていると、シーグヴァイラさんがトドメを刺してきた。

 

「なので、貴方などお呼びではないのよ。ゼファードル」

 

「チッ! だったら……!」

 

 明らかに言い負かされているのに、ゼファードルさんは悪足掻きで実力行使の構えを見せる。そんな緊迫した状況で、アウラちゃんがイッセー君に声をかけてきた。

 

「ねぇ、パパ?」

 

「アウラ、何か聞きたい事があるのかな?」

 

 イッセーくんがアウラちゃんの質問に答える構えを見せると、アウラちゃんは早速物知りなお父さんに質問した。

 

「あのね。「一発仕込む」って、どういう意味なの?」

 

 ……この瞬間、この広間から完全に音が消えた。

 

 そしてそれから間もなく、顔から完全に感情が消えたシーグヴァイラさんからまるで凍て付く様に冷たいオーラが放たれ始めた。

 

「ゼファードル。貴方、やっぱり死にたいのね? ……解ったわ。その望み、私が叶えて差し上げましょう。上には「聖魔和合の旗頭である兵藤親善大使のご息女に無礼を働いたので処刑した」と報告しておきますから、安心して死になさい」

 

「なっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 シーグヴァイラさんは本気で殺しに掛かっているのを察したのか、ゼファードルさんは慌てて弁明しようとする。まさか、こんな形で本気の殺し合いに発展するとは思っていなかったのだろう。

 

 ……ウン、間違いない。あの人は……。

 

 私がゼファードルさんに対してある事を確信すると、アウラちゃんからの質問を受けて少し考え込んでいたイッセーくんがとんでもない発言をしてきた。

 

「……フム。アウラ、それなら発言なされたご本人に直接ご説明して頂こうか?」

 

 そのイッセーくんの爆弾発言に対して、レイヴェルさんとエルレが揃ってイッセーくんを諌めてくる。

 

「い、一誠様。流石にそれは……」

 

「おい一誠。いくら何でもそれは不味いだろ」

 

 でも、ある確信を得ていた私はイッセーくんが何を考えているのか、何となく解った。

 

「ねぇ、イッセーくん、ひょっとして……?」

 

 すると、イッセーくんは私が何に気付いたのかを察してそれを肯定してきた。

 

「イリナは気付いたか。まぁ、そういう事だよ。だから、少しばかりお灸を据えようと思ってね」

 

 ……やっぱり、そうなんだ。

 

 イッセーくんの意図が私の思った通りである事に、私は二人に対する優越感を少しだけ抱いてしまった。そうしてイッセーくんはアウラちゃんを連れて一歩前に出ると、発言した本人にアウラちゃんへの説明を求め始める。

 

「ゼファードル・グラシャラボラス殿。先程自ら仰せになられた「一発仕込む」という言葉の意味、よろしければ我が娘アウラにお教え頂けないでしょうか?」

 

 すると、説明を求められたゼファードルさんは明らかに狼狽し始めた。

 

「ヘッ? あっ、その……」

 

 そんなゼファードルさんの様子に、シーグヴァイラさんは首を傾げる。

 

「ゼファードル?」

 

「どうなされました? 娘に遠慮など必要ございません。ぜひともお教え頂きたい」

 

 イッセーくんはなおも説明を求めるけど、ゼファードルさんは狼狽するばかりで何も答えられずにいる。

 

「ご説明ができませんか?」

 

 イッセーくんが駄目押しの形でそう確認すると、ゼファードルさんは顔を俯かせて黙り込んでしまった。

 

「相手に見縊られない様に背伸びをしたいのは解ります。ですが、自分でもよく解っていない言葉を無理に使って誤魔化そうとするからこうなるのです。今後はお慎み下さい」

 

 イッセーくんがゼファードルさんをそう諌めると、シーグヴァイラさんはイッセーくんに説明を求めてきた。

 

「兵藤親善大使、一体どういう事なのでしょうか?」

 

 すると、イッセーくんはゼファードルさんの実態について説明を始める。……その内容は、私が確信した事と殆ど同じだった。

 

「ゼファードル殿は体格こそ我々とそう変わりませんが、御年はおそらく十を僅かに超えた程度の筈です。ですので、「一発仕込む」などした事がないでしょうし、その言葉の意味さえも本当の所はよく解っていないのでしょう」

 

 このイッセーくんの発言に、広間にいた殆どの人は驚きを隠せないでいる。でもよく考えてみると、ゼファードルさん改めゼファードル君の言動には少しおかしな所があるのだ。

 例えば、シーグヴァイラさんに婚約者がいる事が解った時の反応。あの時、表情や言動が見た目に反して幼い感じだったから、たぶん素に戻っていたんだと思う。それに、シーグヴァイラさんが本気で殺しに掛かった時の慌て様。これも今まではああした下品で乱暴な言動をしていれば、魔力そのものは結構強いのもあって相手が退いてくれていたんだろう。だから、本当の意味での戦闘経験は殆どないのだと思う。

 そんな私ですら見抜ける様な事を、イッセーくんが見抜けない筈がなかった。

 

「……何でだよ」

 

 そして、このゼファードル君の反応がイッセーくんの言葉の正しさを証明していた。

 

「何で、何で俺がまだガキだって解ったんだよ! 今まで誰も、それこそ親以外には誰にもバレなかったんだぞ! だから、本当ならまだ貰えない筈の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を貰えた! 眷属だって揃えられた! 俺はもう一人前の……!」

 

 ゼファードル君は悪魔の駒を貰った事と眷属を揃えた事を理由に一人前である事を主張してくるけど、イッセーくんはそれを一蹴する。

 

「失礼ながら、今この場にいる方達で一人前と認められているのは、私と共にこの部屋に入られた大王閣下の妹君であらせられるエルレ・ベル様ただお一人です。後は皆、幾千年にも渡る永き時を生きてこられた方々から見れば半人前もいい所なのですよ。力さえ強ければ、体さえ大きければ、そして眷属さえ揃えれば、それで一人前になれる訳ではありません。己の行動の全てに己一人で責任を取れる様になって、初めて一人前と認められるのです。そしてそれには、我々が今まで生きてきた時間よりも更に長い時間がどうしても必要になります。よって、我々より年少であるゼファードル殿が焦る必要など何処にもないのですよ」

 

 イッセーくんが「一人前」について思う所を語り終えると、ゼファードル君は完全に黙り込んでしまった。

 ……本当は自分でも解っていたんだと思う。自分はまだ子供なんだって。だから、ゼファードル君はイッセーくんに「自分はまだ子供でいいのか」って確認してきた。

 

「……俺。俺は、まだガキでいいのかな? ナリだけ突然でっかくなっちまって、今までみたいにダチと遊べなくなっちまって、それでも、それでも……!」

 

 今にも泣き出してしまいそうな表情で尋ねてきたゼファードル君に対して、イッセーくんは即答した。

 

「えぇ、もちろんです。ついでに申し上げれば、体が突然成長した事についても心当たりがあります。私にお任せ頂ければ、元のお姿に戻してみせましょう」

 

 イッセーくんからの思いがけない提案に対して、ゼファードル君の答えは一つだった。

 

「お願いします! 俺を、俺を元のガキの姿に戻して下さい!」

 

 

 

 ……それから数分後。

 

「まさか、この様な展開になるとは思いませんでした。今にして思えば、私はとても大人げない事をしてしまったのですね」

 

「シーグヴァイラ様、それも仕方ありませんわ。あの様な事を見抜いた上で解決する事のできる方は、私の知る限りでは一誠様だけですもの。ただ、こうなると謁見やレーティングゲームについては……」

 

「確かにレイヴェルの言う通り、アイツにはまだ早過ぎる。ただ流石にレーティングゲームは駄目だろうけど、謁見は特別に許されるだろうさ。何せガキであるアイツを選んだのは、あくまで魔王様を含めた上なんだ。だから、選んだヤツがその責任を背負うべきなんだよ」

 

 全てが終わった後で、シーグヴァイラさんにレイヴェルさん、そしてエルレが予め用意されていたテーブルで穏やかに会話を交わしていた。エルレが責任の在り処について触れると、その視線をアウラちゃんに抱っこされている黒猫へと向けた。

 

「ニャッ」

 

 それを受けて、黒猫は一声鳴くと軽く頷いてみせた。因みにこの黒猫は変身したサーゼクスさんなので、この場合は「責任は私が取るから心配しないでくれ」という意味になる。

 

「だからさ、魔王様達への謁見には堂々と胸を張って行きな。ゼファードル」

 

 そうしてサーゼクスさんの言質を取った後でエルレがそう呼び掛けた先には、過剰な魔力によっていわば大人化というべき状態になっていたのをイッセーくんが調整した事で年相応の体格に戻ったゼファードル君がいた。ただ、ゼファードル君の身長はギャスパー君と殆ど変わらないので、実際に同年代の子達と比べると少し高めかもしれない。

 

「はい! 俺、頑張ってきます!」

 

 元の年相応の姿になった事で背伸びをする必要がなくなったゼファードル君は、エルレのかけた言葉に対して素直に返事をしてきた。でも、暫くするとその表情を暗いものへと変えてしまう。

 

「……でも俺、またさっきみたいにナリだけでかくなったりしないのかな?」

 

 不安げなゼファードル君を見たイッセーくんは、そのまま声をかけてきた。

 

「ゼファードル殿、一言よろしいでしょうか?」

 

 イッセーくんの声にゼファードル君が反応してイッセーくんの方を向くと、イッセーくんは静かに諭し始める。

 

「確かに、ゼファードル殿がご自身のお力を扱い切れずにいたのは事実。それは受け入れなければなりません。如何に望もうとも、過去はけして変えられないのですから」

 

 そこまで聞いたゼファードル君は、自身の未熟さを思い知らされて俯いてしまった。それを見たゼファードル君の眷属達はイッセーくんに襲いかかろうとしたけど、イッセーくんの口から続けて放たれた言葉で彼等は動きを止める事になった。

 

「ですが、ゼファードル殿はまだ余りにもお若い。そして、それ故に魔力の正しい扱い方を知らなかっただけなのです。ならば、今は秀でた師の下に就いた上で魔力の正しい扱い方を学ばれるべきでしょう。何、ご心配には及びません。そもそも鳥という生き物は、空の飛び方を学ばなければ飛ぶ事はできません。しかし一度飛び方を学び、そして一度でも成功してしまえば、後はどれだけ時が過ぎようとも空の飛び方を忘れる事はないのです。それは鳥という生き物が空を飛べる様に生まれてきたからです。要はそれと同じ事。ゼファードル殿が体を大人のものへと変えてしまう程の魔力をお持ちになられているのは、それだけの魔力を扱える様に生まれてきた為。ならば、後は扱い方さえ学んでしまえば、先程の様な事は二度とあり得ないのです」

 

 イッセーくんが諭し終えた所で、ゼファードル君は顔を上げてイッセーくんに確認を取ってきた。

 

「俺に、できるかな?」

 

 不安そうな表情を浮かべるゼファードル君の顔と視線を、イッセーくんはしっかりと受け止めた上で断言する。

 

「できます。必ず。そのお力と共に在る為に、貴方様はお生まれになったのですから」

 

 ……この言葉は、最強クラスのドラゴンである赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)の魂と力を生まれ付いて宿してしまい、今みたいに常識を投げ捨てたレベルで扱える様になるまで必死に努力を続けたイッセーくんだからこそ言えるものだと思う。

 

「ハイ! 俺、やってみます!」

 

 そして、イッセーくんの言葉を真正面から受け止めたゼファードル君がその目を輝かせ始めたのを、私はハッキリと確認した。

 一誠シンドロームは現在もなお発症者数を増やしており、その猛威は留まる事を知りません。……なんてね。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

「凶児」ゼファードル・グラシャラボラス
原作:粗野で下品なヤンキー
拙作:年上に負けない様に必死に背伸びしている男の子

中身が変われば、同じ言動でも印象は大きく変わるものです。

では、また次の話でお会いしましょう。

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