未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第十五話 袋小路の中で

「ただね、これでもうリアス部長とソーナ会長の眷属ではいられなくなるだろうなぁ……」

 

 僕がバアル家現当主、つまり現大王の妾腹の妹であるエルレさんと結婚する事で発生する事態をアウラに説明すると、横から口を挟む形でイリナが疑問を呈してきた。

 

「ソーナやリアスさん達の眷属でいられなくなる? どういう事なの? 今、上級悪魔に昇格して独立するのは危ないって言っていたの、イッセーくんでしょ?」

 

 確かにその通りだ。しかし、そう発言した時とは状況が一変している。だから、まずはそれをイリナに説明する。

 

「確かにその通りなんだけどね。ただこのままエルレさんと結婚する場合、僕がリアス部長とソーナ会長の眷属である事は許されなくなるんだよ。……エルレさんの血縁と身分を考えるとね」

 

「エルレさんの血縁と身分……?」

 

 僕の説明にイリナは首を傾げているが、エルレさんは解った様だ。彼女は何とも言えなさそうな表情を浮かべている。

 

「成る程ね。確かに俺は妾腹とはいえ先代大王の娘だし、大王の継承権を持たない分家であるベル家を新興してそこの初代当主をやらせて貰っている。だから、もしこのまま俺と結婚してしまえば、まだ成熟していない名家の次期当主の眷属から大王家に直接連なる分家の当主の旦那へと立場がガラリと変わっちまうんだよ。それでこのままだと色々と不都合が出るから、帳尻を合わせなきゃいけないんだけど……」

 

 エルレさんがここまで言い終えると、サーゼクスさんが話の続きを語り始めた。

 

「ここで本来ならば叔母上とイッセー君の主との間で交換(トレード)を行い、イッセー君の主を叔母上に代える必要が出てくる。しかも叔母上は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を未だお使いになった事がないので、通常なら問題なく交換が成立するのだが、イッセー君の場合はリアスとソーナの共有眷属であり、転生に使用された兵士(ポーン)の駒が十一個と前代未聞というよりはもはや空前絶後というべき個数だ。その為、叔母上はおろか他の誰であっても交換が成立しないのだよ。よって、帳尻を合わせるにはイッセー君を早急に上級悪魔へと昇格させた上で、悪魔の駒を伴う眷属契約を解約できる例外事項の一つである「主を除く貴族階級の悪魔との婚姻に際して、主と婚姻相手の間で交換が成立しない場合」を適用し、グレモリー・シトリー両家から完全に独立させるしかないという訳だ」

 

 サーゼクスさんが補足説明を終えると、ここでエルレさんが別の方向から疑問を呈してきた。

 

「ちょっと待て、サーゼクス。確かに代務者殿が転生した直後には十一駒の兵士(イレヴン)なんて呼び名があったくらいから、俺とリーア達との交換が成り立たないのは解るし、その帳尻合わせの為に代務者殿を本当の意味で独立させるのも、戦争の再開を企てたコカビエルの捕縛に始まり、首脳会談をオブザーバーとして成功に導き、旧魔王派の連中が仕掛けたテロをほぼ完璧な形で鎮圧、更にはあのオーフィスをも撃退とこれまで積み重ねてきた功績の数々を踏まえれば、特に問題は出ないだろう。だけどそうなると、グレモリーとシトリーから与えられる事になっている代務者殿の領地は一体どうなるんだ?」

 

 エルレさんの疑問に対して、サーゼクスさんは僕が領地を頂く対象が変わるという答えを返した。

 

「イッセー君の領地については眷属契約を解約する事でグレモリー・シトリー両家から領地を拝領する事がなくなりますから、拝領予定であった領地を足し合わせた分と同じ面積の領地を政府で用意する事になるでしょう。その方が領地の管理運営に都合がいいですから。その際、叔母上が所有するベル家の領地に隣接させた方がより都合が良いので……」

 

「大王家から割譲させた上で、その分の領地を別の所から大王家に補填するってところか。だけどな、サーゼクス。あの兄貴の事だ、たぶん「親善大使に割譲する領地については妹の持参金とするので、こちらへの気遣いは一切無用」と言ってくる筈だぞ」

 

 確かにエルレさんの言う通り、あえてエルレさんの推挙以外は何もせず、また自派閥の者に対して下手に手出しさせない様に釘を刺す程に政治と策謀に通じているバアル家の現当主であればその選択を取るだろうし、サーゼクスさんも同じ考えの様だ。

 

「そうする事で、我々に恩を売った上でイッセー君を大王家の一門として取り込んでしまう訳ですか。申し出自体は筋が通っているだけに、これを断るのは難しそうですね。それにしても、まさか叔母上をイッセー君の花嫁として推挙するだけで後は何もせず、それどころか自派閥の者にも何もさせない事でここまでの状況を作り上げてしまうとは、私も正直思っていませんでしたよ。これが、悪魔創生の頃から魔王に次ぐ者として在り続けた大王家の本気という事ですか。けして見縊っていた訳ではないのですが……」

 

 サーゼクスさんはそう言うと、深い溜息を吐いた。その気持ちは僕も解る。「血統を重んじる余りに変化を求めない貴族主義者」である事から心の何処かで蒙昧なイメージが先行してしまい、それが完全に仇となってしまった。何の事はない。堕天使である事に驕ってそれ以外の他者を見下していたレイナーレ達が犯した先入観による過ちを、僕もまた同じ様に犯していただけだった。

 

「しかし、改めて考えると妙な話になってしまいましたよ。何せこのままこの婚姻が成立すれば、私のプライベートにおける年下の友人が義理ながらも叔父に、息子の初めての友達となったその娘が従妹になる訳ですからね」

 

 ここでサーゼクスさんが話題を変える為にエルレさんと結婚して以降の僕達の関係について触れると、それに促される形でアウラがサーゼクスさんやミリキャス君との関係について考え始めた。しかし、次第に理解が追い付かなくなってきたのか、アウラは頭を抱え込んでしまった。

 

「う~ん。エルレ様がパパの新しいお嫁さんになるって事は、あたしの新しいママになるんだよね。それでミリキャス君のお父さんやリアス小母ちゃんがエルレ様のお姉さんであるヴェネラナ様の子供だから、あたしから見たら従兄姉になるのかなぁ? それなら初めて同い年でお友達になってくれたミリキャス君はどうなるんだろう? ……パパ、あたしにはちょっと難しいよぉ」

 

 最後は僕に泣き付いてきたアウラの頭を撫でつつ、僕はアウラとミリキャス君の関係について教えてあげた。

 

「気にしなくていいよ、アウラ。ここまで来ると、大人でも混乱する人が少なくないから。因みにね、アウラから見るとミリキャス君は従兄弟の子供になるから従甥(じゅうせい)って呼び方になるんだ。従甥が難しかったら、いとこ甥でもいいよ」

 

「へぇ~。そうなんだぁ。ミリキャス君はいとこ甥かぁ。パパって、本当に物知りなんだね」

 

 アウラはキラキラと輝く瞳で僕の顔を見上げている。娘からの尊敬の眼差しを受けて、僕は少しだけ照れ臭くなってしまった。そこにエルレさんが本家筋の甥であるサイラオーグについて言及する。

 

「しかし、そうなるとサイ坊は歳が近い代務者殿の事を叔父上と呼ばなきゃいけない訳か。まぁ、あのサイ坊の事だ。むしろ率先して呼びそうだな。……ところでさ。兄貴から聞いたんだけど、代務者殿はサーゼクスと共闘してあのオーフィスを撃退したんだろ?」

 

 確かに、律儀な所があるサイラオーグならその可能性が高い。僕がそう思っている所にエルレさんがオーフィスとの戦いについて尋ねてきたが、それについては少しばかり誤解がある。だから、僕はまずそれを正した。

 

「その件については、何も僕とサーゼクスさんだけの力じゃありませんよ。あの場にいた人が誰か一人でも欠けていれば、僕はオーフィスに敗れて眷属にされていたでしょう。それくらいにギリギリの戦いでした。それにその気になれば僕達を全滅させる事ができたオーフィスの目的はあくまで僕を眷属にする事なので、この場で無理をするよりは万全を期した方がいいと判断して退いたに過ぎません。ですので、正確には「オーフィスを撃退した」というよりは「オーフィスに見逃してもらった」とするべきだと思っています」

 

 僕があの時の戦いの真相を語り終えると、エルレは半ば呆れた様に溜息を吐く。

 

「あの無限の力を持つと言われる世界最強のドラゴンに万全を期す事を考えさせた時点で、既にあり得ないレベルでぶっ飛んでるって感じるのは俺だけなのか?」

 

 何だか酷い事をエルレさんから言われてしまい、サーゼクスさんとイリナもクスクスと笑っていたので、僕は少しだけムッとしつつもエルレさんにお互いの理解を深めていく事を提案する。

 

「その辺りの齟齬を無くす為にも、これからもう少し踏み込んでお互いの話をしていきませんか。幸い、サーゼクスさん達が若手悪魔を引見するまで、まだまだ時間がありますから」

 

 僕自身、この結婚話に対してけして割り切れた訳ではない。今でもでき得るならイリナ一人と添い遂げたいとも思っているし、イリナは当然だが献身的に尽くしてくれているのに告白を断ったレイヴェルを始め、真っ直ぐに好意を示してくれる女性達に対しても非常に後ろめたい思いを抱いている。

 だが、もし聖魔和合を完成させたいのなら、まずは悪魔勢力における足場をしっかりと固めなければならない。その上では、魔王派と大王派の間に立って調停する事も可能な魔王ルシファーの叔父にして現大王の妹婿という立場は大いに利用できる。

 ただ、そもそもこの結婚話は僕の始めた聖魔和合に端を発した政略結婚だ。それにも関わらず、当事者の片割れで関わりは薄い筈のエルレさんは「現大王の異母妹」という貴種にして「ベル家当主」という大きな責任を負う者として、そして何より「エルレ・ベル」という一人の女性として、この結婚話と正面から向き合っている。だから、僕もまた政治的な思惑を抜きにして一個人として真正面から向き合わなければならない。

 その上で、まずはお互いの事を話す事から初めていき、少しずつ歩み寄っていって相互理解を深めていく。そうしなければ、イリナに対してもエルレさんに対しても失礼だった。

 そうした意図を込めた僕の提案に対して、提案されたエルレさんより先にイリナとアウラが賛同してきた。

 

「それもそうよね。ウン、私はいいよ」

 

「あたしも!」

 

 一方、エルレさんもまたイリナとアウラに続く形で快く応じてくれた。

 

「俺も賛成だよ。何せ、俺達はこれから始めるんだ。だからさ、もっと色々と話をしようじゃないか」

 

 ただ、相互理解を進める為の話し合いの前に、僕は僕に対する呼び方を変えてほしいとエルレさんに頭を下げてお願いする。

 

「それと、エルレさん。代務者殿なんて他人行儀な呼び方はもうやめて、今後は一誠もしくはイッセーと呼んで下さい。お願いします」

 

 僕がエルレさんにそうお願いすると、イリナもこれに乗じてきた。

 

「私もイリナでいいですよ。正直に言うと思う所がけしてない訳じゃないですけど、今更グダグダ言っても仕方ありませんし、それにエルレさんとならきっと上手くやっていける。そう思いますから」

 

 イリナは少し軽めの雰囲気と共にそう言っているが、内心は酷く傷ついている筈だ。だが、だからといってこの発言が強がりによるものかと言えば、そうでもない。エルレさんとなら上手くやっていけると考えているのも、また本当なのだろう。そして、かなり悩んでいた様だが、アウラも答えを出した様だ。

 

「エルレ様、ゴメンなさい。あたし、今はまだ「ママ」って呼べないと思う。だって、エルレ様の事を全然知らないから。……だから、エルレ様ともっといっぱいお話しして、エルレ様の事をもっといっぱい知れたら、その時に「エルレママ」って呼んでもいいですか?」

 

 アウラはエルレさんに対して色々と複雑な思いを抱いている様で、それがそのまま顔に出ていた。しかし、アウラはそれでも幼いながらにしっかりと向き合おうとしていた。……僕は、両親を始めとした僕を取り巻く多くの人達に凄く恵まれているのだとつくづく思う。

 こうして僕達がそれぞれの意志を伝えた所で、エルレさんもまた僕達に自分の意志を伝えてきた。

 

「だったら、まずは二人共俺への敬語をやめてエルレと呼び捨てにしてくれよ。これから俺達は余程の事がない限り、何千年もの永い間ずっと一緒にやっていく事になるんだ。そうなれば、たかが百歳足らずの歳の差なんてあっという間に気にならなくなるからさ」

 

 ……このエルレさんの言葉の意味を取り違える訳にはいかない。

 

 僕はイリナと視線を合わせると、イリナは一つ頷く事で承知の旨を伝えてきた。僕もそれに応えて一つ頷くと軽く笑みを浮かべてエルレさん、いやエルレの意志に応える。

 

「解ったよ、エルレ。……これでいいかな?」

 

 すると、家族以外の男性から親しげに名を呼ばれるのに慣れていないのか、エルレは少しだけ慌てた様にして返事をしてきた。そしてその後、アウラに向かって深く頭を下げて感謝を伝え始めた。

 

「あ、あぁ。それでいいよ。……それとアウラ。初めて会った時に暴走しちゃって怖がらせた俺としっかり向き合っていくって言ってくれて、ありがとうな。だから、俺の事を「ママ」って呼ぶのは、アウラがイリナと同じくらいに俺の事を認めてくれたらでいいよ。それまでは「エルレ小母ちゃん」で十分だ」

 

「……ウン!」

 

 エルレさんが優しげな笑顔と共に伝えられた言葉に対して、アウラは一切の陰りのない笑顔で応えた。これで、エルレとアウラとの間がギグシャクする事はないだろう。その男勝りな言動から推し量るのはかなり難しいが、エルレはやはりとても優しい女性だった。

 

「な、何だよ、一誠。その優しげな笑みと視線は。何だか知らないけど、こっちが恥ずかしくなってくるじゃないか。……そ、そう言えば、サーゼクス。アンタ達がサイ坊やリーア達を引見する際、一誠はこの間一緒にいたレイヴェル・フェニックスを伴って出席するのは聞いてるけど、俺やイリナ、アウラはどうなってるんだ?」

 

 自分の素直な気持ちをアウラに伝えた事と僕がアウラとのやり取りを見守っていた事が照れ臭かったのか、エルレは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。そこでエルレが話題を変える為にサーゼクスさんに自分達がどの様な扱いになっているのかを尋ねると、サーゼクスさんは三人とも若手悪魔の会合に出席する予定がない事を伝える。

 

「イリナ君は天界の所属ですし、アウラちゃんも流石にまだ幼過ぎますので今回は出席しません。叔母上についても、本日はあくまでイッセー君達との顔合わせのみという予定ですので……」

 

 サーゼクスさんの返事を聞いたエルレは何処かつまらなそうな表情を浮かべた。

 

「ふぅん。でも、それだけってのも少しばかり物足りないねぇ。……よし」

 

 エルレがその表情を何かを思いついた様なものへと変えると、アウラにある提案を持ちかけてきた。

 

「なぁ、アウラ。これからレイヴェル・フェニックスが来るまで、俺達はいっぱいお話しする訳なんだけどさ。……それが終わったら、皆で一緒にお兄さん達やお姉さん達に会いに行ってみないか?」

 

 ……どうやら、これからは凄く騒がしい事にはなりそうだけど、殺伐とした雰囲気にはならずに済みそうだ。

 

 アウラがエルレの提案に笑顔を輝かせて応じるのを見ながら、僕はその様な事を思った。

 

 

 

Side:リアス・グレモリー

 

 若手悪魔の会合が行われる会場に到着した私達は、入口のホールで待機していた使用人の案内で会合が始まるまで待機する事になる広間へと向かっていた。その途中、複数の集まっているのが目に入ると、そこに顔見知りがいるのに気付いた。

 

「サイラオーグ!」

 

 お母様の実家であるバアル家の次期当主であり、私の従兄弟に当たるサイラオーグ・バアルだ。私が声をかけると、サイラオーグも私に気付いて少し笑みを浮かべた。

 

「久しぶりだな、リアス」

 

 サイラオーグはそう言うと、にこやかに私と握手を交わす。こうして面と向かって話をしたのは、私が領主として治める様に言いつけられた駒王町にある駒王学園の高等部に入学して以来だから、大体二年ぶりだろうか。私は懐かしさを感じつつも、初めて顔を合わせたアーシアとゼノヴィアにサイラオーグの事を紹介する。

 

「えぇ、懐かしいわね。変わりない様で何よりよ。サイラオーグ、初めての者もいるから貴方の事を紹介させてもらうわね。彼の名前はサイラオーグ、私の母方の従兄弟でもあるのよ」

 

「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 私の紹介を受けて、サイラオーグはより詳しい形の自己紹介を行う。サイラオーグと久しぶりに顔を合わせた事で懐かしさを抱いたからか、気がつけば私は昨日グレモリーの本邸を訪ねて来られたエルレ叔母様の事を話し始めていた。

 

「サイラオーグ。昨日は随分と久しぶりにエルレ叔母様がグレモリーの本邸をお訪ねになられたそうよ。私自身は強化合宿で徹底的に扱かれていたから結局お会いできなかったのだけど、お母様の話ではあの男らしさは相も変わらずといった所らしいわ」

 

 エルレ叔母様は、お母様の父親であるバアル家の先代当主が隠居してから作った妾との間に儲けた子供である事とバアル家の「滅び」の力を継承していない事から、先代当主が継承権を持たない分家としてベル家を立ち上げてその初代当主に据えた方だ。ただお母様をして「生まれた年代が私とそう変わらなければ、バアル家最強の女性悪魔と呼ばれていたのは私でなくあの子だったかもしれません」と言わしめているし、実際に私が幼い頃に行われたお母様との模擬戦においては母親の形見であるという無骨ながらも強力な矛を振るい、魂をも焼き尽くすと言われる程に強烈な雷霆の力でお母様の「滅び」の力を相手に真っ向から打ち合えていた。それ程までに強く勇ましいエルレ叔母様に対して幼心に憧れた私は、一度だけ叔母様の言葉使いを真似た事もある。ただ私が自分の事を「俺」と言ったのを聞いた瞬間、鬼気迫る表情で言葉使いを直ちに訂正する様に迫ってきたお母様は今まで生きてきた中で最も怖い存在だった。

 そんなエルレ叔母様の印象が強いだけに、サイラオーグの次の言葉がすぐには信じられなかった。

 

「それについてだが、意外な事が解ったぞ。叔母上はあぁ見えて可愛いものには目がないらしくてな。その範疇に入る花と動物と子供をこよなく愛する、実に女性らしい方だったよ。アレを見た直後は正直戸惑ったが、今思い返せば本当に傑作だったな」

 

「サイラオーグ、アレって一体何かしら?」

 

 私が思わず尋ねると、サイラオーグは少しだけ悩む素振りを見せてから教えてくれた。

 

「まぁいいか。どうせそう遠くない内にリアスも見る事になるだろうからな。……親善大使殿のご息女であるアウラ嬢だよ。親善大使がお呼びになった時に言葉を交わされていたが、その時の健気な可愛らしさを見た瞬間、完全に我を忘れた叔母上はアウラ嬢を抱き上げて頬ずりしていたよ。その後、紫藤イリナ殿から叱られた叔母上は素直に自らの非を認めて謝罪すると訊かれてもいないのに自分から色々暴露した揚句、それ等の話を聞いて「とても優しい方」と親善大使殿から言われた叔母上は、今まで一度も言われた事のない言葉に耐性がないばかりにしどろもどろになっていた。あの叔母上の姿は父も祖父も見た事がないだろうから、伯母上もまた見た事がないのではないか?」

 

 私がミリキャスより幼い頃にお会いした時の叔母様の勇ましい立ち振る舞いからは到底想像できないサイラオーグの話に、私は完全に言葉を失ってしまった。

 

 ……世の中、本当に見た目だけじゃ解らない事ばかりね。

 

 私がある種の悟りを得た所で、サイラオーグはイッセーについて尋ねてきた。

 

「ところで、親善大使殿はご一緒ではないのか? てっきり、お前と行動を共になされていると思ったのだが。まぁそうでないのなら、ソーナの所か」

 

 確かに、何も知らなければそういう反応になるのが普通なのだろう。だから、私は今回の会合におけるイッセーの立場について説明する。

 

「イッセーは聖魔和合親善大使として私達とは別の形で出席する事になっているから、私達ともソーナ達とも別行動なのよ」

 

「成る程な。親善大使殿は俺達と違って未熟な若手とは見做されていないという訳か。……まぁ、オーフィス撃退なんて大偉業を中心となって成し遂げているんだ。それも当然か」

 

 私の事情説明にサイラオーグは納得の表情を見せた。ただ、一つ気になった事があるので、サイラオーグに尋ねてみた。

 

「ところで、こんな通路で一体何をしていたの? お兄様達からお呼びが掛かるまで待機する部屋がある筈でしょう?」

 

 すると、サイラオーグはその表情をウンザリといったものへと変えた。

 

「あぁそれか。大した事じゃない。下らん事になり始めたから、出てきただけだ」

 

「下らない?」

 

 サイラオーグから返ってきた答えに首を傾げた私は密かに「探知」を使用した。……そして、全てを知った私は思わず溜息を吐いてしまった。

 

「そういう事ね。確かにとても下らないと思うし、私でもサイラオーグと同じ事をしているわ」

 

 ここだけの話、この場にイッセーがいなくて良かったと思う。だって、あんな下らないものをイッセーに見せずに済むのだから。それにサイラオーグも私と同じ事を思ったらしく、イッセーがそれを見た時にどう思うかについて言及してきた。

 

「とてもじゃないが、親善大使殿にあんな醜態は見せられんな。落胆なさるか、それとも呆れ返られてしまうか。どちらにしても、好ましいとはけして思われないだろう。親善大使殿と再び語らい合うのにいい機会だと思ったから黙って受け入れたんだが、こうなるのなら開始前の顔合わせなどいらないと進言すればよかったな」

 

 それにしても、サイラオーグはどうもイッセーの事をかなり高く評価しているらしく、好意というよりは敬意が言葉の端々に現れている。だから、思い切ってサイラオーグに尋ねてみた。

 

「サイラオーグ。イッセーからは大王家への挨拶の際に短い時間ながらサイラオーグと親しく語らい合う機会があったって聞いていたけど、その時にどんな事を話したの?」

 

 すると、サイラオーグからはある言葉が飛び出してきた。

 

「親善大使殿からは上に立つ者としての心構えについて、「己を棄てられない者に人の上に立つ資格などない」と教えられた。この言葉には、本当に考えさせられたよ」

 

 己を棄てられない者に人の上に立つ資格などない。

 

 イッセーが三年前にゼテギネアという異世界で駆け抜けた大戦乱の中で得た教訓の一つだ。ただ、具体的にはどういう事なのか、それをまだ私はハッキリと掴み切れていなかった。そこでサイラオーグに再び尋ねてみた。

 

「具体的にはどんな事をイッセーは言っていたの?」

 

「己の中にある様々な感情と向き合い、その上で抑え込むべきものは胸の中に仕舞い込み、目の前にある現実を見据えた上で自分に何ができるのか、また自分が何を為すべきなのかを判断し、そして実際に行動する。これができない様では、たとえどれだけ優れた能力や才能があったとしても、誰かの上に立ってはいけないし、立たせてもいけない。……この言葉からは、今の俺では到底背負い切れない程の凄まじい重みを感じた。それだけの重みを背負い切れるからこそ、三大勢力の和平と共存共栄を謳う聖魔和合の象徴として立っていられるのだろうな」

 

 サイラオーグはイッセーへの感嘆の言葉で締めたけど、私も同じ思いを抱いた。やはりイッセーは誰かに仕える様な存在ではないし、イッセー自身には背く気なんてなくても主の方がその重責に堪えられないのだと思う。そしてその辺りを察しているからこそ、お兄様はもちろんあのアザゼルやミカエルですらプライベートでは対等な関係であろうとしているのだろう。

 ……私自身、イッセーの主である事への重責に堪えられなくなった事があるのだから。

 

「イッセーが歴代の赤龍帝達から赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)に推戴された時、その赤龍帝を統べる者としての姿を見た事で解らなくなった事があるわ。私は本当にイッセーの(キング)でいいのか。むしろ逆じゃないのかって」

 

 王としては、けして口にしてはならない言葉である事は解っている。だから、サイラオーグからは窘められると思ったのだけど、彼はむしろ私の言葉に同調してきた。

 

「正直な話、俺がお前の立場でも同じ事を考えてしまいそうだな。……それで、お前はどんな答えを出した?」

 

 サイラオーグから私が出した答えについて尋ねられたので、私はその切っ掛けとなったソーナの言葉を含めて答えを返した。

 

「そんな時、ソーナがこんな事を呟いていたのよ。「私はもう迷いません。貴方が私の側にいるのではなく、私が貴方の側にいる。そして、心は貴方という(キング)を愛し支える王妃(クィーン)になる。私は自らにそう誓ったのですから」って。それで私も決意したのよ。だったら、私は赤き天龍帝の隣に立つに相応しい「后」に必ずなってみせるってね。本当なら主従逆転もいい所だけど、イッセーはそう遠くない将来に本当の意味で私とソーナから独立するでしょうから、余り問題にはならないでしょう」

 

 これは、私の「女」としての決意表明だった。その為ならばどんな困難も克服して、「グレモリーの次期当主」である事も「魔王の妹」である事も貫き通す。

 ……愛を言い訳にして筋も通せない様な下らない女に、赤き天龍帝の「后」なんて務まる訳がないのだから。

 

「強いな。お前も、ソーナも」

 

 そんな私の決意表明に対して、サイラオーグは少ない言葉ながらも認める発言をしてくれた。私は嬉しかったのだけど、流石にそろそろ時間が押して来ている筈なので、サイラオーグに待機場所に向かう様に呼び掛ける。

 

「そろそろ行きましょうか、サイラオーグ。待機する様に予め言われていた部屋にいないというのは、流石に不味いでしょう」

 

「確かにな」

 

 サイラオーグも私の呼び掛けに納得して、共に待機場所となる広間へと向かう事にした。……そこに、ついさっき話題に上がった人が訪れている事も知らずに。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、拙作におけるヴェネラナの強さについては嫁ぐ以前には大王家最強であった事からレーティングゲームのトップランカーと同等クラスという事にしています。

では、また次の話でお会いしましょう。

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