未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第十四話 花嫁選びの舞台裏

Side:紫藤イリナ

 

 今、私達の目の前にいる(ヒト)が冥界側が用意したイッセーくんの花嫁。

 

 いきなりそんな事を言われても、そう簡単に受け入れられる訳がなかった。私自身覚悟はしていたけど、こんなに急だとは思っていなかったのだから。

 

 早朝鍛錬が終わった後ではやてちゃん達と一緒に昨日訪れたばかりのフェニックス邸に移動した私とアウラちゃんは、シャワーで一緒に汗を流してから二人でゆっくりと過ごしていた。そこにサーゼクスさんが転移して来て魔方陣が描かれてあるシートを渡すと、「あと三十分程経ったら正装に着替えて、このシートを使ってアウラちゃんと一緒にある場所に来てほしい」と頼んできた。特に断る理由のなかった私はそれを承諾した後、言われた通りに正装に着替えてからアウラちゃんと一緒に魔方陣の描かれたシートを使ったんだけど、その結果として私達はどう見ても高級ホテルとしか思えない様な豪華な造りの廊下の上に立っていた。そこで待っていたサーゼクスさんが「今から君達と同じ様に呼び出したイッセー君を連れてくるから、それまで待っていてほしい」と私達に言い付けた後、魔方陣で転移していった。そうして言われた通りに待っていると、サーゼクスさんがイッセーくんを連れてやってきた。ここで初めてサーゼクスさんがイッセーくんや私達を呼び出した理由が解り、私は驚くのと一緒にかなり嫌な気持ちになった。反応を見る限り、アウラちゃんもたぶんそうだと思う。そうして冥界側の花嫁が待っている部屋の前に辿り着くと、イッセーくんが私達に意志を確認する様に視線を向けてきた。私はアウラちゃんと二人で一緒に頷いてみせると、イッセーくんはゆっくりと扉を開いた。そして部屋の真ん中で待っていたのが、エルレ・ベルさんだった。

 

 自分の事を「俺」って呼んじゃう様な男らしい言動をするし、私とレイヴェルさんが全く気配を感じ取れなかった事を踏まえると相当に強いのが解ったから、エルレさんの第一印象はとても勇ましい女戦士って感じだった。でも、イッセーくんがサイラオーグさんに頼まれてアウラちゃんを呼び出した事で、その印象がガラリと変わってしまった。エルレさんはアウラちゃんの健気で可愛らしい姿を目の当たりにすると、我を忘れて抱き寄せた揚句に頬ずりまでしてきたのだ。その恍惚とした表情から危ない人種だと思った私は、アウラちゃんを強引に取り返した後でエルレさんを思いっきりとっちめた。すると、エルレさんは素直に自分の非を認めて謝ってきた。その上、実は可愛いものに目がないだけで、花や猫を自分の手で世話をしたり、身寄りのない子供達や幼い時のサイラオーグさんにお菓子を作って持っていったりとかなり女性らしい嗜好を持った優しい人である事が解った。そして、私と同じ様に感じたイッセーくんが「エルレさんは、とても優しい方なんですね」と思った事をそのまま口から出した様な言葉を伝えると、そんな風に言われたのが初めてだったらしくて顔を真っ赤にしてしどろもどろになっちゃうという、とても初々しくて可愛らしい反応を見せてきた。ただ、もし「可愛らしい」なんて本人に言ったら、間違いなく襲いかかってきそうだからけして言えないけど。そんな事もあって、私はちょっと歳が離れているけどその分頼りになりそうなエルレさんとはいい友達になれそうだと思っていた。

 

 ……そんなエルレさんが、イッセーくんの花嫁に選ばれた。

 

 このまま立ったままでいても仕方がないので、サーゼクスさんに促される形で私達はエルレさんの向かいに座った。因みに、サーゼクスさんは私達とエルレさんの間に座っている事からこの場における仲介人なんだと思う。そして私の思った通り、サーゼクスさんが話を切り出した。

 

「本来なら私がお互いを紹介して話を始める所だが、昨日実家でエルレ・ベル殿から面識がある事を聞いているから省かせてもらうよ」

 

 実際、既にお互いの自己紹介を済ませているので、サーゼクスさんの紹介は不要だった。でも、余りにいきなりの事なので私はどうしたらいいのか解らなかった。……だけど、まずはこれだけでも言っておこうと思った。

 

「あの、エルレさん」

 

「何だ、紫藤イリナ? ……いや、言いたい事は解るよ。聞けば、上層部の連中は代務者殿に対してアンタという女が既にいるにも関わらずに「バランスを取る為に悪魔の女も娶れ」なんて随分と野暮な事を押し付けてきたらしいね。アンタとしちゃ、そんな自分勝手な話を強行した俺達に文句や恨み事の一つでも言いたい所だろう」

 

 エルレさんはここで一旦言葉を切ると、私の目をしっかりと見つめてくる。

 

「だからさ、俺や魔王様に遠慮しないで思っている事を全てぶちまけなよ。アンタ達より年上の大人として、アンタの憂さ晴らしと八つ当たりを受け止められるくらいの度量を俺は持ってるつもりだよ」

 

 エルレさんは話が終わると、私に何を言われても受け止めようとする構えを見せた。確かに、私の中にそんな気持ちがけしてない訳じゃない。でも……。

 

「今、「こんな似合いもしない格好」だなんて言ってましたけど、とても良く似合ってますよ」

 

 まずは、エルレさんのとんでもない勘違いを正さなきゃ。そんな使命感の様なものが先にあった。

 

「なっ!」

 

 そんな私の発言が予想していたものから思いっきりずれていたのか、エルレさんは凄く驚いた表情を見せた。そこに、私に便乗する形でイッセーくんもアウラちゃんもエルレさんの服装についての感想を伝える。

 

「イリナの言う通りですよ。似合いもしないなんて、とんでもない。凄くお綺麗ですよ」

 

「エルレ様、まるでお姫様みたい!」

 

「なっ、ななななっ……! お、大人をからかうんじゃないよ!」

 

 明らかに動揺しているエルレさんは私達に「からかうな」って言ってきたけど、アウラちゃんはこの言葉に首を傾げた。

 

「からかう? あたし、そんな事してませんけど?」

 

「た、確かにアウラはそうだろうけど、アウラのパパやママは違うだろ!」

 

 エルレさんは矛先を私達に変えてきたんだけど、純真なアウラちゃんの口撃はまだ続く。

 

「パパもママも、そんなお世辞なんて言いませんよ。……ねぇパパ、ママ?」

 

 アウラちゃんにそう尋ねられたイッセーくんと私は、さっきの言葉が嘘偽りのないものであると断言する。

 

「そうだね、アウラ。僕もイリナも、こんな事で嘘を吐いてもしょうがないからね」

 

「今、イッセーくんの言った通りです。だから、素直に褒め言葉として受け取って下さい。エルレさん」

 

 私達三人から立て続けに言い放たれる心からの褒め言葉に、エルレさんはとうとう折れてくれた。

 

「ウッ。……わ、解ったよ。素直に受け取ればいいんだろ? どうも、アンタ達と話してると調子狂うなぁ……」

 

 頭を掻きながらそう愚痴るエルレさんに対し、私は少しだけ意地悪をする事にした。

 

「何せ、アウラちゃんの健気で可愛らしい姿を見たら、我を忘れてイッセーくんから引っ手繰って頬ずりするくらいですからね。調子の一つや二つ、おかしくなって当然ですよ」

 

 大王家の本邸でエルレさんがやらかした事を暴露すると、まるで空気が固まった様にこの場が静まり返った。

 

「イ、イリナ君。それは本当かな?」

 

 暫くしてサーゼクスさんが恐る恐る尋ねてきたから、私はそれを肯定した上でエルレさんがアウラちゃんにやらかした後の事を話す。

 

「えぇ、そうですよ。しかもそれでアウラちゃんを怖がらせちゃったから私が強くとっちめたら、流石に自分が悪かったと言って素直に謝ってくれましたし、その上こっちは特に何も訊いていないのに自分から色々と教えてくれましたから。実は可愛いものに目がなくて、邸で猫を何匹も飼っていて自分で世話をしたり、多くの種類の花を植えて花園を作り、それを自分で手入れをする程に花が好きだったり、自分でお菓子を作って身寄りのない子供達に差し入れしたりしているって」

 

「し、紫藤イリナ! そんな事、別に今話さなくてもいいだろ!」

 

 すると、エルレさんが顔を真っ赤にして私に抗議してきた。ただ、その表情が怒っているっていうより戸惑っているって感じだから、全然怖くなかった。

 

「……プッ」

 

 そして、そんな私とエルレさんのやり取りを見ていたサーゼクスさんが大爆笑を始めてしまった。

 

「ハッハッハッハッハッ! これは傑作だ! 男勝りだと思っていた叔母上が、実はこれ程までに女性らしさに溢れていたとは! これはぜひとも母上にお教えせねば! これを知れば、母上もさぞお喜びになるだろう!」

 

 ……そういえば、甥っ子であるサイラオーグさんはアウラちゃんに頬ずりする様なエルレさんの姿を今まで一度も見た事がないし、先代や今の大王様も見た事がない筈だって言っていた。だから、エルレさんのお姉さんであるヴェネラナさんがエルレさんの女性らしい所を見た事がないのは、けしておかしな事じゃなかった。

 

「た、頼む。頼むから、もうこれ以上は勘弁してくれ~!」

 

 もはや悲鳴とも懇願とも受け取れる様な言葉がエルレさんの口から飛び出した時には、私の胸の中にあった複雑な思いは何処か遠くへと飛んで行ってしまった。

 

 ……エルレ・ベルさん、か。案外、この人とは上手くやっていけるのかもしれない。

 

 サーゼクスさんが大爆笑する中、私はエルレさんについて素直にそう思えた。

 

Side end

 

 

 

 サーゼクスさんがエルレさんの別の一面を知らされた事で大爆笑してしまい、本格的に話を切り出す事ができたのは少しばかり時間が必要になった。

 

「……フゥ。ようやく治まったか。ただ余りに笑い過ぎて、少しばかりお腹が痛くなってしまったよ。さて、楽しい時間はここまでとして、まずは今回の経緯について説明しようか。ただ、イッセー君。今ここにいるのは魔王ルシファーでなく、エルレ・ベル殿の甥であるサーゼクスだ。だから、プライベートで頼むよ」

 

 ……つまり、魔王としては話せないという事なのだろう。そう判断した僕は言葉使いをプライベートのものへと改めた。

 

「解りました。サーゼクスさん」

 

「……ヘッ?」

 

 その言葉使いの変化に、エルレさんは呆気に取られている。それを見たサーゼクスさんは軽く笑みを浮かべて事情を説明した。

 

「フフッ。私達はプライベートにおいては気心の知れた友人としての関係を築いているのですよ、叔母上。それこそ、お互いの子供を対等なお友達になれる様に顔合わせするくらいのね」

 

 サーゼクスさんが僕とのプライベートの付き合いについて説明すると、エルレさんは納得の表情を浮かべる。

 

「成る程ね。だから、ミリキャスは代務者殿の事を「アウラちゃんのお父さん」と呼んでいた訳か。……だからって訳じゃないけど、アンタが自分からプライベートと宣言した上で俺を叔母上と呼んだ以上、俺もアンタを姉貴の倅として扱わせてもらうよ、サーゼクス」

 

 サーゼクスさんの事を魔王ではなく甥として扱う事を宣言したエルレさんに対し、サーゼクスさんはそれを受け入れた。

 

「承知しました。それでは説明を始めましょうか」

 

 そう前置きした上で、サーゼクスさんは主にエルレさんへ説明する形で冥界の花嫁選考の一部始終を話し始めた。

 

「まず、イッセー君の花嫁候補については冥界出身の純血悪魔である事、貴族の身分を有している事、そして、もし仮にイッセー君が反乱を起こすなどして冥界に害を及ぼした場合にはイッセー君諸共切り捨てられる立場にある事の三点を基準として選考されており、それを知った上層部の中には縁者と呼ぶのもおこがましい程に遠く離れた者は勿論の事、明らかに素行に問題のある者を推挙する者もおり、どちらもその意図は明白でしたが己の持つ権力を使ってごり押ししようとしていました。ですが、これについては聖魔和合親善大使としての直接の上司であるセラフォルーが上手く抑え込んでくれましたよ」

 

「あの、セラフォルーさんはよく抑え込めましたね。相手はそれこそ聞く耳を持たずに裏でコソコソ動いていそうな気もしますけど」

 

 イリナが疑問に思ったのも無理はない。表では笑顔で応対する一方で裏では策謀を巡らせるのが、権力者の常套手段だからだ。だが、それ故に権力者にとって何よりも恐ろしいものがある。それ等を一切無視できる程に強大かつ純粋な暴力だ。そして、今回はそれを何よりも証明する形となった。

 

「確かにイリナ君の言う通り、如何にセラフォルーが四大魔王の一人と言えど、老獪な上層部を言葉だけで抑え込むのは無理だっただろう。そこで、セラフォルーは私達ルシファー眷属と初代の赤龍帝であるアリス君との模擬戦を記録した映像を推薦してきた上層部全員に見せてから、こう言ったらしい。「もしイッセー君のお嫁さんに変な人を選んだら、全力のサーゼクスちゃんですら手に負えないアリスちゃんが怒り狂って私達を滅ぼしに来るよ。だから、イッセー君のお嫁さん選びはちゃんとしてね☆ でないと、この子へのお詫びとして私が皆をきらめかせちゃうんだから☆」とね。……効果は覿面だったよ。上層部が推挙してきた者の大部分は、これで推挙を取り下げられたのだからね」

 

 ……これはこれで呆れてしまうな。僕は深い溜息を吐きそうになったが、サーゼクスさんの前でその様な事をする訳にいかなかったのでどうにか堪える。

 

「パパとお話をした事のある人達はどうだったの、ミリキャス君のお父さん?」

 

 そう言えば、僕が冥界の上層部の内でも良識を持っていると判断した方達と面会した時、精神世界にアウラもいた。だから、こうした疑問を抱くのも道理である。サーゼクスさんもアウラを褒めた上で、以前面会した方達についての話を始めた。

 

「いい所に気がついたね、アウラちゃん。彼等はイッセー君との婚姻を通してより友好的な関係を築く事を真剣に考えていたんだが、どうしても三番目の条件をクリアできずに断念したそうだ。これが通常の政略結婚であれば迷わず自身の娘を始めとする嫡流の女性を推挙していたのに、と言って非常に残念がっていたとの事だよ。……それにしても、イッセー君。父上やアザゼルから話を聞いてはいたんだが、こうして見るとアウラちゃんは相当に賢いな。正に父親である君譲りだよ」

 

 サーゼクスさんが幼いアウラの賢さが僕に似ている事を認める発言をした事で、エルレさんが驚きを露わにした。ただ、サーゼクスさんは褒め言葉のつもりなのだろうが、一番似てほしくない所を似てしまったと思っている僕にとっては逆に胸を締め付けられる様な思いだ。その様な僕の気持ちを余所に、サーゼクスさんの説明は続く。

 

「こうして花嫁候補が絞られていく中、最有力候補として残ったのは聖魔和合親善大使の元へ出向していたレイヴェル・フェニックスでした。彼女はこの時点において既にイッセー君と「上級悪魔として独立した暁には彼の眷属に加わる」という約束を交わしていた上に彼女の実家であるフェニックス家もまたイッセー君と直接的な友好関係を築いていましたので、これなら婚姻関係さえ結んでしまえばイッセー君が我々悪魔勢力から離反する様な事はまずないだろうというのがイッセー君に好意的な者達の見解でした。また、イッセー君との関わりの薄い者達もレイヴェルがフェニックス家の後を継ぐ可能性が殆どない上にイッセー君に既に取り込まれていると見なせる事で、いざとなれば一緒に切り捨てても大した問題にはならないとして特に反対意見は出なかったそうです」

 

 ……これは以前にレイヴェル本人から聞いたのだが、もし僕が逸脱者(デヴィエーター)として世界中を敵に回してしまった場合、レイヴェルは家族を棄ててでも僕についていく事を決めていたそうだ。その意味では、確かにレイヴェルは既に僕に取り込まれていると見なせるし、僕を切り捨てる際にはシンパであるレイヴェルも一緒に、と上層部が考えても何ら不思議ではない。

 ここで、アウラは何故かソーナ会長を名指しした上で花嫁候補として挙がってこなかったのかをサーゼクスさんに尋ねてきた。

 

「どうしてソーナ小母ちゃんはパパのお嫁さんに選ばれなかったの?」

 

「ソーナは姉のセラフォルーがレヴィアタンを襲名した事で私と同じ様にシトリー家を出ているから、彼女以外にシトリー家を継げる者がいなくてね。だから、「探知」を覚醒させた事で完全に嫡流となったリアス共々真っ先に花嫁候補から外されたよ。それに、主と眷属が夫婦になるのは私とグレイフィアの例があるからけして珍しくはないが、イッセー君の場合は公の場において眷属である彼の方が上位者となる事が多いから不都合だとする意見もかなり多かったんだ」

 

 サーゼクスさんはアウラの「ソーナ小母ちゃん」発言には何ら反応せず、アウラの質問に対しては丁寧に答えたが、これもその通りだろう。ここまでを聞く限りにおいて、セラフォルー様から釘を刺されて以降の上層部は適切な判断を下している様だった。だから、アウラもソーナ会長の名前が挙がらなかった理由を理解した。ただ、その表情はとても残念そうに見えた。

 

「そうなんだ。ミリキャス君のお父さん、ありがとうございます。……どうせなら、ママと一番仲良しのソーナ小母ちゃんをパパのお嫁さんに選んでくれたら良かったのに」

 

 最後に何か呟いたものの、アウラが説明してくれた事への感謝をサーゼクスさんに伝えると、サーゼクスさんはアウラからの感謝の言葉を受け取ってから説明を再開する。

 

「こちらこそ、私の話をしっかりと聞いてくれてありがとう。……さて、説明を続けましょうか。イッセー君が大王家への挨拶に出向いたその翌日の事です。イッセー君の花嫁候補として、突如叔母上の名前が挙がりました。確かに叔母上は冥界出身の純血悪魔の上、継承権を持たないとは言え大王家の分家であるベル家の初代当主という貴族の身分を有しておりますし、何より大王家にしてみれば如何に現大王の妹とは言え妾腹に過ぎない上に「滅び」の力も継承していない以上、万が一切り捨てる様な事態になっても余り問題がないのでしょう。以上の点で、叔母上もまた花嫁の選考基準を全て満たしていました。なお推薦状を提出したのは俗に言う大王派の下級役人でしたが、推薦人として記載されていたのは大王家の現当主との事でした。これについては、叔母上」

 

「事実さ。代務者殿達が就任の挨拶の為の謁見を終えて大王家の本邸を離れた後、兄貴から呼び出された上で直々に言い渡されたよ。貴様を聖魔和合親善大使の花嫁として推薦するってな。これは姉貴やジオ義兄さんにも言ったんだけど、俺もこれを聞いた直後は兄貴の正気を疑ったよ。でも、あの時の兄貴の目は本気(マジ)だった。だから、俺もこの件に関しては個人の感情だけで反発しない様にしたんだ」

 

 サーゼクスさんからの確認に対して、エルレさんはそれを肯定した上でより具体的に説明してきた。その結果、エルレさんが花嫁候補として挙がってきたのはバアル家の現当主の意志によるものと判明した。そして、その本気具合を悟ったエルレさんは冷静に受け止めた様だ。すると、サーゼクスさんは苦笑いを浮かべた。

 

「……母上はさぞ耳の痛かった事でしょうね。それで叔母上がイッセー君の花嫁候補に浮上した事で、上層部の意見は叔母上とレイヴェルのどちらにするのかで真っ二つに分かれた様です。ただ、理由が本当に様々で説明するのも億劫なのですが」

 

 この様な事を言っているサーゼクスさんは、本当に億劫そうな表情を見せていた。……これでもかつては一大勢力の軍師をやっていた身だ。僕もその内容には大体の見当がつく。そして、それは何も僕だけではなかった。

 

「いや、それについては説明なんかいらないよ。俺だってそれなりに社交界の荒波に揉まれているんだ、大体の所で想像がつく。次期当主とはいえ未熟な悪魔の眷属に過ぎない者に大王の妹君を宛がう等、釣り合いが全く取れていない。だから、ここは貴族とは言え末娘で跡取りとなる可能性がまずないであろうレイヴェル・フェニックスだ。いやいや、魔王様の代務者として三大勢力の今後を左右する重職を担っているのだ。ここは妾腹ではあるが現大王の妹君こそが相応しい。……こんな所だろ?」

 

 エルレさんが自分の意見に対して確認を取ると、サーゼクスさんはあくまで氷山の一角としながらもそれを肯定する。

 

「あくまで氷山の一角ですが、叔母上が挙げられた事も理由の中に入っています。その結果、花嫁の選考は難航する様相を呈していたのですが、内政を担当する役人の一人がある事を質問した事で流れが一気に変わった様です」

 

 サーゼクスさんが花嫁選考のターニングポイントとして挙げた「内政担当の役人から質問」に、僕はもちろんイリナもエルレさんも興味を惹かれた。それを見たサーゼクスさんはそのまま話を続ける。

 

「彼は旧家や名族を始めとする貴族階級に属する上級悪魔の爵位や領地に関する記録の管理を担当しているのですが、それ故に「親善大使が眷属として主から領地を与えられた場合、その管理運営はどの様な形で行うのか」という疑問を抱いていたらしく、それをそのまま上層部に尋ねたらしいのです」

 

 サーゼクスさんから質問内容を聞いた僕は、ここで全てを悟った。

 

「そういう事か」

 

「イッセーくん?」

 

 イリナがその様な僕の反応に首を傾げてきたので、僕がどういう事なのかを説明していく。

 

「通常であれば、眷属である僕に与えられる領地の管理運営は僕が一人前になるまで主の家で行われる事になる。だが、僕の主はグレモリー家の次期当主とシトリー家の次期当主の二人だ」

 

 ここで、エルレさんもどういう事なのかに気付いた様で僕が話そうとした事を引き継いだ。

 

「そういう事か。レイヴェル・フェニックスを抑えて俺が選ばれた事情が俺もやっと見えて来たよ。そもそもグレモリーとシトリーの双方から領地が与えられた場合、両家の領地が隣接していない為に隣り合わせる形で一箇所にまとめる事ができない。だから、代務者殿に与えられる領地の管理運営はどうするのかで必ず揉める。両家がそれぞれ行うのか、あるいはどちらかの家が一括して行うのかでな。ただ、両家がそれぞれ行う場合には報告書の内容をまとめる際に色々な面で擦り合わせを行わないといけないし、一括して行う場合には他家の領地を代理で運営するから、代理で運営する事を許可した書類や報告内容に間違いがない事を保証する様な書類も別途必要になるなど、どちらの場合もかなりややこしい事になる。こうなると、最善なのは領地を所有する本人が直接管理運営する事なんだけど、代務者殿は聖魔和合親善大使として天界と冥界、そして人間界と世界すら超えて飛び回らなければならないから領地の管理運営なんてまず無理だ。かといって、如何に重役を務めているといっても、代務者殿の身分はあくまで眷属悪魔だ。他の貴族連中の手前、眷属に過ぎない悪魔が所有する領地の管理運営にわざわざ代官を派遣するなんて事はまずできない。だから……」

 

 エルレさんがここまで言及した事で、イリナもようやく事情が呑み込めた様だ。この領地の管理運営に関する結論が言葉として出てきた。

 

「イッセーくんの領地の管理運営は、冥界側の妻となる人が代行するしかない」

 

 そして、サーゼクスさんもイリナの出した結論を肯定した上で、花嫁選考の結末を話し始めた。

 

「イリナ君の言う通りだ。そして、これが決定打となった。レイヴェルは聖魔和合親善大使であるイッセー君の元へ出向している。つまり、イッセー君と行動を共にするので領地の管理運営は事実上不可能だ。そうなれば、花嫁選考の基準を全て満たした上に出自においては候補者の中で最も血筋が良く、更に冥界在住で領主の経験もあり、聖魔和合親善大使の仕事に直接的な関わりがない叔母上が最適となる。これについては誰からも反論が上がらず、しかも叔母上以上の適任者が今後現れる事はまずないだろうという判断から、最終的には満場一致で叔母上に決定したよ。……以上が、イッセー君の冥界側の花嫁が十日も掛からずに決定した経緯の一部始終となります。叔母上」

 

 サーゼクスさんの説明を聞き終えた僕は、溜息を吐きたくなった。

 

「グレモリー・シトリー両家から僕に与えられる領地に関する問題がここで響いてきましたか。……確かに僕の領地の管理運営について本当に問題はないのか、少し不安に思ってはいたんですが、まさかこんな形で響いてくるとは思っていませんでしたよ。ここまで早くエルレさんに決まったのは大王家の強力なバックアップがあっての事だと思っていましたけど、違っていたみたいですね」

 

 僕が当初想定していた事を言葉にすると、エルレさんも最初は僕と同じ事を考えたと言ってきた。

 

「……正直な話な、俺も兄貴からこの話を聞いた時には兄貴は必ずそうするって思ったんだ。だけど、兄貴はそうしなかった。それどころか、大王家に擦り寄ってくる連中に対して「余計な事はするな」と釘を刺す様な事までしていたんだ」

 

 エルレさんは大王家の現当主の行動について首を傾げていたが、僕は逆に納得した。

 

「成る程、蛇足や勇み足になるのを避けたという訳か。……どうやら、僕は大王閣下の事をかなり過小に評価していたらしい」

 

「パパ、どういう事なの?」

 

 アウラも訳が解らないといった表情で僕に尋ねてきたので、アウラに聞かせても問題のない所だけを説明する。

 

「アウラにはちょっと難しいかもしれないけど、もしここで大王家がその力を使って強引に話を進めたら、大王家を良く思わない人達が力を合わせて邪魔しようとするから話が全然まとまらなかったかもしれないんだ。それに、僕だってそんな無理矢理な事をしてきた大王家に対して悪い印象しか抱かなかったと思う。だから、そうなるのが最初から解っていた大王閣下はエルレさんを僕の花嫁として推挙する事以外はあえて何もしない事で、できるだけスムーズに僕の花嫁が決まる様にしたんだよ」

 

 もちろん、実際にはアウラに説明した事だけではない。正直な話、大王自らが妾腹とはいえ妹を推して来たという事実だけで事は十分だった。後は周りが大王家を慮って勝手に動くのを待てばよく、更にそれを催促する様な動きを自派閥の者達にさせない事で「大王家は悪魔全体の意志を尊重する」という構えを示し、暗躍しようとする他の派閥を牽制してみせたのだ。こちらは花嫁を推薦するのみで、後は政府の決定に従う。だから、そちらも余計な事をするな。もしこの言葉なき警告を無視する様なら、その時は容赦しない、と。

 そして、エルレさんとの婚姻が成立する事で更なる策略が連鎖する。

 

「ただね、これでもうリアス部長とソーナ会長の眷属ではいられなくなるだろうなぁ……」

 

 それは、今後得る事になる立場によって悪魔の駒を伴う眷属契約を解約できる例外事項の一つを僕が満たす事で、グレモリー眷属やシトリー眷属の皆と完全に切り離してしまおうという分断策だ。

 

 ……どうやら、冥界における政治の世界は老獪な化物達で満ち溢れているらしかった。

 




いかがだったでしょうか?

一誠の試練はまだまだ続きます。

では、また次の話でお会いしましょう。

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