未知なる天を往く者   作:h995

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修正版です。なお、変更したのはサブタイトルと後半のみで前半はそのままです。

追記
2019.1.6 修正


第十三話 冥界の答え

 アウラとミリキャス君の初顔合わせを始めとする個人的な用件を全て済ませた、その翌日。

 この日は、リアス部長やソーナ会長を含めた若手悪魔の会合に出席する為、僕は魔王領にある冥界の旧首都ルシファードに向かう予定になっている。なお、イリナとアウラについては早朝鍛錬が終わった後ははやて達と行動を共にする予定だ。ただ問題は出席する際の僕の立場であるが、聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者として出向者であるレイヴェルを伴っての出席という事となった。できれば本来の立場であるリアス部長とソーナ会長の共有眷属として出席したかったが、僕はもはやただの転生悪魔の眷属とは見なされていないらしい。挨拶回りによって大王家および大公家の双方から一定の評価を受けていたのだが、この件に関してはかえって仇となってしまった様だ。

 早朝鍛錬が始まる一時間ほど前に目が覚めると、僕は身を起こして自分の横を確認する。そこには、等身大化したままのアウラとそのアウラを優しく抱き締めているイリナがまだスヤスヤと眠っていた。実は駒王協定が成立して以降、アウラと一緒に寝る当番が僕かイリナの時には三人で一緒に同じベッドの上で眠る様になったのだ。もちろんアウラが一緒にいる以上は性的な行為などやれる筈がないし、そもそもそういった感情自体が不思議と湧いてこない。尤も、これがイリナと二人きりだったら、流石に理性を保てる自信がないのだが。そうして一足早く起きた僕は世界で最も愛おしい二人の安らかな寝顔を見つめながら、この寝顔をずっと守っていきたいと心から思った。

 

 ……たとえ、そう遠くない将来にイリナとは別の女性も娶る事になるのだとしても。

 

 暫くしてイリナとアウラがほぼ同時に目覚めたので、動きやすい格好に着替えてから(当然、イリナとは別の部屋で着替えた)早朝鍛錬に向かった。ここ数日であるが、アウラは僕と一緒にいたいという事で、精霊魔法や自然魔法を僕から教わっている。なおアウラが練習している魔法の一つである自然魔法とは、精神を自然と調和させて一体となる事で火・水・風・土・光・闇という自然を構成する六大要素そのものに働きかけて発動する新しい魔法系統であり、僕が四年程前にロシウから課題として与えられた術式の基礎概念に基づいて、自然の摂理にすら働きかける事が可能な高等仙術をも扱える計都(けいと)の助言を受けながら二年の月日をかけて完成させた。また、はやての単体に対する最大火力であるギガ・プラズマは六大要素の全てを融合させる事で発生する膨大なエネルギーを砲撃の形で放出するという自然魔法における究極の魔法であり、アウラもそれを最終目標として頑張っている。アウラ曰く「たとえお空の上からとっても大きな隕石が落ちてきても、あたしがギガ・プラズマで皆を守れる様になっておきたいの」との事だった。絶大な威力を誇るギガ・プラズマの使用目的がメテオインパクトという大災害から皆を守る為というところに、「優しい魔法少女」を夢見るアウラの優しい心根が現れていると言えるだろう。そうしてアウラに精霊との対話や自然との調和について講義していると、次第に参加メンバーが集まっていき、十分程で全員が揃った。

 なお、早朝鍛錬の正式な参加メンバーは、指導を受ける側としては最古参であるはやてを始めとして、グレモリー眷属とシトリー眷属、ライザー眷属にイリナ、セタンタ、薫君、カノンちゃん、そして飛び入りでロシウの教えを受け始めたセラフォルー様だ。サーゼクスさんとグレイフィアさん、アザゼルさんは自己鍛錬と模擬戦を主にこなす事になる。その模擬戦相手を含めたトレーナーとしてはアリスを含めた歴代最高位の赤龍帝とトンヌラさん、グレモリー卿にヴェネラナ様だ。我ながら、この早朝鍛練は途方もない規模になったと思う。しかも僕の人付き合いが広がれば、参加メンバーが更に増える可能性もある。だが、それは一先ず置いておこう。何せ、今日は見学者も来ているのだから。

 

「アウラちゃん、おはよう!」

 

 元気よくアウラに挨拶するのは、サーゼクスさんとグレイフィアさんの息子で昨日アウラとお友達になったミリキャス君だ。そして、挨拶をされたアウラも元気に挨拶し返す。

 

「あっ。ミリキャス君、おはよう! でも、なんでミリキャス君もここに来てるの?」

 

 アウラにそう尋ねられると、ミリキャス君はその理由を答えてきた。

 

「父様や母様が時々朝早くから出かけているのが気になっていたんだけど、アウラちゃんのお父さんと一緒にトレーニングしている事を父様から教えてもらって、それなら一度見学させて下さいって父様と母様にお願いしてここに連れて来てもらったんだ」

 

 その理由を聞いたアウラは、自分が今何をしているのかをミリキャス君に教える。

 

「そっかぁ。あたしはね、パパから魔法を教えてもらってるの。最近パパもママも忙しくなっちゃったから、パパに「この時くらいは一緒にいてもいい?」ってお願いしたら「いいよ」って言ってくれたんだよ」

 

「そうなんだ。……それなら、僕も父様にお願いしてみようかな?」

 

 アウラからそう聞かされたミリキャス君は、チラッとサーゼクスさんを見た。余りにも解り易いミリキャス君の素振りに、サーゼクスさんは軽く笑みを浮かべるとミリキャス君にある事を尋ねる。

 

「ミリキャス。私やグレイフィア、それに他の者達の手を借りずに一人で早起きできるかな?」

 

 サーゼクスさんの質問の意味を理解したミリキャス君は、その表情を明るい笑顔に変えると即座に返事をした。

 

「はい! 僕、一人で早起きできる様に頑張ります! 父様!」

 

 ハキハキと元気一杯に返事をしたミリキャス君の頭を、サーゼクスさんは軽く撫でる。

 

「それならミリキャス、これからは私達と一緒に頑張ろうか」

 

「はい!」

 

 サーゼクスさんが一緒に頑張ろうと声をかけると、ミリキャス君は元気に、そして嬉しそうに返事をした。その様子を後ろから見ているグレイフィアさんの口元には、母親としての優しい笑みが浮かんでいる。……親子三人の仲睦まじい光景が、そこにはあった。

 

 

 

Side:リアス・グレモリー

 

 私は今大切な眷属達と共に若手悪魔の会合の会場となる建物のエレベーターの中にいた。本当であれば誰よりも側にいて欲しい人が私の側におらず、それどころか私達を見下ろす位置にいる上層部と同じ場所で座っているであろう未来を目前に控えた私は心の奥底で寂しさを覚えた。解っていた事なのだけど、やっぱり理性と感情は別物だという事なのだろう。

 エレベーターの中で眷属達にどう声をかけようかを考えている中、私は今朝の出来事を思い返していた。

 

 

 

 それぞれの親が面倒を看るという事でアウラちゃんとミリキャスが早朝鍛錬に正式に参加する事が決まった後、ここ最近の定例となっている鍛錬前の報告会の様なものを行った。まずは昨日に関する報告をお互いに行い、私達はそれぞれの合宿における修行の成果をイッセー達に伝えた。その一方で、イッセーからはミリキャスとアウラちゃん、そしてライザーの上の兄でフェニックス家の次期当主であるルヴァル殿のご子息であるリシャールの三人がお互いに友達になった事を知らされた。元々初顔合わせの話があったミリキャスとアウラちゃんはまだ解るけど、まさかフェニックス家の次期当主の子とまで親交を深めるとは思っておらず、私も含めてかなり驚いてしまった。その一方で、イッセーは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器の所在に関してはお兄様とセラフォルー様、そしてアザゼルという三大勢力の首脳陣にのみ知らせる事を伝えてきた。それだけ政治的に大きな問題が絡んでいるという事なのだろう。一応「探知」を使えば私も知る事ができるのだけれど、以前の大失敗から個人の興味で「探知」を使わないと誓っているし、コカビエルが聖書の神の死を暴露した件でneed to knowの重要性を実感として理解している今、その様な行為に踏み切ろうとは到底思えなかった。そして、話は本日予定されている若手悪魔の会合に関するものへと移っていく。

 

「お兄様。それでは、イッセーは……」

 

 この会合の出席対象である私がお兄様にイッセーの扱いについて確認すると、お兄様は申し訳なさそうな表情を浮かべて事情を説明し始めた。

 

「あぁ。リアスやソーナには申し訳ないと思うが、イッセー君は当初の予定通りに聖魔和合親善大使を務める代務者として出席する事になった。出向者であるレイヴェル君を伴うのもその為だ」

 

「ゴメンね、リアスちゃん。本当は、イッセー君には二人の共有眷属として出席させてあげたかったんだけど……」

 

 やはり申し訳なさそうに謝罪するセラフォルー様に対し、私はイッセーの置かれている状況を理解している事をお伝えする。

 

「いえ、解ります。そもそも魔王の代務者という側近中の側近である上に、ライザーが次期当主の婚約者である大公家はもちろん主である私が次期当主のグレモリー家にけして良い感情を持っていない筈の大王家さえもイッセーを高く評価しているともなれば、イッセーはもはやただの眷属悪魔としては扱われないでしょう。それ自体はイッセーが悪魔社会において正当に評価され始めた証なので、大変喜ばしい事ではあるのですけど……」

 

 イッセーが正当に評価されているという事で嬉しいという感情があるのは確かだ。でも、イッセーに置いて行かれているという寂寥感がどうしても拭い切れない。そして、私の発言に続く形でソーナも発言し始めたのだけど、その表情には私と同じ様な寂寥感があった。

 

「こうなってみると、改めて気付かされてしまいますね。……一誠君は、既に私達とは違う道を歩んでいるという事に」

 

 それぞれ眷属を率いる(キング)である私とソーナが寂寥感に駆られていると、ソーナへと声をかける者がいた。

 

「か、っとと。ソーナ様、そんな事は一君が聖魔和合親善大使に任命された時から解っていた事じゃないですか。それに、一君は私達とは違う道を歩んでいるんじゃなくて、私達からは違う道に見えてしまうくらいにずっと先に行っちゃってるだけなんです。だったら、私達はそこで諦めないで、一生懸命その背中を追い駆けていけばいいんですよ」

 

 ソーナの僧侶(ビショップ)である憐耶だ。てっきりイリナさんがそんな発言をするかと思っていただけに、私はもちろんイッセーすらも少なからず驚いていた。ただ、イリナさんだけはむしろ納得の表情を浮かべていたので、憐耶の芯の強さを知っていたのだろう。一方、憐耶の主であるソーナは私やイッセーと同様だったみたいで、その心境をそのまま言葉として出していた。

 

「意外ですね。イリナから言われるのならともかく、まさか憐耶からその様な事を言われるとは」

 

「誰かを追い駆ける事に関しては、この場にいる誰よりも慣れていますから」

 

 そう言って笑みを浮かべる憐耶は、本当に「追い駆ける」つまり目標の為なら努力を一切惜しまない事に関しては自信があるみたいだった。

 ……匙君はもちろん、実はイッセーもだけれど、こうした「不屈の努力家」は些細な切っ掛け一つで大化けする。そしてその結果、憐耶もまたシトリー眷属に欠かせない()()へと成長していくのだろう。それをソーナも感じ取ったのか、自らを戒める様な発言をする。

 

「これは、私もうかうかしていられませんね。元々実力上位である武藤君に今や白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)白い龍(バニシング・ドラゴン)から個人の名前で覚えてもらう程に高い評価を受けているサジならともかく、憐耶にまで抜かれたとあっては色々と面目が立ちませんから」

 

 ……ねぇ、ソーナ。その言い方は私でも流石にどうかと思うわよ?

 

 実際、言われた当人もこれには反発を露わにする。

 

「ソーナ様! いくら何でもちょっと酷いですよ! それじゃ、私に追い越されるのが恥ずかしい事みたいじゃないですか!」

 

 すると、ソーナは発言の意図が別の所にある事を伝えてきた。

 

「いえ、そうではありません。ただ「私より後から来た人達には絶対に負けたくない」だけですよ」

 

 ……そう。そういう事。ソーナ。その宣戦布告、確かに受け取ったわよ。

 

 私はソーナの発言の意図を正確に理解した。そして、それは憐耶も一緒だった。

 

「だったら、私はこう言わせて頂きます。「私が目指すあの人に必ず追い付いて、その背中を支えてみせます」って」

 

 ……それがどれだけ困難なことなのかをはっきりと理解した上で迷う事無く宣言する憐耶は、もしかするととんでもない穴馬(ダークホース)に化けてギャスパーとレイヴェルにほぼ内定している筈のイッセーの僧侶枠に喰らい込んでくるかもしれない。そんな予感が私の脳裏を掠めていった。

 

 

 

 そうして報告会を終えた後で早朝鍛錬に励み、二時間ほどで切り上げると私達はシャワーで汗を流してから駒王学園の制服に着替えて、若手悪魔の会合の会場になっている魔王領への移動を開始した。目的地は冥界の旧首都であるルシファード。グレモリー領からでは特別列車を使っても三時間はかかる。もちろん転移を使えばあっという間であるのだけど、魔王領内にある首都リリスを始めとする一部の重要な地域や拠点に関してはテロ防止の為に転移での移動を禁じられている為、予め整備されている交通機関を利用しなければならないのだ。

 そうして私達は長い時間を列車で過ごしてからルシファードに入ったのだけれど、今度は私自身の知名度によって街が大騒ぎになってしまった。こんな事を自分で言うのも何なのだけれど、私は紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)と謳われる程の強者である魔王ルシファーの妹であり、またお母様譲りの「滅び」の魔力が使える上に容姿も整っている事から一般の悪魔の間で人気がある。ただ、確かにソーナやレイヴェル、そして何よりイリナさんには絶対に負けないつもりでいるけれど、イッセーを筆頭として武藤君に祐斗、匙君、コノル君といったコカビエルとの最終決戦に参加したメンバーはもちろんの事、最近では私やソーナ、レイヴェルをも追い越す勢いで急速に成長しているギャスパーやそのギャスパーより実力が上でコノル君が真剣に好敵手と認めている武藤薫君といった私と同年代の男子でも将来を嘱望されるべき人が多いし、少し下には上級神滅具(ロンギヌス)である魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)を完全に使いこなしているレオナルド君もいる。そして何より、()()()以来私の目標として常に意識しているはやてちゃんがいる。だから、いくら周りから散々褒めそやされても、それで「自分は強い」と自惚れる事なんてできる訳がなかった。私は笑顔で手を振る事で一般の悪魔達に応えながら、予め手配している列車に乗り込む為に徒歩で地下鉄へと移動した。会場には地下鉄内の特別なホームに設置されているエレベーターから入る事になっているからだ。

 地下鉄での移動は五分程度であり、私達は会場へと続くエレベーターの前に来ていた。ルシファードに到着して以降に私達を護衛していた者達が随行できるのはここまでなので、ここからは私達だけで移動する事になる。私を先頭としてエレベーターに乗り込むと、エレベーターは静かに上がり始めた。

 エレベーターが間もなく目的の階に到着する頃になって、ようやく皆に掛けるべき言葉を選び終えた私は会場に入ってからの注意事項と合わせてその言葉を伝えていく。

 

「皆、もう一度確認するわよ。この上にいるのは、ソーナを含めて私の将来の競争相手となる者ばかりよ。無様な姿なんてけして見せられないわ。だから、何が起こっても平常心でいる事、そして何を言われても手を出さない事。これらを徹底しなさい。……大丈夫よ。あのオーフィスを前にしてもなお闘う意志を折られなかった貴方達なら、必ずできるわ。だから、自信を持って臨みましょう」

 

 私が注意事項と激励の言葉を言い終えると、皆はしっかりと気を引き締めてくれた。ただ流石にアーシアについてはこの様な場に慣れていないから少し時間が掛かったのだけど、これくらいなら問題はないだろう。そうしている内にエレベーターはついに停止してその扉が開く。

 さぁ、私の自慢の眷属達。競争相手となる者達に見せつけてあげましょう。今や世界にその名を轟かせている赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)と共に歩もうとする者達が、一体どういった存在であるかを。

 

Side end

 

 

 

 報告会の後で早朝鍛錬を二時間程こなした僕とレイヴェルは、魔王領の宿泊施設に戻るとそれぞれシャワーで汗を流した。そして、僕はそのまま不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から代務者の証を羽織るという聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者としての礼装を纏った。それに対して、レイヴェルはまだ普段着のままで正装には着替えていない。ただ会場入りの予定は半日程後なので、僕の方が余りにも準備が早過ぎるのだが、こうした僕とレイヴェルの行動の違いには当然理由がある。

 早朝鍛錬を終えて僕達がこちらに戻ってくると、それに合わせて蝋封が為された一枚の書類が転送されてきた。その蝋封、実はサーゼクスさんのルシファーとしての紋章で印が為されており、その書類が魔王としての命令書である事を示している。単に僕に命令を出すだけなら早朝鍛錬の時に伝えればいいのにあえてこの様にしてきた以上、この書類に書かれているのは密命の類であると判断した。そこで僕は早速封を解いてレイヴェルには見えない様に命令内容を確認した所、会合の会場入りの予定を大幅に繰り上げる様に書いてあった。ただその対象は僕一人であり、そこで何をするのかは会場で直接説明するという事なので、僕はその旨をレイヴェルに伝える。すると、レイヴェルは抱いた疑問をそのまま言葉にしてきた。

 

「一誠様、サーゼクス様は一体何をお考えなのでしょうか?」

 

 このレイヴェルの問い掛けは、僕自身も考えていた事だ。だが、余りにも唐突過ぎる命令であったので、流石に僕もサーゼクスさんの意図を読み切れずにいた。それを素直にレイヴェルに伝える。

 

「流石に僕も今回の命令の意図は解らない。こうなると、もはや会場で直接確認するしかないな。さて、一体何が出てくるのやら……?」

 

 結局は出たとこ勝負しかない事で結論付けた僕は、レイヴェルには当初の予定に従って会場入りする様に伝えると、一人で若手悪魔の会合が行われる会場へと向かった。ただ会場は同じ魔王領にある旧首都ルシファードであり、魔王領とは異なる領地から会場入りしなければならない者達に比べれば圧倒的に近いので、移動自体はそれ程時間を要するものではなかった。それに会場の入り口は冥界入りした初日に首都リリスで行われた会合の会場と同様に地下鉄の特別なホームにあるので、変身魔法による変装で地下鉄に移動するまで気付かれなければそうそう騒ぎにはならない。よって、僕の会場入りは極めてスムーズに行われた。

 地下鉄のホームから地上へ上がるエレベーターに乗り込み、そのまま静かにエレベーターが目的の階に到着するのを待つ。二、三分程でエレベーターが停止して扉が開いたので、僕はゆっくりとした足取りでエレベーターから降りた。すると、入口付近で待機していたであろう使用人が一瞬訝しげにこちらを見た。しかし、僕が羽織っている代務者の証である黒を基調とした外套に目を留めた所で、その表情は驚愕へと変わる。

 

「こ、これは兵藤親善大使! 本日は親善大使もご出席になられるとお聞きしておりましたが、これはまた随分とお早い時間にお越しになられましたな……」

 

 確かに若手悪魔の会合の出席の為にしては明らかに来るのが早過ぎるのだから、使用人の驚きと疑問は尤もだろう。この使用人の疑問に対して、僕はサーゼクスさんの命令で早めに来た事だけを伝える。

 

「実は、ルシファー陛下から予定を大幅に繰り上げてこちらに参る様に命令が下されておりまして、詳細はこちらでご説明なされるとの事です。そこで確認したいのですが、私より先にルシファー陛下がお越しになられておられませんか? もしおられるのでしたら、早急に無礼をお詫びしなければならないのですが」

 

 僕より先にサーゼクスさんが来てないかを確認すると、使用人はすぐに返答してきた。

 

「あっ、いえ。ルシファー様はまだこちらにお越しになられておりませんし、ご到着になるのはかなり後の予定になっております」

 

「……ルシファー陛下をお待たせする様な無礼はとりあえず避けられましたか。ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 僕はどうにかサーゼクスさんより先んじて会場入りできた事に安堵すると、教えてくれた使用人に感謝の言葉を伝える。すると、使用人は一瞬だけ驚いた様な素振りを見せた後、それが自分の務めだと言って来た。その上で、サーゼクスさんが来るまでどうするのかを尋ねてくる。

 

「いえ、それがこちらの仕事ですから。ところで、兵藤親善大使。ルシファー様がお越しになられるまでいかがなさりますか?」

 

 僕がそれに対してこのままホールで待ち続けてサーゼクスさんを出迎える旨を伝えようとした。しかし、その前に転移用の魔方陣が僕達の目の前に現れると共に魔方陣から声が聞こえてきた。

 

「いや、私を待つ必要はない」

 

 現れた魔方陣の紋章はルシファーの物だ。それを確認した僕はその場で魔方陣に向かって跪き、それを見た使用人も慌てて僕達に倣う形で魔方陣に向かって跪いた。そうしてすぐに転移用の魔方陣から現れたのは、正装姿のサーゼクスさんだ。ただ、外套の色は今までは黒を基調としたものだったのが髪の色に合わせて赤系統に変わっている。僕達が跪いているのを確認したサーゼクスさんは詫びを入れる様な事を言って来た。

 

「済まないね、急な呼び出しをしてしまって」

 

「いえ、私は悪魔に仕える眷属なれば、主を通じて陛下にお仕えする者でもございます。故に陛下の命があれば、何を差し置いても馳せ参じましょう」

 

 僕が魔王の配下である悪魔としての言葉を伝えると、サーゼクスさんは少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

「君ならそう言うと思ったよ。さて、兵藤親善大使。予定を大幅に繰り上げてこちらに来てもらった訳なのだが、今から向かう場所に答えがある。私について来たまえ」

 

 サーゼクスさんは魔王としてそれだけ伝えると、僕の返事を待たずにそのまま踵を返して歩み出し始めた。

 

「Yes, your majesty.」

 

 それを見た僕は承知の言葉を伝えると共に、サーゼクスさんの歩く速さに合わせてついていく。サーゼクスさんは一瞬だけ魔力を放つと、サーゼクスさんと僕の周りの空気が少しだけ変わった。どうやら僕達の会話が外に漏れない様にする遮音結界を展開した様だ。

 

「これでやっと気兼ねなく話せるな、イッセー君」

 

 この呼び方でプライベートに切り替わったと判断した僕は、サーゼクスさんに合わせて言葉使いを変えた上で今回の密命の意図を尋ねる。

 

「サーゼクスさん、僕だけをこんなに早く呼び出した理由は何ですか?」

 

 すると、サーゼクスさんは申し訳なさそうに答え始めた。

 

「実は昨夜、実家にミリキャスを預けてからグレイフィアと二人で邸に帰った後でアジュカから知らされたのだが……」

 

 ここで一端言葉を切ると、一度深呼吸をして心を落ち着けてから話を続ける。

 

「イッセー君。君の冥界側の花嫁が決まった」

 

 サーゼクスさんから伝えられた内容に対して、僕はすぐには信じられなかった。

 

「あの、嫁取りの勅命を承諾してからまだ十日も経っていない筈ですが」

 

 ……そう。聖魔和合に深く関わる程の重大事項である筈なのに、余りにも決定が早過ぎるのだ。それに対し、サーゼクスさんも僕と同じ見解であった事を伝えてきた。

 

「君が驚くのも無理はない。私も上層部の思惑が入り乱れて選考が難航、最終決定に至るには少なくとも数ヶ月はかかると見ていたからね。だが、実家で父上から伝えられた事があってね。それで「もしかしたら」と懸念はしていたんだが、まさか即決と言える程に短縮されるとは思わなかった」

 

 サーゼクスさん自身もまた想定外の事態である事を伝えられた所で、前の方から僕に向かって声を掛けられた。

 

「イッセーくん!」

 

「パパ!」

 

 そこには、はやて達と一緒にいる筈の二人がいた。

 

「イリナ? アウラ? どうしてここに?」

 

 僕がこれまた予想外な事態に首を傾げていると、二人がここにいる理由をサーゼクスさんが説明し始める。

 

「早朝トレーニングの後、私がここに直接繋がる様に設定した転移用の魔方陣が描かれたシートを特例でイリナ君に渡して、アウラちゃんと一緒にこちらに来る様に頼んだんだ。これから冥界側の花嫁となる者と顔合わせを行う以上、天界側の花嫁といえるイリナ君と君の娘であるアウラちゃんはその場に立ち会うべきだからね」

 

 おそらくは初めて聞かされたであろうイリナとアウラの驚きを横目に説明を終えたサーゼクスさんは、ここでイリナとアウラを合流させて更に先へと進む。そうして案内されて辿り着いたのは、豪勢な作りをした扉の前だった。

 

「さて、この扉の先で冥界側の花嫁が君達を待っている。それが誰なのかは、自分達の目で確かめてほしい」

 

 サーゼクスさんはそう言って、僕に前へ進む様に促してきた。僕はイリナとアウラと顔を見合わせると二人して頷いて来たので、僕は頷き返した後で扉をゆっくりと開く。扉を開けてから僕の目に入ってきたのは、その広さからおそらくは広間と思われる部屋の中央に備え付けられた円形のテーブルに座っている妙齢の女性だった。豪奢なドレスを身に纏い、ダークブラウンの長い髪を結い上げているが、明らかにそわそわして落ち着かない様子からこうした場に慣れていない様にも見受けられる。ただ、その紫の瞳とリアス部長やヴェネラナ様に似た顔立ちにハッキリと覚えがあった。

 

「エルレ、さん……?」

 

 僕が思わず彼女の名前を口にすると、エルレさんはそれでこちらに気づいたらしく、僕達に声をかけてきた。

 

「ヨ、ヨウ。数日ぶりだな、代務者殿に紫藤イリナ、それにアウラ。たださ、頼むから笑わないでくれよ。流石にこんな似合いもしない格好で会わなきゃいけないなんて、俺も思ってなかったんだからさ。……いくら大王である兄貴が推したからって、俺に本決まりになるのが早過ぎだろ。上層部の連中、まさか全員揃ってボケてねぇだろうな……?」

 

 慣れない状況で流石に緊張していたのか、エルレさんは最初の方で少し噛んでしまった。しかし、話している内に調子を取り戻したらしく、最後の方では上層部に対する悪態を吐いていた。

 しかし、妾腹とはいえ大王の妹を娶るという想定外も程がある事態を目の当たりにして、それがどういう意味を持っているのかを悟った僕は本気で頭を抱え込みたくなった。

 

 ……これが、冥界の出した答えなのか?

 




いかがだったでしょうか?

……改訂前は迂遠に過ぎましたので、あえて直球で行きました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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