未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第十二話 七転八起はいつもの事ですから

Overview

 

「兵藤君、貴方が来るのを待っていたわ。……貴方がその身に宿した神器(セイクリッド・ギア)の真実を知ったその日から」

 

 自らが待つ部屋に入って来た一誠に対し、クレア・ネビロスは穏やかな笑みを浮かべて迎え入れる。しかし、一誠はクレアに対して心中に何かを秘めている様な印象を何故か受けた。

 

「クレア様。本日は不躾なご用件でお伺いした事、誠に申し訳ございません。しかし、私がこの邸を訪れた目的を既にご存知であるという事は……」

 

 一誠は彼女の夫であるエギトフ・ネビロスから真相を伝えられた時、クレアが「意識を世界の外側に飛ばす事で世界中のあらゆる物事を感知する」能力がある事を教えられている。その為、彼女が自分の事をその能力で見ていた事を察した。そして、クレアが真っ先に謝罪の言葉を言って来た事でそれは正しかった。

 

「ゴメンなさいね、勝手に貴方の事を探る様な真似をしてしまって。でも、貴方と駒王学園で会って間もなく、オーフィスが貴方を、正確には貴方の持っている真聖剣の力を狙っている事を知ってしまったのよ。だから、私はそれ以来ずっと貴方の事を気にかけていたの。……いざとなったら、私が自ら望んで嵌めた枷を外す事も視野に入れてね」

 

「枷を外す?」

 

 一誠がクレアの言葉の意味を理解し切れずに思わず尋ねると、クレアから衝撃の事実が伝えられる。

 

「私が世界のあらゆる物事から解き放たれた存在である事は以前教えたわね。それは世界が定めた「力」の上限ですら例外ではないわ」

 

「なっ……!」

 

 クレアの言葉の意味を即座に理解した一誠は驚きを隠し切れない。しかし、クレアは一誠が驚愕から立ち直るのを待たずに真実を語り始めた。

 

「どうやら気付いたみたいね。そう、私は本来であれば、オーフィスと同様に無限に力を高める事ができるのよ。私は自由と信念を求めるカオスのアライメントを司る存在。でも、それだけじゃないの。私は世界の全てを構成すると同時に束縛する秩序と規律の崩壊を齎し、無法たる混沌へと変化させる存在でもあるわ。そして混沌とは、あらゆるものが一つとなって入り混じる事で「個」の概念が消えてなくなった状態の事で、次元の狭間で溢れ返っているものでもあるわ。……あらゆる「有」を生み出す「無」という形でね」

 

 ここまで話を聞いた時点で、一誠はクレアの正体に気付いた。

 

「つまり、クレア様は」

 

「そうね。収まっている概念こそ異なるけれど、私は本質的にはオーフィスと同じ存在になるわね。カオスのアライメントという概念に収まる事で意思を得た、次元の狭間の欠片。それが私、「原始の悪魔(プライマル・デーモン)」デモゴルゴンの正体よ」

 

(つまり、この方をその気にさせれば、悪魔勢力はたとえ全ての神話体系を敵に回したとしても勝算があるという事か)

 

 そう考えた一誠は今聞いた事を誰にも、それこそイリナやアウラであってもけして口外しない事を決めた。この事実を知れば敵味方問わず暴走する者がほぼ確実に出てくる以上、知っている者を極力減らす事で事実の漏洩を防ぐべきだからだ。そして、一誠に己の正体を明かした後もクレアの話は続く。

 

「でも、私はエギトフと一緒にいる為にクレアという「個」に収まる事で混沌である事を止めて、無限の力を棄てたの。私にとって、誰よりも強い事よりもあの人と一緒にいる事の方が遥かに価値のある事だったから」

 

「それ程までに大切なものである枷を、何故私の為に外そうと?」

 

 一誠はこの時、「枷を外す」という意味をクレア・ネビロスという「個」から離れる事だと思った。だから、自分の今の在り様を棄ててまで自分を守ろうとしてくれるクレアの意図を尋ねたのだ。その一誠の問い掛けに対し、クレアは簡潔に答える。

 

「貴方を切っ掛けとして変わり始めたこの世界において、貴方が他の誰よりも必要だからよ」

 

 尤も、これはあくまで「冥界における原始の存在」としての建前であり、本当は二年前に枷を外す事、即ち最愛の夫との婚姻関係を解消する事を逡巡した事で次元災害ヒドゥンに自分達だけで立ち向かっていた一誠達の救援に間に合わなかった事をクレアは心底悔やんでおり、「今度こそは」という強い決意を秘めているからであるのだが。

 ……建前と本音をキッチリと使い分ける辺り、やはりエギトフの妻という事なのだろう。

 そうしてクレアは建前の理由を一誠に伝えた所で自分についての話を切り上げ、本題である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器に関するものへと切り替えた。

 

「私の事についてはこれくらいにしましょう。今貴方にとって大切なのは、赤龍帝の籠手の器が何処にあるかでしょ?」

 

 一誠はクレアの話の切り替え方に僅かながら焦りの様なものを感じたが、確かにクレアの言う通りである事からあえてそれに乗った。

 

「仰せの通りでございます」

 

 一誠が話題の転換に乗って来た事で、クレアは本題に入り始める。

 

「それで赤龍帝の籠手の器の今何処にあるのかだけど、場所そのものはすでに特定できているわ。ただ、貴方をそこに行かせる訳にはいかないから、詳細な位置は教えられないの」

 

 場所は解っているのにそこに行かせる訳にはいかないから詳細な位置は教えないというクレアの発言に対し、一誠は流石に理解が及ばずにどういう事なのかを尋ねた。

 

「どういう事でしょうか?」

 

 すると、クレアの口からはまたしても衝撃の事実が語られる。

 

「忘れ去られた世界の果て。そう呼ばれるべき場所に赤龍帝の籠手の器があるのだけれど、そこには聖書の神によってある強大な存在が封印されているわ。黙示録において無限と対を為す夢幻と並び語られる獣の数字の大本であり、それ故にけして目覚めさせてはならない、正に黙示録に記された終末そのものと言うべき存在。黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)666(トライヘキサ)。……貴方なら、それがどれだけ重大な事なのかを理解できるわね?」

 

 クレアが確認を取る意味でそう尋ねられた一誠は、顔を俯かせてしまった。そうして出てきた言葉には、見え過ぎてしまう事への深い悔恨の念が込められていた。

 

「どうして、僕はこうも解らなくてもいい事を解ってしまうんだろうか。……もっと僕の頭が悪ければ、深読みや先読みなんてできなければ、ドライグやグイベルさんの為に迷う事なく動けるのに」

 

 もし禍の団(カオス・ブリゲード)という世界の脅威が存在し、その首領であるオーフィスが一誠を狙っている現状で赤龍帝の籠手の器の回収に出向けば、その地に封印されている666の存在をオーフィスや禍の団に知られてしまい、特に次元の狭間の奪還を目的とし、その為にグレートレッドの打倒を目論んでいるオーフィスがグレートレッドをも打倒し得る666を復活させようと行動しかねない事に、一誠は気付いてしまった。

 ……そして、オーフィスが次元の狭間の奪還に固執する現状をどうにかしない限りは器の回収にはけして向かえないという残酷な現実にも。

 

「友達が一度は死に別れてしまった奥さんと折角再会できたというのに、再び引き離されそうな所をそうさせずに済む方法が目の前にあるのに、手を伸ばしてそれを掴み取る事が許されないなんて……!」

 

 最良の友であるドライグとその愛妻グイベルの二頭が抱えている問題を解決する為の有効な手立てを目の前にしておきながら、手を伸ばす事がけして許されないという現実を前に、一誠はただ悔しさに身を振るわせるだけであった。一方、当事者であるグイベルは、自分達夫婦の為にここまで真剣に考えてくれている一誠に感謝の言葉を伝えると共にけして焦らない様に諌める。

 

『一誠。ここまで私達の事を考えてくれて、本当にありがとう。……だから、今は時機が悪いという事で状況の変化を待ちましょう。ここで焦って動いても、けしていい事はないわ』

 

 グイベルからの謝辞と諫言を受けた一誠は、それによって頭が少し冷えたのか、その諫言を素直に受け入れた。

 

「……そうですね。ここはグイベルさんの言葉に従います。ただ、今は時機を待つだけで諦めるつもりは全くありません。それだけは信じて下さい」

 

 一誠はグイベルにそう伝える事で自分自身にけして諦めない事を言い聞かせていたが、クレアの話はまだ終わってはいなかった。

 

「兵藤君、実はもう少しだけ話の続きがあるの。まずはそれを聞いてもらえないかしら?」

 

 少し怒った様な表情のクレアから軽く窘められてしまった一誠は、恐縮しながら深く頭を下げて謝罪する。

 

「も、申し訳ございません。私とした事が総監察官の奥方様のお話を遮る様な事を仕出かしてしまうとは」

 

 すると、クレアは表情を穏和なものへと改めて、一誠に気にしない様に言い付ける。そして、話の続きを始めた。

 

「流石に話の内容が内容だったから、貴方も平静を保てなかったんでしょう? だから、気にしなくてもいいのよ。それで話の続きなのだけど、少し不思議な事があるの。実は内包する魂がない筈の赤龍帝の籠手の器に、どうも何かが宿っているみたいなの。しかも、おそらくは複数」

 

「その存在は一体どういったものなのでしょうか?」

 

 意外な事実を聞かされた一誠は思わずクレアに詳細を尋ねてしまうが、返ってきた答えはけして芳しい物ではなかった。

 

「そこまでは、私にもちょっと分からないわね。ただこれが一番肝心な事なのだけど、それ等の存在は赤龍帝の籠手の器に凄く馴染んでいる感じがするのよ」

 

「赤龍帝の籠手の器に馴染んでいる、ですか?」

 

 これまた意外な事を知らされた一誠ではあったが、赤龍帝の籠手の器の状況を考察しようにも情報が余りにも少な過ぎて判断のしようがなかった。一誠はそこで考えるのをやめて、情報提供に対する感謝の言葉をクレアに伝える。

 

「……申し訳ございません。現時点での情報が余りにも少な過ぎて、私には判断のしようがありません。ですがクレア様。本日は貴重な情報をご提供下さり、誠にありがとうございました」

 

「いいえ、こちらこそ、あまり力になれなくてごめんなさいね。……ジェベル、兵藤君を邸の外までお送りしてちょうだい」

 

 クレアは一誠の感謝の言葉を受けて、これで話すべき事は全て話し終えたと判断し、後ろに控えていたジェベルに一誠を邸の外まで送る様に伝える。

 

「畏まりました、奥様」

 

 ジェベルはクレアの声に応えると、一誠を玄関ホールまで案内する為に動き出した。

 

 

 

 こうしてこの日の予定を全てこなした一誠であったが、赤龍帝の籠手の器に関する情報についてはその所在を確認する事ができたもののその詳細な位置までは解らず、たとえそれが解ったとしても手を出せる状況ではないという現実を思い知らされる結果となった。

 

「折角アウラにミリキャス君とリシャール君という同年代の友達ができたというのに、これだからな。好事魔多しとは、本当に上手く言ったものだよ。……だがこうなると、前々から戦力の強化案として考えていた事を前倒しの形で転用する必要が出てくるな」

 

 ネビロス邸からドゥンに乗って魔王領の活動拠点としている宿泊施設への帰途に就いた一誠は、赤龍帝の籠手の器の回収については一端見切りをつけた上で今までとは別の方向からドライグとグイベルが共存できる方法を既に模索し始めていた。つい先程は残酷な現実を前にして悔しさに身を震わせていた一誠の立ち直りの早さにグイベルは少々驚いた。

 

『一誠、随分と立ち直りが早いわね』

 

「そういつまでも落ち込んではいられませんよ。それに、七転八起はいつもの事ですから」

 

 一誠が何ら気負う事なく即答した以上、今の言葉は本心から出たものなのだろう。グイベルはそう判断すると、先程一誠が口にした事について尋ねてみた。

 

『それならいいわ。……話を変えるわね。戦力の強化案を転用するって一体どういう事かしら?』

 

「実際には、アザゼルさんやアジュカ様の力を借りる事で当初の想定から少し変える事になるとは思いますし、本当の意味での問題解決までには至りませんが、少なくともドライグとグイベルさんのどちらかが眠らなければならないという事はなくなると思います」

 

 黎龍后の籠手(イニシアチブ・ウェーブ)の容量不足は解決していないのにドライグもグイベルも意識を保っていられるという一見矛盾した事を答えとして返してきた一誠に対し、グイベルは更に詳しい内容を尋ねる。

 

『それで、どんな風にしようと思っているのかしら?』

 

覇龍(ジャガーノート・ドライブ)。これと赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を組み合わせる事で、まずは僕自身が今までの赤龍帝とは全く異なる可能性を打ち出します。覇龍によって引き出すものを、力ではなく魂そのものへと変える事でね」

 

 その余りに突拍子のない一誠の発言を聞いた事で、グイベルは最愛の夫が何故一誠を最良の友として気に入ったのかを理解した。

 

『何故ドライグが一誠を気に入っていたのか、私にも解ったわ。こんな可能性の塊みたいな子、私達ドラゴンが宝物にしない訳がないもの。ひょっとすると、私達ドラゴンにとって一誠は飲めば酔わずにいられない極上の美酒みたいなものなのかもしれないわね』

 

 こうして、一誠とグイベルは方向転換する事になった今後の展望について語り合いながら、自分達の帰りを待つ者達のいる魔王領の宿泊施設へと戻っていった。

 

 

 

 一誠がネビロス邸を後にした、その同時刻。

 

 一誠とフェニックス邸で分かれたサーゼクス・ルシファーは愛息であるミリキャス・グレモリーを連れて私邸に戻り、留守をしていたグレイフィアも伴って実家であるグレモリー領の本邸を訪れていた。ミリキャスを実家へと戻すついでにアウラとの初顔合わせから始まる本日の成果を両親に報告する為だ。なお、同じくフェニックス家で一誠と分かれたイリナとアウラについては、今晩はおよそ一週間ぶりに一誠と共に親子三人で過ごすという事で一足早く魔王領の宿泊施設へと戻っている。そうして辿り着いた実家の玄関で多数のメイドと執事からの出迎えを受けた三人は、そのままグレモリー家当主夫妻のいるという一室に向かう。しかし、そこで待っていたのは二人だけではなかった。

 

「あらら、まさか魔王様がご実家に戻られてくるとはね。流石にこれは想定外だったよ」

 

 そう言いつつも気不味い様子が全く見られないのは、数日前にバアル家の本邸で一誠達と出逢ったエルレ・ベルだ。流石にサーゼクスは自分達より遥かに年下の叔母に何度か会った事があり、グレイフィアもまた同様なのであるが、ミリキャスは完全に初対面であるので目の前の女性が誰なのか解らずにキョトンとしている。どうも同年代のアウラと友達になって以来、年相応の顔も見せる様になってきた愛息にサーゼクスは内心喜びを感じつつエルレへの挨拶を始めた。

 

「これは叔母上。ここ十年程お会いしておりませんでしたが、ご壮健で何よりです」

 

 すると、エルレはその表情を苦虫を何匹も噛んだ様なものへと変えると共に、甥であるサーゼクスに呼び方を変える様に訴える。

 

「その叔母上っていうのは、いい加減に止めてくれよ。こっちが遥かに年下の上にそっちは悪魔のトップだってのに、そんな風に畏まられるとかえってやりにくいったらありゃしない」

 

「では、エルレ殿とお呼びしましょうか」

 

 この魔王に対するものとは到底思えないほどに気安いエルレの反応と「その呼び方を止めろ」というエルレの要請を受け入れたサーゼクスの姿を見たミリキャスは、驚きを露わにしつつもエルレの事について自分の父親に尋ねてみた。

 

「父様。父様は今、この方を叔母上とお呼びになられましたけど……」

 

 ミリキャスからエルレの事について尋ねられた事で、ミリキャスがまだエルレに会ってなかった事を思い出したサーゼクスは彼女の事を息子に紹介する。

 

「あぁ。そう言えば、ミリキャスはまだこの方にお会いした事がなかったな。この方は私の母上の異母妹、つまりミリキャスにとっては大叔母様に当たる方でバアル家の分家の一つであるベル家の初代当主であるエルレ・ベル殿だ」

 

「初めましてだな、ミリキャス。俺がお前のお祖母様の妹にあたるエルレ・ベルだ。ただな、叔母様はともかく大叔母様は流石に勘弁してくれ。俺はまだ生まれてから百年も経ってないんだ、そう呼ばれて喜ぶ程には老けちゃいないんだよ」

 

 サーゼクスの紹介に乗じる形でエルレはミリキャスに自己紹介するが、実は無類の可愛いもの好きである彼女の内心は以下の通りである。

 

(よし! 余りに健気で可愛らしかったから完全に我を忘れたアウラの時と違って、今度はちゃんとカッコ良い大人の女の姿を見せられたぞ。これで可愛い又甥のハートをがっちりキャッチだ!)

 

 まさか男らしさすら感じられる言動の裏側で、この様な愉快な事を表情を変えずにエルレが考えているとは想像もしていないサーゼクスは少し苦笑いを浮かべる。

 

「ハハハ。相変わらずの男らしさですな、エルレ殿。ところで、此度はどの様なご用件でこのグレモリーの本邸にお越しになられたのですか?」

 

 サーゼクスから来訪の目的を尋ねられたエルレであったが、先程見せた男の様な潔さとはかけ離れた反応を見せた。

 

「あぁうん。まぁ、その、何だ。つまりだな……」

 

 サーゼクスはエルレの余りに似合わない煮え切らなさに驚くと共に、自分達がこの場に来るまで話をしていたであろう父親にどういう事かを尋ねる。

 

「父上。これは一体?」

 

「私も聞かされたのはつい先程なのだが、かなり厄介な事になった。それも合わせて話をしよう」

 

 サーゼクスから尋ねられたグレモリー卿はそう言ってから、エルレがこの邸を訪れてからの事を話し始めた……。

 

 

 

「ヨウ、姉貴。それにジオ義兄さん」

 

 執事に案内されたエルレはグレモリー当主夫妻に気安く声をかけた。妻の実家とはいえある意味においては敵対関係といえるバアル家の縁者、しかも腹違いとはいえ妻の妹が尋ねてきた事にグレモリー家当主ジオティクス・グレモリーは驚きを隠せなかった。

 

「おや、これはまた珍しい事があったものだ。まさかエルレ殿が訪ねて来るとはね」

 

 一方、腹違いの妹であるエルレの言動に対し、グレモリー家当主の妻であるヴェネラナは苦い表情を浮かべる。

 

「その男の様な言動はいい加減にどうにかならないのですか、エルレ。すぐに矯正できたから良かったものの、リアスがまだ幼い頃に貴女の真似をし始めた時には本当に肝を冷やしたのですよ」

 

 しかし、エルレは姉の苦言に対してそこまで堪えた様には見えない。もしヴェネラナの怖さを知るリアス辺りがこの場にいれば、おそらく開いた口が塞がらなかったであろう。

 

「母親が違うとはいえ、やっぱり姉弟だねぇ。この間、領地経営の定期報告の為に親父の代理で本家に出向いたんだけどさ、兄貴から殆ど同じ事を言われたよ。まぁ、兄貴の方は俺の言葉使いはともかく振る舞いについては受け入れてくれたけどな」

 

「それは「受け入れた」ではなく「諦めがついた」の間違いでしょう。……ところで、ここに訪ねてきた用件について聞きましょうか」

 

 もはや呆れ果てた様子すら見せるヴェネラナは改めて来訪の目的についてエルレに尋ねると、エルレは質問に応える前に強く念押ししてきた。

 

「最初に言っとくけど、絶対に怒らないでくれよ。言い出しっぺは確かに兄貴だけど、最終的には親父はおろか初代様ですら認めた事だからな。そりゃあ、俺だって「いつかは」って思ってはいたさ。でも、だからってなぁ……」

 

「エルレ?」

 

 後の方では何処か煮え切れない態度を見せたエルレにヴェネラナは首を傾げるが、ジオティクスは異なる反応を見せる。

 

「……参ったな。どうやら相当に不味い事態に陥っている様だ。こうなってくると、もはやこちらから取れる手は一つだけだ。ヴェネラナ。シトリー卿から話のあった例の件だが、グレモリー家は全面的に協力する事にする。リアスには私が直接話をするから、君はサーゼクスに事情を説明してくれ」

 

 夫の余りに唐突な決断に対して、ヴェネラナは流石に話について行けずにどういう事かを問い質した。

 

「待って下さい、あなた。話が全く見えてこないのですけど」

 

「おっと。これは済まなかったな、ヴェネラナ。私は「探知」を使ったからすぐに事態を把握できたが、そうでない者は話を聞かないと訳が解らないのも無理はないか。エルレ殿、まずはこちらに来られたご用件をヴェネラナに話しては頂けないだろうか?」

 

 ヴェネラナから問い質された事で、ジオティクスは色々と過程を省略してしまった事を自覚した。この辺りが知りたい事を即座に知る事のできる「探知」の欠点であり、余程頭の回転が早いものでなければ話について行けなくなってしまうのである。そこで、ジオティクスはまずエルレ本人の口から来訪の目的を語る様に頼むと、エルレは義兄の頼みを快く受け入れた。

 

「解ったよ、ジオ義兄さん。……まぁ結論から言えば、俺の嫁入り話さ。ただ、相手が相手だからね。それで二人には俺の相談に乗ってほしかったんだ」

 

 エルレの口から飛び出してきた嫁入りの話に、ヴェネラナは「ようやくこの日が来たか」という思いを抱いた。

 

「そうですか。貴女が冥界に生を受けておよそ百年、ようやくと言ったところですね。貴女の場合、慣例からすれば少々薹が立っていますが、それでもまだ十分に乙女と呼べる年齢ですから全く問題ないでしょう。それで、お相手は誰なのかしら?」

 

 ヴェネラナから嫁入りの相手が誰なのかを尋ねられると、エルレは早速その答えを返した。……ただし、ヴェネラナにとっては正に青天の霹靂であったが。

 

「今、冥界で最も有名な男さ。ただ、今はまだそいつの花嫁候補であって本決まりって訳じゃないんだけど、その花嫁候補に俺を推したのが現大王の兄貴である以上、ほぼ間違いなく俺で決まりだろうな」

 

「そんな、まさか……!」

 

 エルレの答えは端的なものであるものの、発言内容に該当する人物に心当たりのあるヴェネラナは驚愕の余りに身を震わせる。バアル家がグレモリー家を憎悪の対象としている事を誰よりも知っている彼女にしてみれば、それは絶対にあり得ない事だったからだ。あり得ない事が起こった事でヴェネラナが未だに動揺を抑えられずにいるのを見て、エルレは嫁入り話を兄であるバアル家当主に聞かされた当時の事を話した。

 

「姉貴も驚いたか。そうだよな、俺だって兄貴からこの話を初めて聞かされた時には思わず正気を疑ったよ。……だけどな、姉貴。兄貴は本気(マジ)だ。現大王として己の感情を超えたところで、兄貴は動いている。それで、俺も腹を括ったよ。確かに、俺も兄貴も、それに姉貴も仲がいいなんてけして言えない。けれど、折角兄貴が大王として本気(マジ)になって動いているんだ。それを俺がここでただ「気に入らない」って理由で反発したら、色々な意味でダメだろうってな」

 

(……私は、一体何処で娘の教育を間違えたのかしら?)

 

 以前、ライザーとの婚約話に対して個人の感情で反発していた娘を持つヴェネラナにとって、エルレの決意は非常に耳の痛いものだった。そして、エルレは姉夫婦の元を訪れた目的について話し始める。

 

「それに、実は本家で一度サイ坊と一緒にそいつと話をしてるんだけど、掴み切れていない所が結構多くてさ。それで姉貴達の娘がそいつの主の一人だし、まだ二十分程しか接していない俺よりは姉貴達の方が遥かにそいつの事を理解している筈だから、いっそ姉貴達からも話を聞かせてもらった方がいいんじゃないかって思って今日ここに来たんだよ」

 

 政略結婚というけして望んだ訳でない状況に置かれながらも真正面から向き合おうとしているエルレに対して、ヴェネラナは姉として非常に嬉しい一方でグレモリー家当主の妻としては全く喜べないという二律相反に陥っていた。しかし、己の相反する感情を持て余しているヴェネラナに対し、エルレは己の夫になるかもしれない男の事を教えてもらえる様に改めて頼み込む。

 

「だからさ、姉貴、ジオ義兄さん。とりあえずは俺が嫁ぐ事になるかもしれない男の事を少しでいいから教えてくれないかな? そもそも本当に結婚するかどうかもまだ決めてないから、まずはその判断材料にしたいし、それでもし本当に結婚する事になったら、これからずっと一緒に生きていく旦那になるんだ。だったら、少しでも旦那の事を理解して、その上で俺なりに支えてやりたいんだよ」

 

 ……そう。大王の妾腹の妹であるエルレ・ベルが嫁入りする事になるかもしれない男の名は。

 

「なんたって、あの若さで魔王の代務者とか三大勢力共通の親善大使なんてとんでもない責任とまだ幼い娘を皆まとめて背負っているんだからさ」

 

 聖魔和合親善大使、兵藤一誠であった。

 

 

 

 一方、その頃。

 

 この日、どうしても外せぬ用件で己の邸を不在にしていたエギトフ・ネビロス総監察官は、その訪問先で面会した相手に思わず問い返していた。

 

「シトリー卿。貴公は本気、いや正気か?」

 

 エギトフから問い返されたシトリー卿は、己が正気であり、なおかつ本気である事をハッキリと伝える。

 

「私は本気ですし正気です、総監察官」

 

 エギトフはシトリー卿の目を見て、彼が正気かつ本気である事を瞬時に悟った。それ故にそれはけして認められない事を改めて伝える。

 

「真相は先程話した通りだ。故に儂としてはまず受け入れられんし、それは向こうも同じであろう。……それでもか?」

 

 エギトフは一度シトリー卿からある頼み事をされた時、それを断る為に一誠が人間を止める事になった時の真相を語った。それによってシトリー卿を諦めさせるつもりだったのだ。しかし、シトリー卿の反応は「改めてお願いする」という、シトリー卿が反応するまでのほんの数秒で億を超える回数をこなしたシミュレーション結果から大きく外れたものだった。だからこそ、エギトフはシトリー卿の正気を疑ってしまったのである。そして、エギトフから念を押されたシトリー卿は、三度頭を下げて同じ事を懇願し始めた。

 

「それでもです、総監察官。改めてお願い致します。どうか、聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠殿をネビロス家の次期当主として総監察官のご養子にお迎え下さい。それが冥界にとっても、彼にとっても最善となります」

 

 それが、シトリー家が総力を上げて取り組んでいるプロジェクトの最終手段であった。

 

 

 

 ……冥界の旧首都であるルシファードにおいて、大王家と大公家、更には四大魔王の生家といった名家の次期当主達を主役とする会合が開かれたのは、これらの出来事が同時に起こったこの日の翌日の事である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

なお一誠はまだ気付いていませんが、もし対オーフィス戦の最終局面でオーフィスが戦闘の継続を決断していたら、その瞬間に全ての枷を外して若返った全盛期のデモゴルゴンが降臨していました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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