未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第十一話 広がり続ける輪の中で

Side:紫藤イリナ

 

 かねてから予定されていたアウラちゃんとミリキャス君の初顔合わせは、ちょっとだけ予想外な展開になった。子供達がお友達になれたのは良かったんだけど、お互いにお父さんが大好きなだけにお父さん自慢が始まると次第に自分のお父さんの方が強くてカッコいいと言い争いを始めちゃって、その結果として子供達から強請られる形でイッセーくんとサーゼクスさんがちょっとした手合わせをする事になってしまった。

 ……と言っても、イッセーくんもサーゼクスさんも全然本気を出してないのは手合わせが始まってすぐに解った。二人とももっと色々な事ができる上に動きの一つ一つに虚実を交えて複雑な駆け引きを仕掛ける事だってできるのに、イッセー君はスーパーエルディカイザーの召喚を始めとする地と炎の()(どう)(りき)だけ、サーゼクスさんは有名な滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)以外には「滅び」の魔力を物質化した紅の魔王剣(クリムゾン・サタンソード)だけを使っていた。しかもフェイントの類だって殆どしていないし、しても一回か二回程度。だから、見ていて凄く解り易かった。きっと、アウラちゃんやミリキャス君も二人がどういった意図でそんな攻撃をしたのかが解ったと思う。そのお陰で、地の魔動力に目覚めて、炎の魔動力とも親和性の高い私にとってはとても参考になった。特に防御用魔動力については、私は今まで上級のサークルガーターしか使っていなかったから、初級のロックセイバーにカウンター機能があるなんて全然知らなかった。この分だと、同じ防御魔動力で中級のエクスプロウドにも何かあるかもしれない。だから、後でイッセー君に確認した上で一度実際に使ってみようと思う。

 そうした「子供達に見せる」事を意識した攻防を十五分ほど繰り広げた後、お互いに子供を人質に取り合うという想像の斜め上の行動を取る事で手合わせが終わった。そうした卑怯な行いをした理由として、敵である禍の団(カオス・ブリゲード)が実際にその様な手段を取ってくる可能性が高いという事を相手に忠告する為だったみたい。

 ……何というか、イッセーくんとサーゼクスさんって、人を率いる者としての考え方がかなり似ていると思う。だから、ある意味では家族を率いているとも言える「父」としても、気が合うんじゃないのかな?

 イッセーくんとサーゼクスさんが人質対策について話し合っているのを見ながら、そんな事を思った。

 

 そうして、サーゼクスさんの邸に入ってからグレイフィアさんが自分の手で用意してくれた紅茶を頂いているんだけど、ミリキャス君が目をキラキラさせてイッセーくんに話をして欲しいとお願いしてきた。

 

「あ、あの。あ、アウラちゃんのお父さん! 父様から「色々な世界を冒険した」って聞いたんですけど、その時の話をして下さい!」

 

 どうもサーゼクスさんは、冥界入り初日に冥界の首都リリスで行われた会合においてイッセーくんが話した(イッセーくん自身はその時の記憶が非常に曖昧で、何を話したのかよく覚えていないみたいだけど)異世界での冒険についてミリキャス君に話していたみたい。ただ、イッセーくんはそっちよりもむしろ今まで経験した事のない呼ばれ方に反応していた。

 

「アウラちゃんのお父さん、か。……流石にそんな呼ばれ方をされたのは、これが初めてだよ」

 

「あっ。……気に障ってしまいましたか?」

 

 自分の発言で気分を害してしまったと受け取った事で何だか申し訳なさそうにしているミリキャス君の姿を見たイッセーくんは、少し苦笑しながらも「アウラちゃんのお父さん」という呼ばれ方に対してどう感じたのかをミリキャス君に話し始めた。

 

「あっ、いやそういう事じゃなくて、なんて言うのかな? ……うん。僕はリアス部長の一つ年下で、アウラはミリキャス君と同い年と言っていいから、普通に考えるとアウラの父親とはなかなか見てもらえないんだ。でも、アウラのお友達から「アウラちゃんのお父さん」と呼んでもらえた事で、僕は今ハッキリとお父さんである事を認めてもらえたんだなって、そんな風に思えたんだよ。だから、ミリキャス君にはこれからもそちらで呼んでもらえると、僕は嬉しいかな?」

 

 ……そっか。そういう受け取り方もあるんだ。

 

 「アウラちゃんのお母さん」とセラフォルーさんから言われた時には極自然に受け入れられた私と違って、イッセーくんはそれをとても好ましいものだと受け止めた。だから、そんなイッセーくんの気持ちを察したミリキャス君はイッセーくんの事を遠慮なく「アウラちゃんのお父さん」と呼んだ。

 

「ハイ、アウラちゃんのお父さん!」

 

 すると、このイッセーくんとミリキャス君のやり取りを聞いていたサーゼクスさんがグレイフィアさんにアウラちゃんからの呼ばれ方について話しかける。

 

「だがそうなると、私はアウラちゃんに「ミリキャス君のお父さん」と呼んでもらわないといけなくなるな。もちろん、グレイフィアは「ミリキャス君のお母さん」だ」

 

「何というか、少しむず痒い気分ではあるのだけれど、けして嫌な感じではないわ」

 

 何処となく照れ臭そうな表情を浮かべるグレイフィアさんだけど、その口元は笑みを浮かべていたから本心はきっと嬉しいんだと思う。

 

「何だか、ある意味で凄い光景になっちゃったね。アウラちゃんのお父さん?」

 

 だから、私はイッセーくんにそう呼び掛けると、イッセーくんも私に合わせて応えてくれた。

 

「いやいや、これこそが普通の光景だと思うよ。アウラちゃんのお母さん?」

 

 こんな些細なやり取りでも、私達は笑顔になれる。それがとても嬉しかった。

 

 

 

 それから、ミリキャス君のお願いに応える形でイッセーくんが異世界での冒険譚を三十分程度で話し終えると、サーゼクスさんはイッセーくんに次の予定を尋ねてきた。

 

「それで、次はフェニックス家だったね」

 

「はい。公開授業の後の顔合わせでフェニックス卿とお約束していたのは、その場に居合わせたサーゼクスさんも知っての通りです。それに、ルヴァルさんのお子さんであるリシャール君には炎の魔力の扱い方を少し指導しましたから、何処まで上達したかを確認しようかと」

 

 イッセーくん、私が駒王町に帰ってくるまで本当に色々やっていたんだ。私が半ば感心していると、サーゼクスさんも同じ事を思ったらしくて、少し笑っていた。

 

「今の所はギャスパー・ヴラディ君が代表格ではあるが、レーティングゲームの本戦で立て続けに大物食いをした事で二千台半ばにまでレートを上げて来ているライザーを始め、オーフィスに真っ向から立ち向かって生き残った事で名を知られ始めている木場祐斗君や匙元士郎君、それにリアスやソーナとその眷属達も君のお陰で大きく成長していると聞いている。その意味では、君は本当に教え子が多いな。……ウム、ちょうどいい機会だ。この際だから、ミリキャスもその顔合わせに参加させてもらえないかな?」

 

「いいんですか?」

 

 サーゼクスさんから意外な事を頼まれたイッセーくんがその意志を確認すると、サーゼクスさんは自分の思う所を話し始める。

 

「あぁ。先程の様子を見ている限りでは、ミリキャスは本当の意味での友人をちゃんと作れそうだし、グレモリー家はフェニックス家に少々負い目もあるからね。それに、息子のお友達が女の子一人だけだなんて、少々寂しいとは思わないかな?」

 

 サーゼクスさんの説明を聞いたイッセーくんは納得の表情を浮かべた。そして、サーゼクスさん自身はどうするのかを尋ねる。

 

「確かにそうですね。それで、サーゼクスさんは?」

 

「もちろん、私もミリキャスについて行くよ。何もかも君に押し付けるだけでは、父親として余りにも情けないからね。それに、一時は大公家の次期当主の婚約者を通り越しそうになったライザーとも、一度ゆっくりと話をしておきたいというのもある」

 

 サーゼクスさんの意向を聞いた私は、後でレイヴェルさんに連絡を入れようと思った。……飛び入りになるけど、サーゼクスさんとミリキャス君も一緒に来るよ、って。

 

Side end

 

 

 

 アウラとミリキャス君との初顔合わせも無事に終わり、僕達は次の目的地であるフェニックス邸へとやってきた。ただし、同行者が二人増えている。

 

「レイヴェルがイリナから連絡を受けた時には驚いたが、まさか本当にルシファー様がミリキャス様を連れて来られるとはな。……一誠、一体何がどうなってこんな事になったんだ?」

 

 最初にレイヴェルと共に僕達に応対したライザーが、少々顔を引き攣らせながらこの様な事を小声で言って来るのも無理はない。なので、僕は事情を説明しようとした。

 

「いや、ミリキャス様とアウラが……」

 

 すると、サーゼクスさんが咳払いをしてから僕に声をかけてくる。

 

「イッセー君」

 

 この呼び方でサーゼクスさんの意図を理解した僕は、ミリキャス君の呼び方を公のものからプライベートのものへと訂正した。そうなると、当然サーゼクスさんの呼び方もプライベートのものへとしなければならなくなる。

 

「……ミリキャス君とアウラが思った以上に上手く友達になれたから、サーゼクスさんがこの際リシャール君とも顔合わせしておこうと言って来てね。おそらくはリアス部長とお前の婚約が破棄になった事への穴埋めという意味合いもあるんだろう」

 

 僕が「ルシファー陛下」でも「サーゼクス様」でもなく「サーゼクスさん」と呼んだ事で、ライザーは大方の事情を察したのだろう、僕に向ける視線には憐憫の情が多分に含まれていた。

 

「……お前も色々と大変なんだな、一誠」

 

 僕の肩をポンポンと軽く叩いてからのライザーの慰めに、僕は深い溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 それからほどなく、ライザーの案内で応接室へと訪れた僕達はそこで次期当主であるルヴァルさんとその息子であるリシャール君と面会した。リシャール君は父親であるルヴァルさん譲りの金髪を生やしており、年の頃はアウラやミリキャス君とほぼ同じくらいの男の子だ。それにルヴァルさんの薫陶が良いのか、貴族の子息としての誇りは持っているものの驕りには変じておらず、ライザーも時折「フェニックス家はルヴァル兄上にリシャールとあと二代は確実に安泰だろうな」と甥の事を自慢していた。

 そうしてまずは僕達に同行してきたサーゼクスさんとミリキャス君にルヴァルさん達が貴族としての挨拶を行い、公のやり取りを一通り終えた後でプライベートに移行してから子供達の初顔合わせを行った。アウラはもちろんだがミリキャス君も今度は特に緊張せずにハキハキと元気よく自己紹介したので、サーゼクスさんも一安心といったところだろう。そうして子供達が一緒に遊ぼうとしたのだが、その前にリシャール君が僕の所にやって来て、お辞儀をした後に元気な声で挨拶をしてきた。

 

「お久しぶりです、一誠先生! それと言葉使いの方なんですが……」

 

 リシャール君が僕にどの様な言葉使いをしてほしいのかを察した僕は、望み通りの言葉使いに切り替える。

 

「承知しました、お望み通りに致しましょう。……久しぶりだね、リシャール君。それで、以前教えたヒートブラスターはちゃんと習得できたのかな?」

 

 そこで以前教えたヒートブラスターを習得できたかどうかを確認すると、リシャール君は堂々と胸を張って答えた。

 

「はい! それと、どうも炎の魔力としては凄く使い勝手がいいみたいで、父上やお爺様、それにロッシュ叔父上やライザー叔父上も習得しています!」

 

 ここで、ライザーがヒートブラスターの使い勝手について話し始める。

 

「実際に俺も使ってみたんだが、炎の魔力をある程度集束してから高熱の閃光として発射するからスピードと威力のバランスが非常に良くてな。俺もルヴァル兄上も、対戦相手への牽制やカイザーフェニックスを使用するまでの繋ぎとして重宝しているよ。尤も、牽制のつもりで放ったらそれで倒してしまったなんて事も偶にあるけどな」

 

 どうやらヒートブラスターは思った以上の高評価を受けている様だった。そこで、ヒートブラスターについて少し補足説明をする。

 

「ヒートブラスターは特に貫通力に秀でているから、当たり所さえ良ければ格上の相手ですら一撃で仕留める事が可能だ。だから、そういった事も十分起こり得るよ。それにこれからリシャール君に教えるつもりだったけど、実は集束率を下げて照射する事で威力と射程距離こそ劣るけど複数の相手をまとめて攻撃できる応用法もあるんだ。だからこそ、魔力制御の鍛錬も兼ねられるヒートブラスターをリシャール君に教えたんだけどね」

 

 これを聞いたルヴァルさんは、少し苦笑していた。

 

「どうやら、我がフェニックス家は思っている以上に多くの贈り物を兵藤君から受け取っている様だな。だがこうなると、どうやって君に返礼するべきなのか……」

 

 ……この話の流れは、少し不味いな。

 

 ルヴァルさんがレイヴェルの方に少しだけ視線を向けた事でその思惑を察してしまった僕がそう思っていると、予想外な所からこの流れを断ち切る声が上がって来た。

 

「あの、アウラちゃんのお父さん! 僕にも何か教えて下さい!」

 

「あっ! ミリキャス君、ズルイ! だったら、あたしも!」

 

 ミリキャス君とアウラが目をキラキラさせて、僕に何か教えてほしいと強請って来たのだ。流石にこれは予想していなかっただけに、僕は少し困ってしまった。

 

「教える分には構わないんだけど、それにはミリキャス君が魔力をどれくらい扱えるのか解らない事には……」

 

 すると、サーゼクスさんがミリキャス君について教えてくれた。

 

「それについてだが、ミリキャスは「滅び」の特性に目覚めているよ。しかも、私の滅殺の魔弾に憧れているらしく、魔力制御については「探知」に覚醒する以前のリアス以上のものがあるから、親の贔屓目を差し引いても才能豊かと言えるだろう」

 

 ……果たして、それは「才能豊か」の一言で片付けられる事なのだろうか? 僕は内心首を傾げたくなったが、それだけにアウラと同様に基礎が疎かになっている可能性を踏まえた上で何を教えるのかを決める。

 

「それならむしろ、魔力制御の基礎を教え込んだ方が良さそうですね。アウラもアウラで自然魔法や精霊魔法の術式を直感で組んでいる所がありますから。……三人とも、たぶんこういう事はできないんじゃないかな?」

 

 そして、僕は子供達に実例を示してみせた。

 

「……えっ?」

 

「魔力が、全く感じられない……!」

 

 リシャール君が呆気に取られる一方で、ミリキャス君が驚きの表情を浮かべる。

 

「ねぇ、パパ。これって……」

 

 ただ、僕の記憶の一部を継承しているだけあって、アウラだけは僕が何をしているのかを理解した様だ。だから、その通りである事を伝えた上で、僕が何をしているのかを子供達に説明する。

 

「アウラの思っている通りだよ。僕が今やっているのは、普段は体の外に少しずつ漏れている魔力を完全に体内に収める事で自分の事を相手に察知されにくくする隠形術の一つだ。こうする事で魔力の波動を抑える様な特殊な装具を身につけなくても相手の目を誤魔化す事ができるし、魔力を体内に完全に収めている状態で休むと体力や魔力の回復に加えて怪我や病気の治りも早くなるという利点もある。ただ、体の周りに魔力が全くないから防御力が殆どないという欠点もあるけどね。あと、僕は人間だった時から持っていた力に加えて魔力と光力も収めないといけないから全てを収めるのに少々苦労するけど、三人は魔力だけでいいからそこまで苦労はしない筈だよ」

 

 ここで、リシャール君が僕のやっている事と魔力制御の基礎との関わりについて疑問を掲げる。

 

「一誠先生。確かにそれは凄い技術ですけど、それと魔力制御の基礎とどんな関わりが……?」

 

 そこで僕がその関わりについて説明しようとするが、その前にミリキャス君が自分の思い至った事について確認してきた。

 

「あの、アウラちゃんのお父さん。ひょっとして、魔力を完全に体内に収める事ができるって事は放出する魔力の量を上手くコントロールできる様になるから、その分だけ魔力をより上手にコントロールできる様になるって事ですか?」

 

 ミリキャス君が正解に至ったので、僕はそれを伝えると共にその第一歩となる事を教えてもいいのかを確認する。

 

「ミリキャス君、正解。だから、まずはこれを習得する為の第一歩として、自分の体から漏れている魔力の流れを自覚する所から始めよう。三人とも、それでいいかな?」

 

 すると、三人からは元気のいい答えが返って来た。

 

「「ハイ!」」「ウン!」

 

 三人の意志確認が終わった所で早速教え始めたのだが、その一方でルヴァルさんがライザーに声をかける。

 

「ライザー、これは私達も覚えた方が良さそうだ。単に相手に察知されにくくなるだけでなく、体力や魔力、更には怪我や病の回復まで早まるのであれば、実戦ではもちろんシーズンを通して戦い続けるレーティングゲームでも有効な技術だろう」

 

「確かに。しかもそれで魔力制御の精度も増すともなれば、もはや習得しないという選択肢はありません」

 

 どうやらルヴァルさんとライザーも魔力の漏れを体内に収める技術については習得する意志がある様だ。そこにレイヴェルが習得を促す発言をする。

 

「私も一誠様と早朝の鍛錬をご一緒させて頂いている縁でこの技術を教わりましたけど、早朝にハードな鍛錬をしたにも関わらず学業に影響が出ないくらいに疲労の回復が早くなりますわ。ですので、レーティングゲームの本戦以外にも次期当主としてのお仕事を抱えていらっしゃるルヴァルお兄様は、次の日に疲れを残さないという意味でも習得なされるべきです」

 

 更に、実はこの技術を既に習得しているサーゼクスさんもまたレイヴェルの発言内容とはまた異なる形で実際の効果をルヴァルさんとライザーに教える。

 

「私はこれをイッセー君から教わった事で、全力を出しても「滅び」のオーラの影響を外部に及ぼさない様にする事ができる様になったからね。その意味でも、これは非常に重要な技術と言えるだろう」

 

 これが決定打になったのだろう。ライザーは僕の下に近付いて自分達にも教える様に頼み込んできた。

 

「一誠。子供達にある程度教えてからでいいから、俺やルヴァル兄上にも習得する為の手順を一通り教えてくれ。……しかし、一誠。お前、本当に引き出しの中身が多いな」

 

 最後は半ば呆れた様な表情になったライザーに対し、僕はそれこそが僕の最大の武器である事を伝える。

 

「それこそが僕の最大の武器だからね。赤龍帝には「周りの事を考えずに白龍皇と戦い始める傍迷惑な暴れ者」というイメージがあるし、実際にその通りだったから、どうしても味方を作り辛くなる。だから、僕は極力苦手を作らない様にする必要があったんだ。ただその分、スペシャリストには得意分野でどうしても一歩及ばないという欠点もあるけどね」

 

 因みに、歴代赤龍帝でも最高位であるレオンハルト達は全員それに当てはまるし、他にも剣技ではリヒトや礼司さんに瑞貴、魔導でははやてやリイン、光力の扱いではトンヌラさんやアザゼルさん、魔力の扱いはサーゼクスさんといった面々が当てはまる。……ただ、ライザーはどうもそれに納得がいかない様だった。

 

「一誠、お前はそれを本気で言っているのか? 「広く浅く」どころか「広くより深く」を地で行く、正にスペシャルジェネラリストと言うべきお前の場合、生半可なスペシャリストじゃまるで相手にならないだろうが。因みに今お前が頭の中で「敵わない」と思い浮かべているスペシャリストのメンバーだがな、ほぼ全員がその分野では三大勢力どころか全神話勢力を含めてのトップクラスの筈だぞ」

 

 ……そう言われてみると、案外その通りかもしれない。

 

 自分の能力を過小評価していた事実に、僕は少しだけ冷や汗を流した。

 

 

 

 こうして、フェニックス家におけるアウラとリシャール君の初顔合わせは、飛び入りでミリキャス君も参加するという予定外の出来事こそあったものの、僕が魔力を始めとする力を体内に収める隠形術を教える中で三人仲良く頑張っていた事で無事に終了した。また、お互いの連絡手段として念話を教えたので、今後は頻繁に言葉のやり取りを交わしていく事になるだろう。

 そうしてフェニックス家を発つ事になり、僕はそのまま他の皆と分かれて本日最後となる目的地へと一人向かっていた。

 

〈主。何やらお悩みのご様子ですが〉

 

 ……前言撤回。僕は特殊な召喚魔法で呼び出したドゥンに騎乗して目的地へと向かっていた。そこで、ドゥンが僕の悩みを看破して声をかけて来たので、正直に話す事にする。

 

「あぁ、今向かっている邸の主人とは本当に色々あってね。正直な話、会ってどう話を切り出したらいいのか、今でも解らないんだ」

 

 ……そう。今向かっている邸の主人に対しては、本当に複雑な思いを抱いていた。

 

 万に近い年月を現役で通し、悪魔の真実を一人で背負い続け、そして今もなお走り続けている鉄人だった。その豊富な経験から僕など遠く及ばない程に広く世を見渡した上で深謀遠慮の一手を打つことのできる、僕にとっては尊敬に値する人だと思った。そして、一度は僕から全てを奪い去った、正に憎むべき仇敵でもあった。……だから、僕自身も本当はどうしたいのか、今でも判断ができないでいる。

 

 その様な悩みを打ち明けられたのは、千五百年の永き年月を生きてきた事で老成した精神を有するドゥンだからこそだろう。そして、ドゥンは僕の悩みを聞いた上で助言をしてくれた。

 

〈成る程。では、いっそ何も考えずに正面からぶつかってみては? 断崖絶壁から海に降りようとする際、下手に崖を伝って行こうとすれば足を滑らせた時に崖の岩肌に体をぶつけてしまい、かえって大怪我をするものです。ならば、ここは一切躊躇せずに思い切って海に飛び込んでしまいましょう〉

 

 崖から海に飛び込むのと同じ様に躊躇を棄てるべしというドゥンの言葉を聞いて、僕は極端な例えに少し苦笑しつつも受け入れる事にする。

 

「物凄い例えだな、ドゥン。 ……でも、その通りかもしれない。解った、ドゥンの言った様にしてみよう」

 

〈どうやら、悩みが晴れた様ですな〉

 

 助言に対する僕の答えとその時の声色から、ドゥンは僕の心情を正確に読み取った様だ。この辺りは正に年の功と言えるだろう。だから、僕は相談に応じてくれたドゥンにお礼を言う。

 

「お陰さまでね。いい助言をありがとう、ドゥン。アーサー王がよくドゥンに乗って遠出していた理由がよく解ったよ」

 

 ドゥンになら何でも話せてしまえるし、それをしっかりと受け止めてくれる。その様な信頼感が、ドゥンにはあった。

 

〈ハッハッハ。この老いぼれに対して、それは流石に褒め過ぎでしょう。……さて、そろそろ見えてきましたかな?〉

 

 しかし、ドゥンは僕の心からの称賛を褒め過ぎだと一笑に付した後、目的地が見えてきた事を伝えて来る。

 

「あぁ、その様だ」

 

 そうして見えてきたのは、今から一月ほど前にコカビエル事件の褒賞として上層部でも良識派の方達と面会を重ねた時の最後の相手である方の邸。……エギトフ・ネビロス総監察官の邸だった。

 

 

 

「兵藤親善大使、お待ちしておりました」

 

 正門の前で僕を待っていたのは、燕尾服を纏った三十代半ばと思しき端正な顔立ちの青年男性だった。ただし、その立ち姿からは隙がまるで見当たらないので、執事というよりは護衛なのかもしれない。僕がドゥンから降りて地面に立つと、最敬礼で頭を下げて歓迎の意を伝えてきた。そして、自分が何者であるかを教えてくる。

 

「私はネビロス家の執事長を務めております、ジェベル・イポスと申します。旦那様は本日どうしても空ける事のできぬ用事がございまして、邸にはおりませぬ。また本日のご訪問は奥様とのご面会をご所望であるとお伺いしておりますので、お訪ねになられた時には私が応対する様に仰せつかっております」

 

 総監察官が不在と聞いて、僕はホッとすると同時に肩透かしを食らった様な複雑な気持ちになった。ただ、ネビロス家の執事長が出迎えに出てきたという事は、向こうは僕を歓迎してくれている様だ。それだけに少々やりにくいものを感じてしまった僕は、改めて名前を名乗った後で執事長自身について気になった事を尋ねてみた。

 

「これはご丁寧に。私の名は兵藤一誠。聖魔和合親善大使の務めを果たす為に魔王陛下の代務者を拝命しました、リアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様の共有眷属でございます。ところで、執事長は先程イポスを名乗られていましたが、もしや七十二柱の……」

 

 そう。イポス家は現在断絶しているが、ソロモン七十二柱に名を連ねる歴とした名家であり、序列も二十二位とけして低いものではない。それ程の家名を有する者が何故執事に身をやつしているのか、どうしても気になったのだ。すると、今まで僕が見知って来た悪魔の価値観からは到底想像もつかない答えが執事長から返ってきた。

 

「それは分家でございます。我がイポス家は代々旦那様にお仕え致し、それをこの上ない誇りとして参りました。その為、長年に渡る旦那様への忠勤が認められて先代の魔王様より伯爵に封じられた際、当時のご当主はご嫡男にその座を譲って執事を引退した上で伯爵家を興し、そのまま庶子に爵位をお譲りなさりました。そして、イポス家はあくまでネビロス家にお仕えする執事の家であり、伯爵家は魔王様に直接お仕えする為に独立した分家である事を宣言なさったのです」

 

 ……普通であれば、伯爵家を興して独立した後で嫡男に爵位を譲り、ネビロス家の執事としての務めは庶子に任せるところであるが、それが完全に逆転していた。それだけでも驚きだが、執事長は更に現政権から伯爵家の再興を打診されている事も明かしてきた。

 

「なお、魔王様からは断絶したイポス伯爵家を再興する様にと仰せつかっておりますが、私の子はまだ一人で幼い上に本家はあくまで旦那様にお仕えする者である以上、今は本家の存続こそを優先するべきである旨をお伝え致し、これをお認め頂いております」

 

 その気になればいつでも貴族になれるにも関わらず、ネビロス家に仕える執事であり続ける執事長に、僕は総監察官に対するイポス家の忠義の篤さを思い知らされた。

 

「申し訳ございません。話が長くなってしまいました。では、奥様の元へとご案内致します」

 

 執事長は話を切り上げるとそのままクレア様の元へと案内し始めたので、僕は執事長の後ろについて行く。それから数分ほど歩いた所で、僕は総監察官との面会に使用した部屋と同じ部屋の前に立っていた。

 

「奥様、ジェベルでございます。兵藤親善大使をお連れ致しました」

 

 執事長はドアをノックした後で中にいるであろうクレア様に声をかける。すると、中からクレア様の声が聞こえてきた。

 

「あら、そう。では、部屋に入って頂いて」

 

「畏まりました、奥様。……では、兵藤親善大使。どうぞお入り下さい」

 

 入室の許可をクレア様から頂いた事で、執事長は部屋のドアを開けて部屋に入る様に促してきた。僕はそれに応じて部屋に入ると、そこにはクレア様が待っていた。

 

「兵藤君、貴方が来るのを待っていたわ。……貴方がその身に宿した神器(セイクリッド・ギア)の真実を知ったその日から」

 

 穏やかな笑みを浮かべてそう仰られるクレア様だが、その心中には何かを秘めている様な印象を何故か受けた。

 




いかがだったでしょうか?

フェニックス家訪問後の一誠の悩み。
「僕は今まで自分の事をただの器用貧乏だと思っていました。ですが最近、親友の一人から指摘を受けた事で僕の基準が色々とおかしい事に気付きました。それでは、僕は一体どういう存在なんでしょうか?」

では、また次の話でお会いしましょう。

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