ただでさえないのに…
降り続く雨と、微かな息遣い。
いつの間にか眠ってしまっていて、もう夕方だった。
留美は薬がだいぶ効いたらしく落ち着いている。その留美の顔を見て改めて安心することができた。
少し捲れた毛布をかけ直してコーヒーでもと思いキッチンへ向かう。
「…八幡」
俺が立ち上がったことで寝ていた留美が起きてしまったようだ。留美の寝顔を見た限りは問題はなさそうではあったがやはり体調が気になる。
留美はまだ半分ほど目が閉じてうっとりとしていて可愛いと思ってしまったが心配は心配。
「起こしちまったか、悪いな」
「ううん。…八幡何か温かいものが飲みたい」
そうやって素直に甘える留美、それがまたとても可愛らしく見える。きっとそれは風邪で弱っているせいだとは思うが、守りたいと思わせる。とくに俺が留美にしてやれることがあるとは思えないと思うが。
「スポーツドリンクはもういいのか?」
「たくさん飲んだからもういい」
「そうか」
うぇ〜、と小さく舌を出す留美。確かに飲ませ過ぎた気もしないではない。まあ風邪をひいた留美が悪い。今後は風邪を引かないように。
「そうだな、じゃあホットミルクでも飲むか?俺は今からコーヒー淹れるけど」
「八幡と同じがいい」
留美はベットから起きだしてソファーに座る。ソファーに座ってベットから俺が小さい頃から使っているお気に入りの夏用の毛布に包まっている。
俺はいつもあれがないと眠れない。
とりあえず必要な道具を準備して豆を挽き始める。欠陥豆は既に取り除いてあるのですぐに挽き始めることができる。欠陥豆を取り除くのは面倒だがその間に聞いているラジオが面白い。ぼっちラジオとか最高。
「八幡、この毛布、いい匂いするね」
「ん?まあ小町が買ってきた柔軟剤とかじゃないか?」
留美は柔軟剤の香りが気に入ったのか毛布をすーはーすーはーしている。なんとなく留美の目がとろんとしている気がする。
…あの柔軟性なんかやばいやつでも入ってるんじゃないか…
そんなことを考えながら豆を挽き終えてペーパーに移し替える。それにお湯を落とし蒸らしながらその間にミルクを作る。ミルクを作るといってもまあ単純には温めたミルクを泡立てただけ、ではあるがそれにもちょっとしたコツはある。
お店のエスプレッソマシンなら自分でする必要がないから楽でいい。マシンのミルクはスチームでミルクのなかで対流させてキメ細やかな泡を作っている。
やっぱり仕事をするのは機械である。もう人間いらなくね?
少し時間をかけて抽出したコーヒーからはいい香りが広がりそれだけでカフェインを摂取した気になる。
コーヒーを温めたカップの中に入れその上にミルクをのせる。
俺が勝手に思っているだけだが、フォームドミルクは一般的なペーパードリップ式などよりエスプレッソの方がやはりしっくりくる。
いつも自分で飲むときはミルクは泡立てないが今日は留美がいる。
ミルクに『るみ』と書いてコーヒーを完成させた。本当はうさぎだとかクマとかを書こうとも思ったのだが、俺は留美がなにを好きなのかわからない。まあリクエストも受け付けていなかったのだし仕方のないことだが、少しでも留美が笑ってくれたらいいなと思う。
自分のコーヒーにもとりあえず『はちまん』と書いて留美の座るソファーへと向かう。
留美にコーヒーを差し出し自分も留美の隣に座る。それほど大きくはないソファーだがなるべく留美と間隔をあけて座った。
留美はありがとうと言って受け取りコーヒーを手に取る。しかしすぐに手を離しケータイを取り出した。
「八幡、撮っていい?」
「ああ、いいぞ」
やはり留美も女の子なのか嬉しそうに写真を撮る。
「八幡」
「なんだ?」
ニコニコしながらケータイを収めて留美は俺を呼んだ。
「どうせなら『ℹ︎❤︎るみ』って描いて持ってきてたらよかったのに」
「…アホか」
微笑みながらそんな冗談を言う留美にドキッとしまい、照れを隠すために留美の頭をわしゃわしゃと撫でる。留美は「髪が〜」と言いながらも楽しそうに笑う。
一通り留美の頭を撫で終えてコーヒーを飲む。苦味と甘みが口の中に広がり満たされていく。
留美もカップを両手に持ち、飲み始めた。
ふわ〜、と幸せそうな顔をしている。相当ルミルミのお口にあったらしい。
やはり誰かの為に淹れるコーヒーはいい。その顔を見るだけでそう思える。俺が奉仕部に入部していなければ思うことはなかっただろう。
「…八幡、ニヤニヤしないで。キモい」
「そんだけ言えればもう大丈夫そうだな」
「その顔キモい。そんな微笑ましそうに見ないで。キモい」
そんなに睨まないでくださいぞくぞくします。
…俺もだいぶやばいな。中3女子に睨まれてぞくぞくするとか異常だろ。今のこの状況を雪ノ下と由比ヶ浜に見られてどう言われるかは容易に想像できる。
「八幡…」
「なんだ?」
俺を呼んでから留美はコーヒーを飲み干した。
「なんでこのコーヒーはこんなに美味しいの…」
空っぽのカップを見つめる留美はとても空っぽに見える。
俺にはそれをどうやって埋めればいいのか、そもそも俺が埋めていいのかもわからないし埋めれるかもわからない。
「それはまああれだろ」
きっと俺にできることと言えば、留美のためにコーヒーを淹れることぐらいしかできないだろう。
「留美のために淹れたからな」
「…なにそれ」
留美は空っぽのカップを見つめて握りしめる。空っぽのカップにも、まだ仄かな暖かさが残っているのだろう。
「八幡…」
俺の名前を呼び、カップの底に残っているコーヒーで円を描いている。
カップを見つめる留美の顔はどこか思いつめているような、諦めているような。
「…どうしたら、いいのかな…」
あまりにも小さくて、今も降る雨の音に溶けてしまいそうな声。
ひとりで抱えて、ひとりで解決する、それは別に悪いことではない。俺や雪ノ下はそうやってきた。
「留美…」
けど、ひとりでやっているように見えて、案外誰かが知らず知らずのうちに支えてくれていたりもする。
「お前はひとりではない」
俺の場合はあざとい妹だった。
「おまえじゃない、留美…」
少しだけ留美は笑った。
俺と留美とのお約束の会話。
困ったら相談しろよ、とかそんなことは軽々しく言わないし言えない。
けれどもし、留美が俺に手を伸ばして助けてと願うなら、その時はしっかりと握ってやりたいと思う。
「…そろそろ帰ろうかな」
握っていたカップを優しく置いた。
今話さないと言うなら、きっと彼女はまだ大丈夫だ。
「じゃあ送るわ。病み上がりで倒れられても困るし」
うん、と留美は素直に小さく頷いた。
それからの道すがら、俺と留美はほとんど話さなかった。まあ俺に面白い話をしろというのはもちろん無理だし、留美との沈黙はわりかし気にならなかった。というかむしろ居心地が良いとさえ思えた。それは留美も同じように感じていたのかもしれない。
「八幡、もうここで大丈夫」
「そうか」
そうして背を向けて歩き出す留美。
ふと思い返したように留美は振り向いた。
「八幡」
「なんだ?」
「おまえはひとりではない、って八幡のくせにかっこつけすぎ。…けど、ありがと」
それだけ言うと留美は歩き出してそして見えなくなった。
「まあ確かに、そうかもな」
頭を掻きながらきた道を歩く。
雪ノ下ならなにかしら言って罵倒してきそうだし、由比ヶ浜はヒッキーのくせにキモいとか言いそうだ。一色に至っては口説いてるんですかごめんさないって言って振られそうだ。
けどまあ、留美の笑顔が見れたからいいだろ。可愛かったし。
そして唐突に思い出した。
「雨、そういえば降ってないな…」
すげーどうでもいい。
最近思います。
仕事辞めて小説家になろうかなって。
仕事中はすごい創作意欲とかが湧くんです。
そして仕事が終わる頃にはそれが消えてしまう。
なんか更新のペースが遅い事についての言い訳みたいになってますねごめんなさい。
明日から、いや明後日から、いや来年から頑張る。
…絶対頑張らないやつだこれ…