大学の授業とは長いもので、俺のようにどこのサークルに所属しているわけでもない奴だとどう間の時間を潰そうかと考えてしまう。まあ結局は図書館に落ち着くのだが。
一度はサークルに入ってみようかとも思ったのだが正直、俺がそういったものに入ったところで続くはずがない。
すぐに人間関係でトラブルになったり、結局仲良くなれなくて、そこに居づらくなり幽霊部員となりそして忘れられるのだ。そもそも俺が人とそうそう上手くやっていけるはずがない。
奉仕部は強制的に入れられて雪ノ下と競わされたりだとかだったし、俺たち奉仕部の3人が、奉仕部を大切だと思えるようになったのだってある意味奇跡だと思う。
平塚先生には感謝してもしきれない。平塚先生が早く結婚出来るように祈っておこう。
もうほんと色々残念な人ですがどうか幸せにさせてあげて下さい。
ほんと誰かもらってやってくれよ…。
「比企谷〜一緒にクレマ行こ〜」
「おう」
俺の席より後ろで女子同士きゃっきゃうふふしていた折本は抜けるタイミングを見計らってこっちにきた。
日によっても変わるが今日の最後の授業は折本と被っていて、こうした日は一緒バイトに行くようになっている。というかいつの間にかそうなっていた。
それにしても女子ってのはよく喋るものである。由比ヶ浜もホームルーム終わってからあーしさん達とよく喋ってたし。
そして俺が部室に行くと後から追いかけてきて由比ヶ浜にカバンで叩かれるのだ。なにそれ理不尽。
「今日さ、一色ちゃんがお友達連れてくるんだって」
一色がお友達を?いやいや嘘だ〜。だって〜一色って、クラスのみんなから悪ふざけで生徒会長に立候補させられるくらいなんですよー。
まあ8万歩譲ったとして(八幡だけに)、女子ではないだろ。
だって考えてもみろ、俺は一色が女子と仲良くしているところなんて、奉仕部にいて由比ヶ浜達と喋っているところぐらいしか見たことがない。多分。
クリスマスの合同企画のときは猫被っていただけだし。
「折本、その一色のお友達とやらは女子なのか?」
「女子って言ってたよ。あ、もしかして興味ある的な?可愛かったらどうしようとか思ってる感じ?なにそれウケる」
後半笑い出す折本。どうしてそう笑っているのかよく分からないが、笑われているのはやはり不愉快だ。
「いや、ただ単に一色に同性の友達ってあまりいなかったからな。ちょっと不信に思っただけだ」
「え〜嘘だ〜。一色ちゃん可愛いのに?」
まあ原因は可愛いからなのであるが。
要するに、可愛いだけのいろはちゃんが悪いんじゃない、バーカバーカ。である。
「っていうか比企谷、心配してたんだ?一色ちゃんのこと」
「そんなんじゃねーよ」
折本は人の色恋沙汰や甘い話が好きなのか、そういう話になるとやたらと食いついてくる。大学で再会して少しすると、由比ヶ浜や雪ノ下とはどうなの⁉︎と興味を示していた。…要するにすごい面倒くさい。
その後もクレマに向かう道すがら俺は折本にからかわれていた。
やっとクレマに着くとフロアで一色と栗原バリスタともう一人の声が聞こえてきた。
まさか本当に一色の友達なのか?エア友達だと思っていたのだが。
とりあえず俺と折本は制服に着替えて栗原バリスタに挨拶に行った。
「おはようございます、栗原バリスタ」
「おはようございまーす」
「おう比企谷くん、折本くん」
こっちを向きながらもエスプレッソにラテアートを施している。流石栗原バリスタである。
「せんぱい遅いですよ〜。私も葵も待ちくたびれましたよ〜」
「この人がいろはすの言ってた人なんだ…」
いちいちあざとい一色の横には見知らぬ女子がいた。
顔立ちが整っていて、どことなく海老名さんに雰囲気が似ているが海老名さんの様な変態な感じはなく、すっきりとしている。
サラサラとした黒髪ショートと青いふちのメガネも海老名さんを連想させる。
まあ海老名さんは青いふちのメガネだったかは覚えていないが…
メガネが似合う女子は八幡的にポイント高い。
まああれだ、要するに、思っていたより可愛い。
「せんぱい、葵に自己紹介して下さいよ〜折本先輩もですよ〜」
二人分のエスプレッソを淹れた栗原バリスタが一色とその友達に差し出した。エスプレッソに浮いたふたつの葉っぱはとても綺麗に描かれていた。
「あ、ああ。比企谷八幡だ。一色とは、あれだな、高校の時の先輩と後輩だな」
「私は折本かおり。一色ちゃんとは最近仲良くなった感じかな。よろしくねー」
一色は俺らの自己紹介を聞かずエスプレッソの写メを撮っていた。
いや、お前も一応聞けよ…。
「私はいろはすと同じ専門学校の生徒で、青峰葵って言います」
「せんぱい、葵は彼氏いますから狙ったりしないでくださいよ」
「いや、別に狙ったりしないから」
ジト目で俺をにらみつける一色。
甘いな一色、そんなんじゃ俺の防御力は下がらない。
というかもう下がらない。
青峰のメガネが珈琲を飲んだために少し曇っている。すぐにメガネはもとに戻ったが、一色が青峰のそれを見て楽しそうに戯れている。
俺は女子同士の友情はよく分からない。由比ヶ浜と雪ノ下はまた別のものというか、特別なものと見ていて感じた。
一色と青峰を見ていて少なくとも一色は楽しそうで、友達ごっこをしている様には見えない。
ふたりを見ていてどこかホッとしている自分がいる。
一色が奉仕部のふたりとはまた違う繋がりを自分で作れるようになったからだろうか。
もしもそれが、総武高校生徒会長になって、奉仕部と関わってそうなってくれていたのだとしたら、それはまあいいことである。
「比企谷、ふたり見てなにニヤニヤしてんのー?」
「せんぱい、きもいです」
「いや、別ににやにやしてないから」
折本のせいで青峰も苦笑いしてしまっている。なんか俺の印象最悪じゃね?まあ別にいいんだけど…今さら気にしないし。
「せんぱい、アップルパイください〜」
「比企谷さん、私も同じものを」
「はいよ」
はいはいアップルパイねー。俺が用意してる間にも折本はふたりとお話し中である。
ちょっと栗原バリスタ〜折本がさぼってるんですけどー。
って言ってもやる事はそんなにないからな。
栗原バリスタはエスプレッソマシンの手入れをしながら3人の会話を聞いている。それが楽しいのかほんのり鼻歌まで聞こえてくる。
「そうだ栗原バリスタ、自分達のカップをクレマに置かせてもらうことって出来ますか?」
「一色、要するに奉仕部のときのように自分専用のカップをここに置いておくということか?」
「はい。何て言いますか、常連っぽくないですか?」
まあ一色は奉仕部の常連さんでしたからね。よく仕事から抜け出して奉仕部に来ては放課後のティータイムを過ごしていた。そして平塚先生に連れ戻されたりする。
「まあそうだな…。比企谷くんや折本くんの友人でもあるし、それで一色くんと青峰くんが更にクレマに来てくれるというならまあいいだろう。折角だから、比企谷くんと折本くんもここに置いたらどうだ?」
「なにそれいいじゃん!マイカップ。比企谷、今度買いに行こうよ、定休日使ってさ」
「俺は…」
「比企谷くん、」
俺が言い訳を用意しようとする前に栗原バリスタに遮られてしまった。バッチリ目もあってしまい俺は観念した。
やっぱりこの人はどこか平塚先生に似ている。
「私の分も君に買ってきてもらいたい。もちろんセンスのいいものを。場合によっては時給も上がるのかもしれないな…」
「比企谷、逃げないでね」
折本の屈託のない笑顔で完璧に行かされることが決定した。決定してしまった。
折本は既に一色と青峰と話に入っている。
「あの、折本さん、私もご一緒していいんですか?」
「当たり前じゃん!あ、もちろん彼氏さんとの予定があったならまた別の日でもいいし」
「それは大丈夫ですよ。デートの予定とかない日ですし、ご一緒していいなら是非!」
俺を無視してどんどん話は進んでいく。
あ〜なんかデジャブだなー。奉仕部でもこんなのよくあった気がする。
「比企谷くん」
「はい?」
栗原バリスタは淹れたてのエスプレッソを俺に差し出した。スチームドミルクも通常より多く通常よりも少しだけぬるめに。
猫舌の俺のためにぬるくても美味しいようにしてくれている。
「君のことは平塚から頼まれているからね」
栗原バリスタが淹れてくれたエスプレッソを飲む俺を優しく微笑みながら見ていてくれた。
いつもより暖かく感じた一杯だった。
定休日は家でだらだらするか本を読んでいるかしかしていない俺がどうしてか、今は俺の家で青峰とふたりきりである。
…どうしよう、すごい気まずい…
「すいません、上がらせてもらって…」
「いや、まあいいよ。どうせすぐ一色も戻ってくるんだろ?」
要するにこういう事らしい。俺を逃さない為にあらかじめ俺の家に行き俺を引きづり出そうという事らしかった。
そしてなぜ俺の家を一色が知っているのかというと、栗原バリスタから聞き出したそうだ。
どうやら俺の個人情報保護法は守られていないようだ。
「まあとりあえず飲めよ」
あいにく客に出せるものは珈琲くらいしか無く、わざわざ青峰の為に豆を挽いて出してやった。
元々客が来る事など想定していないのでしょうがない。
「ありがとうございます」
俺の部屋をちらちらと見つつ目の前に置かれた珈琲を口にする。
言っておくが、睡眠薬だとか青酸カリとかは入っていない。アーモンド臭なんてしない。
「一色はどうしたんだ?直前までは居たんだろう?」
「はい。直前で折本さんがここに向かう途中で迷ったそうで、いろはすが迎えに行ってしまって…。いろはすが、せんぱいは葵を襲ったりは絶対しないからふたりで待っててって」
たぶん青峰は気を使ってくれているのだろう。こういう場合ヘタレだとかなんだとか貶されている場合が多い。
俺に対する罵詈雑言だとかそういうのを抜いて話してくれているのだろう。
一色の友達にしてはいい子である。
「ふふっ。」
どうやら俺への罵詈雑言を思い出して笑っているようだ。
「比企谷さんってやっぱりいろはすと仲良いんですね」
「どうしてそう思う?」
もう一度クスッと笑い珈琲を飲んでから青峰は答えた。
「いろはすっていつも比企谷さんの話するんですよ。せんぱいがさ〜って」
「まあ十中八九愚痴とか悪口だろ」
あのぼっちめ、よくも私の告白を〜とか言ってそう。
「まあそうでしたけど、比企谷さんのこと、楽しそうに話すんですよ。絶対好きですよ」
…まあ告白もされたし再会してからも言われたしな。今でも好きですって。
…あれ?それは俺の勘違いだっけ?
「比企谷さん、連絡先教えてくれませんか?お悩み相談とかもしたいですし、いろはすの相談とか聞いてあげられますし」
「でもあれじゃないか?青峰は確か彼氏居るんだろ?そういうの大丈夫なのか?」
なぜだろうか。こういうとき、避ける方向に進んでしまう俺がいる。
いつも、何かしら理由を付けて逃げている。
「大丈夫ですよ」
「そうか…じゃあまあ交換しとくか…」
ここで無理に逃げると何か怪しまれてしまう。いや、別になにもやましい事はないがそう思われてしまうのでないかと思ってしまう。
考え過ぎだ。
青峰と連絡先を交換してすぐに一色と折本は俺の家に来てそれからショッピングをして帰った。
どうしてか、新しく加わった連絡先に対し戸惑いを感じた。
同日の定休日、栗原はお店に忘れ物があった為クレマに来ていた。
元々忘れ物を取りに来ただけのはずが、どうしても珈琲を飲みたくなった栗原は珈琲を入れ始めた。
「…静かなお店というのはやはり落ち着くな…」
別に普段の賑やかな雰囲気が駄目だということではない。
ただ、こうして静かに過ごすことに違うやすらぎを感じているだけなのだろう。
栗原はもう一口飲むとふとドアの向こうに誰かが居るのに気が付いた。
明かりはつけてしまっているがドアには「本日は定休日」と書かれた札が下がっているはずなのだ。
栗原がドアに近づくとその誰かがドアから離れて行くのがわかった。
すぐに栗原がドアを開けると、その子は振り返った。
「あ…」
「いらっしゃいませ」
その子は中学生くらいの女の子で黒くツヤのある長い髪だった。中学生にしてはどこか大人びた雰囲気も感じる。もしかしたらもう高校生かもしれない。
「今日は定休日なのだが、せっかく来てくれたんだ、一杯どうかね?」
「あ…すみません、今日はっ」
そのまま彼女は走り出してしまった。
彼女は一体なんだったのだろうと思いつつ残りの珈琲を飲み干した。
更新遅れてすみません。
次もいつになるかは未定です。なるべく早めに更新出来るように頑張ります。
でわでわ。