話を終えると、軽く扉を三回叩く音が聞こえた。
その音を聞き、すぐさま杖を振りアンリエッタの人形を砂へと変える。
こんな所を見られれば侮辱罪、反逆罪として捕まるかもしれない。
才人に判りやすく伝える為にやった事だが、些か危ない橋を渡っていたと反省をする。
「どなたでしょうか?」
相手を待たせるのもいけないので声を掛ければ、落ち着いた声で「夕食をお届けにまいりました」と告げられる。そういえば、マルトーさんに頼んだきりで未だに何も食べていない。
入ってくれと声を掛けると二人のメイドが入ってきて丁寧にお辞儀をした。
それに軽く手を上げ答えるとそのまま机に持ってきた料理を並べ始める。
(あれ……この子って)
その様子を見ている時にあることに気付く。
自分と同じく珍しい黒い髪の毛のメイド。
カリオストロ同様、既視感を覚えた。どこかで見た事があるなと暫し考える。
(なんだろうか、記憶に引っかかるな)
「シエスタ、それはこっちよ」
「えっ?……ごめんなさい!」
(そうだ、
お皿を置く場所を間違えたのか、同僚に注意され慌てるシエスタを見て思い出した。
幾分、原作を読んだのは、前世含めて36年前の話。
覚えていないのも無理はない。むしろよくぞ、思いだした物だと我ながらに感心した。
確か才人に惚れる一人でよくルイズと才人をめぐり喧嘩を……していた筈。
それ以外を思い出そうとするも、中々に思い出せない。
「ちょっと、ウイル」
「んっ……?あー、ごめん。君達ありがとう。下がっていいよ」
考え込みすぎたのか、気付けばルイズに服を引っ張られ注意された。
思考の海に沈んでいたので時間の感覚は分からないが、彼女達には負担を掛けてしまったと反省をする。貴族二人が居る空間でさぞ居ずらかっただろうに。
「心ここにらずって感じだったね☆」
「あぁ……ちょっと考え事」
食事を取る為に席に座るとカリオストロが話しかけてくる。
内容は先ほどの考えの話しで少し言葉を濁せば、ルイズが「いつものね」と答えた。
それに対して何も言わず、ルイズが得意げに二人に説明している姿をサンドイッチを食べながら見守る。昔から考え込む癖を持ってしまっている。
凡人が故に、
そうしなければ自分なんて簡単に埋もれてしまう。
そんな思いを抱き、結果を残す為に幼い頃から考え続けていた。
「なるほどな。お前の頭の良さはそこからか」
「………そうなるのかな」
「いいぜ。その努力する姿勢。そういうのは好みだ」
ルイズの説明を聞き終え、カリオストロが傍でそう呟いた。
あぁ……自分はどうやら相当カリオストロに心掴まれた様だ。
カリオストロの言葉に胸がふわふわとする。
誰に言われてもそんな感情を抱かなかったのに、
会って数時間と言う短い時間の中で――
「……カリオストロ」
「なんだ?」
「俺の使い魔になってくれてありがとう」
本当に本当に
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ふぅ……。いい広さだ」
「そうかしら?」
夕食も終え、お風呂へと入る事にした。
お湯の関係などもあり、1人ではなくルイズと入る羽目になったのは些か不満だが。
二人共に体が小柄な為、問題なく湯船に二人が入れる。
「カリオストロって本当に綺麗ね」
「当たり前だろ?オレ様が一番カワイイッに決まっている!」
風呂場で椅子に座り体を洗っていると髪の毛を触られる。
髪の毛はルイズの手を抜けさらさらと綺麗に流れた。
その様子を見てルイズは感嘆の言葉をあげた。
褒められるのは悪くない。だが、何度も触るのはヤメテくれとも思い、
「くすぐったいだろ」
「あっ……ごめんなさい」
軽く唇を突き出し、注意すればすぐにやめてくれた。
これで体を洗うのに専念出来るとカリオストロは喜び。
注意をされたルイズは大人しく湯船へと戻る。
カリオストロは、スポンジを使い指1本1本丁寧に洗っていく。
可愛さを保つのに必要な事なので何時間と掛けようが苦ではない。
目の前の鏡に映る自分に「あぁ……本当にかわいいなオレ様」と頬に手当てうっとりする。
「カリオストロってナルシストよね」
「あぁん?当たり前だろ。オレ様にはそれだけの価値がある」
ルイズの言葉に何を言ってるんだとばかりに呆れた。
天才的頭脳と才能、それに伴った容姿、全てが重なり合い価値を見出している。
胸を張って答えられ、ルイズは何も言えずに湯船に口まで浸かりぶくぶくと泡を立てた。
「………」
「ナルシストってのは言い換えれば自己愛、自分の事をしっかりと理解している事だ。自分を理解し、自分に何が足りないかを見極め足りない部分を補う。自分が好きな為に努力し!自分が最高だと思っているが為にそれを周りに魅せる!
手を大きく広げ、鈴の音のような凜とした声が風呂場に木霊する。
いつの間にか立ち上がり、腕を組みルイズを見下ろすカリオストロは、確かにこの世の物とは思えないほどの美しさで、それを隠そうともしない姿はカリスマさえ感じる。
カリオストロは自分の考えに一片も疑いなく、真っ直ぐ前へと向かっている人のそれであった。
「へくちっ」
「取り合えず……入れば?風邪引くわよ」
自分の面前で呆気に取られたルイズに満足し湯船へと浸かる。
その際に湯船のお湯がざざーっと流れ、心地よい音を辺りに響かせた。
先ほどの演説のせいか、二人は互いに喋る事無く無言で湯船に浸かる。
そんな若干重い空気を打ち壊したのは外からであった。
「ルイズ!お湯加減はどうだ?」
「少し温いわね。ウイル」
(むっ……)
外から聞こえてきたのは、ウイルの声だ。
お湯を沸かし時間が経っているので温くなってないか聞きに来たのだろう。
ウイルは、ルイズの声に「少し待ってろと」答え、何やらごそごそと動き始めた。
たぶん、外にある釜戸に薪をくべるのだろう。
だが、そんな事カリオストロにはどうでもよかった。
ウイルがルイズに問いかけた瞬間、胸がモヤっとして嫌な気分になる。
何故、自分も居るのに先に声を掛けないのかと……。
(ちっ。なんだこれは――)
ルイズとウイルの続く会話を聞いているとムカムカとしてくる。
心が落ち着きなく動き、早鐘のように胸を急かす。
無理矢理嫌いな物を食べさせられてるようで全てを吹き飛ばしたくなるほどに……。
「それじゃ戻る」
「うん、ありがとう。……カリオストロ?」
「……なんでもない」
気付けば用事も済んだのかウイルは、離れ部屋へと戻っていた。
自分も話しに加われば良かったと思うも時既に遅く、声は届かない。
そのことにカリオストロは、不機嫌になり。
先ほどのルイズと同じように口を湯船に付けぶくぶくと泡を立てた。
そんな不機嫌そうなカリオストロにルイズは不思議そうに眺めた。
「ところで……さっき何を言われてたの?」
「……さっき?」
「食時の時にウイルに笑顔で何か言われてたじゃない」
「―――」
ルイズの疑問の声を聞き、カリオストロは顔を真っ赤にさせた。
『俺の使い魔になってくれてありがとう』
あの言葉が脳裏に蘇り、心がむず痒くなる。
心臓が熱を持ち締め付けられるような感覚がもどかしく、涙が出るほどに切ない。
それでいて、心臓が心が何かを急かすかのように――早鐘を打つかのようにドクンドクンと脈打った。自分はこの感情を知らない、今ままで生きてきていて初めて味わう気持ちだ。
―喜びとは違う
似ているが違った、これはそれ以上のものだ
―怒りとは違う
体がカッカと熱くなるが心地よい熱さだ
―哀しみとは違う
切なくなり涙が溢れるもそれがまた愛おしい
―楽しいとは違う
これを楽しいだけで終わらすのは勿体無い
ああ……この感情は一体なんなのだろうか。
得体の知れない感情なのに不安はなく、むしろもっともっと感じていたいと思う。
カリオストロは、魅入られた、魅入ってしまった。
この狂いそうになるほどの感情に――。
(あぁ……なるほど。そういうことか)
意外にも感情の正体に行き着くのは早かった。熱に浮かされてながらも、それでもカリオストロの冷静な部分は簡単に答えを導き出したのだ。
脳裏に甦るのは、広場で仲良さげに触れ合う使い魔達、会ったばかりだと言うのに懐く彼等を思い出す。才人もそうだ。他の世界から拉致されたというのに直ぐに馴染み、ルイズに心を許している。
たぶん……そういう事なのだろう。
これはルーンの効果で抱く、ご主人様への――。
――――――感情だ。
それに対してカリオストロは怒りを感じなかった。むしろ納得した。
他の人でなら――だと気付いた時点で怒り、これからの自分を思い嘆く。
だが、カリオストロは違った、逆に感謝をした。
(きっとこれは与えられなかったら、一生理解出来ない類だ)
ナルシストが故に、自分を良く知っているが為に、自分が得られないと思っていた感情が手に入った為に喜ぶ。この感情の行き着く先がどうなるかは判らない。憎悪か愛情か、はたまた狂想か。
ルーンの効果が切れた時に感じる感情はなんだろうか、楽しみでしょうがない。
(ブリミルにウイル……感謝するぜ)
いいだろう、この気持ちに流されてやる。
「カリオストロ?」
「………」
ルイズの問いに答えず、湯船から上がり、振り向き様に
ニヤリと笑い、そう言い切った。
案外早くばれたルーン効果。
しかし残念ながら 今の段階では未知の感情を自分の為に調べて自分の為にしか役立てようとしか思っていません。
これから先、少し過激なスキンシップを見せようも 心配する素振りを見せようも全ては実験、偽りの感情と処理されるでしょう。
カリオストロのヒロイン本番はティファニアに会ってからになります。
ルーンの効果が解け、本当の感情が剥き出しになった時……どうなる事やら。