プロローグ:脱出
「参ったねぃ……ここでお終いか」
暗いくらい牢屋の中で一人の女性が呟いた。
その声は何処か疲れたような、諦めたような声に聞こえ女性の心情を語っている。
「やれやれ……変なドジしちまった」
女性は苦笑するように呟き窓の外を眺める。
窓の外には綺麗に双月が並んでおり嫌味ったらしいほど美しかった。
「………誰だい?」
「ほぅ」
そんな双月を暫しの間、眺めていると女性は徐に後ろを振り向き暗闇を見つめた。
誰か居るのか、声を掛けると暗闇から声が聴こえた。
声からして男性だろうか。
「変な客が来たねぃ」
暗闇から来た人物が、女性の鉄格子の前までやってきて月明かりに照らされる。
女性は月明かりに照らされる人物を見てそう呟いた。
その人物は、ローブを着ており、顔は仮面で隠している。
いかにもな人物に女性はため息を付いた。
「ふふふ……変なと来たか……これを見ても言えるかな?」
「それはっ!」
そんな女性を気にせず、異様な人物は懐から一つの鍵を取り出し見せ付ける。
鍵は銀色に輝き、月の明かりで怪しく鈍く光っていた。
「………私に『土くれのフーケ』に何をさせようと言うんだい」
「ふふふ……話が早くて助かるよ。フーケ」
その鍵を見た瞬間、女性……土くれのフーケは悟ったのか唇を尖らせた。
「なに、我等の組織に参加して欲しいだけさ」
「組織?」
「そうだ!………我等、『レコン・キスタ』に!!」
フーケが疑わしそうに聞けば、目の前の人物は両腕を広げ、高らかに歌い上げるように言った。
「レコン・キスタ……あのアルビオン王族を攻めてる奴等かい」
「そうだ、我等レコン・キスタの目的は『聖地奪還』。故に胡坐をかいて座ってるだけの王族を静粛している」
「やれやれ、ずいぶん過激な団体様だね」
「時代を動かすにはそれぐらいが丁度良いのさ」
「………」
フーケはその言葉を聞いて黙り込む。
腕を組み考えるかのように何度か天井と地面へと視線を彷徨わせた。
「わかった、参加するよ」
「そうか、ようこそ。『レコン・キスタ』へ」
数十秒ほど経った後にフーケは顔を上げて答える。
それを若干嬉しそうな声でローブの人物は受け入れた。
「ん~~~、はぁ……何がようこそだ。どうせ参加しなければ殺してたろうに」
「………」
ローブを受取り、着込みながら文句を言えども仮面の男性は無言のままだ。
「それで、ここからの脱出はどうなってるの?」
「見張りは眠らせてある。脱出経路は
「ドゥドゥー?」
「レコン・キスタの一員だ」
足早に歩きながら説明を受けていく。
手際が良いことに、歩きながらフーケは関心したようにため息を付く。
暫く歩けば入り口へと戻り、フーケは久々の外へと出た。
「はぁ……いいね、外は」
ぐぐっと両腕を上に伸ばし外の世界を全力で受け止めるかのように伸びをする。
「すべる子爵、遅いよ」
そんな事をしていると先ほどの仮面の男性とは、別の声が聴こえてくる。
「誰が!すべるだ!!」
「あー……なんだい。ワルド子爵だったのか」
「!?」
別の声に仮面の男が珍妙なあだ名で呼ばれた。
その珍妙なあだ名に仮面の男が怒ったように答えるもフーケは納得したかの様に手を叩き、仮面の男の素性を言い放つ。
これに驚いたのは仮面の男……ワルドだ。
「な、なぜ」
「いやだって……すべる子爵と言えばアンタしかいないし。有名だよ?牢屋番していた奴等も噂してたぐらいに」
「くっ!!」
「あっはっはっはっは」
あっけらかんとフーケが答えれば、ワルドは仮面を外し、地面に思いっきり叩き付ける。
仮面の下から出てきた顔は、怒りに燃え、やりきれないとばかりに語っていた。
そんなワルドを先ほど声を掛けた人物がケラケラと指差して笑う。
「それは置いといて、アンタがドゥドゥーかい?」
「そうだよ、ドゥドゥー……あれ、名前って教えていいんだっけか?」
フーケはワルドを置いておいて、声を掛けた人物へと向き直った。
声を掛けた人物、ドゥドゥーは金髪が良く似合うハンサムな青年だ。
長い髪を後ろで束ね、目が細くのほほんとした雰囲気をだしている。
「なんと言うか……こんな仕事をしている事が似合わない男だね」
「そうかな?これでも結構場数を踏んでるんだけど」
フーケの問いにドゥドゥーは首を傾げ答える。
その仕草も柔らかく、ますます似合わない。
そんな話をしているとワルドが二人に近寄って来る。
「はぁ……はぁ………。ドゥドゥー、脱出の件なんだが」
「あー、ごめんね?子爵、資料置いてきちゃってさ、経路忘れちゃった」
「!!!!!」
先ほどの怒りを収めたワルドが問いかけるも、ドゥドゥーは舌を出しコツンと頭を軽く叩き答えた。
そのドゥドゥーの言葉を聞いてワルドは地面に崩れ落ち、何度も何度も手を地面に打ちつけ始める。
「………この組織大丈夫かな」
「大丈夫、大丈夫。いつもこういう時は神様が助けてくれるんだよ」
変な同僚達に押されつつ、自分の未来に憂いているとドゥドゥーが悪げなく肩を叩きながら笑った。
『そこで何をしているっ!!!』
「………神様が何だって?」
「ひゅーひゅー……」
そんなドゥドゥー達に誰かが声を掛ける。
仲間かとも思ったが、声の険しさからして違う。
振り向けば、見回りの兵隊らしき男性達が四人ほど立っており、杖を此方に向けていた。
その事をフーケがドゥドゥーに言えば、ドゥドゥーは吹けていない口笛を吹いた。
「何を……フーケ?ワルド子爵?」
「しまった!仮面を!?」
「すべる子爵はうっかりさんだね」
その中のリーダと思われる男性貴族が、フーケとワルドの顔を見て驚愕した。
ワルドは仮面を探すも先ほど地面に叩き付けた際に割れていて効果はなさそうだ。
というより、今更被っても意味は無いだろう。
「くっ!」
「貴様ぁぁ!!裏切ったか!!」
男性貴族の声に慌ててワルドも立ち上がり杖を構える。
構えるも汗を垂らし、苦しげな表情をしている。
「……あいつ強いのかい?」
「僕と同じ風のスクウェアだ」
そんなワルドを見てフーケがこっそりと聞けばその様な答えが返って来た。
その答えにフーケも汗を垂らし、顔を歪ませる。
「私は杖ないし……二人に任せるしかないんだけどね?」
「やってやるさ」
二人は、寄り添うように近寄り、油断無く会話を続けていく。
「はいはい、お手上げ。杖も渡すよー」
「おい!ドゥドゥー!」
ワルドがやる気に満ちているとドゥドゥーは、逆にやる気なさげに降参をした。
持っていた杖をポンっと投げ捨て、両手を上げて投降していく。
「……杖を回収して奴を捕まえておけ」
「はっ!」
「くそ……!!」
リーダーと思わしき男は油断なく構え、他の隊員に杖の回収を促す。
それを忌々しげにワルドは睨むも動きは無い。
自分が不利だと察しているだけに動けないのだ。
「………」
「たくっ……手間かけさせやがって」
ドゥドゥーは両手を上げたまま、のんびりと歩き、杖を回収している隊員とすれ違う。
その時だ――
「え?」
それは誰に呟きだったろうか。
気付けば、杖を回収しに来た隊員の顔が百八十度回転していた。
誰もが異様な光景に目を見開き固まった。
リーダーの男が辺りを見渡すも杖は構えているものの誰も魔法を発していない。
それなのにだ。
目の前の隊員はその場で倒れ息絶えている。
「他に仲間が居たか!!お前もそこで止まれ!」
「え?は?」
「わー怖いなー。いきなり人が死んだぞー」
リーダーの男がそう判断し、怒りをワルド達に向けるもフーケは何のことだとばかりにうろたえる。
ワルドでさえ、目を見開き驚いているのだ。
それでもリーダーの男は油断なくワルドとドゥドゥーを睨み杖を向ける。
そして他の二人に周りを気をつけるように指示をした。
「あらら、首が曲がっちゃって、こんな病気もあるんだね?」
「黙れ!」
ドゥドゥーが直ぐ隣に倒れている隊員を見て呟く。
それを忌々しそうにリーダーの男が吼えるように鋭く制した。
だが、それでもドゥドゥーの口は止まらない。
「これって感染しないよね?したら僕やばいんだけど」
「黙れ!黙れ!!」
「いや、ほら……僕がここで死んだら困るでしょ?折角の情報源だしさ」
「うるさい!」
「だから……さ?そっちに行かせてもらうね?」
「え?」
ヘラヘラと笑うドゥドゥーの言葉にイラつきながら答えているとドゥドゥーの姿が
霞のようになくなり、気付けばリーダーの男の前にドゥドゥーが姿を現す。
「なにがっ……」
「
それがリーダーの男の最後の言葉となる。
ドスンと音と共にリーダーの男の背中から光り輝く魔法の剣が飛び出る。
「隊長!」
「はいはい、君は黙っててね」
ドゥドゥーが隠していた杖から放たれたブレイドに串刺しにされ、リーダーの男は一撃で絶命する。
それを見て怒った隊員が、杖を振ろうとドゥドゥーに杖を向ける。
「遅いよ」
「ぐあぁ!?目がぁぁぁぁぁぁ」
杖を向けるもドゥドゥーの動きの方が早かった。
杖を持っている手とは逆の手が素早く動き、何かを隊員に投げつける。
放たれた物は正確に隊員の両目に刺さり、隊員は目を押さえその場に倒れこんだ。
「接近戦で魔法とかないわー。断然こっちのほうが早いでしょうに」
「あー……あぁぁぁぁぁぁ!!!」
目を押さえ蹲る隊員を冷たい目で見下ろす。
「ひぃ!!!!!」
「あぁ……君も逃げちゃ駄目だよ」
そんな事をしていると恐怖に煽られたのか、残りの一人が背中を向け逃げ出す。
それをブレイドをリーダーの男から引き抜いたドゥドゥーが呆れたような表情で見送った。
「ドゥドゥー!奴を逃がすな!」
「はいはい」
「ちっ!」
呆気に取られていたワルドであったが、隊員の一人が逃げ出した事により意識が覚醒する。
このまま逃げられたら自分の裏切りがバレ、策が台無しになってしまう。
そのことを鋭く投げかけると、ドゥドゥーは面倒そうに杖を上に挙げた。
杖からブレイドがでたままだ。
既に隊員との距離は六メイルほど離れており、ブレイドでは届かない距離だ。
それなのに、ドゥドゥーは頑なにブレイドの魔法を維持し続ける。
その事に対してワルドは舌打をしてドゥドゥーに任せるのではなく、自分で仕留める為に杖を隊員に向ける。
それも無意味に終わったのだが。
「な゛」
「はい、お終い」
杖を隊員に向けた瞬間、隊員が光の柱に押しつぶされ、爆発したように体が四散する。
その光景に驚き、ドゥドゥーに目を向ければ、ドゥドゥーの杖から光の柱が放たれており、ブレイドの一部だと判断できた。
これは、ワルドもフーケも口を開いたまま固まってしまう。
本来ブレイドの長さは長くて二メイルちょっと、それなのにドゥドゥーのブレイドは十メイルを越える大きさの物になっていた。
自分達の常識外の出来事を平然とこなすドゥドゥーに恐怖を感じ、二人は何も言えずに立ち尽くす。
「いやいや、どうにかなったね。流石は僕」
「何が……『流石は僕』よ。ウスラトンカチ!」
「あいたっ!?」
ワルドとフーケのほうを振り向きドゥドゥーが自慢げに胸を張れば、他の声が聴こえてきて、ドゥドゥーのお腹を蹴っ飛ばした。
蹴っ飛ばされたドゥドゥーは、先ほどの動きが嘘のように吹き飛ばされ、三メイルほど地面を転がった。
「資料また忘れて……前から言ってるでしょ?『資料は渡されたときに覚えるもの』って!!」
「げほげほ、いやさ……僕は忘れっぽいからさ。持って無いと駄目なんだよ」
「持って無いとって、それも忘れるじゃない」
「あっはっは、痛いところを突いて来るね。
地面に転がっていたドゥドゥーの上に立ち、一人の少女が文句を次々と告げる。
それにドゥドゥーは怒る事も無く、楽しげに会話を続けた。
「誰だい……?ジャネット?」
「ドゥドゥーお兄様……?人の名前をバラさないでもらえます?」
「あたたた、ごめんよ。ジャネット!だから踏まないで!」
いきなり現れた人物にフーケが問いかければ、ドゥドゥーが件の少女に踏まれる。
「ほら、ドゥドゥーお兄様。資料よ」
「おぉーー!!流石は僕の妹!助かるよ。……すべる子爵、これで逃げれるよ!」
ジャネットが何やら紙の束をドゥドゥーに渡すと、ドゥドゥーが喜んだように明るく手を振った。
それに対して、ワルドは顔を引き攣らせながらも手を振り返す。
「それじゃ、お仕事しっかりね」
「あれ?ジャネットは付いて来てくれないのかい?」
手を振り、帰ろうとするジャネットにドゥドゥーが不思議そうに尋ねる。
「私はこれからお仕事なの」
「お仕事?」
「そうよ、『トリステイン魔法学院への編入』」
「はぁ!?編入だって!?」
ジャネットの言葉にドゥドゥーが飛び上がるほどに驚く。
「まてまて!編入したら一体誰が僕の資料を届けてくれるんだい!」
「そんなの自分でして下さないな」
「それに……それに、兄さん達が転入を許すと……」
「ダミアンお兄様は『しっかりと楽しんで来なさい』だって」
「えー………僕もそっちが良かった」
嬉しそうに頬を染めるジャネットにドゥドゥーが肩を落す。
「そっちなら、楽しめだろうにな。あぁ……戦ってみたかったな、『ガンダールヴ』と『錬金』」
「どちらにしろ駄目よ。正体バレるじゃない」
「くそっ!」
「それじゃね?ドゥドゥーお兄様。あと虚無の日は城下町で皆揃ってお食事だからね?」
それだけを言うとジャネットは軽く微笑み、手を振り闇の中へと去っていった。
それをドゥドゥーは羨ましそうに眺めつつもため息を付いて見送り、立ち上がる。
「はぁ……すべる子爵と……ケープ?……さんだっけか、資料も手に入ったし逃げようか」
ドゥドゥーの軽い物言いに二人は頷くしかなかった。
この夜、トリステインは土くれのフーケを逃し、四人の隊員を失い、物語の第二幕が開かれた。
元素兄弟、キャラ濃いなー。
ちなみに読み返したら、ドゥドゥーとかの戦い方とウイル君って似てますね。
『足せる系統の数がすべてではない』
とドゥドゥーも言ってるという。
元素兄弟とウイル、実際敵同士でなかったら気が合いそうだな。
追記:ワルドは後々かっこ良くなります。