「うぉぉぉぉぉぉ!!」
気合を入れ、最初の一歩を踏み出す。
剣を握ってから才人は、不思議と痛みも恐怖も感じない。
ただただ、体の奥から湧き上がる衝動を声に出し、ワルキューレへと足を進めた。
「なっ!」
気付けば、たった一歩で数メイルを移動しワルキューレの目の前へと辿り着く。
ギーシュが驚いたのか目を見開く姿が目に写った。
(羽の様に軽い)
指先から足先まで全てが滑らかに動き、頭が冴え渡る。
武器をどう扱えばいいのか、どう振れば効率よく斬れるか。
様々な情報が頭の中を巡り、広がる。
「ここだ!!」
「ワルキューレっ!!」
剣を横に構え、勢い良く振りぬく。
イメージは居合いの形に近い物で、頭の中で考えた動きとピッタリと合う形で剣が動いた。
ギーシュも慌てながら薔薇を振り対応するが、全てが遅い。
スローモーションの様に動くワルキューレのパンチを掻い潜り、剣が胴体に当たる。
胴体に当たった剣は何の抵抗もなく、熱したナイフでバターを切る様に入った。
「―――」
剣を振りぬいた形で体を止めると周りの喧騒が止む。
たった1秒ほどの時間の中で行なわれた動きに理解が出来ず唖然としているのだろう。
「ふぅ……」
才人がその状態で深く息を吐くと、ワルキューレの胴体が横にズレ地面へと落ちる。
胴体が金属の甲高い音を立て落ちると才人は顔を上げ、ギーシュを見た。
ギーシュは、ポカンと口を開き唖然とするも才人の視線を受け、真剣な表情で薔薇を振る。
振るわれた薔薇の花びらが何枚か散り、地面に落ちると新たなワルキューレが作り出される。
「……力を隠してたのかい?」
「いや、隠してないし。オレ自身も驚いている」
ギーシュの問いかけに嘘偽りなく答えた。
「そうか……理由は分からないが……僕も本気を出してよさそうだ」
そう言った直後、ワルキューレが完成しギーシュと才人を分ける壁のように湧き出た。
(武器が出てきたか)
出てきたワルキューレは4体。
その内の3体が先ほどは持っていなかった武器を持っていた。
大きな盾を持っている者、2メイル近い棒を持っている者、50サントほどの刃を持つ片手剣に小さな盾を持つ物。
最後の1体は、これまでのワルキューレと違い、頭がなく、胴体が椅子のような形状をしていた。
他のワルキューレはいいとして最後のワルキューレは一体何だろうかと首を傾げる。
不思議そうに見ているとギーシュも視線に気付いたのか、イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべ、ワルキューレに乗り込んだ。
「………それ椅子なのか」
「高い位置の方が指示を出しやすいのさ」
素直に聞いてみれば、教えてくれた。
確かに椅子のワルキューレに乗ったギーシュは背が高くなり、あれなら辺りを見渡せるだろう。
「さぁ……君にこれが崩せるかい?」
「やってやるよ」
剣を横に倒し、駆ける。
やはりと言うべきか、先ほどと同様に、身体能力は段違いに上がっており才人は数メイルの距離を瞬く間に埋めた。
(………なっ!)
相手の動きを見てカウンターで仕留めようとして才人は驚く。
てっきり最初に向かって来るのは、片手剣か棒を持ったワルキューレと思っていた。
大盾のワルキューレで
そう、才人は思っていたのだ。
「盾で突っ込んでくるのかよ!!」
そう、意外や意外、最初に突っ込んできたのは大盾を持ったワルキューレであった。
大きな盾を持ったワルキューレが才人に突進し、才人は壁が迫ってくるような感覚を味わう。
(落ち着いて斬ればいい)
先ほどの自分であれば、驚き戸惑っていただろう。
だが、今の才人には身体能力の向上により、周りを見渡せるぐらいの余裕があった。
先ほどのように剣で薙ぎ払い、盾ごと斬ってしまえばいい。
そのような事を思い剣を薙ぎ払………
「!!!」
わなかった。
薙ぎ払おうと手に力を入れた瞬間、背筋にゾワっと冷たい感覚が走る。
(やばい、やばい、やばい!)
才人は、自分の感を信じ全力で後ろへと跳んだ。
その直後だ。大盾のワルキューレが突如横へと体を動かしたのは……。
大盾のワルキューレが避けた直後、長い長い棒が才人を串刺しにする勢いで迫り来る。
既にバックステップで後ろに跳んでいる才人には、これ以上避ける手段がない。
50サント、40サント、30サント……と近寄ってくる棒に才人は冷や汗を掻く。
「ぐあっ!」
棒は、才人のお腹の数サント手前で止まった。
その事にほっとするも、着地も何も考えず後ろに跳んだ為、勢い余って後ろへと転がった。
ごろごろと後ろに転がり、服や顔、頭に土が付くが気にしない。
「あぶな……」
「まさか、後ろに避けるとはね」
何とか体勢を整え、何が起きたのかを確認するべく目を凝らす。
目を凝らした先には、棒を持っていたワルキューレが存在し。
その後ろには片手剣を持ったワルキューレも今か今かと、待ち構えるように立っていた。
(大盾で視界を遮り、引き付けた所を
片手剣を持っているワルキューレは、横に避けた場合の保険なのだろう。
才人は今更ながら顔を青くし、自分が助かった事に安堵した。
魔法ばかり頭にあり、まさか戦術を混ぜてくるとは思いもしなかった。
目の前の男は、自分が平民であろうと油断もしなければ侮りもしない。
(調子に乗るな……オレ、いつもそれで失敗してるだろ)
そんな事を思い、息を整えるとワルキューレがまた、隊列を組む。
大盾のワルキューレを筆頭に後ろに隠された2体は才人の目からは確認できなかった。
(どう攻めればいいんだ!)
才人は、じりじりと横に動きながら様子を伺う。
一歩、また一歩と動けばワルキューレもギーシュを中心に少しずつ動く。
どれだけ歩こうが走ろうが、才人の前にワルキューレは立ち塞がる。
もう一度、突っ込んで見ようか……先ほどのような目に合うだけだ。
なら下に避けようか……体勢が崩れている所を盾で潰されてお終いだ。
横に避ける……片手剣の餌食になるだろう。
才人は、頭をフル回転させ悩む。
どう相手を攻略しようかと……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(まさか……この陣形を使う事になろうとはね)
険しい顔で此方を睨んでいる才人を見て、ギーシュはそんな事を思った。
学院に通っている間は、使う事はないだろうと思っていたが、人生何が起こるか判らないものだと
苦笑しつつそんな事を思う。
(本来なら弓兵も置いておく所なのだけど……流石にこれ以上は精神力が足りないか)
自分の作った兵隊を上から眺め、若干拗ねる。
どうせなら完璧な状態で彼と戦ってみたかったとそう思ってしまう。
ギーシュには、平民や貴族といった隔たりが余りない。
平民でも凄い人……尊敬できる人がいっぱい居ると理解しているのだ。
故に平民でありながら、誰かの為に貴族に立ち向かう才人に最大限の礼儀を持って接する。
ギーシュの父親は元帥の席に着いている人だ。
元帥となれば実家に軍を置いておく事が許される。
その為、ギーシュは他の貴族に比べて平民と触れ合う機会が多かった。
『人が居て戦が起き、戦もまた起せる』
幼少の頃、父親に何度も何度も聞かされた言葉だ。
それほどに戦や軍には人が必要になってくる。
そこには貴族や平民といった括りはない。
ただただ、優秀な人が、役割をこなせる者がそこに入る。
言ってしまえば実力主義の場所であった。
10歳の頃に連れて行かれたオーク討伐の遠征の時に、1人の平民の指揮官の下に連れて行かれた。最初こそ、なんで平民の指揮を見なければいけないのかと不満たらたらに思っていた。
だが、それも討伐が始まるまでの間である。
圧巻、まさにそう呼ぶしかなかった。
本来なら手も足も出ない筈の平民がオークを討伐していくのだ。
オークと言う存在に怖がっていた事も全てが吹き飛ぶほどの出来事であった。
いつもは冴えない奴と思っていた平民の指揮官は、真剣な表情で的確に指示を出していく。
見事に全ての相手を策に嵌め魔法を使わず駆逐していく。
それを見て胸が高鳴り、憧れ自分もあそこにと思ってしまうのもしょうがない。
ギーシュの進む道が決まった瞬間でもある。
(そういえば……彼と会ったのもあの時か)
ふとそこまで思い返して、友達の1人を思い出す。
自分と同じく討伐に参加していた同じ年の男の子。
いつも物静かで何処か達観していて、大勢の人に流されず自分の道を行く親友を。
「……さて、流石にこれは無理かな?」
「……見てろよ」
意識を戻し、目の前の相手に集中する。
見れば、彼は何度も何度も前から軽く当たってくる。
少しでも盾を動かせば守りに入り、棒が飛べば全力で避ける。
周りがそのことで笑っているが、ギーシュは違う。
(間合いを計られたか)
注意してみればよく分かる。
サイトは無理な突撃を考えなしに行なったわけではない。
棒が何処まで延びるのか、間合いは何処までなのかを正確に測っていた。
間合いが分かれば、何処までが安全で何処までが危険なのかが分かり、攻撃を受ける回数が格段に減る。
そんな地道な作業が戦いにおいて重要なのだ。
『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』
戦の話をしている時に親友に言われた言葉だ。
それを忠実に築き上げているサイトへの評価が格段に上がる。
情報の大切さを彼はよく知っている。
(くるか)
「……よしっ!」
刻むような突撃を終え、息を整えるサイトに対して身構える。
一目見れば分かる。彼は次で決めるつもりだ。
(来るなら来い。全力で迎え撃とう!!)
何があろうと対応できるように頭の中で考えられる事をシミュレーションする。
既に此方は万全だ。どうでる……サイト。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(うん、これしかないな。てかこれしか思い浮かばねー)
何度か突撃し、結論に辿り着く。
成功する確率も低ければ、失敗すれば袋叩きで自分は負ける。
それでもギーシュに勝つにはこれしかない。
(……ははは、最初はボロボロになるつもりだったのに)
覚悟を決め、最後まで情けなくても戦おうと思っていたのに。
今では目の前のギーシュに勝ちたいと心の底から思っている。
日本に居た時には感じなかった気持ちに知らず知らずの内に口角が上がる。
「いくぞ!」
「こい!」
残された体力は少なく、これで打ち止めだ。
それでも足は軽快に動いていく。
駆ける、翔ける―――背を低くして前倒れになりつつ加速していく。
「っ!!」
目の前で盾のワルキューレが動く、タイミングを合わせろ、掴め。
その為に何度も何度も危険を顧みず突撃したのだ。
(1……2……3!!)
盾が横にズレ、最速の槍が迫り来る。
それを剣の腹で受け止め、体を回転させ横へと流す。
だが、相手も予測をしていたのだろう。
既に避けた先には盾を持ったワルキューレが待ち構え、潰そうと盾を突きつけてくる。
その後ろには片手剣を持ったワルキューレが構えていた。
盾を斬った所を迫撃する為に用意をしていたのだろう。
軽く後ろに下がり、盾を
「なっ!!」
「喰らえ!!」
少々無理な姿勢で跳んだ為に体が横に向きになるが問題はない。
剣を振れればいいのだ。
跳んだ勢いのまま、
棒を持っていたワルキューレは、間合いに入られた上に伸ばし切った状態だ。
避けれずに、剣を受け最初のワルキューレ同様切り裂かれ土へと還る。
「っ!」
そのまま、受身も取れず地面に落ちるが、呻いている時間はない。
すぐさま、剣を横に薙ぎ払い他の2体のワルキューレの足を狙う。
「させるかっ!!」
倒れながらも横に振るった剣は、ワルキューレの足を切断する事に成功する。
崩れ落ちたワルキューレが、金属音を立て倒れる中、横へと転がり体勢を立て直す。
「……はぁ、はぁ」
息が上がり、体中が痛む。
ギーシュは、足を切られたワルキューレを土に戻し
(盾のワルキューレを見捨てて生き残らせたのか)
荒い息を吐きつつ、状況を確認する。
ギーシュは、全てを倒されないようにわざと1体だけを残し、残りの1体を動かすのに集中したのだ。
(負けたかな)
ははは……と軽く笑いそんな事を思った。
既に体力を使いきり、動けない。
肺が苦しい程に酸素を求め、手足は石のように硬く動くのもだるい。
そんな自分に対してギーシュは2体のワルキューレを持っている。
これが残り1体であれば、まだ何とかなったかもしれない。
しかし、現実は片手剣を持った奴とギーシュが座っている奴の2体を残している。
いや……まだギーシュは、ゴーレムを作れるかも知れない事を考えると完全な敗北だろう。
「っ……!」
涙が溢れそうになった。悔しい、とても悔しい。
周りの生徒達に笑われた時よりも悔しく、強く歯を食いしばり懸命に涙をこらえる。
歯が鳴るほどに敗北を強く噛み締め才人は、ギーシュを見据える。
「ふぅ……」
「は?」
見ているとギーシュが椅子にしていたワルキューレを土に還した。
「なにしてるんだよ……情けか?」
「違うね。僕は君に
わざわざ不利な状況に持っていくギーシュに問いかける。
「君には分からないかも知れないが魔法でゴーレムを複数運用するのは頭を使うんだ」
とんとんと頭を指で叩きギーシュが少しだけ笑う。
ギーシュの顔には大量の汗が噴き出ており、顔も少し青白い。
本当の事なのだろう。
「君が動けるかも知れない事を考えて……残りの1体に集中するのさ」
「ははは……そうか」
無理矢理……体を起すと、体のあちら此方から悲鳴が上がる。
それでも……それでも無理矢理に才人は立ち上がり、震える手で剣を構えた。
視界が滲む、手が震え剣先がぶれる。
足は言う事を聞かず、小鹿のように震えるも気合で押し込み立った。
「決着をつけようか」
「あぁ……この一刀で正真正銘の打ち止めだ」
言葉を言い終わり、才人は走り出す。
先ほどの速さが嘘の様な速度しか出ないが、構わない。
ここで全力を……全力以上を出さなくて何処で出すというのか。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ワルキューレッ!!!!」
お互いに叫び最後の一撃へと力を入れる。
突っ込んでくる才人に合わせワルキューレが片手剣を上段に構え振り下ろす。
それに対し才人もまた剣ごと斬り裂くように全力で振るった。
金属の鋭い音が響き、剣が宙を舞う。
舞った剣が地面に刺さる頃、1人が崩れ落ちる。
「くっ……そ……」
悔しそうに倒れ伏すのは才人だ。
涙を流し自分が持っていた剣へと視線を送る。
視線の先の剣は刃先が半ばから折れていた。
青銅で青銅を斬っていたのだ、才人より先に剣がもたなかった。
「邪魔するよ」
「………」
悔しそうに涙する才人の横でギーシュも同じように寝転がった。
ギーシュは肩で息をしながら空を見上げる。
そんなギーシュを才人は悔しそうに眺めた。
「まったく……してやられたよ」
「………え?」
「あー……
何がおかしいのか楽しそうに嬉しそうに笑うギーシュの言葉に沿い顔を動かす。
「あっ……」
「この勝負
花びらがなくなった薔薇の匂いを嗅ぎながらギーシュが言う。
才人の視線の先にあった物は、
「君も僕も動けない……引き分けだろ?」
「ははは……そうか、引き……分けか」
別の意味で涙が溢れる。
才人もまたギーシュの様に空を見上げ腕で顔を隠す。
「次は……勝つ」
「それは此方のセリフだよ……
「覚えてろよ……
二人は笑みを浮かべ、お互いに同じ空を見上げた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「それで……どうしますか?
「むぅ……」
一つの部屋の中で老人が呻る。
問われた事に対してどう言えばいいか考え、悩んでいるのだ。
「
ニッコリと人の好い笑みを浮かべる少年に老人は、舌打をしたくなる。
本来であれば生徒の少年にこんな事したくないが、今の心境ではしょうがないと思った。
何せ、話せば話すほど嫌味を言ってくるのだ。
今も
「分かった……許可しよう」
「あなたのご決断に感謝と賛辞を」
深いため息をついて答えれば、少年はしっかりと深くお辞儀をしてそのような事を言ってくる。
何をどうしたらこんな性格に育つのだろうか。
(家庭訪問とか取り入れた方がいいんじゃろか)
ついついそんな事を思い老人――オールド・オスマンは現実逃避を行う。
「それじゃ、急ぐのでこれで」
「またねー、お爺ちゃん☆」
そう言って、足早に去っていく二人組みを見送り、オールド・オスマンは静かに涙した。
サイトとギーシュが王道主人公している。
ウイルは何時の間にか暗躍中。
あと、決闘の結果は前から引き分けと決めてました。
何処で差がついたか!
ちなみにギーシュを強くしたのは、いずれは出て行く四男坊とは言え、元帥の息子だし
何かしら学んでいるだろうと思ってのことです。
17歳になるまで何も教えなかった訳ないと思うんですよね。
後は、才人のライバル件親友ポジを担当するという理由も。
性格の関係上、ウイルはライバルになれないので。
決闘も終わったのでウイルとカリオストロがメインで話が動き出します。
あと、クロスオーバー作品も一つだけ増やします。
主人公の錬金が其方の方なので設定だけを……。
設定を出す時にタグ追加します。