いないいないばぁ。   作:Gasshow

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報告をするために載せた一話です。本当は投稿するつもりはありませんでした。一つは前から言っていた『Who is the liar.』 が完成しました。良ければ読んで下さい、と言うのと『いないいないばぁ。』が終わってしばらくたったので解説を活動報告に載せます。と言うこの二つを言いたいが為に四千文字を書いたぜ(疲れた)。

ではこの話について。今回は『きゅうけつ鬼ごっこ』並みに綺麗に出来た話かなと思っています。自分で言うのもなんですが、クオリティーは高いと思います。なのにも関わらず難易度は『hard』な感じです(恐らく)。簡単にも出来たんですが、もう自分がこう言ったミスリード的(使い方合ってる?)な話を投稿することは少なくなると思ったので、せっかくだと難しくしました。もう本当にこの話で最後ですかね。こんな話を投稿する暇があったら連載の方を終わらせろ、と言われそうです(笑)。


花の名

私がその花を見つけたのは本当に偶然だった。蝉の声がけたたましく鳴り響く人里のど真ん中にそれはポツンと潜んでいた。人々が右へ左へ流れる大通りの端で、自分は居ないですよと言いたげに、なるべく身を(かが)めて姿勢を低くしていた。本来は春に咲く筈のその花の名前は、『御形(ごぎょう)』別名を『ハハコグサ』と言って、春の七草を担う一員でもある。だから当然、その黄色い小さな綿をかき集めたような花が、咲くのは春であるはずなのだが、私がそれを見つけたのは真夏日の昼下がりだった。花のことをよく知る私にとってそれは多少なりとも驚くことであって、あまりのもの珍しさに思わず持ち帰ってしまった。

 

そんな力強い、季節外れの花に貰い手が見つかったのはそれからすぐのことだった。

 

「お花のお姉さん、お花を頂戴」

 

そう言い私の家の扉を開け放った人物を私は見つめる。そこには頭から青色のペンキを被ったような、全身青に染まった子供が立っていた。 幻想郷の中でも『太陽の畑』にあるこの家を訪ねる者は少ない。ましてやそんな子供が訪ねてくることは初めてだった。 しかし私は偶然にもその子を知っていた。天狗が発行している新聞に何度か掲載されていたからだ。確か妖精だった事は覚えているのだが、名前は忘れてしまった。私はどうにか思い出そうとしたが、寸のとこでそれを止めた。べつに思い出したところで、彼女は私から花を貰いに来たのには変わらないのだから。

 

「……お嬢ちゃん、どんな花が欲しいのかしら?」

 

もし彼女がどこの馬の骨か分からない人物だったら、すぐさま追い出すか、消し炭にして花たちの栄養にしていたのだが、私は花たちからこの妖精()が心優しく、自分たちのことを助けてくれたこともある聞いていた。だからこの妖精()ならば私の花を大切にしてくれるとそう思い、花を譲ることにした。

 

「ほら、こっちにいろいろあるわ」

 

私はそう言って彼女を窓の側まで誘導させる。そこには植木鉢に植えられた、数々の花が規則正しく整列されていた。そしてその植木鉢には一つ一つ、植えられている花の名前が書かれたネームタグが付けられている。例えば、鮮やかな色合いと絵に描いたような丸さが印象的なこの花には『勲章菊(くんしょうぎく)』。そしてピンク色の可愛らしい衣装を身に纏い、光に当てられて輝いているようにさえ見えるこの花には『撫子(なでしこ)』。そんな風に、私は自分の育てている花の名前をネームタグで指し示すのだ。それは昔からの習慣で、深い意味は特にない。ただこうした花が家にあると自然と落ちつく、ただそれだけ。そんな私の習慣を表した植木鉢を妖精の()は物珍しそうに眺めていく。そしてちょうど列の半分を見終わった時、彼女はピタリと足を止めた。

 

「……お…………が……た?」

 

彼女はポツリとそう呟く。おがた?そんな花なんて無かったはずだ。私は妖精の娘()の視線の先を追って、ある一つの花へとたどり着く。

 

「…………いえ、お嬢ちゃん。それは『御形(ごぎょう)』と読むのよ」

 

間違えてそう読んだ彼女に、私は即座に訂正を加えた。

 

「でも『おがた』でもあるでしょ?」

 

「まぁそう読めなくもないけど……。」

 

強引に読めば『おがた』とも読めるが、しかしそれは『公園』を『ひろそん』と呼ぶことと同義であり、言葉にすると全く意味が通らない。だが彼女がそう呼ぶならそれで良いかと、私はそれ以上の訂正をしようとは思わなかった。結局、彼女はその植木鉢の代わりに、飴玉を一つ置いていって、私の家から出ていった。ただその飴は、ユリのように白い白いハッカの飴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御形(ごぎょう)ーーハハコグサを私が渡してから、彼女はよく私の元へと来るようになった。話の内容は決まって、全てがハハコグサについてだ。その日その日のハハコグサの状態を私に話し始める。

 

『おがた』に歌を歌ってあげたら喜んだ。

 

『おがた』が今日は寝てばっかりで詰まらなかった。

 

『おがた』がねーー。

 

『おがた』がーー。

 

 

彼女は一方的に私に向かってハハコグサについて喋りたいだけ喋ってしまうと、満足したように鼻を鳴らしていそいそと帰っていく。花を渡した本人である私は彼女の話を多少なりとも嬉しく思いながらも、本を開きながら半ば聞いているのか聞いていないか分からない程度に彼女の話に耳を傾けた。私自身があまりその内容を思い出せない事を考えると、恐らく耳から入った彼女の言葉は、滑り落ちて地面に消えてしまったに違いなかった。私は一度、意気揚々とハハコグサについて語る彼女の様子に、もしかして妖精(彼女)は草花と話をできるのかとそう思い、お嬢ちゃんは御形(おがた)と話せるのか?と聞いた事があった。すると彼女は、

 

「おがたと話せるなんて当たり前。なんでそんな事を聞くの?」

 

と逆に質問されてしまった。私はそれに対しどう解釈したらいいのか分からなかったが、ただそう言うものなのかと一人納得して、その話を打ち切った。

 

 

 

 

彼女の話し方は見た目相応だった。ただ頭から重力に従って滑り落ちた言葉を、喉に詰め込み、舌で弾いて、空気に乗せる。思考や思惑、意識と言った不純物は何一つとして混じっていなかった。まるで屋根にぶら下がる氷柱(つらら)の様に透明で、純真だった。私が彼女の話を覚えていないのはそのせいだった。透明なそれが私の目に映ることはなく、反射された光は形どられた組織の隙間を素通りしてしまう。ただ向こうの景色を透かすだけ、見ることのできないものをどうして思い出すことができようか。しかしそんな話をする彼女でも、ある特徴がある。それは彼女の会話が全て、『おがた』から始まることだ。おはようでもこんにちはでもない。それはどんな日でも例外ではなく、その三文字が彼女の話し始めを告げる合図だった。

 

「おがたがねーー」

 

彼女は家に来て、机越しに私の正面に座るとこう切り出す。その彼女の言葉に私は、

 

「ええ」

 

と決まってそう返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は一度だけ彼女を自分の家以外で見かけた事があった。それはふと暇潰しで何ともなしに人里の中を散歩していた時だった。客引きの声、 屋根を修理している大工たちのかけ声、互いに会話をぶつけ合う婦人たちの声、様々な声が共鳴し合う中、それらをすり抜けるようにしてその声は私の鼓膜へと潜り込んだ。それが彼女の声だと、私は直ぐ様気がついた。甘い花に誘われる虫のように、ふらふらと歩きながら声のする方へと向かう。そこでふと気がつく。彼女の声に混じるようにして、他の幼子たちの声も混じっているのだ。そして私はこの近くに寺子屋があること思い出した。それが分かればもう彼女の声を追うようなことはしなくていい。特にこれからの予定もなかった私は少しだけ授業風景を覗き見る事にした。(ふすま)一枚分だけ開けられた隙間から、切り取られるようにして見える教室の風景に、運良く彼女は映っていた。彼女の隣は誰か休んでいるのか空席で、私が知るはずもない誰かが居ないと言うことに、なぜか妙な寂しさを覚えた。彼女はどうやら教本を読まされているようで、他の学友が座っている中、一人だけ立って手に持っている紙束から文字を必死に拾い上げていた。もちろん彼女から五十間(およそ九十メートル)ほど離れたここからではそんなことは確認できないものの、それでもそうだと断言できる程には彼女を知っているつもりだった。それからも私は黙って授業を見守る。そこで分かったのだが、彼女は勉強が苦手なようだ。(ふすま)で隠れて見えないが、今勉学を教えているであろう教師が彼女を叱っている。叱られている本人は、まるで悪戯(いたずら)がばれた子供のように後ろ髪を掻いていた。その表情は今にもペロリと舌を出しておどけそうで、そんな彼女を見た学友が大声をあげて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女と交わした会話の中で、ある一つの会話だけは良く覚えている。普段、受け流すように聞いた筈なのだが、なぜかその日だけは違っていた。それは彼女がいつもなら明るい表情で店に入るはずが、その日はひどく落ち込んだ表情をしていたからかもしれない。

 

「『おがた』がね死んじゃいそうなの」

 

彼女は家の扉を開けてすぐ、いつもの席にも座らないで私にこう言った。ハハコグサは本来、春に咲く花だ。夏のこの時期にまだ咲いていたこと事態が奇跡。それは仕方がないことだった。

 

「…………お嬢ちゃん、それは仕方がない事なの。生き物と言うのは全て終わりがある。御形(おがた)もそうなのよ」

 

「でも…………。」

 

彼女はそれだけを言うと、(うつむ)いて涙を滲ませる。次に出てくる言葉が無いのだろう。その代わりをしようと、眼窩(がんか)を飛び出し、涙腺を這い上がってきた大波が顔を覗かせる。体の奥底から紡ぎ出されたそれは、火傷をしそうなほど熱く、変わることのない現実を突きつける冷たさを持っていた。唐突に吹いた風が、彼女の潤んだ瞳から涙をかっさらうと、それは家内に陳列された花の器によって受け止められた。それから彼女は何も言わずに消え去った。夏の暑さに、溶けて消えてしまうように。ただふと見た家の出口に水玉の跡がポツポツと続いる、そんな気がしただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏が終わった。夏が終わって秋が来る。私は次に彼女が来た時の為に花を用意した。私には分かる。彼女はまたここに来ると。

 

トントン。

 

ほら来た。私は早速用意した花を持って玄関に向かう。もう彼女が『おがたがーー』と言って勝手に家に入ってくることはない。私の手に収まる花が、窓から通る風でゆらゆらと揺れる。光が花を照らし、私の目に反射される。

 

「いらっしゃい、チルノ」

 

私はそう言って扉を開ける。それは私が初めて彼女の名前を読んだ瞬間だった。

 

「お花のお姉さん、お花を頂戴」

 

私はそう言った彼女に微笑み、そして美しくも厳格なそんな花を差し出した。その花はどこまでもどこまでも、どこまでも白かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




こう読み返すと「……ムズくね?」と思ってしまいます。でも《解》を見たら、かなりすっきりすると思います。結末はとてもシンプルです。あっ、あとスランプは脱出しました。文章力は多少ましだと思います。

ヒントは……要らないかな。いや、一つだけ言います。これ言っちゃうと難易度がグッと下がるので迷いましたが言っちゃいます。《幽香が寺子屋を覗いた時、なぜチルノの隣の席は空いていたのか》。《解》は出来た次第載せます。その時に『いないいないばぁ。』の解説を全て載せますね。ではでは。


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