「頼みがあるぅ~?」
そんな面倒だと言う内心を隠そうともしない声が、人里の中心部にある寺子屋でこだました。
「ああ、そうだ」
厳格な固い声と返事。対照的とも言えるそんな声色を持つ二人、愽麗霊夢と上白沢慧音は互いに向かい合って話をしていた。それは霊夢が人里に降りて買い物をしていた時、唐突に慧音に声をかけられた結果、生まれた状態だった。
「あんたから頼みごとなんて、珍しいと思うのと同時に厄介事なんじゃないかと勘くぐってしまうわね」
「まぁ厄介事かどうかは分からないが、少なくともそんな大事と言うわけではないんだ」
慧音の言葉を聞いた霊夢は、僅かにいぶかしみながらも一つ息を吐いて話を聞く姿勢を整えた。
「まぁ聞くだけ聞いてあげるわ。ほら、言ってみなさいよ」
そんな霊夢を見た慧音は安心したように、強張らせていた顔を緩めて話を始めた。
「頼みと言うのは他でもない、とある少年を尾行してもらいたいんだ」
「はぁ!?」
自分が予想した斜め上を行く話に、霊夢は思わずすっとんきょうに声を荒げた。しかし慧音は霊夢が口を挟む隙を与えないがごとく、流れるようにして話を進める。
「その少年は私の生徒でな、とても寡黙で頭も賢く、さらに運動の得意な男の子なんだが、最近ちょっとした噂が出回ってるんだ」
「噂?」
「ああ。しかし噂と言うには少し大袈裟だが。そうだな、私への報告くらいが妥当か」
なるほど。言うなれば教師である慧音に舞い込んで来た、教え子の話と言うことかと霊夢は一人納得する。
「まぁとにかくだ。人里のとある住人が言うには、なんでも彼が時おり人里を抜け出して、森の奥深くへ足を運んでいるのだそうだ」
「それはまた、随分と危ないことをしているのね」
慧音はこくりと頷いて話を続ける。
「そこでだ、彼が何の目的でそんな所へ一人で行くのか。その目的を私に教えて欲しいのだ」
なるほど。それで尾行かと霊夢は納得する。しかし、そこでとある一つの疑問が生まれた。
「理由は分かったわ。だけどそんなの、貴方が直接その少年に聞いた方が早いんじゃないの?もしくは止めるように言うとか」
慧音は忙しいので、自分が尾行をすることができないと言うのは分かる。しかし、何故わざわざ尾行をするのか?と言う部分について霊夢は納得できなかった。
「実はな、そのどちらとも既に試したんだ。何のためにこんな事をしているのか?と尋ねたり、死ぬかもしれないぞと脅しをかけたりもしたが、ずっと
子供であることを最大限に利用した黙秘。なるほど、これは厄介だなと霊夢は眉を潜める。
「頼む霊夢!あの子は昔から危なっかしい奴で見てられないんだ!寺子屋を卒業する前に、本当にあの子が私の前から消えてしまいそうで不安なんだ!忙しくて調査できない私の為にどうか頼まれてくれないか?」
慧音は切羽詰まったように、がばりと勢いよく頭を下げる。そんな必死な様子を見た霊夢は、ふぅと息を吐いて、それから優しい微笑を浮かべた。
「…………分かったわ。被害が出てからじゃ遅いものね。愽麗の巫女である私にとっても無関係ではなさそうだし……」
そこで霊夢は挑発的に口角を上げーー
「報酬は期待していいのよね?」
とそう言った。
「ッ!ああ、期待してくれ!」
そうして霊夢は人生で初めての尾行をすることになったのだった。
慧音の話を聞いた霊夢は、少しその少年に興味が湧いた。何に対してそう言う感情を抱いたのか、それはよく分からない。強いて言うならば、子供らしくない子供とそう評した慧音の言葉が、霊夢の好奇心をくすぐったのかもしれない。ただこれ以上考えても仕方がないかと、霊夢は自身の感情を気まぐれと納得させて胸へと押し込んだ。
しかしそうなると、霊夢は尾行をする前にその少年と話してみたくなったのだ。自分が尾行をする少年が一体どんな言葉を発し、どんな表情を浮かべるのか。だが霊夢には面識のない人物一人と自然に一対一の話に持ち込める程のコミニュケーション能力は無かった。ならばすることは一つ。
「ちょっと、そこの少年。御菓子おごってあげるから私に付き合いなさい」
「………………………………。」
そんな不審者の
「私が他人に物を奢るなんて、なかなかない事なんだから感謝して食べなさいよね」
「は、はぁ」
気の抜けた返事が漏れる、人里にある比較的安い茶屋。そこで霊夢と少年は、一杯のお茶と三本の団子を自身の目の前に置いて向かい合っていた。半ば強引に連れ去られた少年は、まだ僅かに狼狽しながらも恐る恐ると言った具合に団子を手にして口の中へと放り込んだ。肘で頬を支えながら、そんな少年を観察する霊夢。彼女の視線により、少年は何とも言えない、居づらい空気を感じていた。そしてもう我慢ならないと言った具合に、少年は口を開くことによって、その雰囲気を打ち破ったのだった。
「…………もしかして愽麗の巫女さんですか?」
「あら、よく分かったわねわ」
「いえ。凄く分かりやすいと思うんですけど」
少年が言うように、流石の幻想郷と言えども、巫女服を着ている人物は限られている。となれば、真っ先に思い浮かぶのが『愽麗の巫女』であり、少年がそう質問するのはある意味で必然と言えなくもなかった。
「あの、巫女さんって暇なんですか?」
言うなれば、こんな人里に居る何の変てつもない少年一人と話をするほど愽麗の巫女は暇なのか?と言う意味であった。
「そんなわけないでしょ。ほんと毎日忙しくて忙しくて大変なのよ。分かる?私の苦労が」
霊夢は辛そうに顔を歪めて、回した肩に手を当てながらそう言った。しかしそんな様子を見ても、少年はただ細目で霊夢を怪しげに見つめるだけだった。そして少年はそれを疑問と言う形で本人にぶつけた。
「…………昨日、何してたんですか?」
「昨日?昨日はお茶を片手に縁側で空を眺めていたわ」
「…………なるほど。お疲れさまです」
少年は呆れた口調でそう言った。そしてそこで一旦、会話が途切れる。二人は互いに湯飲みを手に取り、それを傾けて中身を口へと流し込む。安い割には香りが優しく、そして程よく温められた渋い味に、霊夢は満足そうに喉を鳴らした。
「…………慧音先生に頼まれたんですか?」
一見ゆったりと時間が流れているように感じる。そんな沈黙を破り、口火を切ったのは少年の方からだった。
「そうよ」
この少年に対して、変な誤魔化しを使ったとしても意味がない。そう判断した霊夢は正直に答えを出した。先程の質問も、恐らく自分を取り巻く周囲の状況を客観的に見て、そしてそこに愽麗の巫女が現れたと言う推測からの質問もなのだろうと、霊夢も分かっていたからだ。
「…………慧音先生には悪いと思っています。孤児である僕にとても良くしてくださって、とても感謝しているんです」
それは本当に申し訳なさそうに、そして重い言葉を口にするかのような口調だった。
「感謝しているからこそ、僕は……」
そこで少年は言葉を切る。これ以上は失言だと思い止まったのだろう。しかし少年が語る言葉の中に、霊夢はある引っ掛かりを覚えた。
「貴方、孤児なのね」
「はい。稗田家のお屋敷の前に捨てられました。大きな竹箱の中で、布に包まれながら眠っていたそうです」
「と言うことは……」
「はい。今は稗田家の使用人として置かせてもらっています」
言われてみれば納得だ。この年にして一つ一つの動作が綺麗で丁寧過ぎる。その佇まいは、稗田家で育ったと言う確かな証明となっていた。霊夢は自信が少年に接触した目的を一つ達成できた事に満足し、そしてもう一つの目的を達成させようと懐から一枚の薄い紙を取り出して、少年へと突き出した。
「はい、妖怪避けの札。これを持っておきなさい。少しは身の安全が保証されるわ」
白い紙に赤い文字が書きなぐってあるだけに見えるそれは、完璧にとまではいかなくとも下級の妖怪からはある程度身を守れる代物だった。
「止めはしないんですね」
少年はポツリと呟く。
「もう止めるのは無駄だと慧音も思ったんでしょうね」
その言葉に少年は納得したように、軽く首を縦に動かした。しかし納得したのは、自分を止めないその理由だけ。お
「…………お札はいりません。大丈夫です。護身用にナイフを持っていますから」
「駄目よ。これは強制。お
そもそもナイフを一本だけ持ったところで、人間の子供が妖怪に抵抗できる筈がないのだ。そこも少年自身、理解していたのか、それともただめんどくさく思ったのか、しかし結果として少年は分かりましたとそう言ってから、渋々そのお
「……用件はそれだけですか?」
「ええ、それだけよ。気を付けて行ってらっしゃい」
霊夢の言葉を聞いた少年はゆっくりと丁寧に席から離れた。
「では、ありがとうございました」
そうして少年は一言お礼の言葉を口にしてから、そっとその場を離れる。少年は背を向けて、道を行く。ただ一人。たった一人。霊夢から見える少年の背中は、とても小さく、そしてどこか寂しそうだった。
店に残された霊夢は離れていく彼をしばらく見続けた後、少年の通った道をなぞるようにして森の中に入った。霊夢が少年に持たせた札は、魔除けの力を持つと同時に少年の居場所を知らせる発信器の役割を果たしており、それにより少年の後を追うことは霊夢とって容易なものとなっていた。
たとえ後ろを振り向いたとしても、少年には霊夢の尾行がばれることはあり得ない。霊夢が少年の姿を視界に捉えるのは、彼の足取りが完全に止まった時だけだ。
しかし尾行する中で霊夢には一つの懸念が生まれていた。それは少年の足取りが、一定方向を進み続けるものではなく、まるでどこかに寄り道をしているかのように、大きく蛇行していると言う部分だ。更には細かく動いたり、止まったりを繰り返している。
「何かを探しているのかしら?」
それならば蛇行していることにも納得できる。少年は何かを見つけるために、森の中へと入っているのかもしれない。では何を?命を危険に晒してまで見つけなければいけない物。そんな物などあるのだろうか?霊夢がそんな疑問を頭に浮かべた時だった。
「…………止まったわね」
少年の足取りが完全に止まった。目的の物を見つけたのか、もしくは目的の場所へとたどり着いたのか。それは分からないが、とにかくその場所へ行くしかないと、霊夢は慎重にその位置へと移動して、こっそりと木々の影から顔を出した。しかしそこに少年の姿はなかった。あるのはただ地面に落ちている見慣れた一枚の紙だけ。
「札を捨てたのね」
しかしあせる必要はない。少年が近くにいることには変わりないのだ。霊夢はそう思いながら、木々を縫うようにして低空飛行で少年を探す。これまで進んできた方向とパターンから推測して、一つ一つ隙間を潰すように探していく。
そしてその甲斐があった。少年は見つかったのだ。ただ少年は一人だけではなかった。
少年と共にいるのは白狼天狗の犬走椛。いや、共にいると言うのは
それに伴って少年はバタリと地面へ落下する。首にかけられていた圧迫感から解放された少年は、ゲホッゲホッと大きく喉をえずかせる。そんな少年に駆け寄り、背中を
「…………彼女、こんな所にいたのね」
犬走椛。数年前に妖怪の山から、天狗と言う組織から追い出された謎多き白狼天狗。何かしら天狗の禁忌を犯したと言うが、霊夢はその詳細を知らないでいた。いや、恐らく霊夢だけではない。天狗以外は誰も知らないであろう。何をして天狗の輪から追い出されたのか、それはいくら考えた所で分からない。
それでも天狗から外れた事は事実間違いない。でなければ、流石の霊夢も殺すまでには至らない。後に天狗から何かしらの警告が来るからだ。しかし既に組織を抜けた身であるなら、それはただの妖怪。その妖怪が人を殺そうとするならば、霊夢は愽麗の巫女としてそれを処理しなければならない。
「貴方、大丈夫?」
霊夢は少年の背中を
「…………………………………………。」
しかし返事は返ってこない。余程、怖かったのだろう。もう少しこうしていようかと霊夢がそう判断した瞬間、彼女は大きく目を見開いた。視線を落とし少年に、それからもう一度だけ椛の死体に目を向ける。霊夢はふと慧音の言葉を思い出す。
理解する。全てのピースが当て
「…………ああ、そう言うことだったのね」
やっと主人公メインの話が書けたぜ!《解》は恐らく次話投稿と共に載せます。前回と違い、答えに関する感想の返信は行いません。申し訳ないです(いきもの係まてでの繋ぎですので)。
感想見ててたまに思うのですが、皆様ってこれまでの話の中でどれが一番好きですかね?個人的には『いないいないばぁ。』なんですけど。と言うのも、東方キャラの能力を上手く使えたので。
あと『いきもの係』は他とは違ってかなり物語要素が強く成ります。言うなれば、番外の『Who is the liar.』っぽい感じです。謎解きと言うより、読み物のミステリー小説臭がしますので、読者様の期待を裏切る形となるかもしれません。申し訳ないです。