少女よ、大志を抱け   作:七瀬 凌

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9.セレブ魚人

”ーーレム”

 

誰かが僕を呼ぶ声がする。僕はもう眠たいのに。寝かせてくれよ、疲れたんだ。僕は家族を二人も目の前で失った。これ以上なにも、失いたくない。目を閉じていれば、もうなにも嫌なものを見ないで済むだろ?

 

”レムっ”

 

不意に浮かんだのは、太陽のような満面のえみを浮かべる弟。泣き虫で手のかかる、僕の家族ーーそうだ、僕にはまだルフィがいる。エースもサボも失って、僕までいなくなったらあいつは一人になる。

 

 

「ぅ…る、ふぃ…」

 

重たい瞼を開けた。どうやらここは海の底らしい。辺りは暗くて、よく見えない。

 

”起きた!姫が起きたぞ!”

 

”よかった…人間はなんてひどいことしやがる!”

 

魚…?

 

「僕は…助かったのか…」

 

そう自覚しても、自分が助かったことを素直に喜べなかった。思い出すのはサボが撃たれた姿と、自分を貫いた銃の音。サボは…死んだ。僕はそれを、見てることしかできなかった。ぽっかりと胸に穴が空いたようだった。

 

「あら、起きたのねん」

 

水中の中で姿を見せたのは、タコのような人。

 

「…あなたは?」

 

「オクトパ子よん。たまたまこの近くの海にいたのだけれど、魚たちが妙に騒がしいから来てみたら貴女がいたのん。人魚でしょ?珍しいわねん、こんなところにいるなんて」

 

「他に人は…?」

 

「いなかったわよん。そもそも人間がこんな海の底に来れるわけないじゃない。即死よん、即死」

 

それもそうか。人間は海の中じゃ呼吸できないのだから。

 

「その傷、人間にやられたんでしょう?捕まらなくてよかったわねん。一ヶ月も目を覚まさないから、もうダメかと思ったわよん」

 

「…僕、帰らなきゃ」

 

動こうとして、肩にズキリと痛みを感じる。銃弾が当たったのが心臓ではなく肩だったから助かったのだろう。

 

「帰るってどこへ?魚人島へ行くなら、私も行こうと思ってたから一緒に行きましょう」

 

「違う…僕は人間と暮らしてたんだ。ルフィのところに帰らなきゃ」

 

もうルフィには、エースもサボもいない。泣き虫で弱虫だから、きっとルフィは一人で泣いてる。

 

「人間と、って…貴女、奴隷だったのん?」

 

「違うよ。ルフィは家族なんだ」

 

「…ともかく、その傷が治るまでは安静にしてなきゃダメ。その怪我って人間のせいでしょ?貴女は人間の恐ろしさを知らなさすぎるわよん。そのルフィって人がいい人間だったとしても、他の人間に捕まったら大変なことになるわよん」

 

一刻も早く帰りたかったけれど、オクトパ子が帰らせてくれる様子がなかったから諦めて海底で養生することにした。

 

 

 

「ーーなんで人魚なのにそんなに泳ぐのが遅いのん!?そんなんじゃすぐに殺されるわよん!!」

 

「ゔ…」

 

そんなこと言われても、川は狭くて泳ぐスペースなんてそんなになかった。海は海賊がいそうで怖くて入らなかったし…

 

「とにかく特訓ねん!!」

 

朝起きて朝食を食べ、昼にリハビリを兼ねつつ泳ぎを特訓し、夜になったらオクトパ子の長い長い肌の手入れやお洒落の話を聞く。オクトパ子は魚人族という種族で、その多くは人魚と一緒に魚人島というところに住んでいるらしい。

 

 

ーーそうして、あっという間に二ヶ月が経った。

 

 

「オクトパ子、いろいろとありがとう。助かった」

 

思っていたより完治に長くかかってしまった。

 

「いいわよん。これもなにかの縁ってやつでしょ。それより、本当にいいのん?魚人島に行かなくて」

 

「うん、僕を待ってる家族がいるんだ」

 

「なら止めないけど。レムは人間のように足を二股にできるみたいだけど、陸に上がったら十分に気をつけるのよん。今の貴女は海の中なら誰にも捕まらないでしょうけど、陸に上がったら何があるかわからないから」

 

普通、人魚というのは三十歳になってから初めて尾ひれが二つに割れて二股になるらしい。僕がオクトパ子の前で二股になって人間と同じ姿になった時、それはもう驚かれた。

人間と同じような足になる人魚なんて初めて見た、と。

 

「うん、じゃあまたどこかで会おう」

 

「えぇ、またねん」

 

海は広い。もう会わないかもしれない。だけど僕は、また会える気がした。

 

陸に上がると、ずっと人魚として生活してたせいかやけに重力を重く感じた。地に足をつけ、歩く。初めはふらふらしたが、だんだんと元の感覚を取り戻していく。

ルフィは大丈夫だろうか。意識のなかった一ヶ月と、それから怪我が治るまで待機してた二ヶ月、合わせて三ヶ月ぶりに会うことになるのだ。元気だといいけど…。

 

「服、びしょびしょだ…」

 

せっかくオクトパ子にもらった服が水分を吸ってしまい、べったりと身体に張り付いている。

 

「カァ!」

 

「わっ…って、クロウ!!」

 

久しぶりに会ったクロウは、前より一回り大きくなっていた。僕の肩にのり、すり寄ってくる。

 

「心配かけてごめん…クロウ。ちゃんとエサもらってたか?」

 

「カァ!カァ!」

 

「そうか、よかった」

 

ダダンの家が見えると、懐かしさで胸がいっぱいになった。たった三ヶ月、されど三ヶ月。こんなにこの場所が恋しかったのだと、今になって実感した。

 

「…ん?」

 

ダダンの小屋の前に、よくわからない建物が建っている。暗くてよく見えないから、二つ立っているうちの小屋に近い方を見てみる。

 

「ルフィの…国?」

 

なんだろう、これは。その隣に肉がちょこんと供えてあって、よく見れば、”レムの墓”と書いてある。クロウは僕の肩からおりると、その肉にかじりついた。

 

レムの……墓?

 

「ふ、ふふ…ふざけんなルフィ!!」

 

人のこと勝手に殺しやがって!!といきり立って、バンッと小屋を開けた。みんな一様にこちらを見て目を丸くする。

 

「ルフィはどこに…って、ダダン!!?生きてたのか!!ってことはエースも!?」

 

怒っていたのも忘れ、目を輝かせてダダンを見る。

 

「れ…む?」

 

「ぎゃー!!レムが化けて出たーー!!」

 

「助けてくれーー!!」

 

みんな一様に震え上がる。なぜだ。

 

「やかましいな…おい、何があったんだ」

 

風呂から上がってきたらしいエースが、だるそうにそう言った。

 

「エース…」

 

思わずその名前を呼べば、こちらを向いたエースの目が見開かれる。

 

「レム?お前…レムなのか?」

 

「エースっ!!!」

 

駆け寄って抱きついた。少しエースの身体が大きくたくましくなったような気がする。

 

「な、なんで、お前…」

 

「エース〜、何があったんだ?…ってレム!!?」

 

「ルフィ!」

 

エースから離れてルフィの方に行こうとしたら、腕を掴まれてエースの方に逆戻りした。

 

「わっ、」

 

「バカ、やろう…どこ行ってたんだよ!!」

 

僕を抱きしめるエースの声は震えていた。

 

「レ〜ム〜!!」

 

ルフィも泣きながら抱きついてきた。そんな二人の温もりに、涙が溢れた。

 

 

 

「ーーえ、じゃあレムはずっと海底にいたのか!?」

 

「ああ。そこでオクトパ子っていう魚人に看病してもらってたんだ」

 

「そうだったのか…」

 

とりあえず風呂に入ったというのに、濡れてる僕にくっついたせいでまた濡れてしまったエースとルフィと一緒にお風呂に入った。あったかい水は久しぶりで、心が休まる。

 

「スゲーなァ!俺も海の底に行ってみてェ!!」

 

さっきまでめそめそ泣いていたルフィが、にししっと笑う。

 

「悪魔の実のお前が行ったら即死だろうが」

 

「ちぇっ」

 

エースに突っ込まれて唇を尖らせるルフィ。ルフィは本当に、表情が豊かだ。

 

「エースはどうやって生き延びたの?僕があんなに探しても見つからなかったのに…」

 

「中間の森で隠れてダダンの看病してたんだ。周りには王国の奴らがいて、迂闊に動けなかった」

 

「そっか。何はともあれ、エースが生きててよかったよ。ルフィは泣き虫だから」

 

「泣き虫じゃねェ!妹のくせに生意気だぞレム!」

 

その言葉に目を丸くする。

 

「妹?ルフィが弟だろ?」

 

「違う!おれはレムの兄ちゃんだ!!」

 

「ルフィが兄ちゃんとかありえないだろ!!僕より弱いくせにっ」

 

「なにっ!?おれはレムよりつえーぞ!」

 

ルフィとにらみ合った。納得いかない、どうしてルフィが兄なのか。どう考えても弟だろう。

 

「あー、もううるさいお前ら!」

 

エースに一喝されて、ルフィと二人で黙りこむ。そんな何気ないことが嬉しくなって、三人で笑った。


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