少女よ、大志を抱け   作:七瀬 凌

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8.自由を阻むもの

 それからエースもダダンも、帰ってはこなかった。クロウを肩に乗せて、毎日のように探しに行っては見つけられずに帰ってくる。王国の奴らに見つからないように、気をつけながら。

 グレイ・ターミナルはもう何一つなくて、日に日に希望が薄れていく。だけどエースが死ぬわけないと自分に言い聞かせ、何度も何度も探しに行った。

 

 

「今日は王国の式典だニー。そっちに探しに行こうと思ってるんだけど、レムも行くか?」

 

「…いく」

 

 いつもより綺麗な服を着せられて、ドグラと一緒に街へ行く。そこにはたくさんの人がいた。楽しそうに笑っていた。港にはすでに仰々しい道があって、囲むように多くの人がいた。遠くに見える大きい船をぼんやりと見ていた。

 

「おい!あれなんだ?」

 

 ざわざわと騒ぎ始めた人たちに、ハッと我にかえる。

 

「おい…あれ、サボじゃニーか?」

 

「え!?」

 

 大きな船の前、小さな漁船が海に浮かんでいた。そこに乗ってるのは、確かに海賊旗を掲げたサボだった。

 

「なんでサボが海にいるんだ!」

 

 サボは言っていた、17歳になったら海へ出ると。でもまだサボは10歳だ。

 

「ドグラ!なんであんなところにサボがいるんだよ!」

 

「俺だって知らニーよ!でもあんなとこにいたら…」

 

 ドンっと衝撃音がした。そちらを見れば、サボの船が燃えていた。世界政府の船に乗ってる誰かが、サボの船を撃ったらしい。

 

「サボっ!!」

 

「ダメだレム!!今行ったらお前も巻き添えをくらうっ!」

 

「離せ!サボがっ、サボが死んじゃう!!」

 

 次の瞬間、また銃声がして船が全壊した。あまりにもひどい仕打ちに、言葉を失った。どうして…船を壊す必要があった?サボの船が邪魔したわけじゃない。それなのに、どうして?

 

 世界政府の人間が陸に上がってくる。歓声が妙に耳につく。どうしてお前ら、笑えるんだよ。目の前で子供が1人殺されてて、どうしてそいつらを歓迎なんてできるんだよ!?

 ふつふつと湧き上がる怒り。ここにいる人間も、あの政府の役人も、みんなみんな狂ってる。ドグラを振り切り、サボを殺したやつの前に立つ。

 

「なんでお前、サボを殺した!!」

 

 観衆がどよめく。だけどそんなことどうでもよかった。ただ目の前でサボを殺されたことが、許せなかった。

 

「なんだこのガキ!?」

 

「向こうへ行け!」

 

道から引き摺り下ろそうとしてくる男たちに抵抗する。

 

「っ、サボが…サボがお前らに何をしたっていうんだ!!サボはただっ…」

 

 自由になりたかっただけなのに、という言葉は、続けることができなかった。パンッと銃声がなり、身体に襲ってきた鋭い痛みと共に世界がスローモーションになる。

 

 

「何してるえ。下々民(しもじみん)が、なぜわしの前に立ってるえ?海に捨てておけ」

 

 

 どこからか悲鳴が上がった。視界に入ったのは男が僕を見る侮蔑の表情。放り投げられて身体が海に沈んでいく感覚を最後に、僕は意識を失った。

 

 

 ***

 

 

 ダダンを連れて小屋に戻ると、ルフィが泣きついてきた。おれを勝手に殺しやがって…おれが死ぬわけないのに。

 

「なあ、レムはどうした」

 

 ここにいないおれの家族。帰って来ればすぐに会えると思っていたから、少し胸騒ぎがした。

 

「レムなら、ドグラと街にお前らを探しに行ったぞ」

 

「毎日毎日、レムはエースを探しに行ってたからな。おれらが止めても聞きやしねェ。飯も食わないし、困ってたんだ。でもエースとお頭が帰ってきたならもう大丈夫だな」

 

 そう言って笑う山賊たち。だけどなんだか嫌な予感がしていた。レムが今ここにいないことに対する、不安感だろうか?

 

「いつ帰って来るんだ?」

 

「さあ?夕方には帰って来るんじゃないか?」

 

「そうか…」

 

 

 

 夕方に帰ってきたドグラは、びしょ濡れで真っ青な顔をしていた。

 

「おいドグラ、レムはどうしたんだ?エースたち、帰ってきたんだぞ!」

 

 ルフィが尋ねると、ドグラが街で何が起きたかを話し始めた。その話に、頭が真っ白になる。

 

「なんだと!?サボとレムがっ…嘘つけてめェ!!冗談でも許さねェぞ!!」

 

 ドグラにつかみかかる。嘘だ。サボとレムが死んだなんて…嘘だ!!

 

「冗談でも嘘でもニーんだ!!おれも唐突すぎてこの目を疑った。だけどサボの船は撃たれて沈没して…レムはそのことに怒って天竜人に楯突いて、おれの目の前で銃で撃たれて海に捨てられたんだ!!海の中を探したけどっ…深くてレムは見つからなかった!!」

 

 頭にカッと血がのぼる。

 

「黙れ黙れ黙れ!!サボは貴族の親の家に帰ったんだ、海にいるわけねェし…レムが死んだなんて信じねェ!!」

 

 おれはあのときレムを逃した!レムが死ぬ理由なんてどこにもない!!

 

「っ、おれたちみたいなゴロツキにはよくわかる!帰りたくニー場所もあるんだ!!それにレムはおれの目の前で殺されたんだ!!」

 

 ドグラがおれを押しのけて、声を震わせた。

 

「あいつが幸せだったなら、海へ出ることがあったろうか?海賊旗を掲げてっ…一人で海に出ることがあったろうか!!?

 それを見たレムはっ…サボを目の前で殺されたレムは、黙って見過ごすことができなかったんだっ…」

 

「っ…」

 

 ポタリポタリ、ドグラが涙をこぼした。

 

 サボとレムが…死んだ?隣でルフィが泣き始める。それがひどく、耳についた。悲しみより先に、怒りが湧いてきた。

 

「サボとレムを殺したやつはどこにいる!?おれが仇を取ってやる!!」

 

 怒りに任せて小屋を飛び出そうとしたら、ダダンに頭を床に押し付けられた。

 

「止めねぇかクソガキが!!ろくな力もねェくせに威勢ばっかり張りやがって…一体お前に何ができるんだ!レムみてェに死ぬつもりか!!

 死にゃ明日には忘れられる、それくらいの人間だお前はまだ!!

 サボとレムを殺したのはこの国だ、世界だ!おめェなんかに何ができる!!?お前の親父は死んで世界を変えた!それくらいの男になってからっ…死ぬも生きるも、好きにしやがれ!!」

 

 それから一晩中木に縛りつけられていた。ずっとルフィの泣き声が聞こえてきて、これが夢でも嘘でもないと嫌でも自覚させられた。

 思い出すのはおれを呼ぶレムの叫び声で…もしあのときおれがレムを先に逃さなかったら、レムはおれを探しに行って死ぬことがなかったのだろうか、なんて今更どうしようもないことを考えて唇を噛み締めた。

 

 

 

 その翌日にサボからの手紙が届いた。一足先に海に出るとか、誰よりも自由な海賊になるとか、長男二人に妹一人と弟一人とか、ルフィを頼むとか、レムに手を出すなよ、とか。

 

 もうここには、レムはいないのに。

 

 サボもレムも、いない。どれだけ探したって、海賊になって海を航海したって二人は見つからない。その事実を突きつけられてるようで、胸が痛くて苦しくて、涙が止まらなかった。


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