少女よ、大志を抱け 作:七瀬 凌
ブルージャム海賊団の一件があってからダダンの家で暮らし始めたサボと僕。早い者勝ち、というのに慣れていない僕に必ずエースが肉をひとかたまり取ってくれた。
「お前はちゃんと食わねェと、大きくならないからな」
「ありがとう」
エースは強くて頼もしい、兄のようだった。
サボは優しくて頭のいい兄。
ルフィは泣き虫で手のかかる弟。
そんな三人と暮らす日々は、ハーレムとは程遠いが楽しかった。悪いことも山ほどしたし、何度も危ない目にあった。だけど四人でいれば、できないことなんてなかった。
ある日、ルフィがいた村から大人が来た。
「ルフィ!」
綺麗な女の人と、お年寄り。その人たちを見るのは初めてで、ジッと影からその人たちを見る。
「あら?女の子もいるの?」
こちらを向いた女の人。優しい笑みを浮かべているその人に、ドキリと胸が高鳴った。
「こんな山賊の家にいるなんてどんなクソガ…なんて弱々しい子なんじゃ!」
おじいさんはそう言って目を丸くする。いくら陽に当たっても焼けない体質のせいか、弱いと思われることは少なくなかった。いつもなら怒ってかかるが、今日はどうでもいい。僕の視線は綺麗なお姉さんに釘付けになっていた。
「おいで?」
そう言って彼女はこちらに手を伸ばす。僕の身体は素直に動いた。誘われるままにギュッと抱きつく。
「やわらかい…」
エースやルフィとは違う、山賊のみんなとも違う、ダダンとも違う。細くて柔らかくて、それにいい匂いもする。
「ふふ、可愛い」
「えへへ」
優しく頭を撫でられて自然と頬が緩み、ふにゃっとしたとろけるような笑みを浮かべて彼女を見た。
「ずるいぞマキノ!!レムは滅多に笑わねェのに!!」
「あんなに満面の笑み…初めて見たぞ」
プンスカ怒るルフィに、
「お名前は?」
「レムっ」
「レムちゃんって言うのね。私はマキノ。よろしくね」
「うん!よろしく!」
マキノは見ず知らずの子供である僕たちにも優しかった。僕のボサボサに伸びた長い髪を切ってくれたり、一緒にお風呂に入ったり。彼女は女神に違いない。
「マキノ、結婚しよう!!」
そして僕は、一世一代のプロポーズをした。
「結婚?」
「ちょっと待てレム!お前はおれの嫁だろ!」
「エースは可愛くないから却下」
プイッと顔をそらしてマキノに抱きつくと、マキノがふふっと笑った。ああ、幸せ。
「男が可愛かったら気持ち悪いだろ!?」
「まあまあ落ち着けよエース」
怒り出したエースを、サボがなだめる。
「それにレム…女同士じゃ結婚できないだろ?」
その言葉にピシャーンッと、雷が落ちたような衝撃が身体をはしる。ーー女同士じゃ、結婚できない?
「っ、そう、だった…」
そうだ、そういえば僕は女だった!!なんてことだ!!
「残念だったな、レム!」
ニヤリ、としたり顔で笑うエースを、キッと睨みつける。
「エースのバカ!嫌いだ!」
「なんだと!?」
ガルルル、と火花を散らしてにらみ合う。エースはいつも無神経で自分勝手なんだ!!
「ほら、喧嘩しちゃダメよ」
「はーいっ」
「「機嫌直るの早っ!!」」
驚くサボとエースを尻目に、僕はマキノにもう一度抱きついた。
「お口に合うかしら」
その夜用意されてたのはいつもの肉の塊ではなく、料理されている食事。
「どう?レムちゃん」
「おいしいっ」
「そう、それはよかった。次来る時は女の子の洋服も持ってくるわね」
「ん!」
マキノとはすっかり仲良くなれた。結婚できないのは残念だが、結婚が全てではない。女同士の方が仲良くできることもある!!…これは断じて負け惜しみなんてものじゃない。
「全く、なんでこんなところに子供が四人もおるんじゃ。しかも一人は女の子じゃないか、全くガープは一体なにを考えておるのやら」
プンプンと怒るのは、ルフィのいた風車村の村長さん。マキノ情報によると、この人もルフィを心配して来たという根の優しいおじいさんだ。
「じじいは関係ねェ、レムはおれが拾った」
「なぬ!?」
エースの言葉に驚くおじいさん。
「おれたちはいつか海に出て、海賊になるんだ!そんときはレムも連れてく」
「おれも海賊になるんだーー!!」
エースに続けてルフィがそういった瞬間、向かいの席に座るダダンたちが一斉に食べ物を噴き出した。汚い。ダダンたちの視線を追えば、どうやら僕たちの後ろを見てるらしい。振り返ると、そこには大きな男がいた。
「ほーう、躾が足りてないようじゃな…ダダン」
バキバキと手を鳴らすおじいさん。その大きさと威圧感にびっくりする。
「ん、なんじゃ?
そういって、こちらを見た。顔に大きな傷があり、厳つさを増している。
「サボとレムだ!いつかみんなで海に出て海賊になるんだ!」
ルフィが言った言葉に、マズイ、と思う。その大きな男の雰囲気が変わったのだ。どうやら彼は海賊が好きじゃないらしい。
「つまり…教育する子供が二人増えたっちゅうことじゃな」
ガンっ、と叩かれ、エースとルフィの頭に大きなたんこぶができた。二人が涙目になるのを見て、目を丸くする。エースは強いし、ルフィはゴムだからきかないはずなのに…どれだけこのおじいさんは強いのだろう、と。それから今度は自分の頭に降ってくる拳に、ギュッと目を瞑った。
でも、想像していたような痛みはこなかった。代わりにゴツゴツした大きな手で頭を撫でられる。
「え?」
上を向けば、おじいさんは僕の方を見て笑った。
「わしは女の子は殴らん主義じゃ」
その優しい笑顔に、目を見開いた。僕は彼にとって見ず知らずの子供のはずなのに、僕にも愛をくれた気がした。
「ほらさっさと表にでんかい!!クソガキども!!」
ルフィとサボとエースを追い立て、外に出て行った。嵐のようにいなくなったおじいさん。
「ガープさんは相変わらずね」
クスリとマキノが笑う。
「ガープさん?」
「さっきの人よ。ルフィのおじいちゃんなの」
「ルフィの…」
確かに似てるような…いや、あんまり似てないな。ルフィはあんなにいかつくないし、強くもない。
「ったく…なんであたしまで」
ブツブツ言いながら、ダダンが起き上がる。
「…ダダン」
「あ?」
「なんでルフィのおじいちゃんなのに…あの人は僕にもあんなに優しい顔をしてくれたんだろう」
気づけば涙が溢れていた。僕は捨てられた子供なのに、血も繋がってないのに、今日会ったばかりなのに、どうして優しくしてくれるんだろう。ルフィのおじいちゃんも、マキノも、村長さんも。いつも僕に向けられるのは嫌悪や侮蔑の視線ばかりだった。
だから僕は、ここにいるエースやルフィ、ダダンや山賊たち以外の人がみんな僕のことを嫌ってるんだと思ってた。
「レム…」
「僕におじいちゃんがいたら…あんな感じなのかな」
優しくて、大きくて、あったかい。不意にダダンの手が、僕の頭に乗った。
「バカ言うんじゃないよ。あんなにおっかないわけあるか。レムのじいさんなら、きっとガープよりずっと優しいさ」
そう言ったダダンの声は、いつもより優しい気がした。そしてその日、僕はあることを決めた。
ーーその決心がのちに世界を揺るがすことになるなど、その時は誰一人思っていなかった。