少女よ、大志を抱け 作:七瀬 凌
俺たちが見たのは、血だらけで横たわるレムの姿とその横で泣くボロボロになったあいつの姿だった。
「う、う、うわあああん!!レムが死んじまうよお〜!!」
「っ、戻ってろって言ったのに!!」
サボがそう言った。けれど気を失ってるのか、レムはピクリとも動かない。なんとか海賊を倒し、その場から逃げる。ルフィから何があったのかを聞いた後、俺たちはダダンの家へ戻った。サボの小屋も危ないから、と、ダダンの家に連れて帰ることになった。
「ルフィ、エース、レム…ん?」
それからなんとかサボもダダンの家で住んでもいいことになったが、朝になってもレムが目を覚まさない。
疲れて寝てるんだろう、と思っていた。
それで俺たちは一度家から出て、夕方に帰ってくると家がバタバタと騒がしかった。
「お前らっ…なんでレムを放置してた!!」
帰るなり、ダダンに殴られる。わけも分からずにレムのいる部屋に連れて行かれると、そこにはひどく苦しげなレムがいた。
「おい!どうしたんだレム!?」
「なにがあったんだよ!?おいダダン!どういうことだ!」
慌てるサボとおれに、ダダンが落ち着き払った声を出した。
「…お前ら、そこに座りな」
その声はいつもと違い、何かを押し殺してるような声だった。
「いいか。レムはお前らみたいに頑丈なわけじゃない」
「っ…」
「こんなひどい怪我をずさんな手当でごまかせるほど、レムは強くないんだよ!!前にも熱を出したことがあっただろう、なんで気づかない!?」
レムが…俺たちと違う?ずっと一緒に暮らしてきた。俺たちと同じように獣を捉えることもできるし、山を駆け回ることだってできる。
「それにレムは女の子なんだ!!怪我をして身体に傷が残ったら、お前らどう責任取るつもりだ!!」
そう言われて、初めてレムがひどく脆い生き物に思えた。
「うっ、ううっ…レムっ…」
ルフィが泣き出す。いつもなら泣き虫ってからかってやるのに、今はそれができなかった。
「っ、ぅ…ルフィ?」
ルフィの泣き声に、目を覚ましたレムが顔をしかめながらゆっくりと起き上がる。
「まだ起きちゃダメだレム!」
「お前骨が折れてんだ!」
山賊たちが口々に言う。
「…これくらい平気だよ、みんな大げさなんだ。ルフィ、また泣いてんの?泣き虫だなぁ…」
そう言ってレムは力なく笑う。その無理やり作ったような笑みに、心にグサリと何かが刺さったような痛みを感じる。無理しているのはバレバレだった。頭を包帯でぐるぐる巻いて、頬にはガーゼがはってあって、目の周りが青黒く腫れている。
「ダダン、これは僕が自分でバカやってついた傷だよ。みんなを責めないで」
レムの手がダダンの腕を掴む。その小ささに、驚いた。
「レム…お前、」
ダダンが驚いたようにレムのほうを見る。おれはギュッと拳を握った。
「…おれが責任取る。レムに傷が残ったら、おれがレムを一生守る」
おれははそう言って、レムを見据えた。頭に巻かれた包帯が、頬に貼ってあるガーゼが、痛々しい。レムが今まで見てきたよりも、ずっと弱くて儚いものに見えた。レムはおれを見て、苦笑した。
「やめてよエース、僕は大丈夫だって…こんなのどうってことないから、だから…」
「レム、もういい!無理して喋るな!」
サボがレムの身体を支える。
「っ…」
「…どっちにしろその怪我じゃ、一ヶ月は治らないだろうよ。お前らは少し反省しな」
ーーダダンの言った通り、レムは一ヶ月近く治らなかった。
***
川の水面に光がキラキラと反射する。
「はぁ、やっと治った!!」
なんて長かったんだ。動こうとすれば止められ、働こうとすれば布団に押し込まれ…それを一ヶ月もだ。いい加減身体もなまってしまう。エースもサボもなんだかぎこちないし。
「なんだレム!お前足が魚になってるぞ!」
うおー、すっげー!と瞳をキラキラと輝かせるルフィ。前と変わらないその反応に、ホッとする。
「なぁ、それ食えんのか?」
食う!?
「なに言ってんだこのバカ!!」
「食おうとすんじゃねェ!!」
僕を守るように、ザッと移動してきたサボとエースがルフィの前に立ちはだかってゲンコツを食らわせた。
「いってぇ!!言ってみただけじゃねーか…」
「全く、なにやってんの。ルフィ、大丈夫か?」
尾ひれを足に戻して、川から上がる。
「ん、もういいのか?」
「うん、今日はもういい」
サボの問いかけにそう答えた。
怪我をしてから、エースもサボも僕に気をつかうようになった。けれど悪行は四人で繰り返され、その名は中心街にまで轟くようになった。
そんなある日ラーメン屋をタダ食いして逃げる途中、サボを呼ぶ者がいた。
「サボ、お前…生きてたのか!」
けれどサボは振り返ることなく、走って逃げ始める。逃げ切るとエースとルフィがサボに問い詰めた。
どうやらサボは貴族の子だったらしい。どうりで振る舞い方が上品に見えるときがあったわけだ、と納得する。サボは貴族であったが、そこに居場所がないと感じてグレイ・ターミナルに住み始めたらしい。
「エース、ルフィ、レム!おれたちは、必ず海へ出よう。この国を飛び出して、自由になろう!広い世界を見て、おれはそれを伝える本をかきたい!
航海の勉強ならなんの苦でもないんだ!もっと強くなって、海賊になろう!!」
ルフィとエースが笑う。
「僕は海賊なんてお断りだけど」
僕はボソッとそう呟いた。
「そんなもん、お前に言われなくてもなるさ。それとレムに拒否権はねェ!おれが守ると決めたんだ、お前はおれたちと一緒に来い!この海に出て、勝って勝って勝ちまくって、おれは最高の名声を手に入れる!それだけが、おれの生きた証になる!」
「おれはなーー!!」
サボ、エース、ルフィがそれぞれの夢を語りあって笑いあう。それだけで未来が希望に満ち溢れている気がした。
「お前ら知ってるか?盃を交わすとな、兄弟になれるんだ」
そう言って、エースが酒を注いでいく。
「…ねぇ、僕の分がないんだけど」
「レムはおれの嫁だろ。兄弟じゃない」
「なに!?いつからレムがお前の嫁になったんだ!!」
ヨメ?よめ…嫁!?
「なに言ってるんだエース!!レムはおれがもらう!」
「ルフィまでっ…おれは絶対に認めないからな!!」
なんで僕がお前らの嫁にならなきゃいけないんだ。
「…もう勝手に言ってろ」
結局四つ用意して、みんなで盃を交わした。おのおのが希望に満ち溢れた未来を描いて。
ーーたとえそれが、叶うことのない未来だったとしても。