少女よ、大志を抱け   作:七瀬 凌

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3.エースの思い

ーー海に打ち上げられている少女を初めて見たとき、おれはその小ささと幼さに驚いた。白くて細い手足は投げ出され、死んでるのかと思って近づいてみたら息があった。

 他人なんてどうでもいい、そう思ってたはずなのに。背を向けて歩き出そうとしたときその小さな手がおれの服の裾を引っ張った。そしたらなんだか守ってやらなきゃいけない気がして、助けてやらなきゃならない気がして、おれはそいつを同じ夢を持つ親友のところへ連れて行った。

 

 レム、という少女。おれは子分にしようと思ってたのに、あいつはきっぱりと断った。断られるなんて思ってなかったからムカついたけど、それでも殴ったりはできなかった。

サボと暮らし始めて、ここの暮らしにもだんだんと慣れていった。覚えるのが早く、見た目よりもずっと賢いレムは、自分で武器を作って食料を手に入れられるようにまでなった。

 

 ただ成長するごとに、レムは目立つようになった。廃墟で育つような奴らはみんな汚らしいのに、レムだけは綺麗だった。格好は薄汚くても、レムの周りの空気は綺麗に見えた。

 

そして今日、事件が起きた。

 

 レムが海賊に連れ去られたのだ。たまたまグレイ・ターミナルにいた人間にそれを聞いてサボと一緒に探し回った。それらしき船を見かけて乗り込み、海賊を倒してなんとか助け出したはいいものの嵐で荒れ狂った海に投げ出された。

このまま死ぬのだろうか、と海に沈んでいきながら思う。おれは鬼の子だ、死ぬなら死ぬで構わない。世界中の人間がそれを望んでる。だけどどうせならちゃんと、レムを助けたかった。

 

 でもレムは人魚だったらしく、おれを岸まで運んでくれてなんとか二人とも助かった。

 

レムはおれの中で、すでに大切な存在だ。血は繋がってなくても、家族みたいなものだ。

 それが今、唇を真っ青にして震えている。

 

「ダダン!!」

 

「なんだい騒々しいね!!って、なんだそのガキは…」

 

「震えてる!治してくれ!」

 

 ダダンに頼みごとなんて、死んでもしないと思ってたのに。おれは風邪なんてひいたことないし、こんなに苦しそうなレムを見るのは初めてでパニックになっていた。

頼れる大人は悔しいけれどダダンしかいなかった。

 

「はぁ!?ここは医者じゃないんだ、そんなこと言われたって…」

 

「じゃあどうしたらいい!?」

 

 そう聞けば、ダダンはレムを見る。

 

「っ、雨に濡れたのか。とにかく風呂に入れな!よくタオルで拭いて着替えさせたあと、布団で寝かせておくんだ」

 

「わかった!!」

 

 おれはすぐにそれを実行した。レムを死なせたくない、その一心で。

 

 

 ***

 

 

「ん…」

 

「起きたか、レム」

 

 すぐそばにエースが座っていた。ぼんやりとした頭で起き上がる。

 

「ここ、は?」

 

「おれの家だ」

 

 ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 

「おい、起きたみたいだぞ」

 

「エースがあの歳でガールフレンド連れて来やがった」

 

「全く、なんてやつだ」

 

「おれにも見せろよ」

 

 立ち上がってそちらに行きドアを開けると、ドアの向こうで聞き耳を立ててた奴らがなだれ込んできた。

 

「これ…エースのおにいちゃんか?」

 

「違う。ただの山賊だ。気にしなくていいから寝てろ。まだ熱下がってないんだぞ。それとも腹減ったのか?それなら何か取ってくる」

 

 なんかおかしい。何がおかしいのだろうか、と朦朧とした頭で考える。ーーあぁ、そうか。

 

「エースが、やさしい…へんなの」

 

 いつもより数倍エースが優しいのだ。おかしくて、くすぐったくてクスクス笑った。

 

「なっ、笑ってんじゃねェ!!さっさと寝ろ!!」

 

「うん」

 

布団に横になって、目を閉じる。身体が熱いような、寒いような、よくわからない感覚に襲われる。身体がガタガタと震え、奥歯がガチガチとなる。

 

「ちょっとどきな」

 

「なんだよダダン!」

 

うっすらと目を開ければ、そこには大きな人がいた。その人が僕の首に手を当てる。その手にびくりと身体を震わせた。

 

「…熱が下がってないな。エース、これ食わせときな」

 

「なんだよそのべちゃべちゃなご飯!嫌がらせか!?肉の方がいいだろ!」

 

「バカ言ってんじゃないよ!このガキは風邪引いてんだ。肉食って治るようなヤツなら風邪なんざ引いてないさ。いいからそれ食わせときな」

 

そう言うと、その人は部屋から出て行った。

 

「ちっ…ダダンのやつ…レム、起きれるか?」

 

「うん」

 

「これ食え。嫌だったら食わなくていいからな」

 

「わかった」

 

ドロドロした白いものは、食べやすかった。味なんてよくわからないけれど、身体があったまる。再びドアが開いて、大きな人が入ってきた。さっきエースがダダンと言っていた人だ。

 

「それ食い終わったら、これ飲ませときな」

 

ぽいっとなげられた袋を、エースが受け取る。

 

「なんだこれ?」

 

「いいから飲ませとけ」

 

ダダンはそう言って、ドアの向こうに戻っていった。

 

 

それから3日ほどして、回復した。

 

「ダダン、ありがとう。助かった」

 

「フンッ、まさかタダだと思っちゃいないだろうね」

 

「え?」

 

「掃除、洗濯、靴磨きに武器磨き、窃盗、略奪、詐欺、人殺し。お前がここにいた分きっちり働いてもらうよ」

 

確かにお世話になったんだ、なにもしないで帰るのも悪い気がする。

 

「わかった」

 

「わかったのかよ!!見た目よりたくましいガキだな!!」

 

こうして僕はダダンのところで、働くことになった。


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