少女よ、大志を抱け 作:七瀬 凌
それから僕はサボと一緒に暮らし始めた。とはいえ、常に行動を共にするわけじゃない。僕は本来堅実に暮らす主義なのだ。ビバ、平穏。ビバ、安定。こんなサバイバルいつまでもやってられない。
朝ご飯を食べてから家を出て、夕方に帰る。日が暮れる前に帰らないとサボにこれでもかというくらい説教をされるから要注意だ。エースは時折夕飯を一緒に食べるが、やはり仲良くなれない。
「おれの子分になる気になったか?」
「ならない」
「ちっ…強情なやつだぜ」
でもなんだかんだ言ってエースは優しい時もある。
「おいチビ!服くらいちゃんと調達しとけ、みっともない」
そう言ってよくわからないキャラクターのTシャツをくれたりする。ごくたまにだが。
半年ほど経ちジャングルの生活にも慣れてきた頃、僕はハーレム作りに向けて動き出すことにした。まずはハーレムは何か、というところからだ。これは人の良さそうな廃墟の人間に聞けば教えてもらえるだろう。
何かあった時のために廃墟のガラクタで作った弓を背中に背負っておく。これがなかなか使い勝手がいい。接近戦には向いてないが、獲物を仕留めるときに役立つ。
「おじいさん」
「おや…サボとエースのところの子か」
「そう。ねぇ、ハーレムって知ってる?」
「ハーレム?それはな…男にとっての夢じゃ」
老人はそう言うと、まぶしそうに太陽を見上げた。
「夢?」
「そう、柔らかくていい匂いのする可愛い女子に囲まれてチヤホヤされる。それが叶うなら、わしゃ死んでもいい」
ツ…と老人の頬を一筋の涙が流れた。
「やわらかくて…いい匂い…」
可愛い女の子にチヤホヤされる…叶うなら死んでも構わないほどの夢。なんてすごい夢なんだ!!
「おじいさんおじいさん!!どうやったらハーレムつくれるんだ!?」
「ハーレムを作る方法はただ一つ」
人差し指を立てた老人に、ゴクリと唾を飲み込む。
「世界で一番、強い人間になることじゃ!!」
「強い人間?それってどうやったらなれるの?」
「なーに、難しいことじゃない。自分の信念を貫けばいい。自分が正しいと思ったことをして、誰に文句を言われようが誰に蔑まれようが、己の信念を貫き通すんじゃ。
心にまっすぐな芯を持ってるやつはどんなに力が強い奴らより、強いからのう」
おじいさんの言葉は、僕が理解するには少し難しかった。
「…僕、強い人間になる」
ーーその日から僕はおじいさんのところに通い始めた。世界一強い人間になるために。
「おいレム、最近何してるんだ?あんまり廃墟の方に行くなよ、あそこはたまに海賊が通る」
夕飯の時、サボは僕に忠告してきた。最近よく廃墟でおじいさんと話をしてるのを見られていたのだろう。
「かいぞく?」
「あぁ、海賊に目をつけられたら面倒だからな」
「わかった」
サボにそう言われて海賊には気をつけていたはずなのに…
「ずいぶん可愛いガキがいるじゃねぇの」
「こいつ、売ったら高値がつきますぜ!きっと」
「っ、離せっ!!」
廃墟から帰る途中、やばそうな奴らにとっ捕まった。なぜだ。他にも人はたくさんいるだろうに。
「おいおい暴れてくれるなよ〜?死にたくなかったらな」
「っ…」
ほっぺに刃を当てられて、ゾクリとした寒気に襲われた。このままこいつらの言うことを聞いてたら、どこかに連れて行かれてしまう。けれど肝心の弓は捨てられてしまったし、反撃する術がない。
「やめんか小童ども!」
「おじいさん!」
こちらに来たのはいつも僕に話をしてくれるおじいさんだった。
「そんな小さな子を捕まえるなんて…恥ずかしいとは思わんのか!?」
「うるせえジジイ」
「死に損ないが」
そう言って、海賊たちはおじいさんに暴行をくわえはじめる。危ない!と思ったが、おじいさんは棒を使って、海賊たちを倒してしまった。
「すごい…」
「わしも若いもんにはまだまだ負けられんわ。嬢ちゃん、大丈夫か?」
その言葉に、大きく頷いた。
「ありがとう!おじいさん!」
「わしはもう、明日からここへは来ない。だから嬢ちゃんもここに来るのをやめなさい。嬢ちゃんには少し危険が多すぎる」
「なっ、なんで!?どこ行くの!?」
「夢を、叶えに行くんじゃ」
おじいさんは笑っていた。
ーー翌日から、おじいさんは宣言通りいなくなった。風の噂で、おじいさんは病気だったというのを聞いた。
僕はそれでもグレイ・ターミナルに行くのをやめようとはしなかった。行けばまた会えるんじゃないかって、来る日も来る日もグレイ・ターミナルに行った。サボやおじいさんの言うことを聞かなかった。だからバチが当たったんだと思う。僕は海賊に捕まってしまった。
「助けてっ…サボ!!エース!!」
そんな叫びも虚しく、船に連れて行かれてしまった。
それからいくばくかの時間が経ち、嵐が起き始めたようだった。船は揺れに揺れ、激しい雨の音がする。ひどく心細くて、小さく丸くなった。
そんなとき、バンッとドアが開いた。
「レム!!」
「エース!?」
そこにはずぶ濡れになって身体中に怪我をしたエースが立っていた。僕を見るなりホッとしたように息をつくと、すぐこちらに来て僕の手足につけられた錠を外す。
「っ、エース!!」
外れた瞬間、エースに飛びついた。もう二度と会えないかと思っていた。
「ったく…すぐに戻るぞ!!船が沈む前に」
「うん!!」
甲板に出れば、この船はだいぶ島から離れてしまっていた。僕を捕まえた男たちがあちこちに伸びている。おそらくエースにやられたのだろう。
「っ、危ない!!」
ピカッと光った瞬間、船の上に雷が落ちた。船が真っ二つに割れ、エースの身体が真っ暗な海に放り投げられる。
「エースっ!!」
けれどその直後、僕の身体も海に投げ出された。荒れた海に投げ出され、ぶくぶくと沈んでいく身体。海はあんなにも激しくうねっていたのに、沈めば沈むほど穏やかになっていく。
息が、苦しい。このまま死ぬのだろうか?強い人間になれず、エースをまき沿いにしてーーそんなの嫌だ。
せめてエースだけは助けなきゃいけない。仰向けになっていた身体を反転させ、下を見ればエースがいた。その目は閉じられている。このままでは間違いなく死んでしまう。
そう思ったとき、身体に何か変化が起きた。海の中だというのに、水中だというのに苦しくない。足は一本の尾ひれに変わり、ものすごいスピードが出せるようになる。エースの身体を掴み、そのまま水面まで上昇した。
エース、死ぬな!死ぬなよ!と思いながら必死に島まで泳いでいった。なんとか島にたどり着き陸に乗り上げると、力尽きて意識が遠のいた。
「エース!レム!」
サボの声に目を覚ましたときには嵐はやんでいて、代わりに夕日が空を真っ赤に染めていた。
「さぼ…?」
「良かった、お前ら無事だったんだな…」
サボがホッとしたように息を吐く。
「っ、ゲホッ、ゴホッ…はぁ、死ぬかと思った」
「エースっ!」
良かった、エースも僕も助かったらしい。エースに思いっきり抱きついた。水飛沫が飛び、ぴちぴちっと音がする。
「ほんと手がかかる…って、え!?」
「…レム、お前…足…」
びっくりしたような声を出すエースと、声を震わせて僕の足を指差すサボ。その指先の方に目を向ければ、魚の尾ひれがあった。
「ん?尾ひれ?」
それに触れてみれば、そこにはちゃんと鱗がある。しかしどうにもおかしいのだ。僕の上体とその尾ひれが繋がっている。
「レム、お前人魚だったのか?」
エースが目を丸くしながら、そう言う。
「人魚!?誰が!?」
「お前だよ!!どう見たってそのあし人魚じゃねぇか!!」
「ええええ!?」
「驚いてんのはこっちだよ!!」
「サボ!これどうやったら足に戻るの!?」
「知らねェよ!!」
三人でギャーギャー騒いでいたら、いつの間にか尾ひれが足に戻っていた。
「はぁ、驚いた…」
「まさかレムが人魚だったなんてなぁ…」
エースとサボがしみじみという。僕は急になんだか寒くなって、ぶるりと身体を震わせた。
「お前、唇真っ青じゃねーか!あっつ!熱もひどいぞ!」
「仕方ねぇ!!今日はうちに連れてく。ダダンに世話させる」
エースに背負われて、どこかに連れて行かれる。ひどく寒くて、エースの体温がひどく心地よく感じた。