少女よ、大志を抱け 作:七瀬 凌
ーーぶっちゃけ、僕は海軍をなめてた。それを認めよう。
「どうした。もう終わりか?」
「っ、はぁっ…はぁっ…」
僕が青キジに会ってから3日ほど、雑用らしき仕事をして過ごしていた。だけどこれでは強くなれない、と思い青キジに宣言したのだ。
青キジをぶっ飛ばして雑用をやめる、と。
しかしそれは甘い考えだった。雑用のちょい上くらいなら僕でも簡単に倒せると思っていたのに、青キジは僕が想像してるよりはるかに強かった。借りた剣を使っていくら攻撃しても、青キジは無傷だった。避けも逃げも隠れもしない。それどころか欠伸までする始末。
悪魔の実ってやつは相当厄介だ。蹴っても殴っても全然効かない。
力尽き、膝をついた。肩で息をする。自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえる。身体中が心臓になったみたいに脈を打つ。ちくしょう、苦しい。
「お嬢ちゃんは動きが荒すぎる。そんなんじゃあ、誰にも勝てねェよ」
「っ…」
誰にも勝てなきゃ、僕は誰一人守れない。何一つ変えることなんてできない。大口叩いてこんなところまできて、雑用よりちょい上の男にすら勝てないなんて。
「そんなことあってたまるかよ!!!」
「!!」
剣の先が青キジに触れ、頬にうっすらと赤い線を作った。
「っ…面白いじゃねェの。見込みがなきゃガープさんにつき返そうと思ってたんだがな。アイスサーベル」
青キジは地面にあった草を積み、それを元にして氷の剣を作った。
「かかってきなお嬢ちゃん、死ぬ気でな」
それからというもの青キジを倒すために僕は朝から晩まで訓練した。朝は筋トレと雑用、昼は青キジに稽古をつけてもらい、夜になればその日の反省を生かして足りないものを考える。
それを繰り返して一ヶ月、僕は相変わらず青キジに勝てなかった。
「やっぱりお前さんは攻撃が荒い。まずは剣を手放して、自分の体術を磨きなさいや」
「…わかった」
青キジに渡された本を見れば、六式というのが書いてあった。
人体を武器に匹敵させる体術。指を硬化させて銃にしたり、体を固くしたり、相手の攻撃を紙のようによけたり、地面を蹴って動きを加速したり、空を蹴って宙に浮いたり、蹴りで鎌風を起こしたり。
今まで知らなかったことばかりが書いてあって、興味深かった。
よし、早速使ってみるか。ーーと、訓練を続けて三ヶ月、僕は剃と月歩、嵐脚を身につけた。他のも完璧ではないが、要領は掴んできた。三ヶ月前の自分より相当強くなった。これならきっと、青キジも倒せる。
「ずいぶん顔色がいいじゃねェの。なんかいいことあったか?」
任務に行くと言って二週間前からいなかった青キジが帰ってきて、僕は戦いを挑んだ。
「今日僕は、お前を倒す!」
堂々と宣言する。いつまでも雑用なんてやってられるか!!訓練の合間に部屋掃除、トイレ掃除、靴磨き、花に水やり、それから青キジにくる仕事の依頼の整理!!ありとあらゆる雑用をこなした!もうこりごりだ!
「ほーう、言ってくれるねェ」
「余裕こいてられるのも今のうちだ!剃!」
地面を素早く10回蹴り、加速する。青キジの後ろに回りこんで、その腹に蹴りを入れる。しかし青キジは僕の攻撃を避け、僕を殴ろうとしてくる。しゃがんで避けると、すぐに体制を立て直した。
「ヘェ…ちょっとはマシになったじゃねェの」
ヘラリ、青キジが笑う。
地面に降りて再び剃を使い、青キジの懐に潜り込むと、青キジの身体に指を突き立てた。これで終わりだ!!
「指銃っ!!」
青キジに指銃をした…はずだった。
「いっ!!」
痛い痛い痛い痛い!!青キジに指銃したとき、指先に強烈な痛みを感じた。声を上げることもできず、地面にのたうちまわる。なんて固さだこの男!!人間じゃない!!
「なァにしてんのよ、ちょっと見せなさいや」
そう言われて起き上がり、青キジに指を見せる。指先は真っ赤に腫れ、本来曲がってはいけない方向に曲がっていた。青キジは呆れたようにため息をつく。
「あーららら、折れてんじゃねェの。指銃なんてそう簡単にうまくいくわけないでしょうに。普通の肉体ならまだしも、おれは氷だぞ?お前さん程度の力じゃムリに決まってるでしょうが」
「うるさい!!青キジぶっ飛ばす!!」
「はいはい、わかったから医務室行ってこい」
適当にあしらわれ、ブツブツと文句を言いながらも医務室に向かう。なんでだ、なんで敵わない。やっぱり悪魔の実か?でも僕は悪魔の実なんて絶対食べるもんか。海で泳げなくなるなんて冗談じゃない。
「失礼する」
医務室に行くと、そこには大きなタバコをふかしてる男がいた。なんて目つきの悪さ。医務室にミスマッチな風貌だ。
「…なんでここにガキがいやがる」
「ガキとは失礼だな。僕は訓練中の雑用だ」
「雑用が医務室に何の用だ」
「指を怪我した」
ほら、と言って腫れ上がった指を見せれば、男は顔を顰めた。
「今、医務室の医者は留守だ」
「なんだ。ならいいや、勝手に包帯借りる」
戸棚から包帯を取り、自分の指に巻きつける。だけどこれがなかなかうまくいかない。片手で包帯を巻くのは思っていたより難しい。というか、包帯が患部に触れるたびに激痛が走る。これはもう、何もしないほうがいいんじゃないだろうか?うん、きっとそうだ。
「放っておけば治るか。失礼した」
「…おい」
出て行こうとしたら、低い声で呼び止められる。
「なに?」
「こっち来て座れ」
そう言って、椅子を指差す。
「え、でもやることが…」
青キジに負けたから大量の書類の整理をしなきゃいけない。
「いいから座れ」
ギロリと威嚇されてしまい、僕は渋々男の座っている長椅子の隣に腰をかける。男は立ち上がると、戸棚から布を取り出して僕の指に巻いた。ひやりとした感覚に、びくりと身体を震わせる。
「なにを、」
「ジッとしてろ」
「うっす…」
有無を言わせない声で再び威嚇され、ジッとする。男は添え木のようなものと一緒に指に包帯を巻きつけた。その見た目には似合わない、丁寧かつ手慣れた手つきに驚いた。綺麗に手当てされた指に、おお!と声を上げた。
「あんたすごいな!見た目はイカツイのに!!やっぱり医者なのか!?」
「医者じゃねェ。これは応急処置だ、雑用でもここにいるならそれくらい覚えておけ。いいか、あくまで応急処置だからな。あとで医者が戻ってきたらちゃんと診てもらえ」
そう言うと、男は立ち上がる。出て行こうとする男を慌てて呼び止めた。
「待ってよ!あんた、なんて名前なの?」
「…スモーカー」
「ありがとうな、スモーカーさん!!僕はレム!今度会ったらなんか礼をするよ」
「礼をする前に礼儀を学んどけ、ガキが」
スモーカーさんはそう言って、医務室を出て行った。
「いいやつだったな、スモーカーさん。さて、青キジの書類整理するか〜」
綺麗に応急処置をされた指を見ながら、僕は上機嫌にそう呟いた。