少女よ、大志を抱け 作:七瀬 凌
それから月日が経ち、僕とルフィは十二歳になった。…といっても僕については、それが正確な値かどうかわからないけれど。
「エース、ルフィ…僕、海兵になる」
ある日、僕は前々から思っていたことを二人に告げた。
「…はぁ!?」
「かかか海兵!?海賊になるんじゃないのか!!?」
目を丸くする二人に、頷いた。
「僕、ずっと前から考えてたんだ。始まりは多分、ガープさんに会ったことだ」
「じじい?」
「うん。ガープさんに会って、僕は海賊をやっつける海兵という仕事を知った。僕は海賊が嫌いだ、だから海軍は僕に向いてるんじゃないかって思ったんだ」
そう、あの日。初めてガープさんに会った時、海軍という仕事に興味を持った。
「っ…じじいか…」
「レムも海賊やろうよ!絶対海賊のが楽しいって!!」
エースが苦虫を噛み潰したような顔をして、ルフィは焦ったようにまくし立ててくる。だけど僕の決意は変わらない。エースやルフィと一緒に旅をするのは楽しそうだけど、僕にはやらなきゃいけないことがある。
「…サボが貴族を嫌ってて、天竜人かなんだか知らないけど偉い大人に目の前でサボが殺されて…こんな世界、変えなきゃいけないって思ったんだ。海軍になって、偉い人になれば…僕にも誰かを救ってあげられるかもしれない。だから僕は、海軍になる」
昔おじいさんが言っていたように、僕は強い人間になりたい。もう大切な人を誰も失わないように。そしてあの日ガープさんがくれたような優しさを、与えられる人間になりたい。
「…もう決めたのか」
まっすぐに僕の方を見て、エースはそう言った。思えば、エースはずっと僕を海へと誘ってくれていた。それを断るのは、心が痛い。それでも僕は今のまま…エースに守られているばかりでは嫌なのだ。
「うん。次にガープさんが来たら、海兵に入れてもらえるように言うつもり」
「そうか…頑張れよ」
「なっ、エースいいのかよ!?エースはずっとレムと海に出るって…」
「ルフィ」
エースは静かな声でルフィの言葉を遮った。
「おれたちはもう子供じゃない。やりたいことがたとえ違ったとしても、立場が敵同士になろうと…おれ達は家族だ。ガタガタ言わずに応援してやろう」
エースの言葉に、ルフィが泣きそうに顔を歪めた。
「っ…わかった」
「ごめん…二人とも」
僕を海に誘ってくれたのに。
「謝ることなんてねェだろ。良かったじゃねェか、やりたいことが見つかって」
その日のエースの笑顔はいつもより少しぎこちなかった。
ーーそれから三ヶ月後にガープさんがきた。
「帰れ!帰れよじいちゃん!」
「なんじゃ、じいちゃんに向かってその口の利き方は!!」
ダダンの小屋の前で争う二人を見かけた。
「まだ来る時じゃねェ!!帰れジジイ!!」
「なんなんじゃ一体…反抗期か?」
いつもガープさんを見たらすぐに逃げ出す二人が、ガープさんの前に立ちはだかっていた。どうしてガープさんを止めてるのかわかったから胸がチクリと痛んだ。それでも、僕はやめられない。
「ーーガープさん」
僕の声に、二人の抵抗がピタリと止む。
「おお、元気にしとったかレム」
こちらを振り返ったガープさんが、いつものように温かな笑顔を見せる。
「はい、あの…お話があります」
「ん?なんじゃ?」
「僕を…僕を最強の海兵にしてください!!どんな敵も、どんな悪党もやっつけられるような海兵に!!」
これ以上ないくらいに頭をさげる。手に汗が滲んだ。
「いいぞ」
ガープさんは僕の要求を、あっさりと受け入れてくれた。あまりにもあっさりすぎて、「えっ?」と間抜けな声が出た。もしものときのために志望動機とか考えてたのに、まったくいらなかった。
「っ…なんで断らないんだよじいちゃん!!」
ルフィがムキになってそう言うと、ガープさんは当然のように話しだす。
「かわいいレムがわしにお願いしとるのに、どこに断る理由があるんじゃ。よし、そうと決まったら明日から海軍に行こう」
そう言って、ポカンとする僕の頭を大きな手で撫でた。
「明日!?ジジイ!それはあまりにも急すぎじゃねぇか!?」
エースもびっくりして目を丸くする。
「なーに、何かをするのに急すぎるなんてことはないわい」
豪快に笑うガープさん。その笑顔が眩しくて、もう一度僕は頭を下げた。
「っ、よろしくお願いします!!」
ーーこうして僕は強い人間になるための一歩を踏み出すことになった。
朝になり、ダダンの家からガープさんと一緒に出る。思えば、長いときをここで暮らした。エース、ルフィ、それからサボ。みんなと暮らせて、とても幸せだった。
「気ィつけてなあ!」
「風邪引くなよー!」
山賊たちが応援してくれる。僕は大きく頷いた。
「レム〜〜!!行ぐなよ〜!!!」
「ルフィ、また帰ってくるって」
最後まで泣き虫なルフィに、クスリと笑みが溢れる。自分の背丈とそれほど変わらないルフィにハグをして、頭を撫でた。泣き虫なルフィを置いていくのは心配だ。だけど強くて優しいエースがきっと、泣き虫なルフィを守ってくれるだろう。
「次会うときは、泣かないくらい強くなってなよ」
「っ、ゔん!!もう泣がねえ!!」
そう言ってルフィはゴシゴシと目元の涙を拭った。
「行くぞ、レム」
「うん…あ、ダダン!今までありがとう!山賊のみんなも、今まで世話になった!!」
「さっさと行きやがれ小娘が〜!!」
どうやらダダンは泣いてるらしい。山賊のみんなも鼻をすすっている。僕ももらい泣きしてしまいそうになったから、それ以上何も言えなかった。ただ笑顔で手を振った。そこにエースは、いなかった。
ガープさんにお願いして先に行ってもらうと、かつてエース、ルフィ、サボと一緒に暮らした秘密基地に行った。懐かしい。今思えば、あの頃が一番幸せだったかもしれない。不意に、気配を感じた。やっぱりここにいたのか、と思う。
「出てきてよ、エース。見送ってくれないの?」
「…本当に行くのか?」
僕が呼びかけると、エースが木の上から降りてきた。エースは僕よりも背が高い。前からエースの方が高かったけれど、エースに成長期が来たのか、さらに差ができてしまった。
「行くよ。次にここに来れるのがいつかわからないけど、エースの出航のときには必ずくる」
エースは今、15歳。あと2年後には、エースは海賊になる。
「ああ…」
エースは昨日と変わらず、浮かない顔をしていた。そんなエースのそばに行き、頬を引っ張る。
「なにふんだ」
「いや、伸びないなって思って」
「当たり前だろ、ルフィじゃないんだから」
エースはそう言って僕の腕を掴み、頬から離す。その手も僕より一回り大きい。
「あ、大丈夫だよエース!エースとルフィは海賊になっても捕まえないから」
「ふん、生意気言いやがって…捕まえられない、の間違いだろ」
ニヤリ、エースが笑った。その
「僕は最強の海兵になって、どんな海賊でも倒せるようになるんだ!!強い人間になって、世界を変える!!」
小さい頃にグレイ・ターミナルで会ったあのおじいさんより強くなって、誰もが自由に生きられるような、そんな世界を作るんだ。
「もう二度と…僕は大切な人を誰一人、失わない世界にする」
理不尽な理由で殺されたサボのためにも。そしてこれから海へ出ようとする兄弟たちのためにも。
その信念を貫けば、僕はきっと誰よりも強い人間になれるから。
「…じゃあ、約束だ」
エースは僕を見て挑戦的な笑みを浮かべた。
「約束?」
「いつかおれがワンピースを見つけて海賊王になったら、レムがおれをつかまえるんだ。おれはレム以外には捕まらないし、そう簡単にはレムにも捕まってやらない」
「わかった、じゃあもしエースが僕に捕まったら、そのときは僕の部下になってね」
「上等だ」
エースやルフィと離れるのは寂しい。だけどこれは永遠の別れじゃない。小指を絡ませたあと、エースと笑顔で別れた。
***
「エース!どこ行ってたんだよ!?レム行っちゃったぞ!」
夜になって小屋に戻ると、小屋の外でおれを待っていたらしいルフィがおれにそう言った。
「知ってる」
だって見送ったのだから。本当は力ずくでも海軍へ行くのをやめさせようと思ってた。ずっとおれと一緒にいろって言いたかった。だけど、レムは優しいやつだから。世界中にいる傷ついてるやつや、困ってるやつを放って置けないから。
「本当によかったのか?海賊に誘わなくて…」
「あいつはあれで、いいんだよ」
そう言うとルフィは、それならおれが誘えばよかったな〜、なんて言いながら小屋に入っていった。
世界を変える、なんて…ワンピースを見つけるより、海賊王になるより難しい。だけどいつかレムが作る世界を、見てみたいと思った。
ーーきっとその世界は、今よりもずっと自由に生きられる世界になってるから。
「なぁ、お前もそう思うだろ?サボ」
小さな声でポツリと呟くと、返事をするように穏やかな風が吹いた。
そういえば久しぶりに投稿してるんですけど、評価とかめちゃくちゃ怖いっすね。
ひー!評価つけられてるぅ!
ひー!感想アルゥ!
ひー!お気に入り増えてルゥ!
ってかんじで冷や汗が止まらないヨ。
ーーってことで、やっと動き出しました海軍編。あらすじで予告しておきながら中々入れなかった海軍編。生温かい目で見ていただけると嬉しいです。