少女よ、大志を抱け   作:七瀬 凌

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これは閑話です。読まなくても支障はありません。


閑話 それいけ、オクトパ子さん

美しいものを探しに、私は海で一人旅をしていた。昔から魚人島の一等地で暮らしてきていた私に、外の海はたくさんの危険が付きまとっていたがそれ以上に今まで知らなかった美しいものを知るのが楽しかった。

 

ーーそんなある日、私が出会ったのは美しい人魚だった。

 

はじめはただの好奇心。魚たちが騒がしいから、何があるのだろうと思って見に行っただけだった。

 

けれど私は、そこにいたものに一目で心を奪われた。

 

私は女で、恋に落ちるとかそういう感情を抱くはずはないけれど、もしも男だったら一目惚れしていただろう。そう思えるほどに美しかった。

海にたゆたう美しいブロンドの髪、真珠のように白く綺麗な肌、光に反射して光る水色の尾ひれ。嫉妬するのもおこがましいほどに、美しい人魚だった。

けれどその肩からは大量に血が流れていた。そんな人魚を魚達は心配そうに取り囲んでいた。私はセレブなお嬢様で、面倒なことなんてしない主義なのに…この人魚が起きて話す姿を見たいと、思ってしまった。

 

それからその人魚に応急処置を施した。けれど輸血する血はなく、それからはただ安静にさせて目を覚ますのを待つことくらいしかできなかった。もうダメかもしれないと何度も思った。

 

 

ーーけれど一ヶ月経ったある日、その人魚は目を覚ました。

 

「あんたは?」

 

思った通りの高く美しいソプラノの声で話されるのは、とても上品とは言えない言葉。すぐに帰ろうとする少女を引き止めたのは、安静にしてなきゃダメだというのも嘘ではないけれど、もっと話したかったから。

 

一週間も経つとまだぎこちなくて危なっかしくはあるが、少女は動けるようになった。ただ、その動き方に驚いた。なんと足を二股にして歩き出したのだ!!

えっ、なに、見間違い!?

目玉が飛び出るほどの衝撃を受けた。

 

普通、人魚が二股になるのは三十歳になってから。だからレムがものすっっっごい童顔で、幼い出で立ちの三十歳だというなら(納得したくはないが)納得できる。

 

けれどレムの場合、それ以上に納得しかねる問題があった。

 

二股の尾ひれが、あの水色の美しい尾ひれが、人間の足そのものになったのだ!

そんな人魚見たことない。

 

「れっ、れれ、れれれ、レムっ!!?」

 

「ん?」

 

ん?じゃないわよん!!なにしてんのよん!?どうなってんのよん!!

 

「そそそそ、その足っ…」

 

「足?足がどうかしたのか?」

 

そう言ってくるりと回ってみせる。うん、細くて白い、綺麗な足ねん…じゃなくて!!

レムはことの重大さがわかっていないのか、小首を傾げる。うん、可愛い…じゃないわよん!!

 

「その足どうなってるのん!まるで…人間じゃない!!」

 

「なにをそんなに興奮してるんだ?僕は人間だよ」

 

「じゃあさっきの尾ひれは!?」

 

「あー、あれはなんていうか…僕にもよくわかんない」

 

「わっ、わかんないって…」

 

レムによれば、一度海で溺れかけてから尾ひれが使えるようになったらしい。突然変異のようなものなの?

 

「親は人魚族よねん?」

 

「うーん…わからない」

 

「わからない?」

 

「捨てられてたらしいからね。親は見たことないんだ」

 

飄々と答えたレムに衝撃を受けた。私は裕福な家に生まれて、ずっと大切に育てられてきた。だから親が子供を捨てるなんて、考えられなかった。驚くと同時に、自分の無神経さを恥じた。

 

「ごめんなさいん…不躾なことを、」

 

「あ、ねえこの貝うまそう!!」

 

「話を聞きなさいんっ!!」

 

シリアスムードに入るかと思いきや、足元の貝を捕まえて目をキラキラと輝かせるレムに、呆れたような…けれどどこかホッとしたような気分になった。

 

すぐに分かったことだが、レムは泳ぐのが下手くそだった。人魚は世界でも他に類を見ないくらいに泳ぐのが早いはずなのに、レムはかなり遅かった。私でも追いつけてしまうほどに。

 

人魚は泳ぐのが速いからこそ、他の種族の餌食にならずに済む。それなのにレムは遅い。もし見つかれば、捕まってしまうことは間違いないだろう。

私が徹底的に教えなければ、という使命感に駆られ、みっちり(しご)きはじめた。

 

 

「ーーえっ!?何も手入れしてないのん!?」

 

「うん」

 

肌のケアも手入れもせずにそんな美しい肌を保ってるだなんて…憎い!!憎すぎるわよん!!

特に気にした風もなく、貝をムシャムシャと食べるレム。

 

「そんなのダメよん!!今はいいかもしれないけどねん、年を重ねれば重ねるほど肌は衰えるのよん!!」

 

「ん?別にいいよ」

 

「よくないわよん!!」

 

ガミガミと言ったが、レムは「女って大変だなー」なんて他人事のように言う。全く女らしさの欠片がないレムは見た目とのギャップが激しいが、それも彼女の良さであるように思えた。

 

一緒に過ごすたびに、どんどんと彼女に惹かれていく自分がいた。自分を取り繕わないレムは、一緒にいて疲れない。

 

だからだと思う。

 

 

「僕、そろそろ帰らなきゃ」

 

 

そう言った彼女に、軽くショックを受けたのは。

 

怪我の治りは良好で、もう海の中を自由に泳いでも問題ないくらいだった。だからそろそろだろうとは、思っていた。でもレムがあまりにもそういうそぶりを見せないから…このまま一緒に魚人島に行けるんじゃないかって、どこかで期待していた。

 

「…帰るのん?」

 

平静を装って出した声は、いつもより堅かった気がする。

 

「うん、このままオクトパ子にお世話になってるのも悪いし。家族が待ってるんだ」

 

そう言って屈託なく笑うレムは、私と離れることに微塵も寂しさを感じていないようで。なんだか悔しくなった。

 

「レムは私と離れることなんて、どうでもいいのねん…」

 

そんな、子供じみたことを言った。けれどそれは確かに私の本心で、やるせない気持ちになった。

 

「何言ってんの、オクトパ子」

 

「何って…」

 

 

「だってまた、会えるでしょ?」

 

 

さも当たり前のように言って、微笑むレム。

 

「海は広いのよん!?」

 

ここで会えたのも、奇跡みたいなものなのに。

 

「んー…でもさ、会える気がするんだ。魚人島もいつか行ってみようと思ってるし…あ!もし魚人島で会ったらさ、案内してよ!」

 

名案を思いついた、と言わんばかりに目を輝かせるレムに、肩の力が抜けた。ふっと、息を吐く。

 

「…しょうがないわねん」

 

そういって微笑むと、レムは嬉しそうに笑った。

 

 

 

去っていくレムの姿を見送ったとき、少しだけ涙が出た。たった3ヶ月だったけれど、レムに会えたことを嬉しく思う。

 

「また…会えるわよねん」

 

誰にともなくそう呟いて、私もその場から去った。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。この一週間、1日に1話は投稿していましたが、作者の都合でおそらく次の更新が遅くなります。すみません。エタるつもりはないので、気長に待っていただけると幸いです。

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