リボーン×ニセコイ!-暗殺教室~卒業編~-   作:高宮 新太

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標的9 E sono collegato al presente(そして現在に繋がる)

 ———————————裏カジノ。監視ルーム。

 ロシアンマフィアであり、裏カジノを経営していた一人の男。

 その男は今現在、ありえない光景を目にしていた。

 それまで、裏カジノを死角なく見渡せる監視ルームにその男は優雅に佇んでいた。

 今日も今日とていつも通り。馬鹿な客が、適当に勝って、そして最後には大損して帰る。けれど、その損には気づかない。それがいつも通りのこのカジノの常だった。

 そんな”いつも通り”が今日もやってくると思っていた。いや、思ってすらいなかった。なにせそれが当たり前なのだから、そこに疑問を持つこともなければ考えることもない。

 そんな男の目の前に、そいつらは現れた。

 最初は周りの客と同じようにただカジノをして、そして多額の金を落としていく。いいカモが来た。そう男はほくそ笑んでいた。

 だが、ものの数分もしないうちに状況は一変した。

 客の一人の言動がおかしくなったと思ったら、いつの間にか、銃撃戦が繰り広げられるまでに。

 一人、離れた場所で様子を伺っていた男は、監視ルームで全体を見渡せたおかげで異変に気付いた。

 

 そう、こいつらは何かがおかしいと。

 

 最初に声を荒げていた男も、その後に銃を乱射し始めた部下も。混乱を拡大していた右腕とよべる人間も。

 全員、何かがおかしかった。

 まるで、わざとそこを戦場にしているかのように。

 だが、それがなぜそんな風になっているのかまでは男にはわからなかった。

 ただ、漠然とした違和感が男を襲う。

 けれど、男にはどうすることもできない。ただ、画面を食い入るように見つめることしか出来なかった。

 なぜなら、その戦場とも呼べる銃撃戦の中で、ただの子供が。全身を真っ白いペンキで塗りつぶされたかのような真っ白な子供が制圧しているのだ。

 仮に、男一人が銃を持って戦場に加わったとしても変わらない。そう実感させるほどに、子供は怯えることなく、見事に戦場を手玉に取っていた。

 それは何かが欠けているとしか思えないほどに、なんの躊躇(ためら)いも躊躇(ちゅうちょ)もない。

 まるで息をするかのように、殺していく。

 その光景に男は恐ろしくなった。きっとあの場所を制圧されたら、次にたどり着くのはここだ。

 

 きっと、あの連中は”アレ”を奪いに来たのだ。

 

 そう思うが早いか、男は逃げ出していた。

 部下も右腕も全てを戦場に置き去りにして。ただ、男は逃げた。

 そこにいても殺られることは明白だった。

 男は着の身着のまま、そこを逃げ出した。

 あてもなく、ただ恐怖という感情に支配されて逃げた。

 ただ一つ、恐怖に支配された頭でも”アレ”だけは忘れずに持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・あとはキャベツとお肉」

 そして時は進んでそれから一月ほどが経った頃。

 子供はクロームと一緒に夕飯の買い物をしていた。

 ロシアの中でも活気ある市場。

 そこでクロームがメモを見ながら買い物袋を引っ提げている。

「・・・・・あ。ありがとう」

 子供は、クロームが持ちづらそうにしていたのを見かねてか買い物袋を無言で持っていく。いや、奪い取るといったほうが適切か。 

「・・・・別に。早く帰ろう」

 子供は喋るようになっていた。 

 といってもまだまだ人を選ぶし(主に犬)、言葉足らずなところもあるが。

 それでもクロームは嬉しいと感じた。

 クローム自身、そこまで口が達者なほうではないが人との関わりを避けているわけではない。

 特に未来に行って三浦(みうら)ハルや笹川京子(ささがわきょうこ)といった友人を得ることによって、それが顕著になっているのだろう。

「なんだよ」

 そんなクロームの感情が表情に出ていたのだろう。子供は不機嫌そうに口を開いた。

「ううん。なんでもない」

「チッ」

 舌打ちをする子供を、微笑ましく見守りながら彼女。クロームは気づいた。

「あ、チョコレート、忘れた」

 今日の夕飯は鍋である。鍋にチョコレートは勿論不要だが、チョコレートは六道骸の大好物。それが切れていたことを思い出したのだ。

 切らしたままでは六道骸が拗ねてしまう。そんな光景を想像してクロームは急いで回れ右をする。

「・・・ごめんね。ちょっとここで待ってて」

「あん?」

 確か、チョコレートはこの市場を抜けて角を曲がったあたりに専門店があったはずだ。

 そう記憶を掘り起こし、クロームは子供を置いて走り出す。

「あ、・・・・・まあいいや」

 子供は追いかける気力もなく、ただ、道の端っこに座り込んだ。

 どうせ、チョコレートを買うくらい数分で終わるだろうとそう決めつけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、いつまで経ってもクロームは戻ってこなかった。

 一時間か二時間か、子供は時間を知る術を持っていなかったので正確ではないがとにかく待って待っても彼女は帰ってこなかった。

 道の端っこで活気ある市場を目の前にしながら子供は考える。

(・・・・捨てられた、かな)

 チョコレートを買いに行くというのは体のいい口実で、本当は自分をここに置いていくつもりだったのではないか。と。

 別に、子供は悲しくはなかった。

 そもそも拾ってもらったのも、今日まで一緒にいたのもなにか特別な理由があるからではないのだ。

 家族でもなければ、元々知り合いでもない。通す義理などどこにもない。

 なら、めんどくさくなって捨てられてもそれはしょうがないことだ。文句を言うのは筋違い。

 だから子供は別に悲しくはなかった。

 剣を教えてもらった。銃を教えてもらった。食卓の囲み方を教えてもらった。読み書きを教えてもらった。お金の数え方を教えてもらった。

 そのどれもが、子供にとっては初めてで。

「あれ・・・?・・・・っかしいな」

 視界が滲む。地面のアスファルトがゆらゆらと滲む。

 そんな感情自分にはないのだと思っていた。村の全員を殺しておいて、今更何を言っているのだと。

 都合のいい話だと分かっているのに、止められない。止まらない。

 ぐしぐしと目を擦る。

 そして、子供は立ち上がった。

 とにかく、クロームが行ったチョコレート店まで行ってみようと。そこでいなかったら諦めるために。 

 そしたらまた、あの日々に戻るだけだ。

 きっと永遠に見つからない何かを探して、何かとはわからないままに探して、そんな日々に。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、クローム髑髏はいなかった。

 だが、代わりに一つの便箋が店の店員から子供に渡された。

 中身は。

『彼女は預かった。返してほしければ子供が一人で港の埠頭まで来い』

 要約するとこのようなこと。

 その全文を読み終えたとき子供は困惑した。

 なぜなら自分の頭にそのような選択肢はなかったからだ。

 もしもクロームがいた場合は多少文句を言ってこれまで通り。

 いなかった場合は、捨てられたと判断しまたあの日々に帰る。

 それが子供の頭で想定していた場面であり、その上での選択だった。

 が、今のこれは全く予想できていなかった。

 だから、困惑した。

 そして————————―———————。

 子供は決断することが出来なかった。

 咄嗟に選択をすることが出来なかった。

 便箋に書かれていた文面通りに、一人で埠頭に行くのか。

 それとも一度持ち帰って六道骸たちと共にクロームを救出しに行くのか。

 全てを投げ出して逃げ出すのか。

 そのどれもが、頭では想像できるのに。実際に決断して、行動することが出来ない。

 出来なかった。

 脳裏に、銀髪でウザイほどロンゲの男の言葉が反芻する。

『お前には何もない』

 子供は、ただ佇んだ。

 どうすることもできないまま。どうしようということもないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、子供は帰ってきた。六道骸たちの根城に。

 それは自ら選択したわけではなく、もうそうするより他になかったから。

「おや?どうしたんですか、そんな顔をして」

 クフフと笑いながらそう問う骸に子供は俯くばかり。

 そして、骸は子供が持っている一枚の便せんに目が留まった。

「・・・・クロームは?」

「・・・・・・クロームが、攫われた」   

「そうですか。そういう手で来ましたか」

 六道骸はそのことに対して事前に察知していたとでも言いたげに大した反応もせずに便箋に目を通す。

「・・・・なるほど、向こうはどうやら君だけを指定しているようですね」

 ぐしゃりと便箋を握りつぶし燃やす。

「どうするんですかー、ししょー」

「決まっているでしょう。取り返しますよ。クロームは僕の体ですからね」

「でも、こいつ一人でできるのかしら?明らかに罠よ」

 M・Mの言う通り、子供にクロームを救出できるのかどうかこの場にいる全員が不安視していた。

 当の本人でさえも。

 けれど、その空気に加わらないものが一人。

「クフフ。大丈夫ですよこの一か月、僕がみっちり鍛えましたからね」

 六道骸は自信満々に一点の揺らぎもない。

「ねえ?君は今まで何かを選択したことがない、だから自分の中で空っぽのように感じるんでしょう?だったら、選択してきなさい。選択せざるを得ない、そういう状況でしょう?これは」 

 ちなみにと、六道骸はまだ言葉を続ける。

「クロームを死なせたら、僕が君を殺しますから。覚えておいてください」

 たらりと、子供は冷や汗が頬を伝う。

 これは、云々言っていられない状況になってきた。きっと六道骸は本気だ。そしてきっと、その殺しは世界のどこよりも。

 地獄だ。

「M・M。送ってあげなさい」

 子供の目を見て、六道骸は指示をする。

「えー?私ー?」

「お駄賃を出しましょう」

「ほら!早くしなさいガキ!」

 変わり身早いな。

 子供は呆れながらもM・Mについていく。

 どうやらそう決めたようだ。

「ああ、ほら。忘れものですよ」

 そう言って六道骸は何かを子供に投げる。

「リング。それ、肌身離さず付けておきなさいと言ったでしょう」

 子供は受け取ってしかし、反論する。

「けど、これ僕は扱えたことないぞ」

 そう、このリングを一か月程前に受け取ったのはいいが受け取っただけで扱えたことは一度もない。

『このリングからは死ぬ気の炎が出る。炎を出す条件は「覚悟」ですよ』

 そう説明されたはいいものの。その後一度だって炎が出たことはなかった。

 M・Mが運転する車に乗り込む。

 今も、じっと見つめはするが、子供の手から炎が放出されることはない。

 理由はわかっている。

 文字通り覚悟が足りないのだ。

「ほら、着いたわよ」

 結局、考えても炎は出ずに目的地へと到着する。

 辺りは既に真っ暗。埠頭には潮風がなびいて肌寒い。

「じゃ、アタシここで待ってるから。勝手に頑張ってね」

 まるで心がこもっていないエールを受け取り子供は歩く。

 指定されたのは確実にこの埠頭だ。が、具体的にこの埠頭のどこにクロームがいるかはわからなかった。  

 光もなく、真っ暗闇のなか当てもなく彷徨う子供。

 見渡す限り怪しいものは何もない。

 一周したところで先ほどM・Mに下ろしてもらった場所まで戻ってきてしまった。

 M・Mはもういない。巻き込まれないようどこかに退避しているのだろう。

 その時、突然子供の視界を光が奪った。

 真っ白に埋め尽くされた視界の隅で、黒い影が動く。

「はは!本当に一人で来るとはな!!バカなんじゃないか!?」

 聞き覚えは・・・ない。

 犯人として子供は自分に恨みのある人物を考えていた。そんな人物に該当するのが誰であるのか子供はわからなかったが。

 そして、今。目の前にいる人物にやっぱり子供は心当たりがなかった。

「ダメ・・・!来ちゃ!」

 しかし子供にとってそんなことは些細なことだった。クロームがそこにいる。そして自分のやるべきことが分かっている。それだけで十分だった。

 真っ白な光の波は未だ押し寄せて止まない。

 が、そこに映る黒い影はいつの間にか一つから、無数に増えていた。

「おし!お前ら!蜂の巣にしちまえ!!」

 その陰の数を数える間もなく、銃火器を構える音。

「——————————————っくは」

 子供は、笑った。

 無数の銃火器に囲まれながら、今にも死がそこに迫っていながら。

 それでも不敵に、そして大胆に。

 笑った。

「~~~~っ!!撃て!!」

 男は叫び、命令する。自身のかき集められるだけ集めた部下たちを。

 もし、ここでカジノをぶち壊したこの子供を仕留められなければ、逆に自分の首が飛ぶことを男は知っていた。

 だから、男は必死に叫んだ。

 と同時に男の叫びを掻き消すようにうるさく鳴り響く銃声音。

 ぐるりと子供を囲むように配置された部下たち。万が一にも生き残るなどありえない。

 そう。ありえないのだ。

 

 子供は、飛んだ。

 

 何が起こったのか、男は最初わからなかった。

 銃声音が響き、男は耳を塞ぎながら子供が死体となってそこに倒れるのを待った。

 のだが、子供は銃弾を受けることなく、自ら後ろに飛んで消えた。

 そこで男は気づく。子供のすぐ後ろが海だったことに。   

 地面はそこで終わりを告げ、あるのは揺れる水面のみ。

「う、撃て撃て撃て!!」

 縁から覗き込んでいた男は我に返り部下に指示する。

 部下はそれに倣い縁から暗い水面に向かって銃を乱射する。

 ・・・・・・。

 やがて、弾を打ち尽くし確認のためしばし静脈が支配する。

 

 ガガガガガン!!!

 

 一瞬。

 まさに一瞬だった。

 覗き込んだ部下たちが一斉に頭を撃ち抜かれたのは。

 その銃弾の線をたどるとたどり着くのは海。

 つまり。

「くそ!まだ生きてやがる!撃て!!」

 男が叫んだ瞬間、辺り一帯の光が失われる。

 クロームの手によって、照らしていたライトが倒され壊されたのだ。

「この!!クソアマァ!」

 男は叫ぶが、急激な変化に目が慣れておらずクロームの位置がわからない。

「もういい!とにかく撃て!!」

 再度始まる銃声と、手榴弾のようなものまで持ち込まれた。

 爆発音と、上がる水しぶき。

「残念。そっちは外れだ」

 その声に、男は振り返る。

「・・・・・んな!!」

 そして、驚愕に目を見開いた。

 そこにいたのはずぶ濡れになった子供だった。

 多少の傷はあるものの、致命傷には至っていない。

 そして、当然のように残っていた部下が軒並み殺られる。

「なんで・・・・!?」

「なんで。なんて疑問はどうでもいいだろ?どうせ終わりだ」

 子供が発砲したのは最初の一撃。部下をヘッドショットで打ち抜いたそれだけだった。

 そのあとはクロームの助けもあって、ただ気づかれないように泳いで陸まで上がってきた。ただそれだけだった。

 ガチャリと、子供はサブマシンガンを構える。

「くそ!」

 男は吐き捨てる。そして、なんとか”アレ”を。せめてもの報いとして海に投げ捨てようとするものの。

「・・・・・・!」

 男は気づいた。

 アレがないということに。

 確かに胸ポケットに入れておいたはず・・・・と、胸ポケットに手を突っ込むとなんだか違和感。

 その正体はすぐにわかった。穴が開いていたのだ。

 アレがなければ、結局自分は子供を殺しても助からないではないか。

 脂汗が止まらなくなったとき。

 ———————————————車の走る音が聞こえてきた。

「・・・はは!どうやら終わるのはガキィ!お前の方らしいな」

「あ?」

 子供が答えるが、その途中で理解した。

 増援が来たということを。

 車の扉を閉める音。数人の靴音。銃火器を構える音。      

 ゆっくりと後ろを振り向く前に、殴られた。

「・・・・・っ!」

 子供の軽いからだなど簡単に吹っ飛んでいく。

「骸様・・・・!」

 クロームは願う。一人の男に。

 が、六道骸がこの場に現れることはない。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく!ビビらせんじゃねえよ!この!ああ!?」

 吹っ飛んだ子供を執拗なほどに蹴り続ける男。

 子供はウンともスンとも言わない。

 蹴られ続けながら、子供はぼうっとなる意識で考えた。

 また、負けたのだと。

 これまでただの一度も負けたことがなかったのに。ここ一か月ほどでウザイ銀髪に負け、六道骸に負け、負け負け負け。

 

 負けて。

 

 ここでもまた負けている。

 苦い。この味は何度味わっても慣れない。嫌な味だ。

 その味を噛みしめながら、子供はやがて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「クフフ。もう、辞めるのですか?」

 そこは小さな畔だった。

 自分はそうだが、周りまで真っ白で境目がよくわからない。

「死ぬ気の炎。結局出ませんでしたねえ」

「何が言いたい」

 その声は、回りくどく笑う。

「覚悟が、足りないんですよ。君には」

「関係ないだろ。あんたには」

「ええ。関係ありません。が、今はクロームを救ってもらわなくてはならないですから」

 覚悟。

 ずっと、そう言われて意識したけど駄目だった。

 駄目だったのには理由があるはずだ。 

「生きる覚悟も、死ぬ覚悟も。君にはない。君は空っぽです」

 声は、子供が答えようと答えなかろうとただ響く。

「そら、もう一度。最後のチャンスをあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!!」

 子供は目が覚めた。

 丁度、死んだかどうか確認していた男が覗き込んでいたので急に眼が開き驚いて尻餅をつく。

「・・・・・ったく。上からゴチャゴチャと」 

「な、なんだよ!!化け物め!」

 真っ白いシャツがボロボロで、所々に血が滲んでいる。

「生きる覚悟?死ぬ覚悟だあ?そんなもん、いらねえよ”俺”には」

 響いてきた声に、子供は答える。

「どっか変だったんだ。ずっと他人から言われたこと気にして。そればっかになってた。他人の言葉に惑わされてた。けど、そんなの俺じゃねえだろ」

 やがてその声には意思が宿り。

「誰かを殺すのも、誰かと一緒にいるのも、全部俺がしたいからやってんだ。生きる覚悟も死ぬ覚悟も他人の言葉に意味はねえだろ。俺の覚悟は、そんな借り物で出来る中途半端なモノじゃねえだろうよ。全部、自分の言葉で、自分の意志で決めろよ」

 炎が灯る。

 

「生きる覚悟だ、死ぬ覚悟だ?どれもピンと来ねえ。俺の覚悟は、そうさなあ。『諦める覚悟』かな」

 

 生きていくのにも、死ぬのにも、殺すのにだって執着も流儀もない。だから覚悟と言われてもピンと来なかった。

 あの声に言われて、ようやくそのことに気付くあたり自分は本当に馬鹿だと自虐する子供。

 リングから轟々とまばゆく炎に、男はたじろぐ。

「やっぱりアレを狙ってたのか!」

「は?」

 やっと、リングに炎が灯った子供だが男が言っている意味は分からない。

「だがな!アレはお前なんぞに開けられる代物じゃねえ。手に入れたところで意味なんかねえぞ!」

「なんか話が噛み合ってねえがまあいいや」

「っは!だがな依然こっちが有利なのにかわりゃしないんだよ!」

 一斉に、銃口がこちらを向く。

 数はざっと二、三十ほど。暗闇に目が慣れたせいか、数えるだけならできた。

 だが、男の言う通り依然子供不利に変わりはない。持ってきた武器もどうやら先ほど没収されたようだ。

 あるのは死ぬ気の炎を灯したリングだけ。

(とにかく・・・・逃げるか)

 どうすることもできないと決めた子供は、クロームを抱えて一時退散を図る。

「させるか!撃て!」

 当然、男は部下に指示をし、盛大に火花が散る。

「仕方ないですねえ。クフフ」

「な!なんだこのフクロウ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 銃声が止んだことに不思議に思いつつも、子供はクロームと共に倉庫の中に逃げ込む。

「あ、あの・・・これ」

 荷物の陰に隠れながらさてどうするかと思案していると子供はクロームから、一つの箱のようなものを手渡される。

「これ、さっき拾ったの」

 それは手のひらサイズほどで四角形のデザインされた箱だった。受け取ると案外ずっしりと重い。

「なにこれ?」

「それは、匣兵器って言ってそこに炎を注入すると武器が出てきたり動物が出てきたりするの」

「はあ」

 子供は、手の中にあるその箱を見つめる。これが?武器に?

「とにかく、使ってみて。私には無理だから」

 何のことかよくわからなかったが、とにかく、今はそれ以外方法がない。

「おい!!早く出てこい!」

 おあつらえ向きに男が倉庫へと突入してくる。

「・・・・てめえ、それ何処で手に入れた」

 子供が姿を見せると、男の顔は豹変した。

 それまでの子悪党のような顔から、真剣なマフィアそのものの顔に。

「別に。言う必要あるか?」

「それはな、それ一つでこの世界の常識が丸々ひっくり返っちまうような代物だ。今のところかなりの値段で取引されている。ガキが持つにはまだ早えよ」

「そうか。じゃあ尚更手放せねえや」

「・・・だったら殺して奪い取るまでだ。どうせ使えねえだろうしな」

「どうだかな」

 やり方は、先ほどクロームに聞いた。

「匣、開匣」

 その言葉とともに、リングを中央の穴にはめ、ありったけの炎を注入する。

「・・・・・な、んだと」

 匣兵器から出てきたのは。

 

 真っ白い肌に、赤い瞳。

 

 正に彼を体現したかのような、額から炎を放出している真っ白い大蛇。

「馬鹿な!貴様、まさか希少な大空属性の炎の持ち主だとでもいうのか!ウチのマフィアの人間がこぞって挑戦して誰一人開けられなかったボックスだぞ!」

「・・・・これが、 匣兵器」

「シー」

 蛇は子供を見つめる。子供も、蛇を見つめた。

「そうか。じゃあお前の名前は、Serpente di cielo(セパンテ ディ チェーリ)(天空蛇)だ」

「なに名前まで付けてんだ!」

 何はともあれ、これで子供に勝機ができた。

「くそ!!もういい!手に入らないならば撃て!殺したほうがマシだ!」

 飛んでくる銃弾を蛇は口を開けると何か超音波のようなもので黙殺した。

「ま、まじか」

 相手がたじろんでいる隙に、蛇は大空の炎で相手の自由を奪う。

「い、息が・・・・・」

 大空は調和の炎。周りの地形と同化させる特性を持つ。

 この場合、海と同化させて酸素を奪ったのだろう。

「・・・・あ、ありえん」

「はは。形成逆転だな」

 蛇をその身に纏いながら子供は笑う。

「くそ!くそ!くそ!くそーーーー!!」

「じゃあな。小悪党」

 こうして、彼は、覚悟と兵器を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなるってわかってたの?」

「クフフ。いえ、死ぬ気の炎を体現できるかどうかは賭けでしたよ。ですが、貴重な大空ですからね。多少骨を折ってでも手に入れておきたかった」

 倉庫から多少離れた場所で、一羽のフクロウとM・M。

 

「それで?”本当にあの子を捨てるの”?」

 

「おや?今頃情がわいてきましたか?」

「別に。そんなんじゃないけど」

「クフフ。彼には孤独でいてもらったほうが強くなれる。それに、最低限の事は教えましたしね。僕が牢獄から抜け出すその日まで、彼にはしっかりと戦力になってもらわないと」

「ほんと、良い性格してるわよね」

 暗闇の中で悪態をつくM・Mと、それを受け流し笑う六道骸。

 不穏な会話は、まだ、彼には届いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼はまた、孤独に戻った。

 少しは、居心地の良さというものを感じていた。ここで一生を過ごすのも悪くないと思い始めていた直後だった。

 根城に帰った彼に待っていたのは、圧倒的孤独と虚無感。それだけだった。

 六道骸はおらず、M・Mは見当たらず、クロームがいる気配がなく、フランは居なく、千種の存在はなく、犬のうるさい声が聞こえてはこない。

 そこにいるのは、紛れもなく子供一人だけだった。

「ああ、そっか」

 捨てられたのだと。そう理解した。

 その時、後ろから、根城の扉を開く音が。

 まさか————————————。

 そう思って振り返った。

 が。

「いやはや。可哀想に」

 そこにいたのは、お爺さんだった。

 そのお爺さんは、あのウザイ銀髪に負けたとき助けてもらったお爺さんだった。

「何の用だ」

「おお、怖い怖い。年寄りは労わるものですよ」

 よっこらせと、そのお爺さんは適当なところに腰掛ける。

「さて、アナタこれからどうするのですか?」

「・・・・・・てめえに指図される言われはない」

「フフ。良かったら、ウチにきませんか?」

「ああ?」

「ウチはイタリアにあるマフィア。ボンゴレファミリーというマフィアの傘下でしてね。なにぶん、仕事上人手不足が解消されないのですよ」

 ボンゴレ。その名前は確かどこかで聞いた気がする。

 どこだったか、子供が思い出す前にお爺さんは言葉を続ける。

「どうせ、行く当てなどないのでしょう?」

「・・・・・・」

 子供は、確かにその通りだった。

「あの日本刀も、まだ返していませんでしたしね」

「!!」

 子供は、その一言に反応した。

 その日本刀は特別なものではない。たまたま、村にあったものを凶器として使用しただけだ。

 が、それは子供にとって村と自分をつなげる唯一の糸だった。

 手放すわけにはいかない。

「—————わかった。アンタについていこう」

「交渉成立ですな」

 こうして、以降十年間子供はこのお爺さんのもとで暗殺者として生きることになる。

 これが、子供の決断だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~そして、今現在。

 あれから、十年の月日が経った。風の噂で六道骸が復讐者の牢獄から脱出したと聞いた。きっとフランの仕業だろう。復讐者を欺けるほどの幻術士など他に彼は知らなかった。

 家にも帰らず、学校にも行っていない。

 彼は、夜の街をブラブラとほっつき歩いていた。

 こうなった原因がなんなのか、彼はもう忘れていた。それほど些細なことだったのだろう。

「で?アンタは何してんのよ」

「・・・・・・フウ」

 こうして、彼の物語は様々な思惑をもってようやく動き始める。

                              To be continued.




 どうも第四部高宮です。
 思った数倍長くなりました。二つに分ければよかったと激しく後悔しております。
 それではまた次回。

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