リボーン×ニセコイ!-暗殺教室~卒業編~-   作:高宮 新太

28 / 30
標的28 「Il prologo è finita:」(序章が終わる時)

 

「体育祭だーーーーーー!!」

 

「うおおおおお!!」

「やるぞおおおおおおお!!」

「がんばるぞおおおおおおおお!!」

 

「いやもう暑苦しい!静かにしな!男子共!」

 

 並盛高校の一年生の教室ではジュースやらお菓子やらが机に一通り並べられていた。

 外は快晴、放課後のゆるさはそこにはなく皆一応にやる気に満ち満ちている。

「まったくもう、なんでこう中身のない盛り上がりを見せれるのかしら。本当男子ってバカ」

 見るからにキッチリしていそうな前髪を髪留めで留めた女の子は実行委員なのだろうか、騒ぎ立てる男子共を牽制しながら紙コップを片手にコホンと一つ咳払いをする。

「えー、体育祭も明日に迫りここまで皆で頑張ってきました。明日は悔いが残らないように精一杯、今日は騒ぎましょう!」

 おー!という掛け声と共に前夜祭もどきの簡単な決起会は始まった。

 皆が各々の友人たちと談笑する中で、二人の少女は窓際で黄昏ている。

「ううう、結局前日までエミ君来てくれなかった」

「仕方ないよ。来ない人のこと考えたって」

 口を尖らせた春とそんな彼女を思いやる風。

 二人のクラスメイトであるエミーリオは結局一度も体育祭に関する練習に参加してはいなかった。

 元々人付き合いをする方ではなかったせいか、クラスでも彼を気に留めていたのは彼女たちくらいで今もそのことに言及している人はいない。

「家まで行ったのにぃ、どこに行っちゃったんだろ?エミ君」

「・・・・」

 小さな風のため息を春は聞き洩らして、なお会話を続ける。

「せっかく決心したのになあ」

「・・・決心って、なにを?」

 もうずっとこんな調子だ、エミーリオが学校に来なくなってから、もうずっと。

「えへへ、それはねえ。題して!エミ君とクラスメイトの輪繋いじゃおうぜ!計画!!」

 まるで妙案とでも言いたげに自信満々にいう彼女に微笑ましくなりながら「それで?」と風は先を促す。

「体育祭って、さ。やっぱり特別だと思うんだよね。学校入ってから一番最初のおっきいイベントだし。だから、エミ君が皆と仲良くできる機会じゃない?それを私たちでサポートしちゃおうって計画よ!」

 ふーん、と風は彼女の言葉を聞いてもテンションが上がらない。

 仰々しく発表した割には案外普通だとか、そもそも私”たち”ってなに?とか。アイツには余計なお節介だと思うよとか。

 色々と思うところはあるけれど。

 でも、風は知っている。

 それらすべてを例え自分が懇切丁寧に教えたって、きっと春は同じことをやるのだろうということを。

 きっと彼のためを思って、考えて、そして行動に移してしまうのだろうと。

 だから、なんだか負けた気になっているのだ。

 だから、こんなにも面白くないのだ。

 そして一番面白くないのは。

 そんな彼女の献身も、そんな彼女の思いやりも。

 何もかもに気付いていない、気付こうとしないエミーリオに対してが。

 一番、腹が立つのだ。  

「どう思う?風ちゃん」

「・・・いいんじゃない?春がしたいようにやれば」

 だから仕方ない、多少投げやりな言い方になってしまうのも。

 

「そっか!」

 

 春の笑顔を眩しいと感じてしまうのも。

  

  

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もううんざりだった。

 答えのない問いを繰り返すばかりで一行に事態は進行しない。

 大体が土台無理な話だったのだ。いきなり畑の違う任務を任されて、結局その任務だってこなせてなどいない。

 他人と関わることなどほとんどなかった彼にとって、それはとてつもなく重労働だった。

 体ではなく心の。

 そのくせ考えることをやめることはできず、関わることをやめることはできなかった。

 どちらだってやろうと思えばできたはずなのに、続けるよりもやめるほうが簡単なはずなのに。

 なぜ?

 その問いだってやっぱり答えは出ない。

「・・・・疲れた」

 夜遅く、結局一人で帰ってきたエミーリオは憔悴しきった顔で家の前で佇む。

 あとは鍵を取り出して家に帰って、布団にくるまって寝ればいい。

 ああ、そうしよう。もうどうでもいいからただ、今は純粋に睡眠が欲しかった。

 疲れた体を引きずって、外気にさらされた体を振り払って彼は扉に手をかける。

「あ?」

 そこで気付いた。鍵がかかってなかったことに。

 出るときに掛け忘れたのか、それとも先にクロームが帰っているのか。

 もし後者だとしたら、嫌だな。

 今はクロームだけじゃなく誰とも会いたくない。いや、今も。と言ったほうが正しいのか。

 一人がよかった、一人でよかったのに。

 そう、最初からケチがついていたのだ。最初に会ったのがアイツだったからそこからすべての歯車が狂っていったのだ。

 

「あ!帰ってきた!!」

 

 扉を開けて、いるはずのない人物の声が聞こえて。

「春・・・?」

「なんだか久しぶりだね!エミ君!」

 その声と、その仕草と。

 その顔に。

 今一番会いたくなかった彼女に、エミーリオは眩暈すら覚える。

「あのね、クロームちゃんが家にきてさ鍵を渡されたんだよ。あの子の力になってほしいって。意味はよくわかんなかったけど」

 聞いてねえよ。

 そう口にするのも億劫で、エミーリオはただ立ち尽くす。 

「帰れよ」

 ようやく絞り出した蚊の鳴くような声で、エミーリオは拒絶の意を示す。

「・・・え?あ、ごめんね。急だったよね。でもね、一言だけ、明日の体育祭のことなんだけど—————」 

 

「帰れって言ってんだよ!!!」

 

 自分の出した声なのに、ビリビリと空気が振動するのを不快に思う。

 自分の中でこれほど大きな声が出るんだとその時エミーリオは初めて知った。    

  

「あ・・・ご、ごめんね。無神経だったね」

 

 何もかもが初めての経験で、どうしていいのかわからないその様子は。

 まるで泣きわめく赤子のように、どうしようもないものだった。

 見たこともない春の顔。ぐしゃりと曲がった彼女の表情に、エミーリオは何も言えずにいる。

 

「あの、ね。あの、明日。来てね、体育祭。皆、待ってるから」

 

 最後に絞るように放たれたその言葉は、それでも強い意志が宿っていて。

 その言葉をおいて逃げるように走り去る春の顔を、もうそれ以上、エミーリオは見ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんな何人もの想いが幾重にも交差する中で。

 その日はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、鶫じゃんか。なんだか久しぶりな気がするぞおい」

「ふん、一条楽。いいな、貴様は能天気で」

 いつもピシッとシワ一つ無い制服は、今日ばかりは特別に白赤のコントラストが映える体操着に身を包んでいる。

 鶫征四郎は、そんな中でも一際目立っていた。

 その美貌に、ではなく。

「どうしたんだよ。その傷」

「なんでもない、強いて言えば勲章だ」

「なんじゃそりゃ」

 明らかに異質な、他の生徒よりも数倍も多い生傷を携えてる体に、だ。

 ここ数週間、体育祭の練習と並行して修行を敢行していた鶫の体は傍から見てもボロボロだった。

 あのいつも千棘にべったりだった鶫が、その千棘の元を離れていたというのも驚きだが。

「一番はそれをつい先日まで知らなかった自分に、楽は驚いていたんだよな」

 ポンと、肩を一つ叩き物知り顔で声を掛けるのは眼鏡が太陽光でキラリと光る舞子集。

「仕方ねえだろ、喋るのも久々なんだし」 

「いやー、それにしても何してたの?体育祭の練習、ってわけじゃなさそうだけど」

「ふふふ、それは秘密だ。師匠との約束だからな」

「師匠?」

 その時の鶫の脳内には、師匠であるコロネロの言葉が蘇っていた。

「いいかコラ。俺との修行は周りの誰にも言っちゃいけねえ。なぜだかわかるか?」

「いいえ!わかりません師匠!」

「隠れて修行をし、密かに力をつけ、そしてピンチになったとき颯爽と現れる!それが男のロマンだからだ!」

「なるほど!ロマンですね!」

「そうだぞ!コラ!」

 正直に言って、師匠の言っている一ミリ程だって理解はしていなかった鶫だが長い修行の成果で完全にイエスウーマンと化していた。

「そういえば、桐崎さんもここ最近授業では寝てるし、放課後はすぐ帰るよな」

 なんか知らんの?彼氏さんは。

 そう尋ねられる楽だが。

「いいや、千棘も、なんかここ最近連絡とれねえんだよな」

 いや、そういつも連絡を取っているわけではないのだが。カモフラージュするのに必要最低限だけだったのが、最近ではそれすらない。

 まあ、もう恋人のフリも長くなる。それくらいでバレることはないと言えるのだが。

 それにしても、心配だ。

「って、なんで俺が心配しなくちゃならねえんだ」

 ガシガシと頭を掻きながら楽は提案する。

「取り敢えず、クラスのとこに行こうぜ。千棘はその内来るだろ」

「あ、一条君。もうすぐ整列だよ?」

「なにしてるのかしら?早くしてよね」

「お、小野寺!ああ、今行く!」

 丁度いいタイミングで、声を掛けてくれた小野寺小咲と一緒に楽は自分のクラスの輪へと入っていった。

「ねえねえルリちゃん」

「なにかしら?メガネ」

「いやそれ君もやん、ってツッコミは置いておいてさ。どう思う?」

「なにがかしら?」

 小野寺と共にきた宮本ルリは舞子の言葉にそっけない。

「・・・いいや、今日は体育祭日和だなと思ったんだけど、そう思わない?」

 数秒の間で舞子が何を考えたのか、宮本には知る由もなかったが、その問いが珍しく、真剣なものであったのだと彼女は後になって気づいた。

「そうね、いい天気だわ」

「おろ?珍しく素直だねルリちゃん」

 だから至極真っ当な返しをしたのだが、それもどうやら無駄だったらしい。この男には。

「あ!まってよ!ルリチャーン!」

 頭上を見上げれば、雲一つない快晴。

 確かに今日は、体育祭日和だ。

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、来なかったわね」

「・・・・私のせいだ」

 同じグラウンド内で、一年生が固まっている箇所で。

 風と春は会話していた。

「春のせいじゃないよ。アイツはそーゆーヤツなの。人の好意とかなんとも思わないのよ」

 落ち込む春を励まそうと頑張る風だが、なかなかうまくいかない。

 そも、何があったのかと問いただしてみても答えてくれないのだからそれも当然なのかもしれないが。

 こんなことは初めてだ。春との間で隠し事など、今までなかったのに。

「そんなことないよ、私が悪いんだよ。勝手に押し付けちゃった」

 春は、いい子だと思う。

 根は素直だし、友達思いで、明るくて、笑顔が絶えない、ちょっと男に対しての耐性とかないけど。それを差し引いてもいい子だと思う。

 そんないい子だから、物凄く思うのだ。

 あんな男に振り回されて、彼女の笑顔が無くなってしまうのは。

 本当にムカツクのだと。

「・・・そっか、春はいい子だもんね」

「風ちゃん?」

 その時、いったいどんな表情をしていたのか風自身はわからなかったけれど。

 それでもきっと、いい顔はしていなかったのだろうなということだけは、わかった。

 

「よし、春は頑張ったんだもんね」

 

 そしてだからこそ決意する。

 彼のためではなく、目の前にいる彼女のために。

「安心して、春。私がアイツを引っ張ってもここに連れてくるから」

「風ちゃん?でも—————」

 きっと昨日の夜になにかあったのだろう。それくらいの察しはバカでもつく。

「大丈夫だよ春。私、春よりも性格悪いの」

 春にこんな顔をさせるアイツに、グーパンチを浴びせてやるために。

 彼女は、笑顔でそう言った。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポーラ・マッコイは疲弊していた。

 今までずっと、一人で生きてきて。まあ、鶫という目標はあったけれどそれでも、自分は自分自身の力で生き抜いてこれたのだと思っていた。

 それが、日本に来てから気づかされることばっかりだ。

 料理はできない、家事はできない、掃除も、洗濯も。

 唯一できた殺し屋としての技能すら、ここでは何の役にも立ちはしなかった。

 生きていく力というものが自分にはとてもつもなく欠けているのだと、そう思い知らされた。

 落ち込んだりもしたけれど。悩んだ時もあるけれど。

 でも、それでも。

 そういう時はできないと言ってもいいのだと、そう最近は思えるようになってきた。

 ほんの少し、ほんのちょっぴりだけ。

 そう思う。

「あー、もう。ほんとアイツどこいったのよ」

 だからこそ、一人で修行をするのは辛かった。愚痴を言うのも、張り合うこともできずに、一人で黙々とする修行はとても辛かった。

「今度見つけたら絶対連れてくるんだから」

 いつの間にか、彼はポーラの中でいてくれないと困るようなそんな対象になっていた。

 ちょっと前までは、ラッキー、これで私が一歩リードした。そんな風に考えていただろうに。

「って、あれ?風・・・?」

 ちょいと遅れて校舎に入ったポーラはすれ違うようにして走り去っていった女の子の背中を目で追う。

「凄く、怒った顔してたわね」

 彼女のそんな顔を見るのは初めてだった。いつもニコニコと笑顔の絶えない優しい子だという印象だったから。

「アイツ・・・なのかな」

 そんな顔をさせるのは、そんな顔を見せてしまうのは。

 きっと、アイツ以外にいないから。

 

 ポーラは、それを嫌なことだなと、そう思った。

 

  

 

  

   

 

 

 

 

 

 

『これより第56回並盛高校体育祭を始めます』

 体育祭の委員長の掛け声とともに、透き通る青空の下では喧騒が響く。

 各種種目は、どこか緩い空気感の中でつつがなく進行していく。

「おお、千棘。珍しいな遅刻だなんて」

「ああ、うん」

 そんな中で桐崎千棘の顔は晴天とは裏腹にとても曇っていた。

「・・・どうした?」

 こういう時いつも誰よりも率先して動くような彼女のその顔に、態度に、一条楽は不安げに訊ねる。

 偽物とはいえ恋人の、それもそんな顔をされてしまっては訊ねる他にない。   

「ううん、大丈夫。私は大丈夫よ」

 見たところ、外傷はない。誰かに何かを言われたのか、一条楽の知らないところで何かがあったのか。

 思えばここ最近、一条楽の周りは自分の関わらないところで事態が進行していることが多かった。

 自分の家が襲われたこともしかり、その後の鶫や千棘の不可思議な行動しかり。

「あーもう!そんな顔すんな!」

 ビシリ!とほっぺを指でグリグリされる一条楽。

「本当に大丈夫よ!今日遅刻したのだって、ちょっとボクシングジムに寄ってから来たら思いの外時間かかっただけだし!」

「ぼ、ボクシングジム?お前、そんなんに通ってんのか」

「そうよ、そこで、ちょっとあの子のことを聞いちゃったの」

 さっきまでの暗い顔はどこへやら。一条楽の不安げな顔を見た千棘は一瞬にしてまた元のやかましさを取り戻す。

 それを優しさと呼ぶのかどうかは、わからないが、少なくとも一条楽は有難いとそう感じた。

「あの子?」

「エミーリオのことよ。でももやしには言わない、言いふらすことじゃないし」

「そっか、いや、いいんだ。一人で抱え込んでるんじゃなければ」

「ふん、そうよ、今は小咲ちゃんや鶫だっているんだし。大丈夫よ」

 そっぽを向いて彼女は恥ずかしげにそういった。最後に言った小さい言葉はきっと、届かなくてもよかったのだろうが。

(聞こえたっつの)

 なお、そっぽを向く彼女に小さく笑みがこぼれる。

「あ、そういえば思い出したけど。さっき風ちゃんに会ってね。エミー、最近学校に来てないんだって」

 ふと、千棘は何の気なしに口を開く。

「まあ、体育祭とか柄じゃないんだろうけどね。それで風ちゃんが走って探しに行ってた」

「・・・・学校に、か」

 確かに、言われてみれば最近エミーリオの姿を見ていない一条楽。学年も違うしそういうものだと思っていたけれど。

「————————うし、行くか」

「え?」

 その千棘の言葉を聞いて、一条楽は腰を上げる。

「いや、そういや家を守ってくれたお礼、まだ言ってなかったと思ってさ」

「探しに行くんなら————————」

「大丈夫だよ、お前はもうすぐ出番だろ。俺も自分の出番までには戻ってくる」

「でも」

「お前が、アイツの何を聞いたのかは知らないけど。でもさ、やっぱり思い出だと思うんだこういうのって」

 その言葉に、千棘は深くうなずく。かつて自分もそうだったから。一人で、一人でいいのだと思い込もうとして。でも、やっぱりだめで。

「だから、アイツと一緒に出番までには戻るよ」

「うん、わかった。ちゃんと見つけてきなさいよ!もやし!」

 

「おう!」

  

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく、一人になりたかった。

 考える時間が欲しいわけじゃあなかったけれど、頭を整理する時間が欲しいわけじゃあなかったけれど。

 一人になりたかった。誰とも話したくはなかったし、誰とも会いたくもなかった。

 家はだめだ。クロームがいつ帰ってくるかもわからないし、前夜の春のこともある。なんとなく近づきたくなかった。

 街もだめだ。今は雑踏に群がる群衆ですら目に入れたくない。

 だから一つしかなかった。選択をするまでもなく、それしかなかった。

 

「あーあ、なにやってんだろーな、俺は」

 

「はぁ・・・はぁ・・・、見つけた」

 

「—————————————、」

  

 だから純粋に驚いた。”そいつ”が現れたことに。

 まず誰にも見つからないはずだった。誰も立ち入れないはずだった。

 修行に使っていた山。その中腹にある少し開けた崖。

 何回も落ちそうになってポーラと共に踏破したその崖の上からエミーリオは並盛という街を見下ろしていた。

「ふんだ。アンタの行き先なんて、たかが知れてるのよ」

 風がいた。汗水たらしてここまで登ってきた風がいた。

 山登りなんてしたことないだろうに、ここまで登ってくるのも、ここまで探してくるのも相当の体力を使っただろう風が。

 そこにいた。

「何しに来たんだよ」

「約束したの、春と」

 会話は微妙に噛み合ってはおらず、二人の目線は交差しないまま。

「アンタを体育祭に連れ出すって、でも——————」

 ああ、体育祭。確か、そんなものがあった。

 忘れていたというよりも、そもそも気に掛けていなかった。最初から興味もなければ行く意味もなかった。

 目線をそらしたその瞬間、彼女は誰よりも踏み込んでくる。

    

「——————っ!!!」

 

 歪む視界と、ミシリ、という音が頭蓋骨に響いて、続いて体が放り出されてようやく、エミーリオは自身が殴られたのだと分かった。

「その前に一発殴らせてもらうから」

 言う前に殴ってんじゃねえか。その言葉すらエミーリオの口からは出てこない。

 遅れてどうやら口の中を切ったらしいことに気付く。独特の鉄の味が舌先に広がる。    

 

 

「アンタ、春を泣かしたよね。あんなにいい子を、あんなに、”エミーリオを思いやってくれていた子”をアンタは泣かしたんだ」

 

 

 仰向けに転がりながら、つんざくほどに耳に入ってくる風の声。それほど大きな声ではないはずなのに、それはなぜか痛く響いた。

「私は絶対、それを許さない」

 春は涙を見せなかったけれど、そんなのは彼女にとっては些細なことだった。

「許さねえって?おいおい、お前、一体俺の何なんだよ」

 彼は、とっくに糸が切れていた。だから歯止めというものはとっくになくなっていた。

 まるで満杯になったコップから水があふれだしていくように、それはきっと自然なことだったのだろう。

「いい子?思いやってくれてる?知ってるよそんなこと」

 そんなことをされたことがなかったから、だからこそ余計に敏感にその感情は伝わってきて。

「だけどなあ、わかんねえよ。わかんねえんだよ。どうしたらいいかなんて。そんなこと教わってねえんだよ。必要だったことがねえんだよ」

 殺しの技能さえあればいいと思ってた。事実、今まではそれだけでよかったのに。

 それだけでよかったのに。

「頼んでねえよ。ありえねえよ。わかんねえよ。そんなん。ざけんなよ」

 どうしてという疑問ばかりが付いてきて、その癖その答えは出て来ちゃくれない。

 どんだけのストレスを与えりゃ気が済むんだ。気が狂いそうだ。

 

「なによ、エミーリオらしくない」

 

「あ?」

 

 上を向けばいつまでも明るい太陽が照らしつけてきて、時折穏やかな風が吹く。

 崖を背に彼は彼女を見上げる。

「そんな殊勝なタマじゃないでしょ、アンタは。そんないい人間じゃないでしょ、アンタは」

 一歩ずつ、一歩ずつ彼女は歩みを進めた。

「周りの人間まで考えられるようなそんな出来た人間じゃあないでしょ、アンタみたいなもんが出来るのなんて精々自分のことを考えるくらいで精いっぱいよ」

「わかったような口を聞くんだな」

「ええ、わかってるのよ。だって、私も同じだもん。出来た人間なんかじゃないもの」

 一瞬、俯いて、けれど彼女はもう一度顔を上げる。

 

「だから、アンタはアンタのままでいいのよ。自分のこと考えてりゃいいのよ。今迄みたいにさ」

 

「———————————————、」

 太陽に照らされたその顔は、泣いているようにも笑っているようにも見えて。 

「はは」

 久しぶりに、本当に久しぶりにエミーリオは心から笑った。

 短い笑みだったが、それでも。

「なんで、お前に説教されてんだ僕は」

 不思議とどこの誰の言葉よりも、世界中のありがたい言葉よりも。

 腑に落ちて、ストンと胸の中に溶けていく。

 なるほど、確かにそれはその通りだ。

 なんて絶対に口には出さないけれど。

「だからほら!やり返してきなさいよ!アンタはやられっぱなしでそこで寝てるまんまのヤツじゃないでしょ!」

 好き勝手に言いがって。きっと、いや絶対にエミーリオを取り巻くめんどくさいあれやこれやなんてこれっぽっちも知りはしないのだろうけれど。

 まるで見てきたかのように当てはまってしまう。そのことがどうしようもなく他人事のように可笑しかった。

 なんだか両手を広げて目をつぶって「覚悟を決めました」って顔をしている。 

 の、割には手足は震えてらっしゃいますけども。 

 あーあ、なんだかなあ。

 眩しい太陽はいつだって頭上で輝いている。鬱陶しくもその輝きは僕らのことなどちっとも考えてはくれない。

 ただ、それはそこにあるだけで。誰の指図も受けずに、誰の思惑もない。

 そんな太陽が、今は、なんだか、暖かくも思えた。

「だけどやっぱ鬱陶しいなあ、あっちいし」

「・・・うん?」

 一人呟いたその言葉は誰にも届かずに、自分の中で霧散する。

 いつエミーリオからの反撃がくるのか、ビクビクしていた風はそんな彼の独り言に思わず目を開ける。

「ぐ!うぅ———————————!」

 その瞬間を狙っていたのか、偶々なのか。だとしたらあまりにもぴったしに。

 綺麗にそのお腹に膝蹴りが入る。

「ったくよお、言われなくてもするっつーんだよ。やられっぱなしは、性に合わねえ」

 そうだ、そういえば思い出した。

 エミーリオという人間は負けず嫌いだったのだと。

「それで、いいのよバカ」

 地に伏しながら、風はそう呟く。 

「・・・行ってくるよ」

「うん、私も、後で行く」

 既に祭りは始まっている。

 だがしかし、まだ終わってはいない。

 そう、祭りが終わっていないのなら彼が行く意味もあるのだろう。

 

   

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ったくエミーリオのやつどこ行ったんだ?」

 一条楽は走っていた。心あたりを探そうにもそういえば俺はあいつのことを何も知らないのだということを知った。

 だが。だからといって歩みを止めるわけにはいかない。いや、だからこそより早くより長く走らなければ。

 アイツのことを知ろう。好きな食べ物は何で、嫌いな教科は何で、休日は何をしていて、何をしている時が一番楽しいのか。

 

 それを知ろう。そう思った。

 

「一条楽?」

 いつもの通学路、川にかかる橋の上でその声が聞こえた。

「エミーリオ!?お前!探したんだぞ!」

 ガシリと両肩を掴んで離さない一条楽に嫌そうに身をよじらせながら、しかしエミーリオはこう言う。

「・・・そうかい。そいつは”丁度よかった”」

 右端の口角が吊り上がる。底意地の悪い笑みが一条楽を襲う。

「ずっと考えてたんだ、どうすればアンタらを破局に追い込めるのか」

 一条楽には何のことかわからない。ただ一つわかるのは、エミーリオはそれを説明する気などはないということだ。

「でもやめた。考えるのをやめた、難しいことを考えるほどどうやら俺の頭は優秀ではなかったらしい」

 おもむろにエミーリオは着ていた学生服を脱ぐ。

 その白いシャツから見える白い素肌が纏っていた無数の暗器。

 そのすべてを取り払い、彼は川に投げ捨てる。

 靴下の裾、ズボンの下、ベルトの間。

 少しの時間をかけてそれら全てをパージして、身軽になったことを示すかのようにピョンピョンと二度三度と飛び跳ねて見せる。

「何を・・・・・?」

 ドボンドボンと川の音をBGMに彼は口を開く。

「だからさあ、喧嘩しようぜ。”一条センパイ”」

「ケンカぁ?」  

 ピンと張りつめられた緊張感はその一言で多少緩む。

 ナイフやら拳銃やらを取り出したときはどうなることかと思ったが。

「もちろんステゴロ。ただし、アンタが負ければ———————————」

 一体何がしたいのだ。一条楽にはとんとわからなかったが彼の言葉に耳を傾けるしかなかった。 

 今、この現場の主導権は完全にエミーリオにあった。

 

「桐崎千棘とは別れてもらう」

 

「・・・はぁ!!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまうくらいには驚いた。なぜここで彼女の名前が出てくるのか。

「いいじゃねえか。どうせ偽物の恋人だろう?」

「なんでそれを!?」

「————————、」

 どうやらそれに答える気はないらしい。その意味深な表情は、戦闘態勢をとる彼の体は聞いていた。

 

 やるのか?やらないのか?

 

 と。

 

「・・・なーんかわかんねえけど。わかった、やるよ」

 事態の一パーセントだって呑み込めてない一条楽だったが。

 言いたいことは山ほどある、次から次へとわいてくる一条楽だったが。

 エミーリオの周りにあったとげとげしさ。

 完全になくなったわけではないが、それでもそれが緩和したと思ったから。

 だから受けた。

 結局のところ。

 男は、千の言葉よりも一の拳なのだと。

「はは、そうこなくっちゃあな」

 そうだ、最初からこうしてればよかったのだ。

 自分にできることなど限られているのだから。

 力づくで、結局のところそれしか知らないのだから。

 けれどそうだ。悲しむ必要も落ち込む必要もない。

 それしか知らないのなら、その知っていることを武器にすればいいのだ。

 それしか知らないのなら、知ることから始めればいいだけなのだ。

 ただ、それだけのことだったのだ。

  

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

「らあああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、体育祭は佳境へと入っていた。

 種目もその大半を消化し、残るは大詰め学年対抗リレーのみだ。

「うううう~、どうしよう!結局エミ君来てないよぉ!」

「・・・・来るわよ。アイツは来る」

 春たちのクラスでくじ引きで選ばれたのはポーラに春、そしてエミーリオだった。

 焦る春に、ぎゅっと唇を嚙み締める風。

 今までは彼が出場する競技も誰かがこっそり二回出たり、なんやかんやで誤魔化せたが。

 流石に今回ばかりは難しい、なにせ名指しなのだから。

『出場する選手の皆さんは所定の位置について準備してください』

 アナウンスが流れ、人の波が移動する。

「どうすんのよ!始まるじゃない!」

 流石の実行委員も大声をだすしかない。

「とにかく、順番をアンカーにずらしてもらうから。春たちはなんとか、時間稼いで!」

「何言ってんの風、時間稼いでったってそんなの——————————」

「わかった」

「春!?」

 正直、ここまでくると厳しい。春の言葉に驚いている委員も、他のクラスメイトも、事情を察した周りの一年生も。

 そう感じていた。

 きっと、この三人以外は。  

 実行委員の声を遮って、春もポーラも所定の位置へと向かう。

「ちょ!何?なんか考えがあるの?」

 あまりに迷いのない足取りに思わず彼女は期待を寄せてしまう。

 この最終種目の学年対抗リレーは例年消化試合の体を要している。

 それもそうだろう、普通にやれば学年が上の方が勝つのは道理だ。

 だからこれは得点もそう高くない、勝つのは最後に二チーム出る三年生のどちらかで、思いで作りという、そういう趣旨の元だと誰もが理解している。

 だからこそ、そのリレーにアンカーが欠場など三年生の顔に泥を塗る行為に等しい。

「考え?ないわよそんなの」

「ちょっと~!!」

 もしエミーリオが来なければ実行委員の女の子は、そのシワ寄せをもろに受けるだろう。

 涙目で抗議する彼女と、風はもう、祈るしかない。

 メンバー変更は効かない。今迄のインチキもばれてしまうから。

『それでは、第一走者はスタートラインまで来てください』

「あああ・・・・」

 もはや事ここまでくればあとは、神に任せるしかない。

 第一走者は、ポーラ・マッコイ。

 二度三度と、屈伸をして。まるで自分の体の調子を尋ねるようにパンパンと体を叩いていく。 

 ゆっくりと靴ひもを結び、できるだけ長く間合いを取る。

「おいおいー!その一年本気だぞー!」

「白井ー!一年に負けんなよー!」

 大きな歓声と笑い声に混じり、アナウンスが聞こえてくる。

『それでは、よーい・・・』

 全員、体に力が入り歓声もやむ。

 ポーラができるのはここまで。

 一つ、長い息を吐いた。

 

『スタート!!!』

 

「ワーワーワー!!」

 いけー!とか、やれー!だとか。

 沢山の声とともに各組一斉にスタートした。

「終わった。完全に終わった」

 うなだれ、最早レースを直視することすらできない実行委員のその裏で。

 

「ったく。モヤシまで帰ってこないじゃない!」

 

 校門の前で、全ての種目を無事終えた桐崎千棘がせわしなく一条楽の帰りを待っていた。

「って、ん?なにかしらあれ」

 上る太陽と被って、上空から何かが下りてくる。

 ツバサが生えてる?

 なんて間抜けな感想を抱くと同時に、その正体がわかった。

「モヤシじゃない!!」

 空から降ってきたのは一条楽だった。

「鷹?」

 ツバサが生えていたように見えたのは鷹で、どうやら彼をここまで運んできたらしい。

「あんた、なんでそんなボロボロなの?」

「がぺぺ・・・。あれ?千棘?」

 上空から落とされただけじゃないボロボロさが彼にはあった。

「ああ、これか。ケンカした」

 へへへと、少し気恥ずかしそうにそっぽを向いて笑う彼に彼女は。

「——————そう」

 と、だけ返す。

「聞かないのか?理由とか」

「べっつにー、アンタの顔みりゃ大体わかるわよ」

「・・・そか」 

 差し出された手を握って、一条楽は立ち上がる。

 

「・・・・・こんなことすんのは、今回限りだぜ。コラ」

 

 上空に旋回する鷹を見上げながら。

 一条楽はグラウンドへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———————そしてリレーはやがて大詰め。

 一学年十人で十周するこのリレーで今バトンが渡ったのはもう八人目。

「もう無理!私先に謝ってくる!」

「まって、まだ。もうちょっと」

 リレーが始まってからずっとこのやりとりをしている風と実行委員。

 他のクラスメイトはもうとっくに諦めていたその時。

 

 

「あ」

 

 

 彼は現れた。

 ボロボロの肌と、それに不釣り合いなほどに綺麗な体操服で。

 

「遅い―――――」 

 

「仕方ねえだろ。やらなきゃいけねえことがあったんだ」

 グイグイと伸びをして、彼はトラックに目を向ける。

「俺の出番は?」

「次の次」

「りょーかい」

 そう言うと、彼は何事もなかったかのようにごく自然に歩いていく。

 そんな様子に驚きあっけにとられていた実行委員は。

「って!ちょっと謝るくらいしなさいよ!」

「ごめん、みんな。あとで絶対謝らせるから」

 風の意志がこもった声に、それ以上彼女はもう何も言えない。

 

 

 

 

「ん」

 バトンが九人目にわたり、いよいよエミーリオの出番だ。

「なにこれ」

 既に走り終えたポーラから手渡されたのは赤いハチマキ。

「アンカーはみんなそれ巻くのよ」

「ふーん」

 確かに、言われて見れば全員色違いのハチマキを額に巻いている。

 白、青、緑。

 ああ、俺は赤組なのか。

 そんなことも知らなかった彼は、枯れた笑いを漏らす。 

「で?なにその怪我」

「あん?喧嘩だよ」

「・・・バッカじゃないの」

 所定の位置について、全員バトンが来るのを待つばかりだ。

 最後まで傍にいるのはポーラのみとなり。

「その様子だと負けたんだ」

 去り際に、思わずいつものように軽口を叩いてしまった。

「うん」

「え—————?」

 その返答を確かめる時間はもうない。

 振り返れば、もう彼はバトンを受け取る体制で。

「エミーーーーーーくーーーーーん!!!!」

 大きな声といっしょに、赤いバトンが渡る。順位は三着、前との距離は微妙に離れている。

 必死の形相で走ってくる春のその言葉には答えずに、彼は振り向きざま少しだけ笑った。

 まるで「まかせろ」そう言ったように春には聞こえた。

 

 そして—————————————。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

「すごいよ!本当に勝っちゃったよ!!」

「はぁー、三年生の顔見れないわ。私」

 体育祭は無事に終了し今年も盛り上がったそれはもう後の祭り。

 日は落ち掛け、今だ興奮の冷めやらぬ打ち上げの中。

「すげえなエミーリオ!あそこから一着になっちゃうんだもんよ!」

「ほんともう凄かった!足早かったんだね!エミーリオ君!」

 その主役たる人物の周りには珍しく人が群がる。

「あーもう!うっぜえな!」

「あっはは、まだツンケンしてるー」

「ねえ、なんでこんな肌白いのー?化粧水何つかってるん?」

 比較的女子の割合が多い中、質問攻めに遭いながら体の至る処をわちゃわちゃと触られる。

「はいはい、もう。皆やりすぎ」

 パンパンと、手をたたきながら過熱しすぎていく空気を落ち着かせる風。

「ごめんごめん、エミーリオ君ってもっと怖い人だと思ってたからさあ」

「そうそう、ちょっとやりすぎちゃった」

「あははー。ごめんねえ、風。旦那とっちゃってー」

「な!だ、誰が!!」

 思わぬところからの不意打ちに、思わず顔を赤らめる風。

「だって~、いっつも一緒にいるじゃん?」    

「そ、それなら春だって!」

「んむ?ふぁふぁひ(わたし)?」

 口いっぱいにお菓子をほお張り、振り向く春はどうやら話を聞いていなかったらしい。

「春はねえ」

「一条センパイだもんねえ」

「・・・あの人の名前を出さないでよね。せっかくの打ち上げなのに」

「ありゃ、機嫌悪くなっちゃった」

「・・・って、エミーリオ君は?」

「あれ?」

 女子共の話がそれた隙を狙って、エミーリオは教室からの脱出を果たしていた。 

「あ、アイツ~!まだ謝ってないのに!ごめん!すぐ連れ戻してくる!」

「あはは、もういいよ~」

「でも行ってらっしゃい」

 ハタハタと手を振られ、温かい目で彼女は見送られた。

 

「ったくよお。鬱陶しいっつーの」

 

 廊下を独り歩き、ふいに運動場を見渡す。

 後片付けも終わり、残っているのはもう体育祭の残り香だけ。

 結局、これでよかったのだろうか。

 任務としても。自分としても。

 変わったことは何もない。リングはゲットできずじまいだし、修行に至っては途中で投げ出したまんまだ。

 一条楽にはニセモノの恋人を知っているとバラしてしまったわけだし。  

「あーあ、こっからどうっすっかなあ」

 多少黄昏たくなるような状況で。

「なにしてんのよ」

「ポーラ」

 そういえば、教室にはいなかったなコイツ。

「お前こそ、いーのかよ。教室に顔出さなくて」

「・・・今から行くわよ」

 ん?なんか変な顔してんな。 

 これは、緊張?なんで?

 よくわからないポーラの表情に首をかしげていると、その答えは彼女の口から告げられる。

「アンタを呼んでる人がいるから、今すぐ校門に行きなさい」

「・・・はあ?」

 呼んでる?俺を?誰が?

 心あたりと言えば、リボーン、くらいか?修行サボってたし。

「いいから、行ってきな」

「あ、おい」

 ぐいぐいと背中を押してくる彼女の顔はうまく隠れていて見えない。

 仕方なしに、エミーリオは言われた通り校門へと赴いた。

「って、誰もいな———————」

 そこで、彼の足は止まる。

 門の向こう側、学校の敷地を一歩外にでたそこにその人物は立っていた。

 

「やあ、”久しぶり”で、いいのかな?」

 

「・・・沢田・・・綱吉」

 

 ボンゴレ十代目、イタリヤマフィアを統べる男。

 物腰柔らかそうな表情、オレンジがかった髪の毛。得も言われぬオーラ。

 沢田綱吉が、そこにいた。

「てめえ、十代目に向かって呼び捨てたあなんだ!」

「あんたは、獄寺隼人か」

 銀髪と目つきの悪さですぐに分かった。ボンゴレの右腕、忠実な仕事人。

 ちらと横目で確認する。この住宅街には不釣り合いないかにも高級そうな黒いリムジン。  

 あれで来たんだろう。しかし、なぜ?

 十年前、妙な地震の折に頭の中に入ってきた十年後の記憶。

 そこで十年後のエミーリオは白蘭という敵と戦うため、目の前の沢田綱吉たちと共闘していた。

 その時の記憶と目の前にいる人物は一致しているから、その記憶は間違いではないのだろう。 

 だが、十年たって彼はその時見た記憶の中の自分とはまったくと言っていいほど違う人生を歩んでいる。

 もはや別人と言っても過言ではないほどに。

 だから、いまこの世界で沢田綱吉たちに会うとは思ってなかった。

「いや、”初めまして”でいいんじゃねえの」

「てめえ・・・!そろそろいい加減にしねえと」

 獄寺の血管が切れる前に、綱吉は右手で彼を制する。

 彼は少し不服そうに、しかし一歩下がった。 

「うん、それで今日はある任務の話をしに来たんだ」

「任務?」

 ってーとなにか?あの、一条楽と桐崎千棘を別れさせるっつーアレ?

 

「ううん。それじゃない。というか、そんな任務はない」

 

「・・・は?」

 

「それは、今回の任務のためのブラフっていうか。平たく言えばウソなんだ。ごめん」

 

「う、う、ウソおおおお!?」

 

 珍しく大声を上げるエミーリオは驚愕で開いた口が塞がらない。

 だってそうだろう?今までなんのために悩んできたのか。その任務にどれだけ四苦八苦させられたか。

 それが嘘だっていうんだから、そりゃ驚くわ。

 つか、何のために俺は喧嘩したんだ。

 現実を理解すればするほど、どんどんと肩の力が抜けていく。

 

「・・・で?任務って何?」

 

「受ける気はあるかい?」

 言っている意味が分からず、彼は頭の中で考える。

 なに?拒否権とかあんの?俺みたいな下っ端は「はい」って頷くだけだろうがよ。

「この任務は、今までのどれとも違う。これまでの親しい人たちとはしばらく会えないし、とても過酷だ。君にとっては」

 君にとって?またムカツク言い回しだな。 

 そもそも、内容も教えられてないのに判断なんかできるわけねえんだ。

 つまりこれは、覚悟を聞いている。

 俺の中の気持ちを聞いてるんだ。

 一瞬、親しい人と言われて幾人か浮かんだけれど。

「やれと言われれば、俺はなんだってやるさ」

 もう迷わない。できることしか、俺はやらない。

「そうか。それじゃあこれにはいって」

 一瞬、ちらりとエミーリオの後ろを見たような気がしたけれど。

 そんなことを構う間もなく、彼はなんだか筒状のような代物にすっぽりと体をしまい込まれる。

「これは十年バズーカと言ってね、これに撃たれると十年後の自分と入れ替わる。昔は5分が限界だったけれど、今はもうその時間制限は改良されてなくなった」  

「ちょ、待てよ。何の話?」

 一向につかめないエミーリオはなんだかとんでもないことが起こるんじゃないかという不安しかない。

「うわっとっと」

 ひょいと、バズーカの上から何かが投げ込まれた。

「もしも、どうしようもなくなったら。最後の手段としてそれを噛むといい」

「いやだから!もうちょっと説明しろよ!」

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

 ボン。

 大きな音が、バズーカ内に響き渡った。

 

 そして、彼は、エミーリオは。

 十年後へと、旅立っていった。

   To be continued.




どうも!お久しぶりです高宮です。先月投稿できなかったんで二か月ぶりでーっす。イエーイ、ピースピース。
ということで、めっちゃ長くなりました。どっかで切ろうかなあとか思ったんですけど。切るとこなかったですね。
これにて序章が終了です。次回から本編です、また月一更新は(できる限り)守っていきたいので次回もよろしくお願いします。 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。