「それじゃあ、俺がいない間、留守は頼んだよ。ランボ」
「ええ、任せてください。それで?どこに行くんでしたっけ?」
「こんのアホ牛!何度も言ったろうが!」
「はは」
イタリヤのとある町のとある一室で。
裏社会を取り仕切っているそのボンゴレマフィアのボス。
沢田綱吉は出かける準備をして、牛柄のシャツが似合う天然パーマの男。ランボに笑いかけていた。
その隣には同じく出かける準備をした獄寺隼人が、鬼のような形相でランボに今一度今回の遠征の概要を話す。
「いいか!今回は俺だけじゃねえ、十代目もここを離れるんだ。その隙に動こうって輩がもしいたらお前が止めるんだぞ!」
「へいへい、わかってますよ。獄寺氏」
その気のない返事と顔にわなわなと拳を震わせる獄寺だったが、飛行機のフライトの時間もある。目の前のアホ牛に時間をかけてはいられない。
「大丈夫だよ。バジル君や、ラルたちもいるし。いざって時は連絡してくれるさ」
「・・・そうですね。アホ牛以外守護者がいないってのは不安ですが」
六道骸は信用なりませんしね、と付け加え獄寺は外に用意させた車に乗り込む。
「・・・・・」
六道骸、今の所目立った行動はしていないがどうも六道骸のファミリーが日本で動いているという情報もある。
真実のほどは確かではないにしろ、獄寺の言ったとおりなにか疑わしいのは確かだ。
が、今回の遠征の目的はそこではない。
もっと、前から計画していたことなのだ。今更変更も延期もできない。
そう思いなおして、綱吉も車に乗り込む。
「安全運転で行きますから安心して寝ててください十代目!」
「あ、獄寺君が運転するんだ・・・・」
「当然!他のやつらに十代目のお命をおいそれと預けさせるわけにはいきません!」
そうして一人の少年の運命を決めるカギを握った大人たちは。
遠く離れた故郷、日本へと帰ってくることになる。
一人の少女は強くなりたいと願っていた。
なにも出来なかったあの日から。
なにもわからなかったあの日から。
強くなりたいと、ただそれだけをずっと思っていた。
「本当に良いのですか?お嬢?」
「ええ。いつも鶫にやっているように。私にも稽古をつけて頂戴」
そんな少女の目の前には、いつものような強引な顔ではなく。珍しく困ったような表情で少女を見つめるクロードがいる。
そう、その少女たる桐崎千棘はクロードに頼み込んで、修行をつけてもらおうとしたいたのだ。
「鶫も、私の知らないとこで頑張ってるんだ。もう、あんな思いはしたくないの」
千棘の真剣な表情に、クロードはしかし苦い返事を返す。
「お言葉ですが、お嬢。奴はきっと今お嬢を守るために、お嬢を傷つけたくないから頑張っているのでしょう。その思いを踏みにじってしまうのではないですか?」
厳しいことを言うクロード。
キラリと光るその目の奥に映る千棘は少しうつむいて。
「そんなのは見てればわかるわ。でも、それじゃあ私は嫌なの。自分だけが安全な場所で誰かが傷つくのを見てるだけなのは我慢ならないの」
再度見据えた両の目ははっきりとした意志を感じる。
クロードとしては鶫の気持ちと同じだ。大事な大事なこのギャングの一人娘にわざわざ危険なことをさせるわけにはいかないと。
きっと力をつければ、いざという時に真っ先にこの人は先陣を切ってしまうだろう。
そういう人だ。
そうわかっている。
「はぁ。わかりました。いいでしょう」
「ホント!?やった!ありがとうクロード!」
深いため息をついて、クロードはやや諦めた様子で了承した。
この勢いだと、きっと断っても自力で修行しようとするだろう。そうなるならまだこちらの監視下に置いておいたほうが安全か。
そう考えた結果だった。
「ただし」
クロードはそう大きな声で千棘をたしなめると、条件を出してきた。
「稽古をつけるのは、私ではありません。私が紹介する人物に頼みます。それでもいいなら、もう私は何も言いません」
「え、ええ!?クロードが鍛えてくれないの?」
その条件に多少は面食らったのか、しょんぼりとする千棘にぐっと奥歯を嚙みしめるクロード。
(いけない!ここで甘やかしたら何の意味もない!お嬢の期待に添えなくなるぞ!)
涙をのんでクロードは言葉を続ける。
「い、いいですか。私ではお嬢のご期待には添えません」
「ええー?なんでよ?私がクロードがいいって言ってんのに」
「ぐほっ」
先程から千棘が発する言葉の一つ一つがクロードの心にクリティカルヒットする。勿論、いい意味で。
だが、何度も言っているようにここで喜んではいけないのだ。
「んんっ。私では、お嬢を鍛えることができません。どうしても情というものが出てきてしまいます」
「そんなこと言ったら、鶫だってそうじゃないの?」
「あれは、最初からそういう目的で接しておりましたから。情は沸いても目的があるのです」
千棘とは違う、と暗に込めて。クロードはそのまま続けた。
「ですから、私ではない人物にお願いしないとお嬢の願いはかなえられません。ええ、大丈夫です。信頼できる人物ですから」
「うーん、クロードの言い分はわかったわ。納得もした。で?その信頼できる人物ってのは誰のことなの?」
当然沸くこの疑問にクロードはたった一言、簡潔に述べた。
「ボンゴレ晴れの守護者。笹川了平です」
そう、たった一言。
「エミー君。最近学校来てないね。体育祭の練習もあるのに」
「そうね・・・・」
またかよあのバカ。
「え?」
気温が徐々に上がり段々と夏の訪れを感じさせようとしてくるこの季節。
夏服と冬服が入り混じるこの中途半端な教室にすでに半袖の春と、いまだ長袖の風はエミーリオのことについて話していた。
ぼそりといった風の言葉を聞き取れずに、春は聞き返す。
「それより次の授業移動教室でしょ?早く行こう?」
「え?あ、うん」
いつも通りの笑顔なのに風は一人で先に廊下を行ってしまう。
いつもはべったりすぎるくらい一緒に行動しているのに。
「どうしたんだろ・・・?風ちゃん」
なんだかその妙な感覚に戸惑いながら、けれどその正体がわからない春は頭を悩ませるしかない。
「あ!ポーラちゃんは、何かわかる?」
「なんでアタシに聞くのよ」
いやそうな、というよりは本当に困っているような顔でポーラはスタスタと春の横を素通りする。
そんなポーラに足早に追いつきながら、春は会話を続けた。
「だぁって、ポーラちゃんが一番エミー君と仲いいでしょ?」
「はぁ?」
今度は心底嫌そうに彼女は顔を歪ませる。
「誰が!誰と!仲いいですって!?」
「えー?仲いいようー、いっつも二人で帰ってたじゃん」
「あれはそんなんじゃない!って何回も言ったでしょ!?」
春だけでなく、クラスメイトにも何度も言ったことを声を大にしてもう一度いうポーラ。
逆に言えばそれだけクラスに馴染んでいる証拠でもあるのだが。
エミーリオと違って。
「じゃあ何してるの?」
「それは・・・・」
「ほら、教えてくれないじゃん」
少々不貞腐れたのかぶーたれる春に、言葉が詰まりながらポーラだって心の中で叫ぶ。
(そりゃそうでしょうよ!ヴァリアーがまた来たら今度こそ死んじゃう!そのために修行してるなんて・・・カッコ悪いじゃない!私はもっとスマートでいたいの!)
次に来た時、颯爽とやっつけてこれが本当の実力だと思われるため。ポーラは苦渋を飲むしかない。
そんな心境を知る由もない春は一人歩きながら呟く。
「なんか、寂しいなあ」
その言葉はポーラには届いていた。
「はぁ、まったく。あんた相当のお人好しね」
「ええ?そうかなあ?」
「そうよ、アタシやアイツみたいな面倒な人間の相手をしようと思うなんてアンタくらいよ」
「そうでもないよ?風ちゃんや一条先輩とか、他にもいっぱいいるじゃない」
「その中でもアンタは特によ」
そうかなあ?と同じ言葉を呟いて、うーんと唸っている春を見てため息をつくポーラは。
「そうよ、ほんとお人好し」
立ち止まっている春にポーラはいう。
「でも、そういうの嫌いじゃないわ」
「・・・うん!」
暗くなっていた彼女の表情がみるみるうちに明るくなって。
それを狙っていたのか、ただ単に言いたいことを言ったのかは春にはわからなかったが。
でもその言葉は確実に春の心に届いていたのだった。
「そうだよね・・・よし、決めた」
そしてまた一人の少女が決意をする。
大勢の人間が、次々にそれぞれの気持ちを固めていく中。
白に埋め尽くされた一人の少年は、何を思うのだろうか。
「で?ここがそのなんつったっけ?」
「タルボおじいさん」
「そうそう、そのじいさんがいるっつー家だな」
白い少年。エミーリオとクローム一行のリング獲得の旅はようやく終わりを迎えようとしている。
ヴェルデの下でリングの原石をゲットしたエミーリオは各地を這いずり回って、ようやくそれを加工し研磨してくれるというじいさんの元へとたどり着いていた。
「本当にこれがリングになんのかよ」
ここまでたどり着いたからこそ、現実を振り返って心配になる。
ヴェルデが嘘をついていた、ただそれだけでこれまでの苦労は水の泡になる。
「たぶん・・・そう」
おまけに連れ添っているクロームがこの調子だ。
どこにも確定情報がないこの現状に不安を持つなというほうが無理な話だ。
「つっても行くしかねえけど」
とはいえ、エミーリオに選択肢はない。どの道行くしかないのだ。
歩みを進めて、まるで廃墟のような家へと進んでいく。
「ごめんください」
おずおずと扉を開き、クロームの声が家に伝わる。
「———————来ると思っておったよ」
そのボロボロの廃墟から現れたのは、まるでトサカのような頭に黒いバンダナで目元を覆ったおじいさんだった。
どう見ても普通じゃないその恰好、随分と年をとっているように見えるし、来ると思ってたとはどういう意味だろうか。予知能力者だとか言わないよな。
ボケてんじゃないのかと疑いたくなる所作だが、エミーリオは構わず口を開く。
「アンタが死ぬ気の炎のリングを精製できるタルボのじいさんでいいんだよな?」
「・・・いかにも。わしが彫金師のタルボじゃ」
しわがれた声によぼよぼの足腰、そのすべてから年齢を感じさせるじいさんはしかしはっきりとした対応でそう言った。
「そうかい、じゃあわかるよな?僕らが何をしに来たのか」
「はて、何をしに来たのかのう?」
とぼけた様子でキッチンからお茶を汲みにいくじいさん。
そんなじいさんの言葉にエミーリオはまたかと天を仰ぐ。
ヴェルデといい、なんでこう速攻で目的だけを果たすような簡潔なやつがいないんだ。
「おじいちゃん、手伝う」
「おお、ありがとう」
そして一緒になって説得するはずのクロームもこのざまだ。介護しに来たわけじゃねえんだぞ。
心の中の沸々としたものが湧き出てくるのを感じながらエミーリオはそれでも我慢して口を開く。
「・・・リングの原石を持ってきた。こいつを加工して使えるようにしれくれ」
できるだけ感情を殺して目的だけを簡潔に述べる。今まで当たり前にやってきたことのはずなのに、なぜかいやに疲れた。
「原石?」
するとじいさんは原石という単語に反応し、つかつかと足早にこちらにすり寄ってきた。
ちょいちょいと杖を振って。
「見せてみい」
と、いうのでエミーリオは取り敢えず手に入れた原石を、七つ手のひらに乗せる。
「嵐、晴、雨、雷、雲、霧、そして大空。しめて七つのリングの原石だ」
手のひらに乗るほどの小石レベルの大きさの七色の石が七つ。
「・・・・なるほど、これは確かにリングの原石じゃ」
おお、と、ここで初めてエミーリオは感嘆の声を漏らした。
なにせあのヴェルデの言葉のみでここまできたのだ。半信半疑だったが今ようやく真実だという確証が得られた。
「で、これをリングにしてほしいと?」
じいさんはエミーリオの言葉を確かめるように繰り返す。
「ああ、そうだよ」
同じことを聞くなよ、そう顔にでているエミーリオだがなんとか言葉には表さないように気遣う。
そんなことをしている自分に気持ち悪さを感じながら。
「じゃ聞くがの、リングを手にしてお主はどうするつもりだ?」
「どうする、だあ?」
思えば、ここで既にエミーリオは限界だったのかもしれない。
今まで考えることもなく、ただ任務をこなして来ればよかった。ただ与えられたことをそれ以上でもそれ以下でもなくこなせばよかった。
考える必要がなかった。意味がなかった。
考えていたら、人なんて殺せなかったから。
だがどうだ?この任務に就いてから、日本に来てから。いやもっといえば春や風、一条楽や桐崎千棘と出会い関わっている内に知らず知らず考えてしまっていた。
その余裕ができてしまっていた。
なぜ?
そのシンプルな、それでいて答えの出ない問いを。
「リングを手に入れる、その目的じゃよ。それをただ、話せばよいのじゃ。噓偽りなくな。なに、簡単じゃろう?」
きっと皆は普通にそれをやってきた。小さい頃から、だからもうこの年になってそれに悩むことはない。
「目的、って」
だけど、やってこなかった人間は、やってこなかったエミーリオは。
どうすればいいのかなんて、わからない。
「んなもん、力がほしい。以外にあるかよ」
「ならば不合格じゃ。その答えではリングを作ることはできん」
「ああ!?」
エミーリオの答えは却下され、熱いお茶をすするタルボのじいさんに苛立ちを隠しきれなくなってくるエミーリオ。
「なんでそんなこと、見ず知らずのじじいに言われなきゃいけねえんだよ」
本当はわからなかった。リングを手にする目的なんて、不便だから、力がほしいから、それ以外には見つからなかった。
いやきっと、本当はそれだって自らの本物の願いではないのだ。
それに気づいていないエミーリオは激しく動揺していた。
だって、それはエミーリオの人生を否定する言葉だ。
力づくで、それだけで生きてきたエミーリオの人生を真っ向から否定する言葉だ。
「とにかく、その先のものを見つけてこん限りはリングは渡せん」
「・・・・・・」
取り付く島もないじいさんに呆然とただ立ち尽くすエミーリオ。
こんな展開になるなんて、リングを手にしようと出掛けた夜からは想像していなかった。
たださくっと忘れ物を取りに行くような感覚だったのに、それがどうしてこうなった。
「・・・あー、いいや。もう。どうでも」
十秒ほどだっただろうか、そうしてドロドロと自分の体内を駆け巡る感情をそのままにしていたエミーリオは。
その一言で片づけて、生気のない任務に明け暮れていた日々のような瞳に戻る。
そうだ。元来自分は何にも執着しない人間だったのだ。リングを手にできなかったからと言って何を落胆することがあろうか。
ただ、死が近づくというそれだけじゃないか。それだって自分にはどうでもいいことのはずだ。
「じゃ、世話になったな」
そう言い残して、なんの重みもなくなった。ここに入る時は微かにあったそれすら無くしてエミーリオは一人、ふらふらとその家を出て行った。
「まって、エミーリオ」
「よせ。いまは一人にしてやるのじゃ」
「でも、お爺さん」
駆け寄ろうとするクロームにタルボのじいさんが待ったをかける。
「なんでもかんでも寄り添えばいいというわけじゃない時もある。今は、少年が成長するために考える時間が必要じゃ」
ちゃんと、考えていればよいがの。
そう付け足して、じいさんはゆったりと家の中を歩きだす。
「どこに行くの?」
「作業場じゃよ、こいつを彫金せないかんのでの」
ヒッヒッヒと甲高い笑い声を残して、どうやら地下にあるらしいそこに向かったタルボのじいさん。
「まったく、今時原石から持って来るやつがいるとはのう。あの沢田綱吉ですらリングの状態であったというのに」
そう、笑い声が混じった言葉を残した。
「・・・頑張って、エミーリオ」
そしてただ、そう呟くしかないクロームはいなくなったエミーリオがいた場所を。
いつまでも、いつまでも見つめていた。
やがて、誰かが何かを抱えたまま。
体育祭はやってくる。
To be continued.
どうも皆さんてーきゅう!高宮です。
ドラクエ11、予約してきました。テンションぶち上げです。
ということで今年の夏はドラクエ。よろしくお願いします。
ではまた次回、お会いしましょう。