標的22 オンセン
あの戦いから早一か月が経とうとしていた。
「あ!エミ君来た!!」
「だーから、来なくていいって言ったのに」
家の目の前にいる春と風。
困った顔を隠すこともなく前面に押し出すエミーリオは、他の者はとっくに衣替えをした半袖の白いシャツが彼だけまだ真新しい。
「そりゃ来るよ!エミ君退院の日教えてくれなかったんだもん!!」
プリプリと怒っている春に横眼をそらすエミーリオ。
エミーリオのケガはどう見てもひどいもので、全治三か月以上はかかるといわれていたのにリハビリもそこそこにエミーリオは強引に退院していた。
戦闘中ケガは晴れの活性で治していたとはいえ、退院できるほどに回復したわけではない。
だから、彼の体はまだ健康体とはいいがたく、白いシャツから伸びる腕やチラリとのぞく、くるぶしにはまだ包帯が痛々しくまかれている。
「・・・杖は?いいの?」
風は心配しているのかしていないのか、その表情からは読み取れない。
「いらねえ。邪魔だし」
また返すエミーリオの言葉にも感情は乗っていない。あくまで事務的に返すのみだ。
「まだ入院してたほうがよかったんじゃない?」
「へーへー、早く出てきて悪うござんしたー」
「・・・・・」
そんな二人の微妙な空気には気づかず、春はまだ怒っていた。
「ポーラちゃんはちゃんと教えてくれたのにー」
どうやらポーラも既に退院しているらしい、同じ病院であったのにもかかわらず一度も会っていない。
エミーリオ的にはてっきり色々と質問攻めにあうかとも覚悟していたのだが、それがなくてほっと一安心というところだろう。
ただでさえ毎日のように春が見舞いに来て心休まらなかったのだ。そんなことをされてはエミーリオは病院を変える決断をしていた。
「退院パーティーも計画してたのにー」
「まだ言ってんのか」
どうやら余程不服らしく、珍しく愚痴が止まらない。
「あ!そうだ!」
いいことを思いついた。そんな春の表情に、エミーリオは悪い勘しかしない。
「今日やればいいんじゃん!?」
ほれみたことかと、彼は天を仰ぐ。
「いらねえって」
一応の抵抗を見せるエミーリオ。
だが。
「よーし!そうと決まったら皆のスケジュール聞かなきゃ!まずはお姉ちゃんとー、クロームさんと、—————————」
春はまったくもってこちらの話を聞いておらずその脳内ではすでに会場をどこにしようか、誰を呼ぼうか、そんなことでいっぱいだった。
「だーから、まず主役の話を聞けや」
弱々しく放たれるその声も、当然届きはしない。
「ご愁傷さま」
立ち止まるエミーリオをすたこらと追い抜かして、風はそう一言つぶやいた。
学校では特に変わりはなく、話しかけてくる友人などもいないためその包帯について怯えられることはあれど、問いただされることもなく一日を終えた。
「やっべぇ」
のだが、問題点が一つ。
授業についていけない。
それもそうだ。元々サボりがちであったのに加えこの一か月ろくに登校すらしていない。このままだと進級すら危ういかもしれないレベルなのだ。
加えて赤点などとろうものなら退学とはいかなくとも、停学くらいにはなるかもしれない。
進路指導の教師にそう言われ、進路指導室に呼び出されたエミーリオはそんな想像が頭をよぎる。
ただでさえ目立つ容姿をしているのだ。できるだけそういったことでは目立ちたくはない。
今日何度目かの深いため息をつき、彼は部屋の引き戸を引いた。
「フッ、来たか」
「・・・・あ?」
てっきりエミーリオは教師がいるのだとばかり思っていたが、現実、そこにいたのは進路指導の教師ではなく。
黒いハットと似合わない学生服に身を包んだリボーンだった。
「・・・・・・」
加えて、無言でこちらを見つめるポーラ・マッコイ。
「おいおいおい、どういう状況コレ?」
あまりにも急で思考が追い付いていない。
「俺が教師にお前らを呼び出すように頼んだんだ」
中央に鎮座しているリボーンは呆けているエミーリオにそう告げる。
「なんでそんなややこしいやり方?普通に呼び出せねえのかアンタは」
「俺が普通に呼び出して素直に来るとは思えなくてな」
いつまでもキザったらしいその態度にエミーリオはガシガシと頭を乱暴に掻く。
「で?何の用だよ」
言いたいことは山ほどあるが、今は本題を聞くのが先だ。
先ほどからずっと黙っている彼女、ポーラが一緒というのも気になる。
「いったろ?ここからは本格的に家庭教師してやる。お前ら二人をな」
「!?」
「!」
確かに、入院していた時、リボーンは家庭教師を引き受けるとそういっていた。
が。
「二人?」
そう、てっきり。いやどう考えてもエミーリオ一人の家庭教師だとばかり思っていたが。
隣をちらと見ると、ポーラもまた驚いているようで目を真ん丸に見開いている。
「そうだ。お前らはまだまだ未熟だからな。マンツーマンで教えてもらうと思うなよ」
どこまでも上から目線に腹が立つがリボーンがそういうならそうなのだろう。
なにせ、彼はエミーリオの家庭教師なのだ。彼のいうことはそれすなわちすべてが正義になる。
「なんだ?やけに素直だな。もっと突っかかってくるかとおもったが。案外、敗北を知って殊勝になったか?」
「んなんじゃねえよ。つか、元々僕は素直だ」
直属の上司になるというのなら、その命令には従おう。いつもと同じ。なんら変わりはない。
「そうか。そっちは?」
リボーンはポーラの方に向きなおし、意思を尋ねる。
「勿論、あの最強のヒットマンに教えてもらえるならなんでも」
ポーラはそこで今日初めて声を出した。透き通るようにまっすぐに、なんの雑念もそこには混じっていない。
その言葉に、リボーンは小さい笑みをこぼすだけ。言葉はない。
「つうか、なんでよりによってコイツと一緒なんだよ。なあ?」
話は終わったとばかりに、立ち去ろうとするリボーンにエミーリオはようやく一つの不満を垂らす。
「・・・・・」
てっきり、ポーラも同様に不満を垂らす、もしくは騒がしく突っかかっていくものかと思っていたのだが、帰ってきたのは無言のシカトのみ。
「・・・あり?」
拍子抜けを食らったようにエミーリオは首を傾げた。
そんなエミーリオのことなど視界に入っていないかのようにポーラはさっさと部屋を後にしてしまう。
「・・・上等だこらぁ」
そんなポーラの態度が気に食わなかったのだろう。額に青筋を浮かべてエミーリオは拳を固める。
「フッ。仲良くやってんじゃねえか」
「どこがだ!」
コイツは一体どこに目をつければ今のが仲良くしているように見えるんだ?本気でわからん。
ポーラへの怒りがリボーンに向いたところで、リボーンは「ああ、そうだ」と一つ付け加える。
「修行の場所は、もう決めてある。早速明日からそこに行っておけよ」
そういって渡されたのは住所が書かれた紙切れが一つ。
どうやらここで修業が始まるらしい。
成す術がなかったあの戦い。辛うじて追い返したものの、それは勝利とは言い難く。
あの奇跡のような力がなければエミーリオたちは確実に皆殺しだった。
固めた拳を再度握りしめて。
長い入院生活、ただ黙って寝ていたわけではない。
何度も頭の中でシミュレーションして、悔しさを、ムカつきを、忘れないように心に刻んだ。
さあ、ここから一矢報いてやろうじゃねえか。
珍しく前向きにそう決意しながら、紙切れをぐしゃりと握りつぶした。
「で?なんでそれがここになるんですかねえー」
広がる絶景。雄大な自然。立ち昇る白い湯気。琥珀色の温泉。
そう、エミーリオは今温泉に来ていた。
「いやー、いい湯だな。楽ー」
「そうだなー。集ー。やっぱ露天風呂は格別だなー」
さらに詳しくいえば、エミーリオ一行は、といったほうが正しいが。
「ほらー、お前もそんなところ突っ立ってないでこっち入れよー、マジ気持ちいいぞー」
一条楽だけでなく、舞子集までいやがる。
しかも当の本人であるリボーンはここにはいない。
本当にリボーンの考えていることがわからない。これがなんの修行だっていうのか。
まさかこの温泉に特別な効能がある。ということだろうか。
炎の出力を上げる、みたいな?
「さて、そろそろ温泉の醍醐味を味わうとしますかー」
「醍醐味ってなんだよ集」
「そりゃきまってんじゃん。のぞきだよ!の・ぞ・き!」
「やめろって!!」
ここにきていたのは一条と舞子だけでなく、なぜか春や小咲姉妹、風、橘万理花、桐崎千棘までいやがる。
本当に、何を考えているのやら。エミーリオにはその先端すら見えない。
少しだけ考え込んだエミーリオは不意に馬鹿らしくなって考えるのをやめた。
ちゃぽんと右足を湯につけて、じんわりと体全体があったまっていくのを感じる。
やがて全身がお湯につかると、意識もしていないのに「あ”~」と声が出る。
「はは、おっさんみたいだな」
「やかましい」
聞かれていたのかと、若干の恥ずかしさを隠すように湯に浸かる。
こうしてただぼーっと空を眺めていると一体全体僕は何をしているのだろうと、考えると殺したくなってくるので思考を無理やり違う方向に向かっていく。
「つか、お前はよく平気だな。家があんなんなったっていうのによ」
エミーリオは一条楽に疑問をぶつける。
自分の家が戦場になったのだ、加えて一撃でスクアーロに気絶させられたことは男としてはやはり応えるというものだろう。
だというのに、この男はもうヘラヘラと何事もなかったかのように笑っている。
まったくもって理解できない。
「ん?ああ、家のことなら心配すんな。すぐ直ったし、誰も死ななかったしな」
快活な笑顔でそう言う一条楽。
心配していると思っているのかこいつは。ていうか疑問とか沸かねえのか。とんだおめでた野郎だな。
呆れてものも言えないエミーリオはとりあえず肩までお湯に浸かった。
「なんでこう僕の周りはムカツクやつばっかなんだ」
ブクブクと勢いで顔を半分まで沈ませ、そう呟くエミーリオ。
「ていうか、俺はお前のほうが心配だぜ」
「あ?」
急に何を言い出すんだとエミーリオの声は不機嫌さを隠すこともない。
「ちゃんと健康に気を使ってるか?肌白いとはおもってたけど、本当に病気とかじゃねえだろうな」
ああ、そういうこと。
普段は目立たないようにこれでも白い服を着てごまかすとか長袖シャツを着るとか、些細には隠してきたが。
ここは温泉。つまり裸一丁だ。隠すも何もない。
「ん?本当だ。でもよー楽。意外とエミーリオって筋肉あるぜ」
「それ、俺も思った」
うわー、うぜー。えっぐいうぜー。
ただでさえ余計な心配されてイラついてんのに、こうも体を凝視されちゃ休まるもんも休まらない。
「普段どうやって体鍛えてんの?」
「何食ったらそんな体白くなるん?」
質問攻めに遭うエミーリオ。
「ああ!しつこい!!てめらに答えるもんなんざ一つもねえよ!」
たまらずエミーリオは温泉から上がった。ただっぴろい露天風呂がなぜか狭く感じる。
「あ、悪かったよー」
一条楽と舞子集の軽い謝罪を無視しつつ、エミーリオは一人脱衣場の扉を後ろ手に閉めた。
「ったくよー。冗談じゃねえぜ」
ブツブツと文句を言いながら、エミーリオは貸出無料の浴衣にそでを通す。
修行だと思っていたエミーリオは当然着替えなんて持ってきていない。
本当ならこんな浮かれた格好なぞしたくはないが、郷に入っては郷に従えという言葉もある。
なんにせよ諦めるのは得意だ。
「・・・・あ」
タオルを首にかけ、喉が渇いたので自販機にでもとのれんをくぐるとそこには丁度同じタイミングで出てきたポーラ。
ああそうだ、忘れていた。当然こいつだっているのだ。
心なしか多少やつれている気がする。
大方同じように質問攻めにでもあって早々と退場してきたのだろう。
「——————、」
フイと、あからさまに視線を外しつかつかとエミーリオの横を素通りする。
ムカ。
先ほどのストレスも相まってより一層その無視に腹が立つエミーリオ。
「おいこら!なんなんだよ昨日から露骨に無視しやがって」
思わずポーラの右手を掴む。
「・・・・離して」
「言いたいことあんなら言えよ」
「別にないわよ!離してよ!」
まったくもって自分がなぜこんなにもヒートアップしているのかわからない。きっと日頃のストレスの蓄積だろうとは思うが。
「・・・・・」
じっとポーラの目を見つめる。さっきから逸らされまくっているのが気に食わなくて。
「痛いって言ってるのよ!」
「エミ君・・・・?」
大声をだしていたからだろうか、心配そうな表情を抱えた春が持っていたタオルをぱさりと落とした。
「何やってるのバカバカ!エミ君は女の子の暴力を振るうようなひとじゃないと思ってたのに!一条先輩みたいな!」
「いたた!ちょ!ま!なに!?」
何を勘違いしているか知らんが、顔を真っ赤にさせた春がポコポコとエミーリオをタコ殴りにしている。
「せっかくリボーン君が退院パーティーに温泉を勧めてくれたのにー!」
「はあ!?なんじゃそりゃ!」
初耳な情報に耳を疑うし、そりゃいったいどういうことだと問いただしたいが。
「あ!おいこら!」
その隙を逃さないのはポーラだ。
腕を引っぺがしたかと思うと、ダッシュで逃げて行ってしまった。
「くそっ」
もやもやしたままポーラの背中を目で追う。一体なんだというのだろうか、このもやもやもポーラのあの態度も。
「つかいつまで殴ってんだてめーは!」
「うわああん!エミ君がグレたー!」
泣きじゃくりなおも回す腕を止めない春に深いため息をつきながら。
「ああくそ、こなきゃよかったぜまったく」
後悔の念に埋もれていくエミーリオであった。
一方その頃、並盛のとある山奥。
「押忍!今日から稽古をつけていただくことになりました!鶫誠士郎です!よろしくお願いいたします!」
軍服姿に身を包んだ鶫が直立不動で敬礼しながら自己紹介をしていた。
なぜなら。
「声の大きさは合格点だなコラ!」
コロネロ。元アルコバレーノであり、青色のおしゃぶりを持っていた男。
迷彩柄の軍服に身を包んだ彼の体格は中学生くらいにもかかわらず、持っている風格は猛者のそれである。
「リボーンが珍しく頼み事するから何かと思ってみれば・・・」
ガチガチに緊張している鶫を見て、コロネロは笑みをこぼす。
「久々に鍛えがいのありそうな奴だぜ、コラ!」
To be continued.
どうも高宮フレンズ高宮です。
ようやっと試験が終わり、これからは投稿ペースも上がると思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。
新作の話をしよう。
投稿は今日の夜になると思います。
タイトルは「ポケットモンスターカラフル」です。ポケットモンスターSPECIALが原作です。
詳しくは活動報告がありますのでそちらでお願いします。
それではまた次回。