リボーン×ニセコイ!-暗殺教室~卒業編~-   作:高宮 新太

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標的19 復活(リ・ボーン)

「・・・派手にやってるね」

 黒いフードを目深にかぶり、木の上に佇むのはヴァリアーのマーモン。

 どうやらそこからスクアーロたちの戦いを傍観していたらしい。マーモンの衣服は汚れておらず、戦った形跡は見られない。

 雲雀恭弥が参戦してきたときには、流石に驚いたがそれ以外は特に感情の動きはマーモンには見えなかった。

「そう、僕にとって一番大事なのはお金だからね。こんな一銭にもならない仕事は隊長たちに任せるのが吉なのさ」

 

 マーモンは言葉を発する。

 ”後ろにいるリボーンに向かって”。

 

「だからその銃をしまってくれないかい?君と争うつもりはないよ」

「どうだかな、銃を下して即幻術にでもかけられちゃたまらねぇからな」

「言ったろ。そんなお金にならないことしないよ」

 マーモンの言葉を信じたのか、それとも幻術にかけられても勝てる自信があるのかリボーンは素直に銃を下した。

「————————くっ!?」

 

 が、結果としてその選択は過ちとなる。

 

「てめぇ」

「ははっ。僕の言うことを素直に信じるなんて、沢田綱吉のところでぬるま湯にでも浸ってたかい?僕は確かにお金にならないことはしないけど、君は個人的に嫌いだからここで殺すよ」

 マーモンの体内から無数の蛇がリボーンに向かって飛んでくる。

 リボーンはそれをかわすこともできずにただただなされるがままだ。 

「む・・・・が・・・・」

「あははっ。思わぬ収穫だよ。日本ではこういうの棚から牡丹餅っていうんだっけ?」

「—————————、」

 ついには全身を蛇に覆われリボーンは言葉を発することもできない。

 やがて、呼吸すら困難になったそれは、最早肉塊と化し大きな音とともに地面に落下した。

 フードからわずかにのぞくその表情は満ち足りた笑顔で。

 

 勝利を確信した笑顔だった。   

 

「ムムっ?」

 

 その肉塊から目を離したマーモンは、不意に寒気に襲われる。

(僕の幻術は解けてない。なら、この殺気は!?)

 たらりと、冷や汗が落ちるのと同時にその声は背後から聞こえる。

 

「棚から牡丹餅。確かにその通りだ。だけど日本にはこんな言葉もあるぞ。油断大敵ってな」

 

「やばっ」

 

 側頭部をまわし蹴り。きれいにこめかみをつま先で打ち抜かれマーモンは立っていた木の枝から落下する。

「ぐふっ———————な・・・なんで!?幻術は解けてないはず」

 土煙とともに、強烈な頭痛に襲われながらマーモンの声は頭上にいるリボーンへと注がれる。

「本当か?」

「なに?」

「お前が見ている景色は、本当に現実か?」

「なにを——————————————まさか!」

 そう言われ、マーモンはあたりを見回す。やがて一点に集中し見つめているとそこから霧が発生し人影が現れる。

「くっ。クローム、髑髏」

 ボンゴレファミリー、今現在はエミーリオ宅で居候中のクローム髑髏がそこにいた。

 眼帯にまるでそれが戦闘服だとでも言うような黒曜中学の制服。三つ又の槍。

「そうか、これは幻術か」

 いつの間にか幻術にかけたつもりが、幻術にかけられていたようだ。

 術士同士の戦いにおいて、幻術にかけられるということは即ち脳のコントロール権を剝奪されたに等しい。

 

「ぐえっ!」

 

 自分の味方だったはずの蛇、ファンタズマに首を絞められ、情けない声と共に悲痛の叫びが林にこだまする。

「わ、わかった!ギブ!ギブアップだ!降参する!」

 こんなところで殺されてもかなわない。元々争う理由はないに等しいのだ。さっさと降参を宣言してマーモンはようやく拘束から解放される。

 ゲホゲホと首元をさすりながらクローム髑髏を睨み付けるマーモン。

「・・・・・」

 一方で、当のクロームはさしたる思いもないようで。

 マーモンのほうをチラと見るのみで、その視線は戦場へと注がれていた。

「・・・まったく、なんだって君たちがここにいるんだい」

 不貞腐れたようなそのマーモンの言葉にリボーンはフッと笑みを浮かべて答える。

「そりゃ、家庭教師だからな。俺は」

「ふーん。あの白いのの?」 

 ついさっきまで殺しあっていたというのに、次の瞬間からは普通に会話できているこの二人の精神状態はどうなっているのだろうとクロームは至極真っ当な感想を持ったのだが、アルコバレーノとはそういうものなのだろうと、勝手に納得することにした。

「隊長も君も、なぜあんなにあの白いチビに執着するのか、僕には理解できないね。金のなる木だというのならまだしも」

「別に、執着ってわけじゃないぞ。俺はただ見に来ただけだからな」

「?」

 リボーンの言葉の意味がわからずマーモンはクエスチョンマークを浮かべる。 

「言葉通りの意味だよ。見に来たのさ、あいつが俺の教え子に相応しいのかどうかをな」

 不敵な笑みを浮かべるリボーンにマーモンは大した興味もないのか、それ以上は何も追及せずに注目を戦場へと移す。

 

 一番の山場を迎えているであろう戦場へと。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔から、命というものに重みを感じなかった。

 村の連中を皆殺しにした時も、

 暗殺家業に身を染めた時も、

 そして今現在も。 

 だから例え自分自身が死の間際に立たされても、その断崖絶壁のその先を、その一歩を、踏み出すことに躊躇いはない。

 命は軽い。引き金を引けば吹き飛び、ナイフを突き立てれば崩れ去る。そんな程度のものだ。

 そんな程度のものに皆なぜあんなにも固執するのか、俺にはわからないし別にわかろうとも思わなかった。

 血だらけになって、全身が痛みでもうなにがなんだかわからなくなっても、死がそこまで迫っているとわかっていても、それでも、わからなかった。

 

 命の重みが。 

 

 そして、生きることの喜びが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(動け!動け動け動け動け動け動け!—————————動け!)

 ポーラ・マッコイは期待していた。

 今までの人生常にトップ争いをしてきて、ギャングの手足として働いてはいるもののそれなりに充足感を感じることもあったし、自分の仕事に誇りをもってやっていた。

 だからこそ汚い仕事もできたし、巡り巡って鶫と和解することもできた。

 自分の仕事に、プライドと矜持、信念をもってやっていた。

 それは自分自身に期待していたからだ。

 自分ならやれると、自分ならできると。実力と実績に裏打ちされた確かな自信の表れ。

 自分はもっとやれる。自分ならもっと上に行ける。

 

 

 結論から言えばそれは間違いであった。

 

 

 もっと上には行けない。”もっと”はない。ここが限界、ここが底。

 そう思わせるには目の前の敵は十分すぎて。

(だけど・・・・!!)

 なんども心が折れそうになった。この一時間にも満たない戦闘で、自分の人生は真っ向からすべてを否定された。

 自分は今まで何をやっていたのだろうと後悔して、自分は今までなんだったのだろうと後悔して。

 後悔して、後悔した。

 諦めようと、諦めたいと、目の前の敵には勝てないとそう何度も自分の中の言葉は反復する。

 だけど例え、勝負は諦めたって。例え、勝ちは拾えなくたって。

   

 友達くらいは救いたかった。

 

 遊んだことなんて一度もない。放課後に残ってお喋りだなんてしたこともない。

 それどころか友達だと周りからは思われてもないだろう。

 勿論、当の本人たちだって友達とは思ってないかもしれない。

 お互いのことなんてまだ何にも知らない。

 それでも、話しかけてきてくれた。何度も邪険に扱ったのにそれでも変わらず笑顔で話しかけてきてくれた。

 思い出すのはそんな思い出ばかりで、このまま見殺しにできるほどポーラの心は鉄のようにはできていなかった。

「動けって、言ってんのよ!」

 だけれど、現実は残酷だ。

 そんな思いに、現実は答えてくれない。ただありのままの事実を映す鏡として佇んでいるだけだ。

 壊れた右足は痛みを発するだけで、敵へと向いてはくれない。

 痛む頭はこの現状を解決してくれる策を編み出してはくれない。

 流れる血はただ流れるだけで。

 痛む体は、ただ痛むだけだ。

 代償を払うばかりで望む対価などくれはしない。

 

 歯がゆい。悔しい。

 

 そういった思いがポーラの頭の中を占拠する。

 

 その時だった。

 

 ピクリ。と、後ろから何かが微かに動く気配。

 

「—————————————、」 

  

「・・・・・・ビアンコ?」

 

 ビアンコ、つまりはエミーリオの指先が微かに動いたような。そんな気がした。

 ありえない。自分よりもボロボロで、意識を保っているのが精いっぱいなはずの彼がまだ、戦う意思が消えていないなどと。

「・・・・・ぐ」

 右手に握られている剣が、カタカタと音を鳴らす。

「ちょ、動かない方がいいわよあんた!ただでさえ、流血しすぎなんだから」

 流れる血は、ポーラの比ではない。切り刻まれた無数の切り傷からは応急処置はしたものの、赤い血がこびりついている。

「・・・・負けるのは嫌だ」

「え?」

 ぼそりと、蚊の鳴くようなか細い声。

「負けて死ぬのだけは、ごめんなんだ」

 それはきっと誰に向けた言葉でもない。自分自身への言葉なのだろう。

 

 負けるのは嫌だ。負けて死ぬのだけは。

 

 生も死も、人生にすらなんのこだわりももたない彼が、唯一こだわるもの。

 幼いころに初めて喫した敗北の味。

 今まさに味わっている味。

 いつ死んだっていい。

 誰にどんな惨い殺され方をしたってかまわない。

 だけど。だけど。

 

 負けて死ぬのだけは嫌だ。

 

 負けて、終わるのだけは嫌だ。

 

 ガチャリと、剣を杖にしてエミーリオは立ち上がる。

「なんで、なんであんたが立ち上がるのよ」

 ポーラは驚愕の表情で思わず言葉が漏れる。

 自分よりも重症のくせに、自分よりも早く立ち上がった。その胆力にも体力にも。

 なんでって思うことばかりで。

 荒い呼吸でエミーリオはその瞳をポーラに向ける。立ち上がったせいで傷口からまた血が溢れ出していた。

 真っ白い肌に荒々しく赤い絵の具を散らしたようなそんな彼にただただ、息を呑むことしかできない。

 そんな迫力が、得も言わせない力が今の彼にはあった。

「・・・あのグラサンは、あっちに行ったわ」

 ポーラはいまだ立つことができないでいる。そんな自分のふがいなさもプライドも悔しさも、全部押し殺してポーラは頼んだ。

 目の前の彼に。

 直接、言葉に出したわけではない。それでも、それは明白だった。

「・・・・・・」

 言葉を発することなく、エミーリオは歩く。敵のもとへと。

「あ、あと!敵の目的はヘルリングってやつよ!たぶん、あの子たちの誰かが持ってるんだわ!」

 自分が持っている情報はこれで全て。

「はぁはぁ・・・」

 大声をだしたせいか頭に鈍い痛みが。

 それでも、変わらず歩みを進めていくエミーリオの背中を、ポーラはずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい。ガキンチョ共。元気ー?」

 ルッスーリアは先ほどまで戦闘をしていた広い裏庭から数十メートルほどにある土蔵の扉を開け、歓喜の声でそう言った。

 雲雀恭弥が出てきたことによる多少の焦りと、ポーラに負わされたダメージがまだ抜けきってはいないものの恐怖を煽ることくらいは造作もない。

「って、あら?誰もいないじゃない」

 土蔵に都合、四人ほどが逃げ込んでいたのはしかと見ていた。 

「どーこーに行ったのかしら?」

 土蔵の中に足を踏み入れ、しばらく歩き回る。見たところほとんど物置のようなもので隠れられるような場所はそうない。

 やがてルッスーリアは立ち止まり「ここね」と、足場を何度か踏みつける。

 どうやらほかの場所との感触が違ったらしい。グニグニとそこだけ空洞を感じる。

 とはいえよほど注意しないと気付かないレベルなのは間違いない。今頃、ここに隠れているであろう四人は多少なりとも油断していることだろう。

 見つかるはずがないと。

 そんな油断を。慢心を。木っ端みじんに砕いてやった時の表情を想像するだけでルッスーリアの顔は愉悦に歪む。

「雲雀恭弥に邪魔されたお楽しみ、こっちで味わうことにするわ。多少食べごたえはなさそうだ・け・ど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小野寺春は祈っていた。この世に神様がいるのかどうかなんて今まで考えたこともなかったがもしも、もしもいるのならこの状況を助けてほしいと。

 土蔵の外からは多少の金属音が遠く響くだけで、その戦闘の状況が何一つわからない。

 だから、祈るしかなかった。暗く、狭い、冷たい空気が充満する土蔵の地下で、ルッスーリアに膝蹴りされ痛むお腹を抱えながら。

 祈ることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

   

 

 小野寺小咲は混乱していた。今起こっていることは本当に現実なのか、ほっぺをつねればまたいつものように穏やかな朝がやってくるのではないかと疑っていた。

 だが、現実はそんな一種の希望を簡単に蹴散らしていく。

 ガタン。と、地下からも聞こえる扉が開いた音。誰かが何かをしゃべっている声。状況から察して、どう希望的観測に満ちても、味方が助けに来たわけではなさそうだ。

 ここに気絶した一条楽、そして自身の妹とその友達と共に隠れたはいいものの状況が何一つ分かっていない彼女にとってそれはとても恐怖するものだった。

 そう、彼女はまさに恐怖していた。

 いきなり戦場に放り込まれて、明らかに普通じゃない人たちと知り合いが戦っている。

 友達の家が襲われる。

 そんな状況に慣れているはずなどない。

 隣にいる春を、無意識に抱き寄せる。春の手は冷たく、また、自らの手も同じように冷たい。 

「お姐さん・・・・」

 左隣にいる風もまた、恐怖で声がかすれていた。自身の膝には意識のない一条楽がいる。

 

 自分がしっかりしなくては。小野寺小咲はそう思った。この子たちを守る人間は自分しかいないのだと。

 

 不思議とそう思うと力が湧いてくる。まともに戦おうなんて思うこともなかったが、それでも、何とかしたい。何とかしようと、不思議と自信は湧いてきた。

 

 

 

「はぁーい♡みーつけた!」

 

 

 

 しかし、それは唐突に崩れ去る。

 照明のない暗い地下、急に現れた頭上の電灯に照らされ眩しくて目を細める。

「あら、意外と狭いのね。そこじゃめんどくさいから、早く上がってきなさいよ」

 声の主は喜びの色を隠さない。声色も、ガタイも、得体の知れなさも、その全てが恐怖を煽る材料でしかなかった。

「え、エミー君は?エミー君はどうなったの!?」

 恐怖で縛られているはずなのに、春の口から飛び出てきたのはエミーリオのことだった。

 最後に見た背中が春の中でフラッシュバックする。

 

「エミー?ああ、あの白いガキンチョのこと?全然歯ごたえなかったわねー。今頃死んでんじゃないかしら?ま、殺ったの隊長だけど♪」

 

「・・・嘘」

 

 春の顔は絶望に染まる。それは助けてもらえないという意味ではなく、きっと、純粋に彼のことを心配しているからこその絶望だろう。

「さぁて、上がる気ないのならこっちから引っ張るわ」

「きゃあ!」

 がしりと、その大きな手が小咲の首根っこを掴む。ポイポイとまるで物のように人間一人の体を簡単に放り投げていくルッスーリアに、やはり普通とは違うのだとまざまと見せつけられた。

「今からあなたたちを殺す、わけだけれどその前に一つだけ聞いておくことがあるわ」

 こちらの事情など意にも介さない傍若無人ぶり。そのお構いなしな態度に本当に自分たちはそこらへんに転がっている石ころと同じ扱いなのだと背筋が寒くなる。

「な、なんですか・・・・」

「お姉ちゃん」

 まるで盾になるように両手を春や風の前にだす小咲。

「あなたじゃないわ」  

 ぞっとするほど、底冷えした声。

 ルッスーリアはこちらへと歩いてくる。どうやら用があるのは一条楽のようだった。

「ほら、いつまで寝てるの?そろそろ起きなさい」

「・・・ぐ・・・う」

 ギリギリと、首元を持ち上げ絞め上げるルッスーリア。

 一条楽は気絶したまま、苦しそうな声を上げるのみ。

「やめて!一条君が死んじゃうよ!」

 悲痛な小咲の叫びもルッスーリアには届かない。

「ヘルリングはどこ?言わないと、死ぬわよ」

「・・・・がはっ」          

 首を絞める力が若干弱まる。今まさに、一条楽の一切の生殺与奪はルッスーリアが握っていた。

「・・・・・・」

 それでも一条楽の口からヘルリングの所在が漏れ出ることはない。気絶したままの彼の口から言葉が漏れることはない。

「まあいいわ。あなたが吐かないってんなら、他の子に聞いてみるとするわ」

 どさりと、一条楽を乱暴に投げ捨てて、そのサングラスの奥に光る瞳は小咲たちへと向かう。

 

 その時だった。

 

 開け放たれた扉から、声が聞こえたのは。

 

「ヘルリングなら、ここにあるぜ」

 

 ルッスーリアは振り返る。その言葉の内容に、ではない。

 その声の主に、だ。

 神様だなんて崇高な存在なんかじゃない。

 むしろ真逆の、悪魔のような嗜虐的な笑みを浮かべるそいつ。

 

「え、エミー君」

 

 弱弱しく放たれた春の声が静かな土蔵に響いた。

「・・・・驚いたわ。それだけの傷でまだ立っていられるなんて」

 ルッスーリアの言う通り、彼の傷はおよそ立っていられるレベルではなかった。ましてしゃべることなどできなさそうな、それほどの壮絶なダメージだった。

 弱弱しく呼吸は先細り、体はズタボロ。

 それでも、彼は立っている。のみではなく歩き、そして喋っている。

「ほら、これだろ。ヘルリングって」

 その彼の右手に光るのは、チェーンが巻き付いたリング。

「・・・・それ、ね」

 確証は彼にはなかった。

 ただ、戦闘がおこる前。一条楽に手渡されたこのリングが無関係だとも、彼は思えなかった。

 本当にヘルリングかどうかなんて彼には些細なことでしかない。

 ただ、勝負の理由がほしかっただけで。

「悪いことは言わないわ。ガキ。それをこちらに渡せ」

 ぞっとするほど底冷えした声。

「やなこった」

 それに対して、彼はあまりにも軽い声だった。

「——————————っ!」 

「エミ君!」

 瞬間、彼は蹴飛ばされる。 

 せっかく整理整頓したというのに、彼がぶつかった衝撃で荷物はバラバラに散らばった。

「そうまでしてどうしてあなたは戦うの?それを渡せば、少しは見逃してもらえるかもって思わないわけ?」

 ルッスーリアは問う。こんな愚かな奴だっただろうか、と。十年前、ちらりと見た時は何もかもを捨てて生きる修羅に見えなくもなかったというのに。

 そして同時に春や風も同じことを思った。どうして、目の前の彼はこんなにもボロボロになってそれでもなお、立ち上がるのだろうと。

 

 

「・・・・どうして?んなもん、決まってんだろ。自分のためだよ」 

 

 

 それに、彼は答える。小さなか細い声で。今にも息絶えそうな声で。

 

 自分のためだと。

 

 ずっとそうだった。初めてリングに炎を灯したあの日から。

 エミーリオ・ピオッティはずっと自分のために戦ってきた。

 負けたくないと思う、唯一といっていい自分の願いに。

 その願いのために戦ってきた。

 信念と呼べるほど、大層なものじゃない。 

 生き甲斐と呼べるほど、熱中しているわけじゃない。

 それでも、戦うときはいつだって。彼は自分のために戦ってきた。

 それが最善で。それが、彼が最も力を発揮する瞬間だった。

 そしてそれは今も、例外ではない。

 

 だがしかし、いくら戦いの理由を明確にしようとも、彼は死ぬ。

 一つの勝利もなく、一つの価値もなく。

 ただ、死んでいく。虫けらのように。

 それもまさにこの数秒後に。誰の目から見てもそれは明らかで。

 万に一つも生き残る術はない。 

 

「ま、及第点ってとこか」

 

 はずだった。

 

 その声は土蔵からはるか遠く。雑木林の中から発せられた。

 当然、その声は土蔵の中にいる人間には聞こえていない。

 カチリと、その声の主は拳銃に弾を込める。

 

 

「イッツ、死ぬ来タイム」

 

 

 音もなく、銃弾は発射された。一ミリの狂いもなく、恐ろしいほど正確に。

 ただ一人の、眉間を狙って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 ルッスーリアは、いや、その場にいた誰もが突然のことに、何が何だかわからなかった。

 倒れて、突っ伏していたエミーリオの眉間に銃弾が直撃したのだから、驚くなというほうが無理な話だ。

 やがて、ルッスーリアだけが一つの予想に行き当たる。

 そして、その予想は残念ながら当たってしまうのだ。

 ルッスーリアにとっては、最悪のシナリオ。

「え、エミー君・・?」

 ピクリとも動かなくなった自分の友達を、情けないほど弱々しい声で呼ぶ春。

「ちっ!」

 そして、唯一事情に推測されるが立てられるルッスーリアのみが、緊張感がほとばしっている。

 

 しばらくして、死体が、銃弾で射抜かれたはずの死体が、真っ二つにバリバリと裂ける。

 そこから唐突に体が突き破って出てきた。まるでサナギが成虫に羽化するように。

 

 体に一つも傷はなく、額には炎が灯っている。

 

 その死体は、静かな声でこう言った。

 

 

 

 

 

 

復活(リ・ボーン)

 と。

 

  To be continued.

 




どうも、ポートマフィアの高宮です。
気が付いたらもう11月です。もう今年も終わりですね。
一体何か月ヘルリング編やってんだろ、もうちょっとかかる予定ですが。
受験が終わればもうちょっと間隔は短くなると思いますので、それまでもそれからもよろしくお願いします。 

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