イタリア本土―――――――。
今日も今日とていつものごとく、彼は仕事にいそしんでいた。
ひときわ異彩を放つ外見。髪は不自然なほどに白く、それに合わせるように肌も透き通るような白。華奢な腕と、今にも折れそうなくらい細い体。その白いペンキで埋め尽くされたような外見に反して、瞳だけが真っ赤に濡れている。
彼はアルビノという遺伝子疾患を持っていた。アルビノとは個体の色素を司るメラニンが通常の個体より著しく欠乏しているという先天的な病気だ。
そんな珍しい病気をもってしても、それは彼の特徴のほんの一部分でしかない。
なにせ彼は、人を殺すとこを生業とする暗殺者なのだから。
殺して、殺して、殺した。
自らが手にした暗鬼に黒光りする血が滴る。首の根の深いとこに差すと、ドロドロとした赤黒い血が飛び出る。薄暗い路地、およそ人が通ることを目的として作られていない場所に人が一人。
いや、正確に言えば周りには既に人としての役割を終えた人形が5、6体。もう動く気配はない。
彼は暗殺者だった。人を殺してくれと頼まれ、その通りに殺す。通り名はなく、自分の名前もなく、知名度も、人気もない。
有名だったのは彼が傘下に所属しているボンゴレファミリーというイタリアマフィアだった。
「――――――――失礼します」
「おお、入りたまえ」
彼は仕事の達成報告をしに、自らの上司であるボスに面会していた。いつものことだ。
顔にはしわがいくつもあり、白ひげを蓄えている、一見すると英国紳士のような初老の男性。それがここら一帯の暗殺組織を束ねる彼のボスだった。
暗殺組織、と一言に言っても彼はその全容を知らない。いったい何人が所属しているのか、そもそも何人もいないのか、自分以外の暗殺者に会ったことがない彼には分らなかった。
「突然だが、また君に仕事だ」
いましがた達成報告を終えたばかりだというのにその矢先にまた仕事の依頼。だが彼にとってはそれが日常で何ら疑問を感じなかった。
疑問を感じたのはその内容。
「
「――――――
今までも国外の活動というのはあるにはあるが、精々が隣国どまり。日本なんて極東まで依頼されるのは極めて少ない。
「そうだ。詳しい事は追って連絡する。飛行機のチケットは取ってあるから支度をして明日の午後12時に空港に向かってくれ」
「ちょっと待ってください」
いくらなんでも明日?急すぎる。
「ん?何かね」
初老の男性―――――ボスは反論されると思っていなかったのか怪訝な顔をする。
「確か今、日本にはヴァリアーがいたはずです。彼らじゃダメなんですか?俺である理由は?」
彼は普段命令に背くことなどしない。だが、この仕事には違和感を感じた。今までなかった地域での仕事、それも詳細を明かされずに明日にも飛び立てという。疑問を抱かない方がおかしかった。
「ヴァリアーはすでに別任務でロシアへ向かった。それに彼らは私達の管轄外だ。それくらいはお前も知っているだろう」
独立暗殺部隊ヴァリアー。この暗殺世界においてきわめて珍しく、名の通った暗殺組織だ。普通暗殺者というのは闇にまぎれ、ひっそりと誰にも気づかれぬままに殺す者の事をさす。だが、時として暗殺者が有名になることがある。
これまで何人殺した。かの有名な○○を。そう噂が立ったのも束の間。大抵その人物は消されることになる。人を殺す職業なのだ。恨みを買う確率はずっと高い。
そのなかでもヴァリアーは異質だった。ヴァリアークオリティと呼ばれるほどおよそ人ではなしえない任務を数々こなし、なによりも驚くべきことは有名になってもなお、その存在が存在し続けていることだろう。それほどまでに彼らはとびぬけていた。
「――――――分かりました」
納得し、仕事を引き受ける。そもそも引き受けるしか選択肢などないのだ。
「ああ、そうだ。それからリングとボックスは置いていくように」
「――――――――――!?」
この発言には、彼も動揺する。リングとボックスなんてそれこそ商売道具そのものだ。
「・・・・・・わかりました」
しかし、彼は反論しない。反論することもなければ激高することもない。
それは自負であった。たとえ商売道具がなかろうと任務を遂行できるという圧倒的自信。
「うむ。あちらにはまだリングとボックスの技術は伝わっていないからな。念の為だ」
そんな上っ面の御託を彼は聞き流し、その部屋を後にした。
飛行機に揺られること数時間。日本に到着した彼は、早速ボスに連絡する。
「ああ、着いたか。とりあえずお前がこれから住むことになる家に荷物を置いてこい、それが終わったら並盛中学にいけ」
「はい」
指示された場所に行き、一息つく。家はそこそこの広さがあるタワーマンションだった。
疑問は山ほどある。住む、という口ぶりから察するに任務は長期的なものなのだろう。それに中学、俺に中学生になれと言っているのか。その中学に殺しのターゲットがいるのか。
考えたって仕方がない。彼はいつだってやることは一つだった。一つしかなかった。
言われた通りに殺す。きっちりと殺す。ただそれだけだった。
「えーっと今日は転校生を紹介します」
言われた通り並盛中学へとやってきた彼は、そこで自らがここの中学に転入することになっている事を知った。
「名前はぴ、ぴ、ピオッティ・エミーリオ?君で、あってるかしら?ごめんなさい先生イタリア語はよくわからなくて」
彼に名前はない。したがってボスが適当につけたのであろう。ピオッティもエミーリオもイタリアではよくある名前だ。日本でいうならば山本太郎のような、ごくありふれた名前。
というか、そもそもの問題が一つある。彼は今まで日本に来たこともなければ当然、日本語など知らない。ここに来るまでで勉強したものの、基本的な読み書きができるようになったくらいだ。現地の流暢な日本語を聞きとれるレベルにはない。
いくらなんでもこれでは不便だ。早急になんとかせねば。
横で何かを言っている教師を無視して、空いている席に座る。
「うわー、凄い髪だね!?」
教師の言葉が終わり、しばし教室は騒然とする。
隣の女が何やら声を駆けてくるが何を言っているのかわからない。
「あ、もしかして日本語分からないのかな?うーんと、ヘアー、ベリー、マッチ!」
「春。別にマッチはすごいって意味じゃないよ?」
「え?そうなの?」
どうやらこの髪の事を言われているらしいことは想像できた。なぜか後ろの席にいたもう一人の女に注意されている。
先ほど話しかけて来た女を観察する。後ろで束ねている長い黒髪。中肉中背、見るからに活発そうな女の子。
誰かに殺してほしいと思われるほど恨まれているとは考えにくい。
次に、その活発少女を宥めている女。肩まである髪は茶色がかっていて、三つ編みにしてる束が一つだけ。彼ほどではないが個性的な髪形だった。背恰好は先の活発少女と同じくらい。先を活発少女とするならばこちらは文学少女といったところだった。
こちらもまた暗殺者に依頼するほど恨まれてるとは思えない。
そもそもそんな奴がこの学校にいるのかさえ、分からなかった。
「あ!えっと、まだ自己紹介してなかったよね。私、
どうやら自己紹介しているらしいことは分かる。自らと隣にいる文学少女を指さしながら喋っている。
「にしてもこの時期に転向なんて珍しいねー。もう十二月だよ?」
彼が転校したのは並盛中学三年二組。もう受験のラストスパートをかける頃合いだろう。だが彼には関係ない。この時期にわざわざ転向させたのには理由があるはずだ。高校までこちらにいるのなら何かしらの指示があるはず。
とりあえず言葉が通じない相手は無視して自らの世界に閉じこもる。自らがここへ来た意味や、今回はどういった内容の仕事なのか。そんなことは頭の中からデリートした。
いつだってやることは一つ。殺ることは一つ。
物事を円滑に進めるコツは、物事を簡略化することだ。
だからエミーリオはそれ以上何も考えなかった。ただ、殺す対象がはっきりしたときに、スムーズに事を運べるように。彼の頭にあるのはそれだけだった。
「あ、あれ?おーいエミーリオ君?それともピオッティ君のほうが正しいのかな?」
「まだ日本語わからないんじゃないかしら?」
「あ、そっか!」
相変わらず無視していると、不意に一冊のノートが目の前に広げられる。
「Im,Haru Onodera!Nice to meet you!(私、小野寺春!よろしくね)」
と書かれたノートと共に少女の輝くような笑顔。
第一印象として、これほどまでに完璧なものもそうないだろう。
「Non intendo andare via bene con Lei.(僕は君と仲良くする気はない)」
しかし、彼はそのノートを一瞥しただけで意に介そうとはしない。言葉が通じるかどうかなどどうでも良かった。
依頼内容が不透明な以上。悪目立ちするわけにはいかないが、不必要にコミニュティを持つことも避けたかった。
「???え、っと。ごめんね?なんて言ったのかなぁ」
春は首を傾げ、困った様子だ。勿論、その反応に返す気は彼にはない。
ここは単なる宿り木だ。ずっとそうだったように、必要なくなれば勝手に飛び立つ。干渉も、感傷もいらない。
そして、授業が始まるチャイムが鳴った。
「ねえ!君!」
授業が終わり、昼休み。
クラスの連中は大抵仲の良いグループで固まってお昼を共にしている。
主な会話といえばやれ授業のどこどこが分からないだの、昨日は勉強で何時間しか寝ていないだの、典型的な受験前の中学生の会話。
そうした会話ばかりだからだろうか、なんとなくクラスの空気が悪い。それだけは言葉がわからないエミーリオにも理解できた。
「ねえ、ねえってば」
一通り観察し終わった教室から出ていこうとしたとき、ようやく自分を引き留めるものの存在に気付く。
「学校のこと、まだよくわかってないでしょ?案内してあげる」
後ろにいたのは秋浪風。文学少女の方だ。にこにこと愛想を振りまき、何かを催促している。
(無視だな)
相変わらず何言っているのかわからないが、どうでもいいことなのでエミーリオは無視をすることにした。
「はいはい。そんなに焦らなくてもちゃんと案内してあげるから」
したのだがなぜだか首根っこを掴まれて廊下に連れ出される。
人気のない隅っこまで連れていかれて勢いよく放り投げられる。
ドンッ!
「ねえ、さっきの春に対しての態度は何?」
先ほどから態度が一転。文学少女から笑顔は消えていた。
真横には、血筋が浮かび上がるほど力を籠められた腕がまっすぐにエミーリオに伸びている。
「・・・・・・」
何かに怒っていることは明白だ。が、肝心の何に怒っているのかがわからない。
そのことに対して相手はあらかじめ用意していただろうスマホの画面を見せてくる。
そこにはイタリア語翻訳アプリが。
そして翻訳されているのは先ほどのセリフ。僕は君と仲良くする気はないというセリフがそっくりそのまま翻訳されていた。
「――――こ―――ら――――――っ」
ピロンッ♪『春に変な気を起こして困らせたら、私が黙ってないから』
彼女の発した言葉が翻訳ソフトにイタリア語でこう翻訳される。
だからエミーリオもそのルールに則って翻訳ソフトに翻訳してもらうことにした。
※ここからは翻訳ソフトを介した会話です。
「悪いが、お前が考えているような気はこっちには一切ない。できるだけ関わりたくないという点ではお前と僕は合致している。争う必要はないと思うのだが?」
「だったらちょうどいいね。今後一切春には近づかないで」
「了承した」
「ああ、それと私、春しか興味ないから、君の名前覚える気ないからね。先に言っておくね」
そう言った文学少女は屈託のない笑顔だった。
ヤバい女、性格の悪そうな女。そんな第一印象。先の活発少女とはえらい違いだ。
ジャポーネの女は奥ゆかしくて男性の三歩後ろを歩くという印象だったエミーリオにとって、目の前の女はそれに外れていた。
まあ、エミーリオにしてみればどちらも大差ない。あるのは任務に関係があるのかないのか、ただそれだけ。
話は終わったとばかりに、エミーリオは体をずらす。秋浪を通り越して廊下を進む気だった。
秋浪の方もそれ以上興味はないのか、別段、咎めようともしない。
ここで一つ特筆しておくが、エミーリオは暗殺者だからといって特段、戦争至上主義というわけではない。
むしろ避けるべき戦闘は極力避けたほうがいいという思考の持ち主だ。
そうして廊下を歩きだそうと一歩踏み込んだ瞬間、不意に後方から数本のナイフが飛んできた。
「あーあー、惜っしいー。黙って死んでくれればよかったのに♪」
それらのナイフはエミーリオのわずか数センチといったところを掠めていた。
もし少しでも動いていたら銀色に着飾った特注のナイフでもれなく脳天を串刺しにされていただろう。
「ベル」
そこにいたのは金髪にティアラ。髪で隠れて見えない目元に、ボーダーのシャツを着た暗殺者。
通称「プリンス・ザ・リッパー(切り裂き王子)」ベルフェゴール。
ヴァリアー所属の暗殺者。嵐の守護者である。
「いやー、ベルせんぱい良い性格してますねー。ふつうーこんなとこでナイフとか投げないですよー?」
そして声とともにいつの間にか後ろから現れたのはカエルの着ぐるみが頭に乗っかっている変質者。「ちょっとー、変質者とか言わないでください。ミーだってこんなダサいの着たくて着てるわけじゃないんですからー」
ヴァリアーの霧の守護者。名はフラン。
「おいこら。なんで俺のナイフわざわざ曲げてやがんだこの野郎」
「えー、だってこのナイフダサいしー。ミーはファッションリーダーなのでこういうの許せないんですよー」
「だからって折る必要ねえだろ!殺すぞ!」
言いながら、すでにナイフ射出し終わっているベルに、しかしフランは動じない。
見事ナイフが頭に命中していたとしても。
「・・・・・チッ」
その姿に頭をガリガリとかくベル。傍目にもイライラしているのがわかる。
「いいから早く、用事終わらせて帰るぞ」
ボスからの言葉によれば、ヴァリアーはすでに日本を発って次なる任務に就いていると聞かされていたはずだ。
・・・・・まあ上の情報と現場が違うことなどよくあることだ。
「そうでしたー、白髪さーん。これ、依頼ですー」
白髪さん。エミーリオのことである。
フランから受け取ったのは白い便箋。死ぬ気の炎の印がしてある。つまり送ってきた本人の証である。
エミーリオはひとまず便箋をしまい込んだ。そのことを確認してから、「じゃあなオチビ♪しっしっし」フランとベルは用は終わったとばかりに立ち去って行った。
(今回の任務はヴァリアーからってことか?いや、ザンザスがこんなまどろっこしい真似をするとは思えない)
思考に明け暮れているとふと、発せられた声に中断される。
「ちょ、ちょっと何?何あれ?ナイフ刺さってたけど?」
言葉は日本語。つまり先ほどまでいた秋浪である。
一般人に見られていたのはあちらの落ち度だ。まああの二人はそんなことを落ち度とは思わないタイプだが、なんにせよこれはエミーリオの責任ではない。
そう決めつけ、彼は変わらず廊下を進む。なおも困惑した表情を見せる秋浪を放っておいて。
未だこのとき、彼に知る由はなかった。知る術はなかった。
この便箋が彼と、彼を渦巻く環境の、物語の、歯車を動かしていくことになろうとは。
未だ。
誰も。
To be continued.
殺る気が無いから殺り切れない。高宮です。
どうも皆さん。初めましての方は初めまして、それ以外の方は・・・・それ以外の方は・・・まあいいや。
ということで、ニセコイ×リボーンのクロスオーバーです。
ってだけでまあ特にいうことはないんですけどね。どうしましょ?
疑問とか質問とか、気になることは何でもいいので感想欄や活動報告で質問してくれると助かります。ほんとなんでもいいです。好きな女の子のタイプとかでもいいです。清潔感がある女の子がいいです。
それではまた次回。